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Idyll(素朴で平和的・牧歌的・田園風)

東京にこんな場所があるなんて。
あたしは目の前に広がる牧歌的な風景を楽しんでいた。

あたしが勤務する関東図書基地、そして武蔵野第一図書館は面白い場所だ。
東京都内だっていうのに、緑が多い。
だけど図書館の建物は、都会的でいつも綺麗。
実は抗争のせいで、常にリフォームの連続だからなんだけど。
そして基地の中には、訓練のための施設。
一見ただの運動場のようだけど、銃架だとか戦闘服の隊員だとか、ミスマッチなものがある。
そんな感じで、雰囲気が違ういろいろなものが混在して、不思議と調和している。

だけどあたしがお気に入りの場所から見えるのは、素朴で平和的な光景だった。
ここからは図書館の建物も、訓練施設も見えない。
図書館の敷地内の自然だけを満喫できる場所。
そしてあたし以外は誰も知らない、秘密の特等席だ。

あたしがこの場所を見つけたのは、偶然だった。
基本は単独行動禁止の特殊部隊所属で、個室ではない寮生活。
これはプライバシーがほぼない環境だ。
普段の時は、それでも全然かまわない。
だけど落ち込んでいるときには、それがひどくつらい。

あたしの場合、そのひどくつらいタイミングは2回あった。
1回目は、査問にかけられたとき。
そして2回目は、三正昇任直後の堂上教官との冷戦期。
ここを発見したのは、2回目、冷戦期の頃だ。

あたしと教官がギクシャクしているのが、噂になり始めた頃。
最初はこれ見よがしにヒソヒソ話をされた。
次第にその噂が「別れた」に変わったときは、それはもう面倒だった。
「いい気味だわ」って嘲笑されたり「堂上一正はあたしが貰う」と宣戦布告されたり。
「堂上一正と別れたんなら、俺なんかどう?」なんて言ってくるアホ男もいた。

そんな中、見つけた1人になれる場所。
柴崎にからかわれることなく堂上教官を想ったり、誰かに言われた嫌なことを忘れるために、あたしはここに来た。
え、その場所はどこかって?
ここは図書館の裏手に広がる木々の中でも、一際大きなクスノキの大ぶりな枝の上。
妙齢の女が木登りしている姿は、はっきり言ってかなり変だと思う。
だけどこちとら「山猿」と呼ばれた女だし、何よりこっそり登ってしまえば誰にも見つからない。
図書館や訓練施設は他の枝に隠れているので、木々が広がる風景だけを楽しみながら、想いにふけることができる。
あたしだけの完全個室だ。
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