「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡、ラブコメ野郎呼ばわりされる。】

「快進撃だよな?」
俺が黒子にそう言ったのは、心からの賛辞だったはずだ。
だけど黒子にはいつもの平坦な声で「そちらこそ」と返された。
何で俺はいつもこいつに見下ろされているような気分にさせられるんだろう?

毎度おなじみ、特別棟の1階、保健室横のベンチ。
俺と黒子は恒例のランチタイムだ。
相変わらず黒子はちまちまとサンドイッチを食べている。
いつも思うけど、これで足りるのかね?
俺が少ねぇなって思うんだ。
よくこれでアスリートやれてるな。
まったく燃費が良いにも程がある。

「あれから何ともないのか?」
弁当を半分ほど食ったところで、俺は黒子に声をかけた。
ちょうどサンドイッチを食い終えた黒子は「はい」と頷く。
そして紙パックの野菜ジュースのストローに口をつけた。
コクンと動く喉は細くて、これまたアスリートっぽくない
むしろ女子っぽい?
あ、何のために言うけど、別に性差別とかじゃないからな。

話を戻すと、俺が気にしているのは黒子が巻き込まれた事件の話だ。
黒子は少し前に、階段から突き落とされてケガをした。
犯人はバスケ部の新入部員。
同じ中学から来た相棒を入部テストで落とされ、その恨みらしい。
衝動的な犯行であり、かなり後悔しているようだった。

それでも俺は処罰すべきだったと思う。
最低でも退部が妥当だろう。
だけど黒子はお咎めなしにした。
他の部員たちに周知さえしていない。
そいつは今もバスケ部で、練習を続けている。

「大丈夫なのかよ?」
「はい。問題ありません。」
「そうか?問題ありありな気がするけどな。」
「以前のチームメイトにバスケセンスは抜群なのに、人格が破たんしている人がいたんです。」

黒子は不意に妙なことを言い出した。
話題を変えた?いや、違う。
黒子はそういうごまかし方はしない。
おそらく何か関連のある話をするんだろう。

「素行が悪いけど、バスケの才能はありました。帝光のレギュラーだったし。」
「もしかしてキセキの世代の誰か?」
「黄色の前の灰色の人です。」

黄色って黄瀬さんだよな?
その前にそんな人がいたのか。
黒子はため息をついて、空を見上げた。
何かを思い出すような遠い目で。

「その人とは気まずく別れたままなんです。」
「後悔してるのか?」
「ええ。少し。今回彼を処分しないのはそういう理由もあります。」
「それだけじゃないのかよ。」
「はい。一番はやっぱりあの才能を取りこぼしたくないので。」

俺は「そうか」と頷いた。
黒子なりに迷いながらも、あいつを残した。
単に戦力としてではなく、思うところがあるらしい。
それならそれでいいとしよう。
あいつは反省しているようだし、今は青峰さんたちも目を光らせている。
黒子が再び襲撃される可能性はほぼないだろう。

「ところでバスケ部。今のところ快進撃だよな?」
授業まであと少し、そろそろ戻るタイミングで俺はそう言った。
それは心からの賛辞だった。
黒子は知恵を絞り、人脈を駆使して、バスケ部を率いている。
そのおかげで、今はそこそこ強い。
練習試合の勝率は7割を超えるそうだし、素人の俺が見ても動きが格段に良くなった。
これなら大会だって期待できると思ったのだ。
だが黒子にはいつもの平坦な声で「そちらこそ」と返された。

「雪ノ下さんと和解したんですね。よかったです。」
「お前、それっ!」
「見ていればわかります。ラブコメ上等ですね。」

黒子はニコリともせずに立ち上がり、そのまま歩き出した。
しかもご丁寧に一度足を止めて振り返り「お幸せに」と来たもんだ。
確かに雪ノ下とのわだかまりは解けた。
だけど俺らってそんなにわかりやすいか?
何だかいつもこいつに見下ろされているような気にして、悔しいんだけど!

「お前も頑張れ!」
俺は半ばヤケになり、去っていく黒子の背中にそう叫ぶ。
黒子は律儀にこちらを振り返ると「ありがとうございます」と頭を下げた。
この無駄な礼儀正しさも、妙に癪に障るんだよな。

でも数少ない、気を許せる相手でもあるんだ。
だから応援するし、楽しみにもしてる。
この夏、こいつがいったいどこまで行くのか。
俺はそれを一番近い場所で見つめることに決めていた。

*****

「絶対にダメだ。」
俺は太い太い釘を刺した。
女子たちの冷たい視線を全身に感じる。
だけどどうしてもダメなものは、ダメなのだ。

そろそろ季節は初夏。
気温が上がるにつれ、校内の雰囲気は盛り上がっていた。
話題の中心はバスケ部だ。
うちの学校の部活はそれなりに盛んだが、さほど強くはない。
せいぜい千葉県で何位とか、そんなものだ。
そこに現れたのが、黒子テツヤ。
かつて高校生の頂点に立った男が、ここで全国制覇を宣言した。
まるで漫画みたいな展開、テンションは上がるわな。

俺はバスケ部を横目に見ながら、相変わらずの毎日だ。
淡々と授業を受けて、放課後は部活に向かう。
それでも最近は、毎日は部に来られない。
そろそろ大学受験の準備もあり、塾に通い始めたからだ。
正直なところ、俺の将来の夢は専業主夫、それだと学歴は関係ないんだけどな。

ちなみに雪ノ下とは志望校の話もしている。
何となく同じ学校に行こうかなんて、喋ることもある。
一緒の塾に通い始めたりもしてるしな。
決して「ラブコメ上等」なんて雰囲気ではないぞ。
相変わらず2人して、お喋りだか口喧嘩だがよくわからない攻防をしている感じだ。

そんなある日のことだった。
放課後、塾はないので、向かう先は奉仕部の部室。
いつもの席に座り、本を開いたところで、ドアが開いた。

「奉仕部に依頼です!」
ノックもせずにズカズカと入って来たのは、我らが生徒会長。
いろはすこと一色いろはだ。
小町が「いらっしゃいませ!」とコンビニ店員よろしく応じる。
そこへ明るく手を振る由比ヶ浜の「やっはろー!」が重なった。

「どんな依頼?」
パソコンを操作していた雪ノ下だけは浮かれずにそう聞いた。
すると一色は「応援団を作ります!」と高らかに宣言する。
何、そのすでに決定事項みたいな感じ。
だけどそう思ったのは、俺だけみたい。

「バスケ部の応援ですよね!」
「それ、いい!うちの学校、そういうのないもんね!」

さっそく盛り上がるのは、小町と由比ヶ浜だ。
雪ノ下まで「なるほど。バスケ部の応援ね」と頷いている。
確かにうちの学校って、応援団はないんだよな。
例えば野球の応援とかだと、スタンドにブラバンが出るとかは定番。
だけどうちにはそれもない。
なぜなら早くに負けてしまうから、出る幕がないって感じなんだ。

だけど今回のバスケ部は違う。
県予選もいいところまで勝ち進むだろうし、なんなら全国大会もあるかも。
そこで盛り上がるのは、わからないではない。

でもなぁ。雪ノ下さんに由比ヶ浜さん。
俺ら受験生よ?
今、手間がかかる依頼をうけるヒマ、なくない?
だけど一色は「ご支持いただき、ありがとうございます!」とガッツポーズだ。
そして話はどんどん進んでいく。

「チアとか作ろうと思うんですけど、みなさんもどうですか?」
「チア?そういうの、一度やってみたかったんです!」
「あたしもやりたい!」

俺の思いを他所に、女子トークが盛り上がっていく。
一色のチア作る宣言に、小町と由比ヶ浜が乗っかった。
そして女子3人は雪ノ下を見る。
その視線は雄弁に「お前も加われ」と言っていた。

雪ノ下がチア?
俺はその光景を想像しようとして、ブルブルと首を振った。
小町も無理だけど、雪ノ下はもっと無理。
露出が多い衣装なんて、絶対に嫌だ。
考えるだけで背筋が寒く、胸がつかえる感じがする。

「絶対にダメだ。」
俺は思いっきり、太い太い釘を刺した。
女子たちの冷たい視線を全身に感じる。
わかってるよ。思いっきり水を差してるってことはさ。
心が狭いってこともね。

だけどどうしてもダメなものは、ダメなのだ。
雪ノ下がチアとか。
それは俺の脳の許容量を完全に超えていた。

*****

「ちっともおかしくないと思いますよ。」
黒子は穏やかに微笑しながら、そう言った。
何ともレアなその表情に、俺は思わず「黒子が笑った」と呟く。
すると冷やかに「今、ツッコミどころはそこじゃないでしょう」と返された。

またしても昼休み、いつものランチスペースには俺と黒子。
本当にいつも通りの光景だ。
黒子はまたしてもサンドイッチを齧り、俺は弁当を食う。
遠くに女子生徒のはしゃぎ声がかすかに聞こえるが、あくまでもここは静か。
まったくもって穏やかな昼休みのはすだ。

たった1つ、違うのは俺の表情だった。
え?自分の顔なんて見えないだろうって?
いや、見なくてもわかるんだな。これが。
これだけ気分がどんよりしてるんだ。
顔に出てないはずがない。

案の定というべきか。
黒子が「何かありました?」と聞いてきた。
俺は一瞬言葉に詰まる。
だってダサいだろ?
これ見よがしに暗い顔して「何かあったか?」って聞かれる。
なんだか「かまって欲しい」的な雰囲気出してるヤバいヤツみたいでさ。

かと言って「何もない」って答えるのも、ダサい。
何しろ相手は人間観察の権化みたいなヤツだからな。
そんな相手に嘘だってバレバレのセリフを吐くのは寒いし。

俺は諦めて、話し始めた。
奉仕部に応援団結成の依頼があったことを。
そしてチアをやろうという話になり、雪ノ下のチアに断固反対した。
その結果、奉仕部の雰囲気が悪くなってしまった。
そして当の俺もどんよりと沈んでいる。

「それはまた」
話を聞き終えた黒子はそう言った。
それを見た俺は「あれ?」と思う。
黒子はいつもの無表情ながら、心配して声をかけてくれたと思う。
だけど今、俺の話を聞いた後は何だが憮然としているようだ。

「応援団を作っていただけるのは、感謝します。」
黒子はまずそう言った。
完全な前置きだ。
言いたいことは別にあることが、ありありな口調。
そして予想通り「でもですね」と身を乗り出してきた。

「比企谷君の気持ち、わかります。」
「え?そう?」
「反対するのは、ちっともおかしくないと思いますよ。」
「黒子が笑った」
「今、ツッコミどころはそこじゃないでしょう。」

女子たちからはひんしゅくを買ったけれど、黒子は普通だ。
むしろレアな微笑さえ見せている。
俺が少しホッとした瞬間、とんでもない爆弾が落とされた。

「でも何で正直に言わないんですか?」
「何が?」
「惚れた女が露出の多いチアの衣装を着るのは嫌だって」
「は?え?」
「ほかの男に好きな女の肌を見せたくないんだって言えば、丸く収まりますよ。」

俺は弁当箱を取り落としそうになり、慌てて握りしめた。
惚れた女って、なんてハズいことを。
確かに俺のわだかまりの核心をついた一言だ。
だけどそれをあっさり口にできたら、それはもう俺じゃない。

「つまりその悩みはラブコメ野郎のノロケにしか聞こえません。」
黒子にバッサリと斬られた俺は、肩を落とした。
そうだよ。俺は言葉が足りない。
っていうか、素直になるのが恥ずかしくて、いつも遠回りする。
だけどそう簡単にキャラチェンジができるわけないじゃないか。

「ところで奉仕部って、引退時期はいつまでなんですか?」
黒子は唐突に話題を変えた。
ハートがグッサリ傷ついた俺は、あっさりとそれに乗っかることにする。
とりあえず何か違うことを考えたい。

「引退時期?」
「はい。運動部なら大会の後、文化部ならコンクールとかの後だけど、奉仕部はどうかなって。」
「何でそんなこと、気になるんだ?」
「いつまで依頼ができるのか、知りたかったので。」

なるほど、黒子はバスケ部がらみでまだまだ奉仕部をこき使う気か。
思わず苦笑した俺だが、すぐに「あれ?」と思った。
奉仕部って、いつ引退したらいいんだ?
明確なイベントもなく、活動は依頼があって初めて成立する。
ならどんな風に終わりを迎えればいいんだろう?

「引退時期はまだわからない。」
俺は正直にそう答えた。
黒子には「ウィンターカップの辺りまで続けてくれれば、いろいろ助かります」などと言われる。
俺は「卒業までコキ使う気か」と悪態で返して、この場をごまかした。

でもそうだよな。
俺自身の進路の事、奉仕部のこと、そして雪ノ下雪乃と俺の将来の事。
卒業と共に一度締めくくり、新たにまた始める。
黒子にとってはバスケ。
そして俺ももうそろそろエンディングを考える時期なんだ。

【続く】
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