「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡のラブコメ、高校生編はエピローグを迎えた。】

「まさか。渡米?」
俺は思わず声を上げて、振り返る。
でももう影の薄い男の姿は、煙のように消えていた。

季節が巡るのは、早いもの。
月並みだけど、真実だよな。
暑い夏は過ぎ去り、心地よい秋は一瞬で終わった。
そして冬の寒さが到来。
受験生にとっては、長く厳しく冷たい時期だ。

そう、俺はバリバリの受験生だ。
最新の模試によると、第一志望の大学へ行ける可能性は多分6~7割。
射程圏内ではあるが、安心できるほどではない。
つまり当日まで、必死で勉強しなければならないのだ。

そんなある日、俺は千葉駅前を歩いていた。
正確には千葉駅近くにある、ショッピングビル近くだ。
街はすでにクリスマスモード。
そこここにツリーが飾られ、カラフルな色が溢れている。

俺はポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。
塾の冬期講習まで、まだ少し時間はある。
それなら目的を果たしてしまおう。
そう思った途端、耳元で「比企谷君」と声をかけられる。
俺は「うわ!」と飛び上がりながら、同時に「またか」と肩を落とした。

「ったく。何なんだよ!」
「黒子テツヤです。」
「そりゃ知ってる!何で驚かすんだよ!?」
「普通に話しかけたつもりなんですが」

黒子は相変わらずの無表情のまま、そう言った。
まったくこのパターンで何度飛び上がったことか。
俺の寿命、黒子のおかげで1ヶ月くらいは短くなっている気がする。
とはいえ、当の黒子はこれが通常運転だ。
影が薄いので、気配なく人に近づき驚かしている。
その人たち全員の寿命を足したら、きっと年単位で短くなってんだろ。

「珍しいところで会いますね。お買い物ですか?」
黒子は何事もなかったように、そう聞いてきた。
ショッピングビルの真ん前だからな。
俺は「まぁな」と頷いた。

「クリスマスプレゼントの下見だ。」
「雪ノ下さんと由比ヶ浜さんにですか?」
「ああ。後は家族だ。小町と両親。」
「ご両親にも。すごいですね。」
「受験を応援してくれているからな。」

そう、今年の冬は奮発する予定だった。
いろいろな出会いがあった高校生活、その最後の冬。
お世話になった人たちにプレゼントをする。
そういう意味で、クリスマスってありがたいよな。
感謝とかわざわざ口に出さずに、プレゼントを贈れるんだから。

「そういやお前は?クリスマスどうすんの?」
俺はふと思いついて、そう聞いた。
黒子とは同じクラスで、毎日顔を合わせている。
だけど話をする機会は減った。
まぁ俺も含めて受験組は、もう自分のことで手一杯だからな。

「クリスマスはデータ解析ですね。」
「はぁ?」
「ああ。ウィンターカップの本戦があるので」
「そっか。コーチを続けてるんだもんな。」

受験しない黒子は、未だにバスケ部のコーチを続けている。
その存在はクラスで、いや学年で異色だった。
大多数は受験組、少数派の就職組。
そのほぼ全員が志望を明らかにする中、まったく白紙なのは黒子だけなのだ。

「クリスマスとかは」
「まったく関係ないですね。」
「パーティとか呼ばれねぇの?」
「誘いはありました。赤司君から。」
「行かないのか?」
「ええ。ボクはクリスチャンではないし。」

俺は大いにズッコケた。
今時「クリスチャンじゃない」とか言うかね。
そりゃことわる時の常套句じゃね?
俺だったら、赤司さんに誘われたら速攻でイエスだ。
だってメシとかものすごく豪華そうだし。

「っていうか、お前も買い物?」
俺はふと思いついて、そう聞いた。
アメリカの火神さんにクリスマスプレゼントとか。
だって黒子もこんなショッピングビルに来るイメージないからな。
だが黒子は「まさか」と笑った。

「ボクが用事があったのは、隣のビルです。」
「そうなの?」
「はい。じゃあ。受験勉強頑張ってください。」

黒子は律儀に一礼すると、去っていく。
俺は「ああ」と頷きながら、首を傾げた。
隣のビルって何だっけ?
すれ違いざまにそんなことを考え、ある可能性を思いついてしまった。

千葉県旅券事務所。
隣のビルに入っている会社とかの中に、確かそんな名前があった。
パスポートの申請受付窓口だ。
もしかして黒子はパスポートを取りに来た?

「まさか。渡米?」
俺は思わず声を上げて、振り返る。
でももう影の薄い男の姿は、煙のように消えていた。

*****

「よぉ。ヒッキー!」
灰色の男は明るい声でそう言った。
由比ヶ浜にこう呼ばれることには、もうすっかり慣れた。
でもこの人だと何だか妙に居心地が悪くなるんだよな。

慌ただしく年が明けた。
だけど受験生に正月はない。
ラストスパートの時期だからな。
ただひたすら勉強あるのみである。

ちなみに3学期、3年生はもう授業はない。
いや正確にはあるんだけど、自由参加って感じになってる。
みんな志望校に的を絞って、塾の講習や自宅学習になっていた。

そんな中、俺は律儀に登校していた。
家だとどうしても怠けちまうんだよな。
何しろ俺の家には凶悪なアイテムがあるからさ。
俺の部屋には本や漫画。
そして居間にはテレビとこたつとみかん。
やつらは勉強しようとすると、俺を誘惑する。
そしてその魔の手で俺をからめとろうとするんだ。

え?言い訳するなって?
ああ。わかってるよ。集中しなきゃいけないってな。
だけどさ、漫画とかってホントに魔物だと思わないか?
読んでる場合じゃないってときに限って、読みたくてたまらなくなる。
今は我慢、受験が終わるまで手に取らない。
それだけのことがひどくむずかしいんだ。
この気持ち、わかってくれるだろ?

とにかくそんな誘惑から逃げるように、俺は学校に来ていた。
図書室や空いた教室、そして奉仕部の部室。
誘惑アイテムがない場所はいくらでもあるからな。

この日の俺は奉仕部の部室に行こうと決めていた。
小町たちがいない時間なら、使い放題だ。
何より他の生徒がいないからな。
校門をくぐり、校庭を横切って玄関に向かう。
だがそこで意外な人物と出くわした。

「よぉ。ヒッキー!」
顔馴染みの灰色の男が、チャラく手を振っていた。
俺は「どうも」と軽く会釈しながら、居心地が悪い気分だった。
由比ヶ浜からは何度も呼ばれた、俺のもう1つの愛称。
だけどこの人に呼ばれると、おちょくられてるような感じがするんだよな。

「しっかりバスケ部のコーチ、してるんすね。」
俺は灰色の男、灰崎さんにそう言った。
なぜなら彼はトレーニングウェア姿。
この寒いのに汗をかいているのは、身体を動かしていたからだろう。

「まぁな。来年は俺がメインでコーチをやる。学校と契約を結んだばかりだ。」
「・・・そうなんすか?」
「意外か?」
「ええ。キャラ的に」

俺は本心を隠さずにぶっちゃけた。
実は黒子の卒業と共にいなくなる人って思ってたんだ。
灰崎さんってわかりやすくヤンキーキャラだからさ。
それに今までは黒子のサポート役って感じだったし。
まさかメインでコーチをやるなんて、思わないだろ?

「うちの卒業生でもないのに、思い切ったんすね。」
「まぁな。」
「じゃあ黒子はいなくなるんすか?」
「・・・聞いてないのか?」

灰崎さんは意外そうな顔で、そう言った。
俺は俺で「え?」と驚く。
おそらくかなり間抜けな顔になっていたはずだ。

「黒子、結局どうするんすか?」
「そりゃ本人に聞けよ」
「あいつ、そういう話しないんですよ。」
「だったら余計に俺からは言えないだろ」

もっともなことを言われて、俺は黙るしかなかった。
確かに黒子が喋らないのに、灰崎さんから聞くのも筋違いだ。
ふと思い出すのは、昨年のクリスマス前のこと。
千葉駅近くのショッピングビルの前で、黒子と会った。
あのとき黒子はパスポートを取りに行ったんだろうか?
だとすれば、火神さんのところに行く決心をしたんだろうか?

「ちなみに灰崎さんはいつまでコーチをやるんですか?」
俺は話題を変えた。
すると灰崎さんは「早くてあと1年」と答える。
早くて?
首を傾げた俺に、灰崎さんは「キセキを越えるまでだな」と言った。

灰崎さん曰く、彼の夢はこうだ。
キセキの世代は幻の6人目(シックスマン)まで入れれば6名。
高校は全員別々の学校に進んだ。
そして6人とも全国制覇を成し遂げた。

だけど考えて欲しい。
全国制覇できる大会はインターハイとウィンターカップの年2回。
それを3年間経験するなら、合計6回だ。
それを6人で分けた。
つまり2回全国制覇をした者はいないのだ。

「だから俺はここのバスケ部で2回、全国制覇する。」
灰崎さんはきっぱりとそう言った。
だけどすぐに「なんてな」と苦笑する。
冗談ってこと?
いや違う。これは照れ隠しだ。
俺なんかに野望を語ってしまったのが、恥ずかしいんだろう。

「カッコいいっすね。」
「そうか?」
「はい。卒業してもバスケ部を応援します。」
「その前に受験、頑張れよ。」

灰崎さんが去っていくのを、俺は静かに見送った。
黒子のことは気になるけど、今はそれどころじゃない。
まずは第一志望の大学に合格するため、全力を尽くすだけだ。

*****

「今すぐ、会いたい!」
電話の向こうから、雪ノ下雪乃の声が聞こえる。
いつになく弾んだ声に、俺は「すぐ行く!」と答えていた。

ようやく受験が終わった。
長かったよな。本当に。
一応やれることは全部やったと思う。
じゃあ受かってるか?と問われれば、今1つ自信はなかったけどな。

合格発表までの日々は本当に落ち着かなかった。
実は本命の発表の前に、滑り止めは合格したんだ。
何としても第一志望の大学に行きたい俺には、微妙だった。
いっそ全部ダメだったら、浪人って言える。
だけどなまじ1つ受かっちゃうと迷うよな。

そんな親不孝なことを考えながら、俺は本命の発表日を待った。
当たり前のことだけど、同じ大学を受けた雪ノ下の発表も同じ日だ。
こんなとき、ラブコメならどうなると思う?
2人で大学に行って、寄り添いながら掲示板を見上げる?
それで自分たちの受験番号を見つけて「あった!」って手を取り合って喜ぶ?

残念だけど、そんな感じじゃないんだ。
なぜなら俺らが受けた大学、そういうの廃止しちゃったそうで。
合格発表はネットのみ。
大学のサイトの合格発表システムなるもので確認しなくちゃならない。

だから俺たちはそれぞれの自宅で、確認することにした。
本当は2人だけで見ようかって話も出たんだけどな。
でもやっぱり家族はないがしろにできないだろ。
雪ノ下家の場合は、特にそうだ。

そして俺はイライラとスマホに指を滑らせていた。
大学のサイトはどうやらアクセスが集中しているらしい。
合格発表システムに受験番号を打ち込めば、合否が出る。
だけどその入力画面になかなか辿り着けないのだ。

「お兄ちゃん、眉間にシワ寄ってる。」
小町が冷静にツッコミを入れてきた。
俺は「うるせぇよ」と返す。
わかってるよ。焦っても無駄だ。
少し時間を置いてから、やり直せばいい。

だけど俺はスマホと格闘し続けた。
だってここまで頑張った結果で、将来を左右する一大事。
早く知りたいと思うのは、当然だろ。
それでようやく自分の受験番号を入力したのは、合格発表開始の30分後。
俺は確認ボタンをタップして、結果が返ってくるのを待った。

「お兄ちゃん!どうだった!?」
小町がようやく表示された結果に放心状態の俺に声をかける。
俺は何度も深呼吸すると「あのな」と口を開く。
だけどその瞬間、スマホが鳴った。
発信者は雪ノ下雪乃、その表示を確認すると俺は通話ボタンを押した。

「比企谷君。合格発表を見たわ。」
「俺も見た。」
「今すぐ、会いたい!」
「すぐ行く!」

俺は自分の部屋に向かうと、コートを引っ掴む。
そしてそのポケットに財布とスマホをねじ込むと、家を飛び出した
背後から小町が怒鳴る声が聞こえた。
俺は合格発表システムが教えてくれた結果を怒鳴り返した。
いくら何でも身内にスルーはあんまりだからな。

「比企谷君!」
向かったのは、雪ノ下雪乃のマンション。
雪ノ下はエントランスの前で、待っていた。
俺はその表情を見て、雪ノ下の結果を知った。
雪ノ下も同じだろう。

「合格、おめでとう!」
雪ノ下が俺に向かって、叫んだ。
俺は「そっちもな」と頷く。
そう、俺たちは2人とも合格したんだ。

「雪乃」
「ずるいわ。こんなときだけ下の名前で呼ぶなんて。」
俺は腕を広げると、彼女はごく自然に飛び込んできた。
後から思い出しても、すごく恥ずかしい行為だ。
マンションのエントランス前は普通の道路なんだ。
つまり道行く人たちからは、丸見えだったんだよな。
だけどこの時は箍が外れたみたいに、俺たちは長い時間抱きしめ合っていた。

どうだった?俺のラブコメ。
最後の最後だけちょっとロマンチックだっただろ?
とにかく4月からは同じキャンパスに通う。
これからずっと一緒にいる人生のスタートラインに立ったんだ。

ちなみに由比ヶ浜結衣も第一志望の大学に合格した。
葉山は言わずもがなだな。
他の面々も次々と進路を決めていく。
そして最後の最後、黒子も進むべき道を決めた。
それを聞いた俺は少なからず驚くんだけど、それはまた次回のお話だ。

【続く】
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