「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」
緊張してますか?
黒子は隣に座る比企谷に聞いてみる。
比企谷はやや作り気味の笑顔と共に「まぁな」と答えた。
黒子と比企谷は日本行きの飛行機の中にいた。
いろいろと準備を整え、ついに日本に向かう途中だ。
その道中も結構、大変だった。
まずは中国に密入国する。
そしてそこから中国人名義の偽造パスポートで日本に向かう最中だった。
緊張しているのは、わかりました。
でももう少しやわらかい表情でいて下さい。
ボクたち、日本観光を楽しむ中国人学生って設定ですから。
黒子は硬い表情の比企谷に注意した。
比企谷は「ああ」と頷く。
その拍子に、茶色に染めた髪が揺れた。
ちなみに黒子も同じだった。
独特の青みがかった髪色を隠すように、真っ黒に染めている。
そして同系色の瞳も、カラーコンタクトで黒にしていた。
さらに2人とも、中国の若者向けの安価なブランドの服を着ている。
平和な観光客に化けて、入国するためだ。
搭乗した飛行機も格安航空会社のチケットだ。
おかげで中国人の観光客で、満席状態。
その中で黒子と比企谷は堂々と日本語で会話していた。
若い乗客が多く騒いでくれているので、目立たずに済むからだ。
もしも怖くなったなら、まだ引き返せますよ。
黒子はそう言った。
実際、敵はかなり危険な相手だと黒子は見ている。
比企谷たちを始末するために、ロアナプラを選んだ。
あの危険な犯罪都市のマフィアを雇うという発想の持ち主なのだ。
このまま逃げ帰るという選択肢だって、充分ありだ。
確かにそうしたいところだな。
比企谷は深いため息をついた。
黒子はそれを見て、クスリと笑った。
日本に向かう準備の最中、比企谷には結構怖い思いをしてもらった。
チャイニーズマフィアやロシアンマフィアの事務所に行ったり。
またレヴィに頼んで、銃の的になってもらったりもしたのだ。
はっきり言って、それらが必要なことだったかと問われればそうでもない。
比企谷には、黒子が住んでいる安ホテルで待っててもらってもよかった。
だけどわざわざ連れ回したのには、意味がある。
1つは、比企谷が一応黒子の友人であると街の住民に示すこと。
だから張やバラライカという街の勢力図を握る者たちを巻き込んだ。
もう1つは、それだけ危険なことだと日本に行く前に痛感してもらうこと。
単に怖さに慣れるだけでなく、比企谷の覚悟も確認できる。
だから今になって怖くなったと言われれば、やめたって良い。
そのまま何もせずに、日本を出ることだってできる。
実際、比企谷は今も大いに迷っているように見えるのだ。
なぁ黒子。お前が俺だったらどうする?
心から信じてたヤツが、俺をハメたのかもしれない。
それを確かめる勇気があるか?
比企谷に問われた黒子は「そっちですか」と頷いた。
怖いのは、これから荒事に巻き込まれるかもしれないことではない。
彼を陥れた陰謀に、婚約者である雪ノ下雪乃が関わっているのか。
それが不安であるらしい。
ボクが君なら絶対に真相を明らかにして、世に知らしめますよ。
黒子はあっさりと即答した。
比企谷が「まったく迷いがないな」と苦笑する。
でも嘘ではない。
黒子は「迷う余地、ありますか?」と聞き返した。
ボクが天涯孤独な人間だったら、何もしないかもしれません。
わざわざトラブルに関わるより、外国で平和に暮らすのもありです。
でもボクは大事な人が何人もいるんです。
その人たちがボクが犯罪者だと思うなんて、許せません。
特に両親が犯罪者の身内と世間から非難されるのは、我慢できませんよ。
黒子は冷静に淡々と捲し立てた。
そうすることで、思い出させたつもりだ。
日本には彼の大事な両親と妹がいることを。
今、比企谷に罪を着せられ、彼らはきっと苦しんでいるはずだ。
特に妹の小町は、この先就職や結婚にも「犯罪者の妹」のレッテルがついて回る。
そっか。そうだよな。
比企谷は1つ頷くと、大きく深呼吸をする。
そして「着いたらまず何をするんだ?」と聞いてきた。
黒子は「頼んでいたものを受け取ります」と答える。
頼んでいたものとは、ロアナプラでバラライカに頼んだあれ。
日本で携帯するための拳銃だ。
比企谷が思わず息を飲み、グッと身構えた。
黒子はすかさず「だから顔、硬いです」と注意する。
比企谷がニッとぎこちなく笑った途端、シートベルト着用のランプがついた。
そろそろ着陸の合図だ。
あと少しで日本に到着する。
比企谷君、ここから先はどうなるかわかりません。
だけどボクは無実が証明されて、君が日常に戻れるように努力します。
黒子はポツリとそう呟いた。
比企谷が「ありがとな」と照れくさそうに笑う。
だけど黒子は「いえ」と首を振った。
確かに言った台詞は嘘ではない。
だけどこの日本行きは、黒子の思惑も多分に入っているものだったのだ。
*****
あ~!これだよ、これ!
比企谷はテンション高く宣言すると、ゴクリと喉を鳴らす。
黒子は「そうですね」と頷きながら、ストローに口をつけた。
黒子と比企谷は成田空港に到着した。
比企谷は偽造パスポートで入国できるのかとヒヤヒヤしていたらしい。
だけど黒子は絶対大丈夫と確信があった。
なぜなら世界的なチャイニーズマフィア、三合会に依頼した代物なのだ。
プロとしての仕事のレベルは高いと思っている。
入国審査もあっさり通った比企谷の第一声は「マッ缶!」だった。
千葉名物、マックスコーヒー。
地元愛の強い比企谷の大好物だ。
千葉県にある成田空港内の自動販売機で買える。
ちなみに黒子はそんな比企谷を笑えない。
黒子にも是非とも飲みたい好物があるからだ。
マジバーガーのバニラシェイク。
これも空港内に店舗があり、購入可能だ。
かくして2人は空港内の展望デッキに並んで立っていた。
それぞれの手には、それぞれ大好物の飲み物。
それを味わいながら、離着陸する飛行機を見ている。
あ~!これだよ、これ!
比企谷はゴクゴクと喉を鳴らして、缶入りのマックスコーヒーを飲む。
黒子は「そうですね」と頷きながら、バニラシェイクを啜った。
目の前には平和な光景が広がっていた。
出発前の時間潰しらしい、スーツケースを持った男女。
またはカメラを構えて、飛行機を撮影している青年もいる。
日本って本当に平和ですよね。
黒子はいつになくしみじみとした口調で、そう言った。
比企谷が「だな」と頷く。
戦うためにこの国に戻ったはずなのに。
どうしても懐かしくも穏やかな空気に、心が緩む。
ええと。比企谷君。
こんなまったりした状況で恐縮ですが、確認しておきたいことがあります。
黒子はバニラシェイクを半分ほど飲んだところで、そう言った。
比企谷が2本目のマックスコーヒーを飲みながら、首を傾げる。
なぜ彼はそんなにあれが好きなのか?
高校時代、比企谷に勧められて飲んだことはあるが、黒子にはわからない。
君の問題を解決する方法です。
やり方はいくつか思いついたんですけど、どれにしようかと。
黒子はそう言って、またバニラシェイクを飲んだ。
比企谷は「ああ」と頷きながら、黒子が持っているシェイクのカップを見た。
きっと「なぜ黒子はそんなにこれが好きなのか?」などと思っているのだろう。
1つは王道の正攻法です。
雪ノ下家を訪問して、真実を問いただす。
ラグーン商会のベニーさんが雪ノ下さんのお父上の会社の経理状況なんかを押さえてます。
決め手には欠けますが、勝負するカードにはなるでしょう。
もしかしたら荒事になるかもしれませんが、日本国内ならまぁ何とかしのげるでしょう。
まず第1案を繰り出すが、比企谷の表情は冴えない。
黒子はそんな比企谷を見ながら、内心「でしょうね」と思った。
一応一番最初に考え付くやり方を言ってみたが、彼が賛成しないことはわかっていた。
2つ目は地下に潜って、雪ノ下家とは接触しない方法です。
少しだけベニーさんが掴んでくれた証拠の裏取り調査をします。
しっかり固めたところで警察に行くか、ネットで公開するか。
まぁこっちの方が安全ですよね。
黒子はそう言ってから、比企谷を見て苦笑した。
どこか困ったような表情。
またしても彼の気に入る方法ではないのだろう。
これまたわかっていたことではあるが。
3つ目ですが、まず雪ノ下雪乃さんに接触します。
黒子はついに実際の作戦を口にした。
比企谷が弾かれたように、身を乗り出す。
まったくわかりやすい。
彼女が事件に関わっていないなら、味方につけられるかもしれません。
もしも高校時代と変わっていないなら、正義感も強いでしょう。
比企谷君が犠牲になるような事態を許さないはずです。
例え身内だろうと、犯罪を見過ごしたりはしないでしょう。
黒子は比企谷の願いはこれだろうと思える方法を口にした。
だけどかなり楽観的な見方だ。
実は黒子は比企谷ほど今の雪ノ下雪乃を信頼していなかった。
あの聡明な彼女が何も知らないとは思えないのだ。
もしも彼女が事件に関わっていたと思ったら。
黒子はサラリと一番重要な想定を口にした。
比企谷はむずかしい表情のまま、2缶目のマックスコーヒーを飲み干す。
黒子もバニラシェイクを1口啜ると「その時はそれから考えましょう」と言った。
黒子は自分で言っておきながら、無責任だなと思った。
これは問題の先送り。
一番ありそうな事態を「それから考えましょう」なんてボカしたのだから。
わかっているけれど、今は敢えて言わない。
比企谷にとって、雪ノ下雪乃は大事な女性なのだ。
確証がないうちに、希望を叩き潰すようなことはしたくない。
それじゃ行きましょうか。
黒子はそう言ってから、残っていたバニラシェイクを飲み干した。
比企谷もマックスコーヒーの缶を空にする。
平和な時間はもう終わりだ。
ここから先はシビアな戦いになる。
*****
本当にいいんですか?
黒子は比企谷の目を真っ直ぐに見ながら、念を押す。
そして彼がしっかりと頷くのを確認し、こっそりとため息をつくのだった。
日本に入国を果たした黒子と比企谷は宿に向かった。
事前に予約していたのは、秋葉原のビジネスホテルだ。
アニメの聖地として有名なこの地は、海外の若い観光客も多い。
つまり黒子や比企谷がまぎれるのにも、絶好の場所だ。
何より千葉から電車1本、近いのもよかった。
不謹慎だとは思うが、何か懐かしい。
チェックインした部屋に落ち着くなり、比企谷はそう言った。
黒子は「不謹慎ではないですよ」と答える。
そう、別にそんなことはかまわない。
むしろ緊張されるより、リラックスしてくれていた方が良い。
それよりまずは確認が必要だ。
黒子はまず窓から外を観察した。
秋葉原の電気街の街が良く見える。
残念なことに、襲撃を受けた時に飛び降りるのは無理だろう。
だけどベランダがあり、そこから非常階段には出られる。
そういう部屋を選んだのだ。
非常口も近い。
後できちんと開くか確認しなければ。
とにかくいざという時の脱出ルートは要チェックだ。
そこまで考えた黒子は、こっそりとため息をついた。
久しぶりの日本なのに、まったく落ちつかない。
黒子は今、そういう人生を歩んでいる。
比企谷君、もしよかったら観光してきても良いですよ?
黒子は窓から秋葉原の街を見下ろし、頬が緩む比企谷に声をかけた。
比企谷は「は?」と意外そうな表情で黒子を見る。
黒子は黒く染めた髪をかき上げながら「ちょっと出てきますから」と言った。
そして右手の親指と人差し指で銃の形を作った。
そう、この近くで拳銃を受け取るのだ。
そこで情報も受け取れるように、手配してある。
比企谷を連れていくつもりはなかった。
だけど当の比企谷は「俺も行く」と言った。
君は来ない方が良いと思うんですけど。
黒子はすかさずそう答える。
なぜならこれから黒子が向かうのは、日本の闇社会の入口だ。
比企谷はいずれ平和な日本に戻る。
ならば知らなくても良い、むしろ知らない方が良いと思ったのだ。
覚悟はできてる。全部ちゃんと見届けたいんだ。
俺のことだからな。
比企谷はそう言って、表情を引き締めた。
黒子は「本当にいいんですか?」と念を押す。
比企谷がしっかり頷くのを確認し、こっそりとため息をついた。
まだまだ自分も甘い。
ビジネスだなんて言っておいて、なるべく傷ついてほしくないと思っているのだから。
だけど今回、日本に来たのは比企谷の問題を解決するためである。
中途半端に情で動くのは、間違いだ。
わかりました。一緒に出ましょう。
ここから歩いてすぐのところです。
10分後に出ますから、準備してください。
黒子は比企谷に声をかける。
そしてきっかり5分後。
2人は秋葉原の街に出た。
黒子と比企谷は賑わう街を並んで歩いた。
夕方の街は勤め人っぽい人たちや学生などが多く行きかっている。
どこかの店先から流れてくる大音量のアニメソング。
フィギュアを抱えて歩くオタクっぽい感じの人もいる。
まさしく「ザ・秋葉原」だ。
そんな中、黒子はメインストリートを外れて、細い脇道に進んだ。
そしてとある店の前で止まる。
一見すると、パソコンなどのパーツを扱うマニアのためのジャンク屋。
黒子はその店に入ると、奥のカウンターで「ロアナプラからの荷物を下さい」と言った。
カウンターの中の日本人とも中国人とも韓国人ともつかない男は、黒子を見た。
そして無言のまま、紙袋を渡してくれる。
海外の有名なお菓子のブランドのものだ。
黒子は小さく「どうも」と告げて、それを受け取った。
そしてそのまま2人はホテルの部屋に戻った。
先程部屋を出てから、15分と経っていない。
黒子は紙袋の中から、同じブランドのクッキーの缶を取り出す。
その中には小型の拳銃が2つ。
そして数枚の書類が入っていた。
これは君の分です。
黒子は拳銃を1つ、比企谷に渡した。
比企谷は緊張した表情で、受け取る。
黒子はそれをチラリと見た後、書類に視線を移した。
そしてその内容を確認すると「これって」と小さく声を上げた。
比企谷君。あまり良くない知らせがあります。
黒子は意を決して、比企谷を見る。
比企谷はそんな黒子の雰囲気を察して、身構えた。
雪ノ下雪乃さんは、つい最近葉山隼人君と婚約したそうです。
黒子は極力感情がこもらないように注意しながら、そう言った。
比企谷の顔が、くしゃりと歪む。
おそらくかなりショックなのだろう。
だけど黒子は気付かない振りで「良い突破口になりそうです」と告げたのだった。
【続く】
黒子は隣に座る比企谷に聞いてみる。
比企谷はやや作り気味の笑顔と共に「まぁな」と答えた。
黒子と比企谷は日本行きの飛行機の中にいた。
いろいろと準備を整え、ついに日本に向かう途中だ。
その道中も結構、大変だった。
まずは中国に密入国する。
そしてそこから中国人名義の偽造パスポートで日本に向かう最中だった。
緊張しているのは、わかりました。
でももう少しやわらかい表情でいて下さい。
ボクたち、日本観光を楽しむ中国人学生って設定ですから。
黒子は硬い表情の比企谷に注意した。
比企谷は「ああ」と頷く。
その拍子に、茶色に染めた髪が揺れた。
ちなみに黒子も同じだった。
独特の青みがかった髪色を隠すように、真っ黒に染めている。
そして同系色の瞳も、カラーコンタクトで黒にしていた。
さらに2人とも、中国の若者向けの安価なブランドの服を着ている。
平和な観光客に化けて、入国するためだ。
搭乗した飛行機も格安航空会社のチケットだ。
おかげで中国人の観光客で、満席状態。
その中で黒子と比企谷は堂々と日本語で会話していた。
若い乗客が多く騒いでくれているので、目立たずに済むからだ。
もしも怖くなったなら、まだ引き返せますよ。
黒子はそう言った。
実際、敵はかなり危険な相手だと黒子は見ている。
比企谷たちを始末するために、ロアナプラを選んだ。
あの危険な犯罪都市のマフィアを雇うという発想の持ち主なのだ。
このまま逃げ帰るという選択肢だって、充分ありだ。
確かにそうしたいところだな。
比企谷は深いため息をついた。
黒子はそれを見て、クスリと笑った。
日本に向かう準備の最中、比企谷には結構怖い思いをしてもらった。
チャイニーズマフィアやロシアンマフィアの事務所に行ったり。
またレヴィに頼んで、銃の的になってもらったりもしたのだ。
はっきり言って、それらが必要なことだったかと問われればそうでもない。
比企谷には、黒子が住んでいる安ホテルで待っててもらってもよかった。
だけどわざわざ連れ回したのには、意味がある。
1つは、比企谷が一応黒子の友人であると街の住民に示すこと。
だから張やバラライカという街の勢力図を握る者たちを巻き込んだ。
もう1つは、それだけ危険なことだと日本に行く前に痛感してもらうこと。
単に怖さに慣れるだけでなく、比企谷の覚悟も確認できる。
だから今になって怖くなったと言われれば、やめたって良い。
そのまま何もせずに、日本を出ることだってできる。
実際、比企谷は今も大いに迷っているように見えるのだ。
なぁ黒子。お前が俺だったらどうする?
心から信じてたヤツが、俺をハメたのかもしれない。
それを確かめる勇気があるか?
比企谷に問われた黒子は「そっちですか」と頷いた。
怖いのは、これから荒事に巻き込まれるかもしれないことではない。
彼を陥れた陰謀に、婚約者である雪ノ下雪乃が関わっているのか。
それが不安であるらしい。
ボクが君なら絶対に真相を明らかにして、世に知らしめますよ。
黒子はあっさりと即答した。
比企谷が「まったく迷いがないな」と苦笑する。
でも嘘ではない。
黒子は「迷う余地、ありますか?」と聞き返した。
ボクが天涯孤独な人間だったら、何もしないかもしれません。
わざわざトラブルに関わるより、外国で平和に暮らすのもありです。
でもボクは大事な人が何人もいるんです。
その人たちがボクが犯罪者だと思うなんて、許せません。
特に両親が犯罪者の身内と世間から非難されるのは、我慢できませんよ。
黒子は冷静に淡々と捲し立てた。
そうすることで、思い出させたつもりだ。
日本には彼の大事な両親と妹がいることを。
今、比企谷に罪を着せられ、彼らはきっと苦しんでいるはずだ。
特に妹の小町は、この先就職や結婚にも「犯罪者の妹」のレッテルがついて回る。
そっか。そうだよな。
比企谷は1つ頷くと、大きく深呼吸をする。
そして「着いたらまず何をするんだ?」と聞いてきた。
黒子は「頼んでいたものを受け取ります」と答える。
頼んでいたものとは、ロアナプラでバラライカに頼んだあれ。
日本で携帯するための拳銃だ。
比企谷が思わず息を飲み、グッと身構えた。
黒子はすかさず「だから顔、硬いです」と注意する。
比企谷がニッとぎこちなく笑った途端、シートベルト着用のランプがついた。
そろそろ着陸の合図だ。
あと少しで日本に到着する。
比企谷君、ここから先はどうなるかわかりません。
だけどボクは無実が証明されて、君が日常に戻れるように努力します。
黒子はポツリとそう呟いた。
比企谷が「ありがとな」と照れくさそうに笑う。
だけど黒子は「いえ」と首を振った。
確かに言った台詞は嘘ではない。
だけどこの日本行きは、黒子の思惑も多分に入っているものだったのだ。
*****
あ~!これだよ、これ!
比企谷はテンション高く宣言すると、ゴクリと喉を鳴らす。
黒子は「そうですね」と頷きながら、ストローに口をつけた。
黒子と比企谷は成田空港に到着した。
比企谷は偽造パスポートで入国できるのかとヒヤヒヤしていたらしい。
だけど黒子は絶対大丈夫と確信があった。
なぜなら世界的なチャイニーズマフィア、三合会に依頼した代物なのだ。
プロとしての仕事のレベルは高いと思っている。
入国審査もあっさり通った比企谷の第一声は「マッ缶!」だった。
千葉名物、マックスコーヒー。
地元愛の強い比企谷の大好物だ。
千葉県にある成田空港内の自動販売機で買える。
ちなみに黒子はそんな比企谷を笑えない。
黒子にも是非とも飲みたい好物があるからだ。
マジバーガーのバニラシェイク。
これも空港内に店舗があり、購入可能だ。
かくして2人は空港内の展望デッキに並んで立っていた。
それぞれの手には、それぞれ大好物の飲み物。
それを味わいながら、離着陸する飛行機を見ている。
あ~!これだよ、これ!
比企谷はゴクゴクと喉を鳴らして、缶入りのマックスコーヒーを飲む。
黒子は「そうですね」と頷きながら、バニラシェイクを啜った。
目の前には平和な光景が広がっていた。
出発前の時間潰しらしい、スーツケースを持った男女。
またはカメラを構えて、飛行機を撮影している青年もいる。
日本って本当に平和ですよね。
黒子はいつになくしみじみとした口調で、そう言った。
比企谷が「だな」と頷く。
戦うためにこの国に戻ったはずなのに。
どうしても懐かしくも穏やかな空気に、心が緩む。
ええと。比企谷君。
こんなまったりした状況で恐縮ですが、確認しておきたいことがあります。
黒子はバニラシェイクを半分ほど飲んだところで、そう言った。
比企谷が2本目のマックスコーヒーを飲みながら、首を傾げる。
なぜ彼はそんなにあれが好きなのか?
高校時代、比企谷に勧められて飲んだことはあるが、黒子にはわからない。
君の問題を解決する方法です。
やり方はいくつか思いついたんですけど、どれにしようかと。
黒子はそう言って、またバニラシェイクを飲んだ。
比企谷は「ああ」と頷きながら、黒子が持っているシェイクのカップを見た。
きっと「なぜ黒子はそんなにこれが好きなのか?」などと思っているのだろう。
1つは王道の正攻法です。
雪ノ下家を訪問して、真実を問いただす。
ラグーン商会のベニーさんが雪ノ下さんのお父上の会社の経理状況なんかを押さえてます。
決め手には欠けますが、勝負するカードにはなるでしょう。
もしかしたら荒事になるかもしれませんが、日本国内ならまぁ何とかしのげるでしょう。
まず第1案を繰り出すが、比企谷の表情は冴えない。
黒子はそんな比企谷を見ながら、内心「でしょうね」と思った。
一応一番最初に考え付くやり方を言ってみたが、彼が賛成しないことはわかっていた。
2つ目は地下に潜って、雪ノ下家とは接触しない方法です。
少しだけベニーさんが掴んでくれた証拠の裏取り調査をします。
しっかり固めたところで警察に行くか、ネットで公開するか。
まぁこっちの方が安全ですよね。
黒子はそう言ってから、比企谷を見て苦笑した。
どこか困ったような表情。
またしても彼の気に入る方法ではないのだろう。
これまたわかっていたことではあるが。
3つ目ですが、まず雪ノ下雪乃さんに接触します。
黒子はついに実際の作戦を口にした。
比企谷が弾かれたように、身を乗り出す。
まったくわかりやすい。
彼女が事件に関わっていないなら、味方につけられるかもしれません。
もしも高校時代と変わっていないなら、正義感も強いでしょう。
比企谷君が犠牲になるような事態を許さないはずです。
例え身内だろうと、犯罪を見過ごしたりはしないでしょう。
黒子は比企谷の願いはこれだろうと思える方法を口にした。
だけどかなり楽観的な見方だ。
実は黒子は比企谷ほど今の雪ノ下雪乃を信頼していなかった。
あの聡明な彼女が何も知らないとは思えないのだ。
もしも彼女が事件に関わっていたと思ったら。
黒子はサラリと一番重要な想定を口にした。
比企谷はむずかしい表情のまま、2缶目のマックスコーヒーを飲み干す。
黒子もバニラシェイクを1口啜ると「その時はそれから考えましょう」と言った。
黒子は自分で言っておきながら、無責任だなと思った。
これは問題の先送り。
一番ありそうな事態を「それから考えましょう」なんてボカしたのだから。
わかっているけれど、今は敢えて言わない。
比企谷にとって、雪ノ下雪乃は大事な女性なのだ。
確証がないうちに、希望を叩き潰すようなことはしたくない。
それじゃ行きましょうか。
黒子はそう言ってから、残っていたバニラシェイクを飲み干した。
比企谷もマックスコーヒーの缶を空にする。
平和な時間はもう終わりだ。
ここから先はシビアな戦いになる。
*****
本当にいいんですか?
黒子は比企谷の目を真っ直ぐに見ながら、念を押す。
そして彼がしっかりと頷くのを確認し、こっそりとため息をつくのだった。
日本に入国を果たした黒子と比企谷は宿に向かった。
事前に予約していたのは、秋葉原のビジネスホテルだ。
アニメの聖地として有名なこの地は、海外の若い観光客も多い。
つまり黒子や比企谷がまぎれるのにも、絶好の場所だ。
何より千葉から電車1本、近いのもよかった。
不謹慎だとは思うが、何か懐かしい。
チェックインした部屋に落ち着くなり、比企谷はそう言った。
黒子は「不謹慎ではないですよ」と答える。
そう、別にそんなことはかまわない。
むしろ緊張されるより、リラックスしてくれていた方が良い。
それよりまずは確認が必要だ。
黒子はまず窓から外を観察した。
秋葉原の電気街の街が良く見える。
残念なことに、襲撃を受けた時に飛び降りるのは無理だろう。
だけどベランダがあり、そこから非常階段には出られる。
そういう部屋を選んだのだ。
非常口も近い。
後できちんと開くか確認しなければ。
とにかくいざという時の脱出ルートは要チェックだ。
そこまで考えた黒子は、こっそりとため息をついた。
久しぶりの日本なのに、まったく落ちつかない。
黒子は今、そういう人生を歩んでいる。
比企谷君、もしよかったら観光してきても良いですよ?
黒子は窓から秋葉原の街を見下ろし、頬が緩む比企谷に声をかけた。
比企谷は「は?」と意外そうな表情で黒子を見る。
黒子は黒く染めた髪をかき上げながら「ちょっと出てきますから」と言った。
そして右手の親指と人差し指で銃の形を作った。
そう、この近くで拳銃を受け取るのだ。
そこで情報も受け取れるように、手配してある。
比企谷を連れていくつもりはなかった。
だけど当の比企谷は「俺も行く」と言った。
君は来ない方が良いと思うんですけど。
黒子はすかさずそう答える。
なぜならこれから黒子が向かうのは、日本の闇社会の入口だ。
比企谷はいずれ平和な日本に戻る。
ならば知らなくても良い、むしろ知らない方が良いと思ったのだ。
覚悟はできてる。全部ちゃんと見届けたいんだ。
俺のことだからな。
比企谷はそう言って、表情を引き締めた。
黒子は「本当にいいんですか?」と念を押す。
比企谷がしっかり頷くのを確認し、こっそりとため息をついた。
まだまだ自分も甘い。
ビジネスだなんて言っておいて、なるべく傷ついてほしくないと思っているのだから。
だけど今回、日本に来たのは比企谷の問題を解決するためである。
中途半端に情で動くのは、間違いだ。
わかりました。一緒に出ましょう。
ここから歩いてすぐのところです。
10分後に出ますから、準備してください。
黒子は比企谷に声をかける。
そしてきっかり5分後。
2人は秋葉原の街に出た。
黒子と比企谷は賑わう街を並んで歩いた。
夕方の街は勤め人っぽい人たちや学生などが多く行きかっている。
どこかの店先から流れてくる大音量のアニメソング。
フィギュアを抱えて歩くオタクっぽい感じの人もいる。
まさしく「ザ・秋葉原」だ。
そんな中、黒子はメインストリートを外れて、細い脇道に進んだ。
そしてとある店の前で止まる。
一見すると、パソコンなどのパーツを扱うマニアのためのジャンク屋。
黒子はその店に入ると、奥のカウンターで「ロアナプラからの荷物を下さい」と言った。
カウンターの中の日本人とも中国人とも韓国人ともつかない男は、黒子を見た。
そして無言のまま、紙袋を渡してくれる。
海外の有名なお菓子のブランドのものだ。
黒子は小さく「どうも」と告げて、それを受け取った。
そしてそのまま2人はホテルの部屋に戻った。
先程部屋を出てから、15分と経っていない。
黒子は紙袋の中から、同じブランドのクッキーの缶を取り出す。
その中には小型の拳銃が2つ。
そして数枚の書類が入っていた。
これは君の分です。
黒子は拳銃を1つ、比企谷に渡した。
比企谷は緊張した表情で、受け取る。
黒子はそれをチラリと見た後、書類に視線を移した。
そしてその内容を確認すると「これって」と小さく声を上げた。
比企谷君。あまり良くない知らせがあります。
黒子は意を決して、比企谷を見る。
比企谷はそんな黒子の雰囲気を察して、身構えた。
雪ノ下雪乃さんは、つい最近葉山隼人君と婚約したそうです。
黒子は極力感情がこもらないように注意しながら、そう言った。
比企谷の顔が、くしゃりと歪む。
おそらくかなりショックなのだろう。
だけど黒子は気付かない振りで「良い突破口になりそうです」と告げたのだった。
【続く】