「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤは迷い、結論が出ないままに、一件落着を受け入れる。】
「穏便にって言いましたよね?」
黒子はいつもの無表情に冷やかさを込めて、比企谷を見る。
だが比企谷には涼しい顔で「充分、穏便だろ」と返されてしまった。
「ちょっと来てくれ。」
放課後、黒子は比企谷にそう言われた。
黒子は「部活があるので」と首を振る。
だが比企谷は強引だった。
有無を言わせぬ表情で「その前に済ませる」と言い放つ。
そして黒子の腕を掴み、強引に歩き出した。
もしもボクが女子なら、ラブコメなシーンかな?
黒子は比企谷に手を引かれながら、そんなことを思った。
そしてかつての相棒であった男と、手を取って並んで歩くシーンを妄想する。
だがすぐにそんな妄想を頭から降り払った。
疲れているのかな。
比企谷に半ば引きずられながら、黒子はこっそりため息をついた。
決して誰にも言うつもりはない。
だけど精神的には確かに消耗していた。
バスケ部のコーチを引き受け、全国制覇を目標に掲げた。
そのためにできることは何でもやるつもりだ。
部員数を絞ることも、その1つだった。
黒子だけではできることに限界があるからだ。
もちろんその前に学校と交渉はした。
とにかく練習場所が狭く、使える時間も短かったからだ。
だけどやはり場所も時間も増えない。
それならやはり20名程度が限界なのだ。
だから憎まれ役になろうと割り切った。
まずは勝つこと。結果を残すこと。
そうすればもう1度、学校と交渉する。
そして練習環境を良くできれば、部員数も増やせる。
だけどやはり心が痛まないわけではないのだ。
入部できなかった生徒に恨まれることではない。
バスケがやりたい者を部から締め出してしまうことにだ。
バスケが好きなのに、できない。
自分に置き換えたら、これはかなりつらい。
だからきっと自分で思っている以上に精神的に疲れている。
そんなことを考えている間に、比企谷に連れて来られたのは予想通りの場所。
奉仕部の部室だった。
比企谷はノックもせずに、無造作にドアを開ける。
中にいたのも予想通りの人物で、黒子は思わずため息をついた。
「穏便にって言いましたよね?」
黒子はいつもの無表情に冷やかさを込めて、比企谷を見る。
口調に咎める色合いが加わったのは許してほしい。
部室に待っていたのは、奉仕部の女子3名。
そしてバスケ部の新1年生の男子生徒だった。
「充分、穏便だろ」
比企谷はあっさりとそう答える。
確かにここに彼と黒子を呼び出したのなら、内々に済ませるつもりではいるのだろう。
それでもやはり黒子にしてみれば、これは必要ない気がする。
だが比企谷はまったく引かなかった。
「黒子。俺はこのままうやむやにする気はない。」
「なぜですか?」
「青峰さんと桃井さんから依頼を受けたからな。」
「それなら仕方ないですね。」
黒子としては、事を荒立てたくないのだ。
できればこのままうやむやにして、終わらせたい。
自分を階段から突き落としたのが彼だとわかっている。
でも何も気付いていない振りを続けてきた。
それでも青峰や桃井の名を出されれば、引き下がるしかない。
「とりあえず座ろうぜ」
比企谷は自分がいつも座る定位置の椅子に腰を下ろし、黒子を見た。
黒子は黙って頷くと、空いている椅子に座る。
すると比企谷が「じゃあ始める」と口火を切った。
それではお手並み拝見。
黒子は秘かにそう思いながら、比企谷の言葉を聞いていた。
もう事態は黒子の手を離れて動いている。
後はもう流れに身を任せるしかなかった。
*****
「漫画みたいな騙し討ちするんですね。」
黒子は冷やかにそう言い放った。
比企谷が「うるせぇよ」と悔しそうに悪態をつくのが、少しだけ愉快だった。
「黒子を階段から突き落としたの、お前だよな。」
比企谷は開始宣言の次に、そう言った。
駆け引きもへったくれもない。
さっさと判決を言い渡したという感じだ。
「・・・ごめんなさい!本当に」
呼び出された新入部員の名前は綾瀬。
ポジションはPG(ポイントガード)だ。
黒子の知る中で、一番彼と似たタイプに選手はかつてのチームメイトの降旗だ。
派手さはないが、堅実なプレイ。
自分は目立たず、チームメイトを光らせるのが上手いタイプだ。
「もう二度としないって、念書を書いてもらう。」
比企谷はそう言って、紙とペンを取り出した。
念書って、それはまた古風な。
黒子はそう思う。
だけど奉仕部の女子たちは首を傾げていた。
「ねんしょ?年の初め?」
「お芋じゃないの?とろろみたいな。」
「どっちも違うわよ。」
ちなみに発言の順は、小町、由比ヶ浜、雪ノ下だ。
黒子は思わずガックリと頭を垂れた。
小町が「年初」と思ったのは、百歩譲ってまだ認める。
由比ヶ浜はおそらく「自然薯」と間違えたのだろう。
雪ノ下が「受験、大丈夫?」と心配そうに呻く。
黒子はそれに心から同意した。
そんなやり取りは比企谷も聞いていたのだろう。
黒子同様、脱力状態だ。
それでも気を取り直して「さっさと書け」と促す。
綾瀬は一瞬躊躇ったが、意を決したようにペンを取った。
「ところでさ、何で黒子君を突き落としたの?」
由比ヶ浜がふと思いついたように、そう言った。
雪ノ下が「確かに」と頷き、小町が「そういえば」と首を傾げる。
そして3人の女子は一斉に比企谷を見た。
確かに何も知らなければ、疑問に思うだろう。
なぜ入部テストに合格した彼が、黒子を突き落としたのか。
種明かし、してないんだ。
黒子はそう思い、だが同時に気付いた。
おそらくこの答えを比企谷も持ち合わせていない。
つまり比企谷は何の証拠もない、勘だけで綾瀬を断罪している。
だからこそいきなり罪状を突きつけ、念書を書かせようとした。
唐突なのではなく、手札が何もないからそうするしかなかったのだ。
当の綾瀬はそんなことには気付かず、念書を書いている。
そして比企谷はチラリと黒子を見た。
どうやらこの種明かしができるのは、黒子だけらしい。
黒子は小さくため息をつくと「由比ヶ浜さん」と声をかけた。
「彼は友人と2人で入部テストを受けて、彼だけ受かったんですよ。」
「ええ?それじゃ落ちちゃったそのお友だちのことで、黒子君を恨んで?」
「そうでしょうね。中学の頃は2人でダブルエースだったそうですから。」
それが綾瀬の動機だった。
ただ落とされるより、コンビで受けて1人だけ受かる方がつらい。
おそらく2人の友情にもヒビが入ってしまったのだろう。
綾瀬は手を止めて、黒子をチラリと見た。
その瞳にはわかりやすく恨みがこもっていた。
「2人一緒に合格ってわけにはいかなかったんですか?」
続いて質問してきたのは、小町だった。
黒子は「なかったです」と即答する。
彼らのコンビプレイも見たが、評価できなかった。
むしろ黒子にはコンピプレイにこだわるあまり、動きが悪くなっているように見えたのだ。
コンビではない単独の綾瀬の方が、むしろパフォーマンスはよかった。
「自分を突き落とした人を、チームに入れてていいの?」
最後の問いは雪ノ下だ。
これにも黒子は「別にいいです」と即答だ。
1年の中でも、実力は結構高いのだ。
それに黒子を突き落としたことを除けば、綾瀬は普通に友人思いでバスケ好き。
放り出すより、むしろ利用した方が良い。
「漫画みたいな騙し討ちするんですね。」
綾瀬が念書を書き終え、奉仕部を出ていく。
黒子も部活に向かおうとしたが、振り返ってそう言った。
証拠もないのに、ハッタリだけで綾瀬を追い込んでしまった。
そして書かせた念書こそが証拠になる。
こうして比企谷は切り札を手に入れたのだ。
もう綾瀬が黒子に何かすることはないだろう。
「うるせぇよ」
比企谷が悔しそうに悪態をついたのが、少しだけ愉快だ。
黒子は軽い足取りで、部活に向かった。
*****
「とりあえずありがとうございました。」
黒子は深々と頭を下げる。
だが比企谷に「嘘くせぇ」と言われたので「わかります?」と返した。
黒子を階段から突き落とした犯人に、もうしないと念書を書かせた。
その翌日の昼、黒子はいつものランチスペースにいた。
特別棟の1階、保健室横のベンチ。
いつもと同じ、コンビニのサンドイッチと野菜ジュース。
もぐもぐと食べ始めたところで、比企谷が現れた。
「よぉ」
比企谷は軽く手を上げると、黒子の隣に腰を下ろした。
黒子は「とりあえずありがとうございました」と深々と頭を下げる。
もちろん黒子が階段から転落した一連の騒動の件だ。
しっかりと解決したのは、やはり比企谷のおかげと言えるだろう。
「嘘くせぇ」
「わかります?」
「そりゃわかるよ。」
黒子は「ですよね」と苦笑しながら、サンドイッチを齧った。
比企谷も携えてきた弁当箱を開ける。
相変わらず小町の手作りらしい弁当は、彩りが綺麗だ。
「それで大丈夫なのか?」
「ええ。普通に部活してますよ。」
「精神的にはどうなんだよ。わだかまりとか」
「そりゃ全然なしとはいきませんけど」
比企谷は小町の弁当を味わいながら、めんどくさそうに聞いてくる。
だけどめんどくさそうなのは、照れくささの裏返し。
比企谷は真剣に黒子とバスケ部を心配してくれている。
それがわかる程度には、比企谷とは親交があった。
「俺にはどうしてもわかんねぇよ。」
「何がです?」
「階段から人を突き落とすって、犯罪だろ。」
「それをそのままにしていいのかってことですか?」
比企谷は箸を止めると、神妙な顔で頷いた。
黒子はサンドイッチをまた一口齧りながら、首を傾げた。
正直なところ、そこを突かれると弱い。
学校の部活動なのだと思えば、うやむやにしてはいけないのかもしれない。
だけどやはり黒子は告発する気にはなれなかった。
「今は貴重な練習時間を削りたくないですから」
黒子はこんなとき一番説得力のある理由を口にした。
比企谷が「そりゃ確かにそうかもな」と考え込んでいる。
黒子はそんな比企谷を見ながら、内心それだけじゃないと思った。
本当は罰せられたいのかもしれない。
黒子は秘かに自分のことをそう考えていた。
やはり入部テストを行なったことに、良心の呵責を感じる。
だからその代償として、階段から落ちたことを納得しているのではないか。
だが黒子はそこで考えることをやめた。
この件はこれで終わり。
後は全国制覇に向けて、突っ走るだけだ。
迷っている時間なんてない。
「これでもう当分、奉仕部にお世話になることはないですね。」
「何だよ。改まって」
「事実を述べたまでです。比企谷君ももう逃げられませんよ。」
「ああ?」
「ちゃんとラブコメして下さい。雪ノ下さんを大切に」
決めゼリフよろしくそう言ったところで、ちょうどランチ終了だ。
黒子は席を立つと、もう1度深く一礼した。
そして踵を返すと、去っていく。
背中に比企谷の視線が刺さっている気がしたが、軽やかにスルーした。
黒子にはバスケがあるように、比企谷にはラブコメが似合う。
ここからは奉仕部と交わることは減るだろう。
だけど奉仕部の面々が楽しくラブコメするのを、こっそりと盗み見させてもらおう。
それくらいのことはきっと許されるはずだ。
【続く】
「穏便にって言いましたよね?」
黒子はいつもの無表情に冷やかさを込めて、比企谷を見る。
だが比企谷には涼しい顔で「充分、穏便だろ」と返されてしまった。
「ちょっと来てくれ。」
放課後、黒子は比企谷にそう言われた。
黒子は「部活があるので」と首を振る。
だが比企谷は強引だった。
有無を言わせぬ表情で「その前に済ませる」と言い放つ。
そして黒子の腕を掴み、強引に歩き出した。
もしもボクが女子なら、ラブコメなシーンかな?
黒子は比企谷に手を引かれながら、そんなことを思った。
そしてかつての相棒であった男と、手を取って並んで歩くシーンを妄想する。
だがすぐにそんな妄想を頭から降り払った。
疲れているのかな。
比企谷に半ば引きずられながら、黒子はこっそりため息をついた。
決して誰にも言うつもりはない。
だけど精神的には確かに消耗していた。
バスケ部のコーチを引き受け、全国制覇を目標に掲げた。
そのためにできることは何でもやるつもりだ。
部員数を絞ることも、その1つだった。
黒子だけではできることに限界があるからだ。
もちろんその前に学校と交渉はした。
とにかく練習場所が狭く、使える時間も短かったからだ。
だけどやはり場所も時間も増えない。
それならやはり20名程度が限界なのだ。
だから憎まれ役になろうと割り切った。
まずは勝つこと。結果を残すこと。
そうすればもう1度、学校と交渉する。
そして練習環境を良くできれば、部員数も増やせる。
だけどやはり心が痛まないわけではないのだ。
入部できなかった生徒に恨まれることではない。
バスケがやりたい者を部から締め出してしまうことにだ。
バスケが好きなのに、できない。
自分に置き換えたら、これはかなりつらい。
だからきっと自分で思っている以上に精神的に疲れている。
そんなことを考えている間に、比企谷に連れて来られたのは予想通りの場所。
奉仕部の部室だった。
比企谷はノックもせずに、無造作にドアを開ける。
中にいたのも予想通りの人物で、黒子は思わずため息をついた。
「穏便にって言いましたよね?」
黒子はいつもの無表情に冷やかさを込めて、比企谷を見る。
口調に咎める色合いが加わったのは許してほしい。
部室に待っていたのは、奉仕部の女子3名。
そしてバスケ部の新1年生の男子生徒だった。
「充分、穏便だろ」
比企谷はあっさりとそう答える。
確かにここに彼と黒子を呼び出したのなら、内々に済ませるつもりではいるのだろう。
それでもやはり黒子にしてみれば、これは必要ない気がする。
だが比企谷はまったく引かなかった。
「黒子。俺はこのままうやむやにする気はない。」
「なぜですか?」
「青峰さんと桃井さんから依頼を受けたからな。」
「それなら仕方ないですね。」
黒子としては、事を荒立てたくないのだ。
できればこのままうやむやにして、終わらせたい。
自分を階段から突き落としたのが彼だとわかっている。
でも何も気付いていない振りを続けてきた。
それでも青峰や桃井の名を出されれば、引き下がるしかない。
「とりあえず座ろうぜ」
比企谷は自分がいつも座る定位置の椅子に腰を下ろし、黒子を見た。
黒子は黙って頷くと、空いている椅子に座る。
すると比企谷が「じゃあ始める」と口火を切った。
それではお手並み拝見。
黒子は秘かにそう思いながら、比企谷の言葉を聞いていた。
もう事態は黒子の手を離れて動いている。
後はもう流れに身を任せるしかなかった。
*****
「漫画みたいな騙し討ちするんですね。」
黒子は冷やかにそう言い放った。
比企谷が「うるせぇよ」と悔しそうに悪態をつくのが、少しだけ愉快だった。
「黒子を階段から突き落としたの、お前だよな。」
比企谷は開始宣言の次に、そう言った。
駆け引きもへったくれもない。
さっさと判決を言い渡したという感じだ。
「・・・ごめんなさい!本当に」
呼び出された新入部員の名前は綾瀬。
ポジションはPG(ポイントガード)だ。
黒子の知る中で、一番彼と似たタイプに選手はかつてのチームメイトの降旗だ。
派手さはないが、堅実なプレイ。
自分は目立たず、チームメイトを光らせるのが上手いタイプだ。
「もう二度としないって、念書を書いてもらう。」
比企谷はそう言って、紙とペンを取り出した。
念書って、それはまた古風な。
黒子はそう思う。
だけど奉仕部の女子たちは首を傾げていた。
「ねんしょ?年の初め?」
「お芋じゃないの?とろろみたいな。」
「どっちも違うわよ。」
ちなみに発言の順は、小町、由比ヶ浜、雪ノ下だ。
黒子は思わずガックリと頭を垂れた。
小町が「年初」と思ったのは、百歩譲ってまだ認める。
由比ヶ浜はおそらく「自然薯」と間違えたのだろう。
雪ノ下が「受験、大丈夫?」と心配そうに呻く。
黒子はそれに心から同意した。
そんなやり取りは比企谷も聞いていたのだろう。
黒子同様、脱力状態だ。
それでも気を取り直して「さっさと書け」と促す。
綾瀬は一瞬躊躇ったが、意を決したようにペンを取った。
「ところでさ、何で黒子君を突き落としたの?」
由比ヶ浜がふと思いついたように、そう言った。
雪ノ下が「確かに」と頷き、小町が「そういえば」と首を傾げる。
そして3人の女子は一斉に比企谷を見た。
確かに何も知らなければ、疑問に思うだろう。
なぜ入部テストに合格した彼が、黒子を突き落としたのか。
種明かし、してないんだ。
黒子はそう思い、だが同時に気付いた。
おそらくこの答えを比企谷も持ち合わせていない。
つまり比企谷は何の証拠もない、勘だけで綾瀬を断罪している。
だからこそいきなり罪状を突きつけ、念書を書かせようとした。
唐突なのではなく、手札が何もないからそうするしかなかったのだ。
当の綾瀬はそんなことには気付かず、念書を書いている。
そして比企谷はチラリと黒子を見た。
どうやらこの種明かしができるのは、黒子だけらしい。
黒子は小さくため息をつくと「由比ヶ浜さん」と声をかけた。
「彼は友人と2人で入部テストを受けて、彼だけ受かったんですよ。」
「ええ?それじゃ落ちちゃったそのお友だちのことで、黒子君を恨んで?」
「そうでしょうね。中学の頃は2人でダブルエースだったそうですから。」
それが綾瀬の動機だった。
ただ落とされるより、コンビで受けて1人だけ受かる方がつらい。
おそらく2人の友情にもヒビが入ってしまったのだろう。
綾瀬は手を止めて、黒子をチラリと見た。
その瞳にはわかりやすく恨みがこもっていた。
「2人一緒に合格ってわけにはいかなかったんですか?」
続いて質問してきたのは、小町だった。
黒子は「なかったです」と即答する。
彼らのコンビプレイも見たが、評価できなかった。
むしろ黒子にはコンピプレイにこだわるあまり、動きが悪くなっているように見えたのだ。
コンビではない単独の綾瀬の方が、むしろパフォーマンスはよかった。
「自分を突き落とした人を、チームに入れてていいの?」
最後の問いは雪ノ下だ。
これにも黒子は「別にいいです」と即答だ。
1年の中でも、実力は結構高いのだ。
それに黒子を突き落としたことを除けば、綾瀬は普通に友人思いでバスケ好き。
放り出すより、むしろ利用した方が良い。
「漫画みたいな騙し討ちするんですね。」
綾瀬が念書を書き終え、奉仕部を出ていく。
黒子も部活に向かおうとしたが、振り返ってそう言った。
証拠もないのに、ハッタリだけで綾瀬を追い込んでしまった。
そして書かせた念書こそが証拠になる。
こうして比企谷は切り札を手に入れたのだ。
もう綾瀬が黒子に何かすることはないだろう。
「うるせぇよ」
比企谷が悔しそうに悪態をついたのが、少しだけ愉快だ。
黒子は軽い足取りで、部活に向かった。
*****
「とりあえずありがとうございました。」
黒子は深々と頭を下げる。
だが比企谷に「嘘くせぇ」と言われたので「わかります?」と返した。
黒子を階段から突き落とした犯人に、もうしないと念書を書かせた。
その翌日の昼、黒子はいつものランチスペースにいた。
特別棟の1階、保健室横のベンチ。
いつもと同じ、コンビニのサンドイッチと野菜ジュース。
もぐもぐと食べ始めたところで、比企谷が現れた。
「よぉ」
比企谷は軽く手を上げると、黒子の隣に腰を下ろした。
黒子は「とりあえずありがとうございました」と深々と頭を下げる。
もちろん黒子が階段から転落した一連の騒動の件だ。
しっかりと解決したのは、やはり比企谷のおかげと言えるだろう。
「嘘くせぇ」
「わかります?」
「そりゃわかるよ。」
黒子は「ですよね」と苦笑しながら、サンドイッチを齧った。
比企谷も携えてきた弁当箱を開ける。
相変わらず小町の手作りらしい弁当は、彩りが綺麗だ。
「それで大丈夫なのか?」
「ええ。普通に部活してますよ。」
「精神的にはどうなんだよ。わだかまりとか」
「そりゃ全然なしとはいきませんけど」
比企谷は小町の弁当を味わいながら、めんどくさそうに聞いてくる。
だけどめんどくさそうなのは、照れくささの裏返し。
比企谷は真剣に黒子とバスケ部を心配してくれている。
それがわかる程度には、比企谷とは親交があった。
「俺にはどうしてもわかんねぇよ。」
「何がです?」
「階段から人を突き落とすって、犯罪だろ。」
「それをそのままにしていいのかってことですか?」
比企谷は箸を止めると、神妙な顔で頷いた。
黒子はサンドイッチをまた一口齧りながら、首を傾げた。
正直なところ、そこを突かれると弱い。
学校の部活動なのだと思えば、うやむやにしてはいけないのかもしれない。
だけどやはり黒子は告発する気にはなれなかった。
「今は貴重な練習時間を削りたくないですから」
黒子はこんなとき一番説得力のある理由を口にした。
比企谷が「そりゃ確かにそうかもな」と考え込んでいる。
黒子はそんな比企谷を見ながら、内心それだけじゃないと思った。
本当は罰せられたいのかもしれない。
黒子は秘かに自分のことをそう考えていた。
やはり入部テストを行なったことに、良心の呵責を感じる。
だからその代償として、階段から落ちたことを納得しているのではないか。
だが黒子はそこで考えることをやめた。
この件はこれで終わり。
後は全国制覇に向けて、突っ走るだけだ。
迷っている時間なんてない。
「これでもう当分、奉仕部にお世話になることはないですね。」
「何だよ。改まって」
「事実を述べたまでです。比企谷君ももう逃げられませんよ。」
「ああ?」
「ちゃんとラブコメして下さい。雪ノ下さんを大切に」
決めゼリフよろしくそう言ったところで、ちょうどランチ終了だ。
黒子は席を立つと、もう1度深く一礼した。
そして踵を返すと、去っていく。
背中に比企谷の視線が刺さっている気がしたが、軽やかにスルーした。
黒子にはバスケがあるように、比企谷にはラブコメが似合う。
ここからは奉仕部と交わることは減るだろう。
だけど奉仕部の面々が楽しくラブコメするのを、こっそりと盗み見させてもらおう。
それくらいのことはきっと許されるはずだ。
【続く】