「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡、ツンデレに翻弄される。】

「ちょっといいか?」
俺は影が薄い男に、そっと声をかける。
自分の席で本を読んでいたそいつは、無言のまま顔を上げた。

夏休みって、短いよな。
俺的には3ヶ月くらいは欲しいところ。
しかも今年は奉仕部の合宿とやらに強制参加。
もう年内は休んだっていいんじゃないかって思えるほどだ。

文句を言いつつ結局9月、容赦なく始まった新学期。
登校した俺は、カバンを席に置くと、黒子の席に向かう。
黒子はいつもの通り、自分の席で本を読んでいた。
気配がないだけでなく、ほとんど動かない。
よく知らない人間なら「もしかして置き物?」と錯覚しそうな影の薄さだ。

「ちょっといいか?」
俺は黒子の席の前に立つと、小さく声をかけた。
黒子は本から顔を上げて、じっと俺を見る。
近づく俺に気付いていたか、声をかけられて初めて気づいたか。
黒子の無表情からは、相変わらず何もわからない。

「バスケ部の件なんだけど」
「はい」
「ウインターカップの予選?ってやつで負けたのは知ってるよな。」
「はい」

これが奉仕部の夏休み明け、最初の仕事。
黒子が離れた後、バスケ部は次の大会の予選に出た。
全国高等学校バスケットボール選手権大会、通称ウインターカップ。
その予選、確か一次ラウンドってやつで負けたのだ。

「お前が作ったインターハイのデータは渡した。使ってたみたいだぞ。」
「そうですか。」
「奉仕部はここでもう手を引く。後はバスケ部だけで頑張るってことで」
「お疲れ様でした。」

いつもの無表情で素っ気なく答えた黒子は、また本に視線を戻した。
俺はそんな黒子に「じゃあな」と声をかける。
思えばバスケ部の件が終わった後、黒子と会ったのは1度だけ。
夏休みに1度、モノレール乗り場の近くで偶然顔を合わせただけだ。
そんな感じでこれから疎遠になっていくんだろう。

とにかくこれでこの件は終わりだ。
今回のバスケ部は快挙らしい。
今まで初戦敗退ばかりだったけど、今回は3回戦まで行った。
しかも3年生抜きだからな。
全国制覇ってやつからは程遠い結果だけど、まずまずだと言える。

だけど奉仕部としては実に後味が悪かった。
何か綺麗に決まった感じがしないのだ。
お遊びだったバスケ部が、上を目指して戦える部になった。
それで成功なんだろう。
だけど敗退で終わりのせいか、達成感がないんだよな。

「比企谷君」
背を向けた俺に、今度は黒子が声をかけてきた。
何の気なしに振り返った俺は「へ?」と声を上げる。
黒子の口元がかすかに緩んでいたからだ。
一般的には、これを笑顔と呼べるかどうかは微妙だ。
だが普段の黒子を知っていれば、当社比200%ぐらいの笑顔だ。

「奉仕部はすごく協力してくれたと思いますよ。」
「そう?」
「ええ。少なくてもボクは感謝しています。」
「何で?」
「楽しかったので。本当にありがとうございました。」

黒子はそれだけ言うと、今度こそ本に戻ってしまう。
だが俺はのろのろと自分の席に戻りながら、ドキマギしていた。
何か心読まれた。しかもツンデレ?
急に笑顔ってずるいだろ!
多分今、俺、顔真っ赤になってる気がする。
何でドキドキしてんの?
女子でもなければ戸塚でもない黒子に、何で?
普段無表情なヤツの笑顔の破壊力って、すごいんだな。

そんなアクシデントがあったものの、とにかく依頼は完了した。
これで少しはのんびりできる。
この時の俺は本気でそう思っていたんだ。
だけどその思いはあっさりと砕かれることになる。
なぜなら俺は文化祭の実行委員なんていう面倒なものにさせられちまったんだから。

*****

「大丈夫ですか?」
今じゃすっかりお馴染みの平坦な声に、俺は思わず身を隠す。
そしてこっそり覗き込むと、予想通りの人物がいた。

何でこんなに忙しいんだ。
俺は心の中で悪態をつきながら、ひたすらパソコンと格闘していた。
やってもやっても仕事が減らない。
理由は簡単、サボっているやつが多いからだ。
何しろ実行委員長が率先して、好き勝手やってるからな。

気になるのはやはり雪ノ下だ。
実行委員長の相模はカッコばかりで、何もしない。
奉仕部に依頼って形で雪ノ下を補佐にして、実際は何でも丸投げだ。
責任感が強くて負けず嫌いの雪ノ下は、1人でメインの仕事をこなしている。
このままじゃ文化祭を待たずに、折れてしまうんじゃないか。
心配しつつも、俺も目先の雑用をこなすのに手一杯だ。

この日もすでに外は暗くなっているのに、まだ仕事が終わらない。
なのに実行委員会の部屋となっているこの会議室も人はまばらだ。
他の学校って、どうやってるんだ?
間違ってもうちみたいな感じには、なってないよな。

「飲み物でも買ってくるか」
作業が一区切りした俺は、誰にともなく言い訳しながら席を立った。
まだまだ今日中にやることはあるので、ここで一息だ。
言い訳、そう言い訳だ。
ついさっき雪ノ下もそっと出て行ったのだ。
俺はその後を追う形で、会議室を出た。
偶然を装い、話をするつもりだったのだが。

「大丈夫ですか?」
廊下に出て角を曲がったところで、すっかりお馴染みの平坦な声がした。
俺は思わず身を隠す。
そしてこっそり覗き込むと、予想通りの人物がいた。
黒子が雪ノ下と話し込んでいたのだ。

「大丈夫ですか?疲れているようですけど。」
「ありがとう。大丈夫。」
「ならいいですけど。無理は良くないですよ。」
「そんなつもりはないって言いたいところなんだけれど」

2人は並んで、窓から外を見ながら話している。
角から覗く俺から見えるのは、雪ノ下の横顔だけだ。
だけどその表情は、会議室にいるときより柔らかく見えた。

「黒子君はこんな遅くまで、何をしているの?」
「クラスの出し物の準備を手伝っています。ボクは小道具作り担当で」
「そう。大変ね。」
「ええ。慣れないことばかりで。でもすごく楽しいです。」
「楽しい?」
「はい。今までは部活最優先だったので。クラスの何かに参加するって初めてなんです。」

黒子と雪ノ下が他愛のないことを喋っている。
本当にたまたま出くわした顔見知りが、当たり障りのないことを喋っているだけだ。
なのに身構えていない雰囲気の雪ノ下を見ると、妙に心が揺れた。
俺の前では絶対にこんな穏やかな表情を見せない。

「私はわからないの。自分のやっていることが」
「そうなんですか?」
「ええ。楽しいかどうかもわからなくなってて。」
「それは」

黒子の言葉はまだ続いたが、そこで足音を忍ばせて会議室に戻った。
それ以上聞くのは堪えられないと思ったからだ。
雪ノ下は俺より黒子に素の自分を見せている。
そんな雪ノ下に黒子が何と答えるのか、知るのが怖かった。

俺が席に戻ってしばらくして、雪ノ下も戻って来た。
黒子もおそらくクラスに戻っただろう。
顔見知りの2人がちょっと立ち話をした、それだけのこと。
それなのに俺はなんでこんなに動揺しているんだろう。

*****

「ヤバくねぇ?」
俺は思わずそう聞いた。
だが聞いてしまってから、それが愚問であることに気付いた。

文化祭まであとわずか。
というところで、問題が出た。
今回文化祭の目玉として、ゲストのトークショーがあった。
千葉出身で、高校生を中心に若い層に人気があるテレビタレントだ。
俺はあまり好きじゃないけどな。
でもまぁ、そいつ目当ての客が少なからず来るだろうってことは否定しない。

そのテレビタレントが不祥事を起こしたのだ。
ワイドショーでもネットでも、すっげぇ叩かれている。
とてもじゃないけど、文化祭でトークショーなんて雰囲気じゃねぇな。
まぁ俺的には逆に、不祥事の詳細とか話してくれたら面白いと思うけど。

「ヤバくねぇ?」
シンとする会議室で、オレは思わずそう呟いた。
だけど言ってしまってから、後悔する。
愚問だ。この状況下ではこの上なく愚かな問い。

そう。ヤバ過ぎる状況だった。
なんてったって目玉企画に穴が開いたわけだからな。
おそらく集客ダウンは間違いなし。
今から代わりを決めるには、日数がなさ過ぎる。
つまり絶体絶命の危機ってわけだ。

「やはり代わりの企画が必要ね。」
「しかも早急にですよね。」
「早くしないと、入れ込みが間に合いません!」

雪ノ下の提案に何人かの実行委員が答えている。
そもそも即決しなければ入れ込み-ポスターやホームページなんかに入れられない。
タイムリミットは数日もない。せいぜい2、3日だ。

絶望的な事態だな。
俺は会議室を見回すと、盛大にため息をつく。
集まっている実行委員は、委員長の相模をすっ飛ばして雪ノ下を見るばかり。
つまり誰も解決案を持ってないってことだ。

かく言う俺も、何も思いつけない。
これってバスケ部が全国制覇するくらいむずかしくないか?
そう思った瞬間、俺は「あ!」と声を上げていた。
いたじゃないか。この状況を何とかできそうなやつが!
俺はすかさずスマホを取り出し、相手を呼び出す。
そして「もしもし」が聞こえるなり「すぐに来てくれ!実行委員会の部屋!」と叫んでいた。

「すみません。比企谷君に呼ばれたんですけど。」
程なくしてドアが開き、黒子が顔を出す。
俺は黒子を手招きして呼び寄せると、開口一番「頼みがある」と告げた。
黒子は「なんでしょう?」と首を傾げている。
影こそ薄いけれど、こいつはバスケで高校の頂点に立った男。
利用しない手はないだろう。

「うちの文化祭にキセキの世代、呼べないか?」
俺はやや前のめりになりながら、そう聞いた。
冷静に話すつもりだったが、上手くいかなかったらしい。
その証拠に、あの冷静な黒子が少々引き気味だ。
俺は一度深呼吸をすると、状況を説明した。

「お話はわかりました。でも呼んでどうするんですか?」
「そりゃバスケだろ。うちのバスケ部と試合とか。」
「それってバスケ部の面子を潰しちゃいそうな気がしますが。」

黒子に冷静にツッコまれて、俺は我に返った。
確かにその通りだった。
うちのバスケ部相手なら、きっと完膚なきまでにやられる。
じゃあどうすれば?バスケ以外のことをさせる?
いや盛り上げるならやっぱりバスケ、対戦相手も呼ぶか?
迷う俺に黒子は「比企谷君」と言った。

「ストバスなら何とかなるかもしれません。」
「ストバス?」
「ストリートバスケです。人数も少なくていいし個人技の見せ所にもなるし。」
「本当に頼めるのか?」
「他の人ならともかく、比企谷君のお願いならことわれませんよ。」

何、今、すごくテンションの上がることを言った?
やだ、もう、止めて。ツンデレが過ぎる。
またしても俺は多分赤面している。
だけど当の黒子は何事もなかったように涼しい顔だ。
そしてスマホを取り出すと「ちょっと連絡取ってみます」と画面を操作し始めた。

「全員来てくれるそうです。何とか形にはできると思います。」
所要時間10分で、黒子はトラブルを収拾してしまった。
さすがキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。
こうして何とか目玉企画なしという最悪の事態は免れることができたのだった。

【続く】
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