「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」
雪ノ下雪乃さんは、つい最近葉山隼人君と婚約したそうです。
黒子はいつもの無表情で、淡々とそう言った。
俺にとってそのニュースは、今までの中で一番ショックだった。
俺と黒子は秋葉原のビジネスホテルの一室に落ち着いた。
ビバ、オタクの聖地。懐かしい雰囲気。
思わず和んでしまう俺って、緊張感が足りないだろうか?
黒子はそんな俺の様子に気付いていると思うけど、何も言わなかった。
だけど拳銃を受け取ってしまえば、否が応でも理解する。
自分が平和な観光客ではないことに。
黒子はあくまでも銃は万が一に備えてのものだと言っていた。
ロアナプラに荒事を依頼する組織と繋がっているなら、用心に越したことはないと。
だけど実際に本物の銃を持つと、不吉な気持ちになる。
なんだかこれを使う状況になるってフラグが立ったような気になるんだよな。
だけどこの日一番のショックは、これじゃなかった。
雪ノ下雪乃が葉山隼人と婚約した。
黒子は残酷な事実を教えてくれたのだ。
これは俺にとって、かなりの爆弾だった。
多分、かなり顔が強張っていたんじゃないだろうか。
っていうか、よく膝から崩れ落ちずに済んだと思う。
良い突破口になりそうです。
黒子は淡々といつもの口調で、そう言った。
俺の動揺に気付かない振りをしてくれたようだ。
そして「買い物をしてきます。食事も買ってくるので」と言った。
しばらく俺を1人にしてくれるらしい。
ホント、いろいろな意味でスゴいヤツなんだよな。こいつ。
そして翌日、俺はホテルの部屋に1人でいた。
黒子は「偵察に行ってきます」と言い残して、出かけてしまったのだ。
雪ノ下家に潜入するらしい。
普通に考えたら、絶対に無理だろう。
黒子はキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)と呼ばれた有名人だ。
しかも雪ノ下雪乃と面識もある。
つまり絶対にバレるだろ!って思う。
だけどそれができてしまうのが、黒子なんだよな。
髪色は変えてたけど、そんなことをしなくてもあいつは誰にも見えない影になれる。
俺はというと、ひたすらパソコンをしていた。
昨日買い物に行った黒子が用意してくれたものだ。
この部屋にはLANの口があるから、ネットもできる。
これって、予算オーバーじゃねぇの?
俺はパソコンを受け取った時、気になっていることを聞いてみた。
黒子は俺のこの件をビジネスとして受けてくれていたはず。
代償として渡したのは、指輪1つだけだ。
だけど黒子は涼しい顔で「問題ありません」と言った。
不足分は然るべきところから取り立てます。
それを聞いた俺は微妙な気持ちになった。
然るべきところ。
それはすなわち雪ノ下家に他ならない。
俺に気を使って、敢えてその名を口にしなかったんだろう。
とにかく黒子が出かけた1人の部屋で、俺はパソコン中だ。
やっているのは、エゴサーチ。
比企谷八幡の名前で、検索してみる。
そうしたら出るわ、出るわ。
俺は横領犯で、婚約者の家から金を引き出した極悪人になっていた。
性根の腐った犯罪者。
婚約者にたかる寄生虫。
死んだのは天罰。
ネットには罵詈雑言が並んでいる。
ひどいもんだ。しかも嘘ばっかり。
俺は犯罪など犯していないし、給料分は働いていた。
それに天罰も何も、そもそも死んでいない。
まぁでも予想の範囲内だ。
俺だってもしも第三者的にこのニュース見たら「比企谷って悪いヤツだな」と思っただろう。
仕方ない。仕方ない。
俺は何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
これから一番気になることを、検索しなければならないのだから。
比企谷八幡 住所 家族。
俺は意を決すると、検索ワードを打ち込んだ。
知りたかったのは、俺がいなくなった後の家族。
両親や妹のことだ。
そして検索画面を見た俺は、目を閉じた。
俺の実家の住所や家族構成、そして名前がしっかり出てきたのだ。
つまりしっかり晒されているというわけだ。
ため息をついたところで、部屋のドアが開いた。
黒子が帰ってきたのだ。
俺は慌ててパソコン画面の時計を覗き込んで、ため息をついた。
自分の状況をチェックしているうちに、すっかり夜になっていたのだ。
黒子。俺、やっとふっきれたよ。
俺は黒子にそう言った。
そう、俺はここまで来ながらどこか現実ではないように思っていた。
雪ノ下雪乃と敵対すること。
そして必要となれば、銃を使わなければならないことも。
だけどそんなことを言ってる場合ではないんだ。
両親、そして妹の小町。
俺のせいで不当な目に合っている家族を救わなくちゃいけない。
黒子だって、そう言ってたじゃないか。
もしも自分が俺の立場だったら、家族のために汚名を晴らすと。
そうですか。
黒子はあくまでも冷静で、まったくいつも通りだった。
そして「それじゃ舞台はボクが整えます」と答える。
いつもながら、頼もしいな。
とりあえず葉山隼人君を少し揺さぶります。
黒子は事もなげにそう続けた。
この先、俺にどんな未来が待っているのかはわからない。
でもたった1つ、確かなことがある。
それは黒子が敵でなくて、本当によかったっていうことだ。
*****
いろいろわかりました。
黒子は相変わらずの無表情でそう言った。
俺はそれを労うことも忘れ「それで?」と前のめりになった。
日本に帰国した俺は、ジリジリと焦りながら日々を過ごしていた。
黒子は調査だとか言って、毎日出かけている。
俺には「好きにしててください」って言ったけれど、できるわけがない。
ヒマつぶしにエゴサしてわかったのは、俺が極悪人になっていること。
そしてそのせいで家族が晒され、謂れのない差別を受けていることも。
この状況下で「好きにしてて」と言われても、落ち着かないだけだ。
焦っても仕方がない。
この先どうなるかわからないが、冷静さは持っていなければ。
頭のどこかでそんな声がする。
感情のままに動いても、良いことはないってな。
だけど無理だった。
とりあえず気晴らししようと思って、街に出てみた。
今滞在しているのは、オタクの聖地アキバだからな。
好きなアニメのフィギュアとか、新作のゲームとか。
試しにいろいろ見て歩いてみたけど、ダメだった。
どうしても家族、特に妹の小町が気にかかっちまう。
だから俺は開き直って、引きこもることにした。
ホテルの部屋で、ただひたすらネット三昧だ。
食事にすら出ず、黒子が買ってきてくれたものを食ってた。
見ようによっては、ヒモだよな。
だけど黒子は「ちゃんと働いた分はいただきますから」と澄ましている。
場合によっちゃ、俺に請求がくるのか?
それを考えるとちょっと、いやかなり怖い。
そんな生活が1週間ほど続いた。
そしてすっかりお馴染みとなったコンビニ弁当で夕食を済ませる。
だがこの日はいつもと違った。
黒子は部屋の冷蔵庫から、飲み物を取り出したのだ。
俺の前には缶ビール、そして自分用になにやら甘そうな缶チューハイ。
それを置いて、俺と向かい合って座った。
何だ?これ。
俺は缶ビールと黒子を交互に見ながら、聞いてみる。
すると黒子はいつもの無表情のまま「いろいろわかりました」と答えた。
1週間で黒子はいろいろ突き止めたということか。
それで?
俺は思わず前のめりになった。
本当は黒子を労うべきなんだろう。
後になってから俺はそんなことを思った。
だけどこの時の俺にはそんな余裕すらなかったのだ。
あまり愉快な話ではないので。
黒子はそう言って、缶ビールをチラリと見た。
俺は手を伸ばしかけたが、首を振る。
どうやらこれは黒子なりの気遣い。
つらい話なので、酒でも飲みながら聞けばという配慮なのだろう。
いや。素面で聞きたいから。
俺はやんわりとことわりながら、黒子を見た。
黒子は「そうですか」と頷く。
そして「今までお待たせしました」と前置きして、話し始めた。
今日まで雪ノ下さんのお父様の事務所と会社に潜入してました。
黒子は唐突に、とんでもないことを言った。
潜入?ってそんな簡単にできるのか?
俺のそんな感情は顔に出たらしい。
黒子は涼しい顔で「簡単でしたよ」と言った。
雪ノ下さんのお父様の事務所も、経営する会社も自社ビルでした。
だけどどちらのビルも、他の会社が入ってるんです。
少しでも家賃収入をとでも、お考えになってるんですかね?
だから知らない人間が出入りしても、違和感ないんですよ。
黒子は表情を変えないまま、そう言った。
雪ノ下の父は県議会議員で、建設会社の社長だ。
つまり事務所が2つあり、そのどちらも潜入しやすいってことらしい。
だけど俺は関係ないような気がした。
黒子ならどんな場所でも影のように入り込んでしまうんじゃないか?
両方の事務所に潜入して、いろいろ仕掛けました。
隠しカメラと盗聴器、それにパソコンにバックドア。
スラスラと並べ立てる黒子に、俺は「おい」とツッコミを入れた。
いくら何でもそこまでやっていいのかよ。
だけど黒子は「ボクたちは今、戦争をしてるんですよ?」と言い放った。
つまりこれくらい序の口だということか。
ロアナプラからのハッキングである程度わかってたんです。
まぁ、ダメ押しで裏を取ったって感じです。
県議会議員で建設会社社長、実にわかりやすい汚職でした。
県の事業を、息のかかった会社に発注するんです。
もちろん直接自分の会社では請け負えないですけど、巧妙に細工してました。
ペーパーカンパニーなんかをいくつも経由させてて。
比企谷君の先輩の方はそれを突き止めたところで、狙われたんです。
ニセの出張で国外に出されて、事故に見せかけて、命を奪われました。
まるで朗読のように淡々と語られ、俺は身震いした。
テレビの2時間ドラマみたいな、安っぽい話だ。
命を落とした先輩社員の顔が頭に浮かぶ。
あの人は社長の罪を突き止めて、どうするつもりだったのだろう。
正義の告発か、それとも脅して金でも取るつもりだったのか。
君のことは予想外だったみたいですよ。比企谷君。
一瞬、考え込んでしまった俺に、黒子はそう言った。
俺はマジマジと黒子を見てしまう。
黒子はここでかすかに顔をしかめた。
まるで何かを逡巡しているような。
だけど覚悟を決めたように、小さく1つ呼吸をすると、また話し始めた。
何かの手違いか、偶然かはわかりません。
だけど比企谷君を殺すつもりはなかったようです。
君も亡くなったと聞いて、雪ノ下家ではかなり驚いたようです。
だけどこれを利用することにしたんでしょう。
雪ノ下雪乃さんの夫として、君はあまり歓迎されていなかった。
仕方ないって感じだったらしいです。だから。
ここでスラスラと説明していた黒子が初めて言いよどんだ。
俺は「わかった。察するよ」と頷く。
わかっていたことだ。
俺は雪ノ下の両親にはあまり受けがよくなかった。
反対はしないけど、できれば他の相手の方がよかった。
そう思われていたところで、俺が死んだ。
おそらくこれをラッキーと考えたんだろう。
で。それを知っているのは誰と誰だ?
俺はついに核心の問いを口にした。
一番知りたいのはただ1つ。
雪ノ下雪乃はどこまで知っていたかということだ。
黒子は俺を見ながら「ここからは多少推測が入りますが」と言った。
雪ノ下さんのお父様とお母様はもちろん御存知です。
あと議員秘書の方と会社の上層部の方など、数名も知っています。
葉山隼人君は、おそらく雪ノ下家の顧問弁護士であるお父上から聞かされている。
そして雪ノ下家の2人の娘さん、陽乃さんと雪乃さんには知らされていません。
黒子はそう言って、言葉を切った。
雪乃、そして陽乃さんは知らされていないのか。
俺は少しホッとするけれど違和感がある。なぜなら。
だけど俺がそれを口にする前に、黒子が「でも」と続けた。
雪ノ下陽乃さんと雪乃さん。
あの聡明な2人が察していないはずがありません。
ご両親から言われていなくても、知っていたと思うのが妥当です。
黒子の言葉に俺は「だな」と頷き、肩を落とした。
まったくその通り。
黒子は推測だと言ったけれど、きっと正しい。
雪ノ下雪乃は冤罪だと知りながら、俺を見捨てたのだ。
*****
明日から行動開始です。
黒子はそう言い残して、出かけて行った。
1人残された俺は「さて、どうしたものか」とひとりごちた。
日本に戻り、秋葉原に潜伏すること10日。
黒子はその間、毎日のように外出していた。
俺はといえば、すっかりホテルに引きこもり状態だ。
外出は禁止されていなかったし、実際街に出てみたりもした。
だけど楽しむことができず、結局部屋でエゴサに明け暮れる日々だった。
退屈ではあったけど、いろいろ考えることはできた。
黒子は律儀に調べてきたことを報告してくれたからだ。
その内容は絶望的なものではある。
俺は最愛の恋人とその家族に裏切られ、冤罪を背負わされた。
そして俺の両親と妹は、そのことで世間から非難されている。
だけど包み隠さず話してくれたし、変な同情など見せないのもありがたかった。
そして黒子は「明日から行動開始です」と言って、出かけて行った。
いつも通り端的な報告、余計なことは言わない。
だけど不思議と俺を気遣ってくれているのはわかった。
俺の引きこもり時間も終わり。
最後の自由な時間を有効に使えってことらしい。
俺は迷った末、外出することにした。
黒子が帰ってくるまで、数時間ある。
その間に気持ちの整理をつけたい。
そのためにどうしてもやりたいことがある。
俺は自分の姿を鏡に映してみた。
染めた髪と、普段の俺だったら絶対に選ばない派手な色合いの服。
そして目元が完全に隠れる黒のサングラス。
これなら知っているヤツに会っても、早々バレないだろう。
俺はホテルを出ると、駅に向かった。
黄色い電車で向かうのは、懐かしきマイホームタウン。
1時間も経たないうちに、俺は故郷に降り立った。
俺がまず向かったのは、勤務していた会社だった。
恋人で婚約者である雪ノ下雪乃の父親が経営する建設会社。
もちろん正面から乗り込むつもりはない。
俺は会社が見えてくると、足を止めて大きく深呼吸をした。
そしてゆっくりした足取りでその前を通り過ぎようとする。
だがちょどそのとき、見知った男性社員が社屋から出てきた。
俺は平静を装っていたけれど、心臓がバクバクと不穏なリズムを刻んでいた。
そいつはこの会社で働く社員で、特に親しかったわけじゃない。
会えば挨拶する程度の顔見知りだ。
だけど知らない仲でもない。
今の俺を見て気付くとは思えないが、もしかしたら。
だが彼は俺に気付くことなく、すれ違った。
俺は思わず「フゥ」と小さく息を吐く。
ホッとしたけれど、同時にガッカリしている自分もいる。
世間は俺のことなど、もう忘れてるんだろう。
わかっていたけれど、やはり寂しい。
俺は会社を離れ、ブラブラと30分程歩き回った。
そして会社に戻ってくる。
正面玄関前には防犯カメラがあり、長く映れば不審を持たれるかもしれない。
だから30分程時間を潰して、戻って来たのである。
またしてもゆっくりと俺は通り過ぎた。
入口を通る時、チラリと上を見上げる。
俺が働いていたフロアには、チラホラと人影が見える。
それなりに会社には貢献したつもりだった。
だけど俺がいなくなったところで、会社はビクともしないのだ。
そして俺は会社を離れた。
次なる目的地は、俺の実家だ。
もちろん今の俺が家族に会わせる顔などない。
ただ外から家をチラリと見るだけでいい。
そこそこ距離があるけれど、俺は敢えて歩くことにした。
ゆっくり1時間以上かけて、実家に向かう。
正直言って、会社と実家を見ることに意味なんかない。
ただ単に俺の心の整理のためだけに、こうしている。
そして俺は実家に辿り着いた。
家が見えた途端、目頭が熱くなる。
懐かしい。帰って来た。
こみ上げる気持ちが抑えられない。
俺は少し離れたところから、じっと実家を見つめた。
当たり前のように暮らしていた俺の家。
両親がいて、可愛い妹とじゃれ合って。
そんな昔のことじゃないのに、ひどく遠い気がした。
帰りたい。
俺はそう思い、駆け出したい気持ちを懸命に抑えた。
冤罪を晴らさなければ、帰れない。
まだ帰れないんだ。
俺は深く息を吸い込み、拳を握った。
いつかまたきっと。
そう思い直し、踵を返そうとする。
だがその瞬間、俺の家の前に良く知っているヤツが現れた。
門扉の前で立ち止まり、インターフォンを押そうとしている。
そいつの顔を見た途端、俺は動けなくなった。
高校時代のある時期、ずっと一緒にいた女。
もしも雪ノ下雪乃と出会わなければ、こいつとの未来を考えたかもしれない。
そう思わせてくれた、優しくて可愛い女。
俺の視線に気付いたのか、その女はこちらを見た。
そして明るい髪色とケバい服の俺を見て、首を傾げる。
だが次第にその表情が驚愕に変わった。
つまり気付かれたのである。
もしかして、ヒッキー!?
その女、由比ヶ浜結衣は叫んだ。
そしてこちらに向かって、ヨロヨロと足を踏み出す。
その瞬間、俺は身を翻して駆け出した。
後ろからなおも声がかかったけれど、足を止めることなく走り続けた。
この出来事は俺の大失敗、取り返しがつかないミスだった。
由比ヶ浜結衣と再会したことで、黒子が用意した穏やかなシナリオをブチ壊したのだ。
だけどこの時の俺に、そんなことを考える余裕はなかった。
ただただ見つかってしまったことに動揺し、逃げることしかできなかったのだ。
【続く】
黒子はいつもの無表情で、淡々とそう言った。
俺にとってそのニュースは、今までの中で一番ショックだった。
俺と黒子は秋葉原のビジネスホテルの一室に落ち着いた。
ビバ、オタクの聖地。懐かしい雰囲気。
思わず和んでしまう俺って、緊張感が足りないだろうか?
黒子はそんな俺の様子に気付いていると思うけど、何も言わなかった。
だけど拳銃を受け取ってしまえば、否が応でも理解する。
自分が平和な観光客ではないことに。
黒子はあくまでも銃は万が一に備えてのものだと言っていた。
ロアナプラに荒事を依頼する組織と繋がっているなら、用心に越したことはないと。
だけど実際に本物の銃を持つと、不吉な気持ちになる。
なんだかこれを使う状況になるってフラグが立ったような気になるんだよな。
だけどこの日一番のショックは、これじゃなかった。
雪ノ下雪乃が葉山隼人と婚約した。
黒子は残酷な事実を教えてくれたのだ。
これは俺にとって、かなりの爆弾だった。
多分、かなり顔が強張っていたんじゃないだろうか。
っていうか、よく膝から崩れ落ちずに済んだと思う。
良い突破口になりそうです。
黒子は淡々といつもの口調で、そう言った。
俺の動揺に気付かない振りをしてくれたようだ。
そして「買い物をしてきます。食事も買ってくるので」と言った。
しばらく俺を1人にしてくれるらしい。
ホント、いろいろな意味でスゴいヤツなんだよな。こいつ。
そして翌日、俺はホテルの部屋に1人でいた。
黒子は「偵察に行ってきます」と言い残して、出かけてしまったのだ。
雪ノ下家に潜入するらしい。
普通に考えたら、絶対に無理だろう。
黒子はキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)と呼ばれた有名人だ。
しかも雪ノ下雪乃と面識もある。
つまり絶対にバレるだろ!って思う。
だけどそれができてしまうのが、黒子なんだよな。
髪色は変えてたけど、そんなことをしなくてもあいつは誰にも見えない影になれる。
俺はというと、ひたすらパソコンをしていた。
昨日買い物に行った黒子が用意してくれたものだ。
この部屋にはLANの口があるから、ネットもできる。
これって、予算オーバーじゃねぇの?
俺はパソコンを受け取った時、気になっていることを聞いてみた。
黒子は俺のこの件をビジネスとして受けてくれていたはず。
代償として渡したのは、指輪1つだけだ。
だけど黒子は涼しい顔で「問題ありません」と言った。
不足分は然るべきところから取り立てます。
それを聞いた俺は微妙な気持ちになった。
然るべきところ。
それはすなわち雪ノ下家に他ならない。
俺に気を使って、敢えてその名を口にしなかったんだろう。
とにかく黒子が出かけた1人の部屋で、俺はパソコン中だ。
やっているのは、エゴサーチ。
比企谷八幡の名前で、検索してみる。
そうしたら出るわ、出るわ。
俺は横領犯で、婚約者の家から金を引き出した極悪人になっていた。
性根の腐った犯罪者。
婚約者にたかる寄生虫。
死んだのは天罰。
ネットには罵詈雑言が並んでいる。
ひどいもんだ。しかも嘘ばっかり。
俺は犯罪など犯していないし、給料分は働いていた。
それに天罰も何も、そもそも死んでいない。
まぁでも予想の範囲内だ。
俺だってもしも第三者的にこのニュース見たら「比企谷って悪いヤツだな」と思っただろう。
仕方ない。仕方ない。
俺は何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
これから一番気になることを、検索しなければならないのだから。
比企谷八幡 住所 家族。
俺は意を決すると、検索ワードを打ち込んだ。
知りたかったのは、俺がいなくなった後の家族。
両親や妹のことだ。
そして検索画面を見た俺は、目を閉じた。
俺の実家の住所や家族構成、そして名前がしっかり出てきたのだ。
つまりしっかり晒されているというわけだ。
ため息をついたところで、部屋のドアが開いた。
黒子が帰ってきたのだ。
俺は慌ててパソコン画面の時計を覗き込んで、ため息をついた。
自分の状況をチェックしているうちに、すっかり夜になっていたのだ。
黒子。俺、やっとふっきれたよ。
俺は黒子にそう言った。
そう、俺はここまで来ながらどこか現実ではないように思っていた。
雪ノ下雪乃と敵対すること。
そして必要となれば、銃を使わなければならないことも。
だけどそんなことを言ってる場合ではないんだ。
両親、そして妹の小町。
俺のせいで不当な目に合っている家族を救わなくちゃいけない。
黒子だって、そう言ってたじゃないか。
もしも自分が俺の立場だったら、家族のために汚名を晴らすと。
そうですか。
黒子はあくまでも冷静で、まったくいつも通りだった。
そして「それじゃ舞台はボクが整えます」と答える。
いつもながら、頼もしいな。
とりあえず葉山隼人君を少し揺さぶります。
黒子は事もなげにそう続けた。
この先、俺にどんな未来が待っているのかはわからない。
でもたった1つ、確かなことがある。
それは黒子が敵でなくて、本当によかったっていうことだ。
*****
いろいろわかりました。
黒子は相変わらずの無表情でそう言った。
俺はそれを労うことも忘れ「それで?」と前のめりになった。
日本に帰国した俺は、ジリジリと焦りながら日々を過ごしていた。
黒子は調査だとか言って、毎日出かけている。
俺には「好きにしててください」って言ったけれど、できるわけがない。
ヒマつぶしにエゴサしてわかったのは、俺が極悪人になっていること。
そしてそのせいで家族が晒され、謂れのない差別を受けていることも。
この状況下で「好きにしてて」と言われても、落ち着かないだけだ。
焦っても仕方がない。
この先どうなるかわからないが、冷静さは持っていなければ。
頭のどこかでそんな声がする。
感情のままに動いても、良いことはないってな。
だけど無理だった。
とりあえず気晴らししようと思って、街に出てみた。
今滞在しているのは、オタクの聖地アキバだからな。
好きなアニメのフィギュアとか、新作のゲームとか。
試しにいろいろ見て歩いてみたけど、ダメだった。
どうしても家族、特に妹の小町が気にかかっちまう。
だから俺は開き直って、引きこもることにした。
ホテルの部屋で、ただひたすらネット三昧だ。
食事にすら出ず、黒子が買ってきてくれたものを食ってた。
見ようによっては、ヒモだよな。
だけど黒子は「ちゃんと働いた分はいただきますから」と澄ましている。
場合によっちゃ、俺に請求がくるのか?
それを考えるとちょっと、いやかなり怖い。
そんな生活が1週間ほど続いた。
そしてすっかりお馴染みとなったコンビニ弁当で夕食を済ませる。
だがこの日はいつもと違った。
黒子は部屋の冷蔵庫から、飲み物を取り出したのだ。
俺の前には缶ビール、そして自分用になにやら甘そうな缶チューハイ。
それを置いて、俺と向かい合って座った。
何だ?これ。
俺は缶ビールと黒子を交互に見ながら、聞いてみる。
すると黒子はいつもの無表情のまま「いろいろわかりました」と答えた。
1週間で黒子はいろいろ突き止めたということか。
それで?
俺は思わず前のめりになった。
本当は黒子を労うべきなんだろう。
後になってから俺はそんなことを思った。
だけどこの時の俺にはそんな余裕すらなかったのだ。
あまり愉快な話ではないので。
黒子はそう言って、缶ビールをチラリと見た。
俺は手を伸ばしかけたが、首を振る。
どうやらこれは黒子なりの気遣い。
つらい話なので、酒でも飲みながら聞けばという配慮なのだろう。
いや。素面で聞きたいから。
俺はやんわりとことわりながら、黒子を見た。
黒子は「そうですか」と頷く。
そして「今までお待たせしました」と前置きして、話し始めた。
今日まで雪ノ下さんのお父様の事務所と会社に潜入してました。
黒子は唐突に、とんでもないことを言った。
潜入?ってそんな簡単にできるのか?
俺のそんな感情は顔に出たらしい。
黒子は涼しい顔で「簡単でしたよ」と言った。
雪ノ下さんのお父様の事務所も、経営する会社も自社ビルでした。
だけどどちらのビルも、他の会社が入ってるんです。
少しでも家賃収入をとでも、お考えになってるんですかね?
だから知らない人間が出入りしても、違和感ないんですよ。
黒子は表情を変えないまま、そう言った。
雪ノ下の父は県議会議員で、建設会社の社長だ。
つまり事務所が2つあり、そのどちらも潜入しやすいってことらしい。
だけど俺は関係ないような気がした。
黒子ならどんな場所でも影のように入り込んでしまうんじゃないか?
両方の事務所に潜入して、いろいろ仕掛けました。
隠しカメラと盗聴器、それにパソコンにバックドア。
スラスラと並べ立てる黒子に、俺は「おい」とツッコミを入れた。
いくら何でもそこまでやっていいのかよ。
だけど黒子は「ボクたちは今、戦争をしてるんですよ?」と言い放った。
つまりこれくらい序の口だということか。
ロアナプラからのハッキングである程度わかってたんです。
まぁ、ダメ押しで裏を取ったって感じです。
県議会議員で建設会社社長、実にわかりやすい汚職でした。
県の事業を、息のかかった会社に発注するんです。
もちろん直接自分の会社では請け負えないですけど、巧妙に細工してました。
ペーパーカンパニーなんかをいくつも経由させてて。
比企谷君の先輩の方はそれを突き止めたところで、狙われたんです。
ニセの出張で国外に出されて、事故に見せかけて、命を奪われました。
まるで朗読のように淡々と語られ、俺は身震いした。
テレビの2時間ドラマみたいな、安っぽい話だ。
命を落とした先輩社員の顔が頭に浮かぶ。
あの人は社長の罪を突き止めて、どうするつもりだったのだろう。
正義の告発か、それとも脅して金でも取るつもりだったのか。
君のことは予想外だったみたいですよ。比企谷君。
一瞬、考え込んでしまった俺に、黒子はそう言った。
俺はマジマジと黒子を見てしまう。
黒子はここでかすかに顔をしかめた。
まるで何かを逡巡しているような。
だけど覚悟を決めたように、小さく1つ呼吸をすると、また話し始めた。
何かの手違いか、偶然かはわかりません。
だけど比企谷君を殺すつもりはなかったようです。
君も亡くなったと聞いて、雪ノ下家ではかなり驚いたようです。
だけどこれを利用することにしたんでしょう。
雪ノ下雪乃さんの夫として、君はあまり歓迎されていなかった。
仕方ないって感じだったらしいです。だから。
ここでスラスラと説明していた黒子が初めて言いよどんだ。
俺は「わかった。察するよ」と頷く。
わかっていたことだ。
俺は雪ノ下の両親にはあまり受けがよくなかった。
反対はしないけど、できれば他の相手の方がよかった。
そう思われていたところで、俺が死んだ。
おそらくこれをラッキーと考えたんだろう。
で。それを知っているのは誰と誰だ?
俺はついに核心の問いを口にした。
一番知りたいのはただ1つ。
雪ノ下雪乃はどこまで知っていたかということだ。
黒子は俺を見ながら「ここからは多少推測が入りますが」と言った。
雪ノ下さんのお父様とお母様はもちろん御存知です。
あと議員秘書の方と会社の上層部の方など、数名も知っています。
葉山隼人君は、おそらく雪ノ下家の顧問弁護士であるお父上から聞かされている。
そして雪ノ下家の2人の娘さん、陽乃さんと雪乃さんには知らされていません。
黒子はそう言って、言葉を切った。
雪乃、そして陽乃さんは知らされていないのか。
俺は少しホッとするけれど違和感がある。なぜなら。
だけど俺がそれを口にする前に、黒子が「でも」と続けた。
雪ノ下陽乃さんと雪乃さん。
あの聡明な2人が察していないはずがありません。
ご両親から言われていなくても、知っていたと思うのが妥当です。
黒子の言葉に俺は「だな」と頷き、肩を落とした。
まったくその通り。
黒子は推測だと言ったけれど、きっと正しい。
雪ノ下雪乃は冤罪だと知りながら、俺を見捨てたのだ。
*****
明日から行動開始です。
黒子はそう言い残して、出かけて行った。
1人残された俺は「さて、どうしたものか」とひとりごちた。
日本に戻り、秋葉原に潜伏すること10日。
黒子はその間、毎日のように外出していた。
俺はといえば、すっかりホテルに引きこもり状態だ。
外出は禁止されていなかったし、実際街に出てみたりもした。
だけど楽しむことができず、結局部屋でエゴサに明け暮れる日々だった。
退屈ではあったけど、いろいろ考えることはできた。
黒子は律儀に調べてきたことを報告してくれたからだ。
その内容は絶望的なものではある。
俺は最愛の恋人とその家族に裏切られ、冤罪を背負わされた。
そして俺の両親と妹は、そのことで世間から非難されている。
だけど包み隠さず話してくれたし、変な同情など見せないのもありがたかった。
そして黒子は「明日から行動開始です」と言って、出かけて行った。
いつも通り端的な報告、余計なことは言わない。
だけど不思議と俺を気遣ってくれているのはわかった。
俺の引きこもり時間も終わり。
最後の自由な時間を有効に使えってことらしい。
俺は迷った末、外出することにした。
黒子が帰ってくるまで、数時間ある。
その間に気持ちの整理をつけたい。
そのためにどうしてもやりたいことがある。
俺は自分の姿を鏡に映してみた。
染めた髪と、普段の俺だったら絶対に選ばない派手な色合いの服。
そして目元が完全に隠れる黒のサングラス。
これなら知っているヤツに会っても、早々バレないだろう。
俺はホテルを出ると、駅に向かった。
黄色い電車で向かうのは、懐かしきマイホームタウン。
1時間も経たないうちに、俺は故郷に降り立った。
俺がまず向かったのは、勤務していた会社だった。
恋人で婚約者である雪ノ下雪乃の父親が経営する建設会社。
もちろん正面から乗り込むつもりはない。
俺は会社が見えてくると、足を止めて大きく深呼吸をした。
そしてゆっくりした足取りでその前を通り過ぎようとする。
だがちょどそのとき、見知った男性社員が社屋から出てきた。
俺は平静を装っていたけれど、心臓がバクバクと不穏なリズムを刻んでいた。
そいつはこの会社で働く社員で、特に親しかったわけじゃない。
会えば挨拶する程度の顔見知りだ。
だけど知らない仲でもない。
今の俺を見て気付くとは思えないが、もしかしたら。
だが彼は俺に気付くことなく、すれ違った。
俺は思わず「フゥ」と小さく息を吐く。
ホッとしたけれど、同時にガッカリしている自分もいる。
世間は俺のことなど、もう忘れてるんだろう。
わかっていたけれど、やはり寂しい。
俺は会社を離れ、ブラブラと30分程歩き回った。
そして会社に戻ってくる。
正面玄関前には防犯カメラがあり、長く映れば不審を持たれるかもしれない。
だから30分程時間を潰して、戻って来たのである。
またしてもゆっくりと俺は通り過ぎた。
入口を通る時、チラリと上を見上げる。
俺が働いていたフロアには、チラホラと人影が見える。
それなりに会社には貢献したつもりだった。
だけど俺がいなくなったところで、会社はビクともしないのだ。
そして俺は会社を離れた。
次なる目的地は、俺の実家だ。
もちろん今の俺が家族に会わせる顔などない。
ただ外から家をチラリと見るだけでいい。
そこそこ距離があるけれど、俺は敢えて歩くことにした。
ゆっくり1時間以上かけて、実家に向かう。
正直言って、会社と実家を見ることに意味なんかない。
ただ単に俺の心の整理のためだけに、こうしている。
そして俺は実家に辿り着いた。
家が見えた途端、目頭が熱くなる。
懐かしい。帰って来た。
こみ上げる気持ちが抑えられない。
俺は少し離れたところから、じっと実家を見つめた。
当たり前のように暮らしていた俺の家。
両親がいて、可愛い妹とじゃれ合って。
そんな昔のことじゃないのに、ひどく遠い気がした。
帰りたい。
俺はそう思い、駆け出したい気持ちを懸命に抑えた。
冤罪を晴らさなければ、帰れない。
まだ帰れないんだ。
俺は深く息を吸い込み、拳を握った。
いつかまたきっと。
そう思い直し、踵を返そうとする。
だがその瞬間、俺の家の前に良く知っているヤツが現れた。
門扉の前で立ち止まり、インターフォンを押そうとしている。
そいつの顔を見た途端、俺は動けなくなった。
高校時代のある時期、ずっと一緒にいた女。
もしも雪ノ下雪乃と出会わなければ、こいつとの未来を考えたかもしれない。
そう思わせてくれた、優しくて可愛い女。
俺の視線に気付いたのか、その女はこちらを見た。
そして明るい髪色とケバい服の俺を見て、首を傾げる。
だが次第にその表情が驚愕に変わった。
つまり気付かれたのである。
もしかして、ヒッキー!?
その女、由比ヶ浜結衣は叫んだ。
そしてこちらに向かって、ヨロヨロと足を踏み出す。
その瞬間、俺は身を翻して駆け出した。
後ろからなおも声がかかったけれど、足を止めることなく走り続けた。
この出来事は俺の大失敗、取り返しがつかないミスだった。
由比ヶ浜結衣と再会したことで、黒子が用意した穏やかなシナリオをブチ壊したのだ。
だけどこの時の俺に、そんなことを考える余裕はなかった。
ただただ見つかってしまったことに動揺し、逃げることしかできなかったのだ。
【続く】