「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」

こんなことのために鍛えたスキルじゃないんですけど。
黒子はこっそりとため息をつく。
だけどスキルは裏切ることなく、ただでさえ薄い黒子の気配を消していた。

黒子はそこそこ人通りのある繁華街を歩いていた。
飲食店が多い通りなので、酔っ払いの姿がチラホラ。
だけどおおむね平和な光景だ。

そんな中、ロックとレヴィも並んで歩いている。
そしてその後ろには2人組の怪しい男たち。
一見すれば、4人組のグループに見えるだろう。
実際、すれ違う人たちは誰も気にしない。
みな足早に行き交い、彼らに注意を払うこともない。

そして黒子は彼らを尾行していた。
得意技であるミスディレクションを発動させながらだ。
こんなことのために鍛えたスキルじゃないんですけど。
黒子は心の中でボヤき、ため息をつく。
そう、これはバスケのために磨いたスキル。
異国で命がけの逃走劇を演じるためのものではないのだ。

とはいえ、このスキルはこの状況でも通じているようだ。
黒子は気配を消し、ロックとレヴィの後ろを歩く男たちに近づいた。
そして彼らを見て、状況を把握する。
彼らは懐に銃を隠し持っており、いつでも抜けるように身構えている。
おそらくこれで威嚇しながら、ロックたちを歩かせているのだろう。

彼らは2人をどうするつもりか。
黒子は男たちから離れ、それでも見失わない距離を保ちながら考える。
彼らはロックとレヴィを拉致したい。
いや、もっと物騒な言葉で言うなら始末したいのかもしれない。
だから人が多い場所から、移動しようとしているのだろう。
おそらく人通りが少ない場所まで歩いたところに、車がある。
もし黒子だったら、きっとそうする。

でもちょっと待て。
ロックとレヴィは間違いなく裏家業のプロなのだ。
この状況は想定内なのかもしれない。
もしくは脱出する方法を算段している可能性もある。
つまり黒子が余計な動きをしたら、彼らの邪魔になる可能性もある。

黒子は彼らから離れ、脇道に入った。
そこからは全力ダッシュして左折、さらにダッシュして左折。
そうして彼らの前方に回り込んだ。
そして何食わぬ顔で、彼らとすれ違う。
さらにすれ違いざまにロックとレヴィの顔を見た。

彼らは黒子を見て、わかりやすく驚いた。
そしてレヴィが後ろの2人に気付かれないように口を動かす。
読唇術が得意でない黒子でもわかった。
レヴィの口は1つの単語を紡いでいたからだ。
ヘルプ。つまり助けろだ。

そうと決まれば、やるしかないだろう。
バスケで仕掛けるのは得意だが、ケンカは弱い。
だがそんなことを言っている場合ではない。
一瞬の遅れが命取りになる。

すれ違い、数歩歩いたところで、黒子は身を翻した。
そしてレヴィの手に銃を手渡す。
先程、背後から男たちに近づいたとき、すり取ったものだ。
レヴィは銃を受け取ると、ニヤリと笑う。
そして素早く安全装置を外しながら振り返り、躊躇いなく撃った。

よくやった。クラッカー!
レヴィが歓喜の声を上げる。
だが黒子は「いきなり撃ちますか?」とボヤいた。
ましてこんな街中で発砲するなど。
正気の沙汰じゃない。

だがレヴィの腕は確かだった。
男2人の肩を正確に打ち抜いている。
そこへさらに発砲し、足を撃つ。
これで男たちは完全に動きを止めた。

助かったよ。君が彼らからすった銃はレヴィのなんだ。
ロックが倒れた2人のポケットを探りながら、そう言った。
黒子は「そうですか」と頷く。
褒めてくれたようだが、それは偶然だ。
尻ポケットに入れていた銃がすりやすかっただけなのだから。

そしてロックとレヴィは男たちから他の銃や財布を強奪していた。
さすが裏稼業、恐ろしいほど手際が良い。
男たちは肩と足を撃たれて、痛みに呻いている。
ポケットからいろいろ盗られても、抵抗できないようだ。

よし、撤収だ。
財布の中身を確認したレヴィが上機嫌で叫び、走り出した。
それを見た黒子が「目立ちすぎています」と呻いた。
人通りの多い街中でのドンパチ。
もちろん通行人は足を止め、見物している。

とりあえず、逃げるよ。
ロックが黒子の肩をポンと叩くと、レヴィに続く。
黒子は頷き、走り出す前に振り返った。
レヴィに撃たれた男はまだ苦痛に呻いており、立ち上がれそうにない。
だがこちらをしっかり睨みつけている。
そして黒子と目が合った瞬間、かすかに驚いたような顔になった。

もしかして気付かれたのだろうか。
殺したはずの目撃者が、生きていることに。
聞きたいけれど、そんな猶予はない。
黒子は2人に続いて、走り出した。

しばらく走ったところに、彼らの車があった。
運転席にロック、助手席にレヴィ。
黒子は後ろに乗り込み、発進する。
走り出したところで、パトカーとすれ違った。
どうやら先程の発砲を通報されたのだろう。

状況から察するに、ボクらは敵じゃないみたいですね。
少なくても共通の敵がいます。

黒子は慎重に言葉を選びながらそう告げた。
先程の男たちの仲間でないことはわかった。
だけどどうしたら良いものか。
するとロックが「君の依頼、受けるよ」と言った。

俺たちは護衛の依頼を受けてたんだ。
巨大な権力から狙われた男が、逃がして欲しいと。
でもその依頼人は現れない。
多分、俺たちと接触する前に殺されたんだろうな。

ロックは軽快に運転しながら、そう言った。
レヴィはダッシュボードに足を乗せ上げながら、煙草を加えた。
そして火をつけ、煙を吐きながら「お前は?」と問う。
ルームミラー越しに目が合った。

お前もその件にかかわってるんだろ?
レヴィは美味そうにの煙をくゆらせながら、そう言った。
どうやら先程の行為に免じて、情報を開示してくれたらしい。
それならこちらも正直に話すべきだろう。
黒子はそう判断し、口を開いた。

ボクは目撃者です。
おそらくあなた方の依頼人が殺害されるのを見ました。
あなた方の言う巨大な権力も誰だかわかっています。
この目で見ましたから。

黒子はついに事実を打ち明けた。
レヴィが「やっぱり殺されてたか」と呟き、舌打ちをした。
ロックは「黒子君、災難だったね」と慰めるように言った。
黒子は「それでこの車はどこに向かってるんですか?」と聞いた。
ここまでのことを考えても、仕方ない。
今はとりあえず無事に逃げおおせることだ。

この車はロアナプラ行きだ。
楽しい楽しい地獄の街だぜ?

レヴィが美味しそうに煙草を味わいながら、そう言った。
黒子は「地獄ですか」と肩を落とす。
巻き込まれた災難、行先は地獄。
まったくロクなもんじゃない。

それでも今が最悪ではない気がする。
とりあえず目の前の2人が敵ではないことがわかったから。
今はただ生き抜くことだけを考えよう。
黒子はそのまま口を噤み、流れていく景色を窓越しに見ていた。

*****

クラッカー?
その男は怪訝な顔で、黒子を見ながら首を傾げた。
黒子は無表情のまま「黒子です」と訂正する。
自分の名が正しく発音されないのは、地味に不愉快なのだ。

黒子はロアナプラに到着した。
ロックとレヴィに連れられ、逃げるようにしてたどり着いたのだ。
そして連れてこられたのは、ラグーン商会。
ロックとレヴィが所属している組織だ。
その生業は運び屋。
金さえ払えば、大抵の「荷物」は運んでくれる。

そこで新たに2人の人物に紹介された。
黒人でスキンヘッドの大男、ダッチ。
そして対照的に優男風の細身の白人のベニー。
ロックとレヴィを入れて、4人がラグーン商会のメンバーだ。
もちろん黒子も自分の名前を名乗る。
するとダッチに「クラッカー?」と聞き返された。
黒子の名は英語圏の人間には、発音しにくいらしい。
しっかりと「黒子です」と訂正したが、理解されていない気がする。

こいつらを助けてもらったことには感謝する。
お互い敵意がないってことで、いいか?
それなら知っている情報を交換したいんだが。

ダッチがニヤリと笑いながら、そう言った。
問われた黒子は、一瞬迷う。
一応人間観察のスペシャリストを自負している。
だからダッチの笑顔が営業用だとわかった。
おそらく本性は裏家業のプロ、必要があれば黒子をあっさりと殺すだろう。

だけど黒子は「わかりました」と答えた。
ここまで来て躊躇っても、仕方ない。
そもそもここへ来た時点で逃げ場がないのだ。
覚悟を決めて、深呼吸1つ。
そして静かに口を開いた。

ボクは日本人の旅行者です。
タイに来たのも観光でした。

黒子はゆっくりと話し始めた。
別に勿体つけているわけではない。
入り組んだ話を英語でするのが、得意ではないのだ。

とはいえ、そんなに複雑な話ではない。
たまたまナイトマーケットに行く途中で殺人事件を目撃した。
手を下したのは、某国の大物政治家。
だから消されるのを恐れて、逃げ回っている。
要約してしまえば、それだけの話だ。

そりゃまた、間の悪いことだな。
で、殺された男はどんなヤツか覚えているか?

ダッチが黒子に聞いてくる。
黒子は「ええ、まぁ」と頷いた。

身長は175センチくらい。
茶髪の白人男性で、年齢は20代後半から30代前半。
体型は太ってもないし、痩せてもなく。
顔は整った感じだったけど、結構肌が荒れてたように見えました。
あと右目の下にほくろがありました。

黒子は淡々と語った。
するとラグーン商会の面々が、驚いた顔になっている。
一瞬のことなのに、被害者の特徴を細かく覚えていたから。
そしてその人物は彼らが知っている人物だったのだ。

間違いねぇな。それは俺らの依頼人だ。
国どころか世界を動かす大物政治家のスタッフでな。
スキャンダルを図らずも知ってしまったんだ。
それで俺らに逃がして欲しいって依頼してきた。

ダッチの説明に、黒子は「そうですか」と頷いた。
ある程度予想できた範囲内の話だ。
構図としては、結構わかりやすい。

ラグーン商会としては、この話は終わりですか?
黒子はダッチにそう聞いた。
ダッチは「まぁそうだな」と答える。
依頼人が死んだこと、そして大物政治家がからむヤバい案件であること。
報酬もなくヤバい案件に、プロは手を出さないだろう。

お前はどうするんだ?
逆にダッチが聞いてきた。
黒子は正直に「困っています」と答える。
そう、事件のあらましがわかったところで、終わらない。
黒子は現在進行形で困っていた。

ロックとレヴィを逃がすとき、黒子は顔を見られた。
つまり目撃者は死んでいないと、認識されてしまったのだ。
ここで問題なのは、黒子はそこそこ有名人であるということだ。
もちろんバスケ関係で。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)なんて異名も持っている。
少なくても「黒子テツヤ」と検索すれば、顔写真が出る程度の有名人だ。
つまり犯人側からすれば、見つけやすいのだ。

ラグーン商会は裏家業のプロだ。
犯罪を見つけたところで、絶対に告発などしない。
だけど素人の黒子をそういう風には見てくれないだろう。
できれば消しておきたいと思うはずだ。

すみません。お願いがあります。
黒子はおもむろに口を開いた。
ダッチが「お前を守れってことか?」と先手を取られる。
確かに黒子が依頼人になり、守ってもらうのも1つの手だ。
だけど黒子は首を振った。

結果的にはそうなります。
だけどボディガードを頼みたいんじゃありません。
ボクが生きていくために、力を貸してください。
報酬は応相談で。

黒子はダッチの目を真っ直ぐに見据えながら、そう言った。
そして頭の中で、今の所持金を考える。
相場がわからないので、手持ちの金で足りるかわからない。
だけどとにかく今思いつける最善の手だ。

ダッチは値踏みするように、黒子を見た。
彼らにしたら割に合わない依頼だろう。
ダッチは腕を組み「う~ん」と唸っている。
だが結局「まぁいいか」と頷いた。

いいだろう。
本来ならうちの仕事じゃねぇけどな。
とりあえずロックとレヴィの件もある。
だから格安で受けてやるよ。

ダッチはそう言って、ニヤリと笑った。
黒子は「ありがとうございます」と頭を下げる。
彼には彼の思惑があるのだろうが、まぁ良い。
とりあえずここで生きていくためのすべを身に着けるのが先決。
こうして黒子の逆襲は、ロアナプラから始まるのだった。

*****

黒子君はすごいね。
ロックが後部座席を振り返りながら、褒めてくれる。
窓から流れる景色を眺めていた黒子は感情のない声で「どうも」と応じた。

黒子たちは仕事帰りだった。
ラグーン商会で引き受けた、ダークな運び屋稼業。
その依頼をこなし、ロアナプラに戻る途中の車内だ。
レビィが運転して、ロックは助手席。
そして黒子は後部座席にちょこんと座っていた。

ロアナプラに流れてきてから、もう何年になるか。
最初、街の反応は冷ややかだった。
ロックに続き、再びやって来た日本人。
だけど平和な国で生まれ育った男が、生きていけるのか。
ロックはラグーン商会に入ったから、何とかやってこられた。
だけど黒子は組織に所属することをしなかったのだ。
到底生き延びられるとは思えない。

だが当初の予想に反して、黒子はロアナプラに馴染んだ。
最初は小遣い稼ぎのような小さな仕事ばかりしていた。
主に情報集めだ。
この街にはたくさんの組織があり、暗部に蠢く住人がいる。
その中からちょっとしたネタを拾って、必要に応じて売るのだ。

黒子はそれを起用にこなしていった。
得意技であるミスディレクション。
これはこの街でも通用したのだ。
気配もなく、街のあちこちに潜み、情報を集めた。
そして気付けば、この街一番の情報通になっていたのだ。

だがそれだけではなかった。
情報集めをしながら、黒子は身を守る術を手にしていた。
格闘術や銃器の扱いは、ダッチとレヴィに習った。
きちんと報酬を払って、教わったのだ。
こうして組織に所属せずに、何とか生きていけるようになった。

それにしてもスムーズに終わった。
相変わらずお前の情報は的確だよな。

レヴィがハンドルを操りながら、黒子を振り返る。
黒子は「仕事ですから」と素っ気なく答えた。
褒められて嬉しくないことはない。
だけど今は前を向いていて欲しかった。
車は結構なスピードが出ていたし、そもそも視界が悪い夜なのだ。

レヴィ、前を見ててくれよ。
どうやらロックも思いは同じだったらしい。
レヴィは「ヘイヘイ」と軽口をたたきながら、前を向く。
そして今度はロックが振り返り「黒子君はすごいね」と褒めてくれた。

どうも。
窓から流れる景色を眺めていた黒子は感情のない声で応じた。
ロックは黒子に思うところがあるらしい。
自分とは異なるアプローチでロアナプラに馴染んだことを評価しているらしい。
黒子は黒子で、ロックを尊敬している。
どこへ行くにもネクタイ姿。
日本のビジネスマンスタイルを貫く美学はとても真似できない。

テメェら、日本語で喋るなよ。
レヴィがブツブツと文句を言っている。
ロックと喋るときは、どうしても日本語になる。
黒子が詫びようとした瞬間、激しい急ブレーキと音とともに車が止まった。
そして前方の車が急発進で加速していく。

ったく!危ねぇだろ!
レヴィの怒声が響いた。
そこで黒子は状況を理解する。
脇道から確認もせず猛スピードの車が飛び出してきたのだ。
レヴィが慌てて急ブレーキを踏んだおかげで衝突しないで済んだ。

何だよ。まったく。
レヴィは再び車を発進させようとする。
だがその途端、激しい衝突音が起こった。
場所は先程車が飛び出してきた脇道の先。
そこは崖になっており、おそらくそこに車が転落したと思われる。

レヴィさん、崖の方に行ってもらえますか?
黒子はすかさず声をかけた。
レヴィは「あぁ?」と不機嫌な声を上げる。
だが黒子は「別料金、払いますから」と答えた。
情報屋として、この事態は見逃せない。
どんな小さなネタでも拾ってストックする。
まして犯罪のにおいがする状況なら、なおさらだ。

別料金、忘れんなよ!
レヴィはさっさと切り替えて、脇道に車を入れた。
その現金さに苦笑しつつ、黒子は気持ちを切り替えた。
一体何が起こったのか。
そして崖の前で車を降り、覗き込んで息を飲んだ。
予想通り、車が一台崖下に落ちている。
わらに崖の途中には男が1人、倒れていた。

黒子は迷った末に、倒れている男の方に向かった。
生きていれば、事情がわかるかもしれない。
落下しないように、慎重に足を進めて、男に近づく。
ケガをしているようだが、生きているようだ。
確認しようと顔を近づけたところで「え?」と声を上げた。

比企谷君?
黒子は高校時代に交遊があった彼の名を呼んだ。
間違いようがない。
高校を卒業して、もうかなり経つ。
だけど彼は驚くほど変わっていなかった。

比企谷君!
もう一度、声を大きくして呼んでみる。
だが彼は目を開けることはなかった。
まったくなんでこんなところで。
そしてなんでこんな状況に。
言いたいことはあるけれど、仕方ない。

すみません。彼を運ぶの手伝ってくれませんか?
黒子は彼、比企谷八幡を助けることを決断した。
いくらロアナプラに染まったとはいえ、見捨ててはおけない。
顔を見合わせるロックとレヴィに「別料金、追加します」と告げた。

こうして再会した比企谷八幡の事件に、黒子はがっつり関わることになった。
さらにその後、比企谷もロアナプラの住人になる。
そして黒子と比企谷のコンビは有名になるのだが、それはもう少し先の話。
今の黒子もロックやレヴィも、比企谷でさえ知る由もないことだった。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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