「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤはキラキラのラブコメに強烈に嫉妬している。】

「黒子って卒業後の進路、もう決めてんの?」
比企谷はさり気ない振りを装いながら、探りを入れてきた。
黒子はすぐに「いいえ」と首を振る。
別に隠すつもりはなく、本当に決まっていなかったからだ。

冬休み明け、浮かれていたクラスも何となく落ち着き始めている。
黒子は静かに気配を殺しながら、クセになってしまった人間観察に勤しんだ。
ここ数日は、進路の話が良く飛び交っているようだ。
理由は簡単、進路希望調査票が配られたからだ。
もうすぐ3年生、そろそろ卒業後のことを決めなければならない。

そんな昼休み、黒子は昼食のサンドイッチを抱えて外に出た。
1月にしては気温が高く、風もなかったからだ。
日差しも暖かく、まるで春のような気候。
これを満喫しない手はない。
目指すは特別棟の1階、保健室横のベンチ。
春先から秋まで世話になった、ランチスペースだ。

ベンチに座り、ほどなくして比企谷が現れた。
何も言わず、どっかりと黒子の横に座る。
元々黒子も比企谷も1人になりたくて、ここに来た。
だけど今はもうお互い、ここで2人並ぶことも気にならない。
むしろ比企谷も来るだろうと思って、片側を開けていたほどだ。

「やっぱり黒子も来たか」
比企谷は苦笑しながら、弁当を開いた。
黒子は「天気がいいですから」と答える。
そこからは心地よい沈黙だ。
穏やかな日差しの中、2人はそれぞれのランチを楽しんだ。

「黒子って卒業後の進路、もう決めてんの?」
弁当を食べ終えた比企谷が蓋を閉じながら、そう聞いてきた。
どこか探るような雰囲気だ。
だが黒子は「いいえ」と首を振る。
別に隠すつもりはなく、本当に決まっていなかったからだ。

ちなみに1つ先輩になってしまったキセキの世代は、全員進路を決めていた。
赤司と緑間は国立大を目指し、現在ラストスパート中だ。
おそらく2人とも、日本の最高学府と位置づけられるあの大学に行くのだろう。
2人ともなりたい職業ははっきりしており、バスケは趣味で続けるそうだ。

紫原と黄瀬はバスケ推薦でもう大学を決めていた。
赤司や緑間よりはガッチリとバスケをやるだろう。
だけど彼らもプロ選手になるかどうかは微妙だ。
黄瀬は引き続きモデルを続けるそうだし、紫原も考えていることがあるらしい。

プロのバスケ選手になるとはっきりと決めたのは、青峰だけだった。
本場アメリカのバスケの名門大学に進む。
どうやら先に渡米した火神に早く追いつきたいということらしい。
それを聞いた黒子の第一声は「英語、大丈夫ですか?」だった。
青峰は「何とかする!」と豪語したが、どうなることやらと思う。
向こうの大学は9月スタートなので、そこまでに英会話を学ぶつもりではあるらしい。
だけどあの勉強嫌いの青峰が、きちんと喋れるようになるのかどうか。

もうすぐお別れ。
黒子は今さらのように、それを感じていた。
もちろん彼らと連絡は取れる。
メールや電話でやり取りもするだろうし、会うことだってある。
だけど一緒にバスケをすることは、多分ない。

「黒子って、バスケで誘いとか来てないのか?」
比企谷に再度と問われ、感傷にひたっていた黒子は我に返った。
そして「ないことはないですが」と曖昧に答える。
実際「うちのバスケ部に」と声をかけてくれる大学はあったのだ。
そして「卒業後はぜひうちに」と誘ってくれるBリーグのチームも。
だけど黒子はそのどれもことわっていた。

「比企谷君は大学ですよね。」
黒子は話題の矛先を比企谷に向けた。
そして2つほど、大学名を上げる。
どちらも比企谷が今のところ志望校の有力候補と考えている大学だ。

「は?何で知ってんの?」
ポカンとしている比企谷に、黒子は「わかりますよ」と答えた。
なぜなら黒子の趣味は人間観察。
クラスでの会話や、持っている参考書とか、雰囲気とか。
そんなもので、黒子はクラスメイトの進路はだいたい予想ができた。

「なぁ、なら葉山の志望校、わかるか?」
比企谷が不意にクラスメイトの名を出した。
黒子は「もちろんです」と頷く。
何しろクラスで一番目立つ男子生徒なのだ。
会話や行動は嫌でも目に入る。

「じゃあ葉山の進路、教えてくんない?」
「それはダメです。」

黒子は比企谷の真意を察していたが、あっさりとことわった。
その途端「ハァ?」と恨みがましい目で凝視される。
だが黒子は「すみません」と詫びた。
勝手に人の進路を暴露するのは、人としてどうかと思う。
それに黒子にはそれを口にできない事情もあったのだった。

*****

「黒子君。マラソン大会、出ないの?」
声をかけてきたのは、クラスの人気ナンバーワンのイケメン男子だ。
黒子は「はい」と頷きながら、なぜいきなり話しかけてきたのかと怪訝に思った。

比企谷と進路の話をする数日前の朝のこと。
黒子はクラスの中心的存在である葉山に声をかけられた。
葉山とは結局、さして親しくもならなかった。
だからこんな風に話しかけられたのは、初めてだ。

「黒子君。マラソン大会、出ないの?」
「はい。寒くなって、古傷が痛むようになって。」
「え?そうなんだ。」
「はい。通っている病院の先生にもやめておいた方が良いと言われて」

なぜ葉山がさして親しくもない黒子に声をかけてきたのか。
だが彼の笑顔を見て、なるほどと思った。
これはクラスの代表を自負する彼なりの気遣いだ。
もうすぐ行われるマラソン大会、黒子は大事を取って出ないことにした。
一応医師にも相談し、学校の許可も取ってある。

だが特に生徒の誰にも話していなかった。
特に言い回る話でもないと思っていたからだ。
このまま誰も知らないまま、マラソン大会に不参加となれば。
もしかしたら騒ぐ者もいるかもしれない。
なんならサボりかと悪い方に勘ぐる者も。
それなら今のうちに広めておいた方が穏便だ。
医師からも出ないように言われているとなれば、妙なことにはならないだろう。
教師陣からの覚えもめでたい葉山はいち早く情報を知り、動いた。
こんな風に会話を耳にするという形で、事前に広めてくれたのだろう。

「お気遣いありがとうございます。」
黒子は葉山に軽く頭を下げた。
実は黒子は葉山があまり得意ではなかった。
無駄に明るい雰囲気や、黄色がかった髪色がある男を連想させるからだ。
もっとも葉山はあれほど騒がしくもチャラくもないが。
とにかく印象はどうであれ、親切には礼で答えるべきだ。

「ところで黒子君、俺の志望校知ってる?」
葉山は「どういたしまして」と明るく笑った後、声のトーンを落としてそう言った。
黒子は「何となく察しています」と答える。
そしてノートを取り出すと、大学の名前を3つほど書いた。
葉山が自分の志望校をクラスメイトに知られたくないと思っていることも察していたからだ。

「すごい。よくわかったね。」
目を瞠る葉山に、黒子は「赤本持ってましたよね」と答える。
赤本とは大学入試の過去問題集だ。
大学ごとに出版されており、表紙の色からそう呼ばれている。
黒子はたまたま葉山がそれをカバンに入れているのを見たのだ。
葉山は「隠してたつもりだったんだけどな」と苦笑した。

「もしも黒子君が知っているなら、黙っててほしいと思って。」
「それはもちろん。でもなんでボクに」
「そういうの見抜くの、得意そうだから。」
「なるほど」

葉山は志望校をクラスメイトに隠したい。
そしてその最大の障害は、黒子の洞察力と見たわけだ。
そこでマラソン大会の件で小さな恩を売り、交換条件とした。
黒子は「安心していいですよ」と答えながら、葉山の評価を下げた。
なかなかどうして、駆け引きが上手い。

そしてその数日後、黒子は比企谷から葉山の進路を聞かれた。
比企谷が葉山の進路に興味をもつはずはない。
おそらく誰かからの依頼、葉山に好意を持っている女子、三浦か一色あたりだ。

さて、比企谷君。どうしますか。
葉山の進路を漏らさなかった黒子には、別の興味が湧いた。
進路を絶対に喋らない葉山と、それを知って依頼を達成したい比企谷。
この勝負はどちらに軍配が上がるのだろう?

*****

こいつら、何してくれてんだ。
黒子はトレードマークの無表情のまま、らしからぬ悪態をついていた。
あくまでも心の中だけで。
間違っても今は口には出せない状況に追い込まれていたのだ。

マラソン大会当日、黒子は保健室にいた。
何の運命のいたずらか、古傷がいつもより痛んだからだ。
湿布薬は貼ってあるし、我慢できないほどではない。
それでも教室より、エアコンが効いている保健室の方が楽だった。

黒子は足を投げ出す格好でベットに座っていた。
ベットの周りがカーテンに仕切られているので、外からは見えない。
それを良いことに、バスケ部のお仕事だ。
スマホを持ち込み、データチェックをしていたのだが。

「失礼します。」
ドアが開き、女子生徒の声が聞こえた。
黒子は少しだけ残念な気分になる。
せっかく保健室独占状態だったのに。
保健室の教諭はマラソン大会の仮設の救護場所に詰めていた。
だからここには誰も来ないと思っていたのだ。

さてどうしたものか。
おそらく女子生徒は黒子に気付いていない。
一応いると知らせるべきか、このまま知らん顔で寝てしまうか。
迷っているうちに、本当に眠気がしてきた。
寝てて気づかなかったってことにしようと思った途端、眠気が一気に吹き飛んだ。
もう1度ドアが開き、別の生徒が入って来たからだ。

「比企谷君」
先に来ていた女子生徒が、後から来た生徒を呼ぶ。
ここでようやく黒子は女子生徒が雪ノ下雪乃だと気付いた。
失敗した。さっさと出ておくべきだった。
この2人はきっと黒子が寝てて気づかなかったなどとは信じないだろう。

「どうしたんだ。お前?」
「少し休んでいたら棄権させられたのよ。比企谷君はケガ?」
「ああ。ちょっとな」

2人はお互いがここにいる理由を確認する。
そしてやがて雪ノ下が比企谷のケガの手当てを始めた。
黒子は内心「こいつら、何してくれてんだ」と悪態をつく。
なぜならカーテンで仕切られたこの空間にも、甘い空気が流れてきたからだ。
文字にしてしまえば、雪ノ下が比企谷をひたすらディスっている。
だがその口調も、答える比企谷の声も妙に甘い。

「葉山君と走っていたようだけど、何か聞けたの?」
「ああ。少なくても理系じゃないな。」

やがて2人の話題は葉山のことになる。
黒子はやっぱり依頼だったのかと思った。
それにしても結構騒いでいたわりには「理系じゃない」って。
かなり大雑把な答えに、黒子は肩を落とした。
だけど2人の雰囲気からすると、これで充分な答えなのだろう。

「進路、どっちに進むか聞いてもいいか?」
甘酸っぱい沈黙を破るように、比企谷がそう言った。
雪ノ下が「あなたがそう言うことを聞くのって初めてね」と不思議そうな声を上げる。
ああ。糖度が増した気がする。
それになんだろう。このジレジレ感は。

「そろそろ教室もどるわ」
比企谷がそう言った時には、黒子は心底ホッとした。
もう10分もこのやりとりが続いたら、ここから飛び出してヤジを飛ばしてしまう気がする。
もうさっさと付き合ってしまえと。

だがこのシーンはここで終わらなかった。
比企谷がガラリとドアを開けた瞬間「っとぉっ!びっくりしたぁ!」と声を上げる。
そして第3の人物が「ヒッキー」と答えた。
由比ヶ浜結衣が登場し、奉仕部のトライアングルが完成したのだ。

やがてガヤガヤと3人が出ていく。
そして沈黙が戻った保健室で、黒子は「ハァァ」と盛大にため息をついた。
なんでこんなところで、ラブコメを見せられなくちゃならないのか。
そりゃ結果的に立ち聞きしてしまった黒子に非がないとは言えない。
だけどあんな甘ったるい空気を無自覚にまき散らす彼らの方が、悪いと思う。

でもちょっとうらやましい。
黒子はベットから起き上がりながら、もう1度ため息だ。
彼らのラブコメはこちらが赤面してしまうほど、キラキラと眩しい。
おそらく黒子にはそんな恋愛はきっと訪れないだろう。

かくしてマラソン大会は終わった。
葉山の進路の話も、どうやらフワッと着地したようだ。
そして黒子の古傷もそれ以上痛むことはなく、冬は穏やかに過ぎて行った。

【続く】
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