「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【比企谷八幡、臨時ボディガードに苦戦する。】
「もっと上手いやり方、なかったんですか?」
黒子はいつもの無表情で、文句を言った。
怒りを全面に出されるより、こういう方が実は怖かったりする。
だけど俺は「さぁな」と笑い、華麗にスルーした。
黒子テツヤが階段から突き落とされた。
理由はほぼ間違いなくバスケ部の入部テストだ。
うちの学校で効果的に練習を組もうとしたら、大人数は入れられない。
だからやむなく新入部員の数を絞った。
そこで振るい落とされた入部希望者の恨みを買ったんだろう。
まぁ、わからないでもない。
別にバスケに限ったことではないが、何かの才能がある選手は進学先を選ぶ。
スポーツ推薦なんて、良い例だろ。
だけどそんなのは、ほんの一握り。
多くの学生はその競技に打ち込むものの、全国制覇なんて絵空事。
そこそこのところで終わって、引退していく。
そんな中、現れたのが黒子テツヤだ。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)なんて2つ名を持つ男。
しかも前の学校では、天才と呼ばれたキセキの世代を次々と倒して全国制覇。
そんな黒子が、今度はコーチとして全国制覇を掲げたんだ。
そしてその学校はスタートしたばかり。
普通の強豪校とは違って、今なら部員数も少ない。
なんならレギュラーだって射程内かもしれない。
そこそこ真剣に部活やっているヤツは、チャンスって思うだろう。
何とかここに紛れ込めれば、とりあえず3年間夢を見られる。
だからこそ、門前払いされた生徒の恨みは深いんだと思う。
他の部とか地域のクラブなんかに入って、気持ちを切り替えられるヤツは良い。
だけどそいつはそれもできず、悶々とした暗い感情を心に秘めていた。
そしてある日、黒子にその感情をぶつけた。
それが俺のこの件についての読みだ。
ついでに犯人像まで、推理してみる。
おそらくそれほど陰湿なヤツじゃないと思う。
それなら突き落とすなんて手段に出る前に、もっと何かしてそうだ。
誹謗中傷とか、ストーキングみたいなことをな。
もしも階段から突き落とそうと付け狙っていたなら、何より黒子本人が気づく。
何しろ人間観察のスペシャリスト、他人の気配にはとにかく敏感なのだから。
ではなぜ黒子はまんまと突き落とされたのか。
それは犯人にとって、衝動的なことだったからだ。
本当にたまたま階段を下りる黒子を見つけて、事に及んだ。
だから黒子でさえ、気付けなかったんだ。
おそらく犯人は黒子を恨んではいたものの、ごく普通のヤツなんだ。
そこから俺が立てた作戦はシンプルだった。
まずは黒子が休んでいる間に、ひたすら噂を流した。
黒子だって、好きで多くの入部希望者を締め出したんじゃない。
現状の状況、練習スペースや黒子1人で練習を見ていることを考えれば仕方がないこと。
一番つらいのは、黒子本人なのだと。
黒子の気持ち云々については、完全に俺の推測。
だけど間違ってはいないはずだ。
こいつのバスケに対する情熱は、並大抵のものじゃない。
問題はそれがまったく顔や態度に出ないこと。
だからそれを全校に向けて、プッシュしてみた。
噂を流すのは、簡単だった。
3年は由比ヶ浜、2年は一色、1年は小町。
ちゃんと各学年に信頼できるスピーカーがいるからな。
そして舞台ができ上がったところで、黒子が学校に戻った。
戻るなり、そこここから「黒子頑張れエール」が乱れ飛ぶ。
犯人が俺が思う通りの普通のヤツなら、これで大分参っているはずだ。
おそらく精神的にな。
完全に「黒子頑張れ」の空気の中、それを襲った極悪人ってポジションなんだから。
それに今は黒子が自分のことを覚えているかどうか、気が気ではないはずだ。
咄嗟に突き落としちまったものの、冷静になれば愚行だとわかる。
黒子を無視できず、直接話もできずにいるはずだ。
だから俺は黒子の警護と称して、貼り付くことにした。
遠巻きに黒子を見ながら、挙動不審になっているヤツがいたら、そいつが犯人だ。
「もっと上手いやり方、なかったんですか?」
黒子はいつもの無表情で、文句を言う。
今やすっかり悲劇のヒーローに祭り上げられ、迷惑千万なんだろう。
おそらく俺の意図も見抜いている。
「さぁな」
俺は笑って、華麗にスルーした。
お互い四六時中一緒にいるのは、かなり鬱陶しい話だ。
だけどこれも依頼、なるべく早急に片付くことを祈るばかりだ。
*****
「ボクを口実に使っていませんか?」
黒子は胡散くさそうな顔で、俺を見た。
俺は「まさか」と答えたけれど、黒子ほどのポーカーフェイスは保てていないだろう。
俺は警護と称して、黒子に貼り付いた。
朝は1人暮らしの部屋に迎えに行き、学校でもずっと一緒。
そして部活の間はバスケ部の手伝いをして、帰りは家まで送る。
とにかくずっと黒子の顔を見て過ごすことになった。
正直言って、これはなかなか疲れる。
よく人間は1人じゃ生きていけないとか言うよな。
だけどたまには1人にならないと生きていけないの間違いじゃね?
それでもまだ黒子だから「疲れる」って文句言うくらいで済んでいる。
これがもし葉山とかだったら、俺は初日で発狂していたんじゃないかと思う。
だけど当の黒子は至って普通だった。
淡々と授業を受けて、部活もする。
練習試合もいくつかこなした。
夏の大会に向けて、着実に進んでいるって感じだ。
「何ていうか、お前ってホントにスゲェな。」
俺は黒子にそう言った。
今はバスケ部の部活中、2年生対1年生でミニゲームをしている。
黒子はそれをじっと見ながら、何やらノートにいろいろ書き留めていた。
「すごいですか?」
黒子はミニゲームから目を離さないまま、俺に聞いてくる。
俺は「ああ」と頷いた。
そして「真面目っつうか、ストイックっつうか」と呟く。
黒子は本当にバスケ一筋なのだ。
「毎回毎回、部活の練習データ、家でしっかりチェックしてるだろ?」
「ええ。もちろん」
「それでいて、成績も悪くないし」
「ボク、事故で入院している間、結構勉強してたんですよ?」
「そうなのか?」
「はい。練習もできないから気分転換に。」
「気分転換に勉強かよ。」
「おかげで今はさほどガリガリ勉強しなくても、そこそこやれてます。」
黒子は器用に俺と喋りながらも、しっかりミニゲームから目を離さない。
そしてノートにいろいろメモる手も止まらなかった。
それにしてもこいつ、本当に普段通りだな。
階段から突き落とされようと、ケガをしようと、お構いなし。
とにかく全国制覇に向けて、歩を緩めるつもりはないんだろう。
「それじゃ5分休憩です。みなさん水分補給してください!」
ミニゲームが終わったところで、黒子が声を張った。
すると由比ヶ浜が「ドリンクで~す!」と大量のスポーツドリンクのボトルを抱えてやって来る。
そしてマネージャーよろしく、ボトルを配り始めた。
「すみません。由比ヶ浜さん。そんなことさせちゃって。」
「いいの、いいの。運動部のマネージャーってちょっと憧れてたんだよね~!」
黒子の労いに、由比ヶ浜はカラカラと笑った。
一応、黒子の警護の間、奉仕部からはもう1人、バスケ部の練習に加わることになった。
体育館は教室とかと違って、他の部のヤツとか出入りが多いからな。
ちなみにその役は、由比ヶ浜と小町が1日交代でやっている。
雪ノ下は奉仕部の部室に残り、他の依頼に備えていた。
「そう言えば、雪ノ下さんは来てくれませんね。」
ボトルを受け取り、口をつけた黒子は思い出したようにそう言った。
俺は思わずギクリとする。
何となくギクシャクしている、俺と雪ノ下の関係。
だけど黒子の警護をしている間は、目を背けていられる。
俺はこの件が片付くまでと言い訳しながら、雪ノ下と距離を置いていたのだ。
「ボクを口実に使っていませんか?」
黒子は胡散くさそうな顔で、俺を見た。
相変わらず鋭いヤツ。
そのポーカーフェイスの下で、見るべきものを見て、しっかりと情報を拾っている。
だけど俺は「まさか」ととぼけて見せた。
黒子ほどのポーカーフェイスは保てていないだろう。
だけどもう少しだけ、自分の気持ちを見つめ直したいんだ。
ズルい俺は、雪ノ下雪乃としっかり向き合うことを先送りにしている。
*****
「親でも殺す」
赤の帝王は冷たく言い放ち、体育館の中が凍り付く。
だけど黒子はまったく普通に「物騒なことを言わないで下さい」とツッコミを入れた。
黒子の警護に貼り付いて、3日が過ぎた。
俺は放課後の体育館で、相変わらずバスケ部の練習を手伝いながら監視している。
おそらく犯人が黒子を見ているとしたら、この時間帯の可能性が一番高いと思う。
つまり俺としては、一番気が抜けない時間だ。
そんな中、この日は赤司さんが来てくれた。
大学生になった彼は、もうバスケは趣味程度にしか続けていないそうだ。
それでもそんじょそこらの学生プレイヤーより遥かに上手いけどな。
そんな赤司さんが今日来た理由は「時間があったから」だそうだ。
まぁそんなのは表向きだろう。
実際は黒子の事件を知って、心配してきたのだと思う。
「それにしても、お前ミニゲームばかりさせてるな。」
俺は黒子にそう言った。
今日の練習はまたしてもミニゲームだった。
赤司さんと青峰さんの2人に対して、うちの部員は4人。
倍の人数というハンデマッチだが、それでもやはり勝てないようだ。
「手っ取り早く強くするには、強い相手と戦うのがいいんですよ。」
黒子は相変わらず、ミニゲームから目を離すことなく俺に答えてくれる。
俺はバスケに詳しくはないけど、わかる気がする。
練習より実践の方が強くなるってのは、きっと正解なんだろう。
やっぱり緊張感が違うからかね。
程なくして、桃井さんが試合終了のホイッスルを鳴らした。
すると赤司さんと青峰さんがすぐに対戦していた部員たちに指示を出す。
今のミニゲームで気付いたことを伝えているんだろう。
黒子の人脈のおかげで、うちのバスケ部の練習の質は高い。
「それじゃ、次のゲームは塔ノ沢君のチームと入生田君のチームでお願いします。」
黒子がすかさず指示を出した。
赤司さんと青峰さんは、しばし休憩らしい。
2人は今日のマネージャー役の小町からドリンクボトルを受け取ると、こちらにやって来た。
「赤司君、青峰君、お疲れ様です。」
「これくらいじゃ疲れないよ。」
「ああ。まったくだな。」
かつてキセキと呼ばれた男2人は、確かにまるで疲れた様子がなかった。
うっすらと汗ばんではいるものの、息も乱れていない。
ちなみにさっきまでこの人たちと対戦していた部員たちは、汗だくでまだゼーハー言ってる。
「ところでお前を突き落とした犯人ってわかったのか?」
赤司さんは唐突に現在の最大の懸案事項を口にした。
黒子はいつもの無表情のまま「いいえ」と首を振る。
すると青峰さんが「それは比企谷次第だな」と笑った。
「クラスも同じだそうだし、今はテツを警護してもらっている。」
「そうか。それなら心強いな。」
赤と青、2人の天才が俺を見た。
この評価を、俺は光栄と思うべきなんだろうか?
だけど小心者で小市民な俺はビビるばかりだ。
そんな俺の内心の葛藤など知らない赤の帝王が「比企谷君」と俺を呼んだ。
「もしも犯人が見つかったら、俺に教えてくれないか?」
「・・・なぜですか?」
「大事な友人が殺されかけたんだ。タダじゃ置かない。」
「どうするつもりですか?」
「誰であろうと、たとえ親でも殺す。」
穏やかでない発言に体育館が静まり返った。
みんな何気に俺らの会話に注目していたんだな。
そんでもって赤司さんの口からとんでもない言葉が出て凍り付いちまったんだ。
「物騒なことを言わないで下さい」
「ったくだ。昔に戻ってんぞ。赤司。」
「ホント、怖いよ~!」
黒子と青峰さん、桃井さんはまったく動じていない。
ったく、この人って実はこういう人?
だけど苦笑する俺は見た。
多くの生徒がいるこの体育館で、わかりやすく動揺している生徒を。
そいつはこの熱気あふれる体育館で、寒そうに自分の肩を抱きしめて震えている。
今の赤司さんの危険極まりない発言に、平静を保っていられないようだ。
「あいつが犯人だな。」
赤司さんが俺の耳元でそう囁いた。
俺は「マジすか」と呆れる。
どうやら今のは、犯人を炙り出すためのフェイク。
そしてまんまとその罠にはまった生徒が1人。
「くれぐれも穏便にお願いします。」
いつの間にか俺の真横に立っていた黒子が、そう言って頭を下げた。
俺は思わず「うわ!」と声を上げる。
卒業までにあと何回、こいつにこんな風に驚かされるんだ?
だけどそんな俺の心の声など、些細な事。
短いのか長いのかわからない黒子の警護はようやく終わりそうだ。
【続く】
「もっと上手いやり方、なかったんですか?」
黒子はいつもの無表情で、文句を言った。
怒りを全面に出されるより、こういう方が実は怖かったりする。
だけど俺は「さぁな」と笑い、華麗にスルーした。
黒子テツヤが階段から突き落とされた。
理由はほぼ間違いなくバスケ部の入部テストだ。
うちの学校で効果的に練習を組もうとしたら、大人数は入れられない。
だからやむなく新入部員の数を絞った。
そこで振るい落とされた入部希望者の恨みを買ったんだろう。
まぁ、わからないでもない。
別にバスケに限ったことではないが、何かの才能がある選手は進学先を選ぶ。
スポーツ推薦なんて、良い例だろ。
だけどそんなのは、ほんの一握り。
多くの学生はその競技に打ち込むものの、全国制覇なんて絵空事。
そこそこのところで終わって、引退していく。
そんな中、現れたのが黒子テツヤだ。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)なんて2つ名を持つ男。
しかも前の学校では、天才と呼ばれたキセキの世代を次々と倒して全国制覇。
そんな黒子が、今度はコーチとして全国制覇を掲げたんだ。
そしてその学校はスタートしたばかり。
普通の強豪校とは違って、今なら部員数も少ない。
なんならレギュラーだって射程内かもしれない。
そこそこ真剣に部活やっているヤツは、チャンスって思うだろう。
何とかここに紛れ込めれば、とりあえず3年間夢を見られる。
だからこそ、門前払いされた生徒の恨みは深いんだと思う。
他の部とか地域のクラブなんかに入って、気持ちを切り替えられるヤツは良い。
だけどそいつはそれもできず、悶々とした暗い感情を心に秘めていた。
そしてある日、黒子にその感情をぶつけた。
それが俺のこの件についての読みだ。
ついでに犯人像まで、推理してみる。
おそらくそれほど陰湿なヤツじゃないと思う。
それなら突き落とすなんて手段に出る前に、もっと何かしてそうだ。
誹謗中傷とか、ストーキングみたいなことをな。
もしも階段から突き落とそうと付け狙っていたなら、何より黒子本人が気づく。
何しろ人間観察のスペシャリスト、他人の気配にはとにかく敏感なのだから。
ではなぜ黒子はまんまと突き落とされたのか。
それは犯人にとって、衝動的なことだったからだ。
本当にたまたま階段を下りる黒子を見つけて、事に及んだ。
だから黒子でさえ、気付けなかったんだ。
おそらく犯人は黒子を恨んではいたものの、ごく普通のヤツなんだ。
そこから俺が立てた作戦はシンプルだった。
まずは黒子が休んでいる間に、ひたすら噂を流した。
黒子だって、好きで多くの入部希望者を締め出したんじゃない。
現状の状況、練習スペースや黒子1人で練習を見ていることを考えれば仕方がないこと。
一番つらいのは、黒子本人なのだと。
黒子の気持ち云々については、完全に俺の推測。
だけど間違ってはいないはずだ。
こいつのバスケに対する情熱は、並大抵のものじゃない。
問題はそれがまったく顔や態度に出ないこと。
だからそれを全校に向けて、プッシュしてみた。
噂を流すのは、簡単だった。
3年は由比ヶ浜、2年は一色、1年は小町。
ちゃんと各学年に信頼できるスピーカーがいるからな。
そして舞台ができ上がったところで、黒子が学校に戻った。
戻るなり、そこここから「黒子頑張れエール」が乱れ飛ぶ。
犯人が俺が思う通りの普通のヤツなら、これで大分参っているはずだ。
おそらく精神的にな。
完全に「黒子頑張れ」の空気の中、それを襲った極悪人ってポジションなんだから。
それに今は黒子が自分のことを覚えているかどうか、気が気ではないはずだ。
咄嗟に突き落としちまったものの、冷静になれば愚行だとわかる。
黒子を無視できず、直接話もできずにいるはずだ。
だから俺は黒子の警護と称して、貼り付くことにした。
遠巻きに黒子を見ながら、挙動不審になっているヤツがいたら、そいつが犯人だ。
「もっと上手いやり方、なかったんですか?」
黒子はいつもの無表情で、文句を言う。
今やすっかり悲劇のヒーローに祭り上げられ、迷惑千万なんだろう。
おそらく俺の意図も見抜いている。
「さぁな」
俺は笑って、華麗にスルーした。
お互い四六時中一緒にいるのは、かなり鬱陶しい話だ。
だけどこれも依頼、なるべく早急に片付くことを祈るばかりだ。
*****
「ボクを口実に使っていませんか?」
黒子は胡散くさそうな顔で、俺を見た。
俺は「まさか」と答えたけれど、黒子ほどのポーカーフェイスは保てていないだろう。
俺は警護と称して、黒子に貼り付いた。
朝は1人暮らしの部屋に迎えに行き、学校でもずっと一緒。
そして部活の間はバスケ部の手伝いをして、帰りは家まで送る。
とにかくずっと黒子の顔を見て過ごすことになった。
正直言って、これはなかなか疲れる。
よく人間は1人じゃ生きていけないとか言うよな。
だけどたまには1人にならないと生きていけないの間違いじゃね?
それでもまだ黒子だから「疲れる」って文句言うくらいで済んでいる。
これがもし葉山とかだったら、俺は初日で発狂していたんじゃないかと思う。
だけど当の黒子は至って普通だった。
淡々と授業を受けて、部活もする。
練習試合もいくつかこなした。
夏の大会に向けて、着実に進んでいるって感じだ。
「何ていうか、お前ってホントにスゲェな。」
俺は黒子にそう言った。
今はバスケ部の部活中、2年生対1年生でミニゲームをしている。
黒子はそれをじっと見ながら、何やらノートにいろいろ書き留めていた。
「すごいですか?」
黒子はミニゲームから目を離さないまま、俺に聞いてくる。
俺は「ああ」と頷いた。
そして「真面目っつうか、ストイックっつうか」と呟く。
黒子は本当にバスケ一筋なのだ。
「毎回毎回、部活の練習データ、家でしっかりチェックしてるだろ?」
「ええ。もちろん」
「それでいて、成績も悪くないし」
「ボク、事故で入院している間、結構勉強してたんですよ?」
「そうなのか?」
「はい。練習もできないから気分転換に。」
「気分転換に勉強かよ。」
「おかげで今はさほどガリガリ勉強しなくても、そこそこやれてます。」
黒子は器用に俺と喋りながらも、しっかりミニゲームから目を離さない。
そしてノートにいろいろメモる手も止まらなかった。
それにしてもこいつ、本当に普段通りだな。
階段から突き落とされようと、ケガをしようと、お構いなし。
とにかく全国制覇に向けて、歩を緩めるつもりはないんだろう。
「それじゃ5分休憩です。みなさん水分補給してください!」
ミニゲームが終わったところで、黒子が声を張った。
すると由比ヶ浜が「ドリンクで~す!」と大量のスポーツドリンクのボトルを抱えてやって来る。
そしてマネージャーよろしく、ボトルを配り始めた。
「すみません。由比ヶ浜さん。そんなことさせちゃって。」
「いいの、いいの。運動部のマネージャーってちょっと憧れてたんだよね~!」
黒子の労いに、由比ヶ浜はカラカラと笑った。
一応、黒子の警護の間、奉仕部からはもう1人、バスケ部の練習に加わることになった。
体育館は教室とかと違って、他の部のヤツとか出入りが多いからな。
ちなみにその役は、由比ヶ浜と小町が1日交代でやっている。
雪ノ下は奉仕部の部室に残り、他の依頼に備えていた。
「そう言えば、雪ノ下さんは来てくれませんね。」
ボトルを受け取り、口をつけた黒子は思い出したようにそう言った。
俺は思わずギクリとする。
何となくギクシャクしている、俺と雪ノ下の関係。
だけど黒子の警護をしている間は、目を背けていられる。
俺はこの件が片付くまでと言い訳しながら、雪ノ下と距離を置いていたのだ。
「ボクを口実に使っていませんか?」
黒子は胡散くさそうな顔で、俺を見た。
相変わらず鋭いヤツ。
そのポーカーフェイスの下で、見るべきものを見て、しっかりと情報を拾っている。
だけど俺は「まさか」ととぼけて見せた。
黒子ほどのポーカーフェイスは保てていないだろう。
だけどもう少しだけ、自分の気持ちを見つめ直したいんだ。
ズルい俺は、雪ノ下雪乃としっかり向き合うことを先送りにしている。
*****
「親でも殺す」
赤の帝王は冷たく言い放ち、体育館の中が凍り付く。
だけど黒子はまったく普通に「物騒なことを言わないで下さい」とツッコミを入れた。
黒子の警護に貼り付いて、3日が過ぎた。
俺は放課後の体育館で、相変わらずバスケ部の練習を手伝いながら監視している。
おそらく犯人が黒子を見ているとしたら、この時間帯の可能性が一番高いと思う。
つまり俺としては、一番気が抜けない時間だ。
そんな中、この日は赤司さんが来てくれた。
大学生になった彼は、もうバスケは趣味程度にしか続けていないそうだ。
それでもそんじょそこらの学生プレイヤーより遥かに上手いけどな。
そんな赤司さんが今日来た理由は「時間があったから」だそうだ。
まぁそんなのは表向きだろう。
実際は黒子の事件を知って、心配してきたのだと思う。
「それにしても、お前ミニゲームばかりさせてるな。」
俺は黒子にそう言った。
今日の練習はまたしてもミニゲームだった。
赤司さんと青峰さんの2人に対して、うちの部員は4人。
倍の人数というハンデマッチだが、それでもやはり勝てないようだ。
「手っ取り早く強くするには、強い相手と戦うのがいいんですよ。」
黒子は相変わらず、ミニゲームから目を離すことなく俺に答えてくれる。
俺はバスケに詳しくはないけど、わかる気がする。
練習より実践の方が強くなるってのは、きっと正解なんだろう。
やっぱり緊張感が違うからかね。
程なくして、桃井さんが試合終了のホイッスルを鳴らした。
すると赤司さんと青峰さんがすぐに対戦していた部員たちに指示を出す。
今のミニゲームで気付いたことを伝えているんだろう。
黒子の人脈のおかげで、うちのバスケ部の練習の質は高い。
「それじゃ、次のゲームは塔ノ沢君のチームと入生田君のチームでお願いします。」
黒子がすかさず指示を出した。
赤司さんと青峰さんは、しばし休憩らしい。
2人は今日のマネージャー役の小町からドリンクボトルを受け取ると、こちらにやって来た。
「赤司君、青峰君、お疲れ様です。」
「これくらいじゃ疲れないよ。」
「ああ。まったくだな。」
かつてキセキと呼ばれた男2人は、確かにまるで疲れた様子がなかった。
うっすらと汗ばんではいるものの、息も乱れていない。
ちなみにさっきまでこの人たちと対戦していた部員たちは、汗だくでまだゼーハー言ってる。
「ところでお前を突き落とした犯人ってわかったのか?」
赤司さんは唐突に現在の最大の懸案事項を口にした。
黒子はいつもの無表情のまま「いいえ」と首を振る。
すると青峰さんが「それは比企谷次第だな」と笑った。
「クラスも同じだそうだし、今はテツを警護してもらっている。」
「そうか。それなら心強いな。」
赤と青、2人の天才が俺を見た。
この評価を、俺は光栄と思うべきなんだろうか?
だけど小心者で小市民な俺はビビるばかりだ。
そんな俺の内心の葛藤など知らない赤の帝王が「比企谷君」と俺を呼んだ。
「もしも犯人が見つかったら、俺に教えてくれないか?」
「・・・なぜですか?」
「大事な友人が殺されかけたんだ。タダじゃ置かない。」
「どうするつもりですか?」
「誰であろうと、たとえ親でも殺す。」
穏やかでない発言に体育館が静まり返った。
みんな何気に俺らの会話に注目していたんだな。
そんでもって赤司さんの口からとんでもない言葉が出て凍り付いちまったんだ。
「物騒なことを言わないで下さい」
「ったくだ。昔に戻ってんぞ。赤司。」
「ホント、怖いよ~!」
黒子と青峰さん、桃井さんはまったく動じていない。
ったく、この人って実はこういう人?
だけど苦笑する俺は見た。
多くの生徒がいるこの体育館で、わかりやすく動揺している生徒を。
そいつはこの熱気あふれる体育館で、寒そうに自分の肩を抱きしめて震えている。
今の赤司さんの危険極まりない発言に、平静を保っていられないようだ。
「あいつが犯人だな。」
赤司さんが俺の耳元でそう囁いた。
俺は「マジすか」と呆れる。
どうやら今のは、犯人を炙り出すためのフェイク。
そしてまんまとその罠にはまった生徒が1人。
「くれぐれも穏便にお願いします。」
いつの間にか俺の真横に立っていた黒子が、そう言って頭を下げた。
俺は思わず「うわ!」と声を上げる。
卒業までにあと何回、こいつにこんな風に驚かされるんだ?
だけどそんな俺の心の声など、些細な事。
短いのか長いのかわからない黒子の警護はようやく終わりそうだ。
【続く】