「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤ、咲き誇る色とりどりの花の前でBLについて考える。】
「あ。黒子く~ん♪」
顔馴染みの女子が無駄に明るい笑顔で、ヒラヒラと手を振っている。
だけど黒子はいつもの通り「どうも」と愛想なく応じた。
バスケ部の後期合宿の6日目。
明日は戻るから、実質的には最終日だ。
黒子はこの日、午前中で練習を切り上げた。
そして午後は各自、勉強の時間に当てるようにと指示した。
部員たちからは不満の声が上がった。
大会に向けて、まだまだ練習したいという前向きな意見。
または勉強はしたくないんだけどという後ろ向きな意見も。
だけど黒子は「勉強してください」と一刀両断だ。
おそらくほぼ全員、宿題の類は終わっていないだろう。
それに3年生部員の多くは受験生なのだ。
「それじゃみなさん、頑張ってください。」
練習の最後、黒子はそう締めくくった。
後はもう臨時コーチたちにおまかせだ。
ここには赤司、緑間、相田リコという成績優秀な先輩たちもいる。
なんならそこらの塾より、充実の講師陣と言えるだろう。
そして午後、黒子は合宿会場となっている赤司邸の敷地内を散策していた。
まだまだ暑さが厳しい夏だが、心地よい。
まるで迷宮のように緑が溢れており、土の木の香りの風が吹き抜けていくからだ。
黒子はその中をゆっくりと歩いていた。
特に目的があるわけではない。
練習やデータチェックに忙しく、せっかくのこんな場所を歩く暇がなかった。
だからこのチャンスを有効利用し、楽しんでいたのである。
歩いているうちに、花壇の前に出た。
ずっと緑ばかりだったのに、一気にカラフルな世界が広がる。
残念なことに、知識のない黒子には花の名前はわからない。
だけど咲き誇る色とりどりの夏の花は美しいと思う。
確か花壇の前にはベンチがあると聞いた。
そこで一休みしようか。
そう思ったところで、黒子は足を止めた。
ベンチにはすでに先客がいたからだ。
「あ。黒子く~ん♪」
先客は無駄に明るい笑顔で、ヒラヒラと手を振っている。
昨年同じクラスだった海老名姫菜だ。
黒子はこの光景を独り占めできなかったことを少しだけ残念に思う。
だけどそんな気持ちをおくびにもださず「どうも」と応じた。
「よかったら、座る~?」
海老名はベンチの片側に寄ると、空いたスペースをポンポンと叩いた。
黒子は「ありがとうございます」と、海老名の隣に腰を下ろす。
よくよく考えてみると、彼女との交流は少なかったと思う。
華やかな葉山グループの輪の中にいて、いつも笑っていたイメージはあるが。
「ちゃんとお礼を言ってなかった。ありがとうね!」
「え?何のお礼ですか?」
「この合宿に入れてもらったからさ。」
「ボクは何もしてないので、感謝は赤司君にしてください。」
お礼の言葉を受けながら、黒子は「あれ?」と思った。
海老名のテンションが妙に高い気がしたからだ。
元々明るいイメージだったけど、それにしても。
だがその理由はすぐに知れた。
「BL好きとしては、すっごく美味しいんだよね~!」
「美味しい、ですか?」
「バスケ部男子の合宿なんて、妄想のネタの宝庫だし」
「はぁ」
「ハヤヒキとかヒキハヤは去年さんざん脳内で楽しんだけど」
いっそ意味不明なら良かったと、黒子はこっそりため息をついた。
だけど残念なことに、本好きの黒子はBL本もチェレンジ経験ありなのだ。
もっともすぐに挫折してしまったけれど。
それでも海老名の言うところの「美味しい」は理解できた。
それにしてもハヤヒキにヒキハヤとは。
葉山と比企谷をカップリングして「攻受」2つの組み合わせを妄想したのか。
黒子としては、想像しただけで背筋が寒くなる。
おそらく当人たちが知ったら、黒子の比ではないだろうが。
だけど他人事でいられるのは、ここまでだった。
「実は青黒とか赤黒も良いと思ってる。」
海老名がとんでもないことを言い出し、黒子は悲鳴を上げそうになった。
青黒は青峰×黒子、赤黒は赤司×黒子だろう。
何とか無表情を装い「ボクはどっちも『受』ですか?」と返す。
海老名はカラカラと笑うと「うん。何かそんな感じ」と答えた。
「ところで海老名さんはどうして1人でここに?」
黒子はついに耐えられなくなり、話題を変えた。
すると海老名の顔からすっと笑いが消える。
もしかしてまずかったのか。
だけど言ってしまったことは、取り消せない。
「ちょっと逃げてきた。優美子が無理に明るく振る舞ってるのがつらくて。」
「三浦さん、ですか」
「うん。昨日の夜、葉山君にフラれたって」
「え?今まで付き合っていたんですか?」
「ううん。優美子が片想いして、葉山君はずっとスルーしてた。」
黒子は思わぬ裏事情を聞き「そうですか」とだけ答えた。
比企谷の周辺では、相変わらずラブコメが飛び交っているようだ。
そんな青春も羨ましいが、黒子には無理だ。
今はバスケ部の全国制覇以上に優先するべきものがないのだから。
*****
「大丈夫ですか?」
思わず黒子の口をついて出たのは、心配の言葉だった。
それほど目の前の光景は意外なものだった。
合宿最後の夜、赤司の別荘は盛り上がっていた。
消灯時間を遅くしたので、部員たちは楽しく談笑している。
元誠凛の先輩たちメインの臨時コーチ組は酒も入っているようだ。
そして比企谷たち受験勉強組は、離れに避難して勉強していた。
黒子はその喧騒から逃げるように、庭に出た。
向かうのは、昼間の散策で海老名と話したあの花壇の前のベンチだ。
今度こそあの場所で1人の時間を楽しもうと思ったのだ。
だけどその場所にはまたしても先客がいた。
しかも意外な組み合わせの2人だ。
「大丈夫ですか?」
黒子は開口一番、そう言ってしまった。
なぜならベンチに座っていたのは、灰崎祥吾と由比ヶ浜結衣だったからだ。
もちろん心配しているのは、由比ヶ浜だけだ。
中学の頃かなりの女好きだった灰崎の前で、由比ヶ浜が無事か確認したかった。
「大丈夫って、何が?」
「そりゃ一方的に俺に失礼だな。」
由比ヶ浜と灰崎の答えが重なるのを聞いて、黒子はホッとした。
だけどいつもの無表情のまま「大丈夫ならいいです」と答える。
すると由比ヶ浜が立ち上がり「あたし、もう戻る」と言い出した。
「話をしていたのなら、ボクが消えますけど」
「いいの。灰崎コーチに聞いてもらって、すっきりした。」
「本当ですか?」
「またしても俺に失礼だろ」
クスリと笑う由比ヶ浜を見て、黒子はようやく安心した。
由比ヶ浜は「それじゃ、おやすみなさい」と一礼し、早足で戻っていく。
黒子はそれを見送りながら、灰崎の隣に腰を下ろした。
「ガハマは気持ちの整理がついたらしいぞ。」
「え?」
「ヒッキーともゆきのんとも、もうわだかまりはないとさ。」
「っていうか、ボクが引っかかったのはそこじゃないんですけど。」
黒子は無表情のまま、文句を言った。
確かに驚いたけれど、ポイントが違う。
灰崎の口から「ガハマ」とか「ヒッキー」とか「ゆきのん」と聞いたからだ。
はっきり言って、ガラじゃない。
もっと言うなら、キモい。
「ゆきのんてのは、あの髪の長い美人だろ?」
「ええ。っていうか知らないで言ってたんですか?」
「ああ。で、ヒッキーってのが意味不明のモテ男。」
「それも当たりです。っていうか昨日の夜、からんでたでしょ。」
「見てたのかよ。」
黒子は並んで喋りながら、不思議なものだと思う。
今、こうして穏やかに灰崎と他人の恋バナに興じていることが。
赤司や緑間、誠凛の先輩たちにもさんざん言われたのだ。
なぜ灰崎をコーチにしたんだ。
今からでもやめた方がいい。
何か問題を起こしてからでは遅いと。
だけど黒子は灰崎と再会した時から確信していた。
灰崎に昔の毒はもうない。
そして高校バスケに未練を持っている。
だからこそ留年して、高校バスケを続ける黒子に会いに来たのだ。
目の奥に隠し切れない情熱を見たから、コーチを依頼した。
「こういうときは女の方が強いよな。男はダメだ。」
「そうですか?」
「ああ。ガハマとゆきのんはもう切り替えてるけど」
「比企谷君はダメですか?」
「だな。だからちょっかいを出したくなるんだ。」
黒子は「なるほど」と頷く。
そして「灰崎君はどうです?」と話題を変えた。
2人きりで話せるチャンスは早々ない。
だからこそここにいない者の話は二の次だ。
「女はいないぞ。」
「そっちじゃないです。」
「・・・感謝してる。」
「え?」
「バスケ部のコーチにしてくれて、感謝してる。」
さすがの黒子も一瞬、呆然と間抜けな顔になった。
どこか照れたような灰崎を、黒子は初めて見たからだ。
だがすぐに「全国制覇、しましょうね」と拳を突き出した。
灰崎は「ハァ?」と文句を言ったが、コツンと拳を重ねてくれた。
「で、お前はどうなんだよ?」
「ボクこそ何もありませんけど。」
「火神のこと、結論は出したのか?」
「いえ。だけど今はバスケ優先なので放置しておきます。」
黒子のきっぱりした答えに、今度は灰崎が間の抜けた顔になる。
だけどすぐに「ハハハ!」と笑う。
そして「お前って男前の女子みたいだな」と言い放った。
男前の女子?
そう言われた黒子は、海老名との話を思い出した。
彼女のBL妄想の中で、黒子は完全に「受」だった。
つまりそういうことなのか。
黒子は盛大にため息をついて、肩を落とした。
灰崎が「どうしたぁ?」とニヤニヤ笑いと共に聞いてくる。
だけど黒子は「教えません」と突っぱねた。
これ以上、BLネタに引っ張られるのはゴメンだ。
*****
「いろいろありがとうございました。」
黒子は感謝と敬意を込めて、頭を下げた。
赤司は「気にするな」と応じるが、やはり尊大さは隠し切れない。
そこで今さらのように凄い男が友人なのだと思い知るのだった。
深夜、黒子は再び赤司邸の敷地内を歩いていた。
食事も終わり、最後の夜の少々ハメを外した騒ぎも終わった。
荷造りなど帰り支度も終わり、後は寝るだけ。
そこで黒子は部屋を抜け出したのだ。
目指すはあの花壇の前のベンチだ。
目的は1つ、あの場所で独り物思いに耽ること。
もはやすでに意地だ。
2回も足を運んだのに先客がいた。
だから3度目の正直、さすがにこの時間なら誰もいないだろう。
だけどその予想は見事に裏切られた。
またしても先客がいたのだ。
だけど文句は言えない。
なぜならベンチに座っていたのは、この別荘の家主。
赤司征十郎だったからだ。
「こんばんは。赤司君」
「やぁ。黒子」
「こんな深夜に何をしてるんですか?」
「それはこっちのセリフでもあるぞ。」
穏やかに微笑され、黒子は「確かに」と頷く。
深夜に徘徊しているのは、こちらも同じだ。
赤司はベンチの端に寄ると「座ったらどうだ?」と言う。
こちらに聞く形ではあるが、有無を言わせぬ響き。
赤司の帝王たる所以だ。
「いろいろありがとうございました。」
黒子は一礼してから、赤司の隣に腰を下ろした。
本当に持つべきものは、強いバックボーンを持つ仲間だ。
臨時コーチになってくれた先輩や友人たちには本当に感謝している。
だけど別荘まで貸してくれた赤司は別格だった。
「ここを提供したことに対する礼か?」
「それも含めていろいろですけど。」
「気にするな。むしろ料理人が喜んでいた。」
「料理人さん、ですか?」
「ああ。うちの家族は外食が多くて仕事が少ないから。」
「そうなんですか?」
「ああ。バスケ部員たちの食事の世話はすごくやりがいがあったそうだ。」
黒子は「そうですか」と頷きながら、内心は「?」だった。
外食が多いのに、料理人がいる家って意味がわからない。
それなら家では出前でいいんじゃないかと思うのだが。
まぁ王様の考えは、庶民にはわからないってことだろう。
「それにしても、よく灰崎を手懐けたな。」
「そんなつもりはないんですが。」
「そうか?見事に戦力にしているじゃないか。」
「何か人聞きが悪いです。」
黒子はやや憮然としながら、実はホッとしていた。
赤司は何だかんだ言って、この合宿中灰崎に何度も声をかけていた。
この男なりに歩み寄っているのだろう。
中学時代、キセキの世代と灰崎は決別した。
だけど灰崎がコーチを引き受けたことで、少しずつだが距離を縮めている。
「赤司君から見て、うちのバスケ部が全国制覇できる確率はどれくらいですか?」
不意に黒子は話題を変え、思い切って聞いてみた。
すると赤司は「1パーセント未満」と即答する。
黒子は「なるほど」と頷いた。
「悲観しないのか?」
「しませんよ。むしろ正直に言ってくれてありがとうございます。」
「それでも挑むんだな。頂点に」
「当たり前です。それが今の目標ですから。」
「1パーセント未満でもか?」
「誠凛が全国制覇したあの年も、下馬評では圧倒的に洛山でした。」
黒子は自分と赤司の対戦を引き合いに出した。
3年前のウィンターカップ、誠凛と洛山の決勝戦だ。
事前の予想は圧倒的に洛山高校だった。
誠凛が勝つ可能性はほぼゼロとまで言われたのだ。
それでも黒子は、そして誠凛は勝って、優勝を決めた。
それを思えば、1パーセント未満は嬉しい数字だ。
可能性がゼロではないのだから。
「頑張れ。お前ならまた奇跡を起こせるかもしれない。」
「奇跡を起こすのはボクじゃなく、うちの部員たちですよ。」
「どちらでもいい。俺も協力は惜しまないよ。」
「ありがとうございます。」
黒子はもう1度感謝の意を示した。
そして再び友人とはありがたいと思う。
だけどそれは赤司の次の言葉で、覆された。
「火黒」
「え?何です?」
「海老名さんだったか?彼女が青黒とか赤黒とか言ってた。」
「いったい誰と何を話してるんですか。」
「ちょっとした合間にな。だから火黒っていうのもあると教えておいた。」
赤司は最後に爆弾を投下すると、静かに席を立った。
そしてヒラヒラと手を振りながら去っていく。
黒子はその後ろ姿を睨みながら「感謝して損した」と呟いた。
何もわざわざ海老名にそんなネタを提供する必要はないだろう。
赤司の姿が完全に見えなくなると、黒子は今度こそ物思いに耽った。
キセキならざるキセキと呼ばれたもう1人の天才、火神大我。
彼のことを考えると、どうしても心が乱れる。
だからこそ思い出さないようにしていたのに、まさかBLネタにされるとは。
黒子はそのまましばらく空を見上げていた。
火神のことは、ウィンターカップが終わるまで考えない。
だから余計な想いは、この花壇の花たちに預かってもらうことにしよう。
【続く】
「あ。黒子く~ん♪」
顔馴染みの女子が無駄に明るい笑顔で、ヒラヒラと手を振っている。
だけど黒子はいつもの通り「どうも」と愛想なく応じた。
バスケ部の後期合宿の6日目。
明日は戻るから、実質的には最終日だ。
黒子はこの日、午前中で練習を切り上げた。
そして午後は各自、勉強の時間に当てるようにと指示した。
部員たちからは不満の声が上がった。
大会に向けて、まだまだ練習したいという前向きな意見。
または勉強はしたくないんだけどという後ろ向きな意見も。
だけど黒子は「勉強してください」と一刀両断だ。
おそらくほぼ全員、宿題の類は終わっていないだろう。
それに3年生部員の多くは受験生なのだ。
「それじゃみなさん、頑張ってください。」
練習の最後、黒子はそう締めくくった。
後はもう臨時コーチたちにおまかせだ。
ここには赤司、緑間、相田リコという成績優秀な先輩たちもいる。
なんならそこらの塾より、充実の講師陣と言えるだろう。
そして午後、黒子は合宿会場となっている赤司邸の敷地内を散策していた。
まだまだ暑さが厳しい夏だが、心地よい。
まるで迷宮のように緑が溢れており、土の木の香りの風が吹き抜けていくからだ。
黒子はその中をゆっくりと歩いていた。
特に目的があるわけではない。
練習やデータチェックに忙しく、せっかくのこんな場所を歩く暇がなかった。
だからこのチャンスを有効利用し、楽しんでいたのである。
歩いているうちに、花壇の前に出た。
ずっと緑ばかりだったのに、一気にカラフルな世界が広がる。
残念なことに、知識のない黒子には花の名前はわからない。
だけど咲き誇る色とりどりの夏の花は美しいと思う。
確か花壇の前にはベンチがあると聞いた。
そこで一休みしようか。
そう思ったところで、黒子は足を止めた。
ベンチにはすでに先客がいたからだ。
「あ。黒子く~ん♪」
先客は無駄に明るい笑顔で、ヒラヒラと手を振っている。
昨年同じクラスだった海老名姫菜だ。
黒子はこの光景を独り占めできなかったことを少しだけ残念に思う。
だけどそんな気持ちをおくびにもださず「どうも」と応じた。
「よかったら、座る~?」
海老名はベンチの片側に寄ると、空いたスペースをポンポンと叩いた。
黒子は「ありがとうございます」と、海老名の隣に腰を下ろす。
よくよく考えてみると、彼女との交流は少なかったと思う。
華やかな葉山グループの輪の中にいて、いつも笑っていたイメージはあるが。
「ちゃんとお礼を言ってなかった。ありがとうね!」
「え?何のお礼ですか?」
「この合宿に入れてもらったからさ。」
「ボクは何もしてないので、感謝は赤司君にしてください。」
お礼の言葉を受けながら、黒子は「あれ?」と思った。
海老名のテンションが妙に高い気がしたからだ。
元々明るいイメージだったけど、それにしても。
だがその理由はすぐに知れた。
「BL好きとしては、すっごく美味しいんだよね~!」
「美味しい、ですか?」
「バスケ部男子の合宿なんて、妄想のネタの宝庫だし」
「はぁ」
「ハヤヒキとかヒキハヤは去年さんざん脳内で楽しんだけど」
いっそ意味不明なら良かったと、黒子はこっそりため息をついた。
だけど残念なことに、本好きの黒子はBL本もチェレンジ経験ありなのだ。
もっともすぐに挫折してしまったけれど。
それでも海老名の言うところの「美味しい」は理解できた。
それにしてもハヤヒキにヒキハヤとは。
葉山と比企谷をカップリングして「攻受」2つの組み合わせを妄想したのか。
黒子としては、想像しただけで背筋が寒くなる。
おそらく当人たちが知ったら、黒子の比ではないだろうが。
だけど他人事でいられるのは、ここまでだった。
「実は青黒とか赤黒も良いと思ってる。」
海老名がとんでもないことを言い出し、黒子は悲鳴を上げそうになった。
青黒は青峰×黒子、赤黒は赤司×黒子だろう。
何とか無表情を装い「ボクはどっちも『受』ですか?」と返す。
海老名はカラカラと笑うと「うん。何かそんな感じ」と答えた。
「ところで海老名さんはどうして1人でここに?」
黒子はついに耐えられなくなり、話題を変えた。
すると海老名の顔からすっと笑いが消える。
もしかしてまずかったのか。
だけど言ってしまったことは、取り消せない。
「ちょっと逃げてきた。優美子が無理に明るく振る舞ってるのがつらくて。」
「三浦さん、ですか」
「うん。昨日の夜、葉山君にフラれたって」
「え?今まで付き合っていたんですか?」
「ううん。優美子が片想いして、葉山君はずっとスルーしてた。」
黒子は思わぬ裏事情を聞き「そうですか」とだけ答えた。
比企谷の周辺では、相変わらずラブコメが飛び交っているようだ。
そんな青春も羨ましいが、黒子には無理だ。
今はバスケ部の全国制覇以上に優先するべきものがないのだから。
*****
「大丈夫ですか?」
思わず黒子の口をついて出たのは、心配の言葉だった。
それほど目の前の光景は意外なものだった。
合宿最後の夜、赤司の別荘は盛り上がっていた。
消灯時間を遅くしたので、部員たちは楽しく談笑している。
元誠凛の先輩たちメインの臨時コーチ組は酒も入っているようだ。
そして比企谷たち受験勉強組は、離れに避難して勉強していた。
黒子はその喧騒から逃げるように、庭に出た。
向かうのは、昼間の散策で海老名と話したあの花壇の前のベンチだ。
今度こそあの場所で1人の時間を楽しもうと思ったのだ。
だけどその場所にはまたしても先客がいた。
しかも意外な組み合わせの2人だ。
「大丈夫ですか?」
黒子は開口一番、そう言ってしまった。
なぜならベンチに座っていたのは、灰崎祥吾と由比ヶ浜結衣だったからだ。
もちろん心配しているのは、由比ヶ浜だけだ。
中学の頃かなりの女好きだった灰崎の前で、由比ヶ浜が無事か確認したかった。
「大丈夫って、何が?」
「そりゃ一方的に俺に失礼だな。」
由比ヶ浜と灰崎の答えが重なるのを聞いて、黒子はホッとした。
だけどいつもの無表情のまま「大丈夫ならいいです」と答える。
すると由比ヶ浜が立ち上がり「あたし、もう戻る」と言い出した。
「話をしていたのなら、ボクが消えますけど」
「いいの。灰崎コーチに聞いてもらって、すっきりした。」
「本当ですか?」
「またしても俺に失礼だろ」
クスリと笑う由比ヶ浜を見て、黒子はようやく安心した。
由比ヶ浜は「それじゃ、おやすみなさい」と一礼し、早足で戻っていく。
黒子はそれを見送りながら、灰崎の隣に腰を下ろした。
「ガハマは気持ちの整理がついたらしいぞ。」
「え?」
「ヒッキーともゆきのんとも、もうわだかまりはないとさ。」
「っていうか、ボクが引っかかったのはそこじゃないんですけど。」
黒子は無表情のまま、文句を言った。
確かに驚いたけれど、ポイントが違う。
灰崎の口から「ガハマ」とか「ヒッキー」とか「ゆきのん」と聞いたからだ。
はっきり言って、ガラじゃない。
もっと言うなら、キモい。
「ゆきのんてのは、あの髪の長い美人だろ?」
「ええ。っていうか知らないで言ってたんですか?」
「ああ。で、ヒッキーってのが意味不明のモテ男。」
「それも当たりです。っていうか昨日の夜、からんでたでしょ。」
「見てたのかよ。」
黒子は並んで喋りながら、不思議なものだと思う。
今、こうして穏やかに灰崎と他人の恋バナに興じていることが。
赤司や緑間、誠凛の先輩たちにもさんざん言われたのだ。
なぜ灰崎をコーチにしたんだ。
今からでもやめた方がいい。
何か問題を起こしてからでは遅いと。
だけど黒子は灰崎と再会した時から確信していた。
灰崎に昔の毒はもうない。
そして高校バスケに未練を持っている。
だからこそ留年して、高校バスケを続ける黒子に会いに来たのだ。
目の奥に隠し切れない情熱を見たから、コーチを依頼した。
「こういうときは女の方が強いよな。男はダメだ。」
「そうですか?」
「ああ。ガハマとゆきのんはもう切り替えてるけど」
「比企谷君はダメですか?」
「だな。だからちょっかいを出したくなるんだ。」
黒子は「なるほど」と頷く。
そして「灰崎君はどうです?」と話題を変えた。
2人きりで話せるチャンスは早々ない。
だからこそここにいない者の話は二の次だ。
「女はいないぞ。」
「そっちじゃないです。」
「・・・感謝してる。」
「え?」
「バスケ部のコーチにしてくれて、感謝してる。」
さすがの黒子も一瞬、呆然と間抜けな顔になった。
どこか照れたような灰崎を、黒子は初めて見たからだ。
だがすぐに「全国制覇、しましょうね」と拳を突き出した。
灰崎は「ハァ?」と文句を言ったが、コツンと拳を重ねてくれた。
「で、お前はどうなんだよ?」
「ボクこそ何もありませんけど。」
「火神のこと、結論は出したのか?」
「いえ。だけど今はバスケ優先なので放置しておきます。」
黒子のきっぱりした答えに、今度は灰崎が間の抜けた顔になる。
だけどすぐに「ハハハ!」と笑う。
そして「お前って男前の女子みたいだな」と言い放った。
男前の女子?
そう言われた黒子は、海老名との話を思い出した。
彼女のBL妄想の中で、黒子は完全に「受」だった。
つまりそういうことなのか。
黒子は盛大にため息をついて、肩を落とした。
灰崎が「どうしたぁ?」とニヤニヤ笑いと共に聞いてくる。
だけど黒子は「教えません」と突っぱねた。
これ以上、BLネタに引っ張られるのはゴメンだ。
*****
「いろいろありがとうございました。」
黒子は感謝と敬意を込めて、頭を下げた。
赤司は「気にするな」と応じるが、やはり尊大さは隠し切れない。
そこで今さらのように凄い男が友人なのだと思い知るのだった。
深夜、黒子は再び赤司邸の敷地内を歩いていた。
食事も終わり、最後の夜の少々ハメを外した騒ぎも終わった。
荷造りなど帰り支度も終わり、後は寝るだけ。
そこで黒子は部屋を抜け出したのだ。
目指すはあの花壇の前のベンチだ。
目的は1つ、あの場所で独り物思いに耽ること。
もはやすでに意地だ。
2回も足を運んだのに先客がいた。
だから3度目の正直、さすがにこの時間なら誰もいないだろう。
だけどその予想は見事に裏切られた。
またしても先客がいたのだ。
だけど文句は言えない。
なぜならベンチに座っていたのは、この別荘の家主。
赤司征十郎だったからだ。
「こんばんは。赤司君」
「やぁ。黒子」
「こんな深夜に何をしてるんですか?」
「それはこっちのセリフでもあるぞ。」
穏やかに微笑され、黒子は「確かに」と頷く。
深夜に徘徊しているのは、こちらも同じだ。
赤司はベンチの端に寄ると「座ったらどうだ?」と言う。
こちらに聞く形ではあるが、有無を言わせぬ響き。
赤司の帝王たる所以だ。
「いろいろありがとうございました。」
黒子は一礼してから、赤司の隣に腰を下ろした。
本当に持つべきものは、強いバックボーンを持つ仲間だ。
臨時コーチになってくれた先輩や友人たちには本当に感謝している。
だけど別荘まで貸してくれた赤司は別格だった。
「ここを提供したことに対する礼か?」
「それも含めていろいろですけど。」
「気にするな。むしろ料理人が喜んでいた。」
「料理人さん、ですか?」
「ああ。うちの家族は外食が多くて仕事が少ないから。」
「そうなんですか?」
「ああ。バスケ部員たちの食事の世話はすごくやりがいがあったそうだ。」
黒子は「そうですか」と頷きながら、内心は「?」だった。
外食が多いのに、料理人がいる家って意味がわからない。
それなら家では出前でいいんじゃないかと思うのだが。
まぁ王様の考えは、庶民にはわからないってことだろう。
「それにしても、よく灰崎を手懐けたな。」
「そんなつもりはないんですが。」
「そうか?見事に戦力にしているじゃないか。」
「何か人聞きが悪いです。」
黒子はやや憮然としながら、実はホッとしていた。
赤司は何だかんだ言って、この合宿中灰崎に何度も声をかけていた。
この男なりに歩み寄っているのだろう。
中学時代、キセキの世代と灰崎は決別した。
だけど灰崎がコーチを引き受けたことで、少しずつだが距離を縮めている。
「赤司君から見て、うちのバスケ部が全国制覇できる確率はどれくらいですか?」
不意に黒子は話題を変え、思い切って聞いてみた。
すると赤司は「1パーセント未満」と即答する。
黒子は「なるほど」と頷いた。
「悲観しないのか?」
「しませんよ。むしろ正直に言ってくれてありがとうございます。」
「それでも挑むんだな。頂点に」
「当たり前です。それが今の目標ですから。」
「1パーセント未満でもか?」
「誠凛が全国制覇したあの年も、下馬評では圧倒的に洛山でした。」
黒子は自分と赤司の対戦を引き合いに出した。
3年前のウィンターカップ、誠凛と洛山の決勝戦だ。
事前の予想は圧倒的に洛山高校だった。
誠凛が勝つ可能性はほぼゼロとまで言われたのだ。
それでも黒子は、そして誠凛は勝って、優勝を決めた。
それを思えば、1パーセント未満は嬉しい数字だ。
可能性がゼロではないのだから。
「頑張れ。お前ならまた奇跡を起こせるかもしれない。」
「奇跡を起こすのはボクじゃなく、うちの部員たちですよ。」
「どちらでもいい。俺も協力は惜しまないよ。」
「ありがとうございます。」
黒子はもう1度感謝の意を示した。
そして再び友人とはありがたいと思う。
だけどそれは赤司の次の言葉で、覆された。
「火黒」
「え?何です?」
「海老名さんだったか?彼女が青黒とか赤黒とか言ってた。」
「いったい誰と何を話してるんですか。」
「ちょっとした合間にな。だから火黒っていうのもあると教えておいた。」
赤司は最後に爆弾を投下すると、静かに席を立った。
そしてヒラヒラと手を振りながら去っていく。
黒子はその後ろ姿を睨みながら「感謝して損した」と呟いた。
何もわざわざ海老名にそんなネタを提供する必要はないだろう。
赤司の姿が完全に見えなくなると、黒子は今度こそ物思いに耽った。
キセキならざるキセキと呼ばれたもう1人の天才、火神大我。
彼のことを考えると、どうしても心が乱れる。
だからこそ思い出さないようにしていたのに、まさかBLネタにされるとは。
黒子はそのまましばらく空を見上げていた。
火神のことは、ウィンターカップが終わるまで考えない。
だから余計な想いは、この花壇の花たちに預かってもらうことにしよう。
【続く】