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流れ出る血

ああ、あたしのバカ。
ざっくりと切られた自分の腕から流れ出る血を見た郁は、そう思った。

新しく配属された班で、郁は館内警備についていた。
バディを組むのは、班長の三宅だ。
そして同じ班の佐竹と山岡もバディを組んでおり、時折インカムで連絡を取り合いながら巡回する。

「ここと第二って、結構違いますか?」
郁は隣を歩く三宅に、そう聞いた。
三宅は「うん。かなりね」と素っ気なく答えた。
郁は「例えば、どんなところですか?」とさらに聞いたが「一言では言えない」と返されてしまった。

郁は思わず「う~ん」と唸ってしまった。
この1ヶ月の班替えを有効なものにしたいと考えている郁は、三宅からいろいろ学びたいと思っていたのだ。
何しろ小牧、堂上に次いで、図書大最後の代の3位なのだ。
郁よりも優れている点はたくさんあるはずで、それを少しでも多く身に付けたいと思っている。
それなのにどうにも会話が弾まず、聞きたいことがうまく聞き出せない。
郁は自分の話術のレベルの低さを痛感し、秘かにため息をついた。

そのとき、怪しげな利用者を見つけた。
1冊の本を手にしながら、キョロキョロと辺りを見回している若い男だ。
郁たちは2階から階段で下に降りようとしていて、1階にいる男の行動はよく見えた。
男は郁たちには気づかず、誰も見ていないと思ったようで、書架の間に姿を消した。
今までの経験からくる勘が、警報を鳴らす。
あの男はほぼ間違いなく、よからぬことをたくらんでいると。

「不審者を発見しました。職質をかけます!」
郁は三宅にそう告げると、一気に駆け出した。
男が消えた書架の間に駆け込むと、郁が自分の勘が当たっていたことを知る。
その場に座り込んだ男は、膝の上にハードカバーの本を開き、カッターナイフの刃を当てようとしていた。
おそらくは欲しいページだけ切り取るつもりだ。

「やめなさい!ナイフを捨てなさい!」
郁がそう叫ぶと、男は驚き、郁を睨み上げた。
そして郁の忠告を無視して、本にカッターを刺そうとしている。
冗談じゃない!大事な本を!
郁は男に向かって全力でタックルすると、本をひったくる。
だがその拍子に、カッターナイフの刃が深々と腕を抉っていた。

「った!」
郁は小さく呻きながら、本を無事な方の腕でしっかりとカバーした。
再び取られないように、そして自分の血で汚さないように。
そして未だに誰も駆け付けて来ない今の状況に気付き、愕然とする。
つまり郁はケガをした状態で、1人でこの男を相手にしなければならないのだ。

ああ、あたしのバカ。
ざっくりと切られた自分の腕から流れ出る血を見た郁は、そう思った。
堂上班なら郁が走り出した時点で、誰かがフォローしてくれる。
三宅班ではまだそういう関係ができていないのに、堂上班のつもりで動いてしまったのだ。
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