「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤ、ラブコメと赤と灰色の因縁を見つけ続ける。】
「それじゃ、始めます!」
黒子はホイッスルを吹くと、コートの中央でボールを投げ上げた。
ジャンプボール。
試合の始まりだ。
夏休み、黒子は普通に通学していた。
部活の練習のためだ。
長期間授業はなく、練習時間がたっぷり取れる時期。
ここでいかに力を伸ばすかが、全国制覇の鍵となる。
ちなみに今は、試合形式のミニゲームの真っ最中だった。
何だかんだで、手っ取り早いのだ。
部員たち1人1人の長所も短所もすぐわかる。
それにミニゲームとはいえ勝負事、部員たちのテンションも上がる。
ピ、ピィーー!
審判を務めていた黒子は、時間を確認すると、ホイッスルを吹いた。
試合終了の合図だ。
試合に出ていた選手たちが息を切らしながら、コート中央に整列した。
「28対24、Bチームの勝ち!」
黒子が声を張ると「あ、した~!」と声が響く。
できればちゃんと「ありがとうございました」と言って欲しい。
本好きの黒子は、正しい日本語を推奨したいのだ。
だけどそこはもうスルーする。
なぜなら黒子が招へいした臨時コーチは、口が悪いからだ。
注意したところで、とても示しがつかない。
案の定というべきか。
ミニゲームをずっと見ていた灰崎が「このド下手ども!」と悪態をついた。
そして「まずはお前から」と1人ずつに因縁まがいのアドバイスを始めた。
青峰だって口が悪かったが、灰崎はその上を行く。
「黒子コーチ、あれは何とかならないのか?」
灰崎と部員たちを見ていた黒子の前に、主将の入生田が進み出た。
今のミニゲームには出ておらず、観戦していたのだ。
もちろん「あれ」とは灰崎のことだ。
「気に入りませんか?」
「ああ。あんな言い方はないだろう。」
「まぁアドバイスにしては、少々口が悪いですね。」
「アドバイス?あれが?」
入生田は心外だと言わんばかりに黒子を見た。
気持ちはわからないでもない。
あれはアドバイスというよりは、もはや罵倒だ。
だけど黒子の表情は揺るがなかった。
そして灰崎を止めるつもりもない。
「まぁメントレの一種だと思ってください。」
「ハァ?何でそうなる?」
「全国にはガラの悪い高校もあるんですよ。」
「まさか。こんなのと対戦することなんて」
「実際3年前には、彼と黄瀬君、対戦しましたからね。」
入生田も周辺にいた部員たちも、肩を落としている。
黒子が灰崎の態度を改めさせるつもりがないことを知ったからか。
それともこんな相手と過去に対戦した黄瀬に同情しているのかもしれない。
「それに言っている内容は、あながち見当違いじゃないでしょう。」
「それはそうだけど」
「だったらできるようになって、見返してやってください。」
「簡単に言うなぁ。」
入生田はそれ以上、異を唱えることはなかった。
他の部員たちもだ。
灰崎は口こそ悪いが、ただ罵倒しているわけではない。
各部員に、そしてこのチームに足りないものを言い当てている。
それを理解してくれているからだろう。
そうしているうちに灰崎の罵倒、いやアドバイスが終わった。
「もうすぐ合宿です。それまでにしっかりレベルアップしましょう!」
黒子はもう1度声を張った。
部員たちの「はい!」と答える声が重なる。
そこで黒子は「10分休憩です。水分をとってください」と告げた。
黒子は体育館の外に出ると、大きく伸びをした。
気温は高いが、風が吹き抜けて心地よい。
いつもの定位置である木陰に移動しようとして、足を止めた。
ここ最近時折現れる先客がいたからだ。
「やっはろー。黒子君!」
先客、由比ヶ浜結衣は笑顔で手を振っている。
黒子は「こんにちは」と律儀に挨拶しながら、木陰に入った。
「また図書室ですか?」
黒子は穏やかにそう聞いた。
家だと受験勉強をサボってしまうから、図書室に来ている。
由比ヶ浜にはそう聞いており、ここで何度もこんな感じで話をしているからだ。
「うん。まぁね。」
由比ヶ浜は明るく笑うが、どこかちょっと寂しそうにも見える。
どうせ比企谷がらみなのだろう。
黒子は心の中で灰崎並みの罵倒をしながら「どうかしましたか?」と聞いた。
*****
「どうかしましたか?」
黒子はいつもの無表情のまま、そう聞いた。
その途端、明るく笑っていた由比ヶ浜の顔が曇る。
黒子はここにいない男に内心悪態をつきながら「グチなら聞きますよ?」と言った。
夏休みの部活のちょっとした休憩時間。
黒子は体育館横の大木の影にいた。
ここは黒子の指定席。
だけど最近、時々客が現れるようになった。
由比ヶ浜結衣だ。
「まったく何でこんなに勉強しなくちゃいけないのかな。」
由比ヶ浜は来るたびに、受験勉強のグチを零す。
黒子は「大変ですね」と応じた。
身に覚えがあるからだ。
黒子が事故に遭った時には、勉強の遅れを取り戻すのが大変だった。
見かねたリコや木吉、赤司、緑間らの成績優秀組が助けに来てくれたのだ。
病室に交代で来てくれて、毎日ガリガリと詰め込まれた。
結局出席日数が足りずに留年となった。
だけどあのおかげで、今はさほど勉強しなくても授業にはついていける。
何しろ身体の自由が利かないときは、他にできることがなかったのだから。
「ヒッキーとゆきのん、一緒に夏期講習に通ってるんだよなぁ。」
由比ヶ浜はため息をついた。
この話はもう何度も聞かされている。
2人は同じ大学に進むために頑張っているそうだ。
だが志望校が違うし、そもそも成績のランクが違う由比ヶ浜は一緒にはできないと。
「夏期講習は別でも、一緒に勉強はできるんじゃないですか?」
黒子はふと思いついたことを提案してみた。
だけど由比ヶ浜は、フルフルと首を振る。
すぐに反応があるということは、考えたことがあるのだろう。
「一緒に勉強したら、きっとあたしばっかり教わることになっちゃう。」
「それが問題ですか?」
「悪いよ。2人だって勉強もあるし。」
「教えるのも勉強になると思いますよ?」
黒子はこれまた実感を込めて、そう言った。
それはバスケ部のコーチを務めている今だからわかる経験談だ。
人に教えることで、気付くことはたくさんある。
今なら事故の前よりも深みがあるプレイができると思っている。
「そうかも。でもやっぱりダメ。」
「どうしてと聞いてもいいですか?」
「うん。やっぱりあたしは2人と違うって実感しちゃいそうだから。」
「・・・なるほど」
黒子は頷きながら、その気持ちも理解できると思った。
天才と呼ばれた者たちに、囲まれて生きてきたからだ。
黒子がどんなに努力してもできないことを、彼らは軽々とやってしまう。
だから黒子は影になった。
そうするしかプレイヤーとして生きる道がなかったのだ。
「こんなことなら、必死で勉強しておくんだったよ。」
由比ヶ浜結衣はため息まじりにそう言った。
そうすれば受験勉強も一緒にできたし、状況も変わっていたかもしれないと。
黒子としては、関係ないように思う。
なぜなら比企谷は成績で雪ノ下を選んだわけではないのだから。
だけど余計な口は出さずに「そうですか」と頷いた。
「ところで黒子君は?大学行かないの?」
不意に由比ヶ浜が話題を変えた。
黒子はひたすら部活に没頭しており、受験勉強などしていない。
大学進学率が高い総武高校において、かなり少数派なのだろう。
黒子は「推薦の話は来てるんですけどね」と答えた。
実はいくつかの大学から、スカウト的なものはあるのだ。
どこもバスケの強豪校だ。
黒子としては、物好きなことだと思う。
高校2年で事故に遭ってから、公式戦にはまったく出ていないのに。
高1の全国制覇への評価か、それともコーチとしての手腕か。
いや、キセキの世代幻の6人目(シックスマン)の看板かもしれない。
「凡人は勉強あるのみだね。」
由比ヶ浜はため息まじりにそう言った。
黒子は「ボクも凡人ですけど」と言いかけたが、止めた。
今の黒子の立ち位置はいろいろ特殊過ぎて、説得力がない。
その代わりに「よければうちの合宿に来ませんか?」と言った。
「バスケの、合宿~?」
「もちろん由比ヶ浜さんたちは受験勉強をしに。」
「『たちは』って」
「比企谷君や雪ノ下さんも誘ったらどうですか?」
黒子はどうやらテンション下がり気味の由比ヶ浜に助け舟を出した。
単に親切なだけではない。
比企谷のラブコメをそろそろ覗きたい気分になっていたのだ。
まぁその前にひと騒動ありそうですけど。
黒子は内心、秘かにそう呟いた。
バスケの腕前は確かだが、とにかく口も態度も悪い灰色の男。
まずは彼の問題をクリアする必要があるだろう。
*****
何だ。これ。ホントに日本?
部員たちの間から、驚きの声が沸き起こる。
黒子は涼しい顔で「赤司君のお宅の別荘です」と答えた。
練習三昧のバスケ部は、この夏に2回の合宿を敢行した。
1回目は7月下旬、海辺の民宿だ。
これは黒子の古巣、誠凛高校が毎年使っている場所だった。
日程も誠凛に合わせたので、合同練習ができた。
ちなみに同時期、緑間の母校である秀徳高校もここで合宿をする。
だから練習試合も組めたし、密度とレベルが高い練習ができた。
そして8月中旬、2度目の合宿。
場所は千葉県某所、赤司の実家が所有する山荘だった。
その前に降り立った部員たちは、唖然呆然。
平均的な庶民の家の何倍あるかわからない広さと豪華さ。
これはもう個人の別荘のレベルじゃない。
何だ、これ。
ホントに日本?
こんなの宿じゃねぇ。城だろ。
部員たちの間から、驚きの声が沸き起こった。
黒子は涼しい顔で「赤司君のお宅の別荘です」と答えた。
すると部員たちはまたどよめく。
赤司の伝手で安い宿泊費で借りられるとしか伝えていなかったのだ。
それが赤司の家の持ち物の豪邸となれば、驚くのも無理はない。
ちなみに比企谷と雪ノ下、由比ヶ浜は2日遅れで後から到着することになっている。
部屋は余っているし、自然に囲まれた環境の良い場所だ。
だから黒子も彼らを誘ったのだ。
気分が変わって、受験勉強もはかどるだろう。
それに赤司がいるから、勉強でわからないところは見てもらえる。
部員たちはひとしきり感心しながら、車から荷物を下ろしていく。
今回も誠凛時代の先輩たちに車を出してもらったのだ。
その先輩たちも赤司家の豪邸別荘には度肝を抜かれたようだ。
だけど「さすが赤司だなぁ」の一言で飲み込む度量はさすがだ。
そんな中、1人だけ動かない人物がいた。
バスケ部のコーチ、灰崎だ。
車を降りたところで、固まっている。
黒子は「灰崎君」と声をかけた。
すると灰崎は「テツヤ、テメェ!」と怒りの声を上げた。
「ハメやがったな。赤司の家だなんて聞いてねぇ。」
「今、言いましたよ。」
「ふざけんな!」
「ふざけたつもりはないですが、騙したのはあやまります。」
黒子は素直に詫びた。
赤司と灰崎のいきさつは知っている。
中学時代、灰崎は赤司にバスケ部をやめさせられたのだ。
そこでキセキの世代と道を分かつことになった。
つまり因縁の相手なのだ。
そんな赤司の別荘というのは、複雑な気分なのだろう。
「やぁ。黒子。着いたね。」
灰崎が動き出す前に、大きな建物の中から赤司本人が現れた。
黒子は「お世話になります」と頭を下げる。
頷いた赤司の視線が移った。
黒子から、灰崎へ。
「久しぶりだな。灰崎。」
赤司は睨み受けてくる灰崎の視線を真っ向から受け止めた。
灰崎の顔から怒りが消えない。
部員たちは荷物運びの手を止めて、赤司と灰崎を見ている。
事情はわからないまでも、不穏な空気を感じ取ったのだろう。
「灰崎、お前とは色々あったが、今日のところは歓迎する。」
「何でだよ。俺に言いたいこと、あんだろ?」
「まぁな。だけど言わない。」
「だから、どうして」
「お前は黒子が選んだコーチだからな。」
赤司はあっさりとそう告げて、踵を返した。
そして固まってしまった部員たちに「案内するよ」と声をかける。
部員たちは我に返ると「お世話になります!」と頭を下げた。
そして荷物が次々と下ろされ、運ばれていく。
「灰崎君。とりあえずこの合宿中は我慢してください。」
「・・・でも」
「受け入れろとは言いません。慣れてください。」
「簡単に言うなぁ。テツヤ。」
「実際、そんなに難しくないと思いますよ。」
黒子はそれだけ言うと、荷物を運ぶ部員たちの輪に加わった。
2人の関係が、これからどうなるかわからない。
黒子にできるのは、良い方向に向かうように祈るだけだ。
かくしてバスケ部の2度目の合宿は始まったのだった。
【続く】
「それじゃ、始めます!」
黒子はホイッスルを吹くと、コートの中央でボールを投げ上げた。
ジャンプボール。
試合の始まりだ。
夏休み、黒子は普通に通学していた。
部活の練習のためだ。
長期間授業はなく、練習時間がたっぷり取れる時期。
ここでいかに力を伸ばすかが、全国制覇の鍵となる。
ちなみに今は、試合形式のミニゲームの真っ最中だった。
何だかんだで、手っ取り早いのだ。
部員たち1人1人の長所も短所もすぐわかる。
それにミニゲームとはいえ勝負事、部員たちのテンションも上がる。
ピ、ピィーー!
審判を務めていた黒子は、時間を確認すると、ホイッスルを吹いた。
試合終了の合図だ。
試合に出ていた選手たちが息を切らしながら、コート中央に整列した。
「28対24、Bチームの勝ち!」
黒子が声を張ると「あ、した~!」と声が響く。
できればちゃんと「ありがとうございました」と言って欲しい。
本好きの黒子は、正しい日本語を推奨したいのだ。
だけどそこはもうスルーする。
なぜなら黒子が招へいした臨時コーチは、口が悪いからだ。
注意したところで、とても示しがつかない。
案の定というべきか。
ミニゲームをずっと見ていた灰崎が「このド下手ども!」と悪態をついた。
そして「まずはお前から」と1人ずつに因縁まがいのアドバイスを始めた。
青峰だって口が悪かったが、灰崎はその上を行く。
「黒子コーチ、あれは何とかならないのか?」
灰崎と部員たちを見ていた黒子の前に、主将の入生田が進み出た。
今のミニゲームには出ておらず、観戦していたのだ。
もちろん「あれ」とは灰崎のことだ。
「気に入りませんか?」
「ああ。あんな言い方はないだろう。」
「まぁアドバイスにしては、少々口が悪いですね。」
「アドバイス?あれが?」
入生田は心外だと言わんばかりに黒子を見た。
気持ちはわからないでもない。
あれはアドバイスというよりは、もはや罵倒だ。
だけど黒子の表情は揺るがなかった。
そして灰崎を止めるつもりもない。
「まぁメントレの一種だと思ってください。」
「ハァ?何でそうなる?」
「全国にはガラの悪い高校もあるんですよ。」
「まさか。こんなのと対戦することなんて」
「実際3年前には、彼と黄瀬君、対戦しましたからね。」
入生田も周辺にいた部員たちも、肩を落としている。
黒子が灰崎の態度を改めさせるつもりがないことを知ったからか。
それともこんな相手と過去に対戦した黄瀬に同情しているのかもしれない。
「それに言っている内容は、あながち見当違いじゃないでしょう。」
「それはそうだけど」
「だったらできるようになって、見返してやってください。」
「簡単に言うなぁ。」
入生田はそれ以上、異を唱えることはなかった。
他の部員たちもだ。
灰崎は口こそ悪いが、ただ罵倒しているわけではない。
各部員に、そしてこのチームに足りないものを言い当てている。
それを理解してくれているからだろう。
そうしているうちに灰崎の罵倒、いやアドバイスが終わった。
「もうすぐ合宿です。それまでにしっかりレベルアップしましょう!」
黒子はもう1度声を張った。
部員たちの「はい!」と答える声が重なる。
そこで黒子は「10分休憩です。水分をとってください」と告げた。
黒子は体育館の外に出ると、大きく伸びをした。
気温は高いが、風が吹き抜けて心地よい。
いつもの定位置である木陰に移動しようとして、足を止めた。
ここ最近時折現れる先客がいたからだ。
「やっはろー。黒子君!」
先客、由比ヶ浜結衣は笑顔で手を振っている。
黒子は「こんにちは」と律儀に挨拶しながら、木陰に入った。
「また図書室ですか?」
黒子は穏やかにそう聞いた。
家だと受験勉強をサボってしまうから、図書室に来ている。
由比ヶ浜にはそう聞いており、ここで何度もこんな感じで話をしているからだ。
「うん。まぁね。」
由比ヶ浜は明るく笑うが、どこかちょっと寂しそうにも見える。
どうせ比企谷がらみなのだろう。
黒子は心の中で灰崎並みの罵倒をしながら「どうかしましたか?」と聞いた。
*****
「どうかしましたか?」
黒子はいつもの無表情のまま、そう聞いた。
その途端、明るく笑っていた由比ヶ浜の顔が曇る。
黒子はここにいない男に内心悪態をつきながら「グチなら聞きますよ?」と言った。
夏休みの部活のちょっとした休憩時間。
黒子は体育館横の大木の影にいた。
ここは黒子の指定席。
だけど最近、時々客が現れるようになった。
由比ヶ浜結衣だ。
「まったく何でこんなに勉強しなくちゃいけないのかな。」
由比ヶ浜は来るたびに、受験勉強のグチを零す。
黒子は「大変ですね」と応じた。
身に覚えがあるからだ。
黒子が事故に遭った時には、勉強の遅れを取り戻すのが大変だった。
見かねたリコや木吉、赤司、緑間らの成績優秀組が助けに来てくれたのだ。
病室に交代で来てくれて、毎日ガリガリと詰め込まれた。
結局出席日数が足りずに留年となった。
だけどあのおかげで、今はさほど勉強しなくても授業にはついていける。
何しろ身体の自由が利かないときは、他にできることがなかったのだから。
「ヒッキーとゆきのん、一緒に夏期講習に通ってるんだよなぁ。」
由比ヶ浜はため息をついた。
この話はもう何度も聞かされている。
2人は同じ大学に進むために頑張っているそうだ。
だが志望校が違うし、そもそも成績のランクが違う由比ヶ浜は一緒にはできないと。
「夏期講習は別でも、一緒に勉強はできるんじゃないですか?」
黒子はふと思いついたことを提案してみた。
だけど由比ヶ浜は、フルフルと首を振る。
すぐに反応があるということは、考えたことがあるのだろう。
「一緒に勉強したら、きっとあたしばっかり教わることになっちゃう。」
「それが問題ですか?」
「悪いよ。2人だって勉強もあるし。」
「教えるのも勉強になると思いますよ?」
黒子はこれまた実感を込めて、そう言った。
それはバスケ部のコーチを務めている今だからわかる経験談だ。
人に教えることで、気付くことはたくさんある。
今なら事故の前よりも深みがあるプレイができると思っている。
「そうかも。でもやっぱりダメ。」
「どうしてと聞いてもいいですか?」
「うん。やっぱりあたしは2人と違うって実感しちゃいそうだから。」
「・・・なるほど」
黒子は頷きながら、その気持ちも理解できると思った。
天才と呼ばれた者たちに、囲まれて生きてきたからだ。
黒子がどんなに努力してもできないことを、彼らは軽々とやってしまう。
だから黒子は影になった。
そうするしかプレイヤーとして生きる道がなかったのだ。
「こんなことなら、必死で勉強しておくんだったよ。」
由比ヶ浜結衣はため息まじりにそう言った。
そうすれば受験勉強も一緒にできたし、状況も変わっていたかもしれないと。
黒子としては、関係ないように思う。
なぜなら比企谷は成績で雪ノ下を選んだわけではないのだから。
だけど余計な口は出さずに「そうですか」と頷いた。
「ところで黒子君は?大学行かないの?」
不意に由比ヶ浜が話題を変えた。
黒子はひたすら部活に没頭しており、受験勉強などしていない。
大学進学率が高い総武高校において、かなり少数派なのだろう。
黒子は「推薦の話は来てるんですけどね」と答えた。
実はいくつかの大学から、スカウト的なものはあるのだ。
どこもバスケの強豪校だ。
黒子としては、物好きなことだと思う。
高校2年で事故に遭ってから、公式戦にはまったく出ていないのに。
高1の全国制覇への評価か、それともコーチとしての手腕か。
いや、キセキの世代幻の6人目(シックスマン)の看板かもしれない。
「凡人は勉強あるのみだね。」
由比ヶ浜はため息まじりにそう言った。
黒子は「ボクも凡人ですけど」と言いかけたが、止めた。
今の黒子の立ち位置はいろいろ特殊過ぎて、説得力がない。
その代わりに「よければうちの合宿に来ませんか?」と言った。
「バスケの、合宿~?」
「もちろん由比ヶ浜さんたちは受験勉強をしに。」
「『たちは』って」
「比企谷君や雪ノ下さんも誘ったらどうですか?」
黒子はどうやらテンション下がり気味の由比ヶ浜に助け舟を出した。
単に親切なだけではない。
比企谷のラブコメをそろそろ覗きたい気分になっていたのだ。
まぁその前にひと騒動ありそうですけど。
黒子は内心、秘かにそう呟いた。
バスケの腕前は確かだが、とにかく口も態度も悪い灰色の男。
まずは彼の問題をクリアする必要があるだろう。
*****
何だ。これ。ホントに日本?
部員たちの間から、驚きの声が沸き起こる。
黒子は涼しい顔で「赤司君のお宅の別荘です」と答えた。
練習三昧のバスケ部は、この夏に2回の合宿を敢行した。
1回目は7月下旬、海辺の民宿だ。
これは黒子の古巣、誠凛高校が毎年使っている場所だった。
日程も誠凛に合わせたので、合同練習ができた。
ちなみに同時期、緑間の母校である秀徳高校もここで合宿をする。
だから練習試合も組めたし、密度とレベルが高い練習ができた。
そして8月中旬、2度目の合宿。
場所は千葉県某所、赤司の実家が所有する山荘だった。
その前に降り立った部員たちは、唖然呆然。
平均的な庶民の家の何倍あるかわからない広さと豪華さ。
これはもう個人の別荘のレベルじゃない。
何だ、これ。
ホントに日本?
こんなの宿じゃねぇ。城だろ。
部員たちの間から、驚きの声が沸き起こった。
黒子は涼しい顔で「赤司君のお宅の別荘です」と答えた。
すると部員たちはまたどよめく。
赤司の伝手で安い宿泊費で借りられるとしか伝えていなかったのだ。
それが赤司の家の持ち物の豪邸となれば、驚くのも無理はない。
ちなみに比企谷と雪ノ下、由比ヶ浜は2日遅れで後から到着することになっている。
部屋は余っているし、自然に囲まれた環境の良い場所だ。
だから黒子も彼らを誘ったのだ。
気分が変わって、受験勉強もはかどるだろう。
それに赤司がいるから、勉強でわからないところは見てもらえる。
部員たちはひとしきり感心しながら、車から荷物を下ろしていく。
今回も誠凛時代の先輩たちに車を出してもらったのだ。
その先輩たちも赤司家の豪邸別荘には度肝を抜かれたようだ。
だけど「さすが赤司だなぁ」の一言で飲み込む度量はさすがだ。
そんな中、1人だけ動かない人物がいた。
バスケ部のコーチ、灰崎だ。
車を降りたところで、固まっている。
黒子は「灰崎君」と声をかけた。
すると灰崎は「テツヤ、テメェ!」と怒りの声を上げた。
「ハメやがったな。赤司の家だなんて聞いてねぇ。」
「今、言いましたよ。」
「ふざけんな!」
「ふざけたつもりはないですが、騙したのはあやまります。」
黒子は素直に詫びた。
赤司と灰崎のいきさつは知っている。
中学時代、灰崎は赤司にバスケ部をやめさせられたのだ。
そこでキセキの世代と道を分かつことになった。
つまり因縁の相手なのだ。
そんな赤司の別荘というのは、複雑な気分なのだろう。
「やぁ。黒子。着いたね。」
灰崎が動き出す前に、大きな建物の中から赤司本人が現れた。
黒子は「お世話になります」と頭を下げる。
頷いた赤司の視線が移った。
黒子から、灰崎へ。
「久しぶりだな。灰崎。」
赤司は睨み受けてくる灰崎の視線を真っ向から受け止めた。
灰崎の顔から怒りが消えない。
部員たちは荷物運びの手を止めて、赤司と灰崎を見ている。
事情はわからないまでも、不穏な空気を感じ取ったのだろう。
「灰崎、お前とは色々あったが、今日のところは歓迎する。」
「何でだよ。俺に言いたいこと、あんだろ?」
「まぁな。だけど言わない。」
「だから、どうして」
「お前は黒子が選んだコーチだからな。」
赤司はあっさりとそう告げて、踵を返した。
そして固まってしまった部員たちに「案内するよ」と声をかける。
部員たちは我に返ると「お世話になります!」と頭を下げた。
そして荷物が次々と下ろされ、運ばれていく。
「灰崎君。とりあえずこの合宿中は我慢してください。」
「・・・でも」
「受け入れろとは言いません。慣れてください。」
「簡単に言うなぁ。テツヤ。」
「実際、そんなに難しくないと思いますよ。」
黒子はそれだけ言うと、荷物を運ぶ部員たちの輪に加わった。
2人の関係が、これからどうなるかわからない。
黒子にできるのは、良い方向に向かうように祈るだけだ。
かくしてバスケ部の2度目の合宿は始まったのだった。
【続く】