「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」

由比ヶ浜さんはお元気でしたか?
黒子は穏やかな声で、そう言った。
比企谷がしでかしたことは、黒子にとっては想定内の事だったのだ。

ホテルの部屋に戻った黒子は、瞠目した。
つまり目を見開いたのだ。
普通に考えれば、驚きのリアクションとしては薄すぎる。
声も上げず、表情も変えず、ただ目の大きさが通常よりも一回り大きくなっただけ。
だが常日頃の無表情な黒子を知る者からすれば、なかなかの反応だった。

どうしたんですか?
黒子が口を開いたのは、瞠目から数秒後。
これまた普段の冷静な黒子にしては、珍しい間だ。
つまり黒子はそれほど驚いたのである。

原因はこのホテルで同居人となっている比企谷八幡だった。
黒子が部屋に入るなり、彼は部屋の中央で土下座をしたのだ。
あまりにも奇妙なその行動に驚き、そして思った。
もしかして小説や漫画以外で土下座を見るのって初めてかも、と。

悪い。俺が生きてるのがバレた。
比企谷は床に額をつけたまま、そう言った。
黒子は「とにかく顔を上げて、立ってください」と返す。
この体勢のままでは、話が進まない。
土下座って意味がない行為だなと、今さらのように実感した。

顔を上げながらもあやまり倒す比企谷を、何とかソファに座らせた。
そして話を聞く。
比企谷はかなり動揺しているらしく、会話はかなりとっちらかっていた。
それでも黒子は辛抱強く話を聞き、そして理解した。

黒子は明日、雪ノ下家とコンタクトを取るつもりでいた。
あくまで比企谷は安全な場所に置き、交渉は1人でする。
要求は比企谷八幡の名誉の回復、そして慰謝料。
それが叶えば、細かいところは目を瞑るつもりだった。
ロアナプラのラグーン商会に頼んだハッキングと、黒子自身が潜入して調査した結果。
雪ノ下家を糾弾する証拠は充分だったが、なるべく穏便な解決を目指すはずだったのだ。

由比ヶ浜さんはお元気でしたか?
黒子は比企谷にそう聞いた。
明日が行動を起こす日だと、比企谷には伝えていた。
だから彼は千葉に行ったのだ。
そこで由比ヶ浜結衣に目撃されてしまったのだと言う。
比企谷は黒子の問いに驚いたようだが、すぐに「そう見えた」と頷いた。

お前、怒ってないんだな。
比企谷は意外そうな顔で黒子を見る。
だが黒子は「ええ」と頷いた。
決して比企谷の行動を読んでいたわけではない。
だけどこれはこれで想定内だった。
何しろ黒子は比企谷の行動を、一切制限しなかったのだから。
千葉に行くことだってあり得たし、そうすれば誰かに会ってしまう危険だってあるのだ。

ボクの甘さも含めて、想定内ですよ。
黒子はそう答えた。
これがまったくのビジネスで、知らない依頼人だったら。
黒子は自由行動などさせなかっただろう。
そもそも日本に同伴さえしなかったはずだ。
友人である比企谷だったからこそ敢えて制限せず、この結果になった。
つまり黒子自身の甘さの結果なのだ。

比企谷君、荷物をまとめて下さい。
チェックアウトしましょう。

少しばかり感傷に浸った黒子だったが、すぐに決断した。
比企谷が生きて、日本に戻ったことがバレた。
由比ヶ浜結衣が高校生の頃と同じキャラだとしたら、何をするか。
おそらく雪ノ下雪乃に連絡を取るはずだ。。
つまり比企谷が日本にいることが、雪ノ下家に知れてしまったと考えるべきだろう。

そしてそうなれば黒子だって安泰ではない。
さすがに黒子テツヤがこの件に関わっているとは、わからないだろう。
だけど偽名で雪ノ下家が経営する会社に潜入しているのだ。
比企谷の仲間ではないかと疑われる可能性も考慮すべきである。

とりあえず宿を替える。
黒子はそう決断した。
潜伏場所として、このホテルは理想的だ。
千葉からは近く、繁華街で人にまぎれやすく、安い。
事情がある長期滞在者にはもってこいの宿なのだ。
黒子がそう思ったということは、他人が見てもそう思うということなのだ。

は?ホテルを変えるのか?
いくら何でも、そんなすぐに。
っていうか、バレるか?ここ。

比企谷は黒子が荷物をまとめろと言ったことに驚いている。
だけど黒子は「念のためです」と控えめに言いながらも引かなかった。
なぜなら雪ノ下家の長は県議なのだ。
県警くらいなら警察だって動かせると考えておいた方が良い。
こうして最悪の事態を常に想定することで、黒子は今日まで生き延びてきたのだ。

黒子と比企谷は10分もかからずに荷物をまとめた。
そして手早くチェックアウトを済ませ、街に出る。
向かうのは、次の潜伏先。
荷物をまとめている間に考え、決めた新たな宿だ。

2人はホテルを出て、夜の秋葉原を歩いた。
まだ多くの店は開いており、人も多い。
そんな中、黒子と比企谷は黙って歩き続ける。
だが前方から来る2人の男を見て「あいつら」と呟いた。
2人ともがっしりした体格の上に、黒いスーツを纏っている。

黙って、知らない顔をして下さい。
そのままやり過ごしましょう。

黒子は比企谷の耳元でそう囁いた。
2人の男は雪ノ下の会社の人間だった。
雪ノ下雪乃の父親の側近で、武闘派だ。
社内ではトラブル対応を担当しているが、荒事を得意としているのは明白。
比企谷は面識があるはずだし、黒子も潜入したことで顔を見知っていた。

黒子は何事もない顔で男たちとすれ違った。
隣の比企谷の顔は少々強張っており、足もかすかに震えている。
だけどどうやら気付かれなかったようだ。
2人の男は黒子たちがチェックアウトしたばかりのホテルの方に向かっていく。
黒子たちは彼らに背を向け、足早に離れていった。

なぁ。やつらは俺たちを追ってきたのか?
充分に離れたところで、比企谷がそう聞いてきた。
今さらのように、その声には怯えが混ざっている。
黒子は「わかりませんが、そう考えた方がいいですね」と答えた。

なるべく穏便に済ませようとしていた。
けれどそれは難しくなってきた。
こんなに早く荒事要員を送り込んできたとしたら、そこにあるのは敵意しかない。
何が何でも潰そうと言うなら、こちらも戦うしかないのだ。
黒子はいつもの無表情のまま、目まぐるしくこれからの作戦を立て直し始めていた。

*****

これって犯罪じゃね?
比企谷は胡乱な目でこちらを見ながら、ツッコミを入れる。
黒子は肩を竦めると「今さらです」と返した。

黒子と比企谷は宿を移した。
少し前までは、秋葉原の安いビジネスホテル。
だが今は都心の高級ホテルにいる。
しかもグレードの高い部屋にチェックインしていた。

なぁ。ここって。
黒子についてきた比企谷はホテルに入るところでまずそう聞いた。
言いたいことはわかる。
なぜならここは雪ノ下家が定宿にしているところなのだ。
仕事等で東京に滞在するときは、ほぼ毎回ここを使う。
つまり敵のテリトリーの中とも言える場所なのである。

とりあえず盲点にはなるかと思いまして。
黒子はあっさりと流して、ホテルに入った。
そしてフロントで「予約していた葉山です」と名乗る。
比企谷は一瞬だけ瞠目したが、すぐに真顔になった。
わかりやすい偽名。
極めつけは葉山隼人名義の偽造クレジットカードだ。
黒子は数日分の宿泊費を前金で払った。
請求は本物の葉山隼人に送られる。

これって犯罪じゃね?
部屋に案内され、2人きりになったところで比企谷がツッコミを入れた。
エグゼクティブルームなる豪華な客室だ。
だが黒子は「今さらです」と肩を竦めた。
偽造パスポートで日本に入国し、拳銃も携帯している。
今さら無銭宿泊など、大した話ではない。

そんなことより、今夜ですよ。
黒子はほんのりと唇の端を上げた。
そう、今夜ついに雪ノ下家と交渉する。
すでに日時は通告してあった。
そして交渉相手として、雪ノ下雪乃を指定した。
話をするのは、彼女1人だと。

これは比企谷の希望だった。
かつての婚約者と、きちんと向き合いたいと。
黒子としては不安はあったが、これを許した。
なぜならこれは彼の事件なのだから。
黒子としては出たトコ勝負。
都合が悪くなれば、フォローするだけだ。

早めの夕食にしますか?
黒子は比企谷に声をかけた。
指定した時間は夜9時だ。
まだまだ数時間もある。
だが比企谷は「俺はいいや」と首を振った。
緊張で、食事どころではないようだ。

比企谷君。1つだけ言っておきます。
黒子は硬い表情の比企谷に向き直った。
比企谷が無言のまま、首を傾げる。
黒子は「大事なことです」と前置きをした。

もしも危険を感じたら、逃げて下さい。
そのときボクのことは二の次でかまいません。
一番簡単な方法は、この部屋に駈け戻ること。
無理なら人の多い場所に出て、交番に駆け込んでください。

黒子は比企谷を真っ直ぐに見ながら、そう言った。
いつもの無表情ではなく、熱がこもった視線を向けて。
比企谷がその剣幕に押されて、一瞬押し黙る。
だがすぐに「お前は?」と聞いてきた。

ボクは大丈夫です。
戦う手段もありますし、それなりに場数も踏んでますから。
とにかく最悪の想定はして、そのときに慌てないようにして下さい。
まぁそんなことにならないのがベストですが。

黒子は比企谷に語りかけながら、まるでフラグのようだと思った。
口にすることで、最悪のことが起こってしまいそうだ。
だけど言わないという選択肢はなかった。
比企谷の安全のために、覚悟は必要なのだ。

そして夜、2人は部屋を出た。
向かうのは、約束の場所。
このホテルの別館のラウンジだ。
宿泊客だけではなく、食事だけの客も多く行き交う。
つまり人目が多い場所だった。

いましたね。でも約束と違います。
人混みの中で、知っている顔を見つけた黒子はそう言った。
比企谷が「ああ」とため息をつく。
その表情は安堵半分、失望半分。
想い人とここで会えないことに悲しみ、同時にホッとしているらしい。

それじゃ行きますよ。
黒子は比企谷に声をかけ、人混みの中を進んだ。
そして雪ノ下雪乃の代わりに来たであろう男が座るソファへ向かう。
男はそわそわと落ち着かない様子で辺りを見回している。
だが黒子と比企谷に気付くと、その場に立ち上がった。

生きてたんだな。比企谷。
男、葉山隼人は比企谷を見ながら、そう言った。
そして黒子に視線を移すと、驚愕の表情になる。
それはそうだろう。
何年間も失踪していたと思われていた黒子テツヤ。
その黒子が死んだはずの比企谷と一緒に現れたのだから。

雪ノ下雪乃さんの代わり、でよろしいですか?
黒子は葉山を真っ直ぐに見ながら、そう言った。
だが葉山はそれには答えず「久しぶりだね。黒子君」と言った。
さすが、驚愕から立ち直るのが早い。
黒子は内心感心しながら「どうも」と頷いた。

葉山は再びソファに腰を下ろすと、向かいのソファを手で示した。
座れと言うことだろう。
比企谷が険しい表情のまま、それに従う。
黒子はその隣に腰を下ろしながら、こっそりとため息をついた。
一見平和なラウンジに1人、また1人と不穏な殺気を纏う人物が入ってきている。
その数は5人、いや6人か。
黒子たちをすんなりと返すつもりはないらしい。

まぁ予想の範囲内ですけど。
黒子は内心ひとりごちながら、葉山を見た。
いよいよ交渉開始だ。
だけどこの状況を考えると、平和的な解決は到底無理に思えた。

*****

まずは最初に聞くけど。
かつては友人(?)であった男が口を開く。
黒子は無表情のまま「見かけだけは今も爽やかだ」などと考えていた。

黒子は比企谷と共に、都内のホテルのラウンジにいた。
並んで座る2人の前には、数年前に同じ高校に通っていた男。
クラスの上位カーストのリーダーだった葉山隼人だ。
今は弁護士であり、父と共に雪ノ下家の仕事をしている。

まずは最初に聞くけど。
黒子君はどうしてこの件に関わっているのかな?

葉山は穏やかな微笑と共に、聞いてきた。
声も柔らかく、口調も控えめだ。
弁護士としてはすごく有能なのだろう。

見かけだけは、今も爽やかだ。
黒子はそんな葉山を観察しながら、そう思った。
秀麗な顔立ちはそのまま、大人らしい精悍さが加わっている。
引き締まった体型は、きっとトレーニングの賜物だろう。
だけど黒子の目は誤魔化せない。
笑顔の下にはどこか危なく、不穏な気配がする。
特に目が曇っているように見えるのだ。
真っ当に生きていない者特有の、ヤバさを隠せていない。

俺が頼んだ。
当事者の俺だけじゃ、客観的な判断ができないかもしれないからな。

黒子より先に比企谷が口を開いた。
葉山が「黒子君だってある意味当事者じゃないの?」と苦笑する。
まぁ比企谷とも雪ノ下家とも葉山とも面識はある。
そういう意味では、当事者と言えるかもしれないが。

ご心配なく。
依頼料をいただいて、動いています。
つまりここにいるのはビジネスです。

黒子は淡々とそう答えた。
すると葉山は「なるほど」と頷く。
表面上は平和的だが、すでに探り合いだ。
黒子はコホンとわざとらしく咳払いをしてから、葉山に向き直った。

とりあえずスマホをテーブルに置いてください。
それからポケットに差してあるペン型のカメラとタイピン型の盗聴器も。

黒子はまず機先を制した。
そして比企谷に「ボクたちもスマホを出しましょう」と声をかける。
別に比企谷に都合が悪くなるような話をするつもりはない。
だが音声や映像が切り取られて、不利な証拠を捏造される危険は回避したかった。
そのためにこちらもスマホを出して、盗撮盗聴はないと示しておく。

葉山は驚き、躊躇っていた。
盗撮盗聴する気、満々だったようだ。
だが比企谷は「わかった」とスマホを取り出す。
葉山はため息を1つつくと、黒子の指示に従った。

こちらの要求は2つだけです。
彼と亡くなった先輩の方の名誉の回復。
そして受けた苦痛に対する損害賠償。
それ以上のことは、考えていません。

黒子は淡々と要求を告げる。
万が一のことを考え、固有名詞は出さなかった。
それだけ今の葉山、そして雪ノ下家は信用できない。

後者については、善処できると思う。
だけど前者については半分だ。
彼の名誉だけは、何とかできるだろうけど。

葉山もまた明確な固有名詞は出さない。
だけど言い分は理解できた。
雪ノ下家の不正は比企谷と亡くなった先輩社員の犯罪とされている。
彼らは比企谷も死んだと思っていたからだ。
だけど比企谷が証拠を握り、こうして接触してきた。
それなら比企谷の分だけ要求を飲む。
つまり亡くなった先輩社員だけのせいにしてしまおうという腹だ。

それは受け入れられない。
あの人の汚名も晴らしてくれ。

比企谷が間髪入れずに、即答した。
黒子は「そういうことです」と頷くと、右手の人差し指を立てる。
そして「損害賠償はこれで」と言い足した。

一千万か?
指を1本立てた黒子を見て、葉山が声を潜めながらそう言った。
黒子は「まさか。少なすぎますよ」と答える。
隣で比企谷が息を飲む気配。
つまり黒子の要求額は一億円だ。

バカげている!
葉山は声を潜めたまま、語気を荒くした。
すると黒子は「それならここに本来の交渉相手を呼んでください」と告げる。
そう、そもそも葉山など呼んでいない。
比企谷と黒子が指定した相手は、雪ノ下雪乃なのだ。

いい気になるなよ!
ここでこれまで爽やかな笑顔だった葉山の表情が変わった。
綺麗な顔を憎しみで歪め、こちらを睨みつける。
そしてそれが合図であったように、2人の男がこちらにやって来た。
少し離れたテーブルで、コーヒーを飲んでいたスーツ姿の2人組。
知らない顔だったが、纏う雰囲気はまともではない。
いわゆる「反社」と呼ばれる世界の人間だろう。

彼らは素早い動きで黒子と比企谷の後ろに立った。
そして後頭部に何かを押し当てられる。
ゴリっとした嫌な感触はおそらく拳銃だ。
瞬時に背後に回る辺りは、やはりまともではない。
他の客には見えないように銃を突きつける手際も見事としか言いようがなかった。

これが雪ノ下のやり方か。
それでお前もそっち側なんだな?

比企谷が悲しそうな目で、葉山を見ている。
黒子は「ハァァ」とため息をついた。
交渉決裂も想定の範囲内ではある。
だけどまさかこんな序盤で、こんな手荒な手を打ってくるとは。

これが雪ノ下家のやり方ですか。
黒子もまた葉山を真っ直ぐに見据えながら、比企谷の言葉をなぞる。
そして高校時代の爽やかな葉山を思い出し、少しだけ寂しいと思った。

【続く】
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