「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤの夏は熱く短く、そして切ない。】
「ダメです。もう一度!」
思わず声を荒げてしまい、彼らしからぬ行為に部員たちが驚いている。
黒子は深呼吸を1つすると、落ち着けと自分に言い聞かせた。
インターハイ予選の初日と2日目、バスケ部は何とか勝ち残った。
今度は次の週末、ブロック決勝と決勝リーグだ。
これは総武高校バスケ部始まって以来の快挙だそうだ。
そのせいで学校全体が浮かれた雰囲気になっていた。
これはまずい。
黒子は秘かに焦っていた。
別に学校の雰囲気はどうでも良い。
心配なのは、部員たちのメンタルだ。
ここまでは余計なことを考えず、ただひたすら練習をして来た。
だけど今、バスケ部は学校中からチヤホヤと無駄に賞賛の嵐を受けている状態。
慢心とか欲とか、余計なことで全力が出せなくなる事態だけは避けたい。
だから部活中、つい声を荒げてしまったのだ。
例によって、対戦チームを分析し、的を絞った試合形式の練習中のことだ。
模倣のスペシャリスト黄瀬を筆頭に、かつての仲間を動員した仮想決勝リーグ。
だけど部員たちの動きが悪い。
そこで思わず語気荒く「ダメです」と言ってしまった。
「テツ君。大丈夫?」
桃井が心配そうに声をかけてくれた。
黒子は「すみません。大丈夫です」と答える。
ダメだ。自分が一番引きずられている。
頭を冷やした方がよさそうだ。
「少しお願いします。」
黒子は青峰に声をかけると、体育館を出た。
そして思わず眉をしかめる。
初夏の日差しは思いのほか暑かったからだ。
黒子は「ハァ」と小さくため息をつくと、数メートル先の木陰に移動した。
まったく。ボクが焦ってどうする。
黒子は心の中で、自分自身を諭した。
部員たちの動きが悪いのは、当たり前だ。
決勝リーグに進んでくるであろう学校は、今までより格段に強い。
仮想敵チームをしてくれるかつての仲間たちも相応のプレイをしてくれるのだから。
とにかく冷静に。そして全力でやるしかない。
黒子はもう1度深呼吸をして、拳を握る。
そのときちょうど現れた見覚えのある人物が、こちらに向かって走って来た。
「やっはろー!黒子君!」
手を振りながら、駆け寄ってきたのは由比ヶ浜結衣。
奉仕部の一員で、先日の試合ではチアとして応援してくれた。
黒子は「こんにちは。由比ヶ浜さん」と軽く会釈する。
由比ヶ浜は「毎日暑いね~!」と明るい笑顔を見せた。
「何か手伝えることないかと思って、来てみた!」
「チアの練習もあるんじゃないですか?」
「ちょうど終わったところだから。」
「暑いのに、本当にありがとうございます。」
黒子は頭を下げながら、由比ヶ浜に頼めそうなことを考えた。
練習のサポートをしている桃井を手伝ってもらうか。
それとも雑用をしてくれている比企谷と由比ヶ浜に加わってもらうか。
そんなことを考えていると、向こうから見慣れた2人組が現れた。
比企谷と雪ノ下だ。
2人とも両手に重そうなボトルキャリーを持っている。
スポーツドリンクのボトルを運ぶケースだ。
練習の合間に補給する水分を用意してくれたのだろう。
何やら話し込んでいるようだが、内容までは聞こえない。
雰囲気からして、おそらくいつも通り。
高度な言い回しを駆使した、じゃれ合いだろう。
2人が黒子たちに気付いて、小さく頷いた。
両手が荷物でふさがっているから、手を振れないのだろう。
その途端、由比ヶ浜の表情が一瞬曇る。
だが次の瞬間「やっはろー!」と笑顔で大きく手を振った。
「由比ヶ浜さん。2人を手伝ってあげてもらえますか?」
「え?」
「バカップルの間に割り込んで、邪魔してやってください。」
「でも」
「ボクにはそんなに勝ち目のない勝負には見えないですよ。」
黒子は口元をかすかに緩ませると、体育館へと戻り始めた。
別に焚きつけるつもりなどない。
だけど正直に思っていることを言った。
由比ヶ浜の恋がかなう確率。
それはきっと総武高校が全国制覇を成し遂げる確率より、はるかに高いと思う。
「ありがとね。黒子君」
由比ヶ浜が小走りで追いつくと、黒子と並んで歩き出した。
黒子は「こちらこそ」と答える。
由比ヶ浜は「え?」と首を傾げるのを見て、黒子はかすかに首を振った。
彼女のおかげで、こちらも良い感じで力が抜けた気がする。
だけどそれをわざわざ説明する必要はないだろう。
*****
「黒子~?どうした?」
どこか間の抜けた声で呼ばれ、黒子は「ハァァ」とため息をついた。
そして比企谷に向き直ると「改めて君を尊敬します」と項垂れるのだった。
週も半ば、インターハイ予選の決勝リーグまであと3日となった。
由比ヶ浜のおかげ(?)で肩の力が抜けた黒子は、バスケ部の指導に熱が入る。
そんな放課後の練習中のこと。
体育館に一色いろはが現れた。
「黒子先輩。校長室に来てください。」
「校長室、ですか?」
「はい。校長先生が呼んでくるようにって。お願いしますね。」
「・・・わかりました。」
よりによって、生徒会長を使いっぱしりにして呼び出しとは。
正直なところ、嫌な予感しかしない。
だけど黒子はこの学校の生徒なのだ。
校長から声がかかって、ことわるという選択肢はさすがにない。
黒子は大急ぎで汗を拭くと、校長室に向かった。
校長室の場所ってどこだっけと少々迷ったのは、誰にも秘密だ。
この学校に来て、1年ちょっと。
正直なところ、校内の見取り図などさっぱり興味がなかった。
だから行ったことがない場所も結構ある。
コンコン。
何とか辿り着いた黒子は、控えめにドアをノックした。
中から「どうぞ」と声がかかったのを聞いて、中に入る。
そして見知った顔を見つけ、嫌な予感が確信に変わった。
「久しぶりだね。黒子君。」
応接用のソファに座りながら手を振ったのは、雪ノ下陽乃。
言わずと知れた雪ノ下雪乃の姉である。
そしてその横には、雪ノ下姉妹と面差しがよく似た中年女性が座っていた。
噂のお母様、登場ですか。
黒子はこっそりとため息をついた。
そして仰々しく校長室に呼び出された意味を悟る。
確か雪ノ下家は父は県議で、母はPTAかなにかの有力者だったはずだ。
「黒子君。座ってくれ。」
陽乃の正面に座っていた校長が、黒子に声をかけた。
つまり空席は雪ノ下母の前しかない。
黒子は無表情の下に、ウンザリした気分を隠す。
そして「失礼します」と会釈して、ソファに腰を下ろした。
「バスケ部のコーチをなさっているのね。」
「はい。」
「高校生なのにすごいわ。しかも明らかに強くなったそうで。」
「ボクではなく、部員のみんなが努力したからです。」
「謙虚ねぇ。でもそういう人柄も素晴らしいわ。」
オホホと笑う雪ノ下母を見て、黒子は「いえ」と小さく首を振った。
とりあえず受け答えは最小限にしておく。
とにかく今は早く練習に戻りたいからだ。
ちなみに陽乃は口を開かず、ただ茶化すような目でこちらを見ている。
「用件に入りましょう。今PTAとしてバスケ部を応援しようっていう動きがあるのよ。」
「応援、ですか?」
「ええ。やっぱり頑張っている生徒さんをサポートするのは保護者の義務だし。」
「はぁ。」
「ここのPTAはそうしてきたの。黒子君は転校生だそうだから御存知ないかしら?」
またしてもオホホと笑う雪ノ下母に、黒子は心の中で口では言えない悪態をついた。
PTAとやらは、おそらく頑張っている生徒を応援しているのではない。
頑張りが目立つ生徒を応援している体を装い、生徒に寄り添う姿を演じるのだ。
なぜなら頑張っている生徒はバスケ部だけじゃない。
例えば奉仕部なんてかなり頑張っていると思うけど、おそらくサポートなどしない。
体面を気にする大人なんて、きっとそんなものだ。
「必要なら寄付なんかもさせていただくわ。今までもそうしてきたし」
「ありがとうございます。」
「まぁバスケはあまり用具とかなさそうだけど。」
黒子は深いため息をつきたくなるのを我慢した。
バスケ部だって結構用具はあるのだ。
例えば先日比企谷たちが使っていたボトルキャリー。
あれは青峰と桃井が母校の桐皇学園に声をかけてくれて、古いものをもらい受けた。
得点ボートと練習用のゼッケンは、帝光中学が買い替えるタイミングで譲ってもらった。
それくらいここのバスケ部には何もなく、黒子の人脈で集めたもので成り立っている。
満足に最低限のものも準備してくれないのに、何が「あまりなさそうだけど」だ。
結局雪ノ下母の半ば自慢のような押しの強いトークに20分も付き合わされた。
黒子はドッと疲れた身体を引きずるように、ヨロヨロと体育館に戻る。
おそらく雪ノ下母にとっては、善意なのだろう。
だけど黒子にはそれがひどく独りよがりで、不純なものに見える。
これから勝ち進んでいけば、きっとこんなことも増えるのだろう。
誠凛の監督、相田リコもこんな思いをしたことがあるのだろうか?
「黒子~?どうした?」
体育館に戻るなり、どこか間の抜けた声で呼ばれた。
黒子は声の主が比企谷であることを確認すると「ハァァ」ともう何度目かわからないため息をつく。
そして怪訝そうな比企谷に向き直ると「改めて君を尊敬します」と項垂れた。
「ハァ?何だよ。そりゃ?」
納得いかなそうな比企谷に、黒子は「君はすごいです」と繰り返した。
雪ノ下雪乃と付き合うということは、あの一家を相手にするということだ。
そして恋愛が深まれば深まるほど、長く続く。
それを受け入れている比企谷はやはり尊敬に値すると、黒子は心の底から思うのだった。
*****
「最後まで、諦めるな!」
黒子は円陣の中で声を張った。
自分らしからぬ大声と物言いだとわかっている。
だけど部員たちはみな頷き「おお!」と士気高く応えてくれた。
インターハイはついに最終日に突入した。
総武高校バスケ部はブロック決勝も勝ち残り、見事にベスト4入り。
これだけで快挙であり、応援席は大いに盛り上がっている。
だが黒子はいつも通りの無表情だ。
なぜならまだここは通過点、勝負はこれからなのだから。
決勝リーグは各ブロックを勝ち抜いた4校の総当たり戦となる。
これを2日でこなすのだから、かなりハードだ。
そして黒子たちの最初の相手は、昨年の優勝校。
千葉最強、インターハイ常連のチームだ。
「ラッキーです。一番強いところと体力があるうちにやれますから。」
試合前の控室で、黒子は部員たちにそう言った。
部員たちも「はい!」と元気よく答える。
黒子は頼もしい彼らに「絶対に勝ちましょう」と宣言した。
ちなみにもしも違うチームが当たるなら。
黒子は「最初に勝って、はずみをつけましょう」とか言うだろう。
とにかく選手をその気にさせる。
それは今まで多くの試合に出場し、全国も経験したからこそなぜる技だ。
「さぁ。行きましょう!」
黒子は声をかけ、先に立って歩き出した。
控室から短くて長い廊下を抜けて、コートへ。
客席はかなり埋まっていて、盛り上がっている。
黒子は応援席に比企谷と雪ノ下、そして由比ヶ浜の姿を見つけて微笑した。
まずは試合前のウォーミングアップだ。
両校の選手が身体を解し、シュート練習をする。
相手校のそれを見た黒子は、さすがだと思う。
やはり昨年度優勝の強豪校は違う。
今までの対戦相手、そして総武高校と比べてレベルが高い。
この短い時間のアップを見るだけでも、それがわかる。
アップが終われば、いよいよ試合開始だ。
相手の分析は充分、作戦はすでに決まっている。
ただ1つ、懸念があるとすれば。
きっと相手は先週の1回戦からのこちらの試合は多分映像として持っている。
しっかり分析して、対策を立てられている可能性が高い。
黒子は頭の中でさまざまなシミュレーションをしていた。
何しろ相手は百戦錬磨。
どんな手を打ってきても、すぐに対応しなくては勝てない。
かくして決勝リーグの初戦が始まった。
そして黒子は悪い予感が当たったことを知る。
相手はしっかりとこちらを分析し、対策を立ててきた。
こちらのフォーメーションの穴を見つけ、攻撃を仕掛けて来たのだ。
対するこちらは完全に浮足立っていた。
快進撃だ、快挙だと少々舞い上がっていただけではない。
今までとは違う、決勝リーグの雰囲気に飲まれている。
ただでさえ実力の差があるのに、こちらの力が上手く出せない。
これでは勝ち目があろうはずがない。
「最後まで、諦めるな!」
黒子は円陣の中で声を張った。
大差がついてしまった最終クォーター、最後のタイムアウト。
相手校はすでに勝ったと思っているだろうし、観客も決まったと思っているだろう。
だけど試合が終わるまで、勝敗はわからない。
そして諦めてしまえば、そこでおしまいだ。
部員たちは全員、一瞬驚いた顔になった。
黒子らしからぬ大声と物言いだったからだ。
だけどすぐにみな頷き「おお!」と士気高く応えてくれた。
試合終了まで諦めず、全力で。
最後の指示は、彼らの心に届いたようだ。
だけど奇跡は起こらなかった。
そのまま試合は大差のまま、負けた。
そして残り2試合は1勝1敗だ。
千葉県3位。
かくして総武高校バスケ部の夏の挑戦は、ここで終わった。
「ありがとうございました。黒子コーチ!」
全ての試合が終わった後、主将の塔ノ沢がそう言った。
その後ろに整列していた部員たちが「っした!」と声を揃え、ガバッと頭を下げる。
そのほとんどが泣いていた。
黒子は「こちらこそ」と答え、目に力を込めて涙を堪えた。
試合はあくまで選手のもの、コーチである自分は泣かない。
それが黒子なりのプライドだ。
こうして黒子と総武高校バスケ部の夏は、終わったのだった。
【続く】
「ダメです。もう一度!」
思わず声を荒げてしまい、彼らしからぬ行為に部員たちが驚いている。
黒子は深呼吸を1つすると、落ち着けと自分に言い聞かせた。
インターハイ予選の初日と2日目、バスケ部は何とか勝ち残った。
今度は次の週末、ブロック決勝と決勝リーグだ。
これは総武高校バスケ部始まって以来の快挙だそうだ。
そのせいで学校全体が浮かれた雰囲気になっていた。
これはまずい。
黒子は秘かに焦っていた。
別に学校の雰囲気はどうでも良い。
心配なのは、部員たちのメンタルだ。
ここまでは余計なことを考えず、ただひたすら練習をして来た。
だけど今、バスケ部は学校中からチヤホヤと無駄に賞賛の嵐を受けている状態。
慢心とか欲とか、余計なことで全力が出せなくなる事態だけは避けたい。
だから部活中、つい声を荒げてしまったのだ。
例によって、対戦チームを分析し、的を絞った試合形式の練習中のことだ。
模倣のスペシャリスト黄瀬を筆頭に、かつての仲間を動員した仮想決勝リーグ。
だけど部員たちの動きが悪い。
そこで思わず語気荒く「ダメです」と言ってしまった。
「テツ君。大丈夫?」
桃井が心配そうに声をかけてくれた。
黒子は「すみません。大丈夫です」と答える。
ダメだ。自分が一番引きずられている。
頭を冷やした方がよさそうだ。
「少しお願いします。」
黒子は青峰に声をかけると、体育館を出た。
そして思わず眉をしかめる。
初夏の日差しは思いのほか暑かったからだ。
黒子は「ハァ」と小さくため息をつくと、数メートル先の木陰に移動した。
まったく。ボクが焦ってどうする。
黒子は心の中で、自分自身を諭した。
部員たちの動きが悪いのは、当たり前だ。
決勝リーグに進んでくるであろう学校は、今までより格段に強い。
仮想敵チームをしてくれるかつての仲間たちも相応のプレイをしてくれるのだから。
とにかく冷静に。そして全力でやるしかない。
黒子はもう1度深呼吸をして、拳を握る。
そのときちょうど現れた見覚えのある人物が、こちらに向かって走って来た。
「やっはろー!黒子君!」
手を振りながら、駆け寄ってきたのは由比ヶ浜結衣。
奉仕部の一員で、先日の試合ではチアとして応援してくれた。
黒子は「こんにちは。由比ヶ浜さん」と軽く会釈する。
由比ヶ浜は「毎日暑いね~!」と明るい笑顔を見せた。
「何か手伝えることないかと思って、来てみた!」
「チアの練習もあるんじゃないですか?」
「ちょうど終わったところだから。」
「暑いのに、本当にありがとうございます。」
黒子は頭を下げながら、由比ヶ浜に頼めそうなことを考えた。
練習のサポートをしている桃井を手伝ってもらうか。
それとも雑用をしてくれている比企谷と由比ヶ浜に加わってもらうか。
そんなことを考えていると、向こうから見慣れた2人組が現れた。
比企谷と雪ノ下だ。
2人とも両手に重そうなボトルキャリーを持っている。
スポーツドリンクのボトルを運ぶケースだ。
練習の合間に補給する水分を用意してくれたのだろう。
何やら話し込んでいるようだが、内容までは聞こえない。
雰囲気からして、おそらくいつも通り。
高度な言い回しを駆使した、じゃれ合いだろう。
2人が黒子たちに気付いて、小さく頷いた。
両手が荷物でふさがっているから、手を振れないのだろう。
その途端、由比ヶ浜の表情が一瞬曇る。
だが次の瞬間「やっはろー!」と笑顔で大きく手を振った。
「由比ヶ浜さん。2人を手伝ってあげてもらえますか?」
「え?」
「バカップルの間に割り込んで、邪魔してやってください。」
「でも」
「ボクにはそんなに勝ち目のない勝負には見えないですよ。」
黒子は口元をかすかに緩ませると、体育館へと戻り始めた。
別に焚きつけるつもりなどない。
だけど正直に思っていることを言った。
由比ヶ浜の恋がかなう確率。
それはきっと総武高校が全国制覇を成し遂げる確率より、はるかに高いと思う。
「ありがとね。黒子君」
由比ヶ浜が小走りで追いつくと、黒子と並んで歩き出した。
黒子は「こちらこそ」と答える。
由比ヶ浜は「え?」と首を傾げるのを見て、黒子はかすかに首を振った。
彼女のおかげで、こちらも良い感じで力が抜けた気がする。
だけどそれをわざわざ説明する必要はないだろう。
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「黒子~?どうした?」
どこか間の抜けた声で呼ばれ、黒子は「ハァァ」とため息をついた。
そして比企谷に向き直ると「改めて君を尊敬します」と項垂れるのだった。
週も半ば、インターハイ予選の決勝リーグまであと3日となった。
由比ヶ浜のおかげ(?)で肩の力が抜けた黒子は、バスケ部の指導に熱が入る。
そんな放課後の練習中のこと。
体育館に一色いろはが現れた。
「黒子先輩。校長室に来てください。」
「校長室、ですか?」
「はい。校長先生が呼んでくるようにって。お願いしますね。」
「・・・わかりました。」
よりによって、生徒会長を使いっぱしりにして呼び出しとは。
正直なところ、嫌な予感しかしない。
だけど黒子はこの学校の生徒なのだ。
校長から声がかかって、ことわるという選択肢はさすがにない。
黒子は大急ぎで汗を拭くと、校長室に向かった。
校長室の場所ってどこだっけと少々迷ったのは、誰にも秘密だ。
この学校に来て、1年ちょっと。
正直なところ、校内の見取り図などさっぱり興味がなかった。
だから行ったことがない場所も結構ある。
コンコン。
何とか辿り着いた黒子は、控えめにドアをノックした。
中から「どうぞ」と声がかかったのを聞いて、中に入る。
そして見知った顔を見つけ、嫌な予感が確信に変わった。
「久しぶりだね。黒子君。」
応接用のソファに座りながら手を振ったのは、雪ノ下陽乃。
言わずと知れた雪ノ下雪乃の姉である。
そしてその横には、雪ノ下姉妹と面差しがよく似た中年女性が座っていた。
噂のお母様、登場ですか。
黒子はこっそりとため息をついた。
そして仰々しく校長室に呼び出された意味を悟る。
確か雪ノ下家は父は県議で、母はPTAかなにかの有力者だったはずだ。
「黒子君。座ってくれ。」
陽乃の正面に座っていた校長が、黒子に声をかけた。
つまり空席は雪ノ下母の前しかない。
黒子は無表情の下に、ウンザリした気分を隠す。
そして「失礼します」と会釈して、ソファに腰を下ろした。
「バスケ部のコーチをなさっているのね。」
「はい。」
「高校生なのにすごいわ。しかも明らかに強くなったそうで。」
「ボクではなく、部員のみんなが努力したからです。」
「謙虚ねぇ。でもそういう人柄も素晴らしいわ。」
オホホと笑う雪ノ下母を見て、黒子は「いえ」と小さく首を振った。
とりあえず受け答えは最小限にしておく。
とにかく今は早く練習に戻りたいからだ。
ちなみに陽乃は口を開かず、ただ茶化すような目でこちらを見ている。
「用件に入りましょう。今PTAとしてバスケ部を応援しようっていう動きがあるのよ。」
「応援、ですか?」
「ええ。やっぱり頑張っている生徒さんをサポートするのは保護者の義務だし。」
「はぁ。」
「ここのPTAはそうしてきたの。黒子君は転校生だそうだから御存知ないかしら?」
またしてもオホホと笑う雪ノ下母に、黒子は心の中で口では言えない悪態をついた。
PTAとやらは、おそらく頑張っている生徒を応援しているのではない。
頑張りが目立つ生徒を応援している体を装い、生徒に寄り添う姿を演じるのだ。
なぜなら頑張っている生徒はバスケ部だけじゃない。
例えば奉仕部なんてかなり頑張っていると思うけど、おそらくサポートなどしない。
体面を気にする大人なんて、きっとそんなものだ。
「必要なら寄付なんかもさせていただくわ。今までもそうしてきたし」
「ありがとうございます。」
「まぁバスケはあまり用具とかなさそうだけど。」
黒子は深いため息をつきたくなるのを我慢した。
バスケ部だって結構用具はあるのだ。
例えば先日比企谷たちが使っていたボトルキャリー。
あれは青峰と桃井が母校の桐皇学園に声をかけてくれて、古いものをもらい受けた。
得点ボートと練習用のゼッケンは、帝光中学が買い替えるタイミングで譲ってもらった。
それくらいここのバスケ部には何もなく、黒子の人脈で集めたもので成り立っている。
満足に最低限のものも準備してくれないのに、何が「あまりなさそうだけど」だ。
結局雪ノ下母の半ば自慢のような押しの強いトークに20分も付き合わされた。
黒子はドッと疲れた身体を引きずるように、ヨロヨロと体育館に戻る。
おそらく雪ノ下母にとっては、善意なのだろう。
だけど黒子にはそれがひどく独りよがりで、不純なものに見える。
これから勝ち進んでいけば、きっとこんなことも増えるのだろう。
誠凛の監督、相田リコもこんな思いをしたことがあるのだろうか?
「黒子~?どうした?」
体育館に戻るなり、どこか間の抜けた声で呼ばれた。
黒子は声の主が比企谷であることを確認すると「ハァァ」ともう何度目かわからないため息をつく。
そして怪訝そうな比企谷に向き直ると「改めて君を尊敬します」と項垂れた。
「ハァ?何だよ。そりゃ?」
納得いかなそうな比企谷に、黒子は「君はすごいです」と繰り返した。
雪ノ下雪乃と付き合うということは、あの一家を相手にするということだ。
そして恋愛が深まれば深まるほど、長く続く。
それを受け入れている比企谷はやはり尊敬に値すると、黒子は心の底から思うのだった。
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「最後まで、諦めるな!」
黒子は円陣の中で声を張った。
自分らしからぬ大声と物言いだとわかっている。
だけど部員たちはみな頷き「おお!」と士気高く応えてくれた。
インターハイはついに最終日に突入した。
総武高校バスケ部はブロック決勝も勝ち残り、見事にベスト4入り。
これだけで快挙であり、応援席は大いに盛り上がっている。
だが黒子はいつも通りの無表情だ。
なぜならまだここは通過点、勝負はこれからなのだから。
決勝リーグは各ブロックを勝ち抜いた4校の総当たり戦となる。
これを2日でこなすのだから、かなりハードだ。
そして黒子たちの最初の相手は、昨年の優勝校。
千葉最強、インターハイ常連のチームだ。
「ラッキーです。一番強いところと体力があるうちにやれますから。」
試合前の控室で、黒子は部員たちにそう言った。
部員たちも「はい!」と元気よく答える。
黒子は頼もしい彼らに「絶対に勝ちましょう」と宣言した。
ちなみにもしも違うチームが当たるなら。
黒子は「最初に勝って、はずみをつけましょう」とか言うだろう。
とにかく選手をその気にさせる。
それは今まで多くの試合に出場し、全国も経験したからこそなぜる技だ。
「さぁ。行きましょう!」
黒子は声をかけ、先に立って歩き出した。
控室から短くて長い廊下を抜けて、コートへ。
客席はかなり埋まっていて、盛り上がっている。
黒子は応援席に比企谷と雪ノ下、そして由比ヶ浜の姿を見つけて微笑した。
まずは試合前のウォーミングアップだ。
両校の選手が身体を解し、シュート練習をする。
相手校のそれを見た黒子は、さすがだと思う。
やはり昨年度優勝の強豪校は違う。
今までの対戦相手、そして総武高校と比べてレベルが高い。
この短い時間のアップを見るだけでも、それがわかる。
アップが終われば、いよいよ試合開始だ。
相手の分析は充分、作戦はすでに決まっている。
ただ1つ、懸念があるとすれば。
きっと相手は先週の1回戦からのこちらの試合は多分映像として持っている。
しっかり分析して、対策を立てられている可能性が高い。
黒子は頭の中でさまざまなシミュレーションをしていた。
何しろ相手は百戦錬磨。
どんな手を打ってきても、すぐに対応しなくては勝てない。
かくして決勝リーグの初戦が始まった。
そして黒子は悪い予感が当たったことを知る。
相手はしっかりとこちらを分析し、対策を立ててきた。
こちらのフォーメーションの穴を見つけ、攻撃を仕掛けて来たのだ。
対するこちらは完全に浮足立っていた。
快進撃だ、快挙だと少々舞い上がっていただけではない。
今までとは違う、決勝リーグの雰囲気に飲まれている。
ただでさえ実力の差があるのに、こちらの力が上手く出せない。
これでは勝ち目があろうはずがない。
「最後まで、諦めるな!」
黒子は円陣の中で声を張った。
大差がついてしまった最終クォーター、最後のタイムアウト。
相手校はすでに勝ったと思っているだろうし、観客も決まったと思っているだろう。
だけど試合が終わるまで、勝敗はわからない。
そして諦めてしまえば、そこでおしまいだ。
部員たちは全員、一瞬驚いた顔になった。
黒子らしからぬ大声と物言いだったからだ。
だけどすぐにみな頷き「おお!」と士気高く応えてくれた。
試合終了まで諦めず、全力で。
最後の指示は、彼らの心に届いたようだ。
だけど奇跡は起こらなかった。
そのまま試合は大差のまま、負けた。
そして残り2試合は1勝1敗だ。
千葉県3位。
かくして総武高校バスケ部の夏の挑戦は、ここで終わった。
「ありがとうございました。黒子コーチ!」
全ての試合が終わった後、主将の塔ノ沢がそう言った。
その後ろに整列していた部員たちが「っした!」と声を揃え、ガバッと頭を下げる。
そのほとんどが泣いていた。
黒子は「こちらこそ」と答え、目に力を込めて涙を堪えた。
試合はあくまで選手のもの、コーチである自分は泣かない。
それが黒子なりのプライドだ。
こうして黒子と総武高校バスケ部の夏は、終わったのだった。
【続く】