「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤは色彩鮮やかな仲間たちの最後の冬を見届け、孤独を楽しむ。】
「来年、ボクらは全国制覇します。」
黒子は淡々とした態度で、大胆不敵な宣言をした。
にわかに失笑する気配が感じられたが、知ったことではなかった。
今年は何だか女性が多い。
それが黒子の率直な感想だった。
ここは東京体育館。
全国高等学校バスケットボール選手権大会、通称ウィンターカップの開会式が行われていた。
一昨年の冬、黒子は選手として出場した。
昨年はケガで入院しており、出場どころか観戦さえできなかった。
つまり純粋に観客なのは初めてで、確証はない。
だけどやはり今年は客席に若い女性客が多い気がするのだ。
「さすがキセキの世代のラストイヤーだよな。」
「ああ。その証拠に女子が多い。」
「黄色い声援も多いよな~」
同行したバスケ部員たちの話を聞いて、やはりそうかと思った。
キセキと呼ばれた彼らのラストイヤー。
だからこの大会は異様に盛り上がっているのだ。
出場する全選手が並ぶ開会式、その中でも彼らは目立つ。
そして彼らの名前を呼ぶ、甲高い声は妙に耳障りだった。
何でそんなにモテるんだろう。
黒子は小さく首を傾げた。
彼らは天才であり、バスケ選手としては尊敬できる。
だが私生活ではクセが強い、結構めんどくさい人たちなのだ。
誰を恋人にしても、疲れることは間違いない。
でもまぁ人のことは言えないか。
黒子は2年前に一緒にこの舞台に立った相棒のことを思った。
キセキならざるキセキと呼ばれた、もう1人の天才。
彼を思い出すときに感じる、痛みに似たこの想い。
だけど今は敢えて、その感情に蓋をする。
「それにしても、開会式から見る必要があるのか?」
バスケ部主将の塔ノ沢が今さらな問いを口にした。
もちろんその相手はコーチである黒子だ。
その問いはある意味、もっともなことではあった。
試合ならともかく、開会式を見たところでプレイの参考にはならない。
それに来年の今頃はこの舞台に立つのが、バスケ部の目標だ。
それならこの時間を練習に当てた方がよいのではなかろうか。
バスケ部員たちはそんなことを思っているようだ。
「見ておいた方が良いですよ。この雰囲気を知っておくために。」
「緊張感?」
「はい。開会式って意外に緊張するんです。だからこの空気を味わっておいた方が良いです。」
「そういうものか。」
「はい。いかにベストな状態を保つかが重要なので。」
全員開会式から見ると決めたのは、コーチである黒子だった。
この独特な緊張感を味わっておいて欲しかったのだ。
ちなみに黒子が初めて公式戦に出場したのは、中学の頃。
雰囲気に飲まれて、緊張して転んで鼻血を出したのは今でも苦い思い出だ。
あのときはチームメイトが場慣れしており、さらに強かったから、何のことはなかったが。
とにかく慣れておくに越したことはない。
やがて開会式は終わった。
塔ノ沢が「俺ら、先に帰った方がいいか?」と聞いてくる。
気を利かせてくれているのだ。
昔の仲間に会ってきたいなら、彼らを気にする必要はないと。
だが黒子は「一緒に帰りますよ」と答えた。
彼らはこれから高校最後の戦いに挑むのだ。
黒子は完全に部外者、さっさと帰るに限る。
だがそれはできなかった。
なぜなら開会式を取材に来ていた一部のマスコミが黒子に気付いてしまったのである。
「黒子テツヤ君だよね。事故で去年は欠場していたそうだけど。」
「今日はかつての仲間の活躍を見に来たの?」
「確か長く入院していて、まだ2年生なんだよね?」
黒子は数名の記者たちに囲まれ、質問攻めにされてしまった。
バスケ部員たちはその輪から弾き出されて、心配そうにこちらを見ている。
黒子は「すみません」と頭を下げて、立ち去ろうとする。
だが「今もバスケを続けてるの?」と問われて、足を止めた。
「今は千葉の総武高校のバスケ部でコーチをしています。」
「え?コーチ?」
「はい。来年、ボクらは全国制覇します。」
黒子は淡々とした態度で、大胆不敵な宣言をした。
塔ノ沢たちが慌てているのが見えたが、関係ない。
黒子はさらに「今日はその下見にきました」と続ける。
記者たちは予想外の答えに驚いている。
中には失笑する者もいるが、知ったことではなかった。
「さぁ。帰りましょう。」
記者たちを振り切るようにして、黒子は歩き出した。
バスケ部員たちの顔は強張って、固まっている。
なんてことを言うんだと言わんばかりだ。
だけど黒子は「来年はボクらが主役です」ときっぱりと言い放った。
*****
「君、黒子君だっけ?」
若い女性に呼び止められた黒子は、一瞬首を傾げる。
だがすぐに彼女が誰かを思い出し「こんにちは」と頭を下げた。
ウィンターカップは進み、大会3日目が終わった。
今は3回戦、キセキの世代の面々を擁する5校はすべて勝ち残っている。
この日も黒子はバスケ部を引き連れて、観戦した。
そして千葉に帰って来た夕方、千葉駅周辺の喧騒の中にいた。
人混みは好きじゃない。
黒子は今さらのようにそんなことを思う。
だけど背に腹は代えられない。
どうしても必要な買い物があったからだ。
目指すは駅にほど近い家電量販店だった。
黒子は駅を出て、ゆっくりと歩いていく。
だが駅前のファッションビルの前で「君、黒子君だっけ?」と声をかけられた。
この人、どこかで。
見覚えがある若い女性に、黒子は一瞬首を傾げる。
だがすぐに思い出した。
彼女は文化祭の時、実行委員の部屋にいた。
奉仕部の雪ノ下雪乃の姉、陽乃だ。
「こんにちは」
黒子は静かに頭を下げた。
陽乃は「1人で何をしているの?」と聞いてくる。
黒子は素直に「買い物です」と答えた。
「買い物って」
「湯たんぽか電気毛布的なものを買おうと思って」
「何それ。若いのに」
「この寒さで古傷が痛むんです。」
黒子は正直に白状した。
というか、隠すことではない。
事故に遭った黒子の負傷した足は、もうほぼ完治している。
念のため経過観察とリハビリを続けてはいる。
だけど痛みはないし、もう何もないと思っていたのだ。
でもそんなに簡単な話ではないと思い知ったのは最近のことだ。
冬になって、ときどき痛むようになったのだ。
学校にいるときは問題ない。
だけど朝晩の気温が低い時間帯にじんわりと痛むのだ。
ちなみに黒子の今の住処は殺風景な安アパートだった。
どうせ残りの短い高校生活の間の住処なので、思い切りケチっている。
つまりまともな暖房器具もない状態だった。
そこでなけなしの金をはたいて、とりあえず足を温めるものを買うつもりだった。
「へぇぇ。いろいろ大変なんだ。」
「ええ。まぁ。」
黒子は一礼すると、その場を去ろうとする。
だが「ねぇ」と呼び止められた。
黒子は歩き出そうとした足を止めて「なんですか?」と聞き返した。
「それ、あたしが買ってあげようか?」
「え?」
「あなたは雪乃ちゃんの友だちだし、それくらいさせてよ。」
「いえ。結構です。」
「あれ~?友だちのお姉さんからのプレゼント、欲しくない?」
妙に挑発的な口調に、黒子は頬を緩めた。
確か比企谷はこの人のことを苦手にしていたように思う。
実際、人を試すような態度に振り回される感じはある。
だけど黒子はそんな人間に心当たりがあった。
雪ノ下陽乃は、赤司に似ていると思う。
今の赤司ではなく2年前までの、人格が2つ宿っていた頃の赤司だ。
人に優しく頼れる主将と、自分の意に反する者にはひどく冷酷な暴君。
かつての赤司の中にはその2人が同居し、せめぎ合っていた。
だけどそれは不安の表れだったのだ。
時に優しく、時に冷酷に、人を振り回す赤司の中には、傷つきやすい少年がいた。
彼は硬い殻で自分を守っていたのだ。
雪ノ下陽乃はそんな赤司にどこかダブって見えた。
「お気持ちだけいただきます。欲しいものは自分で買いますよ。」
「わかった。やっぱりあたし、あなたが苦手だわ。」
「そうですか?」
「うん。何か見透かされている感じがする。特にその目が怖い。」
「心外です。」
黒子は一応抗議したが、実際は気にならなかった。
雪ノ下陽乃に気に入られていないことは、何となくわかったからだ。
逆に彼女は比企谷のことは気に入っている。
比企谷にあって、黒子にないもの。
それはきっと人として大事なものなのだろう。
「もう頑張るのはやめる。あなたに会っても声はかけないわ。」
「わかりました。ボクもスルーの方がいいんですよね。」
「うん。できればそうして。」
こうして意外な人物との再会は、意外な結末で終わった。
その後、黒子は家電量販店に出向き、電気毛布を購入した。
何だか心が落ち着かない1日の締めくくり。
とりあえず良い買い物が出来たので、良しとしておく。
*****
「本当に大丈夫ですから。」
黒子はスマホの向こうの相手に念を押す。
そしてまったくみんな心配性だと苦笑した。
年末も差し迫った12月某日、すでに冬休み。
だけど黒子は学校に来ていた。
今日はウインターカップの最終日。
観戦を終えた黒子は登校し、部室に向かっていた。
キセキの世代最後のウインターカップは大いに盛り上がった。
ベスト4は彼らで独占。
まさにキセキ一色の大会だった。
それでも注目は彼らだけではない。
次世代の主要選手やその学校の試合もチェックできた。
必要な試合は撮影し、データを取った。
黒子はそれらを整理するために、学校に来たのだった。
学校は人が少なく、閑散としていた。
それどころか生徒が1人もいない。
当然だ。
多くの生徒は冬休み、グラウンドも体育館も使用禁止期間だ。
少なくても運動系の部で登校しているのは、黒子だけだろう。
黒子は校門を抜けると、まっすぐ部室に向かう。
だがその途中でコートのポケットのスマホが鳴る。
黒子は足を止めると、通話ボタンを押した。
『黒子』
「こんにちは。赤司君。ウィンターカップお疲れ様でした。」
『見てくれたんだな。』
「もちろんです。」
電話をかけてきたのは赤司だった。
だけどその背後から『黒子っち~!』『テツ』などと声がする。
どうやらキセキの世代が集合しているらしい。
『最後の大会の後だからな。みんなで集まっていた。』
「そうですか。」
『お前も来ればよかったのに。』
「試合に出ていないのに、行けませんよ。」
暖かい赤司の声と、それに被さるかつての仲間たちの声。
それを聞いた黒子は頬を緩めた。
ケガで長くバスケから離れた自分をこんなに気にかけてくれるとは。
友人とはまったくありがたい。
『ところでお前、正月は実家に帰るんだろう?』
「いえ。借りているアパートで年越しします。」
『え?大丈夫か?』
「大丈夫ですよ。」
『俺は東京に戻るから、実家に帰らないならうちに来ないか?』
「本当に大丈夫ですから。」
心配そうな赤司、そして仲間たちの声が聞こえる。
黒子は苦笑しながら「大丈夫ですから」と繰り返した。
そしてなおも食い下がろうとする彼らに「すみません」と告げて、電話を切った。
「お前、正月1人なの?」
スマホをポケットに入れて歩き出そうとしたとき、また声をかけられた。
黒子は「こんにちは」と振り返る。
立っていたのはお馴染みの顔。比企谷だ。
どうやら電話を聞かれていたらしい。
「こんにちは。比企谷君。クリスマスイベントのことはすみませんでした。」
黒子は静かに頭を下げた。
奉仕部は他校とのクリスマスイベントで忙しかったはずだ。
実は手伝いを頼まれたのだが、ことわってしまったのだ。
イベントはウィンターカップともろかぶりで、どうにもならなかった。
「別にいいよ。イベントはどうにかなったし。」
「次に何かあったときには、お手伝いします。」
「ありがたいけど、俺としちゃあ何もない方がありがたい。」
2人は顔を見合わせ、苦笑し合った。
奉仕部は誰かを助ける部であり、ヒマな方が世の中は平和なのだ。
黒子はそのまま頭を下げて、立ち去ろうとする。
だが比企谷が「足、痛むのか?」と聞いてきた。
「あれ?比企谷君にその話、しましたっけ?」
黒子が思わず聞き返すと、比企谷が顔をしかめた。
その表情でわかる。
おそらく雪ノ下陽乃から聞いたのだろう。
「比企谷君は本当にモテますね。」
黒子は雪ノ下陽乃の皮肉っぽい笑顔を思い出しながら、そう言った。
彼女は黒子との偶然の再会を、見事に話のネタにしたのだから。
比企谷が顔をしかめながら「何の冗談?笑えねーけど」と呻く。
だけど黒子は澄ました顔で「冗談じゃなく本気ですよ」と答えた。
【続く】
「来年、ボクらは全国制覇します。」
黒子は淡々とした態度で、大胆不敵な宣言をした。
にわかに失笑する気配が感じられたが、知ったことではなかった。
今年は何だか女性が多い。
それが黒子の率直な感想だった。
ここは東京体育館。
全国高等学校バスケットボール選手権大会、通称ウィンターカップの開会式が行われていた。
一昨年の冬、黒子は選手として出場した。
昨年はケガで入院しており、出場どころか観戦さえできなかった。
つまり純粋に観客なのは初めてで、確証はない。
だけどやはり今年は客席に若い女性客が多い気がするのだ。
「さすがキセキの世代のラストイヤーだよな。」
「ああ。その証拠に女子が多い。」
「黄色い声援も多いよな~」
同行したバスケ部員たちの話を聞いて、やはりそうかと思った。
キセキと呼ばれた彼らのラストイヤー。
だからこの大会は異様に盛り上がっているのだ。
出場する全選手が並ぶ開会式、その中でも彼らは目立つ。
そして彼らの名前を呼ぶ、甲高い声は妙に耳障りだった。
何でそんなにモテるんだろう。
黒子は小さく首を傾げた。
彼らは天才であり、バスケ選手としては尊敬できる。
だが私生活ではクセが強い、結構めんどくさい人たちなのだ。
誰を恋人にしても、疲れることは間違いない。
でもまぁ人のことは言えないか。
黒子は2年前に一緒にこの舞台に立った相棒のことを思った。
キセキならざるキセキと呼ばれた、もう1人の天才。
彼を思い出すときに感じる、痛みに似たこの想い。
だけど今は敢えて、その感情に蓋をする。
「それにしても、開会式から見る必要があるのか?」
バスケ部主将の塔ノ沢が今さらな問いを口にした。
もちろんその相手はコーチである黒子だ。
その問いはある意味、もっともなことではあった。
試合ならともかく、開会式を見たところでプレイの参考にはならない。
それに来年の今頃はこの舞台に立つのが、バスケ部の目標だ。
それならこの時間を練習に当てた方がよいのではなかろうか。
バスケ部員たちはそんなことを思っているようだ。
「見ておいた方が良いですよ。この雰囲気を知っておくために。」
「緊張感?」
「はい。開会式って意外に緊張するんです。だからこの空気を味わっておいた方が良いです。」
「そういうものか。」
「はい。いかにベストな状態を保つかが重要なので。」
全員開会式から見ると決めたのは、コーチである黒子だった。
この独特な緊張感を味わっておいて欲しかったのだ。
ちなみに黒子が初めて公式戦に出場したのは、中学の頃。
雰囲気に飲まれて、緊張して転んで鼻血を出したのは今でも苦い思い出だ。
あのときはチームメイトが場慣れしており、さらに強かったから、何のことはなかったが。
とにかく慣れておくに越したことはない。
やがて開会式は終わった。
塔ノ沢が「俺ら、先に帰った方がいいか?」と聞いてくる。
気を利かせてくれているのだ。
昔の仲間に会ってきたいなら、彼らを気にする必要はないと。
だが黒子は「一緒に帰りますよ」と答えた。
彼らはこれから高校最後の戦いに挑むのだ。
黒子は完全に部外者、さっさと帰るに限る。
だがそれはできなかった。
なぜなら開会式を取材に来ていた一部のマスコミが黒子に気付いてしまったのである。
「黒子テツヤ君だよね。事故で去年は欠場していたそうだけど。」
「今日はかつての仲間の活躍を見に来たの?」
「確か長く入院していて、まだ2年生なんだよね?」
黒子は数名の記者たちに囲まれ、質問攻めにされてしまった。
バスケ部員たちはその輪から弾き出されて、心配そうにこちらを見ている。
黒子は「すみません」と頭を下げて、立ち去ろうとする。
だが「今もバスケを続けてるの?」と問われて、足を止めた。
「今は千葉の総武高校のバスケ部でコーチをしています。」
「え?コーチ?」
「はい。来年、ボクらは全国制覇します。」
黒子は淡々とした態度で、大胆不敵な宣言をした。
塔ノ沢たちが慌てているのが見えたが、関係ない。
黒子はさらに「今日はその下見にきました」と続ける。
記者たちは予想外の答えに驚いている。
中には失笑する者もいるが、知ったことではなかった。
「さぁ。帰りましょう。」
記者たちを振り切るようにして、黒子は歩き出した。
バスケ部員たちの顔は強張って、固まっている。
なんてことを言うんだと言わんばかりだ。
だけど黒子は「来年はボクらが主役です」ときっぱりと言い放った。
*****
「君、黒子君だっけ?」
若い女性に呼び止められた黒子は、一瞬首を傾げる。
だがすぐに彼女が誰かを思い出し「こんにちは」と頭を下げた。
ウィンターカップは進み、大会3日目が終わった。
今は3回戦、キセキの世代の面々を擁する5校はすべて勝ち残っている。
この日も黒子はバスケ部を引き連れて、観戦した。
そして千葉に帰って来た夕方、千葉駅周辺の喧騒の中にいた。
人混みは好きじゃない。
黒子は今さらのようにそんなことを思う。
だけど背に腹は代えられない。
どうしても必要な買い物があったからだ。
目指すは駅にほど近い家電量販店だった。
黒子は駅を出て、ゆっくりと歩いていく。
だが駅前のファッションビルの前で「君、黒子君だっけ?」と声をかけられた。
この人、どこかで。
見覚えがある若い女性に、黒子は一瞬首を傾げる。
だがすぐに思い出した。
彼女は文化祭の時、実行委員の部屋にいた。
奉仕部の雪ノ下雪乃の姉、陽乃だ。
「こんにちは」
黒子は静かに頭を下げた。
陽乃は「1人で何をしているの?」と聞いてくる。
黒子は素直に「買い物です」と答えた。
「買い物って」
「湯たんぽか電気毛布的なものを買おうと思って」
「何それ。若いのに」
「この寒さで古傷が痛むんです。」
黒子は正直に白状した。
というか、隠すことではない。
事故に遭った黒子の負傷した足は、もうほぼ完治している。
念のため経過観察とリハビリを続けてはいる。
だけど痛みはないし、もう何もないと思っていたのだ。
でもそんなに簡単な話ではないと思い知ったのは最近のことだ。
冬になって、ときどき痛むようになったのだ。
学校にいるときは問題ない。
だけど朝晩の気温が低い時間帯にじんわりと痛むのだ。
ちなみに黒子の今の住処は殺風景な安アパートだった。
どうせ残りの短い高校生活の間の住処なので、思い切りケチっている。
つまりまともな暖房器具もない状態だった。
そこでなけなしの金をはたいて、とりあえず足を温めるものを買うつもりだった。
「へぇぇ。いろいろ大変なんだ。」
「ええ。まぁ。」
黒子は一礼すると、その場を去ろうとする。
だが「ねぇ」と呼び止められた。
黒子は歩き出そうとした足を止めて「なんですか?」と聞き返した。
「それ、あたしが買ってあげようか?」
「え?」
「あなたは雪乃ちゃんの友だちだし、それくらいさせてよ。」
「いえ。結構です。」
「あれ~?友だちのお姉さんからのプレゼント、欲しくない?」
妙に挑発的な口調に、黒子は頬を緩めた。
確か比企谷はこの人のことを苦手にしていたように思う。
実際、人を試すような態度に振り回される感じはある。
だけど黒子はそんな人間に心当たりがあった。
雪ノ下陽乃は、赤司に似ていると思う。
今の赤司ではなく2年前までの、人格が2つ宿っていた頃の赤司だ。
人に優しく頼れる主将と、自分の意に反する者にはひどく冷酷な暴君。
かつての赤司の中にはその2人が同居し、せめぎ合っていた。
だけどそれは不安の表れだったのだ。
時に優しく、時に冷酷に、人を振り回す赤司の中には、傷つきやすい少年がいた。
彼は硬い殻で自分を守っていたのだ。
雪ノ下陽乃はそんな赤司にどこかダブって見えた。
「お気持ちだけいただきます。欲しいものは自分で買いますよ。」
「わかった。やっぱりあたし、あなたが苦手だわ。」
「そうですか?」
「うん。何か見透かされている感じがする。特にその目が怖い。」
「心外です。」
黒子は一応抗議したが、実際は気にならなかった。
雪ノ下陽乃に気に入られていないことは、何となくわかったからだ。
逆に彼女は比企谷のことは気に入っている。
比企谷にあって、黒子にないもの。
それはきっと人として大事なものなのだろう。
「もう頑張るのはやめる。あなたに会っても声はかけないわ。」
「わかりました。ボクもスルーの方がいいんですよね。」
「うん。できればそうして。」
こうして意外な人物との再会は、意外な結末で終わった。
その後、黒子は家電量販店に出向き、電気毛布を購入した。
何だか心が落ち着かない1日の締めくくり。
とりあえず良い買い物が出来たので、良しとしておく。
*****
「本当に大丈夫ですから。」
黒子はスマホの向こうの相手に念を押す。
そしてまったくみんな心配性だと苦笑した。
年末も差し迫った12月某日、すでに冬休み。
だけど黒子は学校に来ていた。
今日はウインターカップの最終日。
観戦を終えた黒子は登校し、部室に向かっていた。
キセキの世代最後のウインターカップは大いに盛り上がった。
ベスト4は彼らで独占。
まさにキセキ一色の大会だった。
それでも注目は彼らだけではない。
次世代の主要選手やその学校の試合もチェックできた。
必要な試合は撮影し、データを取った。
黒子はそれらを整理するために、学校に来たのだった。
学校は人が少なく、閑散としていた。
それどころか生徒が1人もいない。
当然だ。
多くの生徒は冬休み、グラウンドも体育館も使用禁止期間だ。
少なくても運動系の部で登校しているのは、黒子だけだろう。
黒子は校門を抜けると、まっすぐ部室に向かう。
だがその途中でコートのポケットのスマホが鳴る。
黒子は足を止めると、通話ボタンを押した。
『黒子』
「こんにちは。赤司君。ウィンターカップお疲れ様でした。」
『見てくれたんだな。』
「もちろんです。」
電話をかけてきたのは赤司だった。
だけどその背後から『黒子っち~!』『テツ』などと声がする。
どうやらキセキの世代が集合しているらしい。
『最後の大会の後だからな。みんなで集まっていた。』
「そうですか。」
『お前も来ればよかったのに。』
「試合に出ていないのに、行けませんよ。」
暖かい赤司の声と、それに被さるかつての仲間たちの声。
それを聞いた黒子は頬を緩めた。
ケガで長くバスケから離れた自分をこんなに気にかけてくれるとは。
友人とはまったくありがたい。
『ところでお前、正月は実家に帰るんだろう?』
「いえ。借りているアパートで年越しします。」
『え?大丈夫か?』
「大丈夫ですよ。」
『俺は東京に戻るから、実家に帰らないならうちに来ないか?』
「本当に大丈夫ですから。」
心配そうな赤司、そして仲間たちの声が聞こえる。
黒子は苦笑しながら「大丈夫ですから」と繰り返した。
そしてなおも食い下がろうとする彼らに「すみません」と告げて、電話を切った。
「お前、正月1人なの?」
スマホをポケットに入れて歩き出そうとしたとき、また声をかけられた。
黒子は「こんにちは」と振り返る。
立っていたのはお馴染みの顔。比企谷だ。
どうやら電話を聞かれていたらしい。
「こんにちは。比企谷君。クリスマスイベントのことはすみませんでした。」
黒子は静かに頭を下げた。
奉仕部は他校とのクリスマスイベントで忙しかったはずだ。
実は手伝いを頼まれたのだが、ことわってしまったのだ。
イベントはウィンターカップともろかぶりで、どうにもならなかった。
「別にいいよ。イベントはどうにかなったし。」
「次に何かあったときには、お手伝いします。」
「ありがたいけど、俺としちゃあ何もない方がありがたい。」
2人は顔を見合わせ、苦笑し合った。
奉仕部は誰かを助ける部であり、ヒマな方が世の中は平和なのだ。
黒子はそのまま頭を下げて、立ち去ろうとする。
だが比企谷が「足、痛むのか?」と聞いてきた。
「あれ?比企谷君にその話、しましたっけ?」
黒子が思わず聞き返すと、比企谷が顔をしかめた。
その表情でわかる。
おそらく雪ノ下陽乃から聞いたのだろう。
「比企谷君は本当にモテますね。」
黒子は雪ノ下陽乃の皮肉っぽい笑顔を思い出しながら、そう言った。
彼女は黒子との偶然の再会を、見事に話のネタにしたのだから。
比企谷が顔をしかめながら「何の冗談?笑えねーけど」と呻く。
だけど黒子は澄ました顔で「冗談じゃなく本気ですよ」と答えた。
【続く】