「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡はこれ以上関わるより撤退を選んだ。】

「すごい試合だ!」
観客の賞賛の声を聞いた俺は、妙に気分が良かった。
おそらくまんまと黒子マジックにはまっていたんだろう。

バスケ部はついに大会初戦を迎えた。
相手はそこそこの強豪校、下馬評では俺らはボロ負けだと思う。
そのせいか小さな体育館なのに、観戦する客は半分以下。
勝敗がわかっている試合なんて、見る価値ないってことだろうな。

だが俺が冷静でいられたのは、ここまでだった。
なぜなら俺は万が一のための要員として、ベンチメンバーに入っていたからだ。
黒子には「おそらく出番はないですけどね」と言われていた。
だから特に考えることなく引き受けたし、当日までは何とも思わなかった。
珍しい経験ができるくらいの軽いノリだったのだ。

でも実際バスケのユニフォームを着て、コートに出たらダメだった。
一気に緊張し、全身に鳥肌が立ったのだ。
うわ、これ、かなりカッコ悪い。
隠そうと思ったのだが、これまたダメだった。
雪ノ下にあっさり看破され「緊張が全身に出ているわ」と冷やかに言い捨てられた。

ちなみに俺たち奉仕部は、全員ベンチ入りしていた。
引率責任者である顧問の教師の他に、入れるスタッフは3名。
コーチとアシスタントコーチ、そしてマネージャーだ。
これを黒子と雪ノ下、由比ヶ浜が務めることになった。

「確かにヒッキー、顔強張ってる~!」
雪ノ下の容赦ない指摘を聞き、由比ヶ浜がケラケラと笑った。
ちなみに試合前に一番忙しくしていたのは、この女子2人だった。
黒子の指示でタオルやドリンク、万が一のケガに備えた救急用品やらの準備があったからだ。
そんな彼女たちに、黒子が「雑用させちゃってすみません」と頭を下げる。
だがこのときの俺は「俺には一言もないのか?」と問い返す余裕さえなかった。

結果から言うと、俺のこの緊張はまったくの無駄だった。
俺の出番などまったくなかったからだ。
まず試合開始のジャンプボールで、相手チームにボールを取られる。
だが相手が攻撃にかかろうとしたところで、主将の塔ノ沢がスティール。
そこからあっさりと一年生シューターにパスを回し、あっさりとうちが先制したのだ。

「試合の最初、向こうには決まったパターンで先制を狙いに来るので」
得点が決まった瞬間、黒子がドヤ顔になった。
いや、知らんヤツから見れば、無表情だろう。
だけどこれがこいつのドヤ顔だとわかるくらい、俺は黒子のことがわかってきた。

「すげぇじゃん。」
俺は素直に黒子を褒めた。
あの桃色美少女からもらったデータを元に、相手校を徹底分析したからな。
この1試合のために、すげぇ時間をかけて。
だからこれは黒子のポイント、誇る権利は充分ある。

俺たちは第1クォーターで大量リードを奪った。
これまた全て黒子のポイントだ。
データから相手の次のプレイを読み、サインを出す。
そこから面白いように点が取れたのだ。

だけど相手チームもバカじゃない。
自分たちが徹底的に研究されていることに気付いた。
裏をかこうとする相手と、さらにその裏を読む黒子の攻防。
そして致命的なことは、相手の方が実力が上だ。
第2クォーター以降は少しずつジリジリと差を詰められる展開になった。
俺たちが逃げ切るか、向こうが追いつくか。
勝負は最後の最後までわからない、白熱したものになった。

「すごい試合だ!」
「ああ。まさかあの強豪校がここまで追い詰められるとはな。」
「序盤から、スゲェ試合を見た気がする。」

小さな体育館のせいだろう、観客たちのそんな声が聞こえる。
それを聞いた俺は、妙に気分が良かった。
この試合を見ている何人が、この試合のキーマンは黒子だと気付いているのか。
これこそ黒子の得意技、ミスディレクションだ。
おそらく裏側を全て知っている俺さえ、まんまと黒子マジックにはまっている。

やがてタイムアップのホイッスルが鳴った。
俺はその瞬間、思わず立ち上がっていた。
予測不能、大波乱の試合はついに決着。
小さな体育館から、大きなどよめきと拍手が沸き起こっていた。

*****

あいつ、何してんだ?
俺は知らない大人と話し込んでいる黒子を見つけ、首を傾げる。
すると耳元で「スカウトだよ」と告げられ「うわ!」と飛び上がった。

着替え終えた俺とバスケ部の面々は、ロッカールームを出た。
バスケ部の連中は全員ヘトヘトに疲れているらしい。
無理もないよな。
ただ単にユニフォームを着て、座ってただけの俺すらぐったりなんだから。
しかも何もしてないはずなのに、しっかり汗をかいている。
試合の熱気に当てられただけで、このザマだ。

体育館のロビーに出ると、ヒソヒソと話し声が聞こえた。
さっきの試合、見た?
すごかったよね!
そんな賞賛のこもった声に、またしても気分が良くなった。
何せ俺がこれまでに浴びせられるこの手の声は、悪いモノばかりだったからな。
具体的に言うなら「ウザい」とか「キモい」とか。
まぁ俺個人への感想と今のバスケ部への賞賛は、比べようもないが。

「あれ、黒子は?」
全員揃って帰ろうというところで、俺は黒子がいないことに気付いた。
影が薄いから気付かなかったのかと思ったが、本当にいない。
俺は「ちょっと見てくる」と声をかけると、バスケ部の輪から離れて歩き出した。
いくら何でも勝手に帰ってはいないだろうし、体育館の中にいるはずだ。

予想通り、黒子は通路のつきあたりにいた。
黒子の前には知らない男が2人。
2人ともおそらく20代前半で、かなりの長身だった。
小柄な黒子は彼らに完全に見下ろされており、完全に大人と子供って感じだ。
あいつ、何してんだ?
俺は首を傾げながら、声をかけていいものかどうか迷っていたのだが。

「スカウトだよ。」
耳元で不意に告げられ、俺は「うわ!」と飛び上がった。
慌てて振り向いて、もう1度「うわ!」と驚く。
立っていたのは、キセキの世代の5人だった。
並んでるだけで、ものすごい存在感。
俺に声をかけてきたのは、帝王のオーラをまとった赤い男だった。

「彼らはバスケの社会人チームで、黒子を勧誘しているようだ。」
「社会人って、Bリーグとか」
「いや、地域リーグ。Bリーグの下部組織だな。」
「とはいえプロっすよね。何で黒子を」
「君たちの試合を見たからだろう。」

赤い男は俺を見て、ニコリと笑った。
う~ん、葉山がクラスメイトに向ける笑顔に似てる。
つまり無駄に爽やかってことだけど。
だが俺の思考はそこでブチ切られた。
なぜなら連中の中で一番デカい紫色の男が両手に缶を持ち、交互に飲んでいたからだ。

「あの、もしかしてそれって」
「ああ、これ?黒ちんに聞いたんだ。混ぜるとチャイの味になるからって。」
「・・・口の中でシェイクですか」

紫色の男は右手にマックスコーヒー、左手にドクターペッパーを持っていた。
黒子はこの2つを混ぜるとチャイの味になるっていう都市伝説を人知れず広めているらしい。
やめてくれ。俺の愛するマッ缶への冒涜だ。
だけど紫の男は交互に飲みながら「美味しいね~」とヘラヘラ笑っている。

「話が長そうだし、黒子にはよろしく言っておいてくれ。」
赤い男は紫の男の暴挙に呆然とする俺に、そう言った。
俺は慌てて「どうも」と頭を下げる。
すると赤い男は俺の肩をポンと叩くと、もう1度爽やかに笑った。

「黒子のこと、よろしく頼むよ。比企谷君。」
「え?」

何で俺の名前を知ってるのかと問うまもなく、キセキの男たちは去っていく。
後ろ姿さえ威圧感たっぷりだと呆れてたところで、またしても背後から声をかけられる。
思わず「うわ!」と声をあげて振り返ると、話を終えたらしい黒子が立っていた。

「比企谷君。こんなところで何をしてるんですか?」
「誰のせいだ。誰の!」

無表情のまま首を傾げる黒子が何かムカつく。
とはいえバスケ部を待たしているし、ここで話し込むのも得策じゃないだろう。
俺はため息とともに気を取り直すと「帰るぞ」と告げた。

*****

「もうこれで終わりにしてくれないか?」
バスケ部の主将である男は、まるで別れ話のようにそう言った。
黒子は「わかりました」と静かに頷く。
だが部外者である俺は、まったく納得いかなかった。

試合が終わり、俺もバスケ部の連中と一緒に学校に戻った。
顧問の教師は「良い試合だった」と言い残し、職員室に。
そしてバスケ部+奉仕部の一行は、奉仕部の部室に集まった。

「それでは今日の試合の総括を」
黒子は一同を見回し、話し始める。
だが塔ノ沢が「それ、必要かな?」と遮った。
黒子は無表情のまま、塔ノ沢を見た。

総括が必要かと問われれば、俺にはその答えはわからない。
なぜならバスケ部は初戦で敗退したからだ。
ギャラリーたちを沸かせ、強豪校を追いつめる戦いをした。
だが最後の最後で逆転され、僅差で敗れ去った。

「もしも全国制覇の意思が変わっていないなら、必要です。」
黒子は冷静にそう答えた。
そう、夏のインターハイはもう終わりだが、大会はもう1つある。
全国高等学校バスケットボール選手権大会。
いわゆるウィンターカップって呼ばれているヤツだ。

「俺たちには全国制覇なんて、無理だったんだよ。」
悔し気にそう言ったのは、2年生の入生田。
特に役職はないが、副主将的な役割を果たしている部員だ。
するとその言葉を皮切りに、部員たちから次々とネガティブな意見が出た。

「黒子君は才能があるから、全国制覇なんて言えるんだ。」
「俺たちは黒子さんとは違うっすよ。」
「あんなにきつい練習をしたのに、1回も勝てなかったし。」
「っていうか、黒子さんのやり方、俺らに合ってないと思います。」
「ですよね。あんな練習をこれ以上続けるのは無理っす。」

部員たちから吐き出される不満や弱音を、黒子はいつもの無表情で聞いていた。
そして言葉が途切れたタイミングで、主将の塔ノ沢を見る。
塔ノ沢は黒子の真っ直ぐな視線に一瞬怯んだものの、意を決したように口を開いた。

「ここまでの協力に感謝する。でももうこれで終わりにしてくれないか?」
塔ノ沢が黒子に頭を下げると、他の部員たちがそれに倣った。
それを見つめる黒子の表情からは、何の感情も読み取れない。
ただじっと深々と頭を下げた部員たちの後頭部を見下ろしていた。

「強豪校と互角に戦えたのは、黒子君のおかげじゃなくて?」
微妙な沈黙を破るように口を開いたのは、雪ノ下だった。
すぐに由比ヶ浜が「そうだよ。ひどいよ!」と同調する。
これには俺も激しく同意だ。

全国制覇って目標は黒子が勝手に掲げたわけじゃない。
むしろ黒子は最初に確認している。
目指すところによって、やり方が変わると。
全国制覇は部員たちが選んだ道だったはずだ。
今になって黒子のやり方を批判するのは、フェアじゃない。

だが俺がそれを言う前に、黒子は「わかりました」と頷いた。
表情はまったく動かず、口調も静かで穏やかだ。
怒りも悲しみもまったく感じなかった。

「それではボクはこれで。失礼します。」
黒子は丁寧に一礼すると、奉仕部の部室を出て行った。
俺は塔ノ沢に「これでいいのか?」と聞く。
必要な確認だ。
この件はそもそも奉仕部への依頼だったのだから。

「うん。短い間だったけど夢は見れたから。」
塔ノ沢はそう答えたけれど、表情も口調も冴えなかった。
見事なくらい何の迷いも見せずに去って行った黒子とは対照的だ。
だが俺は「なら終了だな」とバッサリぶった切った。
バスケ部が黒子を拒否し、黒子が同意したなら、もう言うことはない。

こうしてバスケ部の短い短い夏は終わった。
奉仕部がバスケ部に手を貸すのも、これで終わり。
でもそれはそれでいいんだろう。
バスケ部はきつい練習をやめて、元の緩くて楽な方を選んだ。
黒子はスカウトが来るくらいなのだから、バスケを続ける道もあるだろう。

まぁぶっちゃけ結果オーライだ。
データ解析だの何だのという面倒な雑用もなくなるからな。
それが少し寂しいと思うのは、きっと今だけのこと。
この部室で読書をしながら依頼を待つ、あの穏やかな日々に戻るだけだ。

【続く】
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