「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤは大いなる野望を秘めて、新たな道を進む。】
「全国制覇って、マジで?」
かつての相棒が信じられないと言う顔で、こちらを見る。
だが黒子は涼しい顔で「もちろんです」と頷いた。
プロムの日に現れたかつての相棒、火神大我。
それだけでも驚いたのに、火神は当たり前の顔で黒子の部屋に転がり込んできた。
相変わらずのマイペースっぷりに、黒子はただただ呆れるばかりだ。
だが火神はそんな黒子のリアクションなど知ったことではないらしい。
事もなげに「1週間後に帰るから」と言った。
このヤロー、1週間ここに居座るつもりか。
黒子は心の中だけで悪態をつく。
どうせ言っても、デリカシー欠落男にはわかるまい。
実際火神はここに来るなり、とんでもないことを言ったのだ。
「実は俺もアメリカに行って、後悔したんだ。」
「もっと強いステージに上がれば、もっと強くなれると思ったんだ。最初は」
「だけどお前がいない。それがこんなに物足りないとは思わなかった。」
「もう一度、一緒にバスケをやらないか?」
まるで愛の告白のように言われて、黒子は唖然とさせられた。
本人が真剣なだけにタチが悪い。
黒子は思わず「ふざけるな」と返していた。
火神と離れてからのこの時間、いろいろあったのだ。
事故に遭い、多くのものを失い、ようやくここまで来た。
つらいリハビリを経たけれど、まだ身体は戻っていない。
簡単に「もう一度」なんて、言える状況ではないのだ。
「悪かった。俺はお前に相談もせずにアメリカに行ったからな。」
「そうです。今さらですよ。」
「だけど俺、お前にもアメリカに来てほしいんだ。」
一応、黒子が怒っている理由も理解しようとはしてくれているようだ。
それも含めて、火神は黒子に自分の居場所に来てほしいと願っている。
何を身勝手なと思う。
だが嬉しい気持ちもあるのが、やっかいだった。
もう1度、この男の影としてコートに立つ。
それはとても甘美な誘惑ではあった。
「とりあえず宿泊代をいただきます。」
黒子は重苦しくもどこか甘い雰囲気を吹き飛ばすように、そう言った。
火神が「ハァァ!?」と抗議の声を上げるが、知ったことではない。
黒子は「タダで泊まるつもりですか?」と睨みつける。
そしてアメリカに帰るまでの間、バスケ部の練習への参加を命じたのだった。
かくして春休み、火神はバスケ部の臨時コーチとなった。
青峰と桃井は4月から来てくれるので、ちょうど良い。
とはいえ、黒子は火神に技術的な指導ができるとは思っていない。
だからひたすら部員とミニゲームをさせた。
火神と黒子がチームを組み、部員たちと対戦を延々と繰り返したのだ。
5対2の変則マッチ。
しかも黒子はパスを出すだけでシュートはしないので、実質は5対1だ。
それでも火神は圧倒的に強かった。
攻撃では部員たちを軽々と抜いていくし、守備では鉄壁だ。
それでもそんな火神を5人がかりで攻略するのが、良い練習になる。
「少し休憩しましょう。」
黒子は時間を計りながら、声をかけた。
火神はまだ余裕だが、部員たちは疲れたようなので休憩を入れた。
そして風に当たろうと体育館の外に出ると、なぜか火神も付いてきた。
「火神君、ボクがアメリカに行く件ですけど。」
人がいない学校でちょうど良いタイミングだ。
黒子は火神に「告白」の返事を切り出した。
火神は「おぉ」と身を乗り出してくる。
吹き抜ける春の風に、黒子は思わず目を細めた。
「バスケ部が全国制覇したら、卒業後にアメリカに行きます。」
黒子は火神にそう告げた。
今の黒子のバスケはこの学校にあるのだ。
ここで結果を出さなければ、先はない。
「全国制覇って、マジで?」
火神が信じられないと言う顔で、こちらを見る。
だが黒子は涼しい顔で「もちろんです」と頷いた。
客観的に見れば、絶望的な目標だとわかっている。
だけど諦めなければ、勝つチャンスはある。
それは火神と組んでいた頃から変わらない、黒子の信念なのだ。
*****
「かがみんとはどうなったの?」
桃井がどこかワクワクした様子で聞いてくる。
黒子は「みんな同じことを聞きますね」と苦笑した。
「キャ~!カッコいい!」
「あの人、すごい美人じゃね?」
体育館に黄色い声が飛ぶ。
もちろん黒子に向けられたものではない。
今日から半年、特別コーチを引き受けてくれた青峰と桃井へのものだ。
だが当の2人はまったく動じず、淡々と入部希望者のリストを見ていた。
そう、この日はバスケ部の入部テストが行なわれていたのだ。
「な~んか不思議だよなぁ。」
「何がですか?」
「俺がもう高校生じゃないってこと。でもってテツはまだ高校生って」
「青峰君でも感傷に浸ったりするんですね。」
「お前なぁ」
「まぁまぁ。2人とも。」
青峰と黒子の掛け合いに、桃井が割って入る。
桃井が一番、青峰のセリフを理解できた。
自分たちがもう高校生ではないという実感が持てないのだ。
なのに黒子はまだ高校生であり、こうして高校の体育館にいる。
それが何だか不思議で、どうにもピンと来ない。
「ところでさぁ。テツ君。かがみんとはどうなったの?」
桃井がどこかワクワクした様子で聞いてくる。
黒子は「みんな同じことを聞きますね」と苦笑した。
「え?みんなって?」
「赤司とかも聞いてきたのか?」
「ええ。赤司君と黄瀬君がラインで。直接聞いてきたのは比企谷君ですね。」
「へぇ。あいつが。」
青峰と桃井の視線が、入部テストを手伝っている比企谷に向いた。
その目はわかりやすく尊敬のまなざしだ。
キセキの世代の間では、2人の微妙な関係は周知の事実。
だがこの学校では知られていないはずだ。
それなのに比企谷が気にしたということは、彼なりに察したということだろう。
その観察眼への敬意だ。
「奉仕部だったっけ?すごいねぇ。」
桃井は比企谷から視線を戻しながら、そう言った。
黒子は「確かにそうですね」と頷く。
比企谷本人には自覚がないようだが、キセキの世代は一目置いている。
曰く「あの黒子が気を許した男」として。
「あ、今の彼、悪くないですね。」
黒子は話題をさり気なく本題に戻した。
そう、今は入部テストの真っ最中なのだ。
3人はそんな中、声を潜めて喋っていた。
おそらく周囲からは入部テストについて相談しているように見えているだろう。
まぁ問題ないのだけれど。
黒子は心の中だけで、そっと本音を漏らした。
この程度の雑談など、関係ない。
さほど集中してみなくても、合格者はもう決まっている。
集まってくれた入部希望者や手伝ってくれる奉仕部には言えない。
だけど正直なところ、さまざまなテストの成績データや動画はあまり必要ないのだ。
走ったり、飛んだり、ボールを投げてみたり。
そんな様子を少し見るだけで、ポテンシャルはわかるからだ。
データや動画は保険に過ぎない。
実際、青峰や桃井と答え合わせをしてみたら、選んだ合格者の名前はすべて一致していた。
かくして50名超の希望者の中から、10名ほどの合格者が決まった。
ここから新生バスケ部、始動だ。
奉仕部の部室を借りて選出を終えた黒子は「お疲れ様でした」と頭を下げる。
青峰と桃井が「お疲れ」と笑い、比企谷も「無事に終わってよかったな」と言ってくれた。
「で、かがみんとはどうなったの~?」
何とか入部テストが終わったと思ったら、また桃井が聞いてきた。
さっきはうまく誤魔化せたと思っていたのに。
黒子は軽く小首を傾げ「内緒です」と答えた。
桃井が「え~!?」と不満の声を上げ、青峰が「何だそりゃ」と文句を言う。
だけど黒子はそれ以上語るつもりはなかった。
このバスケ部が全国制覇をしたら、火神のいるアメリカに行く。
あまりにも現実味のないその約束は、2人だけの秘密。
何よりバスケ部の面々に知られて、余計な枷をかけることだけはしたくなかった。
*****
「どうかしましたか?」
ハァァとため息をついた比企谷に、黒子は背後から声をかける。
そしていつもの無表情で、比企谷が「うわぁ!」と驚くのをじっと見ていた。
特別棟の1階、保健室横のベンチ。
昼休み、黒子はサンドイッチを抱えてここに来た。
このところ、忙しくてなかなか来られなかったランチタイムエリア。
予想通り、先客の比企谷が手作りらしい弁当を食べていた。
だがせっかくの彩りが綺麗な弁当なのに、ため息をついている。
そこで「どうかしましたか?」と声をかけたのだ。
「お隣、失礼します。」
黒子は当たり前のように、比企谷の隣に座った。
比企谷は「ああ」と軽く応じる。
そして「バスケ部、どうだ?」と聞いてきた。
「おかげさまで順調です。」
「そりゃよかった。」
「比企谷君こそ、大丈夫ですか?」
「は?何が?」
「元気がなさそうだから」
「何でそう思う?」
「せっかくのお米さんのお弁当なのに、箸が進まないようなので。」
お米さんとは、比企谷の妹の小町のことだ。
本名より先に一色が「お米ちゃん」と呼ぶのを聞いて、黒子もそれに倣った。
そして最近気付いたのだが、比企谷はなかなかのシスコンだ。
そんな可愛い妹の弁当でため息をつくなんて、ありえない。
「なぁ。ちょっとグチっていいか?」
何やら歯切れが悪かった比企谷だったが、意を決したようにそう言った。
黒子は「もちろん、かまいません」と答える。
入部テストのときには、奉仕部に世話になった。
そのお礼と思えば、グチくらいいくらでも聞く。
「実はこの前な」
比企谷は静かに切り出した。
そして語られたのは、比企谷と「雪ノ下家との会食」のことだった。
黒子は思わず「それは大変でしたね」と率直なコメントを漏らした。
雪ノ下雪乃と比企谷が初々しい恋人同士になったのは、つい最近の事。
その雪ノ下家との会食とは、つまり親公認の仲ということだ。
普通に考えたら、なかなか羨ましい話。
だが黒子は雪ノ下家のメンバーの1人をを知っている。
強化外骨格みたいな外面の雪ノ下陽乃、雪ノ下雪乃の姉だ。
それに母親も結構なツワモノと聞くし、そもそも父親は地方議員で社長という名家。
一般的な恋人の家族との会食とは、かなり趣が違うことは想像できる。
「テーブルマナーとか厳しそうですね。」
「ああ。滅茶苦茶緊張したよ。」
「話題とかも普通の雑談とか、できなさそうです。」
「まぁな。」
比企谷がゲンナリした顔になっているのは、そのときのことを思い出しているのだろう。
黒子はモグモグとパンを齧りながら、比企谷の言葉を待つ。
すると比企谷は言葉を選ぶようにポツポツと喋り出した。
「ひねくれたことを言って、ちょっと場の空気を悪くした。」
「まぁ気持ちは理解できます。」
「あとあいつの母親に俺たちの関係を聞かれて」
「なんて答えたんですか?」
「はっきり言葉にできなかった。」
たった二文字「好き」っていうだけで、万事解決するのに。
黒子は心の中でそう思った。
そして同時に羨ましいと思う。
恋人とちょっとしたことで行き違いになって、迷う。
結局全てラブコメの範囲の悩みなのだ。
「雪ノ下さんとしっかり話をした方がいいですよ?」
「しっかりって」
「一番大事な人には、真っ直ぐに気持ちを伝えないと」
「簡単に言うなぁ」
「ええ。でも簡単じゃないこともよくわかってます。」
黒子は淡々と、だけど偽りのない本音を語った。
そう、黒子と火神も大事なことを話さなかった。
だから長い間音信不通が続いたのだ。
比企谷だって油断すれば、簡単にそうなる。
だからこそ大事な恋人を離してはダメなのだ。
【続く】
「全国制覇って、マジで?」
かつての相棒が信じられないと言う顔で、こちらを見る。
だが黒子は涼しい顔で「もちろんです」と頷いた。
プロムの日に現れたかつての相棒、火神大我。
それだけでも驚いたのに、火神は当たり前の顔で黒子の部屋に転がり込んできた。
相変わらずのマイペースっぷりに、黒子はただただ呆れるばかりだ。
だが火神はそんな黒子のリアクションなど知ったことではないらしい。
事もなげに「1週間後に帰るから」と言った。
このヤロー、1週間ここに居座るつもりか。
黒子は心の中だけで悪態をつく。
どうせ言っても、デリカシー欠落男にはわかるまい。
実際火神はここに来るなり、とんでもないことを言ったのだ。
「実は俺もアメリカに行って、後悔したんだ。」
「もっと強いステージに上がれば、もっと強くなれると思ったんだ。最初は」
「だけどお前がいない。それがこんなに物足りないとは思わなかった。」
「もう一度、一緒にバスケをやらないか?」
まるで愛の告白のように言われて、黒子は唖然とさせられた。
本人が真剣なだけにタチが悪い。
黒子は思わず「ふざけるな」と返していた。
火神と離れてからのこの時間、いろいろあったのだ。
事故に遭い、多くのものを失い、ようやくここまで来た。
つらいリハビリを経たけれど、まだ身体は戻っていない。
簡単に「もう一度」なんて、言える状況ではないのだ。
「悪かった。俺はお前に相談もせずにアメリカに行ったからな。」
「そうです。今さらですよ。」
「だけど俺、お前にもアメリカに来てほしいんだ。」
一応、黒子が怒っている理由も理解しようとはしてくれているようだ。
それも含めて、火神は黒子に自分の居場所に来てほしいと願っている。
何を身勝手なと思う。
だが嬉しい気持ちもあるのが、やっかいだった。
もう1度、この男の影としてコートに立つ。
それはとても甘美な誘惑ではあった。
「とりあえず宿泊代をいただきます。」
黒子は重苦しくもどこか甘い雰囲気を吹き飛ばすように、そう言った。
火神が「ハァァ!?」と抗議の声を上げるが、知ったことではない。
黒子は「タダで泊まるつもりですか?」と睨みつける。
そしてアメリカに帰るまでの間、バスケ部の練習への参加を命じたのだった。
かくして春休み、火神はバスケ部の臨時コーチとなった。
青峰と桃井は4月から来てくれるので、ちょうど良い。
とはいえ、黒子は火神に技術的な指導ができるとは思っていない。
だからひたすら部員とミニゲームをさせた。
火神と黒子がチームを組み、部員たちと対戦を延々と繰り返したのだ。
5対2の変則マッチ。
しかも黒子はパスを出すだけでシュートはしないので、実質は5対1だ。
それでも火神は圧倒的に強かった。
攻撃では部員たちを軽々と抜いていくし、守備では鉄壁だ。
それでもそんな火神を5人がかりで攻略するのが、良い練習になる。
「少し休憩しましょう。」
黒子は時間を計りながら、声をかけた。
火神はまだ余裕だが、部員たちは疲れたようなので休憩を入れた。
そして風に当たろうと体育館の外に出ると、なぜか火神も付いてきた。
「火神君、ボクがアメリカに行く件ですけど。」
人がいない学校でちょうど良いタイミングだ。
黒子は火神に「告白」の返事を切り出した。
火神は「おぉ」と身を乗り出してくる。
吹き抜ける春の風に、黒子は思わず目を細めた。
「バスケ部が全国制覇したら、卒業後にアメリカに行きます。」
黒子は火神にそう告げた。
今の黒子のバスケはこの学校にあるのだ。
ここで結果を出さなければ、先はない。
「全国制覇って、マジで?」
火神が信じられないと言う顔で、こちらを見る。
だが黒子は涼しい顔で「もちろんです」と頷いた。
客観的に見れば、絶望的な目標だとわかっている。
だけど諦めなければ、勝つチャンスはある。
それは火神と組んでいた頃から変わらない、黒子の信念なのだ。
*****
「かがみんとはどうなったの?」
桃井がどこかワクワクした様子で聞いてくる。
黒子は「みんな同じことを聞きますね」と苦笑した。
「キャ~!カッコいい!」
「あの人、すごい美人じゃね?」
体育館に黄色い声が飛ぶ。
もちろん黒子に向けられたものではない。
今日から半年、特別コーチを引き受けてくれた青峰と桃井へのものだ。
だが当の2人はまったく動じず、淡々と入部希望者のリストを見ていた。
そう、この日はバスケ部の入部テストが行なわれていたのだ。
「な~んか不思議だよなぁ。」
「何がですか?」
「俺がもう高校生じゃないってこと。でもってテツはまだ高校生って」
「青峰君でも感傷に浸ったりするんですね。」
「お前なぁ」
「まぁまぁ。2人とも。」
青峰と黒子の掛け合いに、桃井が割って入る。
桃井が一番、青峰のセリフを理解できた。
自分たちがもう高校生ではないという実感が持てないのだ。
なのに黒子はまだ高校生であり、こうして高校の体育館にいる。
それが何だか不思議で、どうにもピンと来ない。
「ところでさぁ。テツ君。かがみんとはどうなったの?」
桃井がどこかワクワクした様子で聞いてくる。
黒子は「みんな同じことを聞きますね」と苦笑した。
「え?みんなって?」
「赤司とかも聞いてきたのか?」
「ええ。赤司君と黄瀬君がラインで。直接聞いてきたのは比企谷君ですね。」
「へぇ。あいつが。」
青峰と桃井の視線が、入部テストを手伝っている比企谷に向いた。
その目はわかりやすく尊敬のまなざしだ。
キセキの世代の間では、2人の微妙な関係は周知の事実。
だがこの学校では知られていないはずだ。
それなのに比企谷が気にしたということは、彼なりに察したということだろう。
その観察眼への敬意だ。
「奉仕部だったっけ?すごいねぇ。」
桃井は比企谷から視線を戻しながら、そう言った。
黒子は「確かにそうですね」と頷く。
比企谷本人には自覚がないようだが、キセキの世代は一目置いている。
曰く「あの黒子が気を許した男」として。
「あ、今の彼、悪くないですね。」
黒子は話題をさり気なく本題に戻した。
そう、今は入部テストの真っ最中なのだ。
3人はそんな中、声を潜めて喋っていた。
おそらく周囲からは入部テストについて相談しているように見えているだろう。
まぁ問題ないのだけれど。
黒子は心の中だけで、そっと本音を漏らした。
この程度の雑談など、関係ない。
さほど集中してみなくても、合格者はもう決まっている。
集まってくれた入部希望者や手伝ってくれる奉仕部には言えない。
だけど正直なところ、さまざまなテストの成績データや動画はあまり必要ないのだ。
走ったり、飛んだり、ボールを投げてみたり。
そんな様子を少し見るだけで、ポテンシャルはわかるからだ。
データや動画は保険に過ぎない。
実際、青峰や桃井と答え合わせをしてみたら、選んだ合格者の名前はすべて一致していた。
かくして50名超の希望者の中から、10名ほどの合格者が決まった。
ここから新生バスケ部、始動だ。
奉仕部の部室を借りて選出を終えた黒子は「お疲れ様でした」と頭を下げる。
青峰と桃井が「お疲れ」と笑い、比企谷も「無事に終わってよかったな」と言ってくれた。
「で、かがみんとはどうなったの~?」
何とか入部テストが終わったと思ったら、また桃井が聞いてきた。
さっきはうまく誤魔化せたと思っていたのに。
黒子は軽く小首を傾げ「内緒です」と答えた。
桃井が「え~!?」と不満の声を上げ、青峰が「何だそりゃ」と文句を言う。
だけど黒子はそれ以上語るつもりはなかった。
このバスケ部が全国制覇をしたら、火神のいるアメリカに行く。
あまりにも現実味のないその約束は、2人だけの秘密。
何よりバスケ部の面々に知られて、余計な枷をかけることだけはしたくなかった。
*****
「どうかしましたか?」
ハァァとため息をついた比企谷に、黒子は背後から声をかける。
そしていつもの無表情で、比企谷が「うわぁ!」と驚くのをじっと見ていた。
特別棟の1階、保健室横のベンチ。
昼休み、黒子はサンドイッチを抱えてここに来た。
このところ、忙しくてなかなか来られなかったランチタイムエリア。
予想通り、先客の比企谷が手作りらしい弁当を食べていた。
だがせっかくの彩りが綺麗な弁当なのに、ため息をついている。
そこで「どうかしましたか?」と声をかけたのだ。
「お隣、失礼します。」
黒子は当たり前のように、比企谷の隣に座った。
比企谷は「ああ」と軽く応じる。
そして「バスケ部、どうだ?」と聞いてきた。
「おかげさまで順調です。」
「そりゃよかった。」
「比企谷君こそ、大丈夫ですか?」
「は?何が?」
「元気がなさそうだから」
「何でそう思う?」
「せっかくのお米さんのお弁当なのに、箸が進まないようなので。」
お米さんとは、比企谷の妹の小町のことだ。
本名より先に一色が「お米ちゃん」と呼ぶのを聞いて、黒子もそれに倣った。
そして最近気付いたのだが、比企谷はなかなかのシスコンだ。
そんな可愛い妹の弁当でため息をつくなんて、ありえない。
「なぁ。ちょっとグチっていいか?」
何やら歯切れが悪かった比企谷だったが、意を決したようにそう言った。
黒子は「もちろん、かまいません」と答える。
入部テストのときには、奉仕部に世話になった。
そのお礼と思えば、グチくらいいくらでも聞く。
「実はこの前な」
比企谷は静かに切り出した。
そして語られたのは、比企谷と「雪ノ下家との会食」のことだった。
黒子は思わず「それは大変でしたね」と率直なコメントを漏らした。
雪ノ下雪乃と比企谷が初々しい恋人同士になったのは、つい最近の事。
その雪ノ下家との会食とは、つまり親公認の仲ということだ。
普通に考えたら、なかなか羨ましい話。
だが黒子は雪ノ下家のメンバーの1人をを知っている。
強化外骨格みたいな外面の雪ノ下陽乃、雪ノ下雪乃の姉だ。
それに母親も結構なツワモノと聞くし、そもそも父親は地方議員で社長という名家。
一般的な恋人の家族との会食とは、かなり趣が違うことは想像できる。
「テーブルマナーとか厳しそうですね。」
「ああ。滅茶苦茶緊張したよ。」
「話題とかも普通の雑談とか、できなさそうです。」
「まぁな。」
比企谷がゲンナリした顔になっているのは、そのときのことを思い出しているのだろう。
黒子はモグモグとパンを齧りながら、比企谷の言葉を待つ。
すると比企谷は言葉を選ぶようにポツポツと喋り出した。
「ひねくれたことを言って、ちょっと場の空気を悪くした。」
「まぁ気持ちは理解できます。」
「あとあいつの母親に俺たちの関係を聞かれて」
「なんて答えたんですか?」
「はっきり言葉にできなかった。」
たった二文字「好き」っていうだけで、万事解決するのに。
黒子は心の中でそう思った。
そして同時に羨ましいと思う。
恋人とちょっとしたことで行き違いになって、迷う。
結局全てラブコメの範囲の悩みなのだ。
「雪ノ下さんとしっかり話をした方がいいですよ?」
「しっかりって」
「一番大事な人には、真っ直ぐに気持ちを伝えないと」
「簡単に言うなぁ」
「ええ。でも簡単じゃないこともよくわかってます。」
黒子は淡々と、だけど偽りのない本音を語った。
そう、黒子と火神も大事なことを話さなかった。
だから長い間音信不通が続いたのだ。
比企谷だって油断すれば、簡単にそうなる。
だからこそ大事な恋人を離してはダメなのだ。
【続く】