「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」

比企谷君。ここから先はつらい話になります。
黒子は慎重に言葉を選びながら、話を進める。
だが内心はこの数奇な運命に叫びたくなるほど憤慨していた。

恐ろしく影が薄い。
黒子を知る人間は黒子を評するとき、必ずそう言うだろう。
そして次にはきっと地味で寡黙であると続ける。
ちなみに当の黒子は、自分が平凡な人間であると思っていた。

だけど実際、ここまでの人生はとても平凡とは言えないものだった。
高校1年の時、バスケで全国制覇を果たした。
キセキの世代と呼ばれた天才たちを向こうに回して、堂々の勝利だ。
2年になるとその天才たちと組んで、アメリカ選抜チームも倒した。
だがその後事故に遭い、長く病院のベットで過ごすことになった。

結果的に黒子のバスケプレイヤーとしてのキャリアは終わっている。
だけど当の本人はそれが不幸とは思わなかった。
療養のために留年し、転校した先で比企谷八幡という友人を得た。
2つの高校を跨いだ学生生活は、とても楽しかった。

卒業後、黒子は進学も就職もしなかった。
しばらくの間、世界を旅しようと思ったのだ。
もちろん黒子の実家はごく普通の庶民の家。
そんな贅沢ができるのは、高校時代の事故の保険金があったからだ。
それを使い切るまで、世界のいろいろなところを見て回ろう。
黒子はそう決意し、卒業後早々に日本を出国した。

こうして始まった旅は快適だった。
1人旅の気楽さで、自分の好きなように行き先を決められる。
まさに風の向くまま、気が向くままだ。
食費や宿泊費なども切り詰めたから、このペースなら3、4年で金が尽きる。
だけどまったく問題なかった。
この期間が大学に通う友人たちの日々に劣っているとは思わない。
むしろ日本では見られない景色をたくさん見ることができた。

そんな風にして、3年が過ぎた。
それは夢のような楽しい時間だった。
だが残金も減って来たし、行きたい国はほぼほぼ網羅した。
そろそろ日本に戻ることにしようか。

そんな風に考えているときに、黒子は大きな事件に巻き込まれた。
何の非があったわけではなく、たまたま「そこ」にいてしまったのだ。
ケガをしたわけでもない。ただ見てしまっただけ。
絶対に見てはいけない、その光景を。

かくして黒子は追われることとなった。
敵は強大、国を跨いだ大規模な犯罪組織だ。
民間警察ではとてもかなわず、保護してもらうのは不可能。
それなら自分の身は自分で守るしかない。
バスケのために培った技術が、こんなところで役に立った。
影が薄く視線を誘導できる黒子は、逃げるのは得意だ。

でもじゃあどこに逃げるかとなれば、選択肢は少なかった。
日本に戻るのは絶望的だ。
それどころか長距離移動も危ない。
おそらく空港や駅を使った時点で、捕捉される。
結局、ヒッチハイクと徒歩で地味に移動するしかなかった。

日本の友人たちに助けを求めることも考えた。
だけど一瞬で却下だ。
おそらく日本にも、敵の一味はいる。
万が一にも連絡を取ったことがバレれば、友人だってヤバいかもしれない。

孤立無援の状態で、辿り着いたのはロアナプラだった。
ほぼ日常茶飯事で事件が起こる、犯罪都市。
さまざまなマフィアの利権が絡んだ厄介な街だ。

平和な日本人旅行者なら、絶対に近寄らない。
だけど今の黒子にとっては、都合がよかった。
敵もまさかここに黒子がいるとは思わないだろう。
仮にバレても、このド派手な街なら隠れる場所もたくさんある。

だがここで幸運なことがあった。
この街には1人、日本人の先住者がいたのである。
彼の名は岡島緑郎、ここではロックと呼ばれている。
この街で出会った2人は、妙に気が合った。
こんな場所に迷い込んだ日本人、しかも事情を抱えている。
そんな共通点からだろう。
岡島は黒子にこの街のことを細かく教えてくれた。

そうして街に慣れれば、黒子はこの街のあちこちで重宝された。
その影の薄さは諜報活動に適しているからだ。
ロックが所属するラグーン商会だけではない。
香港マフィアの三合会、ロシアマフィアのホテルモスクワ等々。
彼らは黒子の国籍や抱える事情は関係なく、黒子を使ってくれる。
かくして黒子はこの街で生きる術を獲得した。
それから2年、黒子はすっかりロアナプラに馴染んだ。

そんなとき、比企谷八幡と再会することになったのだ。
彼は事故を装った襲撃に遭った。
死んでいてもおかしくなかったと思う。
だが生き残っても、それはそれで危険だった。
なぜならこの街では命は金になる。
意識がないまま売り飛ばされそうになっていたのを発見したときには、驚いた。

ここから黒子はロアナプラで得た人脈を駆使した。
比企谷の身柄を確保し、事件について調べた。
そこで浮かび上がったのは衝撃の、そして悲しい事実。
比企谷は信頼する人に裏切られ、見捨てられたのだ。

比企谷君。ここから先はつらい話になります。
もしきつければ、今日はここまでにしますけど。

黒子は目を覚ました比企谷にそう言った。
隠しておくわけにはいかないが、話すタイミングくらい選べる。
だが比企谷は「今、聞くよ」と答えた。
その表情から、彼なりに覚悟を固めたのだとわかった。

それでは、ここまでにわかったことをお話します。
黒子は頷きながら、そう言った。
比企谷が覚悟を決めたのなら、包み隠す必要は何もない。

*****

友達価格はここまでです。
黒子はきっぱりとそう言った。
目を丸くする比企谷の後ろで、ロックが苦笑しているのが見えた。

安ホテルの1室、実はここは黒子のねぐらだった。
下手に部屋を借りるより、安上がりなのだ。
今にも崩れ落ちそうな古くて、汚い建物。
一般的な日本人なら、到底我慢できないような衛生状態だ。

元々部屋にあるのは粗末なベットと、ボロボロのローチェストのみ。
そして黒子があちこちから盗み、いや拾ってきた椅子が3脚ほど。
ちなみに椅子が役立ったのは、今回が初めてだ。
黒子がここに住んで約2年、ロックが数回訪問した以外に来客はなかったのだ。

比企谷はベットで上半身を起こしていた。
黒子とロックはベットの横で、椅子に腰かけている。
レヴィは立ったまま、壁にもたれかかって。
ただでさえ狭い部屋は、それだけでさらに狭く感じられた。

それでは比企谷君。
ボクの知っていることを話します。
発端は偶然なんです。
事故があって、被害者は日本人のツーリストらしい。
そんな噂が飛んだので、様子を見に行ったんです。

黒子がまずそう説明すると、比企谷が「わざわざ?」と首を傾げた。
事故があり、被害者が日本人っていうだけで見に来るか?
そう言いたいらしい。
するとロックが「この街は特殊だからね」と苦笑した。

この辺は日本人が来る場所じゃない。
それにツーリスト、観光客が来るところでもないんだ。
だから俺も気になるよ。
もし仕事がなかったら、俺も見に行ってたかも。

黒子はロックのフォローに内心感謝していた。
説明は嘘ではない。
大事なところをロックは敢えて端折ったのだ。
ここは本来、日本人がいるような場所ではないのだ。
だからこそ、日本人がらみの事件や事故が起これば疑う。
もしかしたら真のターゲットは自分で、被害者は巻き込まれたのではないかと。
それくらい黒子もロックもこの街で、裏社会の闇にどっぷり漬かっている。

話を戻します。そこでボクは見たんです。
車が転落して、炎上。
乗っていたドライバー兼ガイドと日本人が死んだ。
君は車から飛び出して、何とか一命を取り止めたんですよね?

黒子がそう聞くと、比企谷は青い顔で「ああ」と頷いた。
事件が起こった瞬間のことを思い出したのだろう。
比企谷は深呼吸をして、動揺を抑えている。
黒子は少し間を置いて、比企谷が落ち着くのを待った。

事故を仕組んだ人間は、この街のチャイニーズマフィアのメンバーでした。
彼らは1人、生き残った君を見つけた。
ボクが辿り着いたのは、ちょうどその時でした。
意識がなくて倒れていたのが君で、ボクもかなり驚いたんですよ。

黒子の説明を聞いた比企谷は「惜しいことした」と呟いた。
そして「お前の驚いた顔なんて、そうそう見られない」と苦笑する。
黒子はそんな比企谷を見て、秘かに安堵する。
余裕が出てきたとは言えないが、強がれる元気はあるのだ。

実行犯は車に細工をしたんでしょう。
そして誰も行き残らせてはいけなかった。
だけど生きている君を見て、欲が出たんです。
売り飛ばせば金になるって。
だから交渉して、ボクが身柄を買い取りました。

黒子はドヤ顔でそう言ってやった。
別に頼まれたわけではないが、一応命の恩人だ。
これくらい許されるだろう。
もっとも今の比企谷に、それをツッコめるほどの余力はないだろうが。

黒子はチラリとロックを見た。
ロックは苦笑しながら、1つ頷く。
とりあえず彼の仕事の部分だけ、説明を頼みたい。
彼は黒子の視線の意図を、ちゃんと理解してくれたようだ。

それじゃ比企谷君。次は俺が説明するよ。
俺たちラグーン商会は、黒子君から依頼を受けた。
まずは君をここまで運ぶこと。
そして事件のことをここからわかる範囲で調べるようにってね。
そうして君の婚約者、雪ノ下雪乃さんのご実家に行き当たった。

説明役を変わったロックが、淡々と説明する。
すると比企谷が「調べられるんですか?」と疑わしそうな顔になった。
ここから日本の様子がわかると思えないのだろう。
だけどロックは「わかるよ」と笑った。

うちにはベニーっていう天才ハッカーがいるんだ。
だからネットからいろいろ情報を集めてもらった。
それでわかったのは、雪ノ下雪乃さんのご実家は会社経営をしているよね。
その経理状況を確認したら、多額な使途不明金があった。
そして今、日本では君と君の先輩が金を持ち逃げしたことになってる。

ロックはやや言いにくそうに、だけど要点はしっかり伝えてくれた。
日本からネットで得られた情報は、わりとベタだった。
会社の不正経理という罪を、比企谷たちになすり付けた。
そんなシンプルな構図が浮かび上がって来るのだ。

実行犯は君の代わりの遺体を用意したみたいです。
だから君も死んだことになっている。
それから日本から事後処理で来たのは、葉山隼人君だそうです。

黒子は淡々とわかっている事実を告げた。
これで全部だ。
わかるのは雪ノ下家は比企谷を切り捨てたということ。
わからないのは、雪ノ下雪乃はどこまで知っているのかだ。

友達価格はここまでです。
黒子は最後に、きっぱりとそう言った。
目を丸くする比企谷の後ろで、ロックが苦笑しているのが見える。
そう、ここまでは黒子の厚意によるタダ働きだ。
かつての友情に免じて、ここまでした。

日本大使館まで送りますよ。
それで事情を話せば、いろいろ手続きしてくれるでしょう。
早く帰国して、ご家族を安心させてあげて下さい。
それからボクと会ったことは、黙っていて欲しいんですが。

黒子は敢えて事務的に今後の話をした。
それが一番良い方法だと思う。
だけど比企谷は「いや」と首を振った。

別料金でいいよ。頼みたいことがある。
比企谷は黒子を真っ直ぐに見据えながら、そう言った。
黒子はすぐに反応できない。
比企谷のことを真剣に考えるなら、これ以上深入りさせない方が良いのだ。
だけど黒子は「はい」と頷いていた。

もしも黒子が比企谷の立場なら、絶対にここで引き下がらないだろう。
それに黒子も今では一端のロアナプラの住人なのだ。
友達価格なんて半端なことはせず、プロの仕事をするべきだ。

*****

別料金でいいよ。頼みたいことがある。
比企谷は黒子を真っ直ぐに見据えながら、そう言った。
黒子が「はい」と頷いた瞬間、進む道が決まったのだ。

比企谷八幡は先輩社員と共に罠に堕ちた。
ハメたのは、婚約者である雪ノ下雪乃の両親だ。
比企谷たちを事故に見せかけて、殺そうとした。
いや、実際殺されたのだ。
先輩社員は死んでしまったし、比企谷だって死んだことになっている。
こうして助かったのは、奇跡が起こったから。
行方不明だった友人にここで再会するという、ありえない偶然のおかげだ。

黒子はこのまま日本大使館に行くべきと進言した。
そこで事情を説明して、日本に戻ればいい。
確かにそれが一番常識的で、安全な作戦なのだ。
だから黒子はそこまでは友達価格、つまり無料で引き受けるつもりだった。

だけど比企谷はそれを選ばなかった。
別料金で依頼をしたいと言う。
黒子は「いいんですか?」と聞き返した。
おそらく比企谷が知りたいのは、より詳しい事件の詳細。
もっと言うなら、婚約者である雪ノ下雪乃が関わっているかどうかだ。

もっと細かい情報を知るとなると、日本に行くべきでしょうね。
黒子がそう言うと、比企谷は「帰国?」と驚いている。
結局日本に帰るんかい!と言いたいのだろう。
だけど黒子は「帰国ではないですよ」と答えた。

調査のために日本に行くのであって、帰るのではない。
それは大きな違いだ。
実は黒子は他人名義のパスポートを持っている。
それを使って、日本に入ろうと思っていたのだ。

だったら俺も、日本に行きたい。
自分の目と耳で、何が起こったのか確かめたいんだ。

比企谷が身を乗り出してきて、そう言った。
黒子が「できなくはないですが」と答える。
ロアナプラには、パスポート偽造のプロがいる。
比企谷の分も用意するのは、むずかしくない。
何しろ比企谷は書類の上ではすでに他人、元のパスポートは使えない。

ねぇ。水を差すようで悪いんだけど。
不意に会話に入って来たのは、ロックだった。
黒子は「何です?」と聞き返す。
ロックは苦笑しながら「大事なことを忘れてない?」と言った。

比企谷君が黒子君に依頼をするのはいいよ。
だけどお金はどうするの?

もっともな指摘に黒子は「確かに」と頷いた。
比企谷が事故、いや事件にあったとき、持っていた現金や金目のものは持ち去られていた。
実行犯のゴロツキの仕業だ。
死人に金はいらないという、実にロアナプラらしい考え方だ。
財布から現金は抜かれ、腕時計やスマホなどもなくなっていた。
死んだことになっているから、銀行口座やクレジットカードも凍結だろう。
つまり今の比企谷は依頼料など払えないのだ。

さてどうしたものか。
考え込む黒子に、比企谷が「俺が来ていた服は?」と聞いてきた。
黒子は「ありますけど、かなりボロボロになっちゃいましたよ?」と答える。
事件当時、比企谷はシャツにジャケットというスタイルだった。
あちこち破れたり、汚れたり、悲惨なことになっている。
ちなみに今彼が着ているのは、黒子の部屋着だ。

ジャケットの左の襟元に指輪が縫いこんである。
まぁまぁの金になるはずだ。

比企谷にそう言われ、黒子は部屋の隅に置いてあった紙袋を取った。
その中には事件当時に来ていた比企谷の服や靴が入っていたのだ。
黒子はその中からジャケットを取り、襟元を探れば確かに硬い感触があった。

雪乃からのプレゼントなんだ。
治安が悪いって聞いてたから、万一に備えて襟の中に縫い込んでた。
金目のものを取られるような事態になっても、これだけはなくしたくなくて。

比企谷の言葉に、黒子は「そうですか」とだけ答える。
だけどこの皮肉な事態に、内心盛大なため息をついていた。
恋人からもらった大事な指輪。
持ち歩きたいけど、盗まれるのはイヤ。
だからわざわざ襟に縫い込んだのだろう。
それと引き換えにしても、比企谷は真相を知ることを選んだのだ。

今からでも、日本大使館に行くことを勧めようか。
黒子はふとそんなことを思う。
だがその場合の問題は、帰国した比企谷はどうなるだろう。
比企谷は日本で横領犯として、報道されてしまっている。
雪ノ下家が周到に仕組んでいたら、冤罪で逮捕されるかもしれない。
やはりもっと細かい調査をするのが、正解なのかもしれない。

それでは比企谷君。リベンジの始まりですね。
黒子は静かにそう告げた。
比企谷が「世話になる」と頷く。
久しぶりに再会した2人の長い旅がここから始まる。

【続く】
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