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染まる頬

よりによって、こんな時期に。
そう思ったのは、柴崎だけではない。
おそらくほとんどの特殊部隊隊員はそう思っていただろう。

武蔵野第一図書館に痴漢が出没している。
特殊部隊にその通達があったのは、郁が腕を負傷した翌日のことだった。
業務部からのそれは単なるお知らせではない。
特殊部隊に何とかして欲しいということ。
つまり郁に囮捜査をしろという意図なのだ。

柴崎麻子は怒りで強張りそうになる顔を懸命に抑えながら、郁の身支度に協力した。
未だに郁の右腕には、白い包帯が巻かれている。
万全ではない状態で犯人と相対するのは、正直つらいはずだ。
だがすでに3件発生した痴漢の被害。
そして今回の犯人は非常に乱暴で、逃げようとした女性の顔を殴るなどの暴挙に及んでいる。
柴崎が自分が囮になると申し出たのだが、玄田に「危険」の一言で却下された。
結局、こういうとき頼れるのは、郁しかいないのだ。

「おかしくない?」
女子寮の2人の部屋で身支度を整えた郁は、浮かない表情でそう言った。
いつもなら囮捜査のために装う時、郁は困ったような顔をしつつ、顔を赤くしていた。
囮とはいえ、普段とは比べものにならない女の子らしい服とメイク。
その姿を堂上に見てもらうのが、嬉しいのだ。
郁の染まる頬を見ているだけで、柴崎は微笑ましい気持ちになる。

だけど今日は違う。
郁のサポートは当然あの三宅班だ。
当然郁のテンションは上がるわけもなく、逆に柴崎は怒りで赤く染まる頬を持て余している。
それでもこれは仕事だ。割り切らなくてはいけない。

「大丈夫よ。おかしくない。むしろかわいいから。」
柴崎は必死で笑顔を作り、郁のケガをしていない方の肩を優しく叩いた。
だが内心は、特殊部隊への不信感でいっぱいだった。
昨日、郁のフォローができず、失態を犯した三宅班に、どうしてまた郁をまかせるのか。
この仕事の間だけ、堂上班を復活させればいいじゃないか。
そもそもこんなケガをしている郁にやらせることすら、おかしい。

「ありがとう!頑張る!」
柴崎の内心の葛藤を知らない郁は、両手でパンパンと頬を叩いて気合いを入れる。
ああ、かわいい。
柴崎は誰にも嘘とわからせない完璧な作り笑顔で「無事に終わらせなさい」と告げた。
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