「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」

さらば。俺の青春ラブコメ。
俺は心の中でそう呟いた。
そう、俺の高校時代の綺麗な思い出が死んだのだ。

俺はショッピングビルのガーデンテラスにいた。
物別れに終わったはずの、雪ノ下家との会見。
だがその直後に雪ノ下雪乃に呼び出された。
俺はそれに応じたのだ。

お前はバカか?その頭は飾りか?
約束を取り付けた後、レヴィは容赦なく俺を罵った。
ロックも「もう会わない方がいいと思うけど」と言った。
そりゃそうだよな。
雪ノ下家はなんとか俺の要求を撤回させたい。
だから手を変えて、もう1度アプローチしてきたんだ。
黒子は何も言わず、ただ俺をじっと見ていた。

結局俺はこうして、雪ノ下雪乃に会っている。
懲りもせず。
本当にここに来て、未練がましいよな。
わかってるんだ。
本当は雪ノ下家と相容れる余地はもうない。
俺と雪乃は決別し、戦うしかないってことを。

それなのに、俺は呼び出しに応じた。
奇しくも指定されたのは、デートスポット。
俺たちはベンチに並んで座り、カップルのように身を寄せ合っている。
他にも周囲はカップルだらけだ。

おそらく周囲には雪ノ下家が用意した人間が包囲しています。
黒子はそう言っていた。
だけど俺には普通のカップルや買い物客との区別はつかなかった。
かろうじてロックとレヴィがカップルを装って、近くに潜んでいるのだけはわかった。
黒子もいるはずだけど、それもわからない。

大学を卒業してからは、こんな風にデートすることもなかったわね。
雪乃は開口一番、そう言った。
俺は「確かに」と頷く。
そう、それはその通りだった。
元々2人きりでデートした回数は少ない。
それでも学生の頃は、時間を作って出かけることはあった。
だけど大学を卒業した後は、なかった。
雪乃は早く仕事に慣れたいと言って、2人の時間を削ってまで仕事をしていたのだ。

高校時代の私たちは。
雪乃はまだ昔話を続けようとする。
どこか媚びるような視線がウザい。
だけど俺は「やめてくれ」と遮った。
思い出話なんて、今はどうでもいい。
それで絆されると思っているなら、軽く見られたものだ。

用件を聞くよ。
わざわざ呼び出してまで、何を話したいんだ?
遠回しな言い方はもうやめてくれ。
お前の口からはっきり聞きたいんだ。

俺はきっぱりとそう言った。
雪乃の顔か笑顔が消える。
そして小さくため息をつくと、俺を見た。

お願い。告発は止めて。
今回のことはうちの中で話し合う。
あなたのことも最大限優遇するわ。
だから許して。
うちから犯罪者が出たら、もう終わってしまうわ。

ついに雪乃の口から、本音が出た。
俺は「具体的には?」と聞き返す。
だって雪乃は俺のことを「最大限優遇」と言った。
冤罪を晴らして、名誉を回復するとは言わなかったのだから。

罪はロアナプラで死んだ彼に、被ってもらう。
あなたは何も知らず、巻き込まれたことにすればいい。
それなら元通りになるでしょう?

雪乃はそう言った。
そしてその頬に涙が伝っているのを見て、少しだけホッとする。
罪を人に被せて、平気でいられるほど堕ちてもいないんだ。
だけどやっぱり、違う。
身内の罪を他人に被せて、やり過ごそうとするヤツじゃなかったはずだ。

ねぇ。わかってよ。
今回の件が明るみに出たら、うちはおしまいだわ。
それに汚職なんて、政治家はみんなやってる。
そうじゃないと、やっていけないのよ。
正しいことをしようと思ったら、お金が必要なの。

一度本音を口にしたら、止まらなくなったのか。
雪乃はペラペラと願望を口にする。
政治に金がかかるってこと、俺は雪ノ下家で働くようになって知った。
綺麗事ばかりじゃない。
政治はものすごく汚くて、打算的であることも。
だけどやはり雪乃から出た身も蓋もない言葉に、俺は呆然とした。

黒子。レヴィ。ロック。
俺が悪かったよ。
こんな茶番に付き合わせて、申し訳なかった。
俺が惚れてる雪ノ下雪乃はもうどこにもいなかった。
わかってたのに、捜しちまった。
高校時代の正義感が強くて、強く美しい雪乃を。

雪乃。俺は決めたよ。
俺はついに最後の決断をした。
自分でも恐ろしいほど冷たい声が出た気がする。
だけどもう取り繕うことはできない。

別れよう。
それで俺はお前たちを告発する。
目をつぶって、何もなかったようにお前の隣で生きることはできない。

俺はきっぱりとそう言った。
さらば、俺の青春ラブコメ。
俺はこいつみたいな大人にはなれなかったよ。

だけど感傷に浸る間はなかった。
不意に周囲から、差すような視線を感じたからだ。
含まれているのは敵意、いや殺意か。
そしていつの間にか現れた黒子が、俺をかばうように前に出た。

*****

待たせて、悪かった。
俺は謝罪し、頭を下げる。
黒子はいつも通りの無表情で「まったくです」と応じた。

別れよう。
それで俺はお前たちを告発する。
目をつぶって、何もなかったようにお前の隣で生きることはできない。

俺はきっぱりとそう宣言した。
雪乃に、いや雪ノ下に。
もう名前呼びはしない。
離れてしまった俺たちの道は、この先交わることはないのだから。

だがその途端、空気が変わった。
平和な日本のデートスポットに、敵意が満ちる。
いや、これは殺意。
俺みたいな一般市民でも感じることができる禍々しい悪意。

なるほど。まぁそうなるよな。
ライトアップされたガーデンテラスで、何人もの人影がこちらに向かってくる。
交渉が決裂した時点で、強硬な手段に出る。
それはあらかじめ決められており、今実行されようとしているのだ。

わかってたけど、悲しかった。
2人きりで話したい。
雪ノ下は俺を呼び出すときに、そう言った。
それを真に受けたわけじゃない。
何人か、人混みにまぎれて見張っているとは思った。
だけど今、こっちに向かってくるのは10数名。
確実に俺を捕まえるために、かなりの人数を割いていたようだ。

俺はチラリと雪ノ下を見た。
痛みを堪えるような、つらそうな顔。
なんで被害者みたいな顔してるんだ?
つらいのは、被害者なのは、またしても裏切られた俺だろ。

とはいえ、ツッコミを入れてる場合じゃねぇ。
とりあえず俺、大ピンチっぽいしな。
だけど不思議と怖くはなかった。
なぜなら俺には最強の味方がいるからだ。
やると決めたらどんな手をつかってもやり遂げる、影が薄い男。

予想通りだった。
黒子は気配もなく現れた。
俺を背中にかばうようにして、前に立っている。
そして後ろからロックとレヴィが駆け寄って来た。

一気に形勢逆転だ。
俺は最強のガードに固められて、守られている。
そして俺の隣にいた雪ノ下は、そのまま。
つまり逆に雪ノ下を人質に取ったような形になったのだ。

雪ノ下さんに忠告しておきます。
雇う人間はもっと選んだ方が良いと思いますよ。
平和ボケした日本人の護衛なんて、我々の敵じゃありません。

黒子は冷やかにそう告げた。
犯罪都市ロアナプラに生きる彼らには、雪ノ下家に雇われた連中は間抜けに見えるらしい。
カッコいいな。
こんな時なのに、なんか間の抜けた感想だ。

全員動くな!
ロックの鋭い声が響く。
レヴィは雪ノ下の後頭部に銃を突きつけた。
そして英語で悪態をつく。
メディアではコンプラにひっかかるであろうスラングで、雪ノ下を罵倒したのだ。
そして銃を突きつけたまま、もう片方の手で雪ノ下の身体を探り始めた。

ちょっと。何をするの!?
文句を言う雪ノ下の頭を、レヴィは銃で小突いた。
そうしながら雪ノ下の服を探り出した。
ネックレスや指輪などの装飾品を外し、コートのポケットからスマホを取り出す。
そしてそれらを全部、無造作に地面に放り投げた。

しばらく彼女を預かる。
もし我々を尾行して来たら、彼女の命の保証はない。

ロックが護衛たちにそう言った。
そして黒子がゆっくりと歩き出す。
雪ノ下の腕を掴んだ俺が続き、後ろにはロックとレヴィ。
この場を脱出するのに、雪ノ下に盾になってもらう。
レヴィがスマホを捨てたのは、追跡されないためだ。
装飾品なんかも発信機が仕込まれてる可能性があるから、外させたのだ。

俺たちと護衛の男たちの距離が離れていく。
すると業を煮やしたのか、護衛の1人が突進してきた。
一瞬俺はヒヤリとしたが、黒子もロックたちも慌てない。
レヴィが目にも止まらぬ早業で銃を抜き、撃ったからだ。

サイレンサーのおかげで、銃声はしない。
だけど銃弾はこちらに向かって走り出した男の足をかすめた。
ダメージを与えるが、倒れるほどではない。
つまり周りの客に気付かれずに足止めができる。
レヴィの射撃の腕は見事だ。

追っ手の戦意を喪失させた俺たちは、足早にその場を離れた。
向かうのは滞在していたホテルの部屋だ。
アクシデントに備えて、荷物はまとめてある。
念のためにとっとと引き払って、新しい宿に移るのだ。

それじゃ、永遠にさよならだ。
俺は雪ノ下にそう言った。
こいつはここに置いて行く。
追っ手の足止めに盾になってもらったけど、もう用はない。

待って!行かないで!
雪ノ下は取り乱し、叫んだ。
俺はその声を背中越しに聞きながら、振り返らずに部屋を出た。
そしてこれが俺が雪ノ下雪乃を見た最後となった。

待たせて、悪かった。
チェックアウトを済ませ、ホテルを出たところで、俺は黒子に頭を下げた。
俺が吹っ切れないばかりに、黒子に余計な仕事を増やしたと思う。
黒子はさっさと心を決めろとずっと待っていたはずだ。

黒子はいつも通りの無表情で「まったくです」と応じた。
わかっていたけど、容赦がない。
だけど変に気を使われるよりは、その方がよっぽどマシだ。
そして俺たちはゆっくりと夜の闇に向かって、歩き始めたのだった。

*****

それでは、元気で。
黒子はいつも通りの無表情でそう言った。
俺は「ああ」と手を振り、待ち合わせの場所へと歩き出した。

雪ノ下雪乃と決別した後、全ては劇的に変わった。
ついに雪ノ下家は罪を公表したのだ。
そして俺の冤罪は晴れた。
ついでに死んでいないことも、報道された。

本当にこれでよかったんすかね?
俺は心の中で、ロアナプラで死んでしまった先輩に問いかけた。
一緒に無実の罪を着せられ、殺されてしまった人。
残念ながら彼が死に、俺が死にかけたあの件は事故として処理された。
雪ノ下家は汚職や贈収賄は認めたが、殺人はスルーしたのだ。
その後、俺を追いかけ回したのもな。
不慮の事故で死んだ者に都合よく罪を擦り付けたって告白したそうだ。
だがら実際よりは随分軽い罪に落ち着いた。

それでいいのかって?
いや、そりゃ割り切れないよ。わかるだろ?
だから心の中で先輩に、答えのない問いかけを続けている。

でも実際、こうするしかないんだ。
決定的な事実は明らかにしない。
そのことで、金が生じるんだ。
身も蓋もない言い方をするなら「黙っててほしけりゃ金を出せ」ってな。
それが今回、黒子やラグーン商会に払うギャラになる。

そして雪ノ下の親父である議員は逮捕された。
殺人罪はないから、おそらく執行猶予付きの判決が出る。
もちろん議員辞職はしたけれど、多分何年か後に復帰するだろう。
何せしっかり地盤を持ってるからな。
犯罪を犯したって、票を入れてくれる支持者がたくさんいる。
雪ノ下や陽乃さん、葉山だって、今は大変だろうけどダメージは小さい。
実際犯した罪に比べればね。

そして俺は雪ノ下家から、金を受け取った。
その中からかなりの額を黒子たちに支払った。
ここで黒子と俺の契約関係は終わりだ。
黒子はロックやレヴィと一緒にロアナプラに帰るそうだ。

今までありがとう。
宿泊していたホテルのロビーで、俺は黒子と向き合った。
つい今、チェックアウトをしたばかりだ。
思えば随分長く一緒に過ごした気がする。
だけどついにもうお別れだ。

それでは、元気で。
黒子はいつも通りの無表情でそう言った。
俺は「ああ」と手を振って応じる。
黒子の事情は結局教えてもらえなかった。
おそらくもう二度と会うことはないんだろう。

俺はホテルを出ると、待ち合わせの場所へと歩き出した。
ここから少し離れた場所にある、別のホテルのティールーム。
そこで妹の小町と会うことになっている。
そう、すべて片付いた後、俺は実家に連絡を取ったのだ。

本当ならこのまま実家に帰りたいところだ。
だけど世間では結構大きなニュースになっているらしい。
そして俺の実家の辺りには、マスコミっぽいのがウロウロしているそうだ。
渦中の人物である俺にインタビューしたいんだろうな。

でも俺は断固拒否だ。
いろいろ語れないこともあるし、そもそも晒し者になるのはゴメンだし。
そういうわけで、ホテルのティールームでの待ち合わせになったわけだ。
時間通りに到着した俺は、店内を見回す。
そして奥の席に目的の人物を見つけた。

よぉ。久しぶり。
俺は小町の向かいの席に腰を下ろした。
小町は「お兄ちゃん!?」と声を上げる。
そして小町の隣には由比ヶ浜結衣が驚いた顔で固まっていた。
変装で髪色を変えてたから、俺が座るまで気づかなかったようだ。

何か、変わったね。
小町は俺をジロジロ見ながら、そう言った。
俺は内心「あれ?」と思う。
涙の再会って感じになるのかと思ったんだ。
だけど小町の視線は俺の頭の辺りを彷徨っている。
髪色の席で、かなり印象が変わってるからだろう。

迷惑をかけて、すまなかった。
俺はまず頭を下げた。
小町は「お兄ちゃんのせいじゃないよ」と言ってくれる。
だけど表情や声色から伝わってくるのは、困惑だった。
喜んでくれているのはわかるけど、その中に戸惑いが見える。

色々あったんだよ。
俺にもコーヒーが運ばれてきたところで、小町が口を開いた。
そして語られたのは、予想通りの内容だった。
俺の名前が犯罪者として報じられたことで、小町や両親の名前も晒された。
ついでに実家の住所も。
あとはお決まりの誹謗中傷だ。
ネットにあることないこと書かれ、友人が離れ、ご近所の目も変わる。
小町の声はだんだん上ずり、最後には涙声になった。
そうだよな。俺のせいで辛い思いをさせた。

本当に悪かった。だけどもう冤罪は晴れたから。
俺としては、そう言うしかなかった。
ロアナプラからここまでのことは話したくない。
小町はグスグスと鼻をすすりながら「うん」と頷いた。

ヒッキー。大変だったね。
泣き出してしまった小町と入れ替わるように、由比ヶ浜が口を開いた。
俺は「まぁな」と曖昧に頷く。
ハンカチを目尻に当てて、涙ぐんでる。
不覚にも俺も泣きそうになって、目に力を込めて堪えた。
こいつだけは高校時代と同じでいてくれることが、何だか嬉しかったのだが。

ゆきのんをしっかり支えてあげてね。
俺は思わず「へ?」と間抜けな声を上げてしまった。
涙声で告げられたのは、あまりにも予想外のことだったから。
でもこいつからはそう見えるのかと納得した。
父親の犯罪でいろいろ苦労している雪ノ下を、俺が支えていくと思ったんだろう。

俺は「いや」と首を振った。
そして「別れたんだ」と付け加える。
すると小町も由比ヶ浜も驚いた表情で固まった。
そして顔を見合わせた後、俺を見る。
その顔に浮かんでいるのは怒り。
涙もいつの間にか止まったらしい。

どうして?雪乃さんのこと、嫌いになったの?
お父さんのことと、ゆきのんは関係ないじゃない!

2人から発せられた声に、今度は俺が固まった。
小町、もう俺は雪ノ下雪乃に愛情はないよ。
由比ヶ浜、雪ノ下は家族ぐるみで俺を消そうとしたんだ。
言いたくても言えない、細かい事情。
俺が金と引き換えにして抱えてしまった秘密。

俺は小さくため息をついた。
そして思い出すのは、別れたばかりの影の薄い男だった。
俺の身に起こった全てを知っているのは、黒子だけだ。
その黒子に心の中で問いかけてみる。

汚い犯罪に巻き込まれ、俺自身も汚い金を受け取った。
そんな俺が何事もなかったかのように、元の世界に戻れるのだろうか?

【続く】
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