「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡と黒子テツヤの距離感は、あたたかな日差しのように心地よい。】

「最後にもう1度、キセキの世代呼べねぇか?」」
俺は確かに黒子にそう言ったけれど、本気だったわけじゃない。
妙案が出なくって、苦し紛れにたまたま目についた黒子に持ち掛けただけだ。
だけど黒子ときたら、実にあっさりと「できると思います」と言ってのけたのだった。

どうしてこうのんびりできないんだろう。
俺は元々かなりのめんどくさがりである。
何しろ将来の目標は、専業主夫となって毎日ランチビールを楽しむこと。
そんな俺に、依頼は容赦なく降って来る。
どこかに神様がいるなら、この頑張りをちゃんとメモっといて下さい。
そして大学を卒業した折にはこれに免じて、俺に玉の輿を用意していただきたい。

話が脱線したが、今俺を悩ませているのは一色いろはの依頼だった。
もうすぐやって来る卒業式の謝恩会。
そこでプロムをやりたいというのである。
あ、プロムとはプロムナード、つまり舞踏会の略称。
海外の映画なんかでやってるようなダンスパーティーがしたいらしい。

それだけでも結構、頭が痛いんだ。
何しろ前例がないからな。
いろいろわからないことだらけ。
しかもPTAだの父母会だのが、いろいろ文句をつけてくる可能性もある。
風紀がなんとかとか、高校生らしくないとかね。

そんな嫌な予感はもちろん大的中。
雪ノ下雪乃の母親が学校に押しかけてきて、潰しにかかってきたりした。
そしてさらにいろいろ拗れて、俺と雪ノ下は意味のわからない勝負をしている。
それぞれ別のプロムを企画し、どっちが採用されるかってな。
いや、実際は俺の方の企画はチャラくて実現性の薄いダミー。
俺の案より堅実な雪ノ下の企画が通って、結局ハッピーっていう筋書き狙い。

だけどダミー企画って、逆にむずかしいんだよな。
無駄にチャラさを醸しだしながら、でも最初っから実現の可能性がなさすぎるのはダメ。
今回は雪ノ下と俺の企画を比較してもらわなきゃならない。
つまりそもそも問題外な企画は、候補に入れてももらえないんだ。

さてどうしたものか。
教室でもそんなことを考えていた時、たまたま前を横切ったのが黒子だったんだ。
俺は黒子をジッと見た。
影が薄くて存在感がないくせに、やることは意外と派手な男。
そもそもキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)だ。
高校生のくせに全国的に通じる異名を持ってるなんて、漫画かアニメだけだろ。
要するに規格外の男なんだ。
無駄に派手な企画なら、こいつを使わない手はないと思うんだよな。

「何か用事ですか?」
気配に敏感な黒子はすぐに俺の視線に気づき、こちらにやって来た。
俺は「プロムの企画がさ」と前置きなく答える。
黒子は「ぷろむ?」と首を傾げた。
何だよ。知らねーのかよ。
校内じゃ結構話題になってんだけど。
まぁ浮世離れしたヤツだもんなぁ。

「卒業式の謝恩会のイベントのこと。」
めんどくさがりの俺は説明を省いた。
すると黒子は「ダンスパーティでもするんですか?」と聞いてきた。
そっか。こいつ本好きなんだよな。
卒業式とプロムってワードで、ダンスパーティを導き出すことはできるわけだ。

「ああ。それでさ。最後にもう1度、キセキの世代呼べねぇか?」」
俺はダメ元で話を振ってみた。
文化祭イベントでは大いに盛り上がった、キセキの世代。
ここでもう1度呼べれば、話題にはなるんじゃなかろうか。
でもまぁ、無理だよな。
あの人たちは3年生、自分たちの学校の卒業式とかあるんだろうし。
だけど黒子ときたら、実にあっさりと「できると思います」と言ってのけた。

「ハァァ!?何でできるんだよ。」
「赤司君や紫原君も東京に戻るので、高校最後の思い出に会おうって話になってて。」
「マジかよ。呼べちゃうの?」
「そっちから話を振っといて、リアクションがおかしくないですか?」
「確かに」

俺と黒子の間に微妙な沈黙が漂った。
確かに振っといて驚いた俺が悪い。
でもなぁ。呼べちゃうのか。
面白い。面白いんだけど。
それに最後にあの色鮮やかな人たちに会いたいって思ったりする。
でもまぁ俺の企画はダミーだし、実現はしないか。

このときはそこで終わりになった。
俺のダミー企画も実施することになり、彼らとまた再会するなんて夢にも思わなかったんだ。

*****

「比企谷君の頼みなら、ことわれませんよ。」
黒子が心底不本意と言わんばかりの口調で、俺を見た。
俺は「それならことわってくれても」と思ったけれど、今さら引っ込みがつかなかった。

ダミープロムの準備の最中、奉仕部に依頼が入った。
受けてしまったのは、由比ヶ浜だ。
雪ノ下は今、本物のプロムの手伝いで生徒会室に詰めている。
奉仕部の部室は俺と由比ヶ浜だけで、そこへ1年生の男子生徒2人が訪ねてきたのだった。

「お願いします。」
本当に困ったという感じで頭を下げた彼らは、バスケ部に入りたいのだそうだ。
だがコーチの黒子に来年の1年生と一緒に入部テストを受けろと言われてしまったのだと言う。
俺としては、今はプロムで手一杯。
そんなの知らんと突っぱねたかったんだけど。
お人好しの由比ヶ浜が「黒子君に頼んでみようか」なんて言い出したからさぁ大変。
かくしてバスケ部から部活中の黒子を急に呼び出すことになったのだ。

「そうですか。奉仕部に話を持ち込んだんですか。」
黒子は奉仕部の部室に入るなり、ため息をついた。
体育館で黒子には「ちょっと来てくれ」とだけ言ったのだ。
だからここに来るまで、何の用で呼ばれたのかわからなかったはずだ。
でもヤツらの顔を見れば、もう察したことだろう。

「ねぇ。どうして今すぐ入れてあげないの?」
由比ヶ浜が無邪気にそう聞いた。
すると黒子が「余力がないんですよ」と答えた。
日本語の語彙に問題がある由比ヶ浜がコテンと首を傾げる。
俺は冷静に「いっぱいいっぱいなんだってよ」と補足してやった。

「問題は2つあります。単純に場所の問題とボクの能力の問題です。」
黒子は静かに、そして明快に解説を始めた。
場所の問題は、わかりやすい。
うちの学校の体育館や運動場は広くない。
そこをいくつかの運動部が分け合っている状態で、大人数を受け入れられないのはわかる。
だけどもう1つの方がわからない。

「お前の能力ってそんなに低くないだろ?」
「そんな風に言っていただいて恐縮です。謹んで訂正させていただきます。」
「日本語、おかしくね?」

謙遜してるんだかしてないんだかよくわからん。
だけど黒子は「今の6名のスキルアップで手一杯です」と白状したのだ。
黒子の言わんとするところは、よくわかった。
ただ練習させるだけでいいなら、もう少し受け入れはできるんだろう。
だけど隅々まで目を光らせて、質の良い練習をするならこれが限界ってことだ。

「でもさぁ、黒子君。来年の1年生は~?」
由比ヶ浜がもっともなことを聞いた。
確かにその通り。
今で手一杯なら、新1年生はどうすんだ?
すると黒子は「4月からはまた外部コーチが来ますから」と答える。
そうか。年が変わる前までは相田さんとか日向さんとか、黒子の昔の先輩が来てた。
だけどここ最近、来てないよな。

「ええ。誠凛時代の先輩方はそろそろ就活でもう来られないそうで。」
「は?じゃあ誰を?」
「青い人と桃色の人が夏まで手伝ってくれるます。」
「青峰さんと桃井さん?」
「ええ。彼ら9月から渡米で、それまで時間があるからって。」

なるほど。
今ではなく4月の理由がわかってしまった。
入部希望の2人は、肩を落としている。
バスケ部側の事情が詳しくわかり、やりにくくなったんだろう。
奉仕部としても、これでは依頼失敗か。
だが黒子は「わかりました」と頷いたのだ。

「とりあえず仮入部ってことで、どうですか?」
黒子はいつもの愛想のない声で、だけどきっぱりそう言った。
そして2人の方を見ながら「4月の入部テストは受けてもらいますけど」と付け加える。
2人は顔を見合わせると「よろしくお願いします!」と頭を下げた。

「大丈夫なの?余力がないって言ってたけど」
俺は黒子にそう聞いた。
蒸し返すようで恐縮だけど、気になるところだろ?
すると黒子は「比企谷君の頼みなら、ことわれませんよ」と答えた。
その口調は心底不本意と言わんばかりだった。

それならことわってくれても。
俺はそう思ったけれど、今さら引っ込みがつかなかった。
仮とはいえ、入部が決まった嬉しそうな2人に水を差したくもなかったしな。
こうして雪ノ下不在の奉仕部は、小さな依頼を1つ達成したのだった。

*****

「どうも」
黒子はモソモソとパンを齧りながら、小さく会釈をする。
こいつがいることを予想していた俺は「おぉ」と軽く手を上げて応じた。

久しぶりに気温が高い、ある日の昼休み。
俺は久しぶりに特別棟の1階、保健室横のベンチに来ていた。
少し前までは俺の、そして最近は俺たちの特等席。
静かにランチができる場所だ。

おかしなもんだよな。
最初は俺だけの場所で、ここに黒子が現れるのが嫌だった。
だけどもうすっかり慣れたもんだ。
何ならいないと寂しい気さえする。
今日も特に約束したわけじゃないけど、黒子がいなかったら不思議に思っただろう。
いつの間にか、黒子はすっかり俺の中で気を許した存在になっていたらしい。

「この学校って3年でもクラス替えがあるんですね。」
黒子はサンドイッチを齧りながら、そう言った。
こいつとよくここで一緒にランチタイムを過ごして、気付いたこと。
それは黒子が米よりパンの方を好むことだ。
前にそれを言ったら「パンの方がお腹にたまらないので」とのことだった。
こいつ、アスリートのくせに信じられないほど少食なのだ。

「前の学校は違ったのか?」
俺は小町が作ってくれた弁当を開きながら、聞き返した。
ご飯に卵焼き、唐揚げ。彩りにトマトとブロッコリー。
ものすごく上手いわけじゃないけど、この年齢なら充分合格って感じの弁当だ。

「前の学校は2、3年は同じクラスでしたよ。中退しましたが」
「そうか。でもそれが普通だよな。」
「ボクもそう思います。」

何となくどうでもいいことで、意見があった。
3年生は進学や就職など、人生を左右するイベントがある。
それを考えれば、余計なことは避けた方がいいような気がする。
新しいクラスにもう1度馴染むのは、実は何気に面倒な作業だからな。

「多分、次は違うクラスになるでしょうね。」
黒子はふとそんなことを言う。
確かにうちの学校、人数はまぁまぁ多いからな。
俺らだって2年のF組だし。
来年も同じクラスになる可能性は、低いだろう。

「だろうな」
俺は素っ気なくそう答えた。
本当にどうでも良いと言わんばかりの表情と声で。
だけど内心はちょっと残念だと思っていた。
この学校では本当に数少ない、気を遣わずに話せる相手だからな。

不思議なものだな。
俺は今さらのようにそう思った。
もうすぐ黒子とクラスが分かれることを、俺は残念に思っている。
そして黒子も残念に思っていることがわかるんだ。
黒子もきっと俺が残念に思っていることなどお見通しだろう。

「結局プロムはどうなったんですか?」
黒子は食べ終わったサンドイッチのパッケージを丸めながら、そう言った。
不意に話を振られた俺は「まぁ、なぁ」と曖昧に言葉を濁す。
とりあえずプロムは雪ノ下案で動き始めそうな気配。
俺としては、とりあえず少し気を抜けるところだった。

「何だか煮え切らない返事ですね。」
「ああ。何せプロムなんて初めてなんで、正解がよくわからない感じなんだ。」
「はぁ。そういうものなんですか。」
「ああ。でもとりあえず前に進んでいるとは思う。」

誤魔化すように言ってしまってから、それが案外正解なんだと思った。
よくわからないけど、とりあえず前に進んでいると。
黒子はそれ以上深くツッコミを入れることもなく、紙パックの野菜ジュースを飲んでいた。

「クラスが変わる前に見てみたいものです。」
「は?プロムは卒業式のイベントだろ。」

黒子の何気ない言葉に答えてから、俺は理解した。
こいつはプロムの話をしてるんじゃない。
奉仕部のことだ。
俺と雪ノ下、由比ヶ浜の間にある問題。
黒子はそれを正確に見抜いていて、それを解決しろと言ってるんだ。

「黒子。俺たちは」
俺は思わず自分の気持ちを言いそうになる。
迷って、悩んで、遠回りして、なかなか正解に辿り着けない俺たち。
こいつならどんな風に解決するのか、聞いてみたくなった。
だがそれは黒子の正解であって、俺の正解ではありえない。
選ぶ答えはきっと全然違うんだ。

「案外、3年でも同じクラスになるかもしれませんね。」
黒子は俺の言葉をサクッとスルーして、そう言った。
俺は「だな」と静かに頷く。
言いたいことだけ言って、結局はぐらかす黒子。
だけど俺たちの距離感は今日の日差しのように心地よく、穏やかなものだった。

【続く】
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