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君の作る卵焼き

「いま、君に恋した~♪僕が見てる世界は今日も~♪君色20000色で~♪」
郁は上機嫌で、鼻歌を歌いながらキッチンに立っている。
柴崎はそんな郁の後ろ姿を、呆れながら眺めていた。

武蔵野第一図書館に良化法賛同団体「麦秋会」が押し入り、抗争で禁止されているはずの火器で襲撃した。
この事実は大きく報道され、世間はあの当麻事件の再来のように騒いでいる。
そして図書隊もまた火器で応戦したことも、しっかり報じられていた。
その当事者である郁は、自宅である官舎で過ごしている。
本来はまだまだ入院が必要であるが、郁の素性がバレれば騒ぎになるかもしれない。
だから自宅療養という形になったのだ。

もしも郁の体調が万全であったなら、謹慎処分になっていただろう。
理由はどうであれ、図書館内で禁止されている火器を使用したのだ。
現に官舎の前には、見張りの図書隊員が立っており、郁が外に出ようものならすかさず止めるだろう。
つまり郁は事実上、自宅軟禁されているのだった。

柴崎はそんな郁のために買い物などの雑用を買って出ていた。
頼まれた食材や日用品を買い出し、また図書館で借りた本などを届ける。
それらのものも、入口で見張る図書隊員にチェックされた。
捨て身で短機関銃を撃った郁が、図書隊に仇なすことなどあるはずがないのに。
まったく無駄なことだと、柴崎は鼻で笑った。

当の郁はといえば、すっかり元気だった。
この間に家事の腕をあげるのだと張り切り、手のかかった料理を作ったり、家中を磨き上げたりしている。
運動不足になるからとストレッチなどは欠かさない。
今日柴崎が届けたのも、食材と料理のレシピ本とホットヨガの教則本だ。

「ねぇ柴崎、卵料理ってむずかしいよね~?」
「は?」
「卵焼きとかって時間がなくて気持ちが焦ってるとうまくいかないの。焦げたり、味が薄かったり」
「何、言ってるの?」
「だから完璧な卵焼きを作るのも、目標だったりするんだ~!」

キッチンに立ちずっと料理していた郁は、柴崎が待つ居間に来た。
手に持っているお盆には、お茶と卵焼きが乗った皿があった。
どうやら試食しろということらしい。

「あんたさぁ、自分の置かれている状況、わかってる?」
「わかってるけど、もうあたしにはどうしようもないし。」
「それはそうだけど」
「今のあたしにできるのは、少しでも女子力を磨くくらいだよ。」

郁はあっけらかんとして、カラカラと笑った。
すでに玄田には除隊届を、堂上には離婚届を渡している。
もっとも堂上はそれを渡されるなり、それを破り捨てて「別れてなんかやるか、アホゥ」と怒鳴りつけられた。
そして除隊届は玄田が預かり、保留されている。
まだ郁の処分が決まらないからだ。
郁は玄田に「もしも懲戒免職だったら除隊届は破棄してください」と伝えていた。

「反省はしてるけど、後悔はしないの」
郁はかつて夫が査問にかけられたときのことを語った言葉を告げた。
柴崎はため息をつくと「卵焼き、美味しいわ」と笑った。
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