「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤ、比企谷八幡の罠にハマる。】

「テツく~~ん!心配したんだからぁぁ!!」
黒子は意識が戻るなり、桃色の暖かい物体に抱きつかれる。
その途端激しい呼吸困難に見舞われ、危うくもう一度意識を飛ばすところだった。

階段から落下した黒子が目覚めたのは、病院に運ばれてすぐのことだった。
目を開けた瞬間、視界に入って来たのは心配そうな顔の青峰と桃井。
そして視界を巡らせれば、ここが病院の一室だとわかる。
幸いにも個室なので、少々騒いだところで迷惑はかからないだろう。

ちなみに2人に知らせたのは、比企谷だった。
キセキの世代の連絡先を知る彼は、そうした方が良いと判断したのだ。
青峰たちはバスケ部のコーチとして、放課後に来る予定だった。
だけどこの知らせを受けて、病院に急行したのだった。

桃井にいきなり抱きつかれたときには、黒子は呼吸困難に陥った。
頭ごと抱きしめられ、顔に桃井の大きなバストを押し付けられたのである。
だけど青峰が「テツがまた気絶するだろ!」と桃井を止めてくれた。
青峰は他の男が桃井を女子として意識するのを良しとしない。
だけど黒子だけは例外だった。

「お前、ようやく目ェ覚ましたテツにとどめを刺す気が?」
「だってぇ~!心配したんだもん~!」

賑やかな2人のやり取りに、黒子はホッと一息ついた。
そして「わざわざすみません」と言いながら、身体を起こそうとする。
するとすかさず青峰に「もう少し寝とけ」と肩を押さえつけられた。
黒子としては病人扱いは不本意だが、ここは従うことにした。

それにしても、カッコ悪い。
黒子は心の中でこっそりとため息をついた。
高校時代に1度、黒子はやはり意識を飛ばしたことがある。
1年のときの海常高校との練習試合だ。
対戦相手だった黄瀬の手がたまたま黒子の額にヒットしたのだ。
あのときも実は秘かに落ち込んだものだ。
いきなり意識を飛ばして倒れるなんて、いかにもひ弱みたいで嫌だった。

「脳震盪ってヤツらしいぞ。」
青峰は真面目な顔になると、そう言った。
桃井が「検査入院だって」と言い添える。
黒子は「まったく」と今度ははっきりとため息だ。
この忙しいのに、こんなことで時間を取られるとは。
だがどうやら決定事項のようだし、抵抗することこそ時間の無駄だろう。

「バスケ部のことはお願いしますね。」
「ああ。心配すんな。」
「毎日報告に来るね~♪」

黒子は今度は安堵のため息をついた。
2人に臨時コーチを頼んでいて、本当によかった。
これなら数日程度黒子が不在でも、バスケ部に支障はないだろう。
くどくど説明しなくてもわかってくれる仲間は、本当にありがたい。

「ところでテツ。お前、突き落とされたんだって?」
「やっぱり比企谷君には見られたんですか。」
「ああ。でも相手の顔まではわからなかったそうだ。」
「そうですか。」

一転して、病室内には深刻な空気が流れた。
青峰も桃井も表情に怒りが滲んでいる。
だが黒子はいつもの無表情のままだった。

「誰に突き落とされたか、テツ君はわかってるの?」
「内緒です。」

黒子が涼しい顔で言い放つと「「ハァァ!?」」と激しい反応が返って来た。
だが黒子は「内緒です」と繰り返した。
この件を蒸し返すつもりはなかったからだ。
だが青峰は「テメェ、ふざけんなよ!」と声を荒げた。

「口を割らないつもりか!」
「人聞きが悪いですね。事を荒立てたくないだけですよ。」
「わかった。それならこっちも考えがある。」

黒子が青峰が怒りに任せて言い放った言葉の意味を知るのは、退院後のことだった。
何と奉仕部にこの件を依頼したのだ。
黒子はそのことに大いに驚き、そしてなぜか敗北感を覚えた。
顔に似合わず負けず嫌いであり、意表を突かれるのが面白くなかったのだ。

*****

「そういうことですか。」
黒子はウンザリと顔をしかめる。
比企谷は黒子以上にウンザリした顔で「俺だって嫌なんだよ」と吐き捨てた。

階段から転落して病院に運び込まれた黒子は2日ほど入院した。
黒子としてはさっさと帰りたかったのだが、そうもいかないらしい。
頭を打ったのだからと説き伏せられ、検査を受けさせられたのだ。
その結果、特に異常はないと診断された。
心配していた足の負傷も悪化することもなかった。

退院後はまた2日、家で静養した。
これは青峰と桃井の脅迫に近い「お願い」に従ったものだ。
何しろ言うことを聞かなければ、コーチを辞めるなんて言い出すのだから。
かくして数日間の療養の後、登校しようとしたのだが。

独り暮らしのアパートを出た黒子は驚いた。
なぜならそこには比企谷が待ち構えていたからである。
一瞬で事態を悟った黒子は「そういうことですか」と顔をしかめる。
比企谷は黒子以上にウンザリした顔で「俺だって嫌なんだよ」と吐き捨てた。

「青峰君の依頼ですよね。」
「そういうことだ。」
「そんなの、ことわったってよかったんじゃないですか?」
「そうもいかないだろ。去年はイベントでいろいろ協力してもらった。」
「意外と義理を重んじるんですね。」
「お前、俺を何だと思ってるんだよ。」

朝っぱら、何でこんなことに。
黒子はケガをしてから、もう何度目かわからないため息をもう1度ついた。
久しぶりの登校なのだから、ゆっくり身体を慣らしたかったのだ。
なのにいきなり比企谷とテンション高くやり合わなければならないとは。

「青峰君から依頼されたのは、犯人捜しですか?」
「いや。お前の身の安全の確保。」
「それで護衛ってわけですか。」
「まぁな。」

比企谷と並んで歩き出しながら、黒子は「なるほど」と頷いた。
そして何となく比企谷が描いている解決のストーリーを想像する。
おそらく犯人を推察しているのだろう。
だからたった1人で黒子を護衛に来たのだ。
裏を返せば、黒子が1人でなければ襲う度胸はないと踏んでいるのだろう。
それは黒子が目撃した犯人の性格と一致する。

「お手並み拝見します。」
黒子は素直にそう言った。
正直なところ、朝から迎えに来られるのは少々シンドい。
だけど比企谷がこの件にどう決着をつけるのか、見てみたくなった。

「わかった。じゃあ協力してくれよ。」
「はぁ。具体的には何をすればいいんですか?」
「四六時中、俺の目の届く範囲にいろ。」
「え?」
「昼メシも休み時間も一緒。部活は俺も一緒に行く。登下校もな。」
「それはいくら何でも。」
「反論するな。言っとくけど俺だって嫌なんだからな!」

比企谷の剣幕に、黒子は「はい」と頷いてしまった。
そして今さらながらに青峰の計略に舌を巻くしかない。
まさかここで奉仕部のカードを切るとは予想外すぎた。
別に犯人をかばう義理などない。
だがただ単に事を荒立てたくなかっただけなのに、結果大事になっている。

「くれぐれも穏便にお願いします。」
黒子は今さらとは思いつつも、念を押した。
比企谷は「努力する」と神妙な顔で答える。
さていったいどうなることやら。
だけどきっと比企谷は予想外のやり方で解決してしまうのだろう。

*****

「頑張ってください!」
「応援してます!」
学校に来るなり、黒子はやたらめったら声をかけられる。
だがこの謎のエールの嵐の意味がわからず、首を傾げるしかなかった。

早朝、黒子は久しぶりに登校した。
来ているのはバスケ部だけだ。
運動部のほとんどは夏に大会があり、今はそれを目指して練習する時期。
だけど本気で「全国制覇」などと叫んでいる部は他にはない。
つまりガチなのはバスケ部のみということだ。

そのバスケ部では熱烈に迎えられた。
黒子が到着した時には、もう全部員が着替え終えてアップを開始している。
だが黒子が体育館に入るなり取り囲み、声をかけてくれた。
何だかひどく大袈裟な気はしたが、迷惑をかけてしまった自覚はある。
黒子は丁寧に「ありがとうございます」と頭を下げ、朝練はつつがなく終わったのだが。

部室から教室に向かうまでが、とにかく大変だった。
始業前、廊下に出ていた生徒たちがとにかく黒子を見る。
そして最初の1人が「頑張ってください!」と声をかけたのがきっかけになった。
そこから多くの生徒の視線を浴び、またエールを受けることになったのだ。

「応援してます!」
「ケガはもう大丈夫?」
「バスケ部の試合、見に行きます!」

まるで何かの凱旋パレードだ。
黒子の心の中は「?」だらけである。
それでもいつもの無表情で「ありがとうございます」と頭を下げながら歩いた。
何かがおかしい。
ようやく教室に辿り着いた時には、妙に疲れてしまっていた。

「黒子君、大変だったね。」
自分の席に着くなり、近寄って来たのは葉山だった。
このクラスでもしっかりと上位カーストのリーダー。
みんなの爽やか王子様は3年生でも健在だ。

「入部テストは黒子君だってつらかったんだろ?それなのにひどいよな。」
葉山はかすかに表情を怒りに歪ませた。
そして教室のそこここでクラスメイトたちが頷いている。
黒子は困惑しながら比企谷を見て、息を飲んだ。
なぜなら比企谷はしてやったりといわんばかりのドヤ顔をしていたのである。

「比企谷君、仕掛けましたね。」
黒子は比企谷の真横に立つと、耳元でそう言った。
比企谷はドヤ顔のまま「まぁな」と答える。
黒子が休んでいる間に、比企谷はしっかり舞台を作っていたのである。

比企谷は校内に噂を流したのだ。
曰く、黒子はバスケ部のために本当は自分だってつらいのに入部テストを行なった。
そしてそれを逆恨みされて、階段から突き落とされたのだと。
それは嘘ではないけれど、黒子からすれば騒ぐような話じゃない。
なのに妙にドラマチックに脚色されて、広まっている。
おそらく由比ヶ浜、一色、小町辺りが動員されたのだろう。

これで犯人にプレッシャーをかけたわけですか。
黒子は比企谷の意図を理解して、肩を落とした。
噂を流して、黒子を悲劇の主人公にする。
そして犯人を悪役に仕立てたのだ。

「もっと上手いやり方、なかったんですか?」
黒子はささやかな抗議を試みた。
だが比企谷には「さぁな」と余裕の笑みで受け流されてしまう。
これはもう流れに乗るしかなさそうだ。
せめて意味不明な敗北感を悟られないように、黒子は懸命にいつもの無表情を保つことにした。

【続く】
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