「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤは静かに再起動する。】

「黒子テツヤです。」
黒子はクラスを見回すと、静かに頭を下げた。
中途半端な時期の転校生に奇異の視線が集まる。
だがそんなものは最初から予想の範囲内だ。

黒子テツヤの高校バスケ生活、その前半はかなり順調だった。
1年の冬にウインターカップ優勝、全国制覇を成し遂げたのだ。
2年の夏のインターハイは、少々不本意ではあった。
だがその後、中学時代の仲間と即席選抜チームを作り、アメリカチームに勝った。
非公式ではあるが、日本代表としてバスケの本場のチームを倒したのだ。

だがその直後、同じ高校のチームメイトだった火神が去った。
アメリカの高校に転校したのだ。
エースを失い、その穴を埋めるべく必死だったある日。
理不尽な事故が黒子を襲った。
登校中、わき見運転の車に跳ね飛ばされたのだ。

その結果、黒子は長い療養生活を余儀なくされた。
頭を打っていたので、しばらくは意識が朦朧とする日々が続いた。
骨折や打撲もあった。
特に深刻なのは右足の骨折で、完治に時間がかかると言われた。
地道にリハビリの日々を送っていたが、学校は出席日数が足らず留年が決まった。

それならばいっそ転校したら。
周囲の勧めに従い、黒子は千葉の高校へ転校することを決めた。
元の学校に居続ければ、好奇の目に晒されるだろう。
何よりバスケ部員が気を使うはずだ。
それなら新天地の方が良いように思う。
千葉を選んだのは、誠凛バスケ部監督である相田リコの父、影虎の勧めだった。
信頼できるスポーツトレーナーが開業しているので、そこに通える距離の場所。
それだけの理由で選んだ高校であり、特に思い入れはない。

かくして黒子の高校生活、その後半戦が始まった。
新しい学校、新しいクラス、新しい環境。
正直なところ、どうなるのかまったくわからない。
そもそも一番重傷だった右足は、まだ医師から完治のお墨付きをもらっていなかった。
しばらくはただ静かに勉強の遅れを取り返すしかないだろう。

だが黒子は悲観していなかった。
完治した時、またバスケをするのか。
それとも新たな夢を捜して、そちらに進むのか。
道は自分で選べるのだ。
人より長くなってしまった高校生活だって、決して無駄じゃない。

「黒子テツヤです。」
黒子はクラスを見回すと、静かに頭を下げた。
ここが再出発のスタート地点。
無表情と平坦な声の下に、そんな決意が隠されていた。

*****

いい場所を見つけた。
黒子はベンチに腰を下ろした。
風が心地よく、何より人が少ないのが嬉しかった。

昼休み、黒子は特別棟の1階、保健室横のベンチに座っていた。
中途半端な時期の転校生は、無駄に注目を浴びる。
別に自分の素性を隠すつもりもないが、興味本位のネタにされるのは嫌だ。
そこで昼休み、人目につかない場所を捜していた。
そうして見つけたのがここだったのだが。

「ここ、俺の場所なんだけど」
優雅に1人ランチを楽しむ黒子の前に、1人の男子生徒が現れた。
見覚えがある。確かクラスメイトだ。
だけど残念ながら、まだ名前は覚えていない。
それを申し訳なく思う気持ちはないし、ここを譲るつもりもなかった。

「公共の場所ですよね」
そう返してやると、彼は言葉に詰まってしまった。
そう、お互いさまだ。
こうして黒子にはランチ仲間(?)ができたのだ。
2人とも譲らず、余程天候が悪くない限り、昼休みはここに来る。
意外なことに彼も読書家で、書評などで結構会話が盛り上がった。

「転校してきて、困っていることはないのか?」
本の話が尽きた後、彼はそう聞いてきた。
わかっている。おそらくは社交辞令だろう。
だけど黒子は今、一番切実に悩んでいることを口にした。

「千葉の吊り下げ式のモノレールが怖いです。何とかなりませんか?」
そう、現在の黒子の最大の悩みは千葉都市モノレールだった。
これが懸垂式、つまりレールにぶら下がっているという珍しいもの。
通院のため、週に1度これに乗らなければならないのだが、怖くて仕方がない。
人が多いと落ちるんじゃないかと思ってしまうのだ。

「そりゃ俺じゃどうしようもねぇな」
彼がどこか憮然とした顔でそう答えた。
黒子も「でしょうね」と応じる。
若干空気が悪くなった気がしたので、今度は黒子からネタを振った。

「千葉の自販機って、変わった飲み物を置いてますね。」
黒子は傍らに置いていた2つの缶を見せた。
マックスコーヒーとドクターペッパーだ。
実は情報通の友人、桃井さつきから、この2つが千葉の名物らしいと聞いていた。
そしてもう1つ、これらについてネットである説があることも。

「マックスコーヒーとドクターペッパーを混ぜると、チャイの味になるとか」
黒子はそう言って、事前に用意してきた紙コップで混ぜてみた。
そしてお近づきのしるしに、彼にも「どうぞ」と勧めてみる。
だが彼の反応は予想外のものだった。

「お前、何気に千葉をディスってるだろ?」
「・・・そんなつもりはないんですが」

どうやらお気に召さなかったらしいが、別に構わない。
とりあえず千葉は不思議がいっぱいだ。
それを捜すことさえ、黒子にとっては楽しかった。

*****

「ちょっと、一緒に来てくんない?」
ランチ仲間の彼こと比企谷がめんどくさそうに声をかけてきた。
黒子は「もしかして転校生にヤキを入れるってやつですか?」と聞き返した。

黒子の正体がバレたのは、転校してまもなくのことだった。
もちろん予想していた。
こう見えても全国制覇をしており、アメリカチームにも勝っている。
バスケ誌に顔写真も乗ったし、ネットに動画も上がっているのだ。
まして「黒子」という名はそうそうそこらにある名前ではない。
バレるのは時間の問題であり、そもそも隠すことでもなかった。

真っ先に話しかけてきたのは、金髪のチャラ男。
そして彼と仲良し(?)と思しき生徒たちだ。
リーダー格は葉山とかいう男子生徒で、無駄に爽やか。
どうやら彼らがクラスの一軍であり、暗に仲間入りしないかと誘われているようだ。

だけど黒子は素っ気なくあしらった。
スクールカーストには興味がない。
それに黒子のバスケでの活躍を知ってから寄って来た者など信用できない。
知らなかった時には、黒子のことなど見向きもしなかったくせに。

黒子が乗って来ないのを見て、近寄って来た者たちも諦めたようだ。
そしてようやく平穏が戻ったと思ったある日の放課後。
ランチ仲間の比企谷が声をかけてきたのだ。

「ちょっと、一緒に来てくんない?」
「もしかして転校生にヤキを入れるってやつですか?」
「んなこと、するか!ちょっとした相談だ!」

比企谷の憮然とした表情を見ながら、黒子は一瞬考えた。
この短い間に、比企谷の性格は何となくわかってきた。
一見ひねくれてはいるけれど、実は純粋だ。
おそらく騙し討ちみたいなことはしない。
今日は通院の日でもないし、時間もある。
相談とやらを聞いても良いだろう。

「わかりました。」
黒子が頷いた途端、連れて来られたのは「奉仕部」なる部の部室。
すでに数名の男子生徒と2名の女子生徒が待ち構えていた。

「奉仕部の雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣」
比企谷がまず女子2名を紹介してくれた。
それから「奉仕部」についても説明してくれる。
要するにこの学校の生徒の悩み解決の手助けをしてくれる部らしい。
だったら千葉都市モノレールをどうにかしてほしいと依頼してみようか。
黒子がそんなことを考えていると、比企谷は男子生徒たちを手で示した。

「んでヤツらはバスケ部員。お前の力を必要としている。」
比企谷の意外な言葉に、黒子は「え」と声を上げた。
バスケ部。まさかこんなに早くに関わることになるとは。
少なくても今、この学校のバスケ部に入るという選択肢はない。
いや、今の今までなかったのだが。

「もっと詳しい話、聞かせてください。」
黒子は比企谷にそう答えていた。
今はまだ早いと、黒子の中の冷静な部分が警告してくる。
だけどやはりバスケ部と聞かされれば無視できない。
こうして黒子の高校バスケの第二章は、唐突に始まったのだった。

【続く】
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