「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤ、ラストチャンスに向かって、夏を疾走する。】
「テツ君はこういうの、知ってたの?」
桃色の美少女が微笑しながら、問いかける。
だが黒子は涼しい顔で「まさか」と首を振った。
青峰と桃井のコーチ期間が終わるまで、あと数日。
バスケ部に衝撃が走った。
黒子が唐突に1人の男を連れてきたのだ。
彼の名前は灰崎祥吾。
キセキの世代とは、それなりに因縁がある人物だ。
青峰も桃井も当然、ものすごく驚いた。
最後に灰崎を見たのは、3年前のウィンターカップ。
灰崎は静岡代表福田総合学園高校の選手として、現れた。
そして黄瀬がいた海常高校と対戦して、敗れたのだ。
中学時代の素行の悪さはそのまま、いやさらに悪くなっていた。
だが黄瀬は苦戦しながら、灰崎を撃破した。
自他ともに認める情報通の桃井も、その後の灰崎のことは知らなかった。
別に調べきれなかったという話ではない。
単に行方を追わなかったというだけだ。
なぜなら灰崎はあの直後、高校を中退してしまった。
バスケをやめたというなら、もう別に関係ない。
だがその灰崎が唐突に現れた。
そして黒子は事もなげに、部員たちに紹介したのだ。
しかも「青峰君の後、コーチをお願いする灰崎祥吾君です」と。
青峰の後のコーチ?
桃井としては、驚きを通り越して言葉も出ない。
だが青峰は違った。
いや、驚いたのは間違いないだろう。
だがすぐにそれは怒りに変わった。
すかさず黒子に「どういうつもりだ?」と詰め寄る。
見ている部員たちでさえ、凍り付くほどの迫力だ。
でも黒子は動じることなく「ミニゲームでもしましょう」と言い出したのだ。
そして部活が終わり、部員たちは引き上げた。
誰もいなくなった体育館で、青峰と灰崎が話をしている。
そして桃井と黒子は並んで、体育館の外にいた。
この状況をわかりやすく言うなら、立ち聞き。
体育館の壁にもたれかかりながら、彼らの会話を聞いていたのである。
「一応、身体は鍛えてたんだな。」
「・・・まぁな。」
「ここのコーチになるためにか?」
「まさか。お前と同じタイミングで俺もテツヤに言われたんだ。」
「マジか!?」
2人の会話を聞きながら、桃井は思わず黒子を見た。
青峰の驚きは、桃井の驚きでもあった。
灰崎の言葉を信じるなら、彼もあの紹介のタイミングで告げられたのだ。
こうなると灰崎より、黒子の方に問題があるような気がしてくる。
「俺はテツヤに会いにきただけだ。ここにいるって知って。」
「なんで知ってんだ。」
「ネットで話題になってる。幻の6人目(シックスマン)最後の挑戦って」
「そうか。で、会ってどうするつもりだった?まさか潰しに来たのか?」
青峰の声に怒気が混ざった。
そう、灰崎は3年前に黄瀬を潰しにかかったのだ。
しかも負けた後、その黄瀬を待ち伏せまでした。
青峰はその灰崎を殴り倒したのだ。
「そんなんじゃねぇ。ただ会いたくなっただけだ。」
「お前、もしかしてバスケがしてぇのか?」
その後、灰崎の声が聞こえることはなかった。
だけど桃井は答えを知ったのだ。
バスケなんか好きではない。
そう公言して憚らなかった灰崎の心境がどういう風に変化したかはわからない。
だけど今は明らかにあの頃の灰崎とは違うのだ。
「テツ君はこういうの、知ってたの?」
桃井は微笑しながら、問いかけた。
黒子は涼しい顔で「まさか」と首を振る。
そして「青峰君の後任が欲しかっただけですよ」と答えた。
桃井は「あ、そう」と頷きながら、内心は「嘘つき」と思っていた。
人間観察のスペシャリストである黒子が、灰崎の変化に気付かないはずはない。
だけどまさかいきなりコーチとは。
確かに大胆に意表を突くのが得意技だが、これは予想外すぎる。
「やっぱりテツ君は、あたしが見込んだ男だね。」
桃井は黒子に心からの賛辞を送る。
黒子は相変わらず涼しい顔で「光栄です」と答えた。
*****
「あいつのこと、よろしく頼むな。」
青峰は静かに頭を下げた。
ガラにもないことをしているのは、よくわかっている。
それでもやはりせずにはいられなかったのだ。
7月某日、夏休みまであと数日。
体育館はいつになくしんみりした空気に包まれていた。
なぜならこの日は青峰と桃井のコーチ最終日。
単にコーチを受けるのが最後というだけではない。
2人は渡米を控えており、おそらく当面帰国する予定もない。
つまりこのままもう会えなくなるのだ。
そんな中、体育館には関係者以外の生徒もいた。
奉仕部の4名、比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜、そして小町。
さらにはなぜか生徒会長の一色もいた。
「それじゃアップ、始めて下さい!」
黒子が体育館内に声を張ると、部員たちが動き始めた。
まずはウォーミングアップ、その後はフットワーク。
いつものルーティーンだ。
黒子が指示を出し、灰崎がホイッスルでフォロー。
その間に青峰と桃井が奉仕部の面々たちのところにやって来た。
「悪いな。わざわざ。」
「そうだよね。ヒッキー君たちはもう引退してるのにね。」
青峰と桃井が笑顔で声をかける。
そう、比企谷たちは青峰と桃井に挨拶するために来たのだ。
友人とも先輩後輩とも言いにくい関係だった。
だけど黒子を通じて、それなりの絆はできたと思う。
比企谷が「これくらい全然問題ないっす」と答えた。
女子たちも同意するように、何度も頷いた。
「桃井さん、後でライン教えてください!」
「ですよね。アメリカのお話とか聞きたいし!」
「うん。写真とかもアップしてほしいし!」
「わかった。その代わり日本の情報とかも教えてね!」
やがて桃井を中心に女子たちが盛り上がり始めた。
何となくその輪に入れない青峰と比企谷は苦笑する。
そしてどちらからともなく彼女たちから数歩遠ざかった。
「ところで、青峰さん。」
「あ?何だ?」
「あの灰崎って人、大丈夫なんすか?」
「どういう意味だ?」
「何か怖いっていうか、ヤバい感じっすよね。まぁ俺は部外者だけど。」
比企谷の率直な感想に、青峰は「だよな」とため息をついた。
灰崎は少なくても3年前よりは柔らかい雰囲気になっている。
それでも世間一般からすると、かなりヤバ目なのだ。
「大丈夫とは言えねぇな。」
「そんな無責任な」
「仕方ねぇだろ。テツが強引に決めたんだから」
比企谷のもっともな問いに、青峰は曖昧な答えしか返せない。
青峰だって、灰崎の変化はわかっている。
灰崎の中のバスケへの思いは変化している。
それにこの前、ミニゲームをやった感じでわかった。
全盛期よりは落ちているだろうが、それなりに鍛えている身体だった。
おそらくこっそり練習はしているのだ。
「俺は灰崎をテツほど、信頼してねぇしな。」
「つまり黒子はあの人を信頼してるってことっすね。」
「・・・いや。違うな。」
黒子が灰崎を信頼しているか。
青峰の中で、その答えはノーだ。
黒子は全国制覇という目的のために灰崎という駒を取ったのだ。
リスクが多くても、利はあると踏んで。
その反面、バスケが大好きで純粋な新入生でも入部テストで容赦なくふるい落とす。
黒子は昔からブレない。
勝利のためにできることは、なんでもやるのだ。
「あいつのこと、よろしく頼むな。」
青峰は静かに頭を下げた。
比企谷が驚き、息を飲むのがわかる。
そう、ガラでもないことをしているとわかっている。
だけどやはりいろいろ心配なのだ。
「まぁ俺にできることなんて、たかが知れてますけど。」
比企谷はそんな前置きをしながらも、頷いてくれた。
青峰はそれを見て、少しだけ安堵する。
そしてニヤリと笑うと、唐突に話題を変えたのだった。
*****
「こんにちは」
教室の中で知っている人物を見つけた黒子は、近寄って挨拶をした。
すると声をかけられた相手は「うわ!」と声を上げて、椅子から転げ落ちた。
夏休みに突入して程なくしたある日のこと。
黒子は自分の教室に向かっていた。
データのチェックでパソコンを使うためだ。
おそらく登校している生徒はいないだろう。
部室よりはきっと落ち着いて作業ができるはずだ。
入口の引き戸は開けっ放しになっていた。
黒子は教室の後ろから中に入る。
すると1人だけ自分の席に座っている生徒がいた。
比企谷だ。
机の上に参考書を開いて、ブツブツと何やら呟いている。
どうやら受験勉強中らしい。
黒子は彼の背後からそっと近づいた。
そして真後ろに立つと「こんにちは」と声をかける。
すると比企谷が「うわ!」と声を上げて、椅子から転げ落ちた。
黒子にとっては日常茶飯事の光景。
だけど比企谷は床に尻餅をついたまま、黒子をガン見してきた。
「すみません。驚かすつもりはなかったんですが。」
「それ、にわかに信じられないんだけど。」
「心外です。」
「そりゃこっちのセリフ。」
比企谷は立ち上がると、尻のあたりをパンパンと叩いて埃を掃う。
黒子は転倒の勢いで床に落ちた比企谷の参考書やノートを拾い上げた。
参考書の表紙には、大学の名前が書かれている。
いわゆる「過去問」過去の受験問題を解いていたのだろう。
「比企谷君はこの大学に行くんですか?」
「ああ。一応第一志望。」
「難関校ですね。でも比企谷君は成績良いから。」
「だろ?」
その大学は日本人ならほぼ全員が知る有名名門大学だ。
だけど比企谷ならまぁ射程圏内だろう。
もちろん雪ノ下もだ。
黒子は2人が並んで大学の構内を歩く姿を想像した。
それはごく自然だし、来年の4月には実現しているのだろう。
「そういやお前、この間!」
「この間?」
「青峰さんに冷やかされたぞ?お前、何を言った!?」
黒子は軽く首を傾げて「ああ」と思い至った。
青峰と桃井が最後のコーチを務めたあの日。
比企谷たちは挨拶しに体育館にやって来た。
あのとき女子は女子で盛り上がり、青峰と比企谷も話し込んでいるように見えた。
黒子は灰崎と共に練習を見ていたので、何を喋っていたかはわからないが。
「青峰君に何を言われたんですか?」
「ラブコメ頑張れってさ。」
「ああ。そうですか。」
「そうですかじゃねぇよ。何を言ったんだよ。」
「奉仕部は受験とラブコメで青春を謳歌してますって言いました。」
「余計なことを」
「それしか言ってないです。嘘も言ってませんし。」
なるほど。揶揄われたのか。
黒子は内心ニヤリと笑いつつも、いつもの無表情を保った。
比企谷のラブコメは散々周囲を巻き込んでいるのだ。
少々冷やかされるくらいのこと、受け入れて欲しいものだ。
「比企谷君、もしかしてここで待ち合わせてます?」
「ああ。塾の夏期講習前に少しここで勉強しようと思って。」
黒子は不意に嫌な予感がして、聞いてみる。
すると案の定の答えが返って来た。
相手の名前は言わないが、雪ノ下と待ち合わせしているということだ。
冗談じゃない。
ここでデータチェックなんかしていたら、当てられること必至だ。
「それじゃ勉強、頑張ってください。」
「え?お前、何しにきたの?」
不思議そうに聞き返されたが、もうスルー。
黒子は一度も席につくことなく、踵を返した。
こっちはラブコメなんかしている場合じゃない。
全国制覇のラストチャンスに向かって、走るだけなのだ。
【続く】
「テツ君はこういうの、知ってたの?」
桃色の美少女が微笑しながら、問いかける。
だが黒子は涼しい顔で「まさか」と首を振った。
青峰と桃井のコーチ期間が終わるまで、あと数日。
バスケ部に衝撃が走った。
黒子が唐突に1人の男を連れてきたのだ。
彼の名前は灰崎祥吾。
キセキの世代とは、それなりに因縁がある人物だ。
青峰も桃井も当然、ものすごく驚いた。
最後に灰崎を見たのは、3年前のウィンターカップ。
灰崎は静岡代表福田総合学園高校の選手として、現れた。
そして黄瀬がいた海常高校と対戦して、敗れたのだ。
中学時代の素行の悪さはそのまま、いやさらに悪くなっていた。
だが黄瀬は苦戦しながら、灰崎を撃破した。
自他ともに認める情報通の桃井も、その後の灰崎のことは知らなかった。
別に調べきれなかったという話ではない。
単に行方を追わなかったというだけだ。
なぜなら灰崎はあの直後、高校を中退してしまった。
バスケをやめたというなら、もう別に関係ない。
だがその灰崎が唐突に現れた。
そして黒子は事もなげに、部員たちに紹介したのだ。
しかも「青峰君の後、コーチをお願いする灰崎祥吾君です」と。
青峰の後のコーチ?
桃井としては、驚きを通り越して言葉も出ない。
だが青峰は違った。
いや、驚いたのは間違いないだろう。
だがすぐにそれは怒りに変わった。
すかさず黒子に「どういうつもりだ?」と詰め寄る。
見ている部員たちでさえ、凍り付くほどの迫力だ。
でも黒子は動じることなく「ミニゲームでもしましょう」と言い出したのだ。
そして部活が終わり、部員たちは引き上げた。
誰もいなくなった体育館で、青峰と灰崎が話をしている。
そして桃井と黒子は並んで、体育館の外にいた。
この状況をわかりやすく言うなら、立ち聞き。
体育館の壁にもたれかかりながら、彼らの会話を聞いていたのである。
「一応、身体は鍛えてたんだな。」
「・・・まぁな。」
「ここのコーチになるためにか?」
「まさか。お前と同じタイミングで俺もテツヤに言われたんだ。」
「マジか!?」
2人の会話を聞きながら、桃井は思わず黒子を見た。
青峰の驚きは、桃井の驚きでもあった。
灰崎の言葉を信じるなら、彼もあの紹介のタイミングで告げられたのだ。
こうなると灰崎より、黒子の方に問題があるような気がしてくる。
「俺はテツヤに会いにきただけだ。ここにいるって知って。」
「なんで知ってんだ。」
「ネットで話題になってる。幻の6人目(シックスマン)最後の挑戦って」
「そうか。で、会ってどうするつもりだった?まさか潰しに来たのか?」
青峰の声に怒気が混ざった。
そう、灰崎は3年前に黄瀬を潰しにかかったのだ。
しかも負けた後、その黄瀬を待ち伏せまでした。
青峰はその灰崎を殴り倒したのだ。
「そんなんじゃねぇ。ただ会いたくなっただけだ。」
「お前、もしかしてバスケがしてぇのか?」
その後、灰崎の声が聞こえることはなかった。
だけど桃井は答えを知ったのだ。
バスケなんか好きではない。
そう公言して憚らなかった灰崎の心境がどういう風に変化したかはわからない。
だけど今は明らかにあの頃の灰崎とは違うのだ。
「テツ君はこういうの、知ってたの?」
桃井は微笑しながら、問いかけた。
黒子は涼しい顔で「まさか」と首を振る。
そして「青峰君の後任が欲しかっただけですよ」と答えた。
桃井は「あ、そう」と頷きながら、内心は「嘘つき」と思っていた。
人間観察のスペシャリストである黒子が、灰崎の変化に気付かないはずはない。
だけどまさかいきなりコーチとは。
確かに大胆に意表を突くのが得意技だが、これは予想外すぎる。
「やっぱりテツ君は、あたしが見込んだ男だね。」
桃井は黒子に心からの賛辞を送る。
黒子は相変わらず涼しい顔で「光栄です」と答えた。
*****
「あいつのこと、よろしく頼むな。」
青峰は静かに頭を下げた。
ガラにもないことをしているのは、よくわかっている。
それでもやはりせずにはいられなかったのだ。
7月某日、夏休みまであと数日。
体育館はいつになくしんみりした空気に包まれていた。
なぜならこの日は青峰と桃井のコーチ最終日。
単にコーチを受けるのが最後というだけではない。
2人は渡米を控えており、おそらく当面帰国する予定もない。
つまりこのままもう会えなくなるのだ。
そんな中、体育館には関係者以外の生徒もいた。
奉仕部の4名、比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜、そして小町。
さらにはなぜか生徒会長の一色もいた。
「それじゃアップ、始めて下さい!」
黒子が体育館内に声を張ると、部員たちが動き始めた。
まずはウォーミングアップ、その後はフットワーク。
いつものルーティーンだ。
黒子が指示を出し、灰崎がホイッスルでフォロー。
その間に青峰と桃井が奉仕部の面々たちのところにやって来た。
「悪いな。わざわざ。」
「そうだよね。ヒッキー君たちはもう引退してるのにね。」
青峰と桃井が笑顔で声をかける。
そう、比企谷たちは青峰と桃井に挨拶するために来たのだ。
友人とも先輩後輩とも言いにくい関係だった。
だけど黒子を通じて、それなりの絆はできたと思う。
比企谷が「これくらい全然問題ないっす」と答えた。
女子たちも同意するように、何度も頷いた。
「桃井さん、後でライン教えてください!」
「ですよね。アメリカのお話とか聞きたいし!」
「うん。写真とかもアップしてほしいし!」
「わかった。その代わり日本の情報とかも教えてね!」
やがて桃井を中心に女子たちが盛り上がり始めた。
何となくその輪に入れない青峰と比企谷は苦笑する。
そしてどちらからともなく彼女たちから数歩遠ざかった。
「ところで、青峰さん。」
「あ?何だ?」
「あの灰崎って人、大丈夫なんすか?」
「どういう意味だ?」
「何か怖いっていうか、ヤバい感じっすよね。まぁ俺は部外者だけど。」
比企谷の率直な感想に、青峰は「だよな」とため息をついた。
灰崎は少なくても3年前よりは柔らかい雰囲気になっている。
それでも世間一般からすると、かなりヤバ目なのだ。
「大丈夫とは言えねぇな。」
「そんな無責任な」
「仕方ねぇだろ。テツが強引に決めたんだから」
比企谷のもっともな問いに、青峰は曖昧な答えしか返せない。
青峰だって、灰崎の変化はわかっている。
灰崎の中のバスケへの思いは変化している。
それにこの前、ミニゲームをやった感じでわかった。
全盛期よりは落ちているだろうが、それなりに鍛えている身体だった。
おそらくこっそり練習はしているのだ。
「俺は灰崎をテツほど、信頼してねぇしな。」
「つまり黒子はあの人を信頼してるってことっすね。」
「・・・いや。違うな。」
黒子が灰崎を信頼しているか。
青峰の中で、その答えはノーだ。
黒子は全国制覇という目的のために灰崎という駒を取ったのだ。
リスクが多くても、利はあると踏んで。
その反面、バスケが大好きで純粋な新入生でも入部テストで容赦なくふるい落とす。
黒子は昔からブレない。
勝利のためにできることは、なんでもやるのだ。
「あいつのこと、よろしく頼むな。」
青峰は静かに頭を下げた。
比企谷が驚き、息を飲むのがわかる。
そう、ガラでもないことをしているとわかっている。
だけどやはりいろいろ心配なのだ。
「まぁ俺にできることなんて、たかが知れてますけど。」
比企谷はそんな前置きをしながらも、頷いてくれた。
青峰はそれを見て、少しだけ安堵する。
そしてニヤリと笑うと、唐突に話題を変えたのだった。
*****
「こんにちは」
教室の中で知っている人物を見つけた黒子は、近寄って挨拶をした。
すると声をかけられた相手は「うわ!」と声を上げて、椅子から転げ落ちた。
夏休みに突入して程なくしたある日のこと。
黒子は自分の教室に向かっていた。
データのチェックでパソコンを使うためだ。
おそらく登校している生徒はいないだろう。
部室よりはきっと落ち着いて作業ができるはずだ。
入口の引き戸は開けっ放しになっていた。
黒子は教室の後ろから中に入る。
すると1人だけ自分の席に座っている生徒がいた。
比企谷だ。
机の上に参考書を開いて、ブツブツと何やら呟いている。
どうやら受験勉強中らしい。
黒子は彼の背後からそっと近づいた。
そして真後ろに立つと「こんにちは」と声をかける。
すると比企谷が「うわ!」と声を上げて、椅子から転げ落ちた。
黒子にとっては日常茶飯事の光景。
だけど比企谷は床に尻餅をついたまま、黒子をガン見してきた。
「すみません。驚かすつもりはなかったんですが。」
「それ、にわかに信じられないんだけど。」
「心外です。」
「そりゃこっちのセリフ。」
比企谷は立ち上がると、尻のあたりをパンパンと叩いて埃を掃う。
黒子は転倒の勢いで床に落ちた比企谷の参考書やノートを拾い上げた。
参考書の表紙には、大学の名前が書かれている。
いわゆる「過去問」過去の受験問題を解いていたのだろう。
「比企谷君はこの大学に行くんですか?」
「ああ。一応第一志望。」
「難関校ですね。でも比企谷君は成績良いから。」
「だろ?」
その大学は日本人ならほぼ全員が知る有名名門大学だ。
だけど比企谷ならまぁ射程圏内だろう。
もちろん雪ノ下もだ。
黒子は2人が並んで大学の構内を歩く姿を想像した。
それはごく自然だし、来年の4月には実現しているのだろう。
「そういやお前、この間!」
「この間?」
「青峰さんに冷やかされたぞ?お前、何を言った!?」
黒子は軽く首を傾げて「ああ」と思い至った。
青峰と桃井が最後のコーチを務めたあの日。
比企谷たちは挨拶しに体育館にやって来た。
あのとき女子は女子で盛り上がり、青峰と比企谷も話し込んでいるように見えた。
黒子は灰崎と共に練習を見ていたので、何を喋っていたかはわからないが。
「青峰君に何を言われたんですか?」
「ラブコメ頑張れってさ。」
「ああ。そうですか。」
「そうですかじゃねぇよ。何を言ったんだよ。」
「奉仕部は受験とラブコメで青春を謳歌してますって言いました。」
「余計なことを」
「それしか言ってないです。嘘も言ってませんし。」
なるほど。揶揄われたのか。
黒子は内心ニヤリと笑いつつも、いつもの無表情を保った。
比企谷のラブコメは散々周囲を巻き込んでいるのだ。
少々冷やかされるくらいのこと、受け入れて欲しいものだ。
「比企谷君、もしかしてここで待ち合わせてます?」
「ああ。塾の夏期講習前に少しここで勉強しようと思って。」
黒子は不意に嫌な予感がして、聞いてみる。
すると案の定の答えが返って来た。
相手の名前は言わないが、雪ノ下と待ち合わせしているということだ。
冗談じゃない。
ここでデータチェックなんかしていたら、当てられること必至だ。
「それじゃ勉強、頑張ってください。」
「え?お前、何しにきたの?」
不思議そうに聞き返されたが、もうスルー。
黒子は一度も席につくことなく、踵を返した。
こっちはラブコメなんかしている場合じゃない。
全国制覇のラストチャンスに向かって、走るだけなのだ。
【続く】