「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡、ラブコメを満喫しながら、黒子の物語を見守る。】

「結局、青春ラブコメしているわけですね。」
黒子がいつもの無表情と平坦な口調で、そう言った。
だけどこいつと1年近く過ごした俺には、よくわかる。
黒子は内心呆れており、最大限の皮肉が込められているのだ。

ついに迎えたプロム当日。
あ、生徒会が仕切った「王道プロム」じゃない。
ダミーとして立ち上げた「なんちゃってプロム」の方だ。
なんでダミーまでやっちゃってるんだって?
実はこっちが聞きたいくらいだ。
俺と雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
3人の物語が無駄に絡まった結果、こうなった。

え?それで結局、楽しんでいるかって?
とんでもない。
俺はいつもの通り、雑用で走り回っている。
進行の時間を見ながら細々と確認したり、足りないものを補充したり。
夢はのんびり専業主夫の俺が、なんでこんなんばっかりなんだろう?

それでも中盤に差し掛かり、少しだけ時間の余裕ができた。
俺はなるべく目立たないように壁際に立つと、水分補給をした。
ミネラルウォーターをゴクゴクと飲みながら、会場を見回す。
特に不具合はなさそうだし、みんな楽しんでくれてはいるようだ。
ホッと一息ついて、胸を撫で下ろしていたのだが。

「その飲み方、この会場にはそぐわないと思いますよ。」
背後からそんなことを言われ、俺は「うわ!」と声を上げた。
振り返らなくてもわかる。
ここ1年近く気配なく背後を取られて、何度も驚かされているのだから。
予想通り振り返ると、立っていたのは影が薄いあの男だった。

「仮にもパーティ会場で、そんなに勢いよく飲むものじゃないですよ。」
「そうかぁ?」
「ええ。あとペットボトルのままっていうのもまずいです。カップに移した方が。」
「・・・まぁ確かに優雅さには欠けるな。」

俺は渋々だが同意した。
もう喉がカラカラで、とにかく水分が欲しかったのだ。
だけどプロム会場での振る舞いとしては、かなりよろしくないのは間違いない。

「ところでそのスーツ、何?」
俺はとっとと話題を変えた。
今日の黒子は制服でも私服でもなかった。
黒い上品なスーツに身を包んでいたのだ。
俺は服の値段なんかわからないが、俺の父親のスーツよりはるかに高い気がする。

「これは今日のために赤司君が用意してくれたんですよ。」
黒子は事もなげにそう答えた。
赤司さん。そっか。
あの人大財閥の御曹司だって話だしなぁ。
ちなみにこのプロムの終盤には、キセキの世代が登場することになっている。
卒業生を送り出すスピーチをしてもらって、花を添えてもらう。
ダメ元で黒子に頼んだら、あっさり引き受けてくれたのだ。
それにしてもこんな会のために、わざわざスーツねぇ?

「ところで比企谷君、おめでとうございます。」
「え?何が?」
「お付き合いを始めたんでしょう?」

黒子の言葉に、俺は「ああ。ええと」と言葉を濁した。
ヤツの視線の先にいるのは、雪ノ下雪乃。
俺はプロムの準備の合間に、実にひねくれた告白をした。
興味のある人は、ぜひ原作の方を読んでくれ。
とにかく雪ノ下は受け入れてくれて、俺たちはその、恋人ってやつになったんだ。

「すごくお似合いだと思います。」
「そうか?信じられないって声ばっかり聞こえてくるんだけど。」
「比企谷君の周りには、見る目がない人が多いですね。」
「そういうもんかね?」
「少なくてもボクは素直に『おめでとう』って思いましたよ。」

黒子は何だかんだで人間観察に長けている。
その黒子が言うなら、お似合いって思っていいよな。
少しだけ良い気分になったところで、黒子は俺をジッと見た。

「な、何?」
「結局、青春ラブコメしているわけですね。」
「は?」

黒子はいつもの口調で、意味あり気なことを言った。
何だかすごく毒を吐かれた気がするんだけど。
だけど俺が言い返す前に、スマホの着信音が聞こえた。
黒子がスーツのポケットからスマホを取り出すと、画面を確認した。

「どうやら彼ら、到着したみたいです。」
黒子は俺に言い返す隙を与えず、さっさと行ってしまう。
残された俺は微妙な気分のまま、キセキの到着を待つことになったのだった。

*****

「キセキの世代だ~!」
「きゃあ、カッコいい~♪」
会場内にこれでもかと言わんばかりの黄色い声が飛び交う。
女子ばっかりじゃないんだぜ?
男子、いやこの俺さえこの華やかな空気に酔ってしまっていたんだ。

プロムの終盤になって、会場の前に現れたのは黒いリムジン。
運転手が最初に車を降りると、回り込んでドアを開ける。
まるでレッドカーペットだな。
降り立ったのはキセキの世代の5人と桃井さん、そして黒子。
黒子はわざわざ会場を一度出て、車に乗り込んだらしい。
そして一緒に登場するという、手の込みようだ。

何より度肝を抜いたのは、彼らの衣装だった。
全員がその名字に関した色のスーツを着ていたのだ。
赤司さんは赤、青峰さんは青って感じだ。
なるほど、だから黒子は黒いスーツね。
そして桃井さんはピンク色のドレスを着ていた。

「マジか。あれ、いくらするんだ?」
「1人で何をブツブツ言っているの?」

思わず呟いてしまった素朴な疑問に答えが返って来た。
いつの間にか隣に来ていた雪ノ下がツッコミを入れてきたのだ。
俺は思わず「黒子がうつったの?」とツッコミ返した。
気配なくいきなり隣にいるなんて、心臓に悪いからやめてほしい。

「で、何の話?」
俺のツッコミなど意に返さない雪ノ下がまた聞いてきた。
俺はキセキの連中を見ながら「あの衣装だよ」と答えた。
色とりどりのあのスーツ。
黒子曰く赤司が揃えたそうだけど、いくらかかったんだ?
黒子だけなら、レンタルかななんて思える。
だけど他の連中のはオーダーものだろ。
ほぼほぼ身長2メートル、バスケで鍛えたガタイもいい。
ぜったい既製品なんて、身体に合わないはずだ。

「確かにそうね。あのスーツは高そうだわ。」
「後で請求されるとかってオチ、ねぇだろうな。」
「そこは大丈夫でしょう。ギャラはなしで事前にしっかり決めて通達済みだから。」
「でも必要経費はある程度は出すって言ったよな。」
「ある程度はね。でも。」

ここで俺と雪ノ下は黙り込んで顔を見合わせた。
そう、よくよく考えれば微妙な取り決めだったのだ。
まさかスーツ代とかリムジン代とか、請求されねぇだろうな。
ただでさえプロムは2回目、とにかく予算が少ないんだ。
連中のスーツ代だけで、このプロムが何回か軽く開けると思うし。
背筋を凍らせながらそんなことを考えていると、後ろから能天気な声が上がった。

「あれがキセキの世代かぁ♪」
リムジンを降り、会場に入って来た連中を見て、ウットリしている可愛い女子。
何を隠そう、俺の妹の小町だ。
小町は俺が通う高校に合格し、4月からは晴れて同校生となる。
それが理由なのかどうかはわからないが、ちゃっかりこのプロムに来ていたのだ。

「すごくカッコいいね。ファンとか多いんだろうな。」
「そう思うか?」
「思うよ。同じ学校にいたら、クラスメイトと誰押しとかで盛り上がりそう。」
「そんなもんかねぇ?」

俺は軽口で応じながら、色鮮やかな男たちを見た。
横一列に並び、参加者たちに手を振りながら、無駄なオーラを振りまいている。
それを見た俺は不覚にもドキッとしてしまった。
何、この感じ。
男の俺でそうなら、小町の初心なハートなんて一発でさらわれちまわないか?

「皆さん、卒業おめでとうございます。」
やがて赤司さんがマイクを手にして、参加者たちを祝福している。
俺は半ばヤケになりながら、拍手を送った。
いろいろ不安は残るけれど、キセキの世代のおかげでこの場は盛り上がった。
とりあえずそれで良しとしようか。

*****

「ったく、やれやれだな。」
俺は盛大に安堵のため息をついた。
雪ノ下が鷹揚に「それに関しては同意するわ」と答える。
こいつのこういう言い方が可愛いと思う俺は大概毒されている。

プロムは何とか終了した。
ラストで微妙に背筋が寒くなったキセキの世代の経費問題はあっさり解決。
黒子に恐る恐る話をしたら「そういうのは気にしなくていいですよ」とのこと。
あのスーツは完全に赤司さんの独断で、費用は自腹でいいそうだ。
小町がキセキの世代に妙に興味を持ったのも、問題ない。
なぜならあの人たちはあくまでスペシャルゲスト。
普段接することがないなら、可愛い妹が早々たぶらかされることもないだろう。

問題がクリアすれば、心は晴れやかだ。
とにかく俺たちはやり遂げた。
参加者たちがゾロゾロと帰っていくのを見届けながら、俺と雪ノ下はいつの間にか寄り添っていた。

「ったく、やれやれだな。」
「それに関しては同意するわ」
「じゃあ、同意しないのはどんなところなんだよ。」
「あなたのせいで、プロムを2つもやるハメになった。」

それを言われれば、ぐうの音も出ない。
俺は「へぇへぇ」と茶化すしかできなかった。
ふと見ると、由比ヶ浜も一色も小町ももういない。
おそらく俺たちを残して、先に帰ったんだろう。
いわゆる「気を利かせた」ってヤツ?
あとは2人でごゆっくりって感じか。

なんかそういうのって照れくさいよな。
でもきっとこれからそういうのが増えていくんだろう。
俺も雪ノ下も恋愛に関しては、超初心者。
周りにもいろいろ教えてもらいながら、進んでいくしかないんだと思う。

俺は会場の窓から外を見た。
もうすっかり日は落ちている。
参加者もほぼいない。
俺たちが最後の確認をしてここを出れば、プロムは終了となる。

そんなことを思いながらぼんやりと窓の外を見る。
すると豪華なリムジンが目に入った。
その前でキセキの世代たちが何やら話し込んでいる。
そっか。あの人たちも卒業。
ここで別れたら、当分会うこともないんだろうから。
名残り惜しいのは、俺たち以上なんだろうな。

「あの人たちのおかげで、すごく盛り上がったわね。」
雪ノ下も彼らを見ながら、そう言った。
俺は「だな」と頷く。
そう、彼らは短い時間だったけど会場を席巻していた。
存在感もあったし、まずまずのスピーチをしてくれたし。
これも黒子の人脈、ありがたや、ありがたや。

「あれ?」
何とはなしに、キセキの世代たちを見ていた俺は声を上げた。
なぜなら彼らのリムジンの前に1台のタクシーが止まったからだ。
そして降りてきたのは、何か見覚えがあるような、でも知らない男。
キセキの世代の同じくらい、背が高いしガタイも良い。
そしてまるで野生のトラのような獰猛な雰囲気を持っていた。

男はキセキの世代たちに手を上げて、挨拶した。
だがすぐに黒子を見つけて、その前に駆け寄ると何やら話しかけている。
そして黒子はいつもの無表情だったけど、内心は困惑しているのがわかった。

「あれってもしかしたら、黒子君の前の学校のチームメイトだった人じゃない?」
雪ノ下に言われて、俺は「あ!」と声を上げて驚いた。
ネット記事とかで何度か見た、黒子がウィンターカップで優勝した時の写真。
そのとき、黒子の隣にいた。
キセキの世代と同じ才能を持ちながら、キセキの世代にならなかったヤツ。
誠凛高校で黒子の相棒だった「キセキならざるキセキ」火神大我だ。
黒子と近しい間柄だったにもかかわらず、ずっと現れなかった男がついに登場した。

「うわ。何か緊張してきた。でも何でだろ?」
「奇遇ね。あたしもなんだか緊張している。どうしてかしら?」

またしても気が合った俺たちは、もう1度顔を見合わせた。
そして窓の外にまた視線を戻す。
リムジンの前で黙って見つめ合う黒子テツヤと火神大我。
緊張感を含んだ理由は、ただ1つだった。
あの2人の物語もまた新たな展開を迎えようとしているのだ。

【続く】
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