「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【比企谷八幡の年末年始は、微妙だけど平和だった。】
「足、痛むのか?」
俺は目の前の影が薄い男にそう聞いた。
深い意味などない。
ただ単純に会話の隙間を埋めるだけの言葉だった。
年末も差し迫った12月某日、すでに冬休み。
だけど俺は学校に来ていた。
クリスマスに行なわれた他校との合同クリスマスイベント。
その残務処理のためだった。
なんていうとカッコいいけど、実際は雑用だ。
使った道具類の片付けとか、使った経費の計算とかそんなヤツ。
校門を抜けて、生徒会室に向かう。
今回は奉仕部じゃなくて、生徒会主催だからな。
だけどその途中、俺はふと足を止めた。
今日は雪ノ下も由比ヶ浜も一色も来ない。
1人で作業をするつもりだった。
それなのに、数メートル先に知っている人物を見つけたのだ。
「試合に出ていないのに、行けませんよ。」
「いえ。借りているアパートで年越しします。」
「大丈夫ですよ。」
「本当に大丈夫ですから。」
こちらに背を向け、スマホを手に話しているのは黒子だった。
そういやウィンターカップって、今日が決勝だったな。
黒子はおそらく観戦、いや偵察?
とにかく試合を見た帰りだろう。
これからデータ整理でもするつもりなのか。
俺はそのまま黒子の後ろにいた。
追い抜いていくのも、何だか素っ気ない。
とりあえず顔を合わせるのは年内最後だろうし、軽く挨拶くらいしておくか。
そんな軽いノリだ。
そして「すみません」と電話を切った黒子に、気配を殺してそっと近づいた。
「お前、正月1人なの?」
俺は前置きもなく、至近距離から声をかけた。
今年最後だし、驚かしてやろうと思ったんだ。
だけど黒子は至って冷静に「こんにちは」と振り返った。
何だ、この微妙な敗北感。
ここは突然出現した俺に、悲鳴の1つも上げて欲しかったんだけど。
「こんにちは。比企谷君。クリスマスイベントのことはすみませんでした。」
黒子は頭を下げた。
俺は軽く「別にいいよ」と受け流す。
褒めて欲しいぞ。このポーカーフェイス。
微妙な敗北感を、見事に隠しおおせたからな。
それにしても律儀なヤツだ。
実はイベントに人手が欲しくて、バスケ部に声をかけたんだ。
だけどウィンターカップとかぶるからってことわられた。
それなら仕方ない。
元々ダメ元だったし、実際何とかなったし。
俺としてはそんなノリだったけど、黒子はすまないと思ってくれてたようだ。
「次に何かあったときには、お手伝いします。」
「ありがたいけど、俺としちゃあ何もない方がありがたい。」
俺たちは顔を見合わせ、苦笑し合った。
そして黒子はそのまま立ち去ろうとする。
だけど俺はそんな黒子に「足、痛むのか?」と聞いた。
黒子はこの寒さで足が痛むらしい。
それを俺はある人物から聞かされていた。
その上、年末年始は1人だって話だ。
だから何だか気になった。
基本的に人とうまくやれない、友人が作れない、正真正銘の「ぼっち」。
黒子はそんな俺が唯一、あまり気を使うことなく話せる相手なんだ。
だけど黒子は「あれ?」と首を傾げる。
そして「比企谷君にその話、しましたっけ?」と聞いてきた。
そこで俺は顔をしかめてしまった。
俺としたことが、失敗だ。
だが黒子はすぐに察してしまったらしい。
情報源は雪ノ下陽乃であることを。
「比企谷君は本当にモテますね。」
黒子はいつもの無表情のまま、痛烈な皮肉を噛ましてきた。
まったく掴めない男。
ほんの少しでも心配した俺が、バカみたいじゃないか。
「何の冗談?笑えねーけど」
黒子の皮肉に、俺はささやかに抵抗する。
だけど黒子は澄ました顔で「冗談じゃなく本気ですよ」と切り返してきた。
*****
「あ~、比企谷君だぁ」
人混みの中、見知った顔の女が俺に手を振る。
俺は何とか平静を装うと「どうも」と頭を下げた。
周囲からは嫉妬や羨望の視線を感じたが、俺としてはとても喜べなかった。
時は少し戻って、クリスマスイベントの数日前。
俺は千葉駅まで来ていた。
イベントまであと少し、準備を進める中、ちょこまかと足りないものがあった。
そこでまとめて買い出しに来ていたのだ。
「ええと。ガムテープと厚紙、それとケーキの飾りのトッパー?って何?」
俺は頼まれたものを書き留めたメモを見た。
舞台の小道具用の備品なら、だいたいわかる。
だけど雪ノ下に頼まれたケーキ用のアイテムなんてさっぱりわからん。
こりゃ駅ビルの中の東急ハンズに言って、店員さんを頼るのが正解かな。
そんなことを考えていたから、駆け寄って来た女に気付くのが遅れた。
「あ~、比企谷君だぁ」
ニコニコと屈託のない。。。ように見える笑顔で手を振る雪ノ下陽乃。
言わずと知れた雪ノ下雪乃の姉貴で、妹とは違うタイプの俺の苦手な美女だ。
「何、買い物~?」
雪ノ下陽乃はグイッと俺に顔を近づけた。
相変わらず無駄に距離が近い。
俺は静かに後ずさりながら「どうも」と頭を下げる。
さり気なく離れたつもりだったが、彼女のお気には召さなかったようだ。
「相変わらずだね~」
「ええ。まぁ。陽乃さんも買い物ですか?」
「うん。まぁね。君も?」
「はい。イベントの買い出しで」
だから急いでます。
俺は暗にそう告げたつもりだった。
でも雪ノ下陽乃は「ふ~ん」と探るような目で俺を見た。
早く別れたいという俺の気持ちは無視だ。
気付かないんじゃない。
気付いていて、敢えて無視してるんだ。
「黒子君と一緒ってわけじゃないんだ。」
「え?何のことですか?」
「ついさっき黒子君に会ったからね。」
「へぇ」
意外な人物の名を出され、俺は素直に驚いた。
何で今ここで黒子?
あの浮世離れした影の薄い男が何しにここへ。
すると雪ノ下陽乃はニコッと笑った。
その表情は彼女を知らない人には人懐っこく見えるかもしれない。
だが俺にはなんだか邪悪なものに思えた。
「何かね。湯たんぽか電気毛布的なものを買いに来たんだって」
「何ですかそれ。年寄りみたいっすね。」
「寒さで古傷が痛むって言ってた。」
俺は思わず息を飲んだ。
古傷。事故のか。
あいつ、今までそんな素振りをまったく見せなかった。
少なくても学校では。
「随分打ち解けたんですね。」
「何のこと?」
「陽乃さんと黒子ですよ。古傷の話するほど仲良くなったんすか?」
「違う。逆よ。」
不意に雪ノ下陽乃から笑顔が消えた。
口調もきつくなり、俺は驚いて彼女を見る。
その顔は泣いているようにも怒っているようにも見えた。
「彼は私の事なんて全然気にしてない。」
「そうすかね?」
「そうなのよ。あの感じがたまらなく嫌い。」
珍しく冷たく言い放った雪ノ下陽乃に、俺は思わず「なるほど」と思った。
黒子が古傷の話をしたのは、どうでも良い相手だったから。
あいつは人間観察のスペシャリストで、相対する人間の本質を見抜く。
その結果、まったく警戒されないことに雪ノ下陽乃のプライドが傷ついているんだ。
黒子テツヤ。恐るべし。
俺は改めてキセキの世代に名を連ねる男の凄さを知った。
それに引き換え、俺は小さい。
雪ノ下姉妹にはまるで歯が立たず、常に振り回されているんだから。
*****
「あけましておめでとうございます。」
影が薄い男が頭を下げた。
俺は「ああ。おめでと」と答えながら、その後ろにひかえる派手な男たちを見た。
何とか無事に終わったクリスマスイベントから1週間後、年が明けた。
俺はもうすぐ受験の妹、小町と一緒に初詣にやって来た。。。はずだった。
どういう意味だって?
小町と2人きりのつもりが、なぜか見知った2人と合流したからだ。
雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
毎度おなじみの奉仕部の女子2人だ。
もちろん偶然などではなく、小町が呼んだのだろう。
もしかして兄貴と2人なのが嫌なのか?
何だか地味に傷つくんだけど。
結局4人で参拝を済ませ、俺たちは参道を引き返す。
その時、向こうからどこかで見たような一団が現れた。
彼らは今から参拝をするのだろう。
どんどん近くなるそいつらは無駄に目立っていた。
そりゃそうだよな。
平均身長190センチ超、やたらとオーラがある5人組。
しかも有名人だ。
そこここから「キセキの世代!」「うそ!どうして?」なんて声がする。
すれ違うほど近くに来た時、一団の中から1人の男が1歩進み出た。
俺は思わず「うわ!」と声を上げる。
5人のオーラの強さに完全に隠れていた影の薄い男。
幻の6人目(シックスマン)こと黒子テツヤだ。
「あけましておめでとうございます。」
相変わらず無駄に律儀な黒子が頭を下げた。
俺は「ああ。おめでと」と軽く応じる。
雪ノ下と由比ヶ浜も「おめでとう」と声をかけた
そして俺らの視線は黒子の後ろの色とりどりの派手な5人組に移った。
「何でまだ千葉の神社に、キセキの世代御一行様が?」
俺は少々皮肉を込めて聞いてみた。
正月、黒子は1人で静かに過ごすって聞いていた。
だから少し心配はしてたんだ。
それなのにこのド派手な登場、心配した分損した気分だ。
「ボクだって予想外です。読書三昧の正月のはずでした。」
「そうなの?」
「ああ。俺たちが黒子の家に突撃したんだ。」
会話に割って入ったのは赤の帝王、赤司征十郎だった。
残りの4人はすっとぼけた顔をしている。
だけど目も口元も笑っていた。
おそらく赤司さんが黒子の家にサプライズ訪問を企てた。
そして残りの連中はめんどくさいって顔をしつつ、乗っかったってわけか。
「おかげで静かなお正月が台無しです。」
「黒子っち、冷たいっすね。」
「だな。テツ、素直に泣いて喜べ。」
「っていうか、さっさと終わらせようよ~!」
「お前たち、真面目にやれ。初詣は大事だぞ!」
無駄に目立つ男たちが子供のようにはしゃいでいる。
呆気にとられる俺たち。
だが小町だけは別だった。
不意に現れたキセキの世代に「うっそぉ!」と興奮している。
「キセキの世代!カッコいい!」
「あれ?俺らのファンっすか?よかったら一緒に写真でも!」
「よかったら、ボクが撮ります。」
「サンキューっす。黒子っち!」
奉仕部3人が固まっている間に、小町はキセキの世代と写真を撮った。
しかも幻の6人目(シックスマン)にシャッターを押させて。
我に返った由比ヶ浜が「小町ちゃん、それレア写真!」と笑っている。
だが俺としては、小町の目がハートマークになっているのが気になった。
まさかこの中の誰かに惚れてたりしないだろうな!?
「それじゃ比企谷君。また学校で」
黒子が頭を下げて、参拝に向かう。
キセキの世代の面々は手を振りながら、その後をついて行った。
俺たちはそれを呆然と見送った。
あんな連中を従えて、平然と歩ける黒子ってやっぱりすげぇ。
「何か正月早々すごい人たち見ちゃった!もしかしてこれで運とか使い切ったりして」
「やめろ。縁起でもない。」
はしゃぐ小町に釘を刺して、俺はゆっくりと歩き出した。
こんなんで運を使い切ってたまるか。
っていうか、万が一小町が受験に失敗したら、ぜったいヤツらに責任を取らせてやる。
俺の、いや奉仕部の新年はこんなしまらない感じで幕を開けた。
今年もいろいろあるんだろうけど、とりあえずは平和だ。
【続く】
「足、痛むのか?」
俺は目の前の影が薄い男にそう聞いた。
深い意味などない。
ただ単純に会話の隙間を埋めるだけの言葉だった。
年末も差し迫った12月某日、すでに冬休み。
だけど俺は学校に来ていた。
クリスマスに行なわれた他校との合同クリスマスイベント。
その残務処理のためだった。
なんていうとカッコいいけど、実際は雑用だ。
使った道具類の片付けとか、使った経費の計算とかそんなヤツ。
校門を抜けて、生徒会室に向かう。
今回は奉仕部じゃなくて、生徒会主催だからな。
だけどその途中、俺はふと足を止めた。
今日は雪ノ下も由比ヶ浜も一色も来ない。
1人で作業をするつもりだった。
それなのに、数メートル先に知っている人物を見つけたのだ。
「試合に出ていないのに、行けませんよ。」
「いえ。借りているアパートで年越しします。」
「大丈夫ですよ。」
「本当に大丈夫ですから。」
こちらに背を向け、スマホを手に話しているのは黒子だった。
そういやウィンターカップって、今日が決勝だったな。
黒子はおそらく観戦、いや偵察?
とにかく試合を見た帰りだろう。
これからデータ整理でもするつもりなのか。
俺はそのまま黒子の後ろにいた。
追い抜いていくのも、何だか素っ気ない。
とりあえず顔を合わせるのは年内最後だろうし、軽く挨拶くらいしておくか。
そんな軽いノリだ。
そして「すみません」と電話を切った黒子に、気配を殺してそっと近づいた。
「お前、正月1人なの?」
俺は前置きもなく、至近距離から声をかけた。
今年最後だし、驚かしてやろうと思ったんだ。
だけど黒子は至って冷静に「こんにちは」と振り返った。
何だ、この微妙な敗北感。
ここは突然出現した俺に、悲鳴の1つも上げて欲しかったんだけど。
「こんにちは。比企谷君。クリスマスイベントのことはすみませんでした。」
黒子は頭を下げた。
俺は軽く「別にいいよ」と受け流す。
褒めて欲しいぞ。このポーカーフェイス。
微妙な敗北感を、見事に隠しおおせたからな。
それにしても律儀なヤツだ。
実はイベントに人手が欲しくて、バスケ部に声をかけたんだ。
だけどウィンターカップとかぶるからってことわられた。
それなら仕方ない。
元々ダメ元だったし、実際何とかなったし。
俺としてはそんなノリだったけど、黒子はすまないと思ってくれてたようだ。
「次に何かあったときには、お手伝いします。」
「ありがたいけど、俺としちゃあ何もない方がありがたい。」
俺たちは顔を見合わせ、苦笑し合った。
そして黒子はそのまま立ち去ろうとする。
だけど俺はそんな黒子に「足、痛むのか?」と聞いた。
黒子はこの寒さで足が痛むらしい。
それを俺はある人物から聞かされていた。
その上、年末年始は1人だって話だ。
だから何だか気になった。
基本的に人とうまくやれない、友人が作れない、正真正銘の「ぼっち」。
黒子はそんな俺が唯一、あまり気を使うことなく話せる相手なんだ。
だけど黒子は「あれ?」と首を傾げる。
そして「比企谷君にその話、しましたっけ?」と聞いてきた。
そこで俺は顔をしかめてしまった。
俺としたことが、失敗だ。
だが黒子はすぐに察してしまったらしい。
情報源は雪ノ下陽乃であることを。
「比企谷君は本当にモテますね。」
黒子はいつもの無表情のまま、痛烈な皮肉を噛ましてきた。
まったく掴めない男。
ほんの少しでも心配した俺が、バカみたいじゃないか。
「何の冗談?笑えねーけど」
黒子の皮肉に、俺はささやかに抵抗する。
だけど黒子は澄ました顔で「冗談じゃなく本気ですよ」と切り返してきた。
*****
「あ~、比企谷君だぁ」
人混みの中、見知った顔の女が俺に手を振る。
俺は何とか平静を装うと「どうも」と頭を下げた。
周囲からは嫉妬や羨望の視線を感じたが、俺としてはとても喜べなかった。
時は少し戻って、クリスマスイベントの数日前。
俺は千葉駅まで来ていた。
イベントまであと少し、準備を進める中、ちょこまかと足りないものがあった。
そこでまとめて買い出しに来ていたのだ。
「ええと。ガムテープと厚紙、それとケーキの飾りのトッパー?って何?」
俺は頼まれたものを書き留めたメモを見た。
舞台の小道具用の備品なら、だいたいわかる。
だけど雪ノ下に頼まれたケーキ用のアイテムなんてさっぱりわからん。
こりゃ駅ビルの中の東急ハンズに言って、店員さんを頼るのが正解かな。
そんなことを考えていたから、駆け寄って来た女に気付くのが遅れた。
「あ~、比企谷君だぁ」
ニコニコと屈託のない。。。ように見える笑顔で手を振る雪ノ下陽乃。
言わずと知れた雪ノ下雪乃の姉貴で、妹とは違うタイプの俺の苦手な美女だ。
「何、買い物~?」
雪ノ下陽乃はグイッと俺に顔を近づけた。
相変わらず無駄に距離が近い。
俺は静かに後ずさりながら「どうも」と頭を下げる。
さり気なく離れたつもりだったが、彼女のお気には召さなかったようだ。
「相変わらずだね~」
「ええ。まぁ。陽乃さんも買い物ですか?」
「うん。まぁね。君も?」
「はい。イベントの買い出しで」
だから急いでます。
俺は暗にそう告げたつもりだった。
でも雪ノ下陽乃は「ふ~ん」と探るような目で俺を見た。
早く別れたいという俺の気持ちは無視だ。
気付かないんじゃない。
気付いていて、敢えて無視してるんだ。
「黒子君と一緒ってわけじゃないんだ。」
「え?何のことですか?」
「ついさっき黒子君に会ったからね。」
「へぇ」
意外な人物の名を出され、俺は素直に驚いた。
何で今ここで黒子?
あの浮世離れした影の薄い男が何しにここへ。
すると雪ノ下陽乃はニコッと笑った。
その表情は彼女を知らない人には人懐っこく見えるかもしれない。
だが俺にはなんだか邪悪なものに思えた。
「何かね。湯たんぽか電気毛布的なものを買いに来たんだって」
「何ですかそれ。年寄りみたいっすね。」
「寒さで古傷が痛むって言ってた。」
俺は思わず息を飲んだ。
古傷。事故のか。
あいつ、今までそんな素振りをまったく見せなかった。
少なくても学校では。
「随分打ち解けたんですね。」
「何のこと?」
「陽乃さんと黒子ですよ。古傷の話するほど仲良くなったんすか?」
「違う。逆よ。」
不意に雪ノ下陽乃から笑顔が消えた。
口調もきつくなり、俺は驚いて彼女を見る。
その顔は泣いているようにも怒っているようにも見えた。
「彼は私の事なんて全然気にしてない。」
「そうすかね?」
「そうなのよ。あの感じがたまらなく嫌い。」
珍しく冷たく言い放った雪ノ下陽乃に、俺は思わず「なるほど」と思った。
黒子が古傷の話をしたのは、どうでも良い相手だったから。
あいつは人間観察のスペシャリストで、相対する人間の本質を見抜く。
その結果、まったく警戒されないことに雪ノ下陽乃のプライドが傷ついているんだ。
黒子テツヤ。恐るべし。
俺は改めてキセキの世代に名を連ねる男の凄さを知った。
それに引き換え、俺は小さい。
雪ノ下姉妹にはまるで歯が立たず、常に振り回されているんだから。
*****
「あけましておめでとうございます。」
影が薄い男が頭を下げた。
俺は「ああ。おめでと」と答えながら、その後ろにひかえる派手な男たちを見た。
何とか無事に終わったクリスマスイベントから1週間後、年が明けた。
俺はもうすぐ受験の妹、小町と一緒に初詣にやって来た。。。はずだった。
どういう意味だって?
小町と2人きりのつもりが、なぜか見知った2人と合流したからだ。
雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
毎度おなじみの奉仕部の女子2人だ。
もちろん偶然などではなく、小町が呼んだのだろう。
もしかして兄貴と2人なのが嫌なのか?
何だか地味に傷つくんだけど。
結局4人で参拝を済ませ、俺たちは参道を引き返す。
その時、向こうからどこかで見たような一団が現れた。
彼らは今から参拝をするのだろう。
どんどん近くなるそいつらは無駄に目立っていた。
そりゃそうだよな。
平均身長190センチ超、やたらとオーラがある5人組。
しかも有名人だ。
そこここから「キセキの世代!」「うそ!どうして?」なんて声がする。
すれ違うほど近くに来た時、一団の中から1人の男が1歩進み出た。
俺は思わず「うわ!」と声を上げる。
5人のオーラの強さに完全に隠れていた影の薄い男。
幻の6人目(シックスマン)こと黒子テツヤだ。
「あけましておめでとうございます。」
相変わらず無駄に律儀な黒子が頭を下げた。
俺は「ああ。おめでと」と軽く応じる。
雪ノ下と由比ヶ浜も「おめでとう」と声をかけた
そして俺らの視線は黒子の後ろの色とりどりの派手な5人組に移った。
「何でまだ千葉の神社に、キセキの世代御一行様が?」
俺は少々皮肉を込めて聞いてみた。
正月、黒子は1人で静かに過ごすって聞いていた。
だから少し心配はしてたんだ。
それなのにこのド派手な登場、心配した分損した気分だ。
「ボクだって予想外です。読書三昧の正月のはずでした。」
「そうなの?」
「ああ。俺たちが黒子の家に突撃したんだ。」
会話に割って入ったのは赤の帝王、赤司征十郎だった。
残りの4人はすっとぼけた顔をしている。
だけど目も口元も笑っていた。
おそらく赤司さんが黒子の家にサプライズ訪問を企てた。
そして残りの連中はめんどくさいって顔をしつつ、乗っかったってわけか。
「おかげで静かなお正月が台無しです。」
「黒子っち、冷たいっすね。」
「だな。テツ、素直に泣いて喜べ。」
「っていうか、さっさと終わらせようよ~!」
「お前たち、真面目にやれ。初詣は大事だぞ!」
無駄に目立つ男たちが子供のようにはしゃいでいる。
呆気にとられる俺たち。
だが小町だけは別だった。
不意に現れたキセキの世代に「うっそぉ!」と興奮している。
「キセキの世代!カッコいい!」
「あれ?俺らのファンっすか?よかったら一緒に写真でも!」
「よかったら、ボクが撮ります。」
「サンキューっす。黒子っち!」
奉仕部3人が固まっている間に、小町はキセキの世代と写真を撮った。
しかも幻の6人目(シックスマン)にシャッターを押させて。
我に返った由比ヶ浜が「小町ちゃん、それレア写真!」と笑っている。
だが俺としては、小町の目がハートマークになっているのが気になった。
まさかこの中の誰かに惚れてたりしないだろうな!?
「それじゃ比企谷君。また学校で」
黒子が頭を下げて、参拝に向かう。
キセキの世代の面々は手を振りながら、その後をついて行った。
俺たちはそれを呆然と見送った。
あんな連中を従えて、平然と歩ける黒子ってやっぱりすげぇ。
「何か正月早々すごい人たち見ちゃった!もしかしてこれで運とか使い切ったりして」
「やめろ。縁起でもない。」
はしゃぐ小町に釘を刺して、俺はゆっくりと歩き出した。
こんなんで運を使い切ってたまるか。
っていうか、万が一小町が受験に失敗したら、ぜったいヤツらに責任を取らせてやる。
俺の、いや奉仕部の新年はこんなしまらない感じで幕を開けた。
今年もいろいろあるんだろうけど、とりあえずは平和だ。
【続く】