「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤは無表情だが、決して怒らないわけではない。】

「っだよ、それ!」
名前も知らない男子生徒に睨まれ、怒鳴り付けられた。
それでも黒子は「申し訳ありません」と頭を下げるだけだ。
無表情に見えるかもしれないが、黒子なりに本当にすまないと思っていた。

ようやくバレンタインデーが終わった。
本来は楽しいイベントであることはわかっている。
これに全力で挑んでいる生徒がいることも。
だが黒子にとっては鬱陶しいだけのものだった。

ある程度親しい人からのチョコレートは純粋に嬉しい。
例えば桃井さつき。または相田リコ。
そこにはバレンタインデーがあろうがなかろうが、変わらない絆がある。
心から感謝しながら受け取り、1か月後にはそれを返す。
これはこれで楽しいイベントだと思えるのだが。

知らない相手から贈られるとなれば、話は別だ。
顔も名前も知らない女子から告白されても、返事に困る。
しかもそれが少なからずいるのだから、もう憂鬱なだけだ。
それを黒子は2年前に思い知った。
誠凛がウィンターカップ優勝を決めた直後のバレンタインデー。
それはもう信じらないくらいのチョコレートが襲ってきたのである。

結局それは記号に過ぎない。
黒子はそう思っていた。
彼女たちは黒子テツヤという人間を見ているのではない。
全国制覇を成し遂げたバスケ部のレギュラー。
そしてキセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。
そんな肩書きに惹かれているだけだと思う。
そうでもなければ、黒子みたいに影の薄い男に好意は持たないはずだ。

だから今回は万全を喫した。
とにかくいつも以上に念入りに気配を薄めて、声をかけられないようにする。
そして「渡して」と頼まれそうな相手には、伝言を頼んだ。
貰ったチョコはバスケ部で山分けすると。
比企谷に「どんだけ自分に自信があるんだよ?」と呆れられたのは心外だ。
別に自信があるわけではなく、ただ用心しているだけなのだ。

そんなこんなで何とか乗り切った。
今の黒子の頭は、バスケ部のことばかりだ。
特に来年のチーム作りのことを考えると、頭が痛い。
強豪校はバスケ推薦などで、すでに新1年生を獲得している。
つまりもう新チーム作りが進んでいるのだ。

焦っても仕方ない。
黒子はその点はもう割り切っていた。
強豪校とは違うのだから、同じやり方はできない。
その代わりに、小さい規模だからこそできることもある。

そんなある日のことだった。
放課後、部室に向かおうとした黒子の前に2人の男子生徒が現れた。
見覚えはある。確か1年生だ。
だけど名前は知らないし、喋ったこともないはずである。

「黒子先輩、ちわっす!」
「どうも、ちわっす!」

2人は体育会のように、元気よく頭を下げる。
黒子は「どうも」と曖昧に頷いた。
すると2人はそれぞれに1枚の紙を差し出してきた。

「俺ら、バスケ部に入りたいんです!」
「中学の頃、やってたんすけど。高校で辞めちゃってて。」
「でももう1度、やりたくなったんです!」

黒子は2人の男子生徒の顔と差し出された用紙を見比べながら、こっそりとため息をついた。
彼らは黒子に入部届を渡しに来たのだ。
だが黒子は「すみません」と頭を下げる。
部の状況を考えれば、今はこれを受け取ることができなかった。

「え!?どうしてですか?」
詰め寄る2人に、黒子は説明する。
だけど納得できないらしい。
彼らは「そこを何とか」「お願いします」と詰め寄って来る。
そしてそれでも黒子が受け取らないと分かった途端、態度を豹変させた。

「っだよ、それ!」
彼らは黒子との距離を詰め、睨みつけながら、怒鳴り付ける。
それでも黒子は「申し訳ありません」と頭を下げるだけだ。
心の中では本当に悪いと思っている。
だけどバスケ部のことを思えば、安請け合いなどできなかった。

*****

「納得しかねます!」
つい先程までは上品に見えていた女性だが、今は表情が険しく歪んでいる。
黒子はその変化に驚きながら「申し訳ありません」と頭を下げた。

時期外れの入部届を受け取らず、下級生とトラブルになった翌日。
放課後の部活前、黒子は会議室に呼ばれた。
そこで待っていたのは、1人の男子生徒と中年の女性。
そしてバスケ部の顧問の男性教師と、国語教師の平塚静が同席してくれた。

「まったく、どういうことですか!?」
席に着くなり、中年女性が捲し立てる。
来客はこの学校を志望する中学3年の男子生徒とその母親だ。
きちんと会うのは初めてだが、黒子はその男子生徒を知っていた。
千葉県内の中学生のバスケ選手はそこそこチェックしていたからだ。
彼は中学のレベルなら、そこそこのプレイヤーなのである。

「入部のことでしたら、事前にお知らせしたとおりです。」
「うちの子に入部テストを受けろなんて。ダメだったらバスケ部に入れないんですよね!?」
「そうなります。」
「納得しかねます!」

黒子はその女性の表情の変化に驚きつつも、ポーカーフェイスで対応した。
そして内心、困ったものだとため息をつく。
この学校のバスケ部は無駄に注目を集めてしまったのだ。
キセキの世代が高校を卒業した後、唯一残った幻の6人目(シックスマン)がコーチを務める。
しかもインターハイ予選は、今までとは比べものにならないほどの成果だったのだ。
黒子としては予選を突破できなかったから所詮負けなのだが、周囲は予想外の高評価だった。

だから来年バスケ部に入りたくて、この学校を目指す生徒が増えたのだ。
ひょっとすれば全国に手が届くかもしれない。
でもまだ部員数は多くないから、今がレギュラーになれるチャンス。
そんな風に考えたらしい中学生たちから、結構な問い合わせがあった。

このことで一番焦ったのは、黒子だった。
今の環境では多くの部員を受け入れることは不可能だ。
体育館は広くないし、他の部と譲り合いながら使っている状況。
しかも指導するのは黒子1人なのだ。

そこで黒子は入部テストで人数を絞ると発表したのだ。
問い合わせがあればそう答えるし、ホームページにもそう書いた。
昨日はそれを知った現1年生が2人、入部届を持って来た。
どうやら今のうちに入部しておこうと思ったのかもしれない。
だが黒子はそれをことわり、新1年生と一緒に入部テストを受けて欲しいと言った。
その結果、彼らは激怒し、黒子に食ってかかって来たのだった。

「うちのバスケ部の現在の練習環境では、大人数を受け入れることはできないんです。」
黒子はもう何度説明したかわからないフレーズを繰り返した。
すると新1年生になる予定の男子生徒が「俺は優先的に入れてください!」と叫ぶ。
そして母親が「この子は他の生徒より才能があるんです」とかぶせてきた。
どうやら人数制限をするということに怒っているのではない。
経験者でそこそこできるという自負がある彼を、その他大勢と同等に扱うのが気に食わないらしい。

「黒子、何とかならないのか?」
どうしても譲れない黒子と、一歩も引かない中学生とその母。
割って入った顧問の教師は、何と母子の方に従えと言わんばかりだ。
これにはさすがの黒子もカチンときた。
味方のはずの顧問に、そんなことを言われるとは。
だがここで同席してくれた平塚が「申し訳ありません」と母子に声をかけた。

「うちの学校の都合で恐縮ですが、できないものはできないんです。」
平塚は長い髪を揺らして、深々と一礼した。
そこでようやく母子は納得してくれたらしい。
彼らは最後までブチブチと不満を漏らしながらも帰宅してくれた。

「平塚先生、ありがとうございました。」
不本意な会談の後、黒子は職員室に出向き、平塚に頭を下げた。
やはりいくらコーチとはいえ、生徒だとナメられる。
実際教師である平塚の一言で、あの母子は帰って行ったのだから。

「気にしなくていい。君のやり方は正しいと思うから、手を貸したまでだ。」
「助かります。」

黒子は平塚と相対しながら、顧問の教師をチラリと見た。
バツが悪そうにしている彼はバスケはまったくど素人で、完全に名前貸し状態なのだ。
そんな教師でもいなければ部活はできないのだから、厄介なものだと思う。

「頑張れよ。応援しているから。」
平塚はヒラヒラと手を振りながら、短いエールをくれた。
黒子は「失礼します」と一礼し、踵を返した。
そしてちょうど平塚の席にやって来た雪ノ下雪乃とすれ違う形になった。

「どうも。雪ノ下さん」
「こんにちは。黒子君。」

短い挨拶を交わして、黒子は出口へと歩き出した。
背後から雪ノ下が平塚に「部室の鍵を下さい」というのが聞こえる。
奉仕部もこれから部活か。
黒子は両手でパンと頬を叩くと、バスケ部の部室へと向かった。

*****

「それはちょっと」
バスケ部主将は取りなすように、そう言った。
黒子は内心「お前らもか」と悪態をつきながらも、いつもの無表情をキープしていた。

『それじゃ10分間、休憩にします!』
黒子は愛用の拡声器を使って、声をかけた。
部活中の必須アイテムだ。
声があまり大きくない黒子は、指示などにはこれを使う。
最初のうちは普通に声を張っていたのだが、すぐに喉がつらくなって諦めた。

冬なのに汗だくの部員たちが一ヶ所に集まる。
汗を拭き、スポーツドリンクで水分補給だ。
黒子はそんな部員たちを見ながら、次のメニューについて考えた。
みんな今日は余力がまだありそうだから、予定より少し増やすか。
そんなことを思っていた時、1年生部員から声をかけられた。

「黒子コーチ、俺のクラスのヤツがボヤいてたっす。入部届、拒否られたって。」
冗談とも本気ともつかない口調でそう言ったのは、1年生部員の宮ノ下だ。
黒子は「拒否ってはいません」と答える。
先日入部届を持って来た1年生には「4月まで待て」と言ったのだ。

「何とかなんないかって頼まれたんすけど。」
「来年の1年生と一緒に入部テストを受けて下さいと答えたんですが。」
「それじゃ落とされるかもしれないじゃないっすか!」
「そうなりますね。」
「それって冷たくないっすか?」
「全国制覇を狙うチームですから。」

おそらく宮ノ下は口添えを頼まれたのかもしれない。
だけど黒子の答えは変わらない。
今の状況を考えれば、黒子1人で見るのは20名程度が限界だ。
だがどうも事前の問い合わせを見ると、それでは収まらない勢いなのだ。

「まぁ仕方ないだろ。1年頑張ったヤツと同じには行かねぇよ。」
割って入ったのは、2年の入生田だ。
そして主将の塔ノ沢が「だよなぁ」と続く。
おそらくは場を和ませようとしての発言だろう。
ここは彼らの顔を立てて、やり過ごすのが正解かもしれない。
だけど黒子としては、聞き捨てならなかった。

「別に1年頑張ったから特典があるわけでもないですよ?」
黒子はあっさりとそう言った。
すると不釣り合いなテンションで「「「「「「は!?」」」」」」と返された。
やはりそうか。
黒子は心の中でため息をついた。

「新チームでは別に学年とか先に入部は関係ないです。実力がある人を使います。」
黒子は至極もっともな宣言をした。
帝光でも誠凛でも、試合に出るのは学年に関係なく実力で決められた。
だが部員たちの表情を見て、彼らにとっては当たり前ではないのだと知る。
去年までは、完全に学年重視の部だった。
勝つよりも楽しくやる方が優先で、部員たちはレギュラー争いなどしたことがないのだ。

「それはちょっと。やっぱり先輩部員は優先した方が波風は立たないというか。」
塔ノ沢が取りなすように、そう言った。
部員たちのすがるような視線が黒子に集まる。
黒子は内心「お前らもか」と悪態をつきながらも、いつもの無表情をキープした。

「ちょっと外の風に当たって来ます。」
微妙な沈黙に耐えかねた黒子は、体育館の外に出た。
そして大きく深呼吸を繰り返す。
ダメだ。怒りをうまく逃がせない。
全国制覇を目指すなら、切り捨てなければいけないものがたくさんあるのに。
ここ最近、それに文句をつける者が多すぎる。

思い出すのは誠凛時代の監督、相田リコのことだ。
彼女も部の運営でつらかったことはあるはずだ。
だけど決してそれを部員たちに気付かせなかった。
それに引き換え、自分はまだまだなのだと今さらのように思い知った。

体育館に戻ろうとしたところで、見覚えのある3人の姿が見えた。
奉仕部の3人、比企谷と雪ノ下と由比ヶ浜だ。
彼らはもう部活が終わったらしい。
コートを着て、カバンを持ち、帰宅モードだ。
由比ヶ浜が笑顔で何かを言い、雪ノ下が笑う。
比企谷はそんな2人を見ながら、緩やかに微笑んでいた。

黒子は奉仕部の面々の後ろ姿を見送りながら、苦笑した。
高校生活も残り1年、同じ青春なのに見事にテイストが違う。
もちろんバスケを選んだことに後悔はない。
だが今は妙に比企谷が羨ましかった。
自分で選んだスポ根だけれど、たまにはラブコメしたくなるのだ。

【続く】
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