「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【比企谷八幡、キセキの戦いを見届けながら、迷い悩む。】
「絶対勝つぞ!」
円陣の中で主将が声を張り、部員たちが「おぉ!」と答える声が反響した。
黒子は頼もしい彼らをいつもの無表情で見守る。
そして俺は体育館の客席から、そんなバスケ部を見ていた。
ついに始まったバスケ部の夏の大会。
正式名称は全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会。。。だったか?
まぁ部員たちはインターハイって呼んでるけどな。
とにかくその千葉県予選の始まりだ。
俺はそれを観戦するために、会場である体育館に来ていた。
生徒会長の一色いろはが張り切って組んだ、バスケ部応援団。
俺はその一団の中に、隠れるように座っている。
ちなみに隣の席にいるのは、雪ノ下雪乃。
俺が葉山くらい器用な男なら、手を握るくらいするんだろう。
だけど残念ながら、俺には無理。
身を寄せ合うだけで赤面してしまうような、恋愛超初心者なのだ。
「改めてみると、バスケの大会ってすっげぇ強行日程なんだな。」
俺はスマホでトーナメント表を確認しながら、そう言った。
6月中旬の土曜日に開幕し、その日のうちに1、2回戦。
そしてその翌日の日曜日に3、4回戦だ。
選手たちは概ね1日に2試合、それが2日連続となる。
さらに翌週の土日には、ブロック決勝と、決勝リーグ。
これほどのハード日程を勝ち抜いた1校が県代表となる。
俺なら見ただけでドッと疲れて、やる気が失せるね。
「そうね。あなただったら日程を見ただけで疲れたとか言いそう。」
雪ノ下の返しは相変わらず容赦ない。
しかもこっちの心を完全に読んでいる感じだ。
俺は「よくわかったな」とあっさり認めた。
奉仕部の部室でなら、いろいろ屁理屈をこねくり回して否定したかもしれない。
だけど今試合前のアップをしているバスケ部の連中を見れば、それはおこがましいだろ?
「それにしても」
俺は通路を陣取っている女子生徒たちを見た。
全員ミニスカートで、手にはポンポンとかいう玉房状の飾りを持っている。
これまた一色の号令で結成されたチア軍団だ。
その中には、俺の愛すべき妹も含まれている。
「嫁入り前の娘があんなに足を出して」
「お兄ちゃんとしては心配?」
「当たり前だろ!悪い虫でもついたら!」
「物言いが随分ジジくさ、いえ古風ね。」
「今ジジくさいって言いかけただろ!」
俺は反射的に言い返した後、ため息をついた。
いや、理屈ではわかってるんだよ。
嫁入り前とか、悪い虫とか、言い回しが古いことはさ。
だけどやっぱり可愛い妹のこと。
邪な目で見てくるヤツがいるんじゃないかとか、心配になる気持ちはわかってくれ。
「っていうか、あなた自身がチアの子たちをそういう目で見てるんじゃない?」
「あ?」
「だから他の人も小町さんをそういう目で見るんじゃないかって心配になるのよ。」
「ハァ?んなわけねーだろ!」
「そう?小町さんだけじゃなく、由比ヶ浜さんのことも見ていたみたいだけど。」
ギク。
漫画ならそういう擬音がつくシーンだと思う。
実は小町の隣にいる由比ヶ浜のことも、見てしまっていたのだ。。
普段は何気なくそばにいるあいつの足が、予想以上に綺麗だと思ってしまった。
そして1度認識してしまうと、気になって止まらない。
ゲスって言わないでくれ。
男なんてそんな生き物なんだよ。
「ほら、見なさい。やっぱり。」
雪ノ下が勝ち誇ったようにそう言った。
俺はガックリと肩を落としながら「お前がチアじゃなくてよかった」と呻いた。
「え?何て言ったの?」
「お前がチアやってたら、俺は気が気じゃなくて平静じゃいられないってこと!」
「それって」
「察しろ!」
あのすれ違い以来、俺はなるべく気持ちを言葉にしようと決めていた。
後々引きずって悶々とするくらいなら、そのとき恥ずかしい思いをする方がマシ。
っていうか、黒子を見ていたせいもあるかもしれない。
なりふり構わず、階段から突き落とされるくらい恨まれたって目的のためにブレない。
そんなやり方を目の前で見せられたからな。
それでもまだまだ不器用だ。
こいつが喜ぶような気の利いたことは言ってやれない。
それでも少しずつ、少しずつ。
俺たちは前に進んでいる。
「そこのおふたりさん。ラブコメは他所でやってくださ~い!」
赤面して、見つめ合っていた俺たちに茶化すような声がかかる。
慌てて声の方を見ると、俺たちの前に座っていた一色がこちらを振り返って睨んでいた。
そして周囲からはクスクスと笑い声。
うわ、はず!どうしたらいいんだよ、これ!?
だがここで、コートに選手たちと審判が出てきた。
絶妙なタイミングで、試合開始だ。
よかった。助かった。
俺は「は、始まるぞ」と声を上ずらせると、雪ノ下も「そうね」とぎこちなく頷く。
一色がそれにツッコミを入れる間もなく、試合開始のホイッスルが鳴った。
*****
「すごかったよね~!さっすが黒子先輩!」
小町がテンション高く、キャラキャラとはしゃいでいる。
俺は「だな」と平静を装ったが、内心は興奮していた。
なぜなら俺たちは、まさに「キセキ」と呼べる試合を目撃したからだ。
高校バスケのインターハイ千葉県予選の第1日目。
我らが総武高校は、昨年のインターハイ千葉県準優勝の強豪との対戦となった。
俺は体育館で応援の生徒たちに混ざって、観戦した。
うちのバスケ部は注目はされていた。
何しろあのキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)がコーチなのだから。
ここまでに練習試合も多くしていたから、力をつけてきたことも知られている。
だけど多くの観客は、うちが勝つとは思っていなかっただろう。
ただどれだけ食い下がれるかと期待していたと思う。
だけど意外にも先制したのは、うちだった。
その後、スティールっての?
とにかく相手の裏をかいて、立て続けにシュートを3本。
なんと試合開始後、5分足らずで6-0でリードしたのだ。
これは黒子の作戦通りだった。
事前の練習を見ていた俺にはわかる。
相手がこちらを舐めてかかってくる可能性は高い。
その時には一気に攻めろ。
黒子はそう指示しており、実際そうなった。
だけど相手校も伊達に昨年準優勝じゃない。
先制されたことで、一気にスイッチが入ったようだ。
第1クォーターは逆転され、4点差で折り返した。
だけどうちは折れることなく、食い下がる。
それでも実力の差は埋めがたく、10点リードされて最終第4クォーターに突入した。
こういう試合って見てて本当に疲れるよな。
点が入るごとに一喜一憂してさ。
ドキドキハラハラの最終クォーターで、黒子の采配が冴えた。
今までとフォーメーションをガラリと変えたんだ。
え?フォーメーションって何って?
ツッコまないでくれ。俺はバスケに詳しくない。
後で青峰さんに解説してもらったところによると、一気に火力を上げたんだそうだ。
桃井さんに言わせると、オフェンス重視の陣形に変えたって。
そんな風に言うとカッコいいけど、実はかなりトリッキーな作戦らしい。
なにしろ攻撃の方に力の比重を置けば、守備は手薄になる。
つまり黒子は大博打を打ったんだ。
だけど効果はてきめんだった。
これも青峰さん曰く、対戦相手はいきなり違うチームと戦っている感じになっただろうって。
そんな動揺をついて、残り数分のところでうちが逆転した。
正直、俺はここで勝ったと思ってしまった。
でも勝利の女神様はそんなに甘くない。
相手も最後の執念とばかりに、再逆転。
そして試合は残り1分を切った。
この1分は、俺の人生の中でもかなり上位の感動モノだった。
うちの選手たちは疲労困憊なのが、客席からでもわかる。
そんなギリギリのところで、黒子はタイムアウトを取った。
この時、黒子が何を指示したのかはわからない。
だけどタイムアウトの後、明らかに表情が変わった。
切羽詰まった焦り顔から、力強い笑顔に。
かくして試合終了間際、主将の塔ノ沢が逆転のシュートを決めたのだ。
こういうのをバスケではブザービーターというらしい。
「すごかったよね~!さっすが黒子先輩!」
小町がテンション高く、キャラキャラとはしゃいでいる。
試合が終わり、家に帰って来たのだ。
メシを食って、風呂に入って、後は寝るばかり。
明日もまだ試合は続くから、俺たちもまた応援だ。
「だな。ほんとによくチームをまとめたよ。」
俺は平静を装ったが、内心は興奮していた。
これぞキセキの世代が起こしたキセキ。
漫画みたいな劇的な試合を生で見たんだからな。
「そういえばさ、この間、黒子先輩から依頼を受けたよ。」
ずっと立ちっぱなしのチアで疲れた様子の小町が、居間の床にゴロンと寝そべりながらそう言った。
同じく床に寝そべった俺は思わず「は?」と声を上げる。
依頼?奉仕部に?聞いてねぇぞ。
だけど小町は「あたしにしかできない依頼だよ」と笑った。
「黒子先輩がお兄ちゃんが卒業した後の話。奉仕部でバスケ部を助けてほしいって。」
「黒子がそんなことを?」
「うん。もしも奉仕部が続いてて、余力があるときでいいからって」
「確かに俺たちはできない依頼だな。」
「でしょ?」
俺たちはダラダラと床に寝そべったまま、そんな話をした。
キセキを起こした黒子は、自分がいなくなったバスケ部のことも考えている。
それを聞いただけで、心の中にじんわりと何かが沁みていく。
暖かさ、思いやり、絆の愛おしさ。
そんな言葉にすれば照れてしまうような、くすぐったい何かだ。
「明日も頑張って、応援しようね。」
小町がそう言って、勢いをつけて起き上がった。
俺は「そうだな」と頷きながら、ノロノロと身体を起こす。
そう、まだインターハイ予選は始まったばかり。
俺たちは黒子のバスケの集大成を見届けるだけだ。
*****
「いろいろありがとうございます。」
黒子はボソボソとサンドイッチを齧りながら、そう言った。
俺は「礼にしちゃ、そっけないな」と茶化す。
だけどヤツは平然と「まだまだ途中なので」と受け流した。
毎度おなじみ、特別棟の1階、保健室横のベンチ。
俺と黒子は恒例のランチタイムだ。
いつもなら人気のない静かなこの場所でホッと一息というところ。
だけど今日はやれやれと深呼吸をした。
なぜなら校内は完全に浮かれた雰囲気で、黒子はその渦中にいたからだ。
理由は当然、言うまでもない。
週末の土曜日、バスケ部はインターハイ予選に臨み、大勝利を収めた。
しかも下馬評を覆し、昨年準優勝校を下して。
さらに勢いに乗って、翌日曜日の試合もしっかり勝った。
つまりバスケ部初の決勝リーグに王手をかけたのだ。
この快挙に、本日月曜日は大いに沸いた。
何しろうちの学校、何気にお祭り好きなのだ。
千葉の名物、踊りと祭り!
同じ阿保なら踊らにゃSing a song!!だからな。
バスケ部の面々はそれぞれのクラスでもみくちゃになっているようだ。
うちのクラスには言わずもがな、黒子がいる。
こいつは相変わらず、無表情で淡々としていた。
だけど嵐のような「おめでとう」ラッシュには、さすがにちょっと引いているようだが。
ちなみにその余波は俺のところまで来ていた。
その多くが「黒子君と仲良いんだよね?」「黒子君ってどういう人?」みたいな質問。
どうやら多くの生徒に、この学校で黒子と一番親しいのは俺って思われているらしい。
だから黒子に興味を持つヤツとか、お近づきになりたいヤツに攻め込まれている状況だ。
そして俺たちは昼休みになると、逃げるようにここに来た。
黒子は自分のスキルであるミスディレクションを駆使して、追いかけてくる生徒を巻いたらしい。
そんなわけで、ようやくここに辿り着いた俺たちはまずは深呼吸となったわけだ。
「そういえば」
居心地の良い沈黙の中、食事をする俺たち。
だけど不意に黒子が口を開いたのだ。
俺は「何?」と聞き返す。
すると黒子は「いろいろありがとうございます」と言ったのだ。
「礼にしちゃ、そっけないな」
俺は何だか妙に照れくさくなり、そう茶化した。
でも実際そうだろ?
バスケ部に結構いろいろ協力したぜ?
その礼をサンドイッチを齧りながらっていうのは、ちょっとあんまりだ。
だけどヤツは平然と「まだまだ途中なので」と受け流した。
「全部終わったら、きちんとお礼を言いますよ。」
「そう思うなら、物品で謝意を示してくれてもいいけど。」
「それは情緒がない発言ですね。」
「でも」
言い返そうとしたところで、俺のスマホが鳴った。
何だ?誰だ?こんな時間に。
画面を確認したところで、ため息が出た。
電話の発信元は「雪ノ下陽乃」。
言わずと知れた俺の天敵である雪ノ下家の一員で、雪ノ下雪乃の姉貴だ。
「出ないんですか?」
鳴り続けるスマホに、黒子は首を傾げる。
俺は肩を落とすと「出るよ」と答えた。
シカトも一瞬考えたけど、ここでスルーしたってどうせまたかかってくるからな。
「はい。」
『比企谷君?すぐに出なさいよ~♪』
電話の向こうからは絶好調のあの人の声がした。
俺は素直に「すんません」と詫びる。
さぁ、ここから俺はサンドバックだ。
『母から伝言。夏休み前にまた食事会しようってさ』
「・・・マジっすか?」
『来るわよね?雪乃ちゃんのために』
「はい。行きます。。。」
声が尻すぼみになるのは、許してほしい。
その後も陽乃さんのテンションは高かったけど、正直よく覚えていない。
また雪ノ下家と食事会をするってだけで、気分はダダ下がりだ。
ようやく電話が切れたときには、深いため息をついていた。
「比企谷君、頑張ってくださいね。」
すでにサンドイッチを食べ終えていた黒子が、気遣わし気にそう言った。
それを言われた俺は思いっきりへこむ。
インターハイ決勝を控え、とにかく頑張らなければいけない黒子。
そんなヤツに頑張れって言われてる俺、なんかヤバくねぇ?
「何かもう婿入りしている感じですね。」
さらにトドメとばかりにそう言われ、さらに俺の肩は落ちた。
俺の将来の希望は専業主夫だけど、あの家じゃくつろげないだろうな。
俺たちの会話はそこまでだった。
弁当の残りを食う俺の横で、黒子は空を見上げている。
つかの間の穏やかな時間。
黒子の戦いに比べれば、俺の葛藤なんてささやかだ。
通り過ぎていく初夏の風がそう言っているような気がした。
【続く】
「絶対勝つぞ!」
円陣の中で主将が声を張り、部員たちが「おぉ!」と答える声が反響した。
黒子は頼もしい彼らをいつもの無表情で見守る。
そして俺は体育館の客席から、そんなバスケ部を見ていた。
ついに始まったバスケ部の夏の大会。
正式名称は全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会。。。だったか?
まぁ部員たちはインターハイって呼んでるけどな。
とにかくその千葉県予選の始まりだ。
俺はそれを観戦するために、会場である体育館に来ていた。
生徒会長の一色いろはが張り切って組んだ、バスケ部応援団。
俺はその一団の中に、隠れるように座っている。
ちなみに隣の席にいるのは、雪ノ下雪乃。
俺が葉山くらい器用な男なら、手を握るくらいするんだろう。
だけど残念ながら、俺には無理。
身を寄せ合うだけで赤面してしまうような、恋愛超初心者なのだ。
「改めてみると、バスケの大会ってすっげぇ強行日程なんだな。」
俺はスマホでトーナメント表を確認しながら、そう言った。
6月中旬の土曜日に開幕し、その日のうちに1、2回戦。
そしてその翌日の日曜日に3、4回戦だ。
選手たちは概ね1日に2試合、それが2日連続となる。
さらに翌週の土日には、ブロック決勝と、決勝リーグ。
これほどのハード日程を勝ち抜いた1校が県代表となる。
俺なら見ただけでドッと疲れて、やる気が失せるね。
「そうね。あなただったら日程を見ただけで疲れたとか言いそう。」
雪ノ下の返しは相変わらず容赦ない。
しかもこっちの心を完全に読んでいる感じだ。
俺は「よくわかったな」とあっさり認めた。
奉仕部の部室でなら、いろいろ屁理屈をこねくり回して否定したかもしれない。
だけど今試合前のアップをしているバスケ部の連中を見れば、それはおこがましいだろ?
「それにしても」
俺は通路を陣取っている女子生徒たちを見た。
全員ミニスカートで、手にはポンポンとかいう玉房状の飾りを持っている。
これまた一色の号令で結成されたチア軍団だ。
その中には、俺の愛すべき妹も含まれている。
「嫁入り前の娘があんなに足を出して」
「お兄ちゃんとしては心配?」
「当たり前だろ!悪い虫でもついたら!」
「物言いが随分ジジくさ、いえ古風ね。」
「今ジジくさいって言いかけただろ!」
俺は反射的に言い返した後、ため息をついた。
いや、理屈ではわかってるんだよ。
嫁入り前とか、悪い虫とか、言い回しが古いことはさ。
だけどやっぱり可愛い妹のこと。
邪な目で見てくるヤツがいるんじゃないかとか、心配になる気持ちはわかってくれ。
「っていうか、あなた自身がチアの子たちをそういう目で見てるんじゃない?」
「あ?」
「だから他の人も小町さんをそういう目で見るんじゃないかって心配になるのよ。」
「ハァ?んなわけねーだろ!」
「そう?小町さんだけじゃなく、由比ヶ浜さんのことも見ていたみたいだけど。」
ギク。
漫画ならそういう擬音がつくシーンだと思う。
実は小町の隣にいる由比ヶ浜のことも、見てしまっていたのだ。。
普段は何気なくそばにいるあいつの足が、予想以上に綺麗だと思ってしまった。
そして1度認識してしまうと、気になって止まらない。
ゲスって言わないでくれ。
男なんてそんな生き物なんだよ。
「ほら、見なさい。やっぱり。」
雪ノ下が勝ち誇ったようにそう言った。
俺はガックリと肩を落としながら「お前がチアじゃなくてよかった」と呻いた。
「え?何て言ったの?」
「お前がチアやってたら、俺は気が気じゃなくて平静じゃいられないってこと!」
「それって」
「察しろ!」
あのすれ違い以来、俺はなるべく気持ちを言葉にしようと決めていた。
後々引きずって悶々とするくらいなら、そのとき恥ずかしい思いをする方がマシ。
っていうか、黒子を見ていたせいもあるかもしれない。
なりふり構わず、階段から突き落とされるくらい恨まれたって目的のためにブレない。
そんなやり方を目の前で見せられたからな。
それでもまだまだ不器用だ。
こいつが喜ぶような気の利いたことは言ってやれない。
それでも少しずつ、少しずつ。
俺たちは前に進んでいる。
「そこのおふたりさん。ラブコメは他所でやってくださ~い!」
赤面して、見つめ合っていた俺たちに茶化すような声がかかる。
慌てて声の方を見ると、俺たちの前に座っていた一色がこちらを振り返って睨んでいた。
そして周囲からはクスクスと笑い声。
うわ、はず!どうしたらいいんだよ、これ!?
だがここで、コートに選手たちと審判が出てきた。
絶妙なタイミングで、試合開始だ。
よかった。助かった。
俺は「は、始まるぞ」と声を上ずらせると、雪ノ下も「そうね」とぎこちなく頷く。
一色がそれにツッコミを入れる間もなく、試合開始のホイッスルが鳴った。
*****
「すごかったよね~!さっすが黒子先輩!」
小町がテンション高く、キャラキャラとはしゃいでいる。
俺は「だな」と平静を装ったが、内心は興奮していた。
なぜなら俺たちは、まさに「キセキ」と呼べる試合を目撃したからだ。
高校バスケのインターハイ千葉県予選の第1日目。
我らが総武高校は、昨年のインターハイ千葉県準優勝の強豪との対戦となった。
俺は体育館で応援の生徒たちに混ざって、観戦した。
うちのバスケ部は注目はされていた。
何しろあのキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)がコーチなのだから。
ここまでに練習試合も多くしていたから、力をつけてきたことも知られている。
だけど多くの観客は、うちが勝つとは思っていなかっただろう。
ただどれだけ食い下がれるかと期待していたと思う。
だけど意外にも先制したのは、うちだった。
その後、スティールっての?
とにかく相手の裏をかいて、立て続けにシュートを3本。
なんと試合開始後、5分足らずで6-0でリードしたのだ。
これは黒子の作戦通りだった。
事前の練習を見ていた俺にはわかる。
相手がこちらを舐めてかかってくる可能性は高い。
その時には一気に攻めろ。
黒子はそう指示しており、実際そうなった。
だけど相手校も伊達に昨年準優勝じゃない。
先制されたことで、一気にスイッチが入ったようだ。
第1クォーターは逆転され、4点差で折り返した。
だけどうちは折れることなく、食い下がる。
それでも実力の差は埋めがたく、10点リードされて最終第4クォーターに突入した。
こういう試合って見てて本当に疲れるよな。
点が入るごとに一喜一憂してさ。
ドキドキハラハラの最終クォーターで、黒子の采配が冴えた。
今までとフォーメーションをガラリと変えたんだ。
え?フォーメーションって何って?
ツッコまないでくれ。俺はバスケに詳しくない。
後で青峰さんに解説してもらったところによると、一気に火力を上げたんだそうだ。
桃井さんに言わせると、オフェンス重視の陣形に変えたって。
そんな風に言うとカッコいいけど、実はかなりトリッキーな作戦らしい。
なにしろ攻撃の方に力の比重を置けば、守備は手薄になる。
つまり黒子は大博打を打ったんだ。
だけど効果はてきめんだった。
これも青峰さん曰く、対戦相手はいきなり違うチームと戦っている感じになっただろうって。
そんな動揺をついて、残り数分のところでうちが逆転した。
正直、俺はここで勝ったと思ってしまった。
でも勝利の女神様はそんなに甘くない。
相手も最後の執念とばかりに、再逆転。
そして試合は残り1分を切った。
この1分は、俺の人生の中でもかなり上位の感動モノだった。
うちの選手たちは疲労困憊なのが、客席からでもわかる。
そんなギリギリのところで、黒子はタイムアウトを取った。
この時、黒子が何を指示したのかはわからない。
だけどタイムアウトの後、明らかに表情が変わった。
切羽詰まった焦り顔から、力強い笑顔に。
かくして試合終了間際、主将の塔ノ沢が逆転のシュートを決めたのだ。
こういうのをバスケではブザービーターというらしい。
「すごかったよね~!さっすが黒子先輩!」
小町がテンション高く、キャラキャラとはしゃいでいる。
試合が終わり、家に帰って来たのだ。
メシを食って、風呂に入って、後は寝るばかり。
明日もまだ試合は続くから、俺たちもまた応援だ。
「だな。ほんとによくチームをまとめたよ。」
俺は平静を装ったが、内心は興奮していた。
これぞキセキの世代が起こしたキセキ。
漫画みたいな劇的な試合を生で見たんだからな。
「そういえばさ、この間、黒子先輩から依頼を受けたよ。」
ずっと立ちっぱなしのチアで疲れた様子の小町が、居間の床にゴロンと寝そべりながらそう言った。
同じく床に寝そべった俺は思わず「は?」と声を上げる。
依頼?奉仕部に?聞いてねぇぞ。
だけど小町は「あたしにしかできない依頼だよ」と笑った。
「黒子先輩がお兄ちゃんが卒業した後の話。奉仕部でバスケ部を助けてほしいって。」
「黒子がそんなことを?」
「うん。もしも奉仕部が続いてて、余力があるときでいいからって」
「確かに俺たちはできない依頼だな。」
「でしょ?」
俺たちはダラダラと床に寝そべったまま、そんな話をした。
キセキを起こした黒子は、自分がいなくなったバスケ部のことも考えている。
それを聞いただけで、心の中にじんわりと何かが沁みていく。
暖かさ、思いやり、絆の愛おしさ。
そんな言葉にすれば照れてしまうような、くすぐったい何かだ。
「明日も頑張って、応援しようね。」
小町がそう言って、勢いをつけて起き上がった。
俺は「そうだな」と頷きながら、ノロノロと身体を起こす。
そう、まだインターハイ予選は始まったばかり。
俺たちは黒子のバスケの集大成を見届けるだけだ。
*****
「いろいろありがとうございます。」
黒子はボソボソとサンドイッチを齧りながら、そう言った。
俺は「礼にしちゃ、そっけないな」と茶化す。
だけどヤツは平然と「まだまだ途中なので」と受け流した。
毎度おなじみ、特別棟の1階、保健室横のベンチ。
俺と黒子は恒例のランチタイムだ。
いつもなら人気のない静かなこの場所でホッと一息というところ。
だけど今日はやれやれと深呼吸をした。
なぜなら校内は完全に浮かれた雰囲気で、黒子はその渦中にいたからだ。
理由は当然、言うまでもない。
週末の土曜日、バスケ部はインターハイ予選に臨み、大勝利を収めた。
しかも下馬評を覆し、昨年準優勝校を下して。
さらに勢いに乗って、翌日曜日の試合もしっかり勝った。
つまりバスケ部初の決勝リーグに王手をかけたのだ。
この快挙に、本日月曜日は大いに沸いた。
何しろうちの学校、何気にお祭り好きなのだ。
千葉の名物、踊りと祭り!
同じ阿保なら踊らにゃSing a song!!だからな。
バスケ部の面々はそれぞれのクラスでもみくちゃになっているようだ。
うちのクラスには言わずもがな、黒子がいる。
こいつは相変わらず、無表情で淡々としていた。
だけど嵐のような「おめでとう」ラッシュには、さすがにちょっと引いているようだが。
ちなみにその余波は俺のところまで来ていた。
その多くが「黒子君と仲良いんだよね?」「黒子君ってどういう人?」みたいな質問。
どうやら多くの生徒に、この学校で黒子と一番親しいのは俺って思われているらしい。
だから黒子に興味を持つヤツとか、お近づきになりたいヤツに攻め込まれている状況だ。
そして俺たちは昼休みになると、逃げるようにここに来た。
黒子は自分のスキルであるミスディレクションを駆使して、追いかけてくる生徒を巻いたらしい。
そんなわけで、ようやくここに辿り着いた俺たちはまずは深呼吸となったわけだ。
「そういえば」
居心地の良い沈黙の中、食事をする俺たち。
だけど不意に黒子が口を開いたのだ。
俺は「何?」と聞き返す。
すると黒子は「いろいろありがとうございます」と言ったのだ。
「礼にしちゃ、そっけないな」
俺は何だか妙に照れくさくなり、そう茶化した。
でも実際そうだろ?
バスケ部に結構いろいろ協力したぜ?
その礼をサンドイッチを齧りながらっていうのは、ちょっとあんまりだ。
だけどヤツは平然と「まだまだ途中なので」と受け流した。
「全部終わったら、きちんとお礼を言いますよ。」
「そう思うなら、物品で謝意を示してくれてもいいけど。」
「それは情緒がない発言ですね。」
「でも」
言い返そうとしたところで、俺のスマホが鳴った。
何だ?誰だ?こんな時間に。
画面を確認したところで、ため息が出た。
電話の発信元は「雪ノ下陽乃」。
言わずと知れた俺の天敵である雪ノ下家の一員で、雪ノ下雪乃の姉貴だ。
「出ないんですか?」
鳴り続けるスマホに、黒子は首を傾げる。
俺は肩を落とすと「出るよ」と答えた。
シカトも一瞬考えたけど、ここでスルーしたってどうせまたかかってくるからな。
「はい。」
『比企谷君?すぐに出なさいよ~♪』
電話の向こうからは絶好調のあの人の声がした。
俺は素直に「すんません」と詫びる。
さぁ、ここから俺はサンドバックだ。
『母から伝言。夏休み前にまた食事会しようってさ』
「・・・マジっすか?」
『来るわよね?雪乃ちゃんのために』
「はい。行きます。。。」
声が尻すぼみになるのは、許してほしい。
その後も陽乃さんのテンションは高かったけど、正直よく覚えていない。
また雪ノ下家と食事会をするってだけで、気分はダダ下がりだ。
ようやく電話が切れたときには、深いため息をついていた。
「比企谷君、頑張ってくださいね。」
すでにサンドイッチを食べ終えていた黒子が、気遣わし気にそう言った。
それを言われた俺は思いっきりへこむ。
インターハイ決勝を控え、とにかく頑張らなければいけない黒子。
そんなヤツに頑張れって言われてる俺、なんかヤバくねぇ?
「何かもう婿入りしている感じですね。」
さらにトドメとばかりにそう言われ、さらに俺の肩は落ちた。
俺の将来の希望は専業主夫だけど、あの家じゃくつろげないだろうな。
俺たちの会話はそこまでだった。
弁当の残りを食う俺の横で、黒子は空を見上げている。
つかの間の穏やかな時間。
黒子の戦いに比べれば、俺の葛藤なんてささやかだ。
通り過ぎていく初夏の風がそう言っているような気がした。
【続く】