「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【比企谷八幡、引退について悩み、迷う。】
「もしかして、機嫌が悪い?」
俺はいつもと変わらなく見える黒子にそう聞いてみる。
するとあっさり「当たり前でしょう」と返されてしまった。
黒子と総武高校バスケ部の夏は終わった。
結果は千葉県3位。単純にすごいよな。
毎年ほぼ1回戦負け、たまに2回戦に行ければラッキー。
うちのバスケ部はそんな感じだったんだ。
それが一気に強豪の仲間入りをしたんだから。
土日で決勝リーグは終わり、週が明けた月曜日。
バスケ部は賞賛と祝福の嵐の中にいた。
もちろん黒子はその筆頭だ。
登校するなり、クラスメイトたちから「おめでとう」の洪水を浴びていた。
「すごいなぁ。さすがはキセキの世代。」
すかさず黒子に近寄り、声をかけたのはやはりこいつ。
みんなのアイドル、葉山隼人だ。
こういう注目を浴びるイベントの時には、いつの間にか目立つ立ち位置にいる男。
あ、一応ことわっておくけど羨ましくはないからな。
対する黒子は、いつもとまったく同じに見えた。
ポーカーフェイス、無表情だ。
そして冷静に「ボクはキセキの世代じゃないです」と答える。
俺らにしてみれば、黒子も込みの6人がキセキの世代。
だけど黒子にしてみれば、違うんだそうだ。
キセキの世代は、あくまでも5人の天才。
そして自分は天才たちの光に照らされてできた影に過ぎないと言う。
「とにかくすごいよ。まだ引退はしないんだろ?」
「はい。ウィンターカップがありますから。」
「楽しみだね。俺にできることがあったら、何でも言ってくれよ。」
「はい。ありがとうございます。」
葉山と黒子の話を聞きながら、俺は内心ウンザリしていた。
わかりやすい社交辞令だ。
葉山はクラスを、いや学校を代表して黒子を褒め称えた。
そして黒子は静かにそれを受けて、礼を言う。
もちろん葉山も、他の生徒だってバスケ部のために何かするつもりなんかない。
黒子だって、何も期待していないだろう。
だけどこれでこの場の空気は壊れることなく、楽しいまま続く。
きっと俺にはこういうスキルが欠けてるんだろうな。
俺はそんなことを思って、こっそりため息をついた。
場を明るくするために、敢えて前面に立って発言する。
社交辞令だとわかっても、ごく普通に感謝を伝える。
俺にはどっちも絶対にできない芸当だ。
嘘やハッタリだったら、簡単に出てくるんだけどな。
「おはようございます。」
「うわぁ!」
完全に油断していたところに声をかけられて、俺は声を上げてしまった。
影が薄い男はいつの間にか、俺の席の前まで来ていたのだ。
俺はやや乱れた呼吸を整えながら「ああ」と頷く。
それにしても俺、この1年で何回黒子に驚かされているんだろう?
「いろいろお世話になりました。奉仕部にも比企谷君にも」
「大躍進だな。バスケ部。」
「ええ。まぁ。」
「もしかして、機嫌が悪い?」
俺はいつもと変わらなく見える黒子にそう聞いてみる。
こいつとの付き合いも、そこそこ長い。
だからこそ違和感に気付いてしまうのだ。
そう、黒子はおそらくかなり機嫌が悪い。
「当たり前でしょう。」
黒子はあっさりとそう答えた。
案の定、予想通り。
本当に機嫌が悪かった。
「全国制覇するはずが千葉県3位止まりですよ?」
「充分、快挙だと思うけど」
「全然ですよ。実は『おめでとう』って言われても悔しいだけなんです。」
「貪欲だな。」
俺は半分賞賛、そして半分呆れていた。
黒子はあくまでも真剣に頂点だけを目指している。
そして本気で悔しがってるんだ。
「ウィンターカップ、期待してる。」
「ありがとうございます。」
俺は「おめでとう」の代わりに、未来の話をした。
黒子は律儀に礼を返してくれる。
少しだけ機嫌が直ったような気がするのは、俺の気のせいじゃないだろう。
*****
「どうしたものかしら?」
雪ノ下雪乃が首をかすかに傾げながら、俺をじっと見た。
大事な話のはずなのに、瞬間ドキッと赤面してしまった俺はなかなかの人でなしかもしれない。
黒子率いるバスケ部の快挙から数日。
盛り上がっていた校内の雰囲気もかなり落ち着いてきた。
当の黒子はもう次に向かって走り始めている。
青峰さんと桃井さんの臨時コーチ期間はそろそろ終わり。
新しいチーム体制を作ろうと、いろいろ動いているようだ。
そんなある日の朝の事。
雪ノ下が俺の教室に来ていた。
あと少しで夏休み。
俺たちは決めなければならないことがあったのだ。
「これとこれ、受けましょうよ。」
「は?多くねぇ?」
「そう?少ないと思うけど。できればこっちも受けたいのだけれど。」
「そんなにガリガリやる必要、あるか?」
俺の机の上に広げられているのは、塾の夏期講習のパンフレットだ。
この夏は受験勉強に励むことになる。
そこで2人で一緒に受ける授業を選んでいるところだった。
え?デートも兼ねてるだろうって?
実を言うと、その通りだ。
受験勉強とラブコメ、一緒にできれば好都合だろ?
もちろんそんなことは口に出しては言えないけどな。
「3つも受けるのかよ。」
俺は雪ノ下が候補に挙げた3つの講座に、肩を落とした。
一緒の講習を受けるのはいいけど、ちょっと多くね?
だけど雪ノ下は「これくらい大したことないでしょ」と涼しい顔だ。
「ところで部活のこと。どうしたものかしら?」
雪ノ下は夏期講習の話をぶった切ると、話題を変えた。
真っ直ぐに俺を見つめるその視線に、瞬間ドキッと赤面する。
だけど慌てて「そうだなぁ」と誤魔化した。
大事な話のはずなのに、このリアクションはないよな。
話を戻すと、部のことは最近ずっと考え続けてきたんだ。
俺たちはいつ、部を引退するべきなのか。
引退は夏休み前か、それとも秋か。
黒子みたいに大きな大会でもあれば、わかりやすい区切りとなる。
だけど奉仕部にはそれがない。
それなら自分たちで区切るしかなく、そろそろ決断の時期かなって感じにはなっていた。
受験勉強にも本腰を入れたい時期だしな。
だけどそうなると気がかりなことがある。
3年生が抜けて、小町は大丈夫か?
奉仕部なんて、ドッと人数が増える部じゃないしな。
何なら潰したっていいと思うけど、小町にはそんな気はないらしい。
「本当に引退しちゃっていいのかしら?」
「だよな」
「もうすこし、秋ぐらいまで続けるって手もあるけど。」
「それもありかな」
「でも結局、問題を先延ばしにしただけって気もするし」
「そうだなぁ」
俺は迷いながら、相槌を打つ。
どうしたもんかね。いったい。
だがふと気づくと、雪ノ下が怖い顔で俺を睨んでいた。
「な、何?」
「さっきから『だよな』とか『そうだな』とか。話が進まないじゃない。」
「そうだけど。決められねぇんだよ。これはひとまず保留にしねぇ?」
「もう何度も保留にしたじゃない。早く決めないと夏休みになってしまうわ。」
だんだん語気が荒くなる雪ノ下を見ながら、俺は途方に暮れた。
わかっているよ。
雪ノ下が敢えて、決断を俺に任せてくれている。
なぜなら奉仕部に残っているのは、俺の妹の小町だからだ。
兄である俺の意思を最優先と思ってくれているんだろう。
それで先延ばししまくる俺に焦れている。
「でもなぁ」
まだ決めきれない俺に、雪ノ下の表情が強張った。
まずい。今度こそ怒らせたか?
だがそこで「あの」と控えめな声が割って入って来た。
「結構目立ってますよ。教室でケンカはやめた方がいいです。」
聞き慣れた平坦な声は、もちろん黒子だった。
俺たちは我に返って、教室を見回す。
するとクラス中の生徒が俺たちの方を見ていた。
「ちなみにボクは引退はおふたりが好きな時期にされたらいいと思います。」
「でもそうなると、小町は」
「いつか引退するなら、同じことじゃないですか?」
黒子は言うだけ言うと、さっさと自分の席に戻っていく。
呆気にとられてそれを見ていた俺たちだったが、すぐに雪ノ下がくすりと笑う。
それを見た俺も「へへ」と苦笑した。
確かにいつ辞めても同じなら、俺たちの都合の良い時期でいいよな。
黒子のアドバイス(?)は、実に的確だ。
「とりあえず引退して、夏休み以降はなるべく顔を出すって感じにしとくか。」
「そうね。それがいいかも。」
あっさり懸案事項に結論を出したところで、チャイムが鳴った。
雪ノ下が「また」と手を振り、自分の教室へ帰っていく。
それを見送りながら、俺は「ハァァ」とため息をついた。
クラス中の視線がまだ集まっている気がしたが、そこはスルーで許してくれ。
*****
「そっか。そうだよね。」
由比ヶ浜結衣が寂しそうに笑った。
その瞬間、雪ノ下雪乃の顔が少しだけ強張った気がする。
俺も少しだけ心が痛んだが、敢えて何でもない顔をした。
放課後の奉仕部の部室。
定位置にいるのは俺と雪ノ下、そして小町。
そしてなぜか一色いろはもいた。
どうやらバスケ部の応援の指揮も終わり、生徒会は少しヒマらしい。
だからってここに来るのはどうかと思うけどな。
やがて廊下でバタバタと足音が近づいてきた。
相変わらず慌ただしいヤツ、と俺は苦笑する。
足音は予想通り、部室の前で止まった。
そして勢いよくドアが開く。
発せられた第一声さえ、まったく予定通りだ。
「やっはろー!遅れてゴメン!」
勢いよく飛び込んできたのは、由比ヶ浜結衣だった。
小町が「大丈夫ですかぁ?」と声をかける。
どうやら由比ヶ浜は全力疾走で来たらしく、激しくゼェハァしてるからな。
「ここ、そんな時間厳守な部だったか?」
「時間は守った方が良いに決まってるわ。」
「そりゃそうだが、ここまで走らんでも。」
「そこは同意ね。転んでケガでもしたら危ないし。」
俺と雪ノ下は喋りながら、視線を合わせて頷き合った。
全員揃ったところで、言うべきことがある。
由比ヶ浜が呼吸を整え、定位置の席に落ち着くのを待つ。
そして頃合いを見て、俺は口を開いた。
「俺、夏休み前でこの部を引退しようと思う。」
「私も同じにするわ。」
俺が宣言すると、雪ノ下も追従するように加わってきた。
一色が「へ?何で?」と間抜けな声を上げる。
だが小町は「わかった。こっからは受験一直線だね」と頷いた。
まぁ奉仕部内では何度か話し合ったネタだ。
今さら小町にとっては、驚きもないだろう。
「っつうか、何で一色がそのリアクション?」
俺は率直な疑問を口にした。
漫画的に表現するなら、目がテンってヤツ?
だけどすぐに我に返ったらしい。
目を吊り上げて「聞いてないですよ!」と突っかかって来た。
「一色には言ってなかったっけ。」
俺はそう言った。
ってか、そう言うしかないよな。
確かに今まで一色には、そんな話はしてないんだから。
だってこいつ、別に奉仕部じゃないし。
「じゃあこれから依頼とか、どうすればいいんですか!?」
「小町に言ってくれ。こいつは残るんだから。」
「え~?でも!」
「まぁどうしても困ったことになったら、卒業前なら手は貸せるけど。」
俺は一色とポンポン言い合いながら「あれ?」と思った。
由比ヶ浜がずっと何も喋っていないことに気付いたからだ。
引退時期について、俺たちは由比ヶ浜とも話をしていた。
夏休み前か、それとも秋頃か。
別に3人合わせる必要もないし、それぞれ好きな時期でいいんじゃないかとも言った。
「由比ヶ浜は」
どうする?と言いかけた俺はそこで言葉が止まった。
なぜなら由比ヶ浜の目が潤んでいたからだ。
今にも涙が零れそうなほどに。
「2人とも、もう決めたんだ。」
俺の視線に答えるように、由比ヶ浜が口を開いた。
だけどその声が震えている。
俺と雪ノ下は驚き、顔を見合わせる。
由比ヶ浜は自分に言い聞かせるように「そっか。そうだよね」と言った。
「ごめんなさい。ここで発表する前にあなたに言うべきだったわね。」
雪ノ下が表情を強張らせながら、あやまった。
そうか。いくら話し合っていたとはいえ、最終結論は今初めて言った。
その相談がなかったことで、傷つけたのか。
「悪かった。順番を少し飛ばしちまった。」
俺も慌てて詫びの言葉を口にした。
すると由比ヶ浜はフルフルと首を振る。
そして「何か飲み物を買ってくるね」と叫び、部室を飛び出して行ってしまった。
「配慮が足りなかったか」
俺は肩を落として、ため息をつく。
だが一色が「そうじゃないですよ」と呆れたようにため息をかぶせてきた。
意味がわからず雪ノ下を見たが、わからないとばかりに首を振られてしまった。
結局その日はずっと微妙な雰囲気だった。
由比ヶ浜は無理して笑っているのがバレバレで、一色は咎めるように俺と雪ノ下を睨む。
そして俺たちは訳がわからないまま、何とか乗り切るしかなかったのだ。
【続く】
「もしかして、機嫌が悪い?」
俺はいつもと変わらなく見える黒子にそう聞いてみる。
するとあっさり「当たり前でしょう」と返されてしまった。
黒子と総武高校バスケ部の夏は終わった。
結果は千葉県3位。単純にすごいよな。
毎年ほぼ1回戦負け、たまに2回戦に行ければラッキー。
うちのバスケ部はそんな感じだったんだ。
それが一気に強豪の仲間入りをしたんだから。
土日で決勝リーグは終わり、週が明けた月曜日。
バスケ部は賞賛と祝福の嵐の中にいた。
もちろん黒子はその筆頭だ。
登校するなり、クラスメイトたちから「おめでとう」の洪水を浴びていた。
「すごいなぁ。さすがはキセキの世代。」
すかさず黒子に近寄り、声をかけたのはやはりこいつ。
みんなのアイドル、葉山隼人だ。
こういう注目を浴びるイベントの時には、いつの間にか目立つ立ち位置にいる男。
あ、一応ことわっておくけど羨ましくはないからな。
対する黒子は、いつもとまったく同じに見えた。
ポーカーフェイス、無表情だ。
そして冷静に「ボクはキセキの世代じゃないです」と答える。
俺らにしてみれば、黒子も込みの6人がキセキの世代。
だけど黒子にしてみれば、違うんだそうだ。
キセキの世代は、あくまでも5人の天才。
そして自分は天才たちの光に照らされてできた影に過ぎないと言う。
「とにかくすごいよ。まだ引退はしないんだろ?」
「はい。ウィンターカップがありますから。」
「楽しみだね。俺にできることがあったら、何でも言ってくれよ。」
「はい。ありがとうございます。」
葉山と黒子の話を聞きながら、俺は内心ウンザリしていた。
わかりやすい社交辞令だ。
葉山はクラスを、いや学校を代表して黒子を褒め称えた。
そして黒子は静かにそれを受けて、礼を言う。
もちろん葉山も、他の生徒だってバスケ部のために何かするつもりなんかない。
黒子だって、何も期待していないだろう。
だけどこれでこの場の空気は壊れることなく、楽しいまま続く。
きっと俺にはこういうスキルが欠けてるんだろうな。
俺はそんなことを思って、こっそりため息をついた。
場を明るくするために、敢えて前面に立って発言する。
社交辞令だとわかっても、ごく普通に感謝を伝える。
俺にはどっちも絶対にできない芸当だ。
嘘やハッタリだったら、簡単に出てくるんだけどな。
「おはようございます。」
「うわぁ!」
完全に油断していたところに声をかけられて、俺は声を上げてしまった。
影が薄い男はいつの間にか、俺の席の前まで来ていたのだ。
俺はやや乱れた呼吸を整えながら「ああ」と頷く。
それにしても俺、この1年で何回黒子に驚かされているんだろう?
「いろいろお世話になりました。奉仕部にも比企谷君にも」
「大躍進だな。バスケ部。」
「ええ。まぁ。」
「もしかして、機嫌が悪い?」
俺はいつもと変わらなく見える黒子にそう聞いてみる。
こいつとの付き合いも、そこそこ長い。
だからこそ違和感に気付いてしまうのだ。
そう、黒子はおそらくかなり機嫌が悪い。
「当たり前でしょう。」
黒子はあっさりとそう答えた。
案の定、予想通り。
本当に機嫌が悪かった。
「全国制覇するはずが千葉県3位止まりですよ?」
「充分、快挙だと思うけど」
「全然ですよ。実は『おめでとう』って言われても悔しいだけなんです。」
「貪欲だな。」
俺は半分賞賛、そして半分呆れていた。
黒子はあくまでも真剣に頂点だけを目指している。
そして本気で悔しがってるんだ。
「ウィンターカップ、期待してる。」
「ありがとうございます。」
俺は「おめでとう」の代わりに、未来の話をした。
黒子は律儀に礼を返してくれる。
少しだけ機嫌が直ったような気がするのは、俺の気のせいじゃないだろう。
*****
「どうしたものかしら?」
雪ノ下雪乃が首をかすかに傾げながら、俺をじっと見た。
大事な話のはずなのに、瞬間ドキッと赤面してしまった俺はなかなかの人でなしかもしれない。
黒子率いるバスケ部の快挙から数日。
盛り上がっていた校内の雰囲気もかなり落ち着いてきた。
当の黒子はもう次に向かって走り始めている。
青峰さんと桃井さんの臨時コーチ期間はそろそろ終わり。
新しいチーム体制を作ろうと、いろいろ動いているようだ。
そんなある日の朝の事。
雪ノ下が俺の教室に来ていた。
あと少しで夏休み。
俺たちは決めなければならないことがあったのだ。
「これとこれ、受けましょうよ。」
「は?多くねぇ?」
「そう?少ないと思うけど。できればこっちも受けたいのだけれど。」
「そんなにガリガリやる必要、あるか?」
俺の机の上に広げられているのは、塾の夏期講習のパンフレットだ。
この夏は受験勉強に励むことになる。
そこで2人で一緒に受ける授業を選んでいるところだった。
え?デートも兼ねてるだろうって?
実を言うと、その通りだ。
受験勉強とラブコメ、一緒にできれば好都合だろ?
もちろんそんなことは口に出しては言えないけどな。
「3つも受けるのかよ。」
俺は雪ノ下が候補に挙げた3つの講座に、肩を落とした。
一緒の講習を受けるのはいいけど、ちょっと多くね?
だけど雪ノ下は「これくらい大したことないでしょ」と涼しい顔だ。
「ところで部活のこと。どうしたものかしら?」
雪ノ下は夏期講習の話をぶった切ると、話題を変えた。
真っ直ぐに俺を見つめるその視線に、瞬間ドキッと赤面する。
だけど慌てて「そうだなぁ」と誤魔化した。
大事な話のはずなのに、このリアクションはないよな。
話を戻すと、部のことは最近ずっと考え続けてきたんだ。
俺たちはいつ、部を引退するべきなのか。
引退は夏休み前か、それとも秋か。
黒子みたいに大きな大会でもあれば、わかりやすい区切りとなる。
だけど奉仕部にはそれがない。
それなら自分たちで区切るしかなく、そろそろ決断の時期かなって感じにはなっていた。
受験勉強にも本腰を入れたい時期だしな。
だけどそうなると気がかりなことがある。
3年生が抜けて、小町は大丈夫か?
奉仕部なんて、ドッと人数が増える部じゃないしな。
何なら潰したっていいと思うけど、小町にはそんな気はないらしい。
「本当に引退しちゃっていいのかしら?」
「だよな」
「もうすこし、秋ぐらいまで続けるって手もあるけど。」
「それもありかな」
「でも結局、問題を先延ばしにしただけって気もするし」
「そうだなぁ」
俺は迷いながら、相槌を打つ。
どうしたもんかね。いったい。
だがふと気づくと、雪ノ下が怖い顔で俺を睨んでいた。
「な、何?」
「さっきから『だよな』とか『そうだな』とか。話が進まないじゃない。」
「そうだけど。決められねぇんだよ。これはひとまず保留にしねぇ?」
「もう何度も保留にしたじゃない。早く決めないと夏休みになってしまうわ。」
だんだん語気が荒くなる雪ノ下を見ながら、俺は途方に暮れた。
わかっているよ。
雪ノ下が敢えて、決断を俺に任せてくれている。
なぜなら奉仕部に残っているのは、俺の妹の小町だからだ。
兄である俺の意思を最優先と思ってくれているんだろう。
それで先延ばししまくる俺に焦れている。
「でもなぁ」
まだ決めきれない俺に、雪ノ下の表情が強張った。
まずい。今度こそ怒らせたか?
だがそこで「あの」と控えめな声が割って入って来た。
「結構目立ってますよ。教室でケンカはやめた方がいいです。」
聞き慣れた平坦な声は、もちろん黒子だった。
俺たちは我に返って、教室を見回す。
するとクラス中の生徒が俺たちの方を見ていた。
「ちなみにボクは引退はおふたりが好きな時期にされたらいいと思います。」
「でもそうなると、小町は」
「いつか引退するなら、同じことじゃないですか?」
黒子は言うだけ言うと、さっさと自分の席に戻っていく。
呆気にとられてそれを見ていた俺たちだったが、すぐに雪ノ下がくすりと笑う。
それを見た俺も「へへ」と苦笑した。
確かにいつ辞めても同じなら、俺たちの都合の良い時期でいいよな。
黒子のアドバイス(?)は、実に的確だ。
「とりあえず引退して、夏休み以降はなるべく顔を出すって感じにしとくか。」
「そうね。それがいいかも。」
あっさり懸案事項に結論を出したところで、チャイムが鳴った。
雪ノ下が「また」と手を振り、自分の教室へ帰っていく。
それを見送りながら、俺は「ハァァ」とため息をついた。
クラス中の視線がまだ集まっている気がしたが、そこはスルーで許してくれ。
*****
「そっか。そうだよね。」
由比ヶ浜結衣が寂しそうに笑った。
その瞬間、雪ノ下雪乃の顔が少しだけ強張った気がする。
俺も少しだけ心が痛んだが、敢えて何でもない顔をした。
放課後の奉仕部の部室。
定位置にいるのは俺と雪ノ下、そして小町。
そしてなぜか一色いろはもいた。
どうやらバスケ部の応援の指揮も終わり、生徒会は少しヒマらしい。
だからってここに来るのはどうかと思うけどな。
やがて廊下でバタバタと足音が近づいてきた。
相変わらず慌ただしいヤツ、と俺は苦笑する。
足音は予想通り、部室の前で止まった。
そして勢いよくドアが開く。
発せられた第一声さえ、まったく予定通りだ。
「やっはろー!遅れてゴメン!」
勢いよく飛び込んできたのは、由比ヶ浜結衣だった。
小町が「大丈夫ですかぁ?」と声をかける。
どうやら由比ヶ浜は全力疾走で来たらしく、激しくゼェハァしてるからな。
「ここ、そんな時間厳守な部だったか?」
「時間は守った方が良いに決まってるわ。」
「そりゃそうだが、ここまで走らんでも。」
「そこは同意ね。転んでケガでもしたら危ないし。」
俺と雪ノ下は喋りながら、視線を合わせて頷き合った。
全員揃ったところで、言うべきことがある。
由比ヶ浜が呼吸を整え、定位置の席に落ち着くのを待つ。
そして頃合いを見て、俺は口を開いた。
「俺、夏休み前でこの部を引退しようと思う。」
「私も同じにするわ。」
俺が宣言すると、雪ノ下も追従するように加わってきた。
一色が「へ?何で?」と間抜けな声を上げる。
だが小町は「わかった。こっからは受験一直線だね」と頷いた。
まぁ奉仕部内では何度か話し合ったネタだ。
今さら小町にとっては、驚きもないだろう。
「っつうか、何で一色がそのリアクション?」
俺は率直な疑問を口にした。
漫画的に表現するなら、目がテンってヤツ?
だけどすぐに我に返ったらしい。
目を吊り上げて「聞いてないですよ!」と突っかかって来た。
「一色には言ってなかったっけ。」
俺はそう言った。
ってか、そう言うしかないよな。
確かに今まで一色には、そんな話はしてないんだから。
だってこいつ、別に奉仕部じゃないし。
「じゃあこれから依頼とか、どうすればいいんですか!?」
「小町に言ってくれ。こいつは残るんだから。」
「え~?でも!」
「まぁどうしても困ったことになったら、卒業前なら手は貸せるけど。」
俺は一色とポンポン言い合いながら「あれ?」と思った。
由比ヶ浜がずっと何も喋っていないことに気付いたからだ。
引退時期について、俺たちは由比ヶ浜とも話をしていた。
夏休み前か、それとも秋頃か。
別に3人合わせる必要もないし、それぞれ好きな時期でいいんじゃないかとも言った。
「由比ヶ浜は」
どうする?と言いかけた俺はそこで言葉が止まった。
なぜなら由比ヶ浜の目が潤んでいたからだ。
今にも涙が零れそうなほどに。
「2人とも、もう決めたんだ。」
俺の視線に答えるように、由比ヶ浜が口を開いた。
だけどその声が震えている。
俺と雪ノ下は驚き、顔を見合わせる。
由比ヶ浜は自分に言い聞かせるように「そっか。そうだよね」と言った。
「ごめんなさい。ここで発表する前にあなたに言うべきだったわね。」
雪ノ下が表情を強張らせながら、あやまった。
そうか。いくら話し合っていたとはいえ、最終結論は今初めて言った。
その相談がなかったことで、傷つけたのか。
「悪かった。順番を少し飛ばしちまった。」
俺も慌てて詫びの言葉を口にした。
すると由比ヶ浜はフルフルと首を振る。
そして「何か飲み物を買ってくるね」と叫び、部室を飛び出して行ってしまった。
「配慮が足りなかったか」
俺は肩を落として、ため息をつく。
だが一色が「そうじゃないですよ」と呆れたようにため息をかぶせてきた。
意味がわからず雪ノ下を見たが、わからないとばかりに首を振られてしまった。
結局その日はずっと微妙な雰囲気だった。
由比ヶ浜は無理して笑っているのがバレバレで、一色は咎めるように俺と雪ノ下を睨む。
そして俺たちは訳がわからないまま、何とか乗り切るしかなかったのだ。
【続く】