「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」
これが雪ノ下のやり方か。
俺は葉山を見据えながら、そう言った。
不思議なほど腹は立たない。
ただひどく悲しかった。
俺と黒子は雪ノ下雪乃を呼び出した。
雪ノ下家の不正を糾弾するための証拠は集めた上でだ。
っていうか、そっちは黒子におまかせだったんだけど。
とにかくその証拠と引き換えに要求するのは、身の潔白の証明。
そして罪を着せられ、殺されかけた俺への損害賠償だ。
場所はホテルのラウンジだった。
人が多く行き交う、明るい場所。
なるべく平和的に解決したいというこちらの気持ちの表れのつもりだ。
それが伝わらないような相手ではないと思う。
いや、もうそれはただの願望かな。
だって雪ノ下家は現実に恐ろしい犯罪に手を染めているわけだから。
だけど実際、交渉の場に現れたのは葉山隼人だった。
父親と共に、雪ノ下家の顧問弁護士に名を連ねる男。
俺亡き(?)後、雪ノ下雪乃の婚約者になったらしい。
高校時代のイケメンは、そのままそっくり美形のまま好青年になっていた。
女性を魅了するであろう、柔らかな笑顔。
でもこれが悪の代理人なのだと思うと、かなり怖い。
さて問題の交渉は、結果から言うと決裂だった。
これまた黒子におまかせだったけどな。
黒子は損害賠償として、一億。
そして俺と先輩社員の名誉の回復を要求した。
正直、金額にはかなり驚いた。
危うく「は?」と声をあげるところだったよ。
だけど黒子はいつも通り冷静だった。
おそらくこれが無理な要求ではないと知っているからだ。
雪ノ下家の財政も調べた上で、弾き出した額なのだ。
それになるべく穏便にという俺の希望も聞いてくれている。
何しろ強気な要求は金額だけ。
もう1つの俺らの身の潔白の証明手段は向こうに託したからだ。
つまり政治家お決まりの「秘書がやりました」もOK。
傷が少ない形で、適当におさめてくれたら良い。
だけどどうやらそれも通じなかったらしい。
なぜなら葉山は少しも譲歩する姿勢を見せなかった。
それどころか、いつの間にか俺と黒子の後ろにはスーツ姿の男が2人立っていたのだ。
雰囲気からして、どうやらカタギの方じゃない。
そして後頭部には何かを押し付けられる感触。
どう考えても、銃口だよな。
こんな場所でこんなもの、出さないでくれよ。
え?命の危機のわりには落ち着いてるって?
ああ。自分でもそう思う。
後になって考えると、かなり怖かった。
それにいきなり銃を突きつけるやり方に怒りもある。
だけどこのときはただただ悲しかったんだ。
葉山隼人は俺の友人ではない。
だけど高校時代、それなりに交流もあった。
俺とは考え方が違ったけれど、こいつなりの正義感だってあったと思う。
そんな男がここまで墜ちたのかと思うと、悲しくて切なかったんだ。
そしてそういう世界に雪ノ下雪乃がいることも。
仕方ありませんね。
黒子が静かにそう言ったことで、俺は我に返った。
そして改めて、隣に座る黒子を見る。
不思議なことにただ黒子を見ることで、冷静さを保っていられた。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。
その通り名は伊達じゃなかった。
みんなが浮足立っているときだって、いつもこいつだけは冷静だった。
そしてただ勝つための手段を必死に考えていた。
俺が今、全面的に頼っているのはそういう男だ。
黒子が行動を起こしたのは、直後だった。
俺たちから2つ離れたテーブルに座っていた若いカップル客。
ピッタリと身体を寄せ合って、いちゃついていた。
だがそのテーブルで、女性が飲んでいたコーヒーのカップを落としたのだ。
派手な音を立てて、床に叩きつけられたカップが割れる。
誰もが一瞬、そちらに気を取られた瞬間、黒子は動いたのだ。
ハッと我に返った時、黒子はスーツの男たちの後ろにいた。
そして男たちの手に銃はなかった。
黒子は一瞬のうちに2人から銃を奪ったのだ。
さながらスリの達人。
そして他の客からは見えないようにして、スーツの男たちの背中に突きつけていたのだ。
スーツのお二方は、そのまま動かないで下さい。
黒子は静かにそう言った。
だが葉山は「悪いね」と歪んだ笑みを見せる。
黒子は「よくできたモデルガンですね」と応じる。
なるほど、男たちが持っていたのは偽物の銃か。
つまり俺たちは脅しにもならないもので、脅されたのだ。
とりあえずここまではドローかな?
葉山はあくまでも爽やかな笑みで、俺と黒子を交互に見た。
だけど黒子は「いいえ」と答える。
その瞬間、新たな人物が現れた。
先程カップを割ったカップルの女性の方がスーツの2人組の間に。
そして男性は葉山の後ろに立っていたのだ。
あんたたち。
俺は思わず声を上げていた。
都合の良いタイミングで割れたカップは偶然じゃなかった。
彼らはロアナプラのラグーン商会にいた2人。
ロックとレヴィだった。
事態が拗れた場合に備えて、助っ人を呼んでいたんです。
黒子はいつもの無表情のまま、平坦な声でそう言った。
そして「ロアナプラからわざわざ呼んだんですよ」と付け加える。
それを聞いた葉山の顔から余裕が消えた。
あの街で生きる2人は筋金入りの強者だとわかったんだろう。
とりあえず形勢は逆転したらしい。
それを悟った俺は「雪乃を呼んでくれ」と言った。
今知りたいことはたった1つ。
葉山が変わってしまったのと同じ方向で雪ノ下雪乃も変わってしまったのか。
それをどうしてもこの目で確かめたかった。
*****
久しぶりだね。比企谷君。
再会した彼女は黒髪を揺らしながら、笑う。
だけど俺は冷やかに「会いたいのはあなたじゃないです」と答えた。
ホテルのラウンジで葉山隼人と対峙した俺と黒子。
そして至極真っ当な要求をした。
俺の名誉の回復と賠償。
だけど葉山は、いや雪ノ下家は最初から交渉するつもりなどなかったらしい。
どう見てもカタギとは言えない男たちを使って、俺たちを脅そうとした。
だけど黒子の方が一枚上手だった。
何とロアナプラから助っ人を呼びよせていたのだ。
後に俺は黒子に「先に教えておいてくれよ」と文句を言った。
だけど黒子は涼しい顔で「比企谷君は顔に出やすいので」といなされた。
俺たちは優位に立ったところで、場所を移動した。
このホテルの客室だ。
黒子がロックに頼んで、押さえておいたらしい。
ゾロゾロと移動する様子は、ホテルスタッフや他の客にはどう見えただろう。
そんなことを考えられるくらいには、余裕があった。
部屋に着くと、俺たちは対峙するようにソファに腰を下ろした。
向かい合う俺と葉山。
俺の右隣には黒子、左隣にロックが座る。
後ろにはレヴィが立ち、荒事が起これば対応する布陣だ。
ちなみに俺の正面には葉山が座った。
黒スーツの男たちはその後ろに立ち、俺たちを威嚇するようにこちらを睨んでいる。
とりあえず雪ノ下雪乃さんを呼んでください。
黒子は俺の気持ちを代弁するように、そう言った。
葉山が「わかった」と頷き、スマホを操作する。
その表情は冷静で、俺には感情を読むことができなかった。
そして待つこと、約1時間。
ついに部屋のドアチャイムがなった。
この間の気まずさったら、なかったな。
葉山と黒スーツは言葉もなく、ずっとこっちを睨んでる。
ロックとレヴィが英語で雑談する声だけが響いていた。
この状況下で、悪態と下ネタの応酬。
黒子というと、何と読書を始めた。
どこからともなく文庫本を取り出し、読み始めたんだ。
どうせ時間がかかるし、ヒマですから。
俺の呆れた視線を読んだ黒子は、あっさりとそう言った。
そうだよな。こういうヤツだよ。
だけど俺は真似できない。
どこをどうすれば、こんな境地に辿り着けるのかね。
だけどようやく待ち人が来たらしい。
ドアチャイムが鳴るなり、黒子は文庫本を閉じる。
葉山が「出迎えてくる」と席を立ち、ドアに向かった。
そして1人の女性を伴って、戻って来る。
それを見た俺は、思わず目を瞠った。
久しぶりだね。比企谷君。
再会した彼女は黒髪を揺らしながら、笑った。
そして葉山が元の席に座り、彼女がその隣におさまる。
だけど俺は冷やかに「会いたいのはあなたじゃないです」と答えた。
現れたのは、雪ノ下雪乃ではなかった。
雪乃の姉、陽乃さんだ。
相変わらず、どこか茶化したような口調。
髪が少し伸びた以外は、見た目もほぼ変わっていない。
冷たいなぁ。え?あれ?黒子君?
陽乃さんは、腰を下ろしてから初めて黒子に気付いたようだ。
黒子は「どうも」と軽く会釈をする。
俺は「ハァァ」とわざとらしくため息をついて見せた。
俺は雪乃と話したいだけだけなんですけど。
どうして違う人ばっかり、来るんすかね?
俺は正直に不満をぶちまけた。
だけど内心、高校時代のことを思い出した。
高校時代、時々陽乃さんや姉妹の母親に遭遇した。
そのときもストレートに本音を言わない態度に辟易したんだ。
まどろっこしくすることで、ラスボス感を演出しているつもりだったりするか?
悪いわね。会わせられない。
だって雪乃ちゃんは今、隼人君の婚約者だもの。
あ、あの子を悪く思わないでね。
比企谷君は死んでしまったと思っていたんだから。
陽乃さんは軽い口調でそう言った。
俺は「そういうことじゃないんですけど」と返す。
正直、あまり気分が良くない。
事もなげに彼女が口にした「死」は俺の命の話だから。
だけどそれにツッコミを入れたところで、話が進まない。
今の雪乃の気持ちを知りたいんです。
あいつの意思に反して、無理矢理ヨリを戻すことはしない。
ただ雪乃の口から、話を聞きたい。
そして俺の要求を聞いてくれるかどうか、知りたいんですよ。
俺はそう言いながら、いいかげんこのやり取りに疲れてきた。
どれだけ繰り返しても、思いが届かない。
黒子がチラリと俺を見た。
何かを問うようなその視線に、俺は理解した。
葉山も陽乃さんも、結局のところ俺をナメているのだ。
だから結局、何だかんだではぐらかし、俺から譲歩を引き出そうとしている。
あわよくばうやむやに。
それが無理でも雪ノ下家には一切傷がつかない状況で終わらせようとしている。
要求を飲むつもりも、雪乃に会わせるつもりもない。
黒子は「それでいいのか?」と聞いているのだ。
もちろん黒子が介入すれば、話は早くなる。
だけどこのままナメられたままでいいのかと、黒子の目が言っている。
俺は1つ頷くと「陽乃さん」と呼びかけた。
陽乃さんが「何?」と軽い口調で、首を傾げる。
俺は唇の端を歪めて、笑って見せた。
昔の俺じゃない、情には流されないと知らせるために。
いいかげんにしてくれ。
こっちはそちらの悪事の証拠を握っている。
対等な立場じゃないんだ。
冤罪を晴らして、損害賠償をしてもらう。
これはお願いじゃなくて、命令だ。
俺は怒りを込めて、ぶちまけた。
陽乃さんと、葉山の顔が引きつる。
そして後ろから「ヒュ~」と口笛が聞こえた。
日本語がわからないながら、レヴィが俺を賞賛してくれたらしい。
黒子をチラリと見れば、ほんの少し唇が緩んでいるように見えた。
俺はもう一度「雪乃を呼んでください」と告げる。
目に精一杯力を込めてみたけれど、上手く威圧感が出せただろうか?
ただわかっているのは、おそらく俺と雪ノ下雪乃がヨリを戻すことはないってこと。
この期に及んで姿を現さないあいつは、おそらくもう昔のあいつじゃないんだろう。
*****
これはどういうことなの?
ついに現れた元婚約者殿は驚き、声を荒げている。
だけど俺にはその様子がひどくわざとらしく見えた。
部屋のドアチャイムが鳴ったのは、陽乃さんが現れてから2時間後だった。
またしても葉山が出迎える。
そしてついに願いが叶った。
葉山にエスコートされるようにして現れたのは雪ノ下雪乃。
俺の高校時代からの友人で、初めての恋人で、少し前まで婚約者だった女性だ。
久しぶりの雪乃はやっぱり美人だった。
高校時代よりは短くなった黒髪は艶やかサラサラ。
姿勢も所作も綺麗で、相変わらず隙がない。
その雪乃は俺を見て、驚愕の表情になった。
そして葉山や陽乃さんを見ながら「これはどういうことなの?」と声を荒げた。
やっぱりそういうことか。
俺は誰にも気づかれないように、こっそりとため息をついた。
いや、前言撤回。
黒子にはしっかりバレてる。
そして黒子は俺を見ながら、小さく頷いた。
好きにやれってことでいいんだよな。
俺は雪乃に「とりあえず座ってくれ」と声をかけた。
雪乃は俺をマジマジと見ながら「本当に比企谷君?」と問う。
まぁ髪染めたりなんだり、パッと見た感じの雰囲気はかなり変えた。
だけど何かそれも含めて、わざとらしい気がした。
小芝居はいいから、座ってくれ。
俺はきっぱりとそう言い放った。
そう、俺には現れた時からの雪乃の所作が小芝居に見えたんだ。
だってこの変装、そんなに凝ってないからな。
遠目ならともかく、知り合いに至近距離で見られればまぁバレる。
実際、葉山も陽乃さんもすぐに俺を認識したからな。
雪乃がマジマジと俺を見て確認する必要なんかないだろ?
小芝居って、お前。そんな言い方。
葉山が唐突に高校時代の爽やかモードを纏って、割って入ろうとする。
だけど俺は「とにかく座って、話を始めよう」とぶった切った。
葉山は一瞬ムッとした顔になったが、黙って席を立つ。
そしてその席、つまり俺の正面に雪乃が座った。
かくして5対4での対峙となった。
こちら側は俺と黒子、ロックとレヴィ。
あちらは雪ノ下姉妹と葉山、そしてボディガードの黒スーツ2人だ。
もう覚悟は決まっている。
ここから先は俺の気持ちの整理をつけるためのものなのだ。
俺の身に何が起こったか、知ってるか?
俺はまずそう聞いた。
雪乃が「いいえ」と首を振る。
そこからかよ。まぁいい。
俺は簡潔にここまでの経緯を説明した。
タイでの先輩の死、そして俺も死んだものとされたこと。
そして冤罪、俺たちに罪を着せたのは雪ノ下家であることを。
そんな。信じられない。
いいえ。あなたのことは信じているけど。
亡くなった彼が犯した罪ではないの?
雪乃はフルフルと首を振りながら、そう言った。
その動きに合わせて、艶やかな黒髪が揺れる。
そして高校時代とは違う高級なシャンプーの香り。
俺は雪乃のリアクションだけでなく、優雅な所作にさえ嫌悪を感じた。
今さら何を言っているのか。
すると黒子がいつの間にか手にしていた数枚の紙片を、雪乃の前に滑らせた。
そして「あなたのお父様、いえ雪ノ下家が行なった犯罪の証拠です」と告げる。
雪ノ下が「あなた、黒子君?」と驚いている。
黒子は「今、そこはどうでもよいです」と素っ気なかった。
葉山と陽乃さんには言ったけど、もう一度言う。
俺の要求は損害賠償と名誉の回復だ。
そして願わくばお前の手で、雪ノ下家の不正を暴いてほしいと思っている。
俺の要求に雪乃だけでなく、葉山と陽乃さんも息を飲んでいる。
絶対にうやむやにはしない。
雪ノ下の家も無傷ではおかない。
そんな俺の決意は伝わっているだろうか。
そんなこと、できない。
長い沈黙の後、雪乃はポツリとそう呟いた。
そして「比企谷君」と上目遣いに俺を見た。
甘えるような視線と震える唇。
その瞬間、俺の心も揺れた。
俺の要求以外にも道がある。
雪乃と雪ノ下家が傷つかなくて済む方法が。
それを選べば、俺たちはまた昔の2人に戻れるのだろうか?
あなたのやり方は、葉山君や陽乃さんと同じですね。
情に訴えて、比企谷君の意思を曲げようとしている。
がっかりです。
高校時代は正論で信念を通す人だと思ってたんですけど。
不意に割り込んできたのは、黒子だった。
俺はその声に我に返って、もう1度雪乃を見る。
唇を噛みしめて、どこか悔しそうな表情。
雪乃は俺から譲歩を引き出そうとしていたんだ。
だけどそれに乗りそうになった俺を見て、黒子は割って入ってくれた。
本当にそれでいいのかと。
俺は静かに目を閉じた。
目に浮かぶのは、高校時代の雪乃だ。
真っ直ぐで一生懸命で、不器用で頑固。
あのときにはずっとこいつと一緒にいたいと思ったんだ。
でもその雪乃はもう俺の心の中にしかいない。
なぁ。本当は知ってたんだろ?
俺たちが罪を着せられて、殺されたことを。
誰もお前に教えなかったかもしれない。
だけどお前が気が付かなかったわけないもんな。
俺はそう言って、もう1度雪乃を見た。
雪乃は答えずに、俺を睨む勢いで見返してくる。
お前のそんな開き直った顔、見たくなかったよ。
一週間以内に、真実を公表してくれ。
それと賠償金も用意しろ。
それだけだ。
最後とばかりに吐き捨てて、俺は席を立った。
雪ノ下家のガードの黒スーツ2人が懐に手を入れながら、俺との距離を詰めようとする。
だけどレヴィが両手に銃を持ち、2人に向けた。
もしも要求に従わない場合は、こちらで対処します。
関係各所に資料を送って、ネットで告発します。
あと賠償金一億円もお忘れなく。
用意してくれないなら、資産も押さえちゃいます。
こちらには有能なハッカーがいますので。
黒子が俺の要求に補足してくれる。
陽乃さんと葉山が息を飲み、雪乃は放心状態だ。
だけどもう知ったこっちゃない。
俺たち一行はそのままホテルの部屋を後にした。
気持ちの整理はつきましたか?
部屋を出るなり、黒子はそう言った。
俺は「多分」と答える。
正直、心はまだ落ち着かない。
だけどやはりこれが最良の選択なのだと自分に言い聞かせた。
【続く】
俺は葉山を見据えながら、そう言った。
不思議なほど腹は立たない。
ただひどく悲しかった。
俺と黒子は雪ノ下雪乃を呼び出した。
雪ノ下家の不正を糾弾するための証拠は集めた上でだ。
っていうか、そっちは黒子におまかせだったんだけど。
とにかくその証拠と引き換えに要求するのは、身の潔白の証明。
そして罪を着せられ、殺されかけた俺への損害賠償だ。
場所はホテルのラウンジだった。
人が多く行き交う、明るい場所。
なるべく平和的に解決したいというこちらの気持ちの表れのつもりだ。
それが伝わらないような相手ではないと思う。
いや、もうそれはただの願望かな。
だって雪ノ下家は現実に恐ろしい犯罪に手を染めているわけだから。
だけど実際、交渉の場に現れたのは葉山隼人だった。
父親と共に、雪ノ下家の顧問弁護士に名を連ねる男。
俺亡き(?)後、雪ノ下雪乃の婚約者になったらしい。
高校時代のイケメンは、そのままそっくり美形のまま好青年になっていた。
女性を魅了するであろう、柔らかな笑顔。
でもこれが悪の代理人なのだと思うと、かなり怖い。
さて問題の交渉は、結果から言うと決裂だった。
これまた黒子におまかせだったけどな。
黒子は損害賠償として、一億。
そして俺と先輩社員の名誉の回復を要求した。
正直、金額にはかなり驚いた。
危うく「は?」と声をあげるところだったよ。
だけど黒子はいつも通り冷静だった。
おそらくこれが無理な要求ではないと知っているからだ。
雪ノ下家の財政も調べた上で、弾き出した額なのだ。
それになるべく穏便にという俺の希望も聞いてくれている。
何しろ強気な要求は金額だけ。
もう1つの俺らの身の潔白の証明手段は向こうに託したからだ。
つまり政治家お決まりの「秘書がやりました」もOK。
傷が少ない形で、適当におさめてくれたら良い。
だけどどうやらそれも通じなかったらしい。
なぜなら葉山は少しも譲歩する姿勢を見せなかった。
それどころか、いつの間にか俺と黒子の後ろにはスーツ姿の男が2人立っていたのだ。
雰囲気からして、どうやらカタギの方じゃない。
そして後頭部には何かを押し付けられる感触。
どう考えても、銃口だよな。
こんな場所でこんなもの、出さないでくれよ。
え?命の危機のわりには落ち着いてるって?
ああ。自分でもそう思う。
後になって考えると、かなり怖かった。
それにいきなり銃を突きつけるやり方に怒りもある。
だけどこのときはただただ悲しかったんだ。
葉山隼人は俺の友人ではない。
だけど高校時代、それなりに交流もあった。
俺とは考え方が違ったけれど、こいつなりの正義感だってあったと思う。
そんな男がここまで墜ちたのかと思うと、悲しくて切なかったんだ。
そしてそういう世界に雪ノ下雪乃がいることも。
仕方ありませんね。
黒子が静かにそう言ったことで、俺は我に返った。
そして改めて、隣に座る黒子を見る。
不思議なことにただ黒子を見ることで、冷静さを保っていられた。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。
その通り名は伊達じゃなかった。
みんなが浮足立っているときだって、いつもこいつだけは冷静だった。
そしてただ勝つための手段を必死に考えていた。
俺が今、全面的に頼っているのはそういう男だ。
黒子が行動を起こしたのは、直後だった。
俺たちから2つ離れたテーブルに座っていた若いカップル客。
ピッタリと身体を寄せ合って、いちゃついていた。
だがそのテーブルで、女性が飲んでいたコーヒーのカップを落としたのだ。
派手な音を立てて、床に叩きつけられたカップが割れる。
誰もが一瞬、そちらに気を取られた瞬間、黒子は動いたのだ。
ハッと我に返った時、黒子はスーツの男たちの後ろにいた。
そして男たちの手に銃はなかった。
黒子は一瞬のうちに2人から銃を奪ったのだ。
さながらスリの達人。
そして他の客からは見えないようにして、スーツの男たちの背中に突きつけていたのだ。
スーツのお二方は、そのまま動かないで下さい。
黒子は静かにそう言った。
だが葉山は「悪いね」と歪んだ笑みを見せる。
黒子は「よくできたモデルガンですね」と応じる。
なるほど、男たちが持っていたのは偽物の銃か。
つまり俺たちは脅しにもならないもので、脅されたのだ。
とりあえずここまではドローかな?
葉山はあくまでも爽やかな笑みで、俺と黒子を交互に見た。
だけど黒子は「いいえ」と答える。
その瞬間、新たな人物が現れた。
先程カップを割ったカップルの女性の方がスーツの2人組の間に。
そして男性は葉山の後ろに立っていたのだ。
あんたたち。
俺は思わず声を上げていた。
都合の良いタイミングで割れたカップは偶然じゃなかった。
彼らはロアナプラのラグーン商会にいた2人。
ロックとレヴィだった。
事態が拗れた場合に備えて、助っ人を呼んでいたんです。
黒子はいつもの無表情のまま、平坦な声でそう言った。
そして「ロアナプラからわざわざ呼んだんですよ」と付け加える。
それを聞いた葉山の顔から余裕が消えた。
あの街で生きる2人は筋金入りの強者だとわかったんだろう。
とりあえず形勢は逆転したらしい。
それを悟った俺は「雪乃を呼んでくれ」と言った。
今知りたいことはたった1つ。
葉山が変わってしまったのと同じ方向で雪ノ下雪乃も変わってしまったのか。
それをどうしてもこの目で確かめたかった。
*****
久しぶりだね。比企谷君。
再会した彼女は黒髪を揺らしながら、笑う。
だけど俺は冷やかに「会いたいのはあなたじゃないです」と答えた。
ホテルのラウンジで葉山隼人と対峙した俺と黒子。
そして至極真っ当な要求をした。
俺の名誉の回復と賠償。
だけど葉山は、いや雪ノ下家は最初から交渉するつもりなどなかったらしい。
どう見てもカタギとは言えない男たちを使って、俺たちを脅そうとした。
だけど黒子の方が一枚上手だった。
何とロアナプラから助っ人を呼びよせていたのだ。
後に俺は黒子に「先に教えておいてくれよ」と文句を言った。
だけど黒子は涼しい顔で「比企谷君は顔に出やすいので」といなされた。
俺たちは優位に立ったところで、場所を移動した。
このホテルの客室だ。
黒子がロックに頼んで、押さえておいたらしい。
ゾロゾロと移動する様子は、ホテルスタッフや他の客にはどう見えただろう。
そんなことを考えられるくらいには、余裕があった。
部屋に着くと、俺たちは対峙するようにソファに腰を下ろした。
向かい合う俺と葉山。
俺の右隣には黒子、左隣にロックが座る。
後ろにはレヴィが立ち、荒事が起これば対応する布陣だ。
ちなみに俺の正面には葉山が座った。
黒スーツの男たちはその後ろに立ち、俺たちを威嚇するようにこちらを睨んでいる。
とりあえず雪ノ下雪乃さんを呼んでください。
黒子は俺の気持ちを代弁するように、そう言った。
葉山が「わかった」と頷き、スマホを操作する。
その表情は冷静で、俺には感情を読むことができなかった。
そして待つこと、約1時間。
ついに部屋のドアチャイムがなった。
この間の気まずさったら、なかったな。
葉山と黒スーツは言葉もなく、ずっとこっちを睨んでる。
ロックとレヴィが英語で雑談する声だけが響いていた。
この状況下で、悪態と下ネタの応酬。
黒子というと、何と読書を始めた。
どこからともなく文庫本を取り出し、読み始めたんだ。
どうせ時間がかかるし、ヒマですから。
俺の呆れた視線を読んだ黒子は、あっさりとそう言った。
そうだよな。こういうヤツだよ。
だけど俺は真似できない。
どこをどうすれば、こんな境地に辿り着けるのかね。
だけどようやく待ち人が来たらしい。
ドアチャイムが鳴るなり、黒子は文庫本を閉じる。
葉山が「出迎えてくる」と席を立ち、ドアに向かった。
そして1人の女性を伴って、戻って来る。
それを見た俺は、思わず目を瞠った。
久しぶりだね。比企谷君。
再会した彼女は黒髪を揺らしながら、笑った。
そして葉山が元の席に座り、彼女がその隣におさまる。
だけど俺は冷やかに「会いたいのはあなたじゃないです」と答えた。
現れたのは、雪ノ下雪乃ではなかった。
雪乃の姉、陽乃さんだ。
相変わらず、どこか茶化したような口調。
髪が少し伸びた以外は、見た目もほぼ変わっていない。
冷たいなぁ。え?あれ?黒子君?
陽乃さんは、腰を下ろしてから初めて黒子に気付いたようだ。
黒子は「どうも」と軽く会釈をする。
俺は「ハァァ」とわざとらしくため息をついて見せた。
俺は雪乃と話したいだけだけなんですけど。
どうして違う人ばっかり、来るんすかね?
俺は正直に不満をぶちまけた。
だけど内心、高校時代のことを思い出した。
高校時代、時々陽乃さんや姉妹の母親に遭遇した。
そのときもストレートに本音を言わない態度に辟易したんだ。
まどろっこしくすることで、ラスボス感を演出しているつもりだったりするか?
悪いわね。会わせられない。
だって雪乃ちゃんは今、隼人君の婚約者だもの。
あ、あの子を悪く思わないでね。
比企谷君は死んでしまったと思っていたんだから。
陽乃さんは軽い口調でそう言った。
俺は「そういうことじゃないんですけど」と返す。
正直、あまり気分が良くない。
事もなげに彼女が口にした「死」は俺の命の話だから。
だけどそれにツッコミを入れたところで、話が進まない。
今の雪乃の気持ちを知りたいんです。
あいつの意思に反して、無理矢理ヨリを戻すことはしない。
ただ雪乃の口から、話を聞きたい。
そして俺の要求を聞いてくれるかどうか、知りたいんですよ。
俺はそう言いながら、いいかげんこのやり取りに疲れてきた。
どれだけ繰り返しても、思いが届かない。
黒子がチラリと俺を見た。
何かを問うようなその視線に、俺は理解した。
葉山も陽乃さんも、結局のところ俺をナメているのだ。
だから結局、何だかんだではぐらかし、俺から譲歩を引き出そうとしている。
あわよくばうやむやに。
それが無理でも雪ノ下家には一切傷がつかない状況で終わらせようとしている。
要求を飲むつもりも、雪乃に会わせるつもりもない。
黒子は「それでいいのか?」と聞いているのだ。
もちろん黒子が介入すれば、話は早くなる。
だけどこのままナメられたままでいいのかと、黒子の目が言っている。
俺は1つ頷くと「陽乃さん」と呼びかけた。
陽乃さんが「何?」と軽い口調で、首を傾げる。
俺は唇の端を歪めて、笑って見せた。
昔の俺じゃない、情には流されないと知らせるために。
いいかげんにしてくれ。
こっちはそちらの悪事の証拠を握っている。
対等な立場じゃないんだ。
冤罪を晴らして、損害賠償をしてもらう。
これはお願いじゃなくて、命令だ。
俺は怒りを込めて、ぶちまけた。
陽乃さんと、葉山の顔が引きつる。
そして後ろから「ヒュ~」と口笛が聞こえた。
日本語がわからないながら、レヴィが俺を賞賛してくれたらしい。
黒子をチラリと見れば、ほんの少し唇が緩んでいるように見えた。
俺はもう一度「雪乃を呼んでください」と告げる。
目に精一杯力を込めてみたけれど、上手く威圧感が出せただろうか?
ただわかっているのは、おそらく俺と雪ノ下雪乃がヨリを戻すことはないってこと。
この期に及んで姿を現さないあいつは、おそらくもう昔のあいつじゃないんだろう。
*****
これはどういうことなの?
ついに現れた元婚約者殿は驚き、声を荒げている。
だけど俺にはその様子がひどくわざとらしく見えた。
部屋のドアチャイムが鳴ったのは、陽乃さんが現れてから2時間後だった。
またしても葉山が出迎える。
そしてついに願いが叶った。
葉山にエスコートされるようにして現れたのは雪ノ下雪乃。
俺の高校時代からの友人で、初めての恋人で、少し前まで婚約者だった女性だ。
久しぶりの雪乃はやっぱり美人だった。
高校時代よりは短くなった黒髪は艶やかサラサラ。
姿勢も所作も綺麗で、相変わらず隙がない。
その雪乃は俺を見て、驚愕の表情になった。
そして葉山や陽乃さんを見ながら「これはどういうことなの?」と声を荒げた。
やっぱりそういうことか。
俺は誰にも気づかれないように、こっそりとため息をついた。
いや、前言撤回。
黒子にはしっかりバレてる。
そして黒子は俺を見ながら、小さく頷いた。
好きにやれってことでいいんだよな。
俺は雪乃に「とりあえず座ってくれ」と声をかけた。
雪乃は俺をマジマジと見ながら「本当に比企谷君?」と問う。
まぁ髪染めたりなんだり、パッと見た感じの雰囲気はかなり変えた。
だけど何かそれも含めて、わざとらしい気がした。
小芝居はいいから、座ってくれ。
俺はきっぱりとそう言い放った。
そう、俺には現れた時からの雪乃の所作が小芝居に見えたんだ。
だってこの変装、そんなに凝ってないからな。
遠目ならともかく、知り合いに至近距離で見られればまぁバレる。
実際、葉山も陽乃さんもすぐに俺を認識したからな。
雪乃がマジマジと俺を見て確認する必要なんかないだろ?
小芝居って、お前。そんな言い方。
葉山が唐突に高校時代の爽やかモードを纏って、割って入ろうとする。
だけど俺は「とにかく座って、話を始めよう」とぶった切った。
葉山は一瞬ムッとした顔になったが、黙って席を立つ。
そしてその席、つまり俺の正面に雪乃が座った。
かくして5対4での対峙となった。
こちら側は俺と黒子、ロックとレヴィ。
あちらは雪ノ下姉妹と葉山、そしてボディガードの黒スーツ2人だ。
もう覚悟は決まっている。
ここから先は俺の気持ちの整理をつけるためのものなのだ。
俺の身に何が起こったか、知ってるか?
俺はまずそう聞いた。
雪乃が「いいえ」と首を振る。
そこからかよ。まぁいい。
俺は簡潔にここまでの経緯を説明した。
タイでの先輩の死、そして俺も死んだものとされたこと。
そして冤罪、俺たちに罪を着せたのは雪ノ下家であることを。
そんな。信じられない。
いいえ。あなたのことは信じているけど。
亡くなった彼が犯した罪ではないの?
雪乃はフルフルと首を振りながら、そう言った。
その動きに合わせて、艶やかな黒髪が揺れる。
そして高校時代とは違う高級なシャンプーの香り。
俺は雪乃のリアクションだけでなく、優雅な所作にさえ嫌悪を感じた。
今さら何を言っているのか。
すると黒子がいつの間にか手にしていた数枚の紙片を、雪乃の前に滑らせた。
そして「あなたのお父様、いえ雪ノ下家が行なった犯罪の証拠です」と告げる。
雪ノ下が「あなた、黒子君?」と驚いている。
黒子は「今、そこはどうでもよいです」と素っ気なかった。
葉山と陽乃さんには言ったけど、もう一度言う。
俺の要求は損害賠償と名誉の回復だ。
そして願わくばお前の手で、雪ノ下家の不正を暴いてほしいと思っている。
俺の要求に雪乃だけでなく、葉山と陽乃さんも息を飲んでいる。
絶対にうやむやにはしない。
雪ノ下の家も無傷ではおかない。
そんな俺の決意は伝わっているだろうか。
そんなこと、できない。
長い沈黙の後、雪乃はポツリとそう呟いた。
そして「比企谷君」と上目遣いに俺を見た。
甘えるような視線と震える唇。
その瞬間、俺の心も揺れた。
俺の要求以外にも道がある。
雪乃と雪ノ下家が傷つかなくて済む方法が。
それを選べば、俺たちはまた昔の2人に戻れるのだろうか?
あなたのやり方は、葉山君や陽乃さんと同じですね。
情に訴えて、比企谷君の意思を曲げようとしている。
がっかりです。
高校時代は正論で信念を通す人だと思ってたんですけど。
不意に割り込んできたのは、黒子だった。
俺はその声に我に返って、もう1度雪乃を見る。
唇を噛みしめて、どこか悔しそうな表情。
雪乃は俺から譲歩を引き出そうとしていたんだ。
だけどそれに乗りそうになった俺を見て、黒子は割って入ってくれた。
本当にそれでいいのかと。
俺は静かに目を閉じた。
目に浮かぶのは、高校時代の雪乃だ。
真っ直ぐで一生懸命で、不器用で頑固。
あのときにはずっとこいつと一緒にいたいと思ったんだ。
でもその雪乃はもう俺の心の中にしかいない。
なぁ。本当は知ってたんだろ?
俺たちが罪を着せられて、殺されたことを。
誰もお前に教えなかったかもしれない。
だけどお前が気が付かなかったわけないもんな。
俺はそう言って、もう1度雪乃を見た。
雪乃は答えずに、俺を睨む勢いで見返してくる。
お前のそんな開き直った顔、見たくなかったよ。
一週間以内に、真実を公表してくれ。
それと賠償金も用意しろ。
それだけだ。
最後とばかりに吐き捨てて、俺は席を立った。
雪ノ下家のガードの黒スーツ2人が懐に手を入れながら、俺との距離を詰めようとする。
だけどレヴィが両手に銃を持ち、2人に向けた。
もしも要求に従わない場合は、こちらで対処します。
関係各所に資料を送って、ネットで告発します。
あと賠償金一億円もお忘れなく。
用意してくれないなら、資産も押さえちゃいます。
こちらには有能なハッカーがいますので。
黒子が俺の要求に補足してくれる。
陽乃さんと葉山が息を飲み、雪乃は放心状態だ。
だけどもう知ったこっちゃない。
俺たち一行はそのままホテルの部屋を後にした。
気持ちの整理はつきましたか?
部屋を出るなり、黒子はそう言った。
俺は「多分」と答える。
正直、心はまだ落ち着かない。
だけどやはりこれが最良の選択なのだと自分に言い聞かせた。
【続く】