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揺れる稲穂

「安達が?まさかそんな。」
郁はスマートフォンで通話をしながら、流れていく車窓からの景色を見ていた。
窓の外には田園風景が広がり、郁はこんな場所でも稲作をしているのかと場違いなことを考えた。

被弾した郁は、少しずつ回復していた。
傷はどうにかふさがりつつあるが、問題は右肩の被弾だった。
腕全体に少し痺れた感じがあり、生活には支障をきたしている。
この後は関西図書基地近くの病院に転院して、リハビリ中心の治療を行なうことになる。

関西図書隊で、車を出してくれた。
それに乗って移動している最中に、堂上から電話が入ったのだ。
その内容は、ショックなものだった。
被弾はやはり、郁が狙われたのだということ。
そして郁の情報が犯人側に漏れた原因は、新隊員の安達萌絵だということだ。

「どうして安達が。スパイだったんですか?」
『いや。友人に良化隊員がいるんだ。そいつに知らずに喋ったらしい。』
堂上の説明に、郁はホッと胸を撫で下ろした。
郁のことを「堂上教官」と呼び、慕ってくれる新入隊員。
憧れていると言われて、恥ずかしいけど嬉しかった。
その安達がスパイとして潜入していたのだとしたら、あんまりだ。
本人も知らないうちに漏らしていたんだとしたら、まだ救われる。

「篤さん、安達のこと、きつく罰しないで下さいね。」
『アホゥ、それどころじゃない!安達からお前が今日転院するって情報も漏れている!』
「え?」
『転院はやめて、元の病院から動くな!』

切羽詰まった堂上の声に、郁はようやく自分の置かれた状況を知った。
そして「もう遅いです」とため息をつく。
ちょうど車は、転院する予定の病院の駐車場に滑り込んだところ。
そして黒ずくめの男たちが、バタバタと車に駆け寄ってくるのが見えた。

「待ち伏せされました。応戦するしかなさそうです。」
『何!?』
「すみません。もう切ります。また連絡します。」
『郁っ!?』

郁はスマホの通話を切ると、気持ちを戦闘モードに切り替えた。
一緒にいる関西図書隊で3人、こちらに向かってくるのは6人だった。
そしてケガ人である郁は、戦力としてはあまり役に立てないだろう。
それでもやるしかない。

「せーの!」
かけ声とともに、郁と3人の関西図書隊員たちが車から飛び出した。
郁は緊迫した場面で、不意に先程見た田園風景を思い出した。
そう言えば、茨城の実家の近くにも似た風景があった。
何とかここを生き抜いて、揺れる稲穂の風景を見たいと思った。
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