「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤ、かつての相棒と再会し、意外な結末に深く呼吸する。】
「黒子!」
再会の瞬間は唐突に訪れた。
1年半ぶりに現れた相棒が、懐かしい声で黒子を呼んだ。
この日は慌ただしかった。
比企谷が企画したプロムに参加することになり、会場に詰めていたからだ。
黒子としては、特に思うところはなかった。
プロムなんて、はっきり言って何の興味もない。
こんなの日本でやる意味、あるのかって感じだ。
だけど比企谷に頼まれれば、嫌とは言えなかった。
バスケ部のことでは、奉仕部には世話にはなっているし。
その彼らの企画に協力できるなら、できることはする。
だからキセキの世代に声をかけた。
話を聞いたキセキの世代の面々も快く協力してくれた。
いや、むしろノリノリだ。
赤司などはそれぞれの名にちなんだ色のスーツまで用意した。
黒子はこのときほど、自分の名が黒子でよかったと思ったことはない。
赤とか青ならまだ良いが、紫とか黄色のスーツなんて絶対に着たくない。
もちろん彼らには面と向かって、そんなことは言わないが。
そしてキセキの世代は、見事にプロムを盛り上げた。
とは言っても、会の終盤に現れて祝辞を述べただけなのだが。
これも比企谷の采配だった。
キセキの世代の人気は高く、登場すればテンションは上がる。
だが下手をすれば目立ちすぎて、ファンイベントの様相を呈する可能性もある。
早い時点で登場すれば、ダンスを申し込む女子が殺到するかもしれない。
だから生徒たちがそこそこダンスに満足し、終わりに向かう雰囲気の中で登場した。
しかもリムジンを使うサプライズ演出だ。
比企谷は予算の心配をしていたが、全部赤司が持つと言ったらわかりやすくホッとしていた。
「とりあえず上手くいったようですね。」
会が終わった会場の出口前で、黒子はホッとしていた。
そこそこ盛り上げ、かといって目立ち過ぎずに終われたようだ。
派手好きの黄瀬は「ちょっと出番少なくないすか?」などと文句を言っている。
だけど赤司は「充分だろう」と受け流した。
「俺たちが主役じゃないんだからな。」
「そうなのだよ。黄瀬、わきまえろ」
「ええ~?」
「それよりこのスーツ、早く脱ぎたいんだけどぉ。」
「だよなぁ。」
「ムッくんもダイちゃんも待って。記念に写真を撮ろうよ!」
そんなキセキのやり取りを聞きながら、黒子はホッと胸を撫で下ろした。
彼らは3年生、おそらく高校生としては最後のキセキの世代大集合。
文句は言いつつ、それなりに楽しんだようだ。
言い出しっぺの黒子としても、面目躍如と言えるだろう。
だがその時、その瞬間は訪れた。
リムジンの前に1台のタクシーが止まったのだ。
そして降りてきたのは、1年半前まで黒子の相棒だった男。
相変わらず野生動物のような獰猛な雰囲気は健在だ。
「どうして」
黒子は予想外の事態に、柄にもなく動揺した。
はっきりと取り乱していた気がするし、それが自分のキャラではないとわかっている。
だがその時はそんなことさえわからないほど混乱していた。
いったいなぜ彼、火神大我がここにいるのかと。
だが火神がこちらに手を上げたのを見て「なるほど」と悟った。
おそらくキセキの誰か、赤司辺りが火神に知らせたのだ。
そしてキセキの世代、高校最後のこの日に会わせようと画策したのだろう。
「久しぶりですね。火神君。」
黒子は気を取り直して、そう言った。
もう動揺はなく、いつも通りの平坦な声と無表情だ。
ここはキセキのみんなの顔を立てることにしよう。
いきなりではあったけれど、決着をつける時が来たのだ。
*****
『今日はありがとな。黒子。』
電話の向こうから比企谷の声がする。
黒子は「いえ。楽しかったです」と答えた。
黒子が帰宅したのは、プロム終了から数時間後のことだった。
高校最後の大集合を果たしたキセキの世代の面々たちと、夕食を共にした。
それは彼らなりのプロム。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、いつの間にかすっかり夜になっていたという感じだ。
着替えて落ち着いていたところで、電話があったのだ。
発信者に表示された名は「比企谷八幡」。
黒子はスマホの通話ボタンを押すと「もしもし」と応答した。
『今日はありがとな。黒子』
「いえ。楽しかったです。」
『そりゃよかった。キセキの世代の人たちは?』
「一緒にご飯を食べて解散しました。ボクは今帰ってきたところです。」
『そっか。プロムではお前らにメシまで出せなかったからなぁ。』
「それは気にしなくていいですよ。」
ちゃらんぽらんに見えるけど、比企谷は意外と礼儀正しい。
例えば赤司が勝手に用意したスーツやリムジンの代金を気にする。
そしてキセキの世代に食事を用意しなかったことも。
そもそもわざわざ礼の電話をしてくることだって、そうだろう。
今時メッセージアプリで済ませることも多いのに、こういう用件ではそれをしない。
黒子はそういう比企谷の礼儀正しさに好感を持っていた。
『ところでさ。あの人と話したのか?』
「あの人って、誰の事です?」
『プロムの終わりにタクシーで現れた人。火神さんだろ?』
「よく知ってますね。」
比企谷の口から意外な名前が出て、黒子は内心驚いた。
だがすぐに無理もないことだと思い直す。
火神だって、実は有名人なのだ。
曰く「キセキの世代を倒した男」として。
そして黒子はバスケ部を強くするために、人脈を全て投入してきた。
そんな中、火神だけが登場しないことに比企谷も引っ掛かりを感じていたのだろう。
「心配してくれて、ありがとうございます。」
『別に心配なんかしてないけど』
「彼とはこれから話します。」
『え?これから?』
「ええ。うちに泊まるそうで、押しかけてきていますから。」
電話の向こうで比企谷が驚いているようだ。
黒子はそれを感じて、声を出さずに苦笑する。
驚いているのは、黒子も同じなのだ。
火神は大きな荷物を抱え、当然のような顔で黒子について来た。
そして家に上がり込むと「しばらく泊まるから」と言ったのだ。
泊めてくれではなく、泊まるから。
まったく図々しいものだと思う。
比企谷の礼儀正しさを見習ってほしいものだ。
『何か大変そうだけど、頑張れよ。』
比企谷が乾いた笑いと共に、そう言った。
黒子は「ありがとうございます」と答える。
電話なのに思わず頭を下げてしまったのは、御愛嬌だ。
「それじゃ比企谷君。おやすみなさい。」
電話を切った黒子は「何ですか?」と不機嫌に文句を言った。
もちろん比企谷にではなく、図々しくも家に上がり込んだ火神にだ。
電話の途中から黒子の正面に座り、じっと黒子を見ていたのだ。
「なぁ。ヒキガヤ君って誰?」
「は?」
「なんか楽しそうに電話してんの、気に入らねーんだけど。」
何だ、それは。嫉妬深い束縛彼氏か?
火神の理不尽な言い分に、思わずため息が出た。
決着をつけるはずが、出鼻をくじかれた気分だ。
それでも不思議と不愉快さはない。
きっと自分が思う以上に、黒子はこの男に毒されているのだ。
*****
「ふざけるな」
黒子はきっぱりとそう言った。
いつもの無表情も物静かで丁寧な口調も完全に吹き飛んでいた。
「どうぞ」
黒子はテーブルの上に、黒子は湯呑を2つ置いた。
湯気と共に、立ち込める緑茶の香り。
黒子はそれを吸い込みながら、予備の湯呑を使ったのは初めてだと思う。
独り暮らしのこの部屋に今まで誰も招いたことがなかったのだ。
「ああ。ありがとな」
小さな卓袱台、黒子の向かいに座る火神は礼を言う。
だが湯呑に手を伸ばそうとはしなかった。
熱いうちに飲んだ方が美味しいのに。
黒子はそんなことを思いながら、ズズッと自分の茶を啜った。
「お前が事故に遭ったなんて、知らなかったんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。聞いたのは結構最近。何で知らせてくれなかった?」
「何でって言われても、実はボク、誰にも知らせてないんですけど。」
黒子は今さらのように、当時のことを思い出した。
事故に遭った黒子は重傷で、そのまま病院に直行し、即入院となったのだ。
携帯電話も使えない状態で、どこに知らせることもなかった。
おそらく黒子の両親が学校などに知らせ、そこで知れ渡ったのだと思う。
「そうかよ。」
「そうですよ。知らせる余裕なんかなかったし。」
「そうか。俺はお前が怒ってるから、連絡しても出てくれないと思ってた。」
「怒ってたのは、本当ですけど。」
「・・・マジか」
「マジです。」
事故は偶然だが、黒子は確かに怒っていた。
日本を捨て、チームを捨て、黒子を捨てて渡米した火神に。
表向きは理解した振りをしていたけれど、それは嘘だ。
感情をぶつけても、自分がみじめになるだけ。
そう思って、カッコつけていただけなのだ。
「もしも事故に遭ってなかったら、電話に出てくれたか?」
「ええ。多分。」
「でも俺に怒ってたんだろ。」
「怒ってることがバレないように、話をしたと思います。」
「何でだよ!?」
「そんな風に聞かれても、困ります。」
黒子は火神と話しながら、あの当時の自分の気持ちと向かい合っていた。
発端は火神の渡米、そして事故のせいで連絡も取れなくなった。
だがよくよく考えてみれば、それが全てなのだ。
高校卒業までは続くと思っていた絆が、少し早めに切れた。
そして黒子はそのことに拗ねていたに過ぎない。
そう悟って、自分を納得させようとしていたところで予想外の展開になった。
「実は俺もアメリカに行って、後悔したんだ。」
「は?」
「もっと強いステージに上がれば、もっと強くなれると思ったんだ。最初は」
「最初はって」
「だけどお前がいない。それがこんなに物足りないとは思わなかった。」
「今さら何を言ってるんですか?」
一転して弱音を吐く火神に、黒子は唖然とした。
このくだりはいったい何だ?
まるで浮気した男が恋人に言い訳するような物言い。
黒子は自分を落ち着かせるように、深く呼吸をする。
そして改めて、目の前の男を見た。
「もう一度、一緒にバスケをやらないか?」
火神は真剣な表情で、黒子を真っ直ぐに見た。
だが黒子は「ふざけるな」と火神を睨みつける。
せっかくカッコよく終わらせるつもりだったのに。
これはあまりにも収まりが悪過ぎる。
だけどこの歪な関係こそが、火神と黒子なのだ。
それはこの3年近い日々の中で、嫌というほどわかっている。
黒子はもう1度、深く呼吸する。
そして意を決して「どういうことですか?」と聞き返した。
【続く】
「黒子!」
再会の瞬間は唐突に訪れた。
1年半ぶりに現れた相棒が、懐かしい声で黒子を呼んだ。
この日は慌ただしかった。
比企谷が企画したプロムに参加することになり、会場に詰めていたからだ。
黒子としては、特に思うところはなかった。
プロムなんて、はっきり言って何の興味もない。
こんなの日本でやる意味、あるのかって感じだ。
だけど比企谷に頼まれれば、嫌とは言えなかった。
バスケ部のことでは、奉仕部には世話にはなっているし。
その彼らの企画に協力できるなら、できることはする。
だからキセキの世代に声をかけた。
話を聞いたキセキの世代の面々も快く協力してくれた。
いや、むしろノリノリだ。
赤司などはそれぞれの名にちなんだ色のスーツまで用意した。
黒子はこのときほど、自分の名が黒子でよかったと思ったことはない。
赤とか青ならまだ良いが、紫とか黄色のスーツなんて絶対に着たくない。
もちろん彼らには面と向かって、そんなことは言わないが。
そしてキセキの世代は、見事にプロムを盛り上げた。
とは言っても、会の終盤に現れて祝辞を述べただけなのだが。
これも比企谷の采配だった。
キセキの世代の人気は高く、登場すればテンションは上がる。
だが下手をすれば目立ちすぎて、ファンイベントの様相を呈する可能性もある。
早い時点で登場すれば、ダンスを申し込む女子が殺到するかもしれない。
だから生徒たちがそこそこダンスに満足し、終わりに向かう雰囲気の中で登場した。
しかもリムジンを使うサプライズ演出だ。
比企谷は予算の心配をしていたが、全部赤司が持つと言ったらわかりやすくホッとしていた。
「とりあえず上手くいったようですね。」
会が終わった会場の出口前で、黒子はホッとしていた。
そこそこ盛り上げ、かといって目立ち過ぎずに終われたようだ。
派手好きの黄瀬は「ちょっと出番少なくないすか?」などと文句を言っている。
だけど赤司は「充分だろう」と受け流した。
「俺たちが主役じゃないんだからな。」
「そうなのだよ。黄瀬、わきまえろ」
「ええ~?」
「それよりこのスーツ、早く脱ぎたいんだけどぉ。」
「だよなぁ。」
「ムッくんもダイちゃんも待って。記念に写真を撮ろうよ!」
そんなキセキのやり取りを聞きながら、黒子はホッと胸を撫で下ろした。
彼らは3年生、おそらく高校生としては最後のキセキの世代大集合。
文句は言いつつ、それなりに楽しんだようだ。
言い出しっぺの黒子としても、面目躍如と言えるだろう。
だがその時、その瞬間は訪れた。
リムジンの前に1台のタクシーが止まったのだ。
そして降りてきたのは、1年半前まで黒子の相棒だった男。
相変わらず野生動物のような獰猛な雰囲気は健在だ。
「どうして」
黒子は予想外の事態に、柄にもなく動揺した。
はっきりと取り乱していた気がするし、それが自分のキャラではないとわかっている。
だがその時はそんなことさえわからないほど混乱していた。
いったいなぜ彼、火神大我がここにいるのかと。
だが火神がこちらに手を上げたのを見て「なるほど」と悟った。
おそらくキセキの誰か、赤司辺りが火神に知らせたのだ。
そしてキセキの世代、高校最後のこの日に会わせようと画策したのだろう。
「久しぶりですね。火神君。」
黒子は気を取り直して、そう言った。
もう動揺はなく、いつも通りの平坦な声と無表情だ。
ここはキセキのみんなの顔を立てることにしよう。
いきなりではあったけれど、決着をつける時が来たのだ。
*****
『今日はありがとな。黒子。』
電話の向こうから比企谷の声がする。
黒子は「いえ。楽しかったです」と答えた。
黒子が帰宅したのは、プロム終了から数時間後のことだった。
高校最後の大集合を果たしたキセキの世代の面々たちと、夕食を共にした。
それは彼らなりのプロム。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、いつの間にかすっかり夜になっていたという感じだ。
着替えて落ち着いていたところで、電話があったのだ。
発信者に表示された名は「比企谷八幡」。
黒子はスマホの通話ボタンを押すと「もしもし」と応答した。
『今日はありがとな。黒子』
「いえ。楽しかったです。」
『そりゃよかった。キセキの世代の人たちは?』
「一緒にご飯を食べて解散しました。ボクは今帰ってきたところです。」
『そっか。プロムではお前らにメシまで出せなかったからなぁ。』
「それは気にしなくていいですよ。」
ちゃらんぽらんに見えるけど、比企谷は意外と礼儀正しい。
例えば赤司が勝手に用意したスーツやリムジンの代金を気にする。
そしてキセキの世代に食事を用意しなかったことも。
そもそもわざわざ礼の電話をしてくることだって、そうだろう。
今時メッセージアプリで済ませることも多いのに、こういう用件ではそれをしない。
黒子はそういう比企谷の礼儀正しさに好感を持っていた。
『ところでさ。あの人と話したのか?』
「あの人って、誰の事です?」
『プロムの終わりにタクシーで現れた人。火神さんだろ?』
「よく知ってますね。」
比企谷の口から意外な名前が出て、黒子は内心驚いた。
だがすぐに無理もないことだと思い直す。
火神だって、実は有名人なのだ。
曰く「キセキの世代を倒した男」として。
そして黒子はバスケ部を強くするために、人脈を全て投入してきた。
そんな中、火神だけが登場しないことに比企谷も引っ掛かりを感じていたのだろう。
「心配してくれて、ありがとうございます。」
『別に心配なんかしてないけど』
「彼とはこれから話します。」
『え?これから?』
「ええ。うちに泊まるそうで、押しかけてきていますから。」
電話の向こうで比企谷が驚いているようだ。
黒子はそれを感じて、声を出さずに苦笑する。
驚いているのは、黒子も同じなのだ。
火神は大きな荷物を抱え、当然のような顔で黒子について来た。
そして家に上がり込むと「しばらく泊まるから」と言ったのだ。
泊めてくれではなく、泊まるから。
まったく図々しいものだと思う。
比企谷の礼儀正しさを見習ってほしいものだ。
『何か大変そうだけど、頑張れよ。』
比企谷が乾いた笑いと共に、そう言った。
黒子は「ありがとうございます」と答える。
電話なのに思わず頭を下げてしまったのは、御愛嬌だ。
「それじゃ比企谷君。おやすみなさい。」
電話を切った黒子は「何ですか?」と不機嫌に文句を言った。
もちろん比企谷にではなく、図々しくも家に上がり込んだ火神にだ。
電話の途中から黒子の正面に座り、じっと黒子を見ていたのだ。
「なぁ。ヒキガヤ君って誰?」
「は?」
「なんか楽しそうに電話してんの、気に入らねーんだけど。」
何だ、それは。嫉妬深い束縛彼氏か?
火神の理不尽な言い分に、思わずため息が出た。
決着をつけるはずが、出鼻をくじかれた気分だ。
それでも不思議と不愉快さはない。
きっと自分が思う以上に、黒子はこの男に毒されているのだ。
*****
「ふざけるな」
黒子はきっぱりとそう言った。
いつもの無表情も物静かで丁寧な口調も完全に吹き飛んでいた。
「どうぞ」
黒子はテーブルの上に、黒子は湯呑を2つ置いた。
湯気と共に、立ち込める緑茶の香り。
黒子はそれを吸い込みながら、予備の湯呑を使ったのは初めてだと思う。
独り暮らしのこの部屋に今まで誰も招いたことがなかったのだ。
「ああ。ありがとな」
小さな卓袱台、黒子の向かいに座る火神は礼を言う。
だが湯呑に手を伸ばそうとはしなかった。
熱いうちに飲んだ方が美味しいのに。
黒子はそんなことを思いながら、ズズッと自分の茶を啜った。
「お前が事故に遭ったなんて、知らなかったんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。聞いたのは結構最近。何で知らせてくれなかった?」
「何でって言われても、実はボク、誰にも知らせてないんですけど。」
黒子は今さらのように、当時のことを思い出した。
事故に遭った黒子は重傷で、そのまま病院に直行し、即入院となったのだ。
携帯電話も使えない状態で、どこに知らせることもなかった。
おそらく黒子の両親が学校などに知らせ、そこで知れ渡ったのだと思う。
「そうかよ。」
「そうですよ。知らせる余裕なんかなかったし。」
「そうか。俺はお前が怒ってるから、連絡しても出てくれないと思ってた。」
「怒ってたのは、本当ですけど。」
「・・・マジか」
「マジです。」
事故は偶然だが、黒子は確かに怒っていた。
日本を捨て、チームを捨て、黒子を捨てて渡米した火神に。
表向きは理解した振りをしていたけれど、それは嘘だ。
感情をぶつけても、自分がみじめになるだけ。
そう思って、カッコつけていただけなのだ。
「もしも事故に遭ってなかったら、電話に出てくれたか?」
「ええ。多分。」
「でも俺に怒ってたんだろ。」
「怒ってることがバレないように、話をしたと思います。」
「何でだよ!?」
「そんな風に聞かれても、困ります。」
黒子は火神と話しながら、あの当時の自分の気持ちと向かい合っていた。
発端は火神の渡米、そして事故のせいで連絡も取れなくなった。
だがよくよく考えてみれば、それが全てなのだ。
高校卒業までは続くと思っていた絆が、少し早めに切れた。
そして黒子はそのことに拗ねていたに過ぎない。
そう悟って、自分を納得させようとしていたところで予想外の展開になった。
「実は俺もアメリカに行って、後悔したんだ。」
「は?」
「もっと強いステージに上がれば、もっと強くなれると思ったんだ。最初は」
「最初はって」
「だけどお前がいない。それがこんなに物足りないとは思わなかった。」
「今さら何を言ってるんですか?」
一転して弱音を吐く火神に、黒子は唖然とした。
このくだりはいったい何だ?
まるで浮気した男が恋人に言い訳するような物言い。
黒子は自分を落ち着かせるように、深く呼吸をする。
そして改めて、目の前の男を見た。
「もう一度、一緒にバスケをやらないか?」
火神は真剣な表情で、黒子を真っ直ぐに見た。
だが黒子は「ふざけるな」と火神を睨みつける。
せっかくカッコよく終わらせるつもりだったのに。
これはあまりにも収まりが悪過ぎる。
だけどこの歪な関係こそが、火神と黒子なのだ。
それはこの3年近い日々の中で、嫌というほどわかっている。
黒子はもう1度、深く呼吸する。
そして意を決して「どういうことですか?」と聞き返した。
【続く】