「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」

お疲れ様でした。
黒子は平坦な声でそう言って、静かに頭を下げる。
レヴィは「あぁ」と頷き、ロックは「お疲れ様」と労ってくれた。

比企谷と別れた黒子は、ロックとレヴィと共に別のホテルにいた。
彼らは何やら別件の仕事があるらしく、数日日本に滞在してからロアナプラに戻る。
黒子は彼らと一緒に戻る予定なので、その数日間はフリー。
だから比企谷の事件は片付いたことだし、のんびり過ごすことにした。

ダッチも人使いが荒いよなぁ。
レヴィがブチブチ言いながら、缶ビールを飲んでいる。
彼らが滞在しているのは、都内のまずまずのグレードのホテルのスィートルーム。
広いリビングと、人数分のベットルームがある豪華な部屋だ。
彼らがこんな高級ホテルをチョイスする場合、理由は2つある。
必要に迫られている場合か、仕事を終えて懐が暖かい場合のいずれかだ。
今回は後者、比企谷の件で少なからぬ報酬を手にしたからだった。

比企谷君はもう家に帰ったの?
ロックがウィスキーのグラスを傾けながら、聞いてきた。
黒子は「それはもう少し先みたいです」と答える。
雪ノ下家の醜聞が報道され、比企谷の冤罪は晴れた。
そのせいで彼は時の人となってしまい、マスコミに追われている。
だから騒ぎが一段落するまでは、どこかのホテルで過ごすつもりだと聞いている。

だけどもう会うことはないと思います。
黒子もまた好物のドリンクを味わいながら、そう言った。
酒ではない。
昔から好きだったファストフード店のバニラシェイクだ。
レヴィには「お前、何飲んでるんだ!?」と盛大に呆れられた。
だけど黒子はまったく気にしない。
久しぶり、そして次にいつ来られるかどうかわからない日本なのだ。
好きなものを飲んで、何が悪い。

まったくチンケな事件だったな。
レヴィが吐き捨てるようにそう言った。
そして一気に缶ビールを飲み干し、冷蔵庫から新しいビールを取り出す。
黒子は「申し訳ないです」と頭を下げた。
平坦な声のせいで、少しもあやまっているようには聞こえなかったが。

そう、武闘派のレヴィにとってはかなり物足りない事件だっただろう。
今回のターゲットである雪ノ下家は、実に中途半端なワルだった。
ロアナプラのチンピラに依頼をするコネクションは持っている。
なのに、そのロアナプラの本当の恐ろしさは理解していなかった。
自分たちが何を敵に回したかもよくわかっていなかったのだ。
そして最後は比企谷の情に訴えれば、何とかなると思っていたらしい。

だが実際はそう悪い手ではなかったのだろう。
比企谷は最後まで迷っていたのだから。
だけど結局、雪ノ下家もろとも雪乃を切って終わった。
そしてレヴィがその本領を発揮することはなかったのだ。

黒子君は、このまま日本に残ろうとは思わないのか?
ロックがウィスキーのグラスを傾けながら、そう聞いてきた。
見た目は人畜無害で大人しそうな、標準的な日本人。
だけど生き方も酒の飲み方も、見かけによらずワイルドだ。
ウィスキーも流行のハイボールなどにはせず、ストレートでグイグイ飲んでいる。

はい。ボクの方の事件はまだまだ解決していませんから。
黒子はそう答えると、ストローに口をつけた。
もしかしたら人生最後になるかもしれないバニラシェイクは美味い。
黒子はそれをじっくり味わいながら「ありがとうございます」と頭を下げた。

今回、ラグーン商会を引っ張り出したのは黒子の独断だった。
比企谷が依頼をしたのは、黒子だけ。
そこから先はすべて黒子の裁量で事が運んだ。
結果論ではあるが、おそらく黒子だけでも比企谷の事件はこなせた。
それでもラグーン商会を巻き込んだのは、単純に黒子の都合だった。

黒子自身も現在、事件の渦中にいるのだ。
敵は雪ノ下家などとは比べものにならない巨悪。
警察も日本政府も守ってくれないだろう相手に、黒子は身を隠すしかなかった。
そして失踪し、ロアナプラで身を潜めていた。

今回日本に一時帰国するのは、黒子にとって一大決心だった。
敵が黒子を始末しようと思ったら、日本で網を張っている可能性は高いのだ。
だから比企谷を守るという名目で、ラグーン商会を使った。
彼らには比企谷だけでなく、黒子自身の護衛も頼んでいる。
完全な公私混同、黒子は比企谷を利用したのだ。

それくらい黒子は自分の安全に自信を持てていない。
下手をすれば、自分の肉親や友人を巻き込む。
この状態で日本に残るなどできるはずなどなかった。
黒子の旅はまだまだ続くのだ。

その翌日、黒子は1人でホテルを出た。
ロックとレヴィは別件の仕事を片づけるため、出かけてしまっている。
ロアナプラへ戻るまですることがない黒子は散歩に出た。
最後になるかもしれない日本での時間を楽しむためだ。
ホテル周辺の人が多い場所なら、大丈夫だろうと思った。

だが歩き始めて、すぐに気付いた。
誰かが黒子を尾行していることに。
相手は気配を殺すことさえせずに、黒子の後ろを歩いている。
単独行動は失敗だった。ついに敵に捕捉された。
おそらく尾行者は襲撃のチャンスを狙っているのだろう。

黒子は何も気付いてない素振りで歩きながら、必死で考えた。
尾行者は1人、他に気配を感じない。
人通りの多いこの道では襲ってこないだろう。ではどこで?
そして黒子はこのまま逃げるべきか、それとも。

懸命に考えを巡らせていた黒子だが、もはや時間がない。
なぜなら尾行者の気配はどんどん近づいてきたからだ。
まさかこんなに人通りが多い場所で。
そしてついに尾行者は黒子のすぐ真後ろまで迫っていた。

どうやら戦うしかないらしい。
覚悟を決めた黒子は、ついに足を止めた。
相手の技量はわからないが、生き残るためには勝つしかない。
黒子は小さく息をつくと、静かに振り返った。

*****

まさかこんなことになるとは。
黒子は予想外の状況にため息をついた。
どうやら久しぶりの日本で、少々浮かれていたらしい。

最後になるかもしれない日本を楽しもうと、散歩に出た黒子は不測の事態に見舞われた。
誰かが自分を尾行していることに気付いたのだ。
黒子はとある陰謀に巻き込まれ、命を狙われている身だ。
だから名前を変え、ロアナプラに潜伏している。
日本に戻れば、敵に発見される可能性は少なからずあった。

ついにその時が来た。
黒子はそう思った。
ここは平和な日本で、人が多い東京だが関係ない。
敵は強大で、黒子を拉致することなど容易いだろう。
だけどせめて簡単に捕まるのは嫌だ。

人通りが少なくなってきた通りで、黒子は静かに振り向いた。
最低限の動きで、瞬時に相手の人数と装備を確認し、すぐに攻撃に移る。
そんな心の準備をしながら、相手を見た黒子は「え?」と声を上げた。

よぉ。久しぶり?
片手を上げて、ぎこちない笑みを浮かべながら立っていたのは比企谷八幡だった。
黒子の依頼人であり、元クラスメイト。
そしてもう二度と会うことはないと思っていた男だった。

久しぶりっていうほど、別れてから時間は経っていない気がします。
黒子は素っ気なく、そう答えた。
少々当たりが強くなるのは、勘弁してほしい。
だって本当に一瞬だけど、黒子は死を覚悟したのだ。
それほど背中に感じる気配に驚いたのである。

そうだな。あの。話があるんだけど。
比企谷はどこか気まずそうにそう続ける。
黒子は「はぁ」と曖昧に頷きながら、どうしたものかと思う。
そして一瞬の逡巡の後「行きましょう」と元来た道を戻り始めた。
何の話か知らないけれど、とりあえず人がいない場所が良い。
それなら今、滞在しているホテルの部屋が最適だと思ったのだ。

で、なんでしょうか?
ホテルの部屋に戻った黒子は、改めて比企谷と向かい合った。
スィートルームのリビング。
身体が沈み込みそうなソファは会見には相応しくないかもしれない。
だがロックとレヴィは外出中で不在だし、話はしやすい状況だ。

ロアナプラに戻るなら、俺も一緒に連れて行って欲しい。
比企谷はそう言った。
テーブルの上にはミネラルウォーターのボトルが2本。
一応飲み物も出さないとはあんまりかと思って、部屋の冷蔵庫から取り出したものだ。
だが意外な比企谷の言葉に、ボトルに手を伸ばそうとしていた黒子の手が止まった。

ロアナプラに?どうしてですか?
黒子は思わず聞き返した。
質問で返すのは無礼だとわかってはいるが、聞かないわけにはいかなかった。
せっかく平和な日常に戻れるというのに、なぜロアナプラなのか。

由比ヶ浜と小町に、どうして雪乃と別れるのかと責められた。
俺、そんな2人が心底鬱陶しいと思った。
多分もう近しい家族や友人からも、心が離れてるんだ。
それに今回のことで、いろいろ秘密を抱えた。
このまま日本で生きていける気がしない。

比企谷は真剣な表情でそう言った。
それを聞いた黒子は複雑な気持ちになる。
確かに秘密を抱えてしまったというのは、本当だろう。
だけど比企谷はまだ日本に帰れる道があるのだ。
黒子としては「甘えるな」と言いたい気持ちは確かにある。

だけどもう戻れないという気持ちもまた理解できた。
それは黒子も心の奥底で恐れていることだからだ
いつかは日本に帰ることが、黒子の目標ではある。
だけどロアナプラで裏稼業に染まった自分が戻れるのか。
そう考えると、憂鬱な気分になるのだ。

ロアナプラに行って、どうするんです?
黒子は敢えて自分の気持ちを挟まずに、聞いてみた。
比企谷は「仕事を捜す」と答える。
あの街の仕事なんて、ロクなものはない。
比企谷もそれは百も承知だろうが。

さてどうしたものか。
黒子は比企谷に何と返すべきか、考える。
友人としてなら、止めるべきなのだろう。
わざわざ人の道を踏み外して、裏の世界に身を落とそうとしているのだ。
説得して、思い留まらせるのが正しい。

だけど黒子はそうする気にはなれなかった。
比企谷も黒子も、この世界に正義なんてないと知ってしまった。
正しいから全てOKとはならない現実を。
だからこそ平和な世界に背を向ける気持ちは理解できたのだ。

ロアナプラに連れていけと言うなら、依頼として引き受けます。
黒子はしばしの沈黙の後、そう言った。
比企谷は一瞬キョトンとした顔になる。
だがすぐに「金か」と呻いた。

それはそうだ。
比企谷を日本に留まらせない時点で、黒子はもう比企谷の友ではない。
だったらビジネスライクに接するべきだ。
比企谷がロアナプラに行くというなら、なおさらだ。
多分、そうなれば頻繁に顔を合わせることになるだろうから。

黒子はもう一度、比企谷の顔をじっと見た。
今ならまだ比企谷を日本に留まらせることができる。
そして黒子はもう1つ、思うことがあった。
だけどそれを口にしてよいのかどうか、躊躇う。

黒子。あのさ。
微妙な沈黙に耐えられなくなったのか、比企谷が先に口を開く。
黒子はそんな比企谷を見て、苦笑した。
そして唐突に理解した。

何のことはない。
黒子は比企谷をロアナプラに連れて行きたいのだ。
理由は明快、比企谷のことを気に入っているから。
もう少し同じ道を歩いてみたいと思った。

もしも比企谷君が良いなら、ボクと組んで仕事をしますか?
黒子は先程躊躇ってしまった言葉を口にした。
比企谷は「実はそう言ってくれるのを待ってた」と笑う。
どうやら比企谷も同じことを思ってくれていたらしい。

交渉成立ですね。
黒子が右手を差し出すと、比企谷がその手を握ってくれた。
仮契約代わりの握手だ。
そしてミネラルウォーターのボトルで乾杯。
こうして彼らの人生は再び交差することになった。

まさかこんなことになるとは。
黒子は予想外の状況にため息をついた。
どうやら久しぶりの日本で、少々浮かれていたらしい。
だけど決して悪い気分ではなかった。

*****

本当にこれでいいのか?
背中越しに比企谷の声がする。
黒子は「それはこちらのセリフですよ」と答えた。

黒子と比企谷は成田空港にいた。
格安航空の発着が多い第三ターミナル。
その旅行客が忙しなく行き交うフロアで、搭乗を待っていた。

2人は空いているソファで寛いでいたが、隣同士ではなかった。
背中合わせになるように座っている。
しかもそれぞれスマホを持ち、通話するフリで会話をしていた。
つまり傍からみれば、2人が知り合いには見えないだろう。

しかも黒子は昨日、髪を切り、また違う色に染めた。
つまり普段とも、日本に入国したときとも、雰囲気を変えている。
いろいろ気にしすぎのような気はするが、一応追われる身なのだ。
用心するに越したことはない。

長いようで短かったな。
比企谷はそう言った。
黒子は「そうですか?長かったと思いますけど」と答える。
そう、黒子にしてみれば比企谷の依頼をこなすための短い滞在のつもりだった。
だから思いのほか長かったのだ。
だけど比企谷は、帰国するつもりでいたのだ。
短いと感じるのも無理はない。

小町さんや由比ヶ浜さんに、会わせる顔がありません。
黒子はやや責める口調で、そう言った。
比企谷はもう日本に帰るつもりはないそうだ。
だけどそれを親しい友人どころか、家族にも告げていない。
いろいろあったので、しばらく旅行に出る。
ただそれだけ告げて、出てきたのだ。
しかもきょう出発であることすら、教えていない。

黒子としては、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
比企谷の家族や近しい友人は、これを知ったら悲しむはずだ。
そして彼がそんな生き方を選んだのは、少なからず黒子の影響なのだ。

お前が気にすることじゃねぇよ。
そう言われても気になりますよ。
一応ある程度親しい人間にはハガキを出したけど。
それもどうかと思いますが。

黒子と比企谷の背中合わせの会話は続く。
比企谷は先程空港内のポストからハガキを出した。
家族や親しい友人宛てだ。
いろいろあったので、しばらく日本を離れて、旅をする。
それを少々堅苦しい文章で綴った挨拶状だ。
しかも誰宛てのものも同じ文面を印刷した、無味乾燥なものだった。

それもどうかと黒子は思う。
比企谷としては、きっと最低限の礼儀だったのだろうが。
だけどそれに関して、文句は言えない。
黒子は比企谷がハガキを出すことを聞いて、あるお願いをした。
つまり比企谷に便乗して、ちょっとした仕掛けをしたのだ。

本当にこれでいいのか?
比企谷はそう聞いてきた。
黒子の仕掛けのことを言っているのだ。

黒子は比企谷に頼んで、ハガキを6枚ほど余分に用意してもらった。
それはかつてのチームメイトだった「キセキの世代」の5名、そして火神にだ。
比企谷は黒子を通じて、彼らとは交流がある。

そして黒子はそのハガキに、手書きで一文加えてもらった。
全員それぞれ違う文章で、それだけ読めば他愛もない内容だ。
だけどその全てを並べてみれば、メッセージが隠れている。
そんな暗号のような仕掛けだった。

比企谷はそれでいいのかと聞いているのだ。
あまりにも回りくどく、もしかしたら見逃されてしまうかもしれないメッセージ。
ただ付き合いは深くない比企谷からの近況報告に、彼らはきっと戸惑うだろう。
そこから黒子の真意を見抜けるのかどうか。
生きていることを伝えたいなら、もっとわかりやすい方法があるだろうと。

だけど黒子はそれで良いと思っている。
メッセージに気付いてくれるかどうかは賭け。
気付かなければ、それはそれでかまわない。
そしてもしも気付いたなら、彼らは理解してくれるだろう。
黒子が身を隠さなければいけない状況なのだということに。

それはこちらのセリフですよ。
これが最後のチャンスです。
君は別に日本でだって、普通に暮らせるんですから。

黒子は比企谷に話題を戻した。
今まで何度もあった比企谷の人生のターニングポイント。
だけどこれが最後だ。
比企谷が平和な日本人でいられる最後のチャンス。

いや。俺はもう戻らない。決めたんだ。
それにハガキの出しちまった後だし。
これで日本に留まるのは、カッコ悪すぎだろ?

背中越しに苦笑する気配が伝わる。
黒子は「そうですね」と頷いた。
今さらだ。比企谷はもう決めている。
黒子だって、そのリスクも含めて受け入れる覚悟ができているのだ。

そのとき空港内にアナウンスが響いた。
黒子たちが乗る便の搭乗案内だ。
ちなみに行き先は中国。
そこで別便ですでに発ったロックとレヴィと合流し、ロアナプラに入る。

それじゃボク、先に行きますね。
黒子はすっと席を立ち、搭乗ゲートへと歩き出した。
比企谷は同じ便に乗るが、席は離れている。
つまりこれが日本での最後の会話だ。

黒子はゆっくりと歩き出した。
そしてついに終わってしまう日本滞在の最後の余韻を味わう。
賑わう空港内の平和な雰囲気。
そこここから聞こえる日本語のお喋り。
ショップや案内板などに書かれた日本の言葉。
そんな些細な光景が、今の黒子には懐かしく愛おしい。

黒子はチラリと比企谷を振り返った。
おそらく黒子と偶然出会わなければ、彼はロアナプラで死んでいた。
だけどそれが幸運かどうかはわからない。
平和な日本を捨てて、再びあの無法な街に戻る。
彼の人生がどうなるのか、黒子にもまったく予想はつかない。

それでも関わってしまったからには、比企谷を守る。
それは黒子の秘かな決意だった。
黒子がいなければ、比企谷は死んでいた。
だけど犯罪者にはならずにすんだはずなのだ。
その人生に、黒子は少なからず責任があると思っている。

黒子は搭乗ゲートを抜けて、飛行機に向かう。
再び始まる試練だらけの道。
それでも絶対に生き抜いてみせる。
黒子は決意を新たにすると、日本を離れたのだった。

*本編はここまで。以降は番外編です*
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