「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【比企谷八幡は歪な三角形に囚われている。】
「そういうわけだから、申し訳ない。」
俺は表面だけは殊勝な顔を作って、頭を下げる。
だが内心は面白くなく、むしろ腹立たしくさえあった。
マラソン大会が終わり、2月になった。
今月は全国的に忌々しいイベントがある。
答えは簡単、バレンタインデー。
クイズにさえならない、超簡単な話だ。
この時期の男はだいたい3パターンに分かれると俺は思っている。
1つ目は葉山タイプ。
黙っていてもガッポガッポとチョコレートをもらうヤツだ。
しかも義理チョコなんて代物じゃない。
かなり気合の入った本命チョコを贈られちゃう男。
2つ目は戸部タイプ。
本命チョコはもらえないけれど、そこそこ義理チョコを集めるヤツだ。
クラスでもよくグループの女子に「甘いモノ食べたい」とか叫んでる。
義理でも何でも欲しいんだよな。
でも露骨に「バレンタインデーにチョコくれ」とは言えない。
そんな下心も女子には見透かされている。
それなのに終わってみれば、そこそこの義理チョコを手にしていたりする。
3つ目は言わずと知れた俺タイプ。
交友関係の中では、義理チョコさえも望めない。
俺の他には材木座なんかが、これだな。
かわいそうとか思うなよ?
別に俺が特別ってわけじゃなく、このタイプの男は結構いる。
実際俺たちは、すごくチョコが欲しいってわけじゃない。
それでも人がもらっているのを見れば、ちょっとだけ切なくなるんだ。
表面上はあくまで「興味ありません」って顔を貫くけどな。
ちなみに俺には幸いなことに「小町」という魔法の呪文がある。
そして妹からのチョコを心の支えに、何とかこの時期を乗り切るんだ。
ここで1人、どこに分類してよいかわからない男がいた。
もちろん黒子テツヤのことである。
転校してきて、この学校で初めてバレンタインデーを迎えるクラスメイト。
キセキの世代に名を連ね、文化祭のイベントでも活躍。
間違いなくうちの学校で1番、バスケが上手い男だ。
スペック的には間違いなく葉山タイプだ。
絶対モテるに決まっている。
だけどどうしても想像がつかない。
この影が薄い男が女子からチョコレートをもらう場面が。
それにかなり浮世離れしている。
ひょっとしたらバレンタインデーなんて知らないってこともあり得る。
だけど2月に入って、俺はその答えを知ることになった。
ある朝、登校した俺の席に黒子がやって来たのだ。
そして「おはようございます」と律儀に頭を下げた後、おもむろに切り出した。
「比企谷君にお願いがあるんですが。」
「何だ?」
「もしボクあてのチョコレートを預かったら、言って欲しいことがあります。」
「チョコって、バレンタイン?」
「はい。比企谷君を経由する人が多いと思うので。」
それを聞いた俺は唖然としたよ。マジで。
バレンタインチョコをもらう前提で、しかも俺に預ける女子が多いって思ったらしい。
ちなみに「バスケ部員にも同じことを頼んでいます」とのこと。
コイツ、どんだけ自分に自信があるんだよ?
だけど実際、黒子の予想通りとなった。
バレンタインデー前の1週間、何人もの女子がチョコを持ってやって来たのだ。
そして俺に「これ、黒子君に渡して」と可愛くラッピングされた箱を差し出してくる。
中には手作りっぽいヤツとか、手紙やプレゼントを添えたものもあった。
気合いが入った本気の本命チョコだ。
「黒子はもらったチョコは全部バスケ部で分けるって。」
俺は黒子から頼まれた通りのことを言った。
チョコを差し出してきた女子は、そのままのポーズで固まる。
俺は追い打ちをかけるように、さらに言葉を続けた。
「好きな人がいるから気持ちは受け取れない。チョコだけならもらうってさ。」
黒子に指示された台詞の後「そういうわけだから、申し訳ない」と頭を下げる。
一応黒子の代わりに申し訳ない顔を作るけど、内心は面白くない。
むしろムカつく。
だって気持ちは受け取らず、チョコだけってあんまりだろ。
しょんぼりと肩を落とした女子生徒を見て、俺は微妙だ。
何だか俺がすごく人でなしになった気分。
結局ほとんどの女子は、チョコを俺に預けることなくスゴスゴと去って行った。
それでも良いと渡してきた女子の分だけ、俺は預かった。
「それにしても、何で俺に頼んでくると思ったわけ?」
俺は黒子に預かったチョコを渡しながら、そう聞いた。
黒子は涼しい顔で「バスケ部と奉仕部しか親しい人がいないので」と答える。
ちなみに黒子は自分の直接渡そうとする女子を見ると、巧みに避けてしまう。
なにしろ視線誘導の達人、そういうのは得意なのだ。
こうしてバレンタインデー当日まで、俺は黒子のメッセンジャーにされてしまった。
こいつは3つのタイプのどれにも属さない、突然変異タイプだ。
「まったく面倒なイベントですよね。」
黒子はいつもの無表情で、そう言い切った。
お前、今の一言でかなりの数の男子高校生を敵に回したぞ。
だけど黒子は気にするどころか、ポーカーフェイスを崩すことさえなかったのだ。
*****
「キャ~!テツく~ん♪」
桃色美少女が勢いよく黒子に抱きつく。
だがここは放課後の校門前、一番目立つ場所。
とりあえず黒子、死ねばいいと思ったやつは1人や2人じゃないはずだ。
バレンタインデーまであと数日というある日の放課後。
俺と黒子は何となく一緒に歩いていた。
別に示し合わせたわけじゃない。
バスケ部も奉仕部もこの日は休みだったってだけだ。
ただ俺も黒子も用事がなければ、無意味に教室に留まらない。
一緒に帰るような感じになったのは、そういうことだ。
だけどそこで予想外のことが起こった。
見覚えのある桃色美少女が待ち構えていたのである。
彼女の名は桃井さつき、キセキの世代のマネージャーだった人。
おっとりした美人だが、それだけではない。
データ収集のスペシャリストだ。
「キャ~!テツく~ん♪」
桃井さんは黒子を見つけるなり、勢いよく駆け寄り抱きついた。
女子高生のわりにはかなり大きめのバストが、黒子にめり込んでいる。
下校時の校門前は、かなり人目につく。
今この瞬間、お前に殺意を覚えた男子生徒は1人や2人じゃないと思うぞ。
「桃井さん。青峰君も一緒ですか。」
黒子は桃井さんにプラプラと揺すぶられながら、後ろに立っている男を見た。
キセキの世代の1人、青峰大輝だ。
その迫力に、俺の背筋が思わず伸びた。
無駄にオーラを放つ、青と桃色。
黒子はどうしてこんな2人と普通に接することができるのかね。
「テツ君にバレンタインチョコを持って来たんだ~!」
「それでわざわざ?」
「うん。卒業しちゃえば、もうテツ君の学校に来る機会もなさそうだしね。」
「2人とも夏にはアメリカでしたね。」
あ~あ、久しぶりの再会に盛り上がっているのはいいけどね。
でも周囲の視線、集め過ぎだよ。
黒子に抱きついて離れない桃井さんを見て、確信した生徒は多いはずだ。
あの桃色美少女が黒子の好きな人だって。
でもそうなると青峰さんは何なんだって話になる。
3人を取り巻く視線の中に、好奇心や疑問符が渦巻いてるぞ。
「比企谷君。こんにちは。」
一通り黒子をいじくり回した桃井さんが、俺に手を振った。
俺は「どうも」と頭を下げる。
文化祭のイベントの件で、いろいろ話をしたからな。
光栄なことに、どうやら俺のことは覚えてくれているようだ。
「今日は部活は休みで、体育館には入れないんですよ。」
「そうか。久しぶりにお前と身体を動かしたかったんだけど」
「ちゃんと事前に連絡してくれれば、何とかなったんですけど。」
「さつきが悪いんだよ。急に千葉なんかに行くって言い出して」
ん?千葉なんか?
聞き捨てならないことを聞いたけれど、俺は懸命にも黙っていた。
身長190センチ超、いかにもケンカも強そうな青い王様。
とてもじゃないけど、戦える気がしない。
「とりあえずお茶しようよ!」
桃井さんの提案で、3人はどこかの店に落ち着くようだ。
黒子が「比企谷君もどうですか?」って言ってくれたけど、首を振ってことわった。
共通の思い出も早々ないし、話が弾むとは思えない。
むしろ俺が委縮しちゃうよ。
「わかりました。それじゃ比企谷君、また明日。」
黒子がそう言って、3人は歩き出した。
桃井さんを真ん中にして、右に青峰さん、左に黒子。
三角関係って言葉が浮かんだけれど、そのわりには円満なようだ。
そんな後ろ姿を見ながら、俺は歩き出そうとする。
だけど青峰さんがこちらを振り返ったのを見て、足が止まった。
「テツを頼むな。」
青峰さんは真っ直ぐに俺を見ながら、そう言った。
すかさず桃井さんも振り返り「テツ君をよろしく~♪」と手を振る。
当の黒子は「子供じゃないんですから」と苦笑していた。
「わかりました。」
俺は深々と頭を下げ、その依頼を引き受けた。
はっきり言って、俺が黒子を助けるような場面がこの先あるとは思えない。
だけどもしもそれがあるなら、その時には仕方ないよな。
何しろ俺は奉仕部員、困っているヤツを助ける役回りなんだから。
*****
「それが比企谷君が言う本物?」
雪ノ下陽乃は冷やかにそう言った。
俺を試すように、揶揄うように。
冗談めかしながら、彼女の言葉はいつも俺の弱い部分を突くのだ。
黒子テツヤの独特なバレンタインデーに振り回されながら、俺は依頼をこなした。
発端は三浦の依頼だった。
手作りチョコを作ってみたいと言う。
三浦は葉山が好きで、手作りしたチョコを渡したいんだろう。
だけど当の葉山はそういうのを受け取らないことで有名らしい。
そこに川崎からの依頼が重なった。
幼い妹がチョコを作りたがっているので、教えて欲しいと。
そこで俺たちが考えたのは、料理教室。
みんなでわいわい作っちゃえってやつだ。
試食という名目なら、葉山も食べるだろう。
結果的にイベントは成功だった。
葉山は三浦が作ったチョコを食った。
試食って形ではあるが、良い雰囲気だった。
能天気な戸部は片想いの相手である海老名さんのチョコを食ってご満悦。
川崎姉妹も楽しそうにチョコを作って食べていた。
俺たち奉仕部も適当に楽しんでいた。
雪ノ下雪乃は、見事にこのイベントの先生役を務めた。
由比ヶ浜結衣は、壊滅的な料理の腕前が嘘のようにそこそこのチョコを作った。
俺は軽口を叩きながら、試食に専念する。
3人の関係は穏やかで、無責任だった。
楽しいことだけ拾い集めて、ただただ笑っていた。
だけどこの場には、それを許してくれない人がいたのだ。
「それが比企谷君の言う本物?」
「こういう時間が君の君の言う本物?」
雪ノ下の姉、陽乃さんが冷やかに斬り込んできた。
俺を試すように、揶揄うように。
彼女は薄い微笑を浮かべ、冗談めかしながら俺を挑発する。
決して正解はくれない。
だけど言わんとすることは、よくわかった。
俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜。
3人の今の関係に、俺は違和感があったのだ。
三角関係。
そんな言葉を思い浮かべた俺は、先日見た3人組の後ろ姿を思い出した。
青峰さんと桃井さんと黒子。
あの人たちも不思議な三角形を作っていると思う。
青峰さんと黒子は友人というより戦友って感じだ。
そもそもバスケで頂点を極めた人たちの絆は、深い。
何気ない会話を聞いているだけでも、それを感じる。
そんな2人の間で、桃井さんは自由にしている。
時々「テツ君の彼女です」などと黒子が好きだと公言する。
だけど青峰さんのことを好きなようにも見える時がある。
ぶっちゃけどっちの彼女でもおかしくないって感じがする。
わかりやすい恋の三角関係って言えなくもないけど。
でも俺はついこの間、並んで歩く3人の後ろ姿を思い出す。
多分、あれこそが本物なのだ。
わだかまりも屈託もない、自然体でいられる関係。
同じ三角形でも、俺たちでは決して作れないもの。
このときから俺たち3人の関係はぎくしゃくし始めた。
そして改めて、黒子ってスゲェと思う。
短いフレーズで、雪ノ下陽乃は俺たちの関係にいとも簡単にヒビを入れた。
黒子はその雪ノ下陽乃にまったく動じず、むしろ遠ざけたんだから。
俺と雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
3人の道はまだまだ続く。
だけど同じ道を行くのか、遠からず道を分かつのか。
それはまったく見えない。
そんな俺たちを置き去りにするように、バレンタインイベントは終わってしまったのだった。
【続く】
「そういうわけだから、申し訳ない。」
俺は表面だけは殊勝な顔を作って、頭を下げる。
だが内心は面白くなく、むしろ腹立たしくさえあった。
マラソン大会が終わり、2月になった。
今月は全国的に忌々しいイベントがある。
答えは簡単、バレンタインデー。
クイズにさえならない、超簡単な話だ。
この時期の男はだいたい3パターンに分かれると俺は思っている。
1つ目は葉山タイプ。
黙っていてもガッポガッポとチョコレートをもらうヤツだ。
しかも義理チョコなんて代物じゃない。
かなり気合の入った本命チョコを贈られちゃう男。
2つ目は戸部タイプ。
本命チョコはもらえないけれど、そこそこ義理チョコを集めるヤツだ。
クラスでもよくグループの女子に「甘いモノ食べたい」とか叫んでる。
義理でも何でも欲しいんだよな。
でも露骨に「バレンタインデーにチョコくれ」とは言えない。
そんな下心も女子には見透かされている。
それなのに終わってみれば、そこそこの義理チョコを手にしていたりする。
3つ目は言わずと知れた俺タイプ。
交友関係の中では、義理チョコさえも望めない。
俺の他には材木座なんかが、これだな。
かわいそうとか思うなよ?
別に俺が特別ってわけじゃなく、このタイプの男は結構いる。
実際俺たちは、すごくチョコが欲しいってわけじゃない。
それでも人がもらっているのを見れば、ちょっとだけ切なくなるんだ。
表面上はあくまで「興味ありません」って顔を貫くけどな。
ちなみに俺には幸いなことに「小町」という魔法の呪文がある。
そして妹からのチョコを心の支えに、何とかこの時期を乗り切るんだ。
ここで1人、どこに分類してよいかわからない男がいた。
もちろん黒子テツヤのことである。
転校してきて、この学校で初めてバレンタインデーを迎えるクラスメイト。
キセキの世代に名を連ね、文化祭のイベントでも活躍。
間違いなくうちの学校で1番、バスケが上手い男だ。
スペック的には間違いなく葉山タイプだ。
絶対モテるに決まっている。
だけどどうしても想像がつかない。
この影が薄い男が女子からチョコレートをもらう場面が。
それにかなり浮世離れしている。
ひょっとしたらバレンタインデーなんて知らないってこともあり得る。
だけど2月に入って、俺はその答えを知ることになった。
ある朝、登校した俺の席に黒子がやって来たのだ。
そして「おはようございます」と律儀に頭を下げた後、おもむろに切り出した。
「比企谷君にお願いがあるんですが。」
「何だ?」
「もしボクあてのチョコレートを預かったら、言って欲しいことがあります。」
「チョコって、バレンタイン?」
「はい。比企谷君を経由する人が多いと思うので。」
それを聞いた俺は唖然としたよ。マジで。
バレンタインチョコをもらう前提で、しかも俺に預ける女子が多いって思ったらしい。
ちなみに「バスケ部員にも同じことを頼んでいます」とのこと。
コイツ、どんだけ自分に自信があるんだよ?
だけど実際、黒子の予想通りとなった。
バレンタインデー前の1週間、何人もの女子がチョコを持ってやって来たのだ。
そして俺に「これ、黒子君に渡して」と可愛くラッピングされた箱を差し出してくる。
中には手作りっぽいヤツとか、手紙やプレゼントを添えたものもあった。
気合いが入った本気の本命チョコだ。
「黒子はもらったチョコは全部バスケ部で分けるって。」
俺は黒子から頼まれた通りのことを言った。
チョコを差し出してきた女子は、そのままのポーズで固まる。
俺は追い打ちをかけるように、さらに言葉を続けた。
「好きな人がいるから気持ちは受け取れない。チョコだけならもらうってさ。」
黒子に指示された台詞の後「そういうわけだから、申し訳ない」と頭を下げる。
一応黒子の代わりに申し訳ない顔を作るけど、内心は面白くない。
むしろムカつく。
だって気持ちは受け取らず、チョコだけってあんまりだろ。
しょんぼりと肩を落とした女子生徒を見て、俺は微妙だ。
何だか俺がすごく人でなしになった気分。
結局ほとんどの女子は、チョコを俺に預けることなくスゴスゴと去って行った。
それでも良いと渡してきた女子の分だけ、俺は預かった。
「それにしても、何で俺に頼んでくると思ったわけ?」
俺は黒子に預かったチョコを渡しながら、そう聞いた。
黒子は涼しい顔で「バスケ部と奉仕部しか親しい人がいないので」と答える。
ちなみに黒子は自分の直接渡そうとする女子を見ると、巧みに避けてしまう。
なにしろ視線誘導の達人、そういうのは得意なのだ。
こうしてバレンタインデー当日まで、俺は黒子のメッセンジャーにされてしまった。
こいつは3つのタイプのどれにも属さない、突然変異タイプだ。
「まったく面倒なイベントですよね。」
黒子はいつもの無表情で、そう言い切った。
お前、今の一言でかなりの数の男子高校生を敵に回したぞ。
だけど黒子は気にするどころか、ポーカーフェイスを崩すことさえなかったのだ。
*****
「キャ~!テツく~ん♪」
桃色美少女が勢いよく黒子に抱きつく。
だがここは放課後の校門前、一番目立つ場所。
とりあえず黒子、死ねばいいと思ったやつは1人や2人じゃないはずだ。
バレンタインデーまであと数日というある日の放課後。
俺と黒子は何となく一緒に歩いていた。
別に示し合わせたわけじゃない。
バスケ部も奉仕部もこの日は休みだったってだけだ。
ただ俺も黒子も用事がなければ、無意味に教室に留まらない。
一緒に帰るような感じになったのは、そういうことだ。
だけどそこで予想外のことが起こった。
見覚えのある桃色美少女が待ち構えていたのである。
彼女の名は桃井さつき、キセキの世代のマネージャーだった人。
おっとりした美人だが、それだけではない。
データ収集のスペシャリストだ。
「キャ~!テツく~ん♪」
桃井さんは黒子を見つけるなり、勢いよく駆け寄り抱きついた。
女子高生のわりにはかなり大きめのバストが、黒子にめり込んでいる。
下校時の校門前は、かなり人目につく。
今この瞬間、お前に殺意を覚えた男子生徒は1人や2人じゃないと思うぞ。
「桃井さん。青峰君も一緒ですか。」
黒子は桃井さんにプラプラと揺すぶられながら、後ろに立っている男を見た。
キセキの世代の1人、青峰大輝だ。
その迫力に、俺の背筋が思わず伸びた。
無駄にオーラを放つ、青と桃色。
黒子はどうしてこんな2人と普通に接することができるのかね。
「テツ君にバレンタインチョコを持って来たんだ~!」
「それでわざわざ?」
「うん。卒業しちゃえば、もうテツ君の学校に来る機会もなさそうだしね。」
「2人とも夏にはアメリカでしたね。」
あ~あ、久しぶりの再会に盛り上がっているのはいいけどね。
でも周囲の視線、集め過ぎだよ。
黒子に抱きついて離れない桃井さんを見て、確信した生徒は多いはずだ。
あの桃色美少女が黒子の好きな人だって。
でもそうなると青峰さんは何なんだって話になる。
3人を取り巻く視線の中に、好奇心や疑問符が渦巻いてるぞ。
「比企谷君。こんにちは。」
一通り黒子をいじくり回した桃井さんが、俺に手を振った。
俺は「どうも」と頭を下げる。
文化祭のイベントの件で、いろいろ話をしたからな。
光栄なことに、どうやら俺のことは覚えてくれているようだ。
「今日は部活は休みで、体育館には入れないんですよ。」
「そうか。久しぶりにお前と身体を動かしたかったんだけど」
「ちゃんと事前に連絡してくれれば、何とかなったんですけど。」
「さつきが悪いんだよ。急に千葉なんかに行くって言い出して」
ん?千葉なんか?
聞き捨てならないことを聞いたけれど、俺は懸命にも黙っていた。
身長190センチ超、いかにもケンカも強そうな青い王様。
とてもじゃないけど、戦える気がしない。
「とりあえずお茶しようよ!」
桃井さんの提案で、3人はどこかの店に落ち着くようだ。
黒子が「比企谷君もどうですか?」って言ってくれたけど、首を振ってことわった。
共通の思い出も早々ないし、話が弾むとは思えない。
むしろ俺が委縮しちゃうよ。
「わかりました。それじゃ比企谷君、また明日。」
黒子がそう言って、3人は歩き出した。
桃井さんを真ん中にして、右に青峰さん、左に黒子。
三角関係って言葉が浮かんだけれど、そのわりには円満なようだ。
そんな後ろ姿を見ながら、俺は歩き出そうとする。
だけど青峰さんがこちらを振り返ったのを見て、足が止まった。
「テツを頼むな。」
青峰さんは真っ直ぐに俺を見ながら、そう言った。
すかさず桃井さんも振り返り「テツ君をよろしく~♪」と手を振る。
当の黒子は「子供じゃないんですから」と苦笑していた。
「わかりました。」
俺は深々と頭を下げ、その依頼を引き受けた。
はっきり言って、俺が黒子を助けるような場面がこの先あるとは思えない。
だけどもしもそれがあるなら、その時には仕方ないよな。
何しろ俺は奉仕部員、困っているヤツを助ける役回りなんだから。
*****
「それが比企谷君が言う本物?」
雪ノ下陽乃は冷やかにそう言った。
俺を試すように、揶揄うように。
冗談めかしながら、彼女の言葉はいつも俺の弱い部分を突くのだ。
黒子テツヤの独特なバレンタインデーに振り回されながら、俺は依頼をこなした。
発端は三浦の依頼だった。
手作りチョコを作ってみたいと言う。
三浦は葉山が好きで、手作りしたチョコを渡したいんだろう。
だけど当の葉山はそういうのを受け取らないことで有名らしい。
そこに川崎からの依頼が重なった。
幼い妹がチョコを作りたがっているので、教えて欲しいと。
そこで俺たちが考えたのは、料理教室。
みんなでわいわい作っちゃえってやつだ。
試食という名目なら、葉山も食べるだろう。
結果的にイベントは成功だった。
葉山は三浦が作ったチョコを食った。
試食って形ではあるが、良い雰囲気だった。
能天気な戸部は片想いの相手である海老名さんのチョコを食ってご満悦。
川崎姉妹も楽しそうにチョコを作って食べていた。
俺たち奉仕部も適当に楽しんでいた。
雪ノ下雪乃は、見事にこのイベントの先生役を務めた。
由比ヶ浜結衣は、壊滅的な料理の腕前が嘘のようにそこそこのチョコを作った。
俺は軽口を叩きながら、試食に専念する。
3人の関係は穏やかで、無責任だった。
楽しいことだけ拾い集めて、ただただ笑っていた。
だけどこの場には、それを許してくれない人がいたのだ。
「それが比企谷君の言う本物?」
「こういう時間が君の君の言う本物?」
雪ノ下の姉、陽乃さんが冷やかに斬り込んできた。
俺を試すように、揶揄うように。
彼女は薄い微笑を浮かべ、冗談めかしながら俺を挑発する。
決して正解はくれない。
だけど言わんとすることは、よくわかった。
俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜。
3人の今の関係に、俺は違和感があったのだ。
三角関係。
そんな言葉を思い浮かべた俺は、先日見た3人組の後ろ姿を思い出した。
青峰さんと桃井さんと黒子。
あの人たちも不思議な三角形を作っていると思う。
青峰さんと黒子は友人というより戦友って感じだ。
そもそもバスケで頂点を極めた人たちの絆は、深い。
何気ない会話を聞いているだけでも、それを感じる。
そんな2人の間で、桃井さんは自由にしている。
時々「テツ君の彼女です」などと黒子が好きだと公言する。
だけど青峰さんのことを好きなようにも見える時がある。
ぶっちゃけどっちの彼女でもおかしくないって感じがする。
わかりやすい恋の三角関係って言えなくもないけど。
でも俺はついこの間、並んで歩く3人の後ろ姿を思い出す。
多分、あれこそが本物なのだ。
わだかまりも屈託もない、自然体でいられる関係。
同じ三角形でも、俺たちでは決して作れないもの。
このときから俺たち3人の関係はぎくしゃくし始めた。
そして改めて、黒子ってスゲェと思う。
短いフレーズで、雪ノ下陽乃は俺たちの関係にいとも簡単にヒビを入れた。
黒子はその雪ノ下陽乃にまったく動じず、むしろ遠ざけたんだから。
俺と雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
3人の道はまだまだ続く。
だけど同じ道を行くのか、遠からず道を分かつのか。
それはまったく見えない。
そんな俺たちを置き去りにするように、バレンタインイベントは終わってしまったのだった。
【続く】