「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡、灰色の風に翻弄される。】

「本当にいいの?」
由比ヶ浜結衣は今さらのように念を押してきた。
俺は「いいよ」と頷く。
こんなもんで済むのなら、安いもんだからな。

奉仕部の部室で、俺は夏前の引退を表明した。
そして雪ノ下雪乃もそれに倣うと告げる。
だがそこでハプニングが起こった。
由比ヶ浜が目を潤ませながら、部室を飛び出してしまったのだ。

その後、俺と雪ノ下は小町と一色に説教される羽目になった。
いくら付き合い始めて初めての夏だからって、浮かれ過ぎだと。
3人でここまでやって来た奉仕部なのだ。
俺と雪ノ下が近くなることで、由比ヶ浜を遠ざけるのはひどい。
俺たちはそんなつもりはなかったが、そう見えたと怒られれば返す言葉もない。

説教が一段落したタイミングで、由比ヶ浜が戻って来た。
その目を見れば、泣いた痕跡もあった。
部室内の空気が一気に緊張する。
だが由比ヶ浜は口を開くなり「帰りに何か奢って」と言い出した。

「何がいい?」
「暑いからコンビニでアイスとかがいいかな。」
「そんなんでいいのか?」
「うん。その代わりちょっとリッチなやつね。」

屈託なく笑う由比ヶ浜に、俺は「参った」と思った。
この件については、完全に俺が悪い。
だけど俺が謝罪をすれば、何だか問題を蒸し返してしまう気がする。
とはいえ、何もせずに終わっても罪悪感が残る。
それならちょっとしたものを奢るって、上手い作戦だと思う。
俺も気が楽になるし、ちゃんと仲直りって感じになるもんな。

その日は早々に部活を切り上げて、コンビニに向かった。
由比ヶ浜はさっそくアイスを選ぶ。
プレミアムなんとかって名前がついた、アイスにしちゃあやや高いヤツ。
いざ買うときに「本当にいいの?」と聞かれたから「いいよ」と頷く。
一応俺なりのサービスで、ペットボトルの緑茶もつけた。
ニッコリ笑顔で「ありがとう」と受け取ってもらえれば、何とか手打ち完了。
これにて一件落着ってやつか。

気に入らないのは、一緒についてきたこいつらだ。
雪ノ下と小町、そしてなぜか一色まで同じプレミアムなアイスを食っている。
小町は「あたしもお茶欲しい」と言い出し、一色に至っては「もう1個いいですか?」とか。
お前、奉仕部じゃねーだろ。
っていうか、生徒会の仕事やれや。
ともあれイートインスペースの一角を陣取った俺たちは、プレミアムなスイーツタイムを楽しんだ。

「今日は俺の奢りだ。」
俺は財布を取り出そうとした雪ノ下にそう言った。
すると「私は奢られる理由はないわ」と首を振る。
見習え、一色。この謙虚さを。
だけど俺は「奢る」と念を押した。

「こんなときくらい奢られとけ」
「でも」
「いいんだよ。」

俺は鷹揚に押し切った後「彼氏ヅラさせろよ」と呟いた。
雪ノ下の耳元で、こいつにだけ聞こえるようにな。
一色は気付いたっぽいけど、知らん顔をしてくれる。
高校生にしては少々痛い出費だが、まぁいいや。
可愛い女子4名を引き連れて、ちょっとだけ良い気分だったのは誰にも内緒だ。

「実はね。黒子君に言われたの。」
帰り際、由比ヶ浜がポツリと白状した。
俺は思わず「は?」と声を上げながら、ネタバレを待つ。

「ヒッキーとゆきのんが2人で引退発表したのが、ちょっと寂しくて」
「ああ。悪かった。」
「もういいよ。で、部室を抜け出したとき、黒子君に会って」
「話したのかよ」
「うん。そしたら黒子君、ヒッキーを蹴り飛ばしてやれって。」
「ハァァ?ちょっと待て。」
「うん。あたしもそれはちょっとって言ったの。そしたら」
「何か奢らせてやれって?」
「うん。何か豪華なやつ。マックスコーヒーなんかで手を打つなって。」

黒子。確かにありがたいし、感謝はする。
だけど何だ、この敗北感。
しかもしっかり俺の心の友であるマックスコーヒーをディスってやがるし。

だけど聡明な俺は、これ以上この件を蒸し返したりしなかった。
心に浮かんだ皮肉な言葉は全て飲み込み、吐き出さない。
奉仕部プラス一色の女子軍団にも、黒子にもだ。
その方が気持ちよく終われる。
奉仕部で1年を過ごして、俺も少しは大人になったからな。

*****

「小町!大変だ!今日は俺と一緒に裏門から帰ろう!」
俺は奉仕部の部室に飛び込み、そう叫んだ。
可愛い妹に万一のことがあっては大変、この時の俺は必死だった。

夏休みを前にして、俺は奉仕部を引退した。
雪ノ下と由比ヶ浜も、結局同じ時期に引くことになった。
正直なところ、面倒だと思うことも多かった部活。
だけど引退ってなると、寂しいもんだな。

そんな手持ち無沙汰な放課後。
1人で帰ろうとしていた俺は、足を止めた。
正門を何名かの生徒が遠巻きにしている。
何だ?と目を凝らせば、すぐにその理由は知れた。
正門にいかにもガラが悪そうな男が1人、もたれかかりながら校舎を見上げていたのだ。

ヤンキーってやつか?
俺はその男をマジマジと見てしまう。風に揺れる灰色の髪。
うちの学校って戸部みたいなチャラ男は何人かいるけど、こういうのはいない。
雰囲気や顔つきから「ワル」って雰囲気が漂っているんだ。

そうだ。小町!
次の瞬間、俺の頭に浮かんだのは妹のことだった。
雪ノ下は今日は用事があるからもう帰っているはずで、心配ない。
由比ヶ浜もいつも仲の良い女子と一緒だから大丈夫だろう。
だけど小町は今、多分1人で奉仕部の部室にいる。
万が一、帰りに何かに巻き込まれるようなことになったら。
考え過ぎか?いやでも安全に越したことはない!
俺は校舎に駆け戻ると、奉仕部の部室に急いだ。

「小町!大変だ!今日は俺と一緒に裏門から帰ろう!」
「何なの?お兄ちゃん。」
「正門にヤンキーが攻めてきた。さっさと逃げよう!」

俺は部室に飛び込むなり、小町に詰めよった。
正門でのことなど知らない小町はポカンとしている。
説明しようとした俺の背後で扉がガラガラと開き、俺は驚き「わ!」と声を上げた。
小町だけだと思っていた奉仕部に、どうやらもう1人いたらしい。
そしてこんな風に影が薄く、気配を感じさせないヤツを俺は1人しか知らない。

「別に攻めてきたわけじゃないと思いますよ。」
どうやら廊下の窓から正門を見た黒子が、戻ってくるなりそう言った。
そしてノートパソコンを閉じると、小脇に抱えて出ていく。
何だ?どういうことだ?
俺と小町も廊下に出て、正門の男を確認する。
そのとき俺は信じられない光景を見た。

校舎から出た黒子が正門前の灰色の男に近づいて行ったのだ。
その足取りはまったく普通、躊躇いも恐れも見えない。
そして黒子はその男の前に立つと、何やら話し始めたのだ。

「黒子先輩、あんな怖そうな人と喋ってるね。」
「ああ。1年経っても黒子って、全然底が見えねぇよ。」
「っていうか、知り合いなんじゃない?」
「ハァ?黒子とあの悪そうなヤツが?」
「うん。だって攻めてきたんじゃないって言い切ったし。」

俺と小町はそんなことを喋りながら、黒子と男を見ていた。
窓越しの遠目だし、はっきりとはわからない。
だけど敵対しているという雰囲気ではなかった。
かと言って、決して友好的にも見えないが。

「うわ。嘘だろ。」
しばらく見ていた俺は、信じられない光景に思わず声を上げた。
何と黒子と男は2人並んで歩き出したのだ。
しかも正門の内側、学校の中へ。
何してくれてんだ。黒子!
あんなヤバい野獣みたいなヤツ、何で学校に入れてんだよ!

「バスケ部に行ってみようよ!」
俺と一緒に一部始終を見ていた小町がそう言った。
もちろん俺は「嫌だ」と断固拒否だ。
黒子の知り合いとなれば、おそらくバスケがらみ。
ならバスケ部に向かう可能性は高い。
だけどわざわざ野獣の檻に近づく必要なんかないだろ?

「あっそ。じゃあ1人で行く。」
小町が俺の拒否など物ともせずに歩き出す。
俺は結局、小町と一緒に体育館に向かうことになった。
さすがに可愛い妹を1人で危険な場所に行かせたくないからな。

そして体育館に足を踏み入れてしまった俺は、知ることになった。
黒子は全国制覇という目的のためなら、何でもする。
飛び込んできた野獣さえも利用するのだということを。

*****

「何で、こうなったの?」
桃色の美人が不思議そうに首を傾げながら、俺に聞いてきた。
俺は「わかりません」と首を振るしかなかった。

俺と小町は体育館のドアをそっと開けて、中を覗いた。
案の定というか、予想通りというか。
中の雰囲気は騒然としていて、まさにカオス状態。
その中心には黒子とあの灰色の野獣がいた。

「青峰君の後、コーチをお願いする灰崎祥吾君です。」
黒子は部員たちにそう言った。
部員たちの表情は混乱、そして困惑。
青峰さんだって、黙ってりゃ怖い。
だけど灰崎って人は、怖いってよりヤバいって感じだからな。

「テツ、お前、どういうつもりだ?」
青峰さんが黒子に詰め寄っている。
この人、ただでさえ迫力っていうか凄味があるんだよ。
それが普段の3割増しになってる。
つまり青峰さんは灰崎って人をあまり良く思ってないってことらしい。
だけど黒子は涼しい顔で「別に」と答えた。

「言葉通りの意味ですけど」
「灰崎をコーチにするってのか?」
「はい。青峰君、引継ぎとかお願いしますね。」
「おい!」
「とりあえず灰崎君、アップしちゃって下さい。」

今さら驚くことじゃねぇけど、黒子ってやっぱりすげぇ。
この剣幕の青峰さん相手にペースが乱れないんだからな。
そうこうしているうちに、灰崎さんがアップを始めた。
軽くストレッチをして、体育館内を軽くジョギング。
すると黒子もそれに倣うように、身体を動かし始めた。
そんな2人を青峰さんがじっと見ている。

「何で、こうなったの?」
桃井さんがコソッと俺の隣に来て、そう言った。
この展開が不思議でならないって顔だ。
だけど俺は「わかりません」と首を振るしかなかった。
憮然とした顔になってしまうのは、許してほしい。
だって俺は実際、何にも知らないんだからな。

「あの灰崎って人、何者なんですか?」
俺は逆に桃井さんにそう聞いた。
桃井さんは一瞬躊躇う感じだったけど、すぐに教えてくれた。
灰崎さんは青峰さんたちがまだキセキなんて呼ばれる前、チームメイトだった人だそうだ。
だけど素行が悪くて、練習もサボりがち。
それで赤司さんに言われて、バスケ部を辞めたのだそうだ。
その後、黄瀬さんが入部して、彼らはキセキの世代になった。

「それじゃ手始めに、ミニゲームでもしましょう。」
ウォーミングアップを終えた黒子は、そう言った。
そして部員の何名かに声をかける。
どうやら青峰チーム対灰崎チームで試合をするつもりらしい。
そして灰崎チームには黒子も入る。
さらにレギュラーの部員たちを加えて、5対5のゲームだ。

「桃井さん、審判をお願いしますね。」
「それはいいけど。でも大丈夫かなぁ?」

桃井さんはホイッスルを首にかけながら、心配そうな表情だ。
だけど黒子は「問題ありません」と涼しい顔だ。
声をかけられた部員たちもコートに入った。
残りの部員たちはコートの外から興味津々という顔で見つめている。

「時間は15分で1クォーターのみ。みなさん、いいですね。」
黒子がそう宣言すると、青峰さんも灰崎さんもコートの中の部員たちの頷く。
そして桃井さんのホイッスルと共に、試合が始まった。

さて、どうするか。
にわかに熱い展開になった体育館の中で、俺は迷っていた。
正直なところなりゆきで、もっと言うなら野次馬根性でここにいる俺と小町。
つまりまったくの部外者なんだ。
ここでミニゲームを見る必要はまったくない。

だけど俺も小町もその場を動けなかった。
青峰さんは相変わらず素人の俺でもわかる天才っぷり。
黒子のパスワークも健在だ。
そして灰崎さんもうちの部員とかと比べれば、かなりすごいのがわかった。
単なる練習の延長にすぎないミニゲームに、体育館は熱狂状態。
気付けば俺も小町も、すっかり夢中になっていた。

それから数日後。
青峰さんと桃井さんは、うちのバスケ部を去った。
そして新しいコーチを迎えて、新たなスタートを切ったのだ。

【続く】
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