「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」
気持ちの整理はつきましたか?
黒子の問いに、比企谷が「多分」と答える。
だけどその表情はとても気持ちの整理ができているようには見えなかった。
雪ノ下雪乃たちとの会見を終えた比企谷と黒子は、部屋に戻った。
高級ホテルのエグゼクティブルーム。
ちなみに雪ノ下家が東京での定宿としているホテルだ。
さらに支払いに使うクレジットカードは偽造で、葉山隼人名義。
黒子なりに皮肉を込めたチョイスだった。
比企谷は部屋に戻るなり、ベットルームに向かう。
そして豪華なベットに飛び込んだ。
黒子はそんな比企谷を横目に、リビングエリアの豪華なソファに腰を下ろす。
ボディガードをしてくれたロックとレヴィもいた。
ロックもソファに座り、レヴィはバーカウンターへ。
どうやら酒を飲みたいらしい。
レヴィ。酒はダメだよ。
ロックがレヴィの背中に声をかけた。
レヴィは「わかってる。見てるだけだ」と答える。
黒子はそんな2人を見ながら「さすが」と思った。
この件は、まだここで終わらないからだ。
黒子はそう思ったし、ロックとレヴィもそう思ったのだろう。
なぜなら葉山や陽乃の目が、まだ悪意を含んで光っていたからだ。
彼らは比企谷の雪乃への想いを揺さぶり、譲歩を引き出そうとした。
だけどその交渉が決裂した今、きっとさらなる手を考えている。
多分今度は恋愛ではなく、力を使って訴えるやり方で。
ロックさん。申し訳ないんですが。
黒子はロックに声をかける。
ロックは「わかってるよ」と頷いた。
とりあえずボディガードとして、しばらく一緒にいて欲しい。
黒子の願いを口にせずとも、察してくれたようだ。
それにしても、面倒だよな。
結局冷蔵庫からコーラを選んだレヴィが、そう言った。
そしてペットボトルからラッパ飲みしながら、ソファに座る。
ちなみに日本語をまったく解さないレヴィは英語だった。
あの最後に現れたのが、ヒッキーの女だろ?
力ずくで言うこと聞かせりゃ、いいじゃんか。
どうやらお互い未練もた~っぷりあるみたいだし?
誑し込んで、金せしめて、ついでに女さらっちまえばよくないか?
黙っていればそこそこ可愛いレヴィから、身も蓋もない言葉が出る。
ロックが呆れて「そんなに簡単じゃないんだよ」と英語で返す。
黒子もまた英語で「それができれば苦労しません」と言った。
レヴィの意見は乱暴だがシンプルでわかりやすかった。
そしてあながち無理ゲーでもない。
なぜなら雪乃の表情から、わかったからだ。
おそらく比企谷への想いが残っていることが。
だから雪乃を丸め込み、こちらの思う通りに転がす可能性もなくはない。
だけどあいにく比企谷はそういうキャラではなかった。
女性を丸め込んで、操れるような器用さはないのだ。
むしろどちらかと言えば、むしろ丸め込まれる側だ。
黒子は「ハァ」と小さくため息をつくと、バーカウンターに向かう。
そしてミネラルウォーターのボトルを2本取ると、ベットルームに向かった。
比企谷君。どうぞ。
黒子はミネラルウォーターのボトルを差し出しながら、声をかける。
ベットにうつ伏せに突っ伏していた比企谷が、ノロノロと身体を起こした。
そしてベットに腰かけると、ボトルを受け取る。
黒子は立ったまま、比企谷を見下ろす形で向かい合った。
大丈夫ですか?
黒子は静かにそう聞いた。
比企谷が「わからん」と首を振る。
そしてミネラルウォーターのボトルに口をつけた。
なぁ。黒子。お前はどう見た?
比企谷は「ハァ」とため息をつくと、黒子を見上げる。
黒子は「比企谷君と同じです」と答えた。
すると比企谷は「だよなぁ」とまたため息だ。
雪ノ下雪乃は真相を知っていた。
それが比企谷も黒子も抱いた感想だった。
おそらく彼女の両親や姉、葉山も何も伝えなかった。
ただただ比企谷は横領を働き、異国で死んだとだけ言ったのだ。
だけど聡明な雪乃は、それが嘘であることを察した。
そして比企谷と雪ノ下家を天秤にかけ、家を取った。
伝えられた嘘に従って、行動していたのだ。
俺はまだ雪乃を諦めきれてない。
高校生の頃の、不器用でまっすぐなあいつが好きだった。
それを忘れられない。
比企谷は視線を落とし、床を見ながらそう言った。
黒子は「多分雪ノ下さんもそうだと思います」と答える。
すると比企谷は「だから迷うんだ」と言った。
いっそ雪乃が完全に別人になっていたら、楽なのだ。
比企谷君。これが最後の分岐点です。
今なら、引き返せますよ。
雪ノ下雪乃さんを許したいなら、それもできます。
まぁその場合でも、ボクとラグーン商会への口止め料はいただきますが。
黒子はきっぱりとそう言った。
別に黒子たちは正義の味方ではない。
正しい決断をしなくたって、かまわないのだ。
大事なのは依頼人である比企谷の満足度だ。
だが比企谷は首を振った。
そしてもう1度顔を上げる。
その表情は幾分すっきりして見えた。
ありがとな。最後に分岐点を作ってくれて。
逆にふっ切れたわ。
小町のこともあるし、俺も前に進まなきゃなんない。
だからここで雪乃もろとも雪ノ下家とは決別する。
比企谷はニコッと笑うと、立ち上がった。
黒子は「わかりました」と答える。
それなら別にかまわない。
当初の予定通りに話を進めるだけだ。
そして2人はベットルームを出た。
リビングエリアではロックとレヴィがトランプをしている。
どうやら賭けポーカーだ。
一応日本では賭博は法に触れるが、別に関係ない。
黒子も一息入れようかと思ったところで、スマホが鳴った。
画面には「公衆電話」と表示されている。
このスマホは今回の日本滞在用に手に入れたプリペイド。
だが雪ノ下家には連絡用にこの番号を伝えている。
黒子は躊躇うことなく通話ボタンを押し「もしもし」と応じる。
すると「あの」と躊躇いがちな女性の声が聞こえた。
雪ノ下雪乃です。
もう一度比企谷君と、二人きりで話をさせて。
先程話したばかりの彼女の声に、黒子は思わず比企谷を見た。
比企谷が真剣な表情で、黒子を見返す。
どうやらこれで最後、決着の時が来た。
黒子は静かに頷きながら「彼に代わります」と告げた。
*****
フザけてるのか?
レヴィは盛大に顔をしかめて、悪態をつく。
ロックは「そう見えるよな」と頷きながら、肩を竦めて見せた。
ロックこと岡島緑郎は、久しぶりの日本の雰囲気を味わっていた。
とはいえ、今回も仕事だ。
数年前にロアナプラに現れた訳あり日本人の黒子テツヤ。
彼の依頼で、比企谷八幡のボディガードをしていた。
比企谷八幡は黒子の高校時代の友人だという。
そして同級生であり、婚約者だった雪ノ下雪乃の実家に冤罪を着せられ、殺されかけた。
比企谷の名誉の回復と賠償金の取り立て、さらにその身柄の保護が依頼内容だ。
ロックとしては、特に思うところはなかった。
同じ日本人として、比企谷や黒子に共感する部分はある。
だけど話自体はよくあるものだと思う。
何より日頃扱うロアナプラの案件に比べれば大人しいものだ。
なぁロック。何でこんなめんどくさいことになってるんだ?
そのユキノシタだったか?
そいつらを殴り飛ばして、金を巻き上げれば終わりじゃないのか?
レヴィは平然と物騒なことを言う。
ロックは「日本人はデリケートなんだよ」と返した。
そして辺りをそれとなく見回しながら、ホッとする。
ここは結構人通りが多いのだ。
レヴィはわかりやすく犯罪まがいのことを喋っているが、誰も気にする素振りがない。
そして幸い話が聞こえる範囲に、英語を解する者はいないようだ。
ちなみに2人は比企谷のガードをしていた。
夕刻、雪ノ下家の者たちと比企谷、黒子は会談をした。
だけど交渉は決裂。
そして今度は雪ノ下雪乃が比企谷を呼び出したのだ。
比企谷は呼び出しに応じると言い出した。
ロックとレヴィとしては、猛反対である。
指定された場所は、宿泊しているホテルにほど近いショッピングビル。
そこの中層にあるガーデンテラスだった。
緑が多く、ベンチがあり、買い物客がくつろげる場所。
東京の街が見下ろせるし、ビルにはレストランも入っているので深夜まで開放されている。
この時間帯ならおそらくカップルが多いだろう。
ライトアップされており、東京の夜景も一望できる。
人が多い場所だし、大丈夫だろ。
比企谷は呑気にそんなことを言った。
だけど人が多いということは、刺客を紛れ込ませやすいということだ。
こちらのガードはロックとレヴィ、そして黒子だけ。
なのに敵は何人いるかわからない状況なのだ。
だけど黒子は「仕方ないですね」と折れてしまった。
依頼人の希望をかなえるのが、われわれの仕事です。
黒子はきっぱりとそう言ったのだ。
そして比企谷には危険であることを伝え、念を押す。
それでも比企谷は会うと言い張った。
かくして比企谷は指定された場所で、ベンチに座っていた。
その横には雪ノ下雪乃。
ロックとレヴィはその斜め後方30メートルほどのところにいた。
壁に寄りかかって身を寄せ、カップルを装っている。
一応服装もカジュアルなものに変えていた。
すでに敵に面は割れているが、パッと見は誤魔化せるはずだ。
それにしても。フザけてるのか?
レヴィは盛大に顔をしかめて、悪態をついた。
正直言って、不安はあったのだ。
人混みの中、そして敵の数がわからないという状況。
しかも雪ノ下雪乃は比企谷に「二人きり」と指定したのだ。
それに従うなら、距離を取ってのガードになる。
だけどそれは杞憂だった。
向こうは「二人きり」なんて約束を最初から守っていなかった。
約10名、平和な買い物客を装って、比企谷たちの周りをウロついている。
でも所詮、ロアナプラで活動するロックとレヴィにとっては笑えるレベルだった。
比企谷に向ける殺気が隠しきれていないのだ。
はっきり言ってバレバレ、素人丸出し。
レヴィはそれに呆れていたのだった。
そう見えるよな。
ロックは頷きながら、肩を竦めて見せた。
ロアナプラだったら、すぐにやられてしまうだろうレベルの低い刺客たち。
つまり何だかんだ言っても、日本は平和なのだ。
だけど一番フザけてるのは。
レヴィはニヤリと笑うと、比企谷たちの左隣のベンチを見た。
そこにはちょこんと黒子が座っていたのである。
一応キャップこそかぶっているが、それ以外はなにもない。
目立たない地味な、つまりいつもの黒子の服装だった。
しかも今時珍しい文庫本を開いて、読んでいるのである。
すごいよな。完全に風景にとけてる。
ウロウロしてる刺客たちは、全然気付いてない。
あの雪ノ下って女性も、わかってない感じだし。
まさか比企谷君も認識してないって事、あるかな?
ロックもまた呆れながら、そう言った。
レヴィが「ありうるぞ?」と茶化す。
そう、黒子は誰よりも近い場所にいるのに誰も警戒していない。
まったく、影が薄いにも程がある。
ロックもレヴィも心の中で、黒子にツッコミまくりだ。
もしかして事前に知らされてなければ、彼らも気付けなかったかもしれない。
だがそれこそ、黒子がロアナプラで生き残れた理由だった。
認識されなければ、危険な目には合わない。
自らの存在を消せることは最大の防御なのだ。
あいつがあそこにいるなら、あたしら用なしじゃねぇか?
レヴィは退屈と言わんばかりに欠伸をした。
だがロックは「これも仕事だよ」と首を振る。
どんな仕事でも、ギャラ分はしっかり働くのがプロだ。
わかったよ。相棒。
レヴィは不機嫌に応じながら、ロックに身体をすり寄せた。
遠目に見れば、ラブラブの恋人。
だけどしっかりプロのモードで、彼らは神経を張り巡らせていた。
*****
もうすぐ終わる。
黒子は隣のベンチの会話に耳を傾けながら、そう思った。
ズルズルと続いたこの仕事も、懐かしい日本での日々ももうすぐ終わりだ。
黒子は都内某所のショッピングビルのガーデンテラスにいた。
比企谷が雪ノ下雪乃に呼び出された。
黒子はその護衛として、彼らが座っているベンチの隣を陣取っていた
2人との距離は、ほんの数メートル。
だが黒子には学生時代に培ったミスディレクションがある。
それにさらに磨きをかけた結果、こんな至近距離でも気付かれないで監視できるのだ。
黒子は本を読んでいる振りをしていた。
服装はシンプルなシャツとスラックス、そしてエプロン。
このショッピングビルのショップで働く店員の休憩に見えるように装っていた。
そして比企谷たちの会話を聞きながら、周囲の状況にも注意を払う。
私はあなたが好き。今でも好きなの。
雪ノ下雪乃がそう言った。
そして「今まで通り、一緒に進んでいきたい」などとも言う。
黒子は「何てムシがいい」と思った。
彼女は比企谷から「わかった。全て言う通りにする」というセリフを引き出したいのだ。
黒子は改めて周囲を見回した。
さすが眠らない街、東京。
すでに夜も更けているのに、人は多い。
圧倒的に多いのはカップルだ。
その中にはわかりやすく2人を監視している者もいた。
殺気がダダ漏れで、見る者が見ればわかるのだ。
出逢った頃の俺らはぶつかってばかりだったな。
お前は真っ直ぐで不器用で。
最初は嫌なヤツって思ったけど、だんだん惹かれてた。
お前がオヤジさんの仕事に関わりたいって言い出した時、俺はその隣にいたいと思ったんだ。
比企谷がどこか懐かしいような表情で、喋っている。
それを聞きながら、黒子は「あれ?」と思った。
比企谷は雪ノ下家を告発する構えだったはずだ。
だけどどうやらすっかり絆されているらしい。
黒子は背後からの視線を感じて、肩を竦めた。
後ろにいるのはカップルに化けたロックとレヴィ。
このイライラしたオーラは、おそらく短気なレヴィだ。
このグダグダな展開に、ウンザリしているのだろう。
確かにロアナプラの住人から見れば、この展開は甘すぎた。
比企谷は圧倒的に有利な立場なのだ。
黒子は何日間か雪ノ下家に潜入し、さらにベニーがハッキングを仕掛けて。
雪ノ下家の悪事の証拠を、しっかりと掴んでいる。
だけど比企谷は踏み切れない。
雪ノ下雪乃を愛しているから。
そして雪ノ下家はそれを武器に形勢をひっくり返そうとしているのだ。
素人相手に何をモタモタしてる?
おそらく短気なレヴィはそう思っているはずだ。
雪ノ下家の悪事はとても杜撰だった。
平和な日本ならば、バレなかったかもしれない。
だけどロアナプラなら子供騙しのレベルだ。
この期に及んで、何とか比企谷を口で丸め込もうとしているのが良い証拠である。
だめなら比企谷を拉致するつもりなのだろう。
こちらの人数は少ないと舐めているのもバレバレだ。
殺気ダダ漏れの素人など、数が多くても意味がないのに。
お前と一緒に歩く未来は、真っ直ぐだって思ってたんだけどな。
比企谷のやや掠れた声が聞こえてくる。
その口調はどこか寂しそうだ。
黒子は本から視線を外し、ガーデンテラスの足元に広がる夜景を見た。
無機質なようで、どこか懐かしい東京の景色。
もうすぐ決まる。道は2つに1つ。
黒子はそう思っていた。
1つは当初の目的通り、比企谷が雪ノ下雪乃との決別を選ぶ可能性だ。
そのときは比企谷を全力で守り、彼の望みがかなうようにするだけだ。
そして問題はもう1つの方。
このまま比企谷が雪ノ下雪乃に丸め込まれ、要求を取り下げた場合。
こちらは雪ノ下家の罪と言う名の秘密を嫌と言うほど知っている。
だから口止め料の名目で、必要経由と報酬をいただくのだ。
その場合は、比企谷はもう敵になっているだろう。
どちらに転んでも、もうすぐ終わる。
黒子は東京の夜景を見下ろしながら、そう思った。
日本滞在はあと少しだ。
全てが終わったら、ロアナプラに戻る。
その後、日本に戻ることがあるだろうか?
黒子はふとそう思った。
海外旅行中にトラブルに巻き込まれ、狙われることになった。
日本の警察どころか、国家権力でさえ、太刀打ちできないであろう敵。
そうして逃げて辿り着いたロアナプラが、今の黒子のホームだ。
その敵はいつか倒してやるつもりでいる。
決定的な証拠を掴み、力をつけて、いつか喉笛に食らいつく。
だけどその後は?
日本に黒子の居場所はあるだろうか?
そのままロアナプラで生きていくという選択肢も、充分ありだ。
雪乃。俺は決めたよ。
黒子は比企谷の声に、微かに背筋を伸ばした。
ようやく比企谷は決断したらしい。
道は2つに1つ。
果たして彼はどちらを選ぶのか。
黒子はいつでも飛び出せるように、静かに集中力を高めていた。
ここから先は気が抜けない。
おそらく勝負は一瞬で決まる。
【続く】
黒子の問いに、比企谷が「多分」と答える。
だけどその表情はとても気持ちの整理ができているようには見えなかった。
雪ノ下雪乃たちとの会見を終えた比企谷と黒子は、部屋に戻った。
高級ホテルのエグゼクティブルーム。
ちなみに雪ノ下家が東京での定宿としているホテルだ。
さらに支払いに使うクレジットカードは偽造で、葉山隼人名義。
黒子なりに皮肉を込めたチョイスだった。
比企谷は部屋に戻るなり、ベットルームに向かう。
そして豪華なベットに飛び込んだ。
黒子はそんな比企谷を横目に、リビングエリアの豪華なソファに腰を下ろす。
ボディガードをしてくれたロックとレヴィもいた。
ロックもソファに座り、レヴィはバーカウンターへ。
どうやら酒を飲みたいらしい。
レヴィ。酒はダメだよ。
ロックがレヴィの背中に声をかけた。
レヴィは「わかってる。見てるだけだ」と答える。
黒子はそんな2人を見ながら「さすが」と思った。
この件は、まだここで終わらないからだ。
黒子はそう思ったし、ロックとレヴィもそう思ったのだろう。
なぜなら葉山や陽乃の目が、まだ悪意を含んで光っていたからだ。
彼らは比企谷の雪乃への想いを揺さぶり、譲歩を引き出そうとした。
だけどその交渉が決裂した今、きっとさらなる手を考えている。
多分今度は恋愛ではなく、力を使って訴えるやり方で。
ロックさん。申し訳ないんですが。
黒子はロックに声をかける。
ロックは「わかってるよ」と頷いた。
とりあえずボディガードとして、しばらく一緒にいて欲しい。
黒子の願いを口にせずとも、察してくれたようだ。
それにしても、面倒だよな。
結局冷蔵庫からコーラを選んだレヴィが、そう言った。
そしてペットボトルからラッパ飲みしながら、ソファに座る。
ちなみに日本語をまったく解さないレヴィは英語だった。
あの最後に現れたのが、ヒッキーの女だろ?
力ずくで言うこと聞かせりゃ、いいじゃんか。
どうやらお互い未練もた~っぷりあるみたいだし?
誑し込んで、金せしめて、ついでに女さらっちまえばよくないか?
黙っていればそこそこ可愛いレヴィから、身も蓋もない言葉が出る。
ロックが呆れて「そんなに簡単じゃないんだよ」と英語で返す。
黒子もまた英語で「それができれば苦労しません」と言った。
レヴィの意見は乱暴だがシンプルでわかりやすかった。
そしてあながち無理ゲーでもない。
なぜなら雪乃の表情から、わかったからだ。
おそらく比企谷への想いが残っていることが。
だから雪乃を丸め込み、こちらの思う通りに転がす可能性もなくはない。
だけどあいにく比企谷はそういうキャラではなかった。
女性を丸め込んで、操れるような器用さはないのだ。
むしろどちらかと言えば、むしろ丸め込まれる側だ。
黒子は「ハァ」と小さくため息をつくと、バーカウンターに向かう。
そしてミネラルウォーターのボトルを2本取ると、ベットルームに向かった。
比企谷君。どうぞ。
黒子はミネラルウォーターのボトルを差し出しながら、声をかける。
ベットにうつ伏せに突っ伏していた比企谷が、ノロノロと身体を起こした。
そしてベットに腰かけると、ボトルを受け取る。
黒子は立ったまま、比企谷を見下ろす形で向かい合った。
大丈夫ですか?
黒子は静かにそう聞いた。
比企谷が「わからん」と首を振る。
そしてミネラルウォーターのボトルに口をつけた。
なぁ。黒子。お前はどう見た?
比企谷は「ハァ」とため息をつくと、黒子を見上げる。
黒子は「比企谷君と同じです」と答えた。
すると比企谷は「だよなぁ」とまたため息だ。
雪ノ下雪乃は真相を知っていた。
それが比企谷も黒子も抱いた感想だった。
おそらく彼女の両親や姉、葉山も何も伝えなかった。
ただただ比企谷は横領を働き、異国で死んだとだけ言ったのだ。
だけど聡明な雪乃は、それが嘘であることを察した。
そして比企谷と雪ノ下家を天秤にかけ、家を取った。
伝えられた嘘に従って、行動していたのだ。
俺はまだ雪乃を諦めきれてない。
高校生の頃の、不器用でまっすぐなあいつが好きだった。
それを忘れられない。
比企谷は視線を落とし、床を見ながらそう言った。
黒子は「多分雪ノ下さんもそうだと思います」と答える。
すると比企谷は「だから迷うんだ」と言った。
いっそ雪乃が完全に別人になっていたら、楽なのだ。
比企谷君。これが最後の分岐点です。
今なら、引き返せますよ。
雪ノ下雪乃さんを許したいなら、それもできます。
まぁその場合でも、ボクとラグーン商会への口止め料はいただきますが。
黒子はきっぱりとそう言った。
別に黒子たちは正義の味方ではない。
正しい決断をしなくたって、かまわないのだ。
大事なのは依頼人である比企谷の満足度だ。
だが比企谷は首を振った。
そしてもう1度顔を上げる。
その表情は幾分すっきりして見えた。
ありがとな。最後に分岐点を作ってくれて。
逆にふっ切れたわ。
小町のこともあるし、俺も前に進まなきゃなんない。
だからここで雪乃もろとも雪ノ下家とは決別する。
比企谷はニコッと笑うと、立ち上がった。
黒子は「わかりました」と答える。
それなら別にかまわない。
当初の予定通りに話を進めるだけだ。
そして2人はベットルームを出た。
リビングエリアではロックとレヴィがトランプをしている。
どうやら賭けポーカーだ。
一応日本では賭博は法に触れるが、別に関係ない。
黒子も一息入れようかと思ったところで、スマホが鳴った。
画面には「公衆電話」と表示されている。
このスマホは今回の日本滞在用に手に入れたプリペイド。
だが雪ノ下家には連絡用にこの番号を伝えている。
黒子は躊躇うことなく通話ボタンを押し「もしもし」と応じる。
すると「あの」と躊躇いがちな女性の声が聞こえた。
雪ノ下雪乃です。
もう一度比企谷君と、二人きりで話をさせて。
先程話したばかりの彼女の声に、黒子は思わず比企谷を見た。
比企谷が真剣な表情で、黒子を見返す。
どうやらこれで最後、決着の時が来た。
黒子は静かに頷きながら「彼に代わります」と告げた。
*****
フザけてるのか?
レヴィは盛大に顔をしかめて、悪態をつく。
ロックは「そう見えるよな」と頷きながら、肩を竦めて見せた。
ロックこと岡島緑郎は、久しぶりの日本の雰囲気を味わっていた。
とはいえ、今回も仕事だ。
数年前にロアナプラに現れた訳あり日本人の黒子テツヤ。
彼の依頼で、比企谷八幡のボディガードをしていた。
比企谷八幡は黒子の高校時代の友人だという。
そして同級生であり、婚約者だった雪ノ下雪乃の実家に冤罪を着せられ、殺されかけた。
比企谷の名誉の回復と賠償金の取り立て、さらにその身柄の保護が依頼内容だ。
ロックとしては、特に思うところはなかった。
同じ日本人として、比企谷や黒子に共感する部分はある。
だけど話自体はよくあるものだと思う。
何より日頃扱うロアナプラの案件に比べれば大人しいものだ。
なぁロック。何でこんなめんどくさいことになってるんだ?
そのユキノシタだったか?
そいつらを殴り飛ばして、金を巻き上げれば終わりじゃないのか?
レヴィは平然と物騒なことを言う。
ロックは「日本人はデリケートなんだよ」と返した。
そして辺りをそれとなく見回しながら、ホッとする。
ここは結構人通りが多いのだ。
レヴィはわかりやすく犯罪まがいのことを喋っているが、誰も気にする素振りがない。
そして幸い話が聞こえる範囲に、英語を解する者はいないようだ。
ちなみに2人は比企谷のガードをしていた。
夕刻、雪ノ下家の者たちと比企谷、黒子は会談をした。
だけど交渉は決裂。
そして今度は雪ノ下雪乃が比企谷を呼び出したのだ。
比企谷は呼び出しに応じると言い出した。
ロックとレヴィとしては、猛反対である。
指定された場所は、宿泊しているホテルにほど近いショッピングビル。
そこの中層にあるガーデンテラスだった。
緑が多く、ベンチがあり、買い物客がくつろげる場所。
東京の街が見下ろせるし、ビルにはレストランも入っているので深夜まで開放されている。
この時間帯ならおそらくカップルが多いだろう。
ライトアップされており、東京の夜景も一望できる。
人が多い場所だし、大丈夫だろ。
比企谷は呑気にそんなことを言った。
だけど人が多いということは、刺客を紛れ込ませやすいということだ。
こちらのガードはロックとレヴィ、そして黒子だけ。
なのに敵は何人いるかわからない状況なのだ。
だけど黒子は「仕方ないですね」と折れてしまった。
依頼人の希望をかなえるのが、われわれの仕事です。
黒子はきっぱりとそう言ったのだ。
そして比企谷には危険であることを伝え、念を押す。
それでも比企谷は会うと言い張った。
かくして比企谷は指定された場所で、ベンチに座っていた。
その横には雪ノ下雪乃。
ロックとレヴィはその斜め後方30メートルほどのところにいた。
壁に寄りかかって身を寄せ、カップルを装っている。
一応服装もカジュアルなものに変えていた。
すでに敵に面は割れているが、パッと見は誤魔化せるはずだ。
それにしても。フザけてるのか?
レヴィは盛大に顔をしかめて、悪態をついた。
正直言って、不安はあったのだ。
人混みの中、そして敵の数がわからないという状況。
しかも雪ノ下雪乃は比企谷に「二人きり」と指定したのだ。
それに従うなら、距離を取ってのガードになる。
だけどそれは杞憂だった。
向こうは「二人きり」なんて約束を最初から守っていなかった。
約10名、平和な買い物客を装って、比企谷たちの周りをウロついている。
でも所詮、ロアナプラで活動するロックとレヴィにとっては笑えるレベルだった。
比企谷に向ける殺気が隠しきれていないのだ。
はっきり言ってバレバレ、素人丸出し。
レヴィはそれに呆れていたのだった。
そう見えるよな。
ロックは頷きながら、肩を竦めて見せた。
ロアナプラだったら、すぐにやられてしまうだろうレベルの低い刺客たち。
つまり何だかんだ言っても、日本は平和なのだ。
だけど一番フザけてるのは。
レヴィはニヤリと笑うと、比企谷たちの左隣のベンチを見た。
そこにはちょこんと黒子が座っていたのである。
一応キャップこそかぶっているが、それ以外はなにもない。
目立たない地味な、つまりいつもの黒子の服装だった。
しかも今時珍しい文庫本を開いて、読んでいるのである。
すごいよな。完全に風景にとけてる。
ウロウロしてる刺客たちは、全然気付いてない。
あの雪ノ下って女性も、わかってない感じだし。
まさか比企谷君も認識してないって事、あるかな?
ロックもまた呆れながら、そう言った。
レヴィが「ありうるぞ?」と茶化す。
そう、黒子は誰よりも近い場所にいるのに誰も警戒していない。
まったく、影が薄いにも程がある。
ロックもレヴィも心の中で、黒子にツッコミまくりだ。
もしかして事前に知らされてなければ、彼らも気付けなかったかもしれない。
だがそれこそ、黒子がロアナプラで生き残れた理由だった。
認識されなければ、危険な目には合わない。
自らの存在を消せることは最大の防御なのだ。
あいつがあそこにいるなら、あたしら用なしじゃねぇか?
レヴィは退屈と言わんばかりに欠伸をした。
だがロックは「これも仕事だよ」と首を振る。
どんな仕事でも、ギャラ分はしっかり働くのがプロだ。
わかったよ。相棒。
レヴィは不機嫌に応じながら、ロックに身体をすり寄せた。
遠目に見れば、ラブラブの恋人。
だけどしっかりプロのモードで、彼らは神経を張り巡らせていた。
*****
もうすぐ終わる。
黒子は隣のベンチの会話に耳を傾けながら、そう思った。
ズルズルと続いたこの仕事も、懐かしい日本での日々ももうすぐ終わりだ。
黒子は都内某所のショッピングビルのガーデンテラスにいた。
比企谷が雪ノ下雪乃に呼び出された。
黒子はその護衛として、彼らが座っているベンチの隣を陣取っていた
2人との距離は、ほんの数メートル。
だが黒子には学生時代に培ったミスディレクションがある。
それにさらに磨きをかけた結果、こんな至近距離でも気付かれないで監視できるのだ。
黒子は本を読んでいる振りをしていた。
服装はシンプルなシャツとスラックス、そしてエプロン。
このショッピングビルのショップで働く店員の休憩に見えるように装っていた。
そして比企谷たちの会話を聞きながら、周囲の状況にも注意を払う。
私はあなたが好き。今でも好きなの。
雪ノ下雪乃がそう言った。
そして「今まで通り、一緒に進んでいきたい」などとも言う。
黒子は「何てムシがいい」と思った。
彼女は比企谷から「わかった。全て言う通りにする」というセリフを引き出したいのだ。
黒子は改めて周囲を見回した。
さすが眠らない街、東京。
すでに夜も更けているのに、人は多い。
圧倒的に多いのはカップルだ。
その中にはわかりやすく2人を監視している者もいた。
殺気がダダ漏れで、見る者が見ればわかるのだ。
出逢った頃の俺らはぶつかってばかりだったな。
お前は真っ直ぐで不器用で。
最初は嫌なヤツって思ったけど、だんだん惹かれてた。
お前がオヤジさんの仕事に関わりたいって言い出した時、俺はその隣にいたいと思ったんだ。
比企谷がどこか懐かしいような表情で、喋っている。
それを聞きながら、黒子は「あれ?」と思った。
比企谷は雪ノ下家を告発する構えだったはずだ。
だけどどうやらすっかり絆されているらしい。
黒子は背後からの視線を感じて、肩を竦めた。
後ろにいるのはカップルに化けたロックとレヴィ。
このイライラしたオーラは、おそらく短気なレヴィだ。
このグダグダな展開に、ウンザリしているのだろう。
確かにロアナプラの住人から見れば、この展開は甘すぎた。
比企谷は圧倒的に有利な立場なのだ。
黒子は何日間か雪ノ下家に潜入し、さらにベニーがハッキングを仕掛けて。
雪ノ下家の悪事の証拠を、しっかりと掴んでいる。
だけど比企谷は踏み切れない。
雪ノ下雪乃を愛しているから。
そして雪ノ下家はそれを武器に形勢をひっくり返そうとしているのだ。
素人相手に何をモタモタしてる?
おそらく短気なレヴィはそう思っているはずだ。
雪ノ下家の悪事はとても杜撰だった。
平和な日本ならば、バレなかったかもしれない。
だけどロアナプラなら子供騙しのレベルだ。
この期に及んで、何とか比企谷を口で丸め込もうとしているのが良い証拠である。
だめなら比企谷を拉致するつもりなのだろう。
こちらの人数は少ないと舐めているのもバレバレだ。
殺気ダダ漏れの素人など、数が多くても意味がないのに。
お前と一緒に歩く未来は、真っ直ぐだって思ってたんだけどな。
比企谷のやや掠れた声が聞こえてくる。
その口調はどこか寂しそうだ。
黒子は本から視線を外し、ガーデンテラスの足元に広がる夜景を見た。
無機質なようで、どこか懐かしい東京の景色。
もうすぐ決まる。道は2つに1つ。
黒子はそう思っていた。
1つは当初の目的通り、比企谷が雪ノ下雪乃との決別を選ぶ可能性だ。
そのときは比企谷を全力で守り、彼の望みがかなうようにするだけだ。
そして問題はもう1つの方。
このまま比企谷が雪ノ下雪乃に丸め込まれ、要求を取り下げた場合。
こちらは雪ノ下家の罪と言う名の秘密を嫌と言うほど知っている。
だから口止め料の名目で、必要経由と報酬をいただくのだ。
その場合は、比企谷はもう敵になっているだろう。
どちらに転んでも、もうすぐ終わる。
黒子は東京の夜景を見下ろしながら、そう思った。
日本滞在はあと少しだ。
全てが終わったら、ロアナプラに戻る。
その後、日本に戻ることがあるだろうか?
黒子はふとそう思った。
海外旅行中にトラブルに巻き込まれ、狙われることになった。
日本の警察どころか、国家権力でさえ、太刀打ちできないであろう敵。
そうして逃げて辿り着いたロアナプラが、今の黒子のホームだ。
その敵はいつか倒してやるつもりでいる。
決定的な証拠を掴み、力をつけて、いつか喉笛に食らいつく。
だけどその後は?
日本に黒子の居場所はあるだろうか?
そのままロアナプラで生きていくという選択肢も、充分ありだ。
雪乃。俺は決めたよ。
黒子は比企谷の声に、微かに背筋を伸ばした。
ようやく比企谷は決断したらしい。
道は2つに1つ。
果たして彼はどちらを選ぶのか。
黒子はいつでも飛び出せるように、静かに集中力を高めていた。
ここから先は気が抜けない。
おそらく勝負は一瞬で決まる。
【続く】