「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡は投入した切り札に思い切り振り回される。】

またバスケかよ。
俺は内心ウンザリしたが、どうやらしっかり顔に出たらしい。
雪ノ下に「失礼よ」と指摘され、慌てて顔を引き締めた。

そろそろ梅雨入りかな。
そんな声が聞こえるようになってきたある日のこと。
奉仕部にまたしても相談が持ちかけられた。
現れたのは爽やか系の男子6名。
つまり俺とは対極に生きているヤツらだ。

「助けてほしいんだ。」
部室に入ってくるなり、リーダー格っぽい男子生徒が頭を下げた。
すると他の5名も「お願いします」と声を揃えてそれに倣う。
その仕草に俺は理解した。
こいつら、わかりやすく体育会系だ。

「ええと。バスケ部、だよね?」
由比ヶ浜がフォローするようにそう聞いた。
するとリーダー格が頷き「2年の塔ノ沢だ」と答える。
他の5人も次々と名乗ったけれど、まったく覚えられないから割愛な。

「バスケ部って3年はもう引退か?」
雪ノ下が茶の準備をして、由比ヶ浜が椅子を並べる。
手持ち無沙汰な俺は、世間話的なノリで聞いてみた。
ヤツらの名前は覚えられなかったが、2年1年が3名ずつってのはわかったからな。
すると塔ノ沢が「そこなんだよ」とため息をついた。

かくして奉仕部3名とバスケ部6名は向かい合った。
そして塔ノ沢が「ええと」とやや緊張気味に切り出す。
その内容は概ねこんな感じだ。

今のバスケ部はこの6名のほかに3年が5名。
だがこの3年生と1、2年が対立しているのだそうだ。
理由はバスケに対する姿勢ってヤツ。
ぶっちゃけうちのバスケ部は、大会に出ても1回戦突破できるかどうかのレベル。
1、2年は「もっと強くなりたい、部を立て直したい」と思っている。
だが3年生は「楽しくやれればいいや」って感じで、練習もダルダルらしい。
そこで1、2年生は一念発起して物申した。
すると3年生は「そういうのはイラナイ」と全員夏を待たずに引退、つまり退部してしまったという。

「戻って欲しいって頼んだんだけど」
「辛い練習は面倒だって、ことわられちゃって」
「元のゆるゆるなバスケ部なら戻るって言われて」
「俺たち、ちゃんとバスケがしたいだけなんだけど」

バスケ部員たちの口から本音が漏れる。
つまり3年生部員の説得に力を貸してほしいっていう依頼だった。

「そもそもそんなやる気のない3年生って必要?」
「確かに!バスケって5名いれば、出来るんだよね?」

ここで奉仕部の女子2人が身も蓋もないことを言いだす。
俺はこれ見よがしにため息をついてやった。
運動部ではない俺にだってわかる。
効果的な練習を組むには、ある程度の人数は必要だ。
6名じゃ試合形式の実戦練習もできない。
それにゆるゆるとはいえ3年生の持つ練習のノウハウは欲しいんだろう。
俺が滔々とそれを説明すると、バスケ部員たちは深く頷いた。
女子2人が「そうなの?」と顔を見合わせているのは、サクッと無視だ。

「とりあえず話はしてみよう。だけどそれとは別に良い手がある。」
俺はニヤリと笑いながら、宣言した。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。
こんなヤツがクラスにいるのに、利用しない手はない。

「ヒッキー、何か悪い顔になってる。」
「悪いっていうか、気持ち悪い顔ね。」

女子2人がまたしても身も蓋もないことを言ったけれど、これも無視だ。
そしてバスケ部連中の期待に満ちた視線を受けながら、俺の戦略を話し始めた。

*****

「もっと詳しい話、聞かせてください。」
影の薄い転校生の反応に、俺はバスケ部が最強の戦力を手に入れたと確信した。
だが現実はそう簡単ではないことを、すぐに思い知らされることになる。

バスケ部の依頼を受け、俺たち奉仕部は動き出した。
まずは3年生部員と話してみる。
奉仕部の部室に来てもらい、腹を割った話をしてみた。
1、2年生の話を聞く限り、完全に悪役だった3年生。
だが話を聞いてみると、彼らの意見にも納得できるものはあった。

「それなりに努力はしたつもりだけど、無理だったんだ。」
「県優勝とかインハイとか、俺ら凡人が普通にやっても無理だしね。」
「もう部活より受験勉強に本腰を入れたいんだ。」

そんなことを言う3年生たちは、みな寂しそうだった。
おそらく彼らだって、今の1、2年のように燃えている時期はあったのだ。
きつい練習を頑張っていたこともあるんだろう。
だけどそれで勝てるほど、スポーツは甘くない。
ただでさえ才能があるヤツが、恵まれた環境でさらに努力する。
ただバスケが好きってだけでは、太刀打ちできないんだろう。
実際、彼らの代には「キセキの世代」なんて化け物がいるわけだしな。

ここで俺たちは説得を諦めた。
そして切り札投入だ。
黒子を部室に誘うと「転校生にヤキを入れるってやつですか?」なんて言いやがった。
こいつ、本当に失礼だ。
だけどことわらずに来てくれたので、この際良しとする。

「お前の力を必要としている。」
俺は奉仕部の女子2人とバスケ部員を紹介した後、そう言った。
我ながら芝居がかったセリフだと思う。
だけどバスケから遠ざかっている黒子を引き込むには、少々の演出が必要と思ったのだ。

「もっと詳しい話、聞かせてください。」
黒子がそう答えた時には「勝った!」と思った。
バスケ部員を紹介した時点で、ある程度用件は推察できたはずだ。
もしももうバスケを辞めたというなら、ここでことわってきただろう。
話を聞くと言うことは、まんざらでもないということなのだ。
だがバスケ部の内紛(?)を聞き終えた黒子の反応は予想外のものだった。

「1つ言っておきます。ボクはバスケはできません。」
黒子は相変わらずの無表情のまま、平坦な声でそう言った。
その途端、俺を含めた全員が「ハァァ~!?」と絶叫する。
何だよ。完全にバスケ部に入る流れじゃなかったか?

「それってケガがまだよくないの?」
由比ヶ浜が意外と核心をついた質問を切り出した。
そうか。その可能性あるんだよな。
こいつは事故で長期入院して留年までしてる。
だが黒子は「それ以前の話です」と首を振った。

「ボクは去年、2年でインターハイに出てるんです。」
意外な答えに、俺たちは首を傾げる。
すると黒子は高校バスケの規定の話をした。
同じ学年で同じ大会に出るのは1度きり。
つまり2度目の2年生である黒子は今年の夏の大会には出られない。

「ただ協力することはできますよ。」
ガッカリする俺たち、特にバスケ部員に黒子はそう言った。
そこで俺は「なるほど」と頷いた。
こう見えて黒子は全国の高校生の頂点に立ったヤツなんだ。
色々なノウハウを知っているに違いない。
例えば効果的な練習のやり方とかな。

「ぜひお願いします!」
塔ノ沢が頭を下げると、残り5名が「お願いします!」と声を揃えて倣う。
相変わらずの体育会系ノリだ。
黒子は「こちらこそ」と頭を下げる。
思惑は外れたけど、これはこれで依頼完了か。
ホッとしかけた俺に、黒子は「引き続き協力をお願いします」と言いやがった。

「まずは確認したいことがあります。」
黒子は一同を見回しながら、静かに切り出した。
その様子はいつもの無表情に見えつつ、どこか迫力がある。
わかりにくいけれど、どうやら本気にはなってくれたらしい。
俺は安堵しつつも、まだまだ面倒なことが続きそうな気配にこっそりため息をついた。

*****

「おーい、大丈夫なのか?」
俺はヘロヘロになっているバスケ部員たちを見ながら、聞いてみた。
だが黒子が涼しい顔で「足りないくらいです」と答えた。

黒子テツヤを奉仕部に呼び出した翌日から、それは始まった。
夏の大会とやらが、もうすぐ始まる。
バスケ部はそれに向けて、連日猛特訓の日々だ。

「まずは確認したいことがあります。」
バスケ部への協力を引き受けた黒子は、まずそう切り出した。
いつもの無表情と平坦な声。
それなのにあの時の黒子には、有無を言わせぬ迫力があった。
その黒子の「確認したいこと」は聞いてみれば至極もっともなことだった。

「皆さんの目指すところはどこですか?」
黒子はバスケ部員たちの顔を1人1人しっかり見ながら、問いかける。
曰く「目指すところ」によって、やり方はまるで違うと言う。
単にバスケが上手くなれば良いのか、県大会でそこそこ勝ち進めるレベルか、または全国制覇か。
それによって練習の強度はまるで違うんだそうだ。
確かに言われてみりゃ、その通りだよな。

全国制覇って、言うだけならタダだ。
だけど本気で目指すのは簡単じゃない。
っていうか、ほぼ無理じゃね?
大会はもう間近だって話だしな。
だけど塔ノ沢は「全国制覇」と言った。

「不可能に近いと思う。だけど全国制覇を目指して真剣にやりたい。」
塔ノ沢の言葉に他の部員たちも頷く。
そうだよな。全国制覇。
スポーツやってりゃ言いたいし、目指したいよな。

「わかりました。ボクも全力でやるので頑張りましょう。」
黒子は塔ノ沢たちの決意を当たり前のように受け入れた。
かくして新生バスケ部は始動した。
練習メニューは黒子が考え、バスケ部員たちは黙々とこなしているのだが。

「おーい、大丈夫なのか?」
俺はヘロヘロになっているバスケ部員たちを見ながら、聞いてみた。
ウォーミングアップを終えた部員たちは、体育館でひたすら3対3で試合をしていた。
時々休憩し、組み合わせを変えながら、とにかく試合ばかりしていたのだ。
彼らは俺でもわかるくらい疲れている。
5人用コートを3人で、しかも延々試合だもんな。
そりゃ疲れるわ。

「足りないくらいです。」
黒子はあっさりとそう言った。
最初にまず彼らの練習を見た黒子の率直な感想は「体力不足」だった。
技術とかそういうのは二の次、1試合を戦い抜く体力がないんだそうだ。
聞けば今までは辞めた3年生が主力だった。
そもそも誰も試合にフル出場した経験がないという。
手っ取り早く体力をつけ、かつ試合に慣れる。
そういう意味でこの「ひたすら3対3」が一番効果的らしい。

「こういうのって、ちょっと憧れてたんだよね~!」
この状況下で能天気に笑うのは、由比ヶ浜だった。
マネージャーがいないこの部で、ドリンクの準備とか雑用をしている。
タオルや飲み物を配る可愛いマネージャーってヤツ?
由比ヶ浜はどうやらそれをやってみたかったらしい。
やがてまた1ゲーム終わり、休憩になる。
由比ヶ浜は「お疲れ様~」と無駄に笑顔を振りまきながら、ドリンクを配っていた。

ちなみに雪ノ下は奉仕部の部室で留守番だ。
他の依頼のチェックをしつつ、黒子に頼まれたデータ解析をしている。
体育館の数ヶ所にはビデオカメラが置かれ、練習を録画している。
データとはその録画映像のことだ。
それとは別に黒子も試合を見守りながら、何やらメモを取っている。

「そろそろ試合、再開か?」
全員がドリンクを飲み終わったのを見て、俺は黒子に声をかけた。
だが黒子は「いえ。そろそろ来る頃なんですが」と言う。
そしてその言葉を見計らったように、体育館のドアが開いた。

「いたいた!テツく~ん!」
飛び込んできたのは、ピンク色の美少女だ。
彼女は一直前に黒子まで全力疾走した後、その勢いのまま抱きついた。
黒子は受け止めきれず、彼女と一緒に床に転ぶ。
だが俺は冷やかに床に倒れる2人を見た。
何、実はリア充?とりあえず死ねばいい。

「やめろ、さつき。テツは足をケガしたんだぞ?」
ピンクの美少女の後をだるそうに歩いてきたのは、青い男だった。
身長はおそらく2メートル近く、黒子とは対照的に無駄にオーラがある男だ。
2人も見慣れない制服を着ているところを見ると、高校生だろう。

「桃井さん、わざわざすみません。青峰君もどうも」
「テツ、俺の扱い、雑じゃね?」
不意に現れた2人、特に青い男の名を聞いて、俺は「あ」と声を上げた。
こいつはキセキの世代の1人、青峰大輝だ。

「早速ですが、ちょっと練習相手をお願いします。」
黒子の丁寧な命令に青峰は「めんどくせぇ」と文句を言った。
だけどジャケットを脱いで腕を捲り、ストレッチを始める。
部員たちも青峰の正体に気付いたらしく、完全に腰が引けている。
だが黒子は何事もなかったように「それじゃ練習再開です」と告げた。

「全国制覇を目指すなら、避けては通れない相手ですよ。」
黒子は涼しい顔でそう言い放つ。
こいつは自分の人脈もフルに使って、弱小バスケ部を勝たせるつもりらしい。
絶対に無理だと思う。
それでも黒子なら何とかしてしまうかもしれないという気がするから、不思議だった。

【続く】
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