「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤの人より長い高校生活も、あと半年で終わりを告げる。】

「ありがとうございました!」
整列した部員たちが、黒子に頭を下げる。
だけど当の黒子には未だ現実味がなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。

9月某日、ウィンターカップ千葉県予選最終日。
黒子はベンチに座り、静かに試合を見守っていた。
ついにやって来た予選最後の試合。
これに勝てば、ウィンターカップに出場できる。
相手は夏のインターハイ千葉代表。
つまり事実上、現在の千葉県ナンバーワンのチームだ。

下馬評では完全に相手校の方が上だ。
全国から優秀な選手を集め、スタッフも設備も充実した強豪校。
しかも伝統的に強い。
普通に考えれば、黒子率いる総武高校に勝ち目はない。

だけど注目度では断然こちらが上だった。
スポーツ特待もなく、環境的にも恵まれていない。
本当に普通の高校が大躍進したのだ。
そしてその原動力がキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。
そのドラマに惹かれたのか、客席は超満員で立ち見客までいた。

でもまだ通過点。
黒子はそんなことを思いながら、チラリと隣を見た。
静かな黒子に比べ、もう1人のコーチ灰崎は盛んに声を上げている。
黒子はそんな様子を横目に見ながら、改めて妙なものだと思う。
ケンカ別れのように離れていた因縁の男と、こうして並んでいるのだから。

第3クォーター終了のブザーが鳴った。
試合はいよいよ終盤。
最終の第4クォーターを残すのみだ。

「ここから先はもう理屈じゃありません。気持ちが強い方が勝ちます。」
「テメーら、気合い入れろよ!」

インターバルで集まっている選手に黒子と灰崎が声をかけた。
試合は大方の予想を裏切り、総武高校がリードしている。
これは黒子が事前に立てた戦略通りだった。
とにかく自力で差があるのだ。
だからスタート直後、相手のエンジンがかかる前に奇襲を仕掛ける。
相手の弱点を巧みについた戦略で、第1クォーターで実に22点リードした。

だけど相手は強者、それで勝てるほど甘くない。
ジリジリと追い上げられている。
第3クォーター終了時点で、リードはもう6点。
点差こそ勝っているが、試合の流れは移りつつあった。

「勝って、ウィンターカップに行きましょう!」
大きな声を出すのは苦手だが、ここは精一杯声を張った。
部員たちが「はい!」と答え、コートに戻っていく。
試合の流れなど関係ない。
試合終了時に1点でも多く点を取っている方が勝ちなのだ。

「何とか逃げ切りたいな。」
第4クォーターが始まるなり、灰崎がそう言った。
黒子は「そうですね」と頷く。
こういうとき、コーチはつらい。
後は選手を信じて、見守るしかできないのだから。

そして第4クォーターが残り3分を切った。
点差は3点。
黒子はグッと拳を握りしめる。
この3分が果てしなく長い。
おそらく相手チームにとっては、短すぎる3分なのだろう。

「守りに入るな!攻めるぞ!」
主将の入生田がチームメイトに向かって、声を張った。
それを聞いた黒子が頷く。
そうだ。リードを守ろうなどと考えたら負ける。
挑戦者らしく、攻めて勝つのだ。

そして残り1分を切った。
点差は1点、かろうじてリードしている。
客席の盛り上がりは最高潮。
応援の掛け声がかき消されるほどの熱狂状態だ。

そして残りが20秒を切った。
ボールは総武高校に渡る。
このままボールを渡さなければ勝ち。
部員たちはみなそう思っただろう。
これはまずいと思った黒子は「慎重に!」と叫んだ。
勝ちが見え始めた途端、人の心は緩むものなのだ。

だけど時すでに遅しだ。
ボールはスティールされて、相手サイドのものになる。
だけどもうラスト10秒を切った。
ゴールまで距離は遠い。

そして最後のブザーが鳴る。
相手校のシューターがそれとほぼ同時にシュートを放った。
普通なら入る距離ではない、ダメ元シュートだ。
だけどそれはまるで引き寄せられるように、リングに入った。
最後の最後で大逆転劇。
それは実にドラマチックで残酷な敗北だった。

「ありがとうございました!」
試合が終わった後、部員たちは黒子の前に整列して頭を下げた。
全員が泣いていたが、どこかすっきりしたような表情をしている。
そんな彼らに会場からは拍手が沸き起こった。
よくやった。よく頑張った。
そんなエールなのだろう。

だけど黒子は反応することなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
全国制覇の夢は、こんなところで終わってしまった。
それがすんなりと頭の中に入っていかなかったのだ。

*****

「まるでヒーローじゃん。」
比企谷が茶化すように、そう言った。
黒子は冷やかに「嫌みですか?」と答える。
息を飲む気配はしたけれど、知ったことではなかった。

試合が終わった後は、嵐のようだった。
押し寄せてきたのは、同じ学校の生徒たちだ。
応援のために、かなりの数の生徒が動員されていたのだ。
黒子は部員たちと共に、応援の生徒たちに向かって頭を下げた。

「よく頑張った!」
「惜しかったぞ!」
「感動した!」

名前も知らない生徒たちから、そんな声がかけられる。
だけど黒子にしたら腹立たしいばかりだ。
試合を見て感動してもらえたのなら、感謝する気持ちはある。
だけどやはりスポーツは勝ってなんぼの世界。
負けたのに褒め称えられたところで、嬉しくはない。

「よぉ」
会場を出たところで、比企谷に声をかけられた。
黒子は「どうも」と応じる。
正直なところ、誰とも話したくない気分ではあった。
それをいつもの無表情で覆い隠している。

「お忙しいところ、わざわざ来てくれてありがとうございます。」
黒子は律儀に頭を下げた。
比企谷の隣には雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
そして後ろには一色いろはと比企谷の妹の小町もいた。

「惜しかったな。」
「負ければ関係ありませんよ。」
「んなこと、ねーよ。みんな『黒子すげぇ』って言ってるぜ?」
「そうですか?」
「まるでヒーローじゃん。」

黒子は冷やかに「嫌みですか?」と答えた。
比企谷を囲む女子たちから、息を飲む気配がする。
だけど知ったことではなかった。
今は「すげぇ」とか「ヒーロー」なんて言われても全然嬉しくない。
なぜなら黒子たちは負けたのだから。

「あ~、コホン!」
比企谷はわざとらしく咳払いをした。
どうやら黒子の今の気分を察してくれたようだ。

「これでついに終わりか。お前の高校バスケも」
「いえ。まだ終わりません。」
「は?そうなのか?」
「卒業まではコーチを続けます。ボクは受験もしないので」

黒子は驚く比企谷に当面の予定を告げる。
そして心の中で「少なくても今のところは」と付け加える。
正直なところ、将来の展望はまったくの白紙だ。
なぜならここで負けるつもりなどなかったからだ。
それを考えるのは年末、ウィンターカップ決勝が終わった後と思っていた。

「そっかぁ。それなら卒業後の進路が決まったら教えてね~♪」
唐突に会話に割り込んできたのは、由比ヶ浜だった。
黒子は「なぜです?」と首を傾げる。
わざわざ進路を教える理由がわからない。
すると由比ヶ浜は「決まってるじゃん!」と笑った。

「盛大にお祝いするためだよ~!」
由比ヶ浜はニッコリ笑って、なぜかVサインだ。
すると小町が「それいいっすね!」と便乗する。
一色に至っては「生徒会行事でやりますか」などと言い出す始末だ。

「俺らも全員進路が決まったら、何かしらお祝いとかするだろうし。」
「ああ。なるほど。」
「とにかく頑張れ。俺らも頑張る。」

比企谷は軽く手を上げると、踵を返した。
女子たちも手を振りながら、それに続く。
黒子は彼らを見送りながら、ホッと息をついた。
高校生活の最後に、お祝い。
とりあえず消えてしまった全国制覇の夢の代わりの小さな目標が出来た。

「残念だったな。」
今度は別の声に呼ばれ、黒子は振り向いた。
立っていたのは、無駄にオーラがある色とりどりの仲間たち。
黒子は思わず「青峰君と桃井さんまで」と声を上げる。
キセキの世代、まさかの全員集合。
しかも渡米した2人までいるとは思わなかったのだが。

「もっと珍しいのがいるぜ。」
青峰が悪戯っぽく笑うと、一番身体が大きい紫原の後ろからもう1人現れた。
やはりアメリカにいるはずの、一番近くて遠い男だ。
黒子は「火神君。君もですか?」と素っ気なく声をかけた。
すると火神はバツが悪そうな顔で「迎えに来た」と告げたのだった。

*****

「ああ。暑い」
他に誰もいない部屋で、黒子は思わずそう呟いた。
まだまだ残暑厳しいこの季節、エアコンを使わないのは本当にきつい。

ウィンターカップ予選が終わった翌日。
黒子は自分の部屋にいた。
もしも本戦出場が決まっていたなら、今日も部活のはずだった。
だけど急遽オフとなった。
ウィンターカップが終わってしまった今、バスケ部の予定は大きく変わった。

まず練習メニューを組み直さなくてはならない。
実戦向けのものではなく、地道に基礎から鍛えるものに。
次の大きな大会は来年なのだ。
そこに向けて、しっかりと実力をつけるのが重要だ。

だがその前にすることがある。
3年生はもう引退なのだ。
引退式をして、新主将を決めて。
そこまで考えた黒子は、思わずため息をついた。
高校生活は、残り半年。
だけどやらなければならないことがたくさんある。

でも今、黒子は自宅にいた。
実家を離れて、1人で暮らす小さなアパート。
黒子はその部屋の掃除をしていたのだ。
掃除機をかけて、床を拭く。
部屋にはあまりものがなく、一見綺麗そうに見える。
だけど掃除をしてみると、結構汚れているのがわかった。
このところバスケに明け暮れ、掃除はサボり気味だったからだ。
残暑厳しい部屋の中で、黒子は汗だくになっていた。

「ああ。暑い」
黒子の口から、思わずそんな言葉が漏れた。
誰かといる時は、必要以外のことはあまり喋らない。
だけどこの部屋に1人でいると、なぜかひとりごとが増えるのだ。
ちなみに黒子はこの部屋のエアコンを使ったことはない。
エアコンの風は涼しいけれど人工的で、あまり好きではないからだ。

「まったく。あのバカガミ」
黒子はタオルで汗を拭きながら、恨みの言葉を吐いた。
昨日のことを思い出したからだ。
試合が終わり、敗退が決まった後。
観戦に来ていたキセキの面々に声をかけられた。
ついこの前、渡米したばかりの青峰と桃井がいたことに驚く。
だがもっと驚いたのは、巨体の紫原の影に隠れるようにして火神がいたことだった。

「迎えに来た。」
火神はそう言った。
だが黒子は「そんなわけないでしょう」とバッサリ斬り捨てた。
火神との約束は、全国制覇だったからだ。
もしも全国制覇を成し遂げたら、火神を追って渡米すると。
こんな中途半端な時に来て「迎え」なんてありえない。

おそらく火神の中では全国制覇など関係なかった。
純粋に黒子との未来を考えてくれているのだろう。
だから「迎え」と言った。
約束が反故になっても、待っているのだと。
そうして手を伸ばしてくれたのだ。

だけど黒子は素直にその手を取れなかった。
未だに火神に腹を立てていたせいもある。
勝手に渡米を決めて、黒子とチームを置いて去って行った。
それが火神の生き方だと割り切ってはいた。
でも気持ちの上で、完全に納得はできていなかった。

だが最大の理由はそれではない。
今の黒子が火神と釣り合わないと思ったからだ。
火神は渡米後もまぁまぁ実績を積んでいる。
だけど黒子はまだ火神と別れた時点よりマイナスなのだ。
事故の後、ようやく学校に戻った。
バスケはできるようになったけれど、選手には戻っていない。
以前のようにプレイできるかどうかの保証もなかった。
そんな状態で火神の横に立てるとは、どうしても思えないのだ。
全国制覇なんて条件をつけたのは、そんな気持ちからだった。

「さぁ。これからどうしよう。」
掃除を終えた黒子は、また呟いた。
声をかけてくれる大学はいくつかあった。
以前声をかけてきたBリーグのチームから再びの勧誘もあった。
それに総武高校からは、正式にコーチにならないかとも言われている。
今は部活感覚、つまり無償でやっている。
だけど卒業後は給料を支払うという。

「ボクは幸せ者ですね。」
黒子はそう呟いて「フフ」と微笑した。
手を差し伸べてくれる人がたくさんいて、その数だけ道がある。
それはとても幸福なことだ。

「とりあえず。おふろも掃除しちゃいましょう。」
黒子はもう1度汗を拭くと、小さな風呂場に向かった。
とりあえず今日はいろいろリフレッシュ。
明日からは高校生活を締めくくるために、黒子はまた走り出す。

【続く】
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