「黒バス」×「俺ガイル」×「BLACK LAGOON」

タイかぁ。
異国の風に吹かれながら、俺は割り切れない感情を飲み込めずにいた。
なぜならここはタイ。
2年前に友人が消息を絶った国なのだ。

大学を卒業した俺、比企谷八幡は現在社会人1年目。
就職先でビシバシとこき使われる日々だ。
仕事場は大学在学中に婚約した雪ノ下雪乃の父親の会社。
おそらく仕事で1人前になった頃には、彼女と結婚しているだろう。

俺、高校の時には専業主夫になるって豪語してたんだけどな。
稼ぐ嫁さんをもらって、養ってもらう。
それで昼間っからビール付きランチを食らう日々を夢見てた。
まぁ稼ぐ嫁さんは間違いないが、嫁の実家は甘くなかった。
俺を早々に会社に取り込み、しっかり仕込まれている最中だ。

そんな俺は現在海外出張中だ。
新規事業立ち上げのための視察だそうだ。
もちろん入社1年目の俺は戦力になどならない。
しかるべきキャリアを積み、新規事業のリーダーとなる社員がメイン。
俺は勉強がてらついてきた、いわばおまけみたいな存在だった。

それにしても。
車で移動中の俺は、異国情緒たっぷりな景色を眺めながら暗い気持ちになった。
今回の視察地、タイ。
この国の名を聞くと、今は行方不明になってしまった友人を思い出すからだ。

友人の名は黒子テツヤ。
高校時代は全国制覇を果たすほどのバスケ選手。
事情があって、俺の高校に転校してきて、そこから親しくなった。
そして卒業後は進学も就職もせず、旅に出てしまった。
当面は世界を見て歩きたいなんて、何とも羨ましいことを言って。

あんなに影が薄い男が、海外一人旅なんて大丈夫か?
俺を含めてそう思ったヤツは少なくないだろう。
だけど黒子は結構頻繁に連絡を寄越した。
行く先々の名所の写真を添付して。
案外上手くやってるじゃん。
俺は普通にそう思っていた。

だけどその黒子は突然消息を絶ったのだ。
最後のメッセージに添付されていたのは、タイの風景。
その後メールもメッセージアプリも沈黙した。
こちら側から送ったメッセージにも返信がない。
それが今から2年前の事。
それ以降今日に至るまで、誰もあいつを見ていない。

黒子。お前はこの景色の中にいるのか?
俺は流れる景色を見ながら、心の中で語りかけていた。
でも仮にタイにいたとしても、日本よりも広い。
偶然会える可能性は低い、いやほぼないだろう。

その時突然、車が蛇行し始めた。
だがスピードは落ちず、タイヤが軋んだ悲鳴を上げる。
先輩社員が車を運転するタイ人のガイドに、何やら叫んだ。
どうやらブレーキが効かないらしい。

俺の記憶が鮮明なのは、ここまでだった。
車は結局崖から転落し、俺は意識を飛ばしたらしい。
気付けば、知らない場所で寝ていた。
今まで滞在していた高級ホテルとは対照的。
古くて汚い部屋の、カビくさいベットで俺は目を覚ましたのだ。

大丈夫ですか?比企谷君。
ひどく懐かしい声に呼ばれて、俺はそちらを見る。
ベットの横の椅子に座り、こちらを見ていたのは黒子テツヤだった。
高校時代と同じ、無表情と平坦な声。
その不愛想さえ懐かしい男は、静かに俺を見下ろしていた。

*****

お前、黒子か!?今までどうして!
俺は久しぶりに再会した男に詰め寄る。
だけどそいつは厳しい顔で「それより今は君のことです」と言った。

出張でタイを訪れた俺は、どうやら事故に遭ったらしい。
現地ガイドが運転する車で、先輩社員と視察に出た。
そのときに車が崖から転落したのだ。
俺はそのとき考え事をしていたから、なぜそうなったのかはわからない。
気付けば車はダイブしていたのだった。

そして今に至る。
俺は見知らぬ部屋で寝ていたのだ。
古くて汚くて、何だか嫌なにおいがする。
そして2年前から行方不明になっていた男が、俺を見下ろしていた。

お前、黒子か!?今までどうして!
一気に覚醒した俺はガバッと身を起こした。
事故の衝撃か、身体があちこち痛む。
だけどそれ以上に驚きが強かった。
まさかこんなところで、こいつに再会するなんて。

それより今は君のことです。
そいつ、黒子テツヤは厳しい顔でそう言った。
そしておもむろに脇にあった新聞を取って、俺に差し出した。

それ、今日のです。
黒子にそう言われて、俺は「え?」と声を上げた。
俺の最後の記憶より、1週間ほど進んでいる。
つまりそれくらい俺は意識がなかったということだ。

お察しの通り、事件から1週間経ってます。
黒子は俺の考えを肯定するようにそう言った。
懐かしい無表情と平坦な声。
だがすぐに違和感を覚えた。
曰く黒子はあの事故を「事件」と言った。
だが黒子は無表情のまま、別の新聞を取り出した。

これが1週間前の新聞です。
日本人のツーリストが崖から転落。
記事はほんの数行で、完全に事故扱いです。

またしても黒子は引っかかることを言う。
俺は「ツーリスト?」と聞き返した。
俺たちは旅行者ではなく、仕事でここに来ていたはずなのだ。
それを口にすると、黒子は「ますます変です」と言った。

どういうことだ?
俺は混乱しながら、黒子を見た。
エアコンもない蒸し暑い部屋で、冷や汗が出る。
そして不吉ものを感じて、悪寒がした。

黒子はそんな俺を見て、小さく息をついた。
俺を気遣って、言葉を選んでくれているようだ。
だけど俺は「はっきり言ってくれ」と言った。
どんな言葉を使おうと、認識しなければならない事実は変わらない。

この辺りにビジネスで来る外国人なんていません。
ここロアナプラは、別名「犯罪都市」と言われています。
治安は最悪、裏社会のマフィアや金さえ出せば何でもする荒事師が大勢います。
真っ当な人は、ここでビジネスを始めようなんて思いません。

黒子にきっぱりと断言されて、俺は絶句した。
待てよ。俺たちはビジネスを始めるための視察で来たはず。
それにロアナプラだって?
俺たちの目的地はそんな場所ではなかったぞ。

黒子はそんな俺の表情を読んだのだろう。
静かに首を振り「ここはロアナプラです」と言った。
俺は「一緒にいた2人はどうした?」と聞いた。
我ながら冷たいよな。
まず先輩社員と、現地ガイドの安否を聞くべきだった。

黒子は一瞬黙り込んだ。
そしてかすかに眉を寄せ、無表情だった目に感情を浮かべる。
これは同情、そして憐憫だ。
あの無表情な黒子が、俺を憐れんでいる。

比企谷君と同じ車に乗っていた2人は即死だったそうです。
タイ人のガイドはもう葬儀を終えていると思います。
日本人の方の御遺体は、すでに日本に移送されています。

あまりのことに、またしても絶句した。
即死。葬儀。御遺体。
残酷だが現実味がなくて、涙すら出ない。
黒子はそんな俺を見ながら、一瞬困惑したような表情になる。
だけど意を決したようにすっと息を吸い込んだ。

ちなみに君も死んだことになっています。
遺体は見つからなかったけれど、生存は絶望的。
当局は捜索を打ち切ったそうです。

黒子は淡々と、実に淡々とそう言った。
俺は「は?」と間抜けな声を上げるしかなかった。
死んだことになってる。俺が?
だったらすぐに日本に連絡して、生きていると知らせなければ。
だけど黒子の顔を見て、俺は事態はそんなに簡単ではないと悟った。

お前はさっき「事件」って言った。
つまりこれは事故じゃなくて、殺人事件だと思ってるんだな?

俺は静かにそう聞いた。
黒子は「ふぅ」と息をつくと「さすがですね」と言った。
この状況下でもなんとか冷静を保ってる俺への賛辞らしい。
実際はいろいろ現実離れしすぎてて、取り乱す余裕さえないだけだけど。

お前の考え、聞かせてくれ。
俺は黒子にそう言った。
黒子は唇をかすかに緩ませながら、頷く。
そういえば行方不明のこいつが何でここにいるのかを聞きそびれた。
だけど今はまず自分の状況を理解するのが、先決だ。

*****

よぉ。クラッカー!
ドアが乱暴に開けられ、陽気な声が響く。
そして現れたのは、典型的な日本人の青年とガラの悪い美女だった。

タイ出張中に事故に遭った俺。
でも意識が戻ってから、驚きっぱなしだ。
病院とは到底思えない部屋で寝ていたこと。
すでに事故から一週間が経過していたこと。
そして行方不明だった友人と再会したことも。
でも人間って、驚き過ぎると逆に反応できないんだな。
逆にひどく冷静な気分になるから、不思議なものだ。

お前の考え、聞かせてくれ。
俺は久しぶりに再会した友人、黒子にそう言った。
いろいろ疑問はある。
むしろ頭の中には「?」しかない状態だ。
こういうときは1つ1つ明らかにしていくしかない。
だから一番気になることを聞いたんだ。

黒子は俺が巻き込まれたこの件を、事故ではなく事件と言った。
それは黒子が俺以上の情報を持っていることを意味する。
とりあえず持っている手札を見せてもらえるとありがたい。
俺は今のところ、カードすら配られていない状態なんだから。

だけど黒子は「もう少しお待ちください」と言い出した。
ここへきて、焦らすのか?
不満な気持ちが顔に出たらしい。
黒子はかすかに苦笑しながら「30分もかからないです」と言う。
その声に反応したように、ひどく乱暴な足音が聞こえた。
廊下を踏み抜く勢いの足音は、確実にこちらに近づいている。

情報が来たみたいです。
ロックさんだけでよかったのに、レヴィさんも一緒か。

黒子は足音だけで、来訪者を見抜いたらしい。
するとノックもなしに乱暴にドアが開かれた。
まず顔を出したのは、髪をポニーテールに束ねた美女だ。
へそ出しダンクトップにショートパンツ姿で、惜しみなくスタイルの良さを披露している。
でも両肩に下げてるの、銃だよな?

次に入って来たのは、典型的なサラリーマンって感じの男だった。
上着こそ来ていないけど、ワイシャツにネクタイ姿。
イケメンではないけれど、優しい顔立ち。
普通に日本にいそうな感じで、だからこそこの場には不似合いだ。

よぉ。クラッカー!
女性の方が、黒子に声をかけた。
すると黒子が「クラッカーはボクのことです」と苦笑する。
そして「黒子って発音しにくいらしいくて」と補足した。

それを聞いた俺は「日本人じゃないんだ」と思った。
見た感じは日本人なんだけどな。
まぁ日本人、韓国人、中国人はパッと見ではわからんことも多いし。
そんな風に納得した俺は、だからこそ男に話しかけられて驚いた。

具合はどう?大丈夫?
男は実に流暢な日本語でそう聞いてきたのだ。
黒子が「彼女は中国系のアメリカ人、彼は日本人です」と教えてくれる。
俺は「へぇ」と頷きながら、男の方に向き直った。

おかげさまで身体の方は悪くないです。
だけど頭はかなり混乱しています。

俺は男にそう答えた。
すると男は「なるほど。そうだろうね」と頷く。
そして礼儀正しく「俺は岡島。ここではロックって呼ばれてる」と名乗った。
さらに露出過多の美人を手で示して「彼女はレヴィ」と教えてくれた。

ロックさん、それでどうでした?
黒子がロックという男にそう聞いた。
ロックは部屋の隅に置かれた椅子を持ってくると、黒子の隣に腰を下ろす。
ちなみにレヴィという美人は立ったまま、壁に寄りかかっていた。

黒子君の依頼通り、ここからわかる限りの情報を集めたよ。
ベニーにも手伝ってもらった。
日本の関係者と直接会ったわけではないから、推測で埋める部分もある。
だけどそんなに間違えてはいないと思うよ。

ロックはまるで俺を見ながら、そう言った。
黒子が「ベニーさんは凄腕のハッカーです」と補足してくれる。
俺は「へぇ」と頷きながら、ロックの言葉を待った。
いったい何が起こったのか、ついに真実が聞ける。

比企谷八幡君。
君と君の同僚は会社の金を横領して、逃げたことになっている。
そして辿り着いたこの国で、事故死したってね。
ネット上では君たちは完全に悪役で「バチが当たった」なんて言われてる。

ロックは穏やかな口調で、とんでもないことを言った。
俺は思わず「ハァァ!?」と絶叫し、その拍子に身体のあちこちが痛んだ。
どうやら事故、いや事件のダメージは残っているらしい。
だけど今はそれどころじゃない。

横領?俺が?何で!
俺は猛然と抗議の声を上げた。
ロックは困惑と同情が入り混じったような微妙な表情になる。
日本語がわからないレヴィは、かすかに首を傾げただけだ。
すると黒子が無表情のまま、静かに口を開いた。

簡単に言うと比企谷君。君は嵌められたんですよ。
黒子はあっさりと衝撃的なことを言った。
嵌められた?誰が、何のために俺を。
俺は激しく動揺し、混乱する。
そんな俺に、黒子はあくまでも冷静だった。

比企谷君。ここから先はつらい話になります。
もしきつければ、今日はここまでにしますけど。

黒子は淡々と話を進める。
俺はそんな黒子を真っ直ぐに見ながら「今、聞くよ」と答えた。
先延ばしにしたって、仕方ない。
俺は俺の身に何が起こったのか、知らなければならないのだ。

【続く】
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