「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤの新しい戦いは、千葉の外れに色鮮やかな風を呼ぶ。】

「元気そうで、何より」
鷹の目を持つ男が、暖かく迎え入れてくれる。
そしてその隣では緑色の男が、レアな笑顔を見せていた。

とある土曜日の午後、黒子はバスケ部の面々を引き連れて遠征していた。
場所は東京、秀徳高校。
キセキの世代の1人、緑間真太郎の所属している高校だ。
誠凛時代には公式戦、練習試合も含めて、何度も対戦している。
その縁もあり、今回も練習試合を依頼したのだ。

「よぉ!来たな!」
体育館に入るなり、すぐに駆け寄ってきたのは高尾和成。
「鷹の目」と呼ばれる広い視野の持ち主で、プレイヤーとしては黒子の天敵だ。
3年生になった今年は、強豪である秀徳バスケ部の主将におさまっている。
敵に回したら、怖い男。
だが普段は気の置けない、良き友人である。

そしてその隣には無駄に目立っている男がいた。
キセキの世代の1人、緑間真太郎だ。
バスケ部の中でも長身で、天才のオーラを持ち合わせているだけではない。
「おは朝占い」信者の彼は、どんなに場違いでもラッキーアイテムを欠かさないのだ。

「元気そうで何より」
高尾がそんな声をかけてくれて、緑間はレアな笑顔を見せている。
黒子が再びバスケに関わることを喜んでくれているのだろう。
それはわかる。すごく嬉しい。
だけどやはりツッコミを入れないわけにはいかなかった。

「それは今日のラッキーアイテムですか?」
「無論だ。」

そんなドヤ顔をされても。
黒子は心の中でもう一度ツッコミを入れた。
なぜなら緑間は巨大なキャリーケースをガラガラと引きずっていたのである。
体育館にバスケのユニフォーム姿でキャリーケースは違和感ありまくりだ。
連れてきたバスケ部の面々も呆然としている。
だが当の緑間はいつも通りの涼しい顔である。
しかもキャリーケースが彼のカラーの緑色であることに、こだわりすら感じてしまう。

「今日は練習試合を引き受けていただき、本当にありがとうございます。」
気を取り直した黒子は監督である中谷に駆け寄り、頭を下げた。
中谷は「ああ。ご苦労さん」と手を応じる。
素っ気ない態度だが、黒子はもう一度「よろしくお願いします」と頭を下げた。
秀徳は超強豪校で練習試合の申し込みも多く、ことわられる学校の方が多いはずだ。
それなのに千葉の無名校との試合を受けたのは、黒子の顔を立ててくれたからだろう。

「それじゃ皆さん、着替えてアップしましょう。」
黒子は緑間の威圧感と奇人っぷりに固まる部員たちに声をかけた。
本当に驚くのはここからだ。
緑間は東京の、いやおそらく全国の高校生の中でナンバーワンのシューター。
その実力を肌で感じて欲しい。

「あ、高尾君」
黒子はふと思いつくと、持参した紙袋を持ってもう1度高尾に声をかけた。
そして「これ、おみやげです」と袋ごと渡す。
中身は比企谷イチオシの落花生の詰め合わせ。
千葉土産はこれしかないと、強くオススメされたものだった。

「千葉名産だって。超ウケる!」
受け取った高尾はケラケラと笑っている。
黒子はいつもの無表情で「そのリアクション、伝えておきます」と答えたのだった。

*****

「何を読んでんの?」
比企谷が黒子の手元の本を覗き込んでいる。
黒子は無言のまま本を閉じると、その背表紙を見せてやった。

秀徳高校との練習試合は、予想通りの惨敗だった。
だけど黒子にとっては、想定内である。
もしかしたら練習試合は受けてくれたが、二軍か一年生が相手である可能性も想像していた。
だが秀徳はしっかり一軍レギュラーが相手をしてくれたのだ。
全国トップクラスの実力を持つ秀徳、今はまだ歯が立つはずはない。
それでも全力で相手をしてくれた秀徳高校には、感謝しかなかった。

その他にも土日には積極的に他校に出向いた。
古武術をバスケに取り入れた正邦高校は、津川が主将になっていた。
セネガルからの留学生を入れた新協学園高校も順調に仕上がっていた。
そして黒子の古巣である誠凛高校もだ。
黒子を含めたかつての主力が抜け、パワーダウンは否めない。
それでも新主将の降旗を筆頭に、頑張っているのがわかった。

そんな練習漬けの日々の中。
休み時間の教室で、黒子は本を読んでいた。
そして目敏くそれを見つけた比企谷が声をかけてきたのである。

「何を読んでんの?」
黒子は無言のまま、本の背表紙を見せる。
比企谷は本に顔を近づけて「こんなの読んでるのかよ」と驚いている。
だが黒子は「必要なんですよ」と答えた。

本のタイトルは「バスケットボール指導教本」。
つまりコーチに必要な知識が書かれた本である。
黒子はバスケットボールコーチのライセンス取得を目指していたのだ。

「顧問の先生はライセンスどころか、バスケすら詳しくないそうなので」
「え?でも今までそれで問題なかっただろ?」
「県予選レベルなら。ウィンターカップとかはベンチに入るコーチはライセンスが必要で」
「つまり全国ってことだよな?」
「その通りです。」

その途端、背後から「ギャハハ」と笑う声が聞こえた。
葉山グループ、正確には葉山の取り巻きたちだ。
一度戸部とかいう、あのグループの金髪チャラ男に写真を頼まれことわった。
それ以来、あのグループには目の敵にされているようだ。
あからさまにイジメなどはないが無視はされているし、こんな機会には軽くからむのを忘れない。

「全国だって」
「うちの学校が?」
「ありえないっしょ」

ヒソヒソと、だからこそ耳障りな声が聞こえる。
比企谷は自分が話を振ったせいかと申し訳なさそうな顔になった。
だが黒子は比企谷に「気にしなくていいですよ」と言った。

「どうでもいい人は放っておけばいいですから。」
「・・・そうか?」
「ええ。あんなの気にしてたらキリがないので。」

黒子はシレッとそう言い放った。
葉山を除いた葉山グループから険悪な気配を感じたが、関係ない。
むしろこの程度で動じるようでは、全国制覇なんて謳えない。

「お前、やっぱスゲェわ。」
「そう言えば比企谷君が勧めてくれたお土産、超ウケてましたよ。」

どこか呆れたような比企谷に、黒子はそう言ってやる。
黒子にすれば、何の見返りもなしにバスケ部に手を貸してくれる奉仕部の方が凄い。
だけどそれを伝えるのは、今ここではない気がした。

*****

「久しぶりだな。」
赤い帝王が穏やかな微笑を見せる。
黒子は驚き「どうしてここに?」ともっともな問いを口にした。

ついにやって来たバスケ部の大会初戦の日。
黒子はバスケ部の面々と共に、会場入りした。
そして選手用の控室へ向かおうとしたところで声をかけられたのである。

「黒子」
中学時代から散々聞いた懐かしい声に、黒子は足を止めた。
振り返れば予想通りの人物が「久しぶりだな」と笑っている。
まだまだ大会序盤であり、会場も小さな体育館だ。
圧倒的な帝王のオーラを持つこの男がいるような場所ではない。

「どうしてここに?」
「決まってる。お前の新しいチームを見に来た。」
「でもそちらも試合じゃないですか?」
「オレが出なくても、うちは予選の序盤で負けないからな。」
「それにしても京都からわざわざ来るなんて。」

さすが帝王、赤司征十郎。
少々不遜な物言い、予選の最中に東京に来ていること。
そんな常識外れな言動も、この男ならありと思わてしまう。

「じゃあな。楽しみに見させてもらう。」
赤司は黒子の肩をポンと叩くと、客席に向かう。
親しみやすさとの中に漂う威圧感に、部員たちは固まっていた。
黒子はそんな彼らに「行きますよ」と声をかける。
その言葉に慌てたように、一行は歩き出したのだが。

「スゲェな。あれが赤司征十郎か」
比企谷がさり気なく黒子の隣に並びながら、そう言った。
今回彼はバスケ部の部員として、メンバー登録している。
バスケ部は6人しかいないので、万が一に備えてだ。
その他にもベンチでの手伝い要員として、雪ノ下と由比ヶ浜にも来てもらっていた。
そして顧問の教師とコーチの黒子、総勢11名がベンチ入りメンバーだ。

そして試合時間が近づき、黒子たちはコートに入る。
そこで黒子はもう1度驚くことになった。
赤司に青峰、緑間、黄瀬、そして紫原まで。
千葉の外れの小さな体育館に、キセキの世代が揃っていたのだ。

「お前の動員力、スゲェな。」
比企谷が改めて呆れている。
黒子は「彼ら、ヒマなんですかね?」とため息をついた。
東京の青峰と緑間、神奈川の黄瀬はまだわかる。
京都の赤司と秋田の紫原は、簡単に来られる距離ではないはずなのだが。

「しかもなんだかあの辺り、異様な雰囲気になってねぇか?」
「無駄に目立つ人たちですから。」
「確かにな。」
「こんな千葉の外れに集まらないで欲しいですよね。」
「お前って相変わらず、千葉をディスってくるなぁ。」

比企谷とどうでもよい会話をしながら、黒子は苦笑した。
決して充分とは言えないが、できることは全てやった。
かつての仲間も黒子を応援しているから、見届けに来てくれたのだ。
比企谷たちのように、協力してくれるメンバーもいる。
お膳立ては全て整い、後は結果を出すだけなのだ。

「きっとここにいる観客全員、誰もうちが勝つとは思ってないでしょうね。」
試合前のアップが終わり、黒子と比企谷も含めた部員たちは円陣を組んだ。
黒子はその真ん中で「ひっくり返して勝ちましょう!」と声を張る。
部員たちの「おぉ!」と気合いを入れる叫びが、体育館に広がった。

そしてスターティングメンバーがコートに飛び出した。
黒子はそれを見送りながら「プレイしたい」と思う。
だが今はその思いをグッと飲み込んだ。
今はただチームのために、自分にできる戦いをするだけだ。

【続く】
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