「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【比企谷八幡は自由に憧れ、自由に生きる者を羨ましいと思う。】
「結局、お前らってその程度なんだな。」
俺はバスケ部の面々を見渡しながら、嘲笑している顔を作った。
こういうとき暖かい言葉をかけるのは苦手。
っていうか、俺には無理なことなのだ。
放課後の体育館に、思わぬゲストが現れた。
高校バスケ界の超人気選手。
キセキの世代の1人、青峰大輝だ。
さすがスーパースター、オーラが違う。
例えば俺のクラスメイトの葉山隼人だって、クラスではスターだ。
だが青峰の絶対的な存在感からすれば、足元にも及ばないだろう。
後で聞いたところによると、黒子の主目的は青峰ではなかった。
一緒に現れた桃色美少女は、情報戦のスペシャリストだそうだ。
彼女が持っているデータが本命で、青峰はついでだったらしい。
でも青峰はそこにいるだけで、とにかく無駄に目立った。
「早速ですが、ちょっと練習相手をお願いします。」
黒子は青峰にそう命じた。
お願いでもお伺いでもなく、命令だ。
影の薄い男の不遜な態度に、俺は驚く。
だがあっさりとそれに従う青峰には、さらに驚いた。
だけどそれすら単なるフリだった。
俺は実際の対戦を見て、驚くどころじゃない衝撃を受けた。
バスケ部対青峰、黒子の変則マッチ。
だけど人数のハンデなど、まったく関係なかった。
2人は圧倒的な実力で、バスケ部を叩きのめした。
バスケ部は1点も取ることができずに、終えたのである。
正直なところ、青峰は凄すぎてよくわからなかった。
並外れたスピードとパワー、そして高度なテクニックによるものだろう。
とにかく気付けばマークしている選手を抜いて、シュートを決めているのだ。
だけど黒子の凄さは、俺にもわかった。
青峰の動きに完全に合わせて、パスを回してサポートする。
これがキセキの世代、幻の六人目(シックスマン)。
影に徹して、青峰の力を最大限に生かしていた。
「今日はありがとうございました。」
変則マッチが終わり、データも受け取った黒子は桃色美少女に小さな箱を差し出した。
中身は千葉名物、落花生の詰め合わせ。
黒子に相談され、俺がアドバイスした手土産だ。
かくして黒子が呼んだ最初の刺客(?)は帰って行った。
その日の終わりに、俺はバスケ部の部室に向かう。
予想通り、打ちのめされたバスケ部員たちの空気は重い。
部室の前まで来ると、ネガティブな会話が聞こえてきた。
「あんなの、倒せるわけないじゃん。」
「やっぱり無理だよ。」
「俺、もうやめようかな。」
予想通りの落ち込みに、俺は苦笑しながら部室のドアを開けた。
ノックも声掛けもなしに現れた俺に、部員たちは間抜けヅラ。
だけど知ったこっちゃない。
俺は容赦なく「よぉ。負け犬」と言い放った。
途端に部員たちが「何だと?」「ふざけんな!」といきり立つ。
だけど俺はお構いなしに喋り続けた。
「全国制覇を謳った時点で、キセキの世代を倒すのは織り込み済みじゃねーの?」
「君はバスケ部じゃないから、簡単に言えるんだ!」
「そうだよ。実際に試合してないんだからな。」
ブウブウ言うバスケ部員たちを見回すと、俺は「フン」と鼻で笑った。
もし俺が葉山隼人なら、心揺さぶる暑苦しいことを言っただろう。
でも俺はヤツじゃないし、そういうキャラじゃない。
だからせいぜい憎らしくなるように唇を歪めて、言ってやった。
「結局、お前らってその程度なんだな。」
凍り付いたようにシンとなる部員たちを置き去りにして、俺はバスケ部の部室を出た。
黒子の頑張りに敬意を表した俺なりのエールだ。
とはいえ、ここで奮起するかどうかはヤツら次第だが。
だがその翌日、バスケ部は全員揃った。
チラチラと俺を睨んでくるところを見ると、どうやら俺への怒りが原動力となったらしい。
俺はそれでいいのかって?別に構わない。
憎まれても、誰に知られることがなくても良いと思っていたのだが。
「本当にすみません。」
黒子は俺に頭を下げた。
どうやら俺が何をしたのか、知ってるらしい。
誰かから聞いたはずもないから、おそらく部室でのやり取りを聞いていたんだろう。
影が薄いから、まったく気づかなかった。
だけど俺はこの件に関しては、黙秘を続けた。
黒子のバスケの第二章は、始まったばかり。
俺はそれを特等席で見物することに決めていた。
*****
「嫌です」
黒子は見事なまでにきっぱりとぶった切った。
クラスが静まり返ったが、当の本人はいつもの無表情。
その動じない振る舞いは妙に眩しく、俺は内心羨ましいと思っていた。
黒子の指示の下、バスケ部は練習を重ねていた。
普段の練習は、黒子の前の学校の先輩たちが交代で見に来てくれる。
土日は黒子の人脈を駆使し、他校に出向いて練習試合だそうだ。
はっきり言って、全国制覇なんて現実味のない夢物語だろう。
だけどバスケ部が当初に比べて、かなりレベルアップしているのも事実だと思う。
「ひとまずありがとうございました。」
黒子は俺たち奉仕部に頭を下げた。
桃色美少女が持ち込んだデータ解析を終え、とりあえずお役御免だそうだ。
とはいえ「また何かあれば手伝ってください」とのこと。
つまりそのうちにまた手伝わされるってことだろう。
この短い間に、黒子の人使いの荒さは思い知ったからな。
何しろ奉仕部だけでなく、先輩やキセキの世代まで使い倒しているんだし。
だが俺は、毎日体育館に通っていた。
バスケ部の練習が始まる時間に顔を出す。
そして黒子に「何かすることあるか?」と聞くのだ。
黒子は毎回「ありがとうございます」と律儀に頭を下げる。
実際、することはない。
黒子の先輩が来ることになって、手は足りてるからな。
それでも必要なときは、事前に声をかけてくるからだ。
こんなことをするのは、一応俺なりの責任感だ。
俺は青峰と対戦し、心を折られたバスケ部の脱落を阻止した。
これは手柄じゃない。むしろ罪だ。
ヤツらをバスケ部に縛り付けて、逃げられなくしたんだから。
だからこうして憎まれ役を続けている。
練習開始の前に顔を出して、圧力をかけるのだ。
脱落したら、大いに笑ってやるぞってな。
そんな中、夏の大会の組み合わせが決まった。
うちの初戦の相手は全国クラスではないが、ベスト8の常連校だそうだ。
部員たちは「マジか」「強いトコじゃん」と顔をしかめている。
だが黒子は「ラッキーですね」と言いやがった。
「よかったです。ある程度強いところならデータも揃ってますから」
黒子は無表情、いや心持ちドヤ顔でそう言い放った。
確かに強いところほど、公式戦の試合動画とか多いからな。
それにしたって、何ともまぁ頼もしい。
黒子の戦い方がどこまで通用するのか、俺としても大いに興味がある。
そして初戦まであと1週間というところで、事件は起こった。
朝、登校してきた黒子にクラスの男子生徒が声をかけた。
葉山グループの金髪チャラ男、戸部だ。
ヤツはヘラヘラ笑いながら「黒子君、ちょっといいスか~?」とスマホを手に近づいた。
「お願いがあるんすけど」
戸部はスマホを操作しながら、そう言った。
ちなみに俺は黒子と完全なタメ口で話している。
雪ノ下もそうだし、バスケ部の2年もそんな感じだ。
だがクラスメイトたちは戸部のように、微妙な敬語で話していた。
一応同じ学年になったとはいえ、こいつは1つ年上だからな。
「一緒に写真、撮らしてもらっていいすか?」
戸部は黒子の返事を待たずに、もうスマホを構えている。
俺はその様子を背中越しに聞きながら、心の中で悪態をついた。
おそらくツーショットの写真をSNSにでも載せるんだろう。
黒子はまぁある意味有名人だし、話題にはなる。
そのためにさほど親しくない黒子に声をかける度胸は、ある意味尊敬モノだが。
そんなにしてまで、ネットで目立ちたいのかね。
黒子はそんな戸部の思惑に気付いているか。
いや気付かないわけないよな。
なにしろ他人の行動や心を読むのが、得意なんだから。
だけど自分には無頓着なヤツだし、写真を撮るくらいなら応じるだろう。
そんな俺の予測を裏切るように、黒子は「嫌です」と切り捨てた。
「はぁ、何で?」
もうすっかり撮る気満々、カメラを起動させていた戸部の声が裏返った。
だが黒子は「それはこちらのセリフです」と応じる。
そしていつもの無表情で戸部を見据えると、首を傾げた。
「何でほとんど喋ったことのないボクと写真を撮りたいんですか?」
「へ?ええと、それは」
そんな正論で返されると思わなかったのだろう。
戸部はオロオロと言葉に詰まる。
いつの間にかクラスから、他の会話が消えていた。
居合わせた全員が、この2人を見ている。
だがここで立ち上がったのは、もちろんあの男。
我らのクラスの人気者、葉山隼人君だ。
「まぁまぁ黒子君。友達なら写真くらいいいんじゃない?」
「挨拶しかしたことがない人を、ボクは友達とは言いません。」
「じゃあ同じクラスの仲間なんだし」
「ことわっているのに強要してくる人を、ボクは仲間と呼びません。」
「そんな風に角を立てたりしないで、常識の範囲内でさ」
「許可を得る前にカメラを起動させてるのは、ボクの常識の範囲外です。」
何とか穏便に済ませようとする葉山に、黒子は見事な正論で返した。
いつの間にか俺の横に立ってた由比ヶ浜が「写真くらいいいのにね」などと言う。
おそらく由比ヶ浜の方が多数派だろう。
だけど俺は黒子の見事なまでの拒絶っぷりに、拍手を送りたい気分だった。
ふと思い出すのは、青峰と組んでバスケをしていた黒子の姿だ。
真剣にバスケに取り組んだからこそ、あんなプレイができたのだ。
裏を返せばバスケが一番で、それ以外は二の次。
だから自分の思い通りの物言いができるし、振る舞える。
悪目立ちしないようにとか、周りと合わせようとか、そういう発想がないんだ。
何だかんだで青春してる。これもリア充かね。
何事もない顔で席につく黒子に、俺の心はチクリと痛んだ。
羨ましいんじゃないからな。
いや、嘘です。
そんな自由な生き方、すごくすごく羨ましい。
*****
「黒子っち~♪久しぶりっす!」
黄色い男が人懐っこい大型犬よろしく駆け寄って来る。
だが当の黒子は冷やかに「そういうの、いいんで」といなした。
放課後、俺はいつもの通りに体育館に来ていた。
大会まであと少し、バスケ部は初戦の相手に絞った練習をしていた。
相手校のレギュラーメンバーは、全員チェック済み。
入念に作戦を立て、それに合わせたコンビネーションの確認に余念がない。
俺は体育館の随所にカメラをセットしていた。
部員それぞれの動きをチェックするためだ。
闇雲に練習するのではなく、弱点を炙り出して補強する。
効率的に最短で強くなる道を、黒子は常に模索している。
「遅いですね。」
そろそろ練習開始の時間、黒子は体育館の時計を睨みながらそう言った。
俺は意味がわからず「は?」と聞き返す。
だが黒子が何も答えないうちに、体育館の外から女子生徒の声が響いた。
それは「きゃ~♪」と甲高い、いわゆる黄色い声というヤツだ。
しかも1人や2人じゃなくかなりの人数で、はっきり言ってうるさい。
「あ、来たみたいですね。」
黒子は1人頷くと、体育館のドアに向かう。
そしておもむろにドアを開けた瞬間、1人の男が現れた。
どこか戸部を思わせるチャラさと、葉山を思わせる無駄な爽やかさ。
だがヤツらより数段強いオーラをまとった黄色い男。
「黒子っち~♪久しぶりっす!」
黄色い男は黒子を見つけるなり、駆け寄った。
その姿はさながら人懐っこい大型犬。
ゴールデンレトリバーとか?そんな感じ。
「黄瀬君。そういうの、いいんで」
黒子はあっさりと男をいなす。
だが黒子が呼んだその名を聞いて「あ!」と声を上げた。
キセキの世代の1人、黄瀬涼太だ。
体育館のドアの前には、女子生徒が群がっている。
そうか、こいつ確かモデルもやってるんだっけ。
「黄瀬君、久しぶり~♪」
「相変わらずモテるなぁ」
「リコさん、どうも。日向さんも」
黄瀬が黒子の先輩たちと挨拶している。
なるほど。そうだよな。
何回も対戦してるんだろうし、顔見知りだろう。
だけど挨拶もそこそこに、黄瀬は着替えて、アップを始めた。
「黄瀬君、お願いしてた件ですけど」
「わかってますって。動画をちゃんと見てきたっすよ。」
「すみません。色々無理を言って」
「何言ってるんすか。黒子っちのためなら、これくらい!」
黒子と黄瀬の話を聞きながら、俺は首を傾げた。
わざわ試合直前のこのタイミングで、黄瀬を呼んだ。
それには明確な目的があり、黄瀬も了解済のようだが。
「それじゃ練習、始めるわよ!」
黒子の先輩であるリコさんの一声で、部員たちは中央に集まる。
早速行われるのは黒子の先輩&黄瀬チーム対バスケ部の試合のようだ。
俺はコートの外から見守る黒子の隣に立って、見物することにした。
試合が始まった俺は、黄瀬のプレイに目を奪われた。
それは華麗なプレイなどではない。
俺もデータ整理に関わっていたからわかる。
うちのバスケ部と初戦で当たるチームのエース。
黄瀬はそいつの動きを完璧にコピーしていたのだ。
「これが彼の特技なんです。」
驚く俺に黒子が説明してくれる。
俺は「なるほど」と頷く。
こりゃなかなかのスキルだな。
「キセキの世代のコピーもできるのか?」
俺はふと思いついて、そう聞いてみる。
黒子は事もなげに「できますよ」と答えた。
え、マジでできちゃうの?それって無敵じゃん。
だけど黒子って昔、そんな黄瀬にも勝ってるんだよな?
「でもさ、あいつは大会前にこんなところに来てていいのか?」
俺は黄瀬のプレイを目で追いながら、素朴な疑問を口にした。
確か黄瀬は神奈川の高校のバスケ部員だ。
うち同様、大会前の追い込み時期だと思うんだが。
「あいつって。一応君からすれば年上の先輩ですよ。」
黒子に窘められて、俺は「あ、そっか」と思った。
そうだよな。黒子は年上だけど同じクラスだからタメ口。
その黒子と普通に喋る青峰や黄瀬が先輩って、どうしても忘れがちになるな。
「で、本題に戻しますが」
「ああ。」
「黄瀬君も大会前だし、本来は千葉なんかに来てる場合じゃないですよ。」
千葉なんかってフレーズにはムカつくけど、とりあえずスルーだ。
飲み込んだうえで「いいのかよ」と聞いてみる。
すると黒子は「なりふり構ってられないので」と答えた。
「みんなケガをしたボクを心配してくれてて」
「だろうな」
「ここでバスケに関わり始めたことを喜んでくれてて」
「それもわかる。」
「ボクはそんな気持ちを利用して、来てもらってるんです。」
俺は隣に立つ黒子を見た。
試合を見ている黒子は、こちらを振り返りはしない。
いつも通りの無表情な横顔は、何だか少し寂しそうに見えた。
みんな黒子のことを心配していた。
だから黒子がここで頑張っていることを知って、少々無理をしても手を貸してくれる。
黒子としては、そんなみんなの厚意を利用しているようで苦しいんだろう。
だけどそれもすべて飲み込んで、うちのバスケ部のために動いている。
「してぇな。全国制覇」
俺は黒子のしていることを、肯定も否定もしない。
ただうちのバスケ部が勝ち進むのを見たいと思う。
だからその気持ちを素直に口にした。
「するんですよ。全国制覇」
黒子は試合の流れを目で追いながら、そう答えた。
俺はもう1度、その横顔を見る。
今度はさっきとは違う、どこか誇らしい表情だ。
きっと全国の頂点に狙いを定めているんだろう。
【続く】
「結局、お前らってその程度なんだな。」
俺はバスケ部の面々を見渡しながら、嘲笑している顔を作った。
こういうとき暖かい言葉をかけるのは苦手。
っていうか、俺には無理なことなのだ。
放課後の体育館に、思わぬゲストが現れた。
高校バスケ界の超人気選手。
キセキの世代の1人、青峰大輝だ。
さすがスーパースター、オーラが違う。
例えば俺のクラスメイトの葉山隼人だって、クラスではスターだ。
だが青峰の絶対的な存在感からすれば、足元にも及ばないだろう。
後で聞いたところによると、黒子の主目的は青峰ではなかった。
一緒に現れた桃色美少女は、情報戦のスペシャリストだそうだ。
彼女が持っているデータが本命で、青峰はついでだったらしい。
でも青峰はそこにいるだけで、とにかく無駄に目立った。
「早速ですが、ちょっと練習相手をお願いします。」
黒子は青峰にそう命じた。
お願いでもお伺いでもなく、命令だ。
影の薄い男の不遜な態度に、俺は驚く。
だがあっさりとそれに従う青峰には、さらに驚いた。
だけどそれすら単なるフリだった。
俺は実際の対戦を見て、驚くどころじゃない衝撃を受けた。
バスケ部対青峰、黒子の変則マッチ。
だけど人数のハンデなど、まったく関係なかった。
2人は圧倒的な実力で、バスケ部を叩きのめした。
バスケ部は1点も取ることができずに、終えたのである。
正直なところ、青峰は凄すぎてよくわからなかった。
並外れたスピードとパワー、そして高度なテクニックによるものだろう。
とにかく気付けばマークしている選手を抜いて、シュートを決めているのだ。
だけど黒子の凄さは、俺にもわかった。
青峰の動きに完全に合わせて、パスを回してサポートする。
これがキセキの世代、幻の六人目(シックスマン)。
影に徹して、青峰の力を最大限に生かしていた。
「今日はありがとうございました。」
変則マッチが終わり、データも受け取った黒子は桃色美少女に小さな箱を差し出した。
中身は千葉名物、落花生の詰め合わせ。
黒子に相談され、俺がアドバイスした手土産だ。
かくして黒子が呼んだ最初の刺客(?)は帰って行った。
その日の終わりに、俺はバスケ部の部室に向かう。
予想通り、打ちのめされたバスケ部員たちの空気は重い。
部室の前まで来ると、ネガティブな会話が聞こえてきた。
「あんなの、倒せるわけないじゃん。」
「やっぱり無理だよ。」
「俺、もうやめようかな。」
予想通りの落ち込みに、俺は苦笑しながら部室のドアを開けた。
ノックも声掛けもなしに現れた俺に、部員たちは間抜けヅラ。
だけど知ったこっちゃない。
俺は容赦なく「よぉ。負け犬」と言い放った。
途端に部員たちが「何だと?」「ふざけんな!」といきり立つ。
だけど俺はお構いなしに喋り続けた。
「全国制覇を謳った時点で、キセキの世代を倒すのは織り込み済みじゃねーの?」
「君はバスケ部じゃないから、簡単に言えるんだ!」
「そうだよ。実際に試合してないんだからな。」
ブウブウ言うバスケ部員たちを見回すと、俺は「フン」と鼻で笑った。
もし俺が葉山隼人なら、心揺さぶる暑苦しいことを言っただろう。
でも俺はヤツじゃないし、そういうキャラじゃない。
だからせいぜい憎らしくなるように唇を歪めて、言ってやった。
「結局、お前らってその程度なんだな。」
凍り付いたようにシンとなる部員たちを置き去りにして、俺はバスケ部の部室を出た。
黒子の頑張りに敬意を表した俺なりのエールだ。
とはいえ、ここで奮起するかどうかはヤツら次第だが。
だがその翌日、バスケ部は全員揃った。
チラチラと俺を睨んでくるところを見ると、どうやら俺への怒りが原動力となったらしい。
俺はそれでいいのかって?別に構わない。
憎まれても、誰に知られることがなくても良いと思っていたのだが。
「本当にすみません。」
黒子は俺に頭を下げた。
どうやら俺が何をしたのか、知ってるらしい。
誰かから聞いたはずもないから、おそらく部室でのやり取りを聞いていたんだろう。
影が薄いから、まったく気づかなかった。
だけど俺はこの件に関しては、黙秘を続けた。
黒子のバスケの第二章は、始まったばかり。
俺はそれを特等席で見物することに決めていた。
*****
「嫌です」
黒子は見事なまでにきっぱりとぶった切った。
クラスが静まり返ったが、当の本人はいつもの無表情。
その動じない振る舞いは妙に眩しく、俺は内心羨ましいと思っていた。
黒子の指示の下、バスケ部は練習を重ねていた。
普段の練習は、黒子の前の学校の先輩たちが交代で見に来てくれる。
土日は黒子の人脈を駆使し、他校に出向いて練習試合だそうだ。
はっきり言って、全国制覇なんて現実味のない夢物語だろう。
だけどバスケ部が当初に比べて、かなりレベルアップしているのも事実だと思う。
「ひとまずありがとうございました。」
黒子は俺たち奉仕部に頭を下げた。
桃色美少女が持ち込んだデータ解析を終え、とりあえずお役御免だそうだ。
とはいえ「また何かあれば手伝ってください」とのこと。
つまりそのうちにまた手伝わされるってことだろう。
この短い間に、黒子の人使いの荒さは思い知ったからな。
何しろ奉仕部だけでなく、先輩やキセキの世代まで使い倒しているんだし。
だが俺は、毎日体育館に通っていた。
バスケ部の練習が始まる時間に顔を出す。
そして黒子に「何かすることあるか?」と聞くのだ。
黒子は毎回「ありがとうございます」と律儀に頭を下げる。
実際、することはない。
黒子の先輩が来ることになって、手は足りてるからな。
それでも必要なときは、事前に声をかけてくるからだ。
こんなことをするのは、一応俺なりの責任感だ。
俺は青峰と対戦し、心を折られたバスケ部の脱落を阻止した。
これは手柄じゃない。むしろ罪だ。
ヤツらをバスケ部に縛り付けて、逃げられなくしたんだから。
だからこうして憎まれ役を続けている。
練習開始の前に顔を出して、圧力をかけるのだ。
脱落したら、大いに笑ってやるぞってな。
そんな中、夏の大会の組み合わせが決まった。
うちの初戦の相手は全国クラスではないが、ベスト8の常連校だそうだ。
部員たちは「マジか」「強いトコじゃん」と顔をしかめている。
だが黒子は「ラッキーですね」と言いやがった。
「よかったです。ある程度強いところならデータも揃ってますから」
黒子は無表情、いや心持ちドヤ顔でそう言い放った。
確かに強いところほど、公式戦の試合動画とか多いからな。
それにしたって、何ともまぁ頼もしい。
黒子の戦い方がどこまで通用するのか、俺としても大いに興味がある。
そして初戦まであと1週間というところで、事件は起こった。
朝、登校してきた黒子にクラスの男子生徒が声をかけた。
葉山グループの金髪チャラ男、戸部だ。
ヤツはヘラヘラ笑いながら「黒子君、ちょっといいスか~?」とスマホを手に近づいた。
「お願いがあるんすけど」
戸部はスマホを操作しながら、そう言った。
ちなみに俺は黒子と完全なタメ口で話している。
雪ノ下もそうだし、バスケ部の2年もそんな感じだ。
だがクラスメイトたちは戸部のように、微妙な敬語で話していた。
一応同じ学年になったとはいえ、こいつは1つ年上だからな。
「一緒に写真、撮らしてもらっていいすか?」
戸部は黒子の返事を待たずに、もうスマホを構えている。
俺はその様子を背中越しに聞きながら、心の中で悪態をついた。
おそらくツーショットの写真をSNSにでも載せるんだろう。
黒子はまぁある意味有名人だし、話題にはなる。
そのためにさほど親しくない黒子に声をかける度胸は、ある意味尊敬モノだが。
そんなにしてまで、ネットで目立ちたいのかね。
黒子はそんな戸部の思惑に気付いているか。
いや気付かないわけないよな。
なにしろ他人の行動や心を読むのが、得意なんだから。
だけど自分には無頓着なヤツだし、写真を撮るくらいなら応じるだろう。
そんな俺の予測を裏切るように、黒子は「嫌です」と切り捨てた。
「はぁ、何で?」
もうすっかり撮る気満々、カメラを起動させていた戸部の声が裏返った。
だが黒子は「それはこちらのセリフです」と応じる。
そしていつもの無表情で戸部を見据えると、首を傾げた。
「何でほとんど喋ったことのないボクと写真を撮りたいんですか?」
「へ?ええと、それは」
そんな正論で返されると思わなかったのだろう。
戸部はオロオロと言葉に詰まる。
いつの間にかクラスから、他の会話が消えていた。
居合わせた全員が、この2人を見ている。
だがここで立ち上がったのは、もちろんあの男。
我らのクラスの人気者、葉山隼人君だ。
「まぁまぁ黒子君。友達なら写真くらいいいんじゃない?」
「挨拶しかしたことがない人を、ボクは友達とは言いません。」
「じゃあ同じクラスの仲間なんだし」
「ことわっているのに強要してくる人を、ボクは仲間と呼びません。」
「そんな風に角を立てたりしないで、常識の範囲内でさ」
「許可を得る前にカメラを起動させてるのは、ボクの常識の範囲外です。」
何とか穏便に済ませようとする葉山に、黒子は見事な正論で返した。
いつの間にか俺の横に立ってた由比ヶ浜が「写真くらいいいのにね」などと言う。
おそらく由比ヶ浜の方が多数派だろう。
だけど俺は黒子の見事なまでの拒絶っぷりに、拍手を送りたい気分だった。
ふと思い出すのは、青峰と組んでバスケをしていた黒子の姿だ。
真剣にバスケに取り組んだからこそ、あんなプレイができたのだ。
裏を返せばバスケが一番で、それ以外は二の次。
だから自分の思い通りの物言いができるし、振る舞える。
悪目立ちしないようにとか、周りと合わせようとか、そういう発想がないんだ。
何だかんだで青春してる。これもリア充かね。
何事もない顔で席につく黒子に、俺の心はチクリと痛んだ。
羨ましいんじゃないからな。
いや、嘘です。
そんな自由な生き方、すごくすごく羨ましい。
*****
「黒子っち~♪久しぶりっす!」
黄色い男が人懐っこい大型犬よろしく駆け寄って来る。
だが当の黒子は冷やかに「そういうの、いいんで」といなした。
放課後、俺はいつもの通りに体育館に来ていた。
大会まであと少し、バスケ部は初戦の相手に絞った練習をしていた。
相手校のレギュラーメンバーは、全員チェック済み。
入念に作戦を立て、それに合わせたコンビネーションの確認に余念がない。
俺は体育館の随所にカメラをセットしていた。
部員それぞれの動きをチェックするためだ。
闇雲に練習するのではなく、弱点を炙り出して補強する。
効率的に最短で強くなる道を、黒子は常に模索している。
「遅いですね。」
そろそろ練習開始の時間、黒子は体育館の時計を睨みながらそう言った。
俺は意味がわからず「は?」と聞き返す。
だが黒子が何も答えないうちに、体育館の外から女子生徒の声が響いた。
それは「きゃ~♪」と甲高い、いわゆる黄色い声というヤツだ。
しかも1人や2人じゃなくかなりの人数で、はっきり言ってうるさい。
「あ、来たみたいですね。」
黒子は1人頷くと、体育館のドアに向かう。
そしておもむろにドアを開けた瞬間、1人の男が現れた。
どこか戸部を思わせるチャラさと、葉山を思わせる無駄な爽やかさ。
だがヤツらより数段強いオーラをまとった黄色い男。
「黒子っち~♪久しぶりっす!」
黄色い男は黒子を見つけるなり、駆け寄った。
その姿はさながら人懐っこい大型犬。
ゴールデンレトリバーとか?そんな感じ。
「黄瀬君。そういうの、いいんで」
黒子はあっさりと男をいなす。
だが黒子が呼んだその名を聞いて「あ!」と声を上げた。
キセキの世代の1人、黄瀬涼太だ。
体育館のドアの前には、女子生徒が群がっている。
そうか、こいつ確かモデルもやってるんだっけ。
「黄瀬君、久しぶり~♪」
「相変わらずモテるなぁ」
「リコさん、どうも。日向さんも」
黄瀬が黒子の先輩たちと挨拶している。
なるほど。そうだよな。
何回も対戦してるんだろうし、顔見知りだろう。
だけど挨拶もそこそこに、黄瀬は着替えて、アップを始めた。
「黄瀬君、お願いしてた件ですけど」
「わかってますって。動画をちゃんと見てきたっすよ。」
「すみません。色々無理を言って」
「何言ってるんすか。黒子っちのためなら、これくらい!」
黒子と黄瀬の話を聞きながら、俺は首を傾げた。
わざわ試合直前のこのタイミングで、黄瀬を呼んだ。
それには明確な目的があり、黄瀬も了解済のようだが。
「それじゃ練習、始めるわよ!」
黒子の先輩であるリコさんの一声で、部員たちは中央に集まる。
早速行われるのは黒子の先輩&黄瀬チーム対バスケ部の試合のようだ。
俺はコートの外から見守る黒子の隣に立って、見物することにした。
試合が始まった俺は、黄瀬のプレイに目を奪われた。
それは華麗なプレイなどではない。
俺もデータ整理に関わっていたからわかる。
うちのバスケ部と初戦で当たるチームのエース。
黄瀬はそいつの動きを完璧にコピーしていたのだ。
「これが彼の特技なんです。」
驚く俺に黒子が説明してくれる。
俺は「なるほど」と頷く。
こりゃなかなかのスキルだな。
「キセキの世代のコピーもできるのか?」
俺はふと思いついて、そう聞いてみる。
黒子は事もなげに「できますよ」と答えた。
え、マジでできちゃうの?それって無敵じゃん。
だけど黒子って昔、そんな黄瀬にも勝ってるんだよな?
「でもさ、あいつは大会前にこんなところに来てていいのか?」
俺は黄瀬のプレイを目で追いながら、素朴な疑問を口にした。
確か黄瀬は神奈川の高校のバスケ部員だ。
うち同様、大会前の追い込み時期だと思うんだが。
「あいつって。一応君からすれば年上の先輩ですよ。」
黒子に窘められて、俺は「あ、そっか」と思った。
そうだよな。黒子は年上だけど同じクラスだからタメ口。
その黒子と普通に喋る青峰や黄瀬が先輩って、どうしても忘れがちになるな。
「で、本題に戻しますが」
「ああ。」
「黄瀬君も大会前だし、本来は千葉なんかに来てる場合じゃないですよ。」
千葉なんかってフレーズにはムカつくけど、とりあえずスルーだ。
飲み込んだうえで「いいのかよ」と聞いてみる。
すると黒子は「なりふり構ってられないので」と答えた。
「みんなケガをしたボクを心配してくれてて」
「だろうな」
「ここでバスケに関わり始めたことを喜んでくれてて」
「それもわかる。」
「ボクはそんな気持ちを利用して、来てもらってるんです。」
俺は隣に立つ黒子を見た。
試合を見ている黒子は、こちらを振り返りはしない。
いつも通りの無表情な横顔は、何だか少し寂しそうに見えた。
みんな黒子のことを心配していた。
だから黒子がここで頑張っていることを知って、少々無理をしても手を貸してくれる。
黒子としては、そんなみんなの厚意を利用しているようで苦しいんだろう。
だけどそれもすべて飲み込んで、うちのバスケ部のために動いている。
「してぇな。全国制覇」
俺は黒子のしていることを、肯定も否定もしない。
ただうちのバスケ部が勝ち進むのを見たいと思う。
だからその気持ちを素直に口にした。
「するんですよ。全国制覇」
黒子は試合の流れを目で追いながら、そう答えた。
俺はもう1度、その横顔を見る。
今度はさっきとは違う、どこか誇らしい表情だ。
きっと全国の頂点に狙いを定めているんだろう。
【続く】