「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡は迷宮の中、答えを求めて彷徨っている。】

「これ、マジ?」
俺は目の前のそれを見上げて、呆然と呟いた。
赤司さんちの別荘って聞いてたんだけど。
これは庶民がイメージする別荘とは違う。
もはや城だよ。

「よかったら、うちの合宿に来ませんか?」
夏休みも半分以上過ぎた頃、黒子から電話が来た。
いきなりのお誘いに俺としては「?」しかない。
だけど話をよくよく聞いて、理由がわかった。
学校でたまたま黒子と由比ヶ浜が会って、そんな流れになったらしい。

そして黒子はさらに詳細を教えてくれた。
バスケ部の2度目の合宿地は、赤司家の別荘だそうだ。
山間の涼しくて静かで自然豊かな場所にあるとのこと。
もちろんバスケ部とは別行動。
俺たちはそこで受験勉強すれば良いという。

少し迷ったけど、俺はこの提案に乗った。
黒子なら、悪意はないと確信できる。
それに俺としても、気になっていたのだ。
由比ヶ浜と俺たちとの距離感が開いていくような感じがしていたからな。

行くと決まれば、さっさと準備だ。
黒子たちは1週間ほど合宿するそうだが、俺たちはとてもそんなに時間が取れない。
だから最後の3日間だけ便乗することにした。
学力アップよりは、気分転換が目的になるだろう。

「で、なんでこんな人数に?」
いよいよ合宿合流当日、俺は集合場所の駅前でそう言った。
ここから電車で赤司家別荘の最寄り駅まで行く。
そこで赤司さんちの車が迎えに来てくれるそうだ。
本当はここまで迎えに来てくれるって言われたけど、さすがに辞退した。
いくら何でも申し訳ないよな、それ。

で、話を戻すと、集合場所な。
当初、俺と雪ノ下、由比ヶ浜の3人だけだったんだ。
だけど由比ヶ浜が「優美子たちも誘いたい!」と言い出した。
それで加わったのが、乙女なおかん三浦とBL腐女子の海老名さん。
さらに三浦が何とみんなのアイドル葉山隼人を誘った。
つまり参加人数が予定の倍になったのである。

「増えすぎじゃね?」
俺は思わず由比ヶ浜にツッコミを入れる。
だが由比ヶ浜は「大丈夫だよ~」と笑う。
事前に黒子経由で、赤司さんには了承をもらっているそうだ。
そう言われたら、俺としては引き下がるしかないけどな。
まぁ葉山グループの戸部とかが来ないことをラッキーと思おう。
今さらあいつらの顔なんか、見たくないし。

そして俺たち一行は電車に乗った。
千葉駅から内房線に乗って、南下する。
赤司さんちの別荘は俺たち千葉県民からすると、行きやすい場所にある。
最初はそれをラッキーって思った。
だからそれを黒子にそう言ったら、笑われてしまった。
曰く「数ある別荘からボクたちが行きやすい場所を選んでくれたんです」だと。

まったくマジっすか。
でも黒子は赤司の実家は日本でも有数の財閥って言ってたし。
多分、俺らが想像する金持ちとはスケールが違うんだな。
俺はそんな風に割り切ることにした。
宿泊代はいらないなんて、ちょっと気が引けてたからな。
だけど最寄り駅に着いた途端、度肝を抜かれることになった。

「比企谷様ですね。」
改札を抜けて、駅を出るなり、俺は声をかけられた。
答えるのに間が空いたのは、御愛嬌と思ってくれ。
生まれてこのかた「様」付きで呼ばれたことなんかなかったんだから。
声をかけてきたのは、黒いクラシカルなスーツ姿のおじさん。
一言で言い表すなら、執事さんって感じだ。

「お迎えにあがりました。」
そんな風に言われて、俺たちは全員唖然呆然だ。
なぜなら執事さんの傍らには、デッカイ黒塗りの車。
いわゆるリムジンってやつだ。
金持ちだって、そう簡単には乗れないヤツ。
その証拠に、あの葉山隼人君もしっかり固まってる。

そんな車に乗せられた俺たちは、さらに衝撃を受けることになる。
到着した赤司家の別荘だ。
大きな門を潜って、敷地内を走る。
広大な庭を抜けて、降ろされたところで、今までの比ではない衝撃を受けた。

ついに辿り着いた赤司家の別荘は豪邸どころの騒ぎじゃなかった。
もはや城だ。
少々のことじゃ驚かないと思ってたけど、もう無理だ。
俺は思わず「これ、マジ?」と呟き、全員がコクコクと頷く。
そしてしばし呆然と別荘を見上げることになったのだった。

*****

「至れり尽くせりだった。」
みんなのアイドル、葉山隼人が爽やかに笑う。
俺は「まったくだ」と頷き、苦笑した。

赤司家の別荘、もとい赤司城に到着した俺たち一行。
出迎えてくれたのは、赤司征十郎その人だった。
ラフなトレーニングウェア姿だ。
おそらくバスケ部の臨時コーチもしてたんだろう。

「悪いけど、2人で一部屋なんだ。」
赤司さんは開口一番、申し訳なさそうにそう言った。
バスケ部が来ている関係で、部屋が足りなくなったそうだ。
マジか、バスケ部って今20人、いや30人だったっけ?
しかも臨時コーチも何人か来てる。
それでさらに俺たち6人に3部屋を提供できるのか。

しかも6人が集まれる勉強部屋まで用意してくれていた。
俺らの教室よりもでかい部屋に、図書室のものより広いテーブル。
詰めれば20人くらい座れそうなところに6人だぜ?
おそらくこのテーブルも含めて、調度品は全部高いんだろうな。

部屋には冷蔵庫もあって、あるものは何でも飲んでいいときた。
アイスコーヒー、お茶、スポドリにジュース。
マックスコーヒーとドクターペッパーまでしっかりあったよ。
しかもポットもあって、暖かい飲み物も対応してた。

その上、この部屋にはマメに誰かが顔を出してくれた。
赤司さんだったり、緑間さんだったり、相田リコさんだったりね。
この人たち、高校時代にめちゃくちゃ成績優秀だったそうだ。
でもって、俺らの質問程度は楽勝で教えてくれる。

夕食のとき、ようやく俺は黒子たちと顔を合わせた。
黒子は無表情のまま、ただ「どうも」とだけ言った。
相変わらず不愛想なヤツ。
だけど食事シーンは圧巻だったな。
ハードな練習をこなしたバスケ部員たち、食うわ、食うわ。
夕食メニューかなり豪華だし、値段もカロリーも結構高いと思うんだけど。

黒子たちは夕食の後は、自主練だそうだ。
この城の中にはトレーニングジムもあるそうで、筋トレとかランニングとか。
俺たちもジムを使っていいと言われたけど、とてもそんな元気はねぇよ。
再び用意された部屋で勉強し、日付が変わる頃、各自の部屋に引き上げた。

ちなみに俺は葉山と同室だった。
他の連中に「雪ノ下さんと同じ部屋にする?」とかさんざん冷やかされたけどな。
慣れてない俺と雪ノ下は赤面してしまって、大いに笑われた。
真面目な話に戻すと、さすがに受験勉強に来て男女同室はない。

「赤司さんってすごいんだな。至れり尽くせりだった。」
寝支度を整え、後は寝るばかりになったとき、葉山はそう言った。
俺は「まったくだ」と頷く。
おそらく人をもてなすことに慣れてるんだろうな。
あと大金を惜しみなく使うことにもね。

「それで由比ヶ浜さんとは仲直りできた?」
葉山は唐突にそんなことを言い出した。
2人きりの部屋だし、爽やか葉山君の仮面はもう脱いだらしい。
俺は思いっきり顔をしかめながら「別にケンカしてねぇし」と答えた。

とはいえ葉山にはお見通しみたいだな。
俺と雪ノ下が付き合うことになって、由比ヶ浜と距離が開いたことに。
そしてそれに折り合いを付けるのが、今回の俺たちの目的の1つ。

「別に言い回ったりしないから、本音を言えよ。」
「隠したつもりはねぇよ。俺は仕方ないって思ってる。」
「そうなのか?」
「ああ。ただ雪ノ下はそうじゃない。」

そう、俺は仕方ない。
雪ノ下を選んだのだから、由比ヶ浜にどう思われても。
だけど雪ノ下に罪はない。
雪ノ下の友人であることはやめないで欲しいと思うんだ。
まぁそれをこれ以上、葉山に語るつもりはないけどな。

「お前はどうなんだよ。三浦とさ」
俺は話題を葉山に振った。
由比ヶ浜が誘った三浦優美子は、ずっと葉山に恋している。
それに葉山だって気付いてないわけ、ないんだ。
もしも葉山が1歩踏み出せば、すぐにカップル誕生となるだろう。
だけど当の葉山は「何もないよ」と肩を竦めてみせた。

「優美子とはこれで終わりだ。」
「終わりって」
「多分この合宿が、あいつとの最後の思い出になる」
「関係を切るってことか?」

葉山は笑顔で頷いた。
俺は正直なところ、かなり驚いている。
三浦の話をしたのは、単に矛先を変えたかっただけなのだ。
まさかこんなにはっきりした答えが返って来るとは思わなかった。

「お互いきっぱりけじめをつけないとな。」
葉山はそう言って、話を終わらせた。
俺は「そうだな」と答えながら、内心動揺していた。
こんなに潔く俺は由比ヶ浜を切れない。
葉山は暗にそれを揶揄しているのかと思ったからだ。

*****

改めてみると、本当に城だな。
俺は改めてそんなことを思った。
この日本に、そして千葉にこんな場所があるとは思わなかったよ。

翌朝、俺は早朝のうちに目を覚ました。
何だかひどく寝つきが悪かったんだ。
夢の中で雪ノ下も由比ヶ浜も泣いていた。
そしてなぜか一色いろはも。
3人とも責めるように俺を睨んでいたのだ。

目が覚めて、スマホを見れば朝の5時。
もうひと眠りしようか。
そう思って目を閉じたものの、目は冴えてしまっている。
俺は諦めて、身体を起こした。
ふと見れば、隣のベットで葉山はまだ寝ている。
寝顔さえ爽やかなのが、忌々しかった。

俺は葉山を起こさないように、そっと部屋を抜け出した。
寝間着代わりのTシャツと短パン姿のままだ。
でも仮に誰かに会ったとしても、そんなに見苦しくはないだろう。
俺はそのままフラフラと、この別荘内を散歩することにした。

まずは母屋っていうのか?
俺たちが泊めてもらっている建物を出た。
敷地内には他にも2つ、建物があった。
1つは母屋よりやや小さめな離れ。
こっちにはバスケ部のコーチに来ている人たちが泊まっているそうだ。
そしてもう1つは、コートと呼ばれているもの。
ここは小さな体育館という感じの建物で、黒子たちはここで練習していた。
すごいよな。個人宅でバスケができる施設があるんだぜ?

俺は敷地内をただ意味なく歩いた。
もちろん建物の中には入らずに。
ここ、単に建物が豪華なばかりじゃない。
緑もすごく多いんだ。
大きな木や背の低い植え込み、花壇。
自然のものかわざわざ作ったのかわかんないけど池もある。
早朝の涼しい空気の中、土や草のにおいをかぎながら歩くのは贅沢だよな。

一回りした後、俺は花壇の前に来た。
確かここには木のベンチがあったはず。
座って一休みしたら、母屋の戻ろう。
だけど俺はベンチの前で足を止めた。
すでに先客がいて、ベンチが占領されていたからだ。

「よぉ。早いな。」
「・・・おはようございます。」

俺の挨拶がワンテンポ遅れたのは、ぶっちゃけ怖かったから。
先客は灰崎さんだった。
黒子が呼んだ歴代コーチの中で一番ガラが悪くて、おっかない人。

「朝の散歩か?」
「まぁ、そんなもんです。」
「隣、座るか?」
「・・・はぁ」

俺は灰崎さんの隣に腰を下ろした。
正直なところ、何を話していいのかわからない。
だけどことわったらもっと怖い気がする。
つまり俺はなりゆきで、灰崎さんと並んで座ることになったのだ。

「バスケ部、どうすか?」
「どうもこうもねぇ。下手くそばっかりだ。」
「黒子は全国制覇するつもりらしいっすけど。」
「今のままじゃ無理だろうな。」

灰崎さんは容赦なくそう言い放った。
ここまで聞いた俺は、困ってしまった。
バスケでこれ以上話を広げられるほどの知識はないのだ。

「灰崎さんはウインターカップ?終わったらどうするんすか?」
「ああ?どうって何だ?」
「いや、コーチ続けるのかなぁと思って」
「それ、お前に関係あるか?」
「ないっす。全然。」

必死に話題を絞り出したら、今度はお気に召さなかったらしい。
俺は「まぁ俺も黒子もあと少しで卒業ですから」と言いながら、席を立った。
どうしても話が弾まない。
それならもう撤収するのが、正解だろう。

「それじゃお先に」
俺は一礼すると、クルリと踵を返す。
だけどその背中に「なぁ」と灰崎さんから声がかかった。

「一番大事なもんは、1つだけだぞ。」
「どういう意味っすか?」

不穏な言葉に、俺は思わず足を止めて振り返った。
灰崎さんはかすかに笑みを浮かべながら、俺を見ている。
どうする。このまま逃げちまいたい。
だけどそれ以上に灰崎さんの言葉が気になった。

「女ゾロゾロ引き連れて、浮かれてだろ。」
「そんな。俺が好きなのは1人だけっすよ。」
「そう見えないのが、問題なんだよ。」

灰崎さんはきっぱりそう言い切ると、立ち上がった。
そして俺を追い抜いて、スタスタと母屋の方に歩いていく。
置き去りにされた俺は、灰色の後ろ姿をただ見送っていた。

灰崎さんの言葉は、妙に心に刺さっていた。
俺が好きで、ずっと一緒にいたいのは雪ノ下雪乃1人だけ。
でもだからって言って、由比ヶ浜を切ったりもできない。
俺のことはいいから、雪ノ下とは友人でいて欲しいと思う。
これは実は俺のエゴに過ぎないんだろうか。

答えの出ない問いに迷い、俺はノロノロと母屋に戻った。
決着をつけるために来たはずの合宿。
だけど心は迷宮の中、出口はまだ見つからない。

【続く】
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