「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤ、比企谷八幡を囲む女子たちとプロムを語る。】

「黒子君。いいかな?」
放課後、部室に向かおうとした黒子は足を止める。
振り返ると、そこには困ったように笑う由比ヶ浜結衣がいた。

奉仕部はいったい何をやっているのか。
黒子は何も知らない素振りをしながら、しっかり観察していた。
雪ノ下が生徒会主催のプロムの企画を手伝っている。
そして比企谷と由比ヶ浜が対抗するダミー企画を進めているのだ。
まったくまどろっこい。
彼らは彼らなりの「本物」を捜して、頑張っているのだろうが。

そんなとき、由比ヶ浜に声をかけられたのだ。
黒子は「何ですか?」と聞き返した。
すると由比ヶ浜は「部活前にごめんね」と困ったように笑う。
あやまるなら声などかけなければいいと思わないでもない。
だが黒子はそんなことはおくびにも出さず「かまいません」と答えた。

「ちょっと気になっててさ。この間の2人どうしたかなって。」
「2人?」
「バスケ部に仮入部した2人」
「ああ。なるほど。」

つい最近、1年生の部員が2人加わったのだ。
最初は入部をことわり、4月に入部テストを受けて欲しいと言った。
すると彼らは奉仕部を頼って来たのだ。
だから黒子は「比企谷の顔を立てて」と名目をつけて、仮入部を許した。
由比ヶ浜はその2人のことを聞いているのだ。

「頑張ってますよ。でもやっぱりブランクはきつそうですね。」
「そんなもんかな。」
「今の部員たちは1年間、頑張ったんです。同じようにはいきません。」
「そっかぁ。むずかしいね。」
「ええ。簡単じゃないですよ。」

由比ヶ浜がまた笑う。
黒子はその笑顔を見て、こっそりとため息をついた。
どうしてそんなに困ったように笑うんだろう。
周りに合わせようとしているから?
それとも自分に自信がないから?
そんなことを考えると、つい余計なことをしたくなる。

「ボクでよければ、聞きますよ?」
「え?」
「グチでもなんでも。比企谷君や雪ノ下さんには秘密にしておきます。」
「本当に?」

由比ヶ浜がすがるような目で、黒子を見た。
黒子はいつもの無表情のまま、それを受け止める。
すると由比ヶ浜は困ったようにまた笑った。
ここで黒子に弱音を吐くことが正しいのかどうか迷っているのだろう。

「多分、由比ヶ浜さんが欲しいものは全部は手に入らないんだと思います。」
黒子は先回りして、そう言った。
自分から言い出せない様子の由比ヶ浜に助け舟だ。
由比ヶ浜は驚いたように黒子を見る。
黒子は「でも欲張っていいんじゃないですか?」と言った。

「もしかして由比ヶ浜さんが望まない未来になっても、修正はできるんですよ?」
「え?」
「一度結論が出ても、変わるかもしれないってことです。」
「そう、かな?」
「はい。勝負を諦めない限り、勝てる可能性はあるんです。」

由比ヶ浜は黒子の言葉を噛みしめている。
はっきりとは言わなかったが、伝わったはずだ。
比企谷と雪ノ下が特別な関係になったとしても、引く必要などない。
2人の関係は変わる可能性もあるし、由比ヶ浜のチャンスがなくなるわけではないのだ。

「黒子君って、好きな人はいないの?」
何を思ったのか、由比ヶ浜が唐突にそんなことを言い出した。
黒子は「それは秘密です」と勿体ぶってみる。
心に思い浮かぶ顔はあるが、言うつもりはない。
日本にすらいないその人物に対して、黒子にチャンスがあるとは思えなかったからだ。

*****

「黒子君、こんにちは。」
雪ノ下雪乃が丁寧な挨拶をよこす。
黒子は「こんにちは」と返しながら、昨日の今日なのにと思った。

黒子は玄関脇のベンチに座り、スマートフォンを操作していた。
今は部活の真っ最中。
部員たちは体育館で練習をしている。
黒子はデータをチェックするために、抜け出してきたのだ。
何しろ体育館は熱気がこもり、この時期なのにかなり暑い。
だから涼しい場所で、頭を冷やしながら確認したかったのである。

だがそこに雪ノ下が現れたのだ。
彼女は黒子に驚いたようだが、律儀に丁寧な挨拶をした。
黒子も同じように返すと「座りませんか?」とベンチの隣を叩いた。
おそらく雪ノ下は休憩しにここへ来たのであり、そこに黒子がいたのだろうから。
雪ノ下は一瞬躊躇ったようだが、すぐに「ありがとう」と頷いて黒子の隣に座った。

昨日の今日なのに。
黒子は内心、そんなことを考えていた。
由比ヶ浜結衣にちょっとばかり生意気なことを言ったのは、昨日のこと。
まさかその翌日に雪ノ下と顔を合わせるとは思わなかった。

「何か久しぶりですね。」
「ええ。クラスが違うとなかなか会わないものね。」
「比企谷君と競っているそうですね。プロムの企画」
「よく知ってるわね。」
「ええ。まぁ。」

黙ったままなのもやや気まずいので、比企谷に聞いたネタを振ってみる。
すると雪ノ下は驚いたようだった。
プロムのことが最大関心事であっても、まさか黒子の口から聞かされるとは思わなかったのだろう。
黒子は少し迷ったが、率直な疑問を繰り出すことにした。
別に黙ったままでも良いのだが、それではあまりに冷たい気がするからだ。

「奉仕部でやろうとは思わなかったんですか?」
「え?」
「プロム。3人でやったら効率が良いでしょうに。」

そう、別々に2つ作るのは結構面倒なのだと思う。
仮に2つ作るなら、お互いの案を照らし合わせながらやった方が楽だ。
対立しながらやったって、何も良いことはないだろう。
意地で始めたことなのかもしれないが、譲歩はできなかったのか。
すると雪ノ下は「そうね」と笑った。

「奉仕部でやれたら、楽だったとは思うわ。」
「やっぱり思いはしたんですね。」
「ええ。でも嫌だった。」
「どうしてですか?」
「彼に依存したくなかったから。」

予想できた答えに、黒子は「なるほど」と頷いた。
何とも雪ノ下らしい答えだと思う。
昨日は由比ヶ浜に口上を述べたことだし、ここは平等と行こう。
黒子はスッと息を吸い込むと「依存はダメですか?」と聞いた。

「ボクは依存してばかりです。昔の仲間や先輩に。」
「え?」
「そうすることでバスケ部のコーチがやれる。ボク1人ではできない。」
「バスケとプロムは違うと思うけど。」
「そうですか?何かをやり遂げるって意味ならそう変わらないでしょう。」

黒子は「依存」は否定されるものではないと思っている。
実際勝つためなら、あらゆる人の手を借りる。
キセキの世代、誠凛時代の先輩、そして奉仕部もだ。

雪ノ下はむずかしい顔をして、考え込んでいる。
どうやら納得がいかないらしい。
だけど黒子はそこで口を噤んだ。
それ以上言い募るのは野暮な気がしたからだ。
後は雪ノ下と、そして比企谷の問題。
黒子はちょっとだけ道を示したに過ぎない。

「黒子君は、好きな人はいないの?」
雪ノ下がくしくも由比ヶ浜と同じことを聞いてくる。
だが黒子はスマホをポケットに落とすと、無言のまま席を立った。

*****

「黒子先輩~♪」
一色いろはが妙に黄色っぽい声を上げながら、手を振っている。
黒子は「今度は君ですか」と顔をしかめるのも、無理もないことだった。

校内の生徒たちの口から「プロム」という言葉がよく聞こえるようになった。
それなりに盛り上がっているらしい。
だが黒子にとっては、それだけのことだ。
今はとにかくバスケ部第一。
授業も少ないこの時期は、地味に部員のポテンシャルを上げるチャンスだ。

仮入部の2人もよく頑張っていた。
元々経験者で、バスケも好きだったという。
だけどこの学校のバスケ部は4月時点では雰囲気はまるで違った。
いわゆる「なんちゃってバスケ部」だったのだ。
試合はとりあえず出て1試合すれば良し、後はみんなで楽しくワイワイ。
だから彼らは入部しなかったのだという。

そして今入部した2人は生き生きと頑張っていた。
実力もまずまず、悪くない。
嬉しい誤算だ。
今の部員たちとの相性も良いし、入部テストも合格できる可能性は高い。

そんなことを考えながら、黒子は今日も部室に向かう。
そこで妙に黄色い声に呼び止められたのだ。
声の主は、現在プロムに奔走する生徒会長。
だが黒子は思わず顔をしかめてしまう。
少し前には由比ヶ浜、そして雪ノ下と話をしたばかりなのだ。
またかと思うのは、仕方がないことだと思う。

「今から部活ですかぁ~?」
黒子の嫌いな語尾上げで、一色いろはが身体を寄せる。
多くの男がこれで理性を振り回されるのかもしれない。
多くの女がこれをあざといと思うのかもしれない。
だが黒子はどちらでもなかった。
別に何とも思わない。

「どうかしましたか?一色さん。」
「いえ。別に。ただ見かけたから。」
「そうですか?」
「黒子先輩はプロムの話、聞いてます!?」

一色は素っ気ない素振りから、いきなり踏み込んできた。
黒子は「何となくは」と曖昧に答える。
比企谷からはザックリとしか聞いていない。
確か「キセキの世代は呼べるか?」などと質問された気はするが。

「準備は順調ですか?」
「はい。雪ノ下先輩、頼りになるんで。」
「よかったですね。」
「ええ。そうなんですけど。」

こいつも要領を得ない系か。
黒子は少々ウンザリしてきたが、ここでも平等にすることにした。
由比ヶ浜と雪ノ下とは喋ったのに、一色だけスルーはない気がする。

「比企谷君もいろいろ動いているみたいですよ。」
「そうみたいですね。でも最近あんまり会わなくて。」
「プロムが決まれば会えるでしょう。コキ使ってやればいいんじゃないですか?」
「手伝ってくれますかね?」
「ええ。もちろん。拒否るようならボクからも頼んであげますよ。」

一色は「ありがとうございます」と笑顔になる。
だけど心からの笑顔ではなかった。
きっと一色にはわかっているのだ。
プロムをやる頃には多分比企谷は心を決めている。
一色の望む結末になっている可能性は限りなく低いだろう。

「黒子先輩は、好きな人はいないんですかぁ?」
またしても問われたが、黒子は無視して歩き出す。
まったくどうして同じ質問ばかりと思っていたところで、件の人物と鉢合わせした。
話題の中心とも言うべき比企谷が「よぉ。部活か?」と気だるげに声をかけてくる。
まったくいい気なものだ。
黒子は無表情のまま「リア充、爆ぜろ!」と呟いた。

「え?今何か言った?」
「ひとりごとです。お気になさらずに」
「そうなの?でも何か殺意を感じたんだけど?」
「気のせいですよ。」

黒子はいつもの無表情でとぼけて見せた。
そして今度こそ早足に部室に向かう。
比企谷を囲む女子たちがどうであろうと、関係ない。
だけどどうしても面白くない気分は抜けそうになかった。

【続く】
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