「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」

おい、お前!待ちやがれ!
ガラの悪い美女が、英語で捲し立てる。
黒子は涼しい顔で「なんですか?」と聞き返した。

黒子は事態の深刻さに、愕然としていた。
路上で見つかった遺体は、黒子の服を着ていた。
つまり黒子が狙われたということだ。
何も知らずに殺された彼に申し訳ない。
そしてこんなひどいことをするあの男が許せない。

あの男に正当な裁きを受けさせたい。
だけどそれが不可能に近いことだとわかっていた。
大国の上院議員、次期大統領に一番近い男。
その男が直接手を下す殺人を目撃したのだ。
今は目撃者である黒子を消したと思っているかもしれない。
だけどいつ人違いと知れるかはわからない。
そして黒子が殺人を告発すれば、すぐさま抹殺しようとするだろう。
日本警察、日本政府より遥かに強い力で。

黒子としては、このまま抹殺されるつもりはなかった。
そして黙っているつもりもない。
どうしたものかと迷いながら歩いているうちに、1組の男女が目に留まった。
2人ともアジア系、年齢は黒子よりは上だが若い。

女性の方は目立っていた。
綺麗な長い足を見せつけるようなショートパンツ。
ワイルドな雰囲気だが、顔も充分美人のカテゴリーだ。
地元の威勢の良いお姉さんという感じだろうか。

そして男性の方に、黒子は妙にシンパシーを感じた。
ワイシャツにネクタイという、日本のサラリーマンスタイルだったからだ。
顔だちは平凡だし、地味な雰囲気。
もしも日本の新橋あたりにいたら、完全に空気だろう。
だけどこの街では、それがゆえに浮いていた。
まさかとは思うが、本当に日本人かもしれない。

だけどカタギじゃない。
黒子はそれを直感した。
一見すると気心が知れた友人、または恋人同士。
そんな雰囲気を作っているが、緊張感は隠しきれていない。
気配に敏感な黒子だからこそ、気付くことができる。
彼らは平和な一般人ではなく、危険と隣り合わせの仕事をするプロだ。

黒子は並んで歩く2人を尾行し始めた。
実は誰かを尾行するのは、初めてではない。
学生時代、ミスディレクションの技を磨くためにしたことがあるのだ。
適当に目についた人物の後を歩きながら、観察する。
意味などなく、遊びのようなものである。

だから慣れているとはいえ、相手は多分プロ。
黒子は慎重に気配を消しながら、歩いていく。
足取りは普通、目線も自然に。
そして何も考えていないような顔で、耳を澄ます。
すると2人の会話が切れ切れに聞こえてきた。

なぁロック。待ち合わせの場所に間違いはないんだよな?
うん。何度も確認した。間違ってないよ。
依頼人は来なくて、死体に遭遇ってか。
困ったね。ダッチに指示を仰ぐか。

2人は砕けた英語でそんなことを喋っていた。
黒子はそれを聞きながら、考えを巡らせる。
何かの依頼をこなすために、彼らはこの街に来たらしい。
つまりそういう仕事をしているということか。

黒子はふと閃き、歩調を速めた。
そして前を歩いていた2人を早足で追い抜く。
そのときにちょっとした細工を。
そしてそのまま飲食店が多い繁華街へと向かった。

おい、お前!待ちやがれ!
歩いていてしばらくして、呼び止められた。
振り返れば、先程のガラの悪い美女が英語で捲し立てている。
横には日本のサラリーマン風の男。
予定通りの展開に、黒子は思わず笑いそうになる。
だけど涼しい顔で「なんですか?」と聞き返した。

お前、この男から財布をスっただろ!?
ガラの悪い美女が黒子の襟首を掴んで、揺さぶった。
驚いた振りをして、美女の手を振り払う。
その拍子によろけて、サラリーマン風の男にぶつかった。
黒子は男に「すみません」と日本語であやまった。

あれ?君は日本人?
男は訛りのない綺麗な日本語で聞き返してくる。
やはりそうかと黒子は心の中でガッツポーズだ。
彼らとの関わりがどうなるか、今のところわからない。
だけど日本人なら、少しだけ楽観的になる。
母国語で交渉できるし、話も通じやすいだろうから。

っていうか、男か?
美女が胡散臭そうに黒子を見た。
そう、今の黒子はスカートにメイクで女装しているのだ。
黒子は「いろいろありまして」と英語で答えた。

っていうか、お前!こいつの財布を返せ!
美女が再び戦闘モードになり、黒子を怒鳴る。
黒子は「知りません」と首を振った。
美女が「ふざけるな!」と怒りながら、黒子の身体をバシバシと叩いた。
そしてポケットに手を突っ込んで、ゴソゴソと探る。
黒子が男の財布を持っていないかと疑ってのことだろう。

あれ?ねぇな。
ひとしきり黒子の身体を探った美女が首を傾げる。
黒子はスカートの中を見られなかったことにホッとした。
パスポートや現金を太ももにベルトを着けて、隠し持っている。
まぁ仮に見つかったところで、財布が出てくることはない。

なんだよ。レヴィ。彼がスッたって言ってたじゃないか。
男が美女に文句を言う。
だがすぐに「あれ?」と声を上げ、自分のスラックスの尻ポケットに手をやる。
取り出したのは、2つ折りの皮財布だ。
レヴィと呼ばれた美女と男は顔を見合わせた。

すみません。ここで会ったのも何かの縁です。
ボクの依頼を受けてもらえませんか?

黒子はそう言って、札束を取り出した。
それを見た男は「あ!」と叫び、自分の財布を確認する。
財布にあった結構な枚数の札は1枚もなくなっていた。

黒子の姑息な技だった。
先程2人を追い抜くときに、男の財布をスッた。
一般人ではないプロ(?)の彼らならすぐに気づくだろう。
予想通り、彼らは黒子を追ってきた。
そして襟首を掴まれてよろけたとき、財布を戻したのだ。
ただし札だけはしっかり抜き取らせてもらった。

お前、それはこいつからスリ取った金だろう。
美女がいきり立っている。
だけど黒子は涼しい顔で「違いますよ」と首を振った。
ここから先はいくら議論したところで、水掛け論だ。

これ、依頼料です。
唖然とする2人に、黒子はさらにそう言った。
差し出した札はもちろん男の財布から抜いたもの。
依頼しようにも、今の黒子には金がない。
だから金を得て、2人と接触するために、こんな面倒な方法を取った。

話だけでも聞いてもらえませんか。
黒子は金を差し出したまま、さらに言い募る。
表情は平然を装っているが、内心はドキドキだ。
だけど寄る辺なき身の上の黒子は、今はこの2人に縋る以外の方法を思いつけなかった。

*****

クラッカー?
女は眉を潜めながら、首を捻っている。
黒子は「違います。黒子」と訂正した。
どうやら日本語の名前は発音しにくいらしい。

黒子は名も知らぬ男女と共に、場末のバーにいた。
別にいかがわしい店ではない。
地元の人間が集う、安酒場だ。
店内は人がごった返しており、談笑する声がうるさいくらいだ。
こういう店の方が、密談には向いている。

3人が陣取ったテーブルの上には、大量の料理が置かれていた。
すべて女が注文したものだ。
どうやら空腹らしい。
女はビールを瓶のままラッパ飲みしながら、盛大に食べていた。

黒子の前には、サラダ一皿。
食欲はないが、何も注文しないわけにはいかないので選んだメニューだ。
アルコールは元々さほど飲まないし、そもそも今飲む気分ではない。
ちなみに男は女の食欲に苦笑しながら、チビチビとビールを飲んでいた。

最初のうちは、テーブルは沈黙していた。
店内の喧騒の中、逆に注目を集めるくらいに。
だが目の前の男女、特に女がマイペースに飲んで食っている。
それならと黒子も合わせ、まずは食事に専念した。

君の名前は?
腹がこなれてきたところで、男が黒子に英語でそう聞いてきた。
黒子は正直に「黒子」と答えた。
本名は言わない方がといのかと思ったが、ちょうど良い偽名も思いつかなかった。
なのでとりあえず名字だけ名乗ってみたのである。

クラッカー?
女は眉を潜めながら、首を捻っている。
黒子は「違います。黒子」と訂正した。
どうやら日本語の名前は発音しにくいらしい。

こちらの事情説明は日本語でいいですか?
入り組んだ話はその方が楽なので。

黒子は男に日本語でそう聞いた。
彼が日本語が堪能であることは、わかっている。
男は「俺は別にいいけど」と頷き、女に英語で説明した。
女も不本意そうではあるが頷いたので、ここからは日本語だ。

よろしく。黒子君。
俺はロックで、こっちがレヴィ。
俺たちは仕事でこの街に来ている。
君は俺たちがどういう種類の人間かわかってるんだよね?

ロックと名乗った男が、まず大前提を聞いてきた。
黒子は「いわゆる裏家業の方と思っています」と答える。
ロックは「まぁそうだね」と苦笑した。

そこでお願いです。
この街を出て、なるべく遠くに連れて行ってほしいんです。
もし車だったら乗せてくれると嬉しいです。
そうでないなら、レンタカーを借りていただければ。
ボクは今、電車やバスには迂闊に乗れない状況なんです。

黒子は端的に目的を告げた。
ロックがまだ盛大に食べているレヴィに通訳する。
そして黒子に「どういうことかな」と聞き返した。
もっともな問いだ。
ただ街を出るのに、人の手を借りたいなんて普通じゃない。

実は犯罪を目撃したんです。
手を下したのは、とんでもない大物でした。
世界中の人が名前を知っていると思います。
だからボクを何としてでも消したいと思っているらしくて。

黒子はそこまで言って、言葉を切った。
ここまで手札を見せるのは、結構なギャンブルだ。
だけどモタモタと駆け引きをする気分ではないのだ。
何しろこちらが命がかかっているのだから。

それって。
ロックは短くそう言ったけれど、続く言葉を飲み込んだ。
そして考え込むような顔になる。
だけど黒子は見逃さなかった。
ロックが一瞬、驚いた顔になり、すぐに無表情になったことを。
明らかに黒子の説明に反応した。
おそらくロックとレヴィは仕事でここにおり、黒子が目撃した事件と無関係ではないのだ。

ロック。お前、そいつに表情読まれてるぞ。
日本語で会話をしていた男2人に、レヴィが割り込んできた。
ロックが「え?」と声を上げる。
だがレヴィはロックをスルーして、黒子を見た。

おい、クラッカー。全部話せ。
お前は何を見て、何から逃げている?

レヴィが英語で捲し立てながら、黒子にグイっと顔を近づける。
ただでさえ美人のドアップはなかなかの破壊力だ。
そして修羅場を何度もくぐった人間の凄みで、さらに威力を増す。
黒子は膝が震えそうになるのを必死に抑えポーカーフェイスを装った。

ボクからタダで情報を引き出そうと思わないでください。
依頼を受けてくれれば、話します。

黒子は短く英語でそう告げた。
これまた大きなギャンブルだ。
2人が今、この地にいるのがあの殺人事件と関係があるのは間違いない。
それなら確かめなければならないのは、彼らの立ち位置だ。
もしも敵側に雇われている人間だとしたら、すぐに逃げなければならない。

黒子とレヴィはテーブル越しに顔を近づけたまま、しばらく静止していた。
レヴィはこちらを睨んでいる。
だけど黒子の目には何の感情もなかった。
他のテーブルからは、にぎやかな声が聞こえる。
ここだけが時を止めたように、緊迫した空気が流れていたのだが。

お前、面白い。
不意にレヴィがケラケラと笑い出した。
じっと事の成り行きを見守っていたロックがホッとしたように息をつく。
黒子は意味がわからず、首を傾げた。
面白い要素なんて、何もない気がするのだが。

お前、ロックに似てるよ。
善良な人間の振りして、中身は立派な悪党だ。
もしかして日本人って、みんなそうなのか?

レヴィは笑いながら、さらにそんなことを言い募る。
黒子は「ボクは善良ですよ」と答えた。
立派な悪党になどなったつもりはない。
だけどレヴィは「ロックよりすげぇかも」とまた笑った。

クラッカー。お前の持ってる情報を全部出せ。
そしたらお前をロアナプラまで送ってやる。
あそこなら偽造パスポートでも銃でも買えるぜ。

レヴィが宣言し、ロックが頷く。
そこで黒子は賭けに勝ったのだとわかった。
偽造パスポートだの銃だの、物騒なおまけが気にはなる。
だが最悪の事態、とりあえずこの場で殺されることはなさそうだ。

*****

お前の持ってる情報を全部出せ。
レヴィという女にそう告げられ、黒子は賭けに勝ったのだと思った。
だがまだ優位に立ったわけではない。
なぜなら目の前の男女2人、彼らの立ち位置がわからないのだから。

さっきも言ったでしょう?
有名人の犯罪を目撃したと。
だからこの場を安全に離れたくて、あなた方に声をかけました。
わかりやすく裏稼業って感じだったので。

黒子は実に大雑把に事情を説明した。
日本語で、ロックという男に向けてだ。
英語はそこそこ話せるようになった。
だけど微妙な駆け引きをするなら、やはり日本語の方が楽だ。

有名人の犯罪かぁ。
もうちょっと詳しく聞かせてもらえないかな。

ロックが日本語でそう応じてくれた。
だが黒子は「そこはノーコメントにしたいです」と答える。
するとロックが黒子の発言を英語でレヴィに説明した。

お前、ふざけるなよ?
依頼を受けるかどうか、決める権利はこっちにある。
情報をすべて出さないなら、契約は破棄だ。

レヴィがグイっと身を乗り出して、凄んできた。
だが黒子は表情を変えなかった。
ポーカーフェイスは得意技だ。
そしてその無表情の下で、必死に考えていた。

ここは考えどころだ。
彼らの立ち位置がわからない限り、全部話すことはできない。
もし犯人側に雇われた人間だとしたら、一転してこちらが危なくなる。
だから彼らの雇い主がわからないうちは、これ以上は話さない。
仮にここで彼らと別れたとしても、損はないのだ。
とりあえず男の財布から、結構な額の現金は頂いたのだから。
これでしばらく潜伏して、立て直す余裕はある。

黒子君、だったよね。
君の推察通り、こっちも依頼で動いている。
だけどアクシデントが発生したんだ。
ひょっとしたら君が巻き込まれた事件と関係あるかもしれない。
だからお互いの利益のために、情報を出し合わないか?

ロックが助け舟のように、そう言った。
だが黒子は「ならそちらから先にお願いします」と答える。
するとロックは肩を竦め、ため息をついた。

困ったな。
俺たちは君を完全に信用できないんだ。
君が初対面の俺たちを信用できないようにね。

ロックの言葉に、黒子は「残念です」と席を立った。
とりあえずこの場から逃がすだけなら、細かい説明なしで大丈夫かと思った。
だがさすがに向こうもプロ、無理のようだ。
黒子は一度は依頼料として、テーブルに置いた札を取った。
ロックが何か言いたげに、こちらを見る。
その金は俺のだと思っているだろう。
だけど財布をすり、中身だけ抜いて戻した時点で黒子のものだ。
即座に見抜けなかった彼らが悪い。
だって金に名前など書いていないのだから。

さようなら。
もうお会いすることはないかと思いますが。

黒子は頭を下げ、テーブルに札を1枚置いた。
もちろん頂いたお金から。
ほとんど口をつけていないが、料理の代金だ。

だが出口に向かおうと数歩歩いたところで、固まった。
ちょうど店に入って来た2人組の男性客に見覚えがあったのだ。
あの事件で、犯人と一緒にいた男たちだ。
おそらくかの大物政治家の配下、手下といったところか。

黒子は気配を消しながら、男たちとすれ違った。
彼らはレヴィやロックと同じ匂いがする。
ダークサイドの仕事を生業にする、危険な匂いだ。
だけどどうやら気付かれずに済んだらしい。
彼らは真っ直ぐに黒子がいたテーブルに向かっていった。

間一髪、見つからずに済んだ。
やっぱりロックとレヴィは敵側ってことか。
早々に撤退して、正解だ。
黒子は安堵しながら、平静を装う。
そして店を出ようとしたところで、もう一度彼らを見て、驚いた。

2人組の男は、ロックとレヴィの背後に立った。
そして何やら囁くと、ロックたちが席を立つ。
とても仲間には見えなかった。
むしろロックたちが強引に立たされ、連れ去られようとしているようだ。
多分銃か何かの武器を突き付けられている。
黒子はそのまま店を出ると、再び考えることになった。

やはりあの殺人事件に、ロックとレヴィも無関係ではなかった。
だけど黒子と敵対する関係ではない。
むしろ犯人側と敵対しているのだ。
おそらくは殺された男の関係者。依頼人だったのだろう。
こちらの事情を話していれば、協力はしてもらえたと思う。

そして問題はここからだ。
期せずして金が手に入った。
先程の男たちも変装した黒子には気付かなかった。
このまま何とかこの地を離れることは可能だろう。
一番平和な方法は、このまま逃げることだ。
目撃した事件を忘れ、元の生活に戻る。
もう少し旅を続け、ほとぼりが冷めた頃合いで日本に戻ればいい。

だけどロックとレヴィはどうなるだろう?
どう見ても拉致されていったように見えるのだ。
無事で済むのか、どうか。
いや、彼らだってプロなのだし、みすみすやられたりはしないはず。
そもそもやられたところで、それが彼らの仕事。
それこそ自己責任の世界じゃないか。

黒子はくどくどとそんなことを思ったものの、肩を落としてため息をついた。
やはりここで逃げることはできない。
ロックとレヴィのことだけではない。
今、黒子の腹のうちにあるのは、強い怒りだ。
罪を犯した男が堂々と生き、黒子と間違われたであろう男が殺された。
こんなことがあっていいはずはないのだ。

仕方がないですね。
黒子はポツリと呟きながら、苦笑した。
気に入らなければ、行動するしかない。
おそらくはここが人生の大きなターニングポイント。
危険が伴っても、人として後悔するようなことはしたくない。

【続く】
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