「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤ、隣で繰り広げられるラブコメを盗み見る。】

「これはいいですね。」
トーナメント表を覗き込んだ黒子は、そう言った。
部員たちは全員驚いた顔で、こちらを見る。
だけど黒子のいつもの無表情は、少しも揺るがなかった。

ついに夏の大会の組み合わせが発表された。
部活前、黒子は部室のテーブルに1枚の紙を広げる。
出来たてホヤホヤのトーナメント表だ。
集まっていた部員たちは、わらわらとそれに集まり覗き込む。
そしてそこここからため息が聞こえてきた。

「そりゃまぁ、覚悟はしてたつもりだけど」
「実際に見ちゃうとなぁ。」
「しかもよりによって2回戦?」

部員たちの表情は実に微妙だ。
なぜならトーナメント表によると、開始早々2戦目のの相手は昨年の準優勝校。
そして順調に勝ち進めば、ブロック決勝で決勝リーグ常連の強豪校に当たる。
さらにブロック決勝でも勝てれば、決勝リーグに進める。
そして最後の戦いは、勝ち残った4校での総当たり戦だ。

強豪校に勝たなければ、進めない。
それはわかっていたことだ。
だが実際に組み合わせを見たことで、その困難さを実感したのだろう。
部員たちの表情は不安を帯びている。
だが黒子は「これはいいですね」と言った。

部員たちは信じらないという表情だ。
この組み合わせを見て、どうしてそうなるのかと。
中には「強がり?」などと呟く者もいる。
だけど黒子は別に強がったつもりなど、微塵もなかった。

「強豪校はデータも多いんです。しっかり対策が立てられますから。」
黒子は部員たちを見回すと、そう言った。
強豪校は試合数が多いのだ。
強豪校のいくつかは公式戦だけでなく練習試合まで映像が揃っている。
ひとえに桃井の情報網のおかげなのだが。
それに新入生は中学の有名選手をとっているので、新戦力の予想もしやすいのだ。

「明日からは臨時コーチを増やします。2回戦の相手を想定した練習をします。」
黒子はかすかに口元を緩ませた。
わかりにくいけれど、黒子にしてみれば結構な笑顔だ。
頭の中では、もう明日からの練習を考えていた。
すでにかつての仲間たちの何人かに頼んでいるのだ。
2回戦の相手校の選手を模倣してもらい、練習する。
特に黒子の昔のチームメイトには、模倣のスペシャリストがいるのだ。

「でもまずは1回戦。勝って弾みをつけましょう。」
黒子がそう告げると、部員たちから「はい!」と頼もしい復唱が返って来た。
そして部員たちが着替え始めたのを見て、黒子はトーナメント表を手に取る。
とりあえずこれは部室の壁に貼ろう。どの辺がいいか。
そんなことを考え、キョロキョロしていたところで「黒子コーチ」と声をかけられた。

「黒子コーチはすごいな。俺なんかもう緊張してきてる。」
ややぎこちない笑いを浮かべているのは、主将の塔ノ沢だ。
黒子は「君だってすごいですよ」と答えた。
そう、この1年で塔ノ沢だってすごく成長したのだ。
ただバスケが好きな少年から、全国制覇を狙うチームの主将として。
黒子の結構な無茶振りにも、よくついて来てくれたと思う。
それに黒子が目が届かないところをフォローし、チームをまとめてくれている。

「学校中『バスケ部勝て』って空気でさ、プレッシャーがしんどいよ。」
「勝ったらドヤ顔で高笑いしてやりましょう。」
「もし負けたら?」
「コーチがヘボで負けたって、高笑いしてください。」

塔ノ沢が一瞬、キョトンとした顔になった。
だがすぐに「悪くないな」と頷く。
そして「どうせなら勝って高笑いがいいな」と微笑した。
するとそこここから「だな!」「そうっすね」と頼もしい声が上がった。

「よっしゃ、行くぞ!」
やがて着替え終えた部員たちが、部室を出ていく。
体育館にはすでに青峰と桃井がいるから、アップは任せていいだろう。
黒子は誰もいなくなった部室の壁に、トーナメント表を貼り付けた。

良いチームになった。
だからこそ、先のことを考えなくてはならない。
黒子は遅れて着替えを始めながら、そんなことを思った。
一番大切なのは、目前に迫った夏の大会。
だけどそこで終わりではない。
出来る範囲で未来の準備をするのも、決して悪いことではないはずだ。

*****

「やっぱりやんなきゃ、ダメっすかぁ?」
黄色い男は甘えるように、黒子を見た。
だが黒子は「今さら何を」と一刀両断だ。
第一見下ろされながら、ダダをこねられてもイラつくだけだ。

夏の大会の組み合わせが発表された翌日の放課後。
体育館に臨時コーチ集団が登場した。
黒子の前の高校、誠凛バスケ部のOBたちだ。
今日来てくれたのは日向と伊月、水戸部と降旗。
さらにキセキの世代の黄色い男も加わった。

「来てくださってありがとうございます。よろしくお願いします。」
部活が始まる時間ピッタリに現れた彼らを、黒子は迎え入れた。
彼らは「よぉ!」「よろしく」などと言いながら、入って来る。
すでに着替えやアップは終えており、準備万端といったところか。

彼らには事前に開始早々に当たる昨年準優勝校のデータを伝えてある。
そしてレギュラーの選手の代役を頼んでいた。
試合の映像と一緒に、分析したクセなども伝えてある。
つまり仮想敵チームがすでに出来上がっている状態。
後はバシバシ、試合形式の練習を重ねるだけなのだが。

「それじゃすぐに」
「黒子っち~!」

早々に始めようとしたところで、思いっきりかぶせられた。
出鼻をくじかれ、黒子はカチンとする。
だけど無表情のまま「何ですか、黄瀬君?」と聞き返した。
すると黄瀬は「呼んでくれて嬉しいっす~♪」と甘えた声を上げる。
身長2メートル弱の男からこんな声が出るなんて、気持ち悪い。
しかも見下ろしながらの上目遣いも、絶妙にこちらの気持ちを逆なでする。

「で、黒子っち。やっぱりやらなきゃダメなんすかね?」
黄瀬は声に甘えを残したまま、そう言った。
この時、黄瀬以外の面々ははっきりと聞いていた。
無表情のまま「今さら何を」と吐き捨てたのを。

黒子は黄瀬に相手校の主将の動きを模倣してほしいと頼んだのだ。
彼はエースであり、技術的にも精神的にもチームの柱。
つまり絶対に攻略しなければならない相手なのだ。
だからこそ模倣の名手である黄瀬をわざわざ呼んだ。

だが当の黄瀬は及び腰だった。
臨時コーチの件はノリノリの前のめりなのに。
理由は簡単、模倣を頼んだ選手がどうやら黄瀬の好みではないらしい。
青峰とか火神とかの模倣は大好きなくせに。
黒子は心の中で悪態をつきつつも、無表情をキープした。

「すみませんが、予定通りにお願いします。」
「仕方ない。わかったっす。」
「うちのチームが勝てるかどうかは黄瀬君次第です。」
「そんな重要な役回りを任されちゃってるんすか?」
「はい。黄瀬君なら大丈夫と信じてますから。」
「わかったっす!やるっす!」

黒子の信頼の言葉を聞いた黄瀬は、実にあっさりと態度が変わった。
その様子を見ていた誠凛OBたちが苦笑している。
おそらく彼らは思っているだろう。
黄瀬、チョロ過ぎると。

だが黒子は「期待してます」とダメ押しした。
黄瀬はキセキの世代の中では一番、単純なのだ。
褒めれば、わかりやすく張り切る。
豚もおだてりゃ木に登るを地で行くタイプだ。

「それじゃ始めましょう。」
黒子は仕切り直しとばかりに声を張った。
そしてホイッスルを首にかけると、ボールを手にしてコートに入る。
審判をしながら、間近で部員のプレイをチェックするためだ。

こうして試合形式の練習が始まった。
臨時コーチたちは期待通り、いやそれ以上の仕事をしてくれた。
それぞれ指示した選手の動きを綺麗にコピーしていたのだ。
特に黄瀬がやはり圧巻だ。
完全に相手校のエースになり切っている。

ではこっちは。
黒子はプレイを1つ1つ慎重にジャッジしながら、部員たちを見た。
同じ高校生なのに、教え子と言える存在の彼ら。
厳しい練習をこなす彼らの動きもかなり良い。
高校生のレベルなら、かなりイケているのではなかろうか。
その彼らに青峰が指示を飛ばし、桃井はその横でメモパッドにいろいろ書き留めている。

2回戦、下馬評では圧倒的に相手校が有利だった。
観戦にくる人たちの多くは、黒子たちが勝つとは思っていないに違いない。
だけど。だからこそ勝機はある。
黒子は秘かにそう考えていた。
こちらがここまで研究しているとは思わないだろうし、油断を誘えるかもしれない。
実力差だって、周りが思っているほどあるわけではない。
つまり全く分のない勝負ではないのだ。

絶対に負けない。
黒子はコートを走る部員たちを見ながら、決意を新たにした。
高校時代最後の4度目の夏。
なりふり構わず勝つのは、黒子の真骨頂。
何があっても、絶対に譲れないのだ。

*****

「すみません。そんなことをさせて。」
黒子は殊勝に頭を下げながら、当の2人を見る。
気にしないでと笑う雪ノ下と、何で俺がと言わんばかりの比企谷。
黒子はそんな2人を見て、微笑ましい気持ちになるのだった。

夏の大会、開幕まであと少し。
バスケ部の練習は熱を帯びていた。
部員たちにも迷いはなく、厳しい練習にもついて来てくれる。
黒子も青峰も桃井も「絶対勝つ」と言い続けていた。
もしかしたらそのことで暗示の効果もあるのかもしれない。

「5分休憩。水分補給してください!」
黒子は時計を見ながら、声を張った。
そして自分自身もスポーツドリンクのボトルを受け取る輪に加わる。
配っているのは、比企谷と雪ノ下だった。

彼らは数日前からバスケ部の練習を手伝ってくれていた。
彼ら曰く、奉仕部は今開店休業状態。
由比ヶ浜と小町がチアに加わり、応援の練習に明け暮れているからだそうだ。
奉仕部への依頼も特にない。
そこで手持ち無沙汰になり、バスケ部に来て手伝いを申し出てくれたのだ。

はっきり言って、これはかなりありがたい申し出だった。
部員とは別に、マネージャーとして女子生徒が3名入部している。
だがこちらはまだまだ発展途上だった。
プレイの見方やデータのチェックなど、技術的なことを教えている真っ最中。
とてもじゃないけれど、雑用にまで手が回っていない。

そんな中での比企谷と雪ノ下だ。
黒子はありがたく申し出を受け入れ、そして容赦なくこき使った。
練習の合間のドリンクの準備もその1つだ。

「すみません。そんなことをさせて。」
黒子は殊勝に頭を下げながら、ドリンクを受け取った。
雪ノ下が「気にしないでいいわよ」と笑う。
だけど比企谷は不本意と言わんばかりの仏頂面だ。

「マネージャーっていつもこんなことするのか。やるヤツの気がしれねぇな。」
ボトルを配り終えた比企谷が、ポツリとそう呟いた。
黒子は「身も蓋もないですね」と応じる。
でも同意する部分はあった。
確かに報われない仕事だ。
黒子もコーチを引き受けてから、何度も思い知ったことだった。

コートに立つプレイヤーを支える、裏方仕事。
決して脚光を浴びることはない。
それなのにプレイヤーのためにひたすら尽くすのだ。
黒子は自分自身は影だという自負はあったが、あくまでコートのなかでのこと。
外から見守ることの難しさを、思い知った1年だった。

「そんなに不本意なら、どうして手伝ってくれるんですか?」
黒子は比企谷にそう聞いてみる。
すると比企谷はわかりやすく目が泳いだ。
視線の先には、数メートル先でドリンクを配り続ける雪ノ下がいた。

「2人で部室にいると、その妙な気分になるんだよ。」
「妙な?」
「察しろよ!」
「・・・なるほど」

色恋沙汰には疎い黒子も理解した。
由比ヶ浜と小町がいない奉仕部はさぞかし静かな事だろう。
そんな教室で、好きな女の子と2人きり。
確かに「妙な気分」になってしまうのも無理はない。

顔を真っ赤にした比企谷を見て、黒子は吹き出した。
レアな黒子の様子に、部員たちは驚いている。
だけど黒子の笑みは止まらなかった。

「笑うな。いつも笑わないお前に笑われるとムカつく。」
「そういう問題なんですか?」
「いや。わかんないけどムカつく。」
「すみません。でも比企谷君がラブコメしてるのが何だか嬉しくて。」

それは別に茶化しているわけでもなんでもなかった。
黒子の嘘偽らざる本心だ。
少し前まで、比企谷と雪ノ下はギクシャクしていたのだ。
だけど今は自然に寄り添うように立っている。
多分、一緒に何かを1つ乗り越えた。
そんな2人を見ているだけで、何とも幸せな気分になるのだ。

「それにしても」
ようやく笑みを引っ込めた黒子がもう1度比企谷を見た。
比企谷が「何だよ」と顔をしかめる。
ちょうどそのタイミングで雪ノ下が「比企谷君手伝って」と声をかけてきた。
ドリンクを飲み終えた部員たちはコートに戻っていく。
空いたボトルを集めて運ぶのを手伝えというわけだ。

「尻に敷かれてますね。」
黒子はそう言って、比企谷に冷やかしの視線を向けた。
比企谷は「うるせぇよ!」とややヤケ気味に叫ぶ。
心持ち肩を落としているのは、おそらく自覚があるのだろう。

「お幸せに」
ボトルを片づける比企谷と雪ノ下の後ろ姿に、黒子はエールを送った。
おそらく彼らには聞こえなかっただろう。
だけど別にかまわない。
幸せそうにラブコメしている彼らの青春を盗み見できるだけで満足だ。

【続く】
37/51ページ