「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡の冬は忙しく、本物を捜す暇もない。】

「お前って、どうやって一色と知り合ったの?」
俺はふと気になっていたことを聞いた。
すると「よくわかりません」と予想外の答えが返って来た。

俺と黒子は久しぶりにランチタイムを共にしていた。
少し前までは特別棟の1階、保健室横のベンチでよく一緒になった。
元々俺だけの特等席だったけど、黒子に侵入されちまったんだけどな。
だけど最近はそれもめっきり減ってたんだ。
理由は簡単、秋から冬にさしかかるこの時期、屋根がない場所は寒いからだ。

だけど今日はこの季節にしては、暖かい日。
いわゆる小春日和ってやつ?
日差しが暖かくて、外でランチも気持ちよさそうだ。
そんなチャンスを見逃す手はないと、俺はさっそくあの場所に向かう。
するとすでに黒子も来ていた。
やっぱり考えることは同じってことだよな。

「どうも。比企谷君」
黒子は俺をチラリと見ると、そう言った。
だけどすぐに持っていた本に視線を戻す。
右手にサンドイッチ、左手に本。
読書に興じる黒子は、相変わらず影が薄い。

「ああ。」
俺は短く頷くと、黒子の隣に腰を下ろした。
そして弁当を取り出すと、蓋を開いて思わず頬が緩む。
今日の弁当は小町が作ってくれたヤツ。
自分の弁当のついでらしいけど、俺の分もあるのは嬉しい。

「比企谷君。顔が緩んでます。」
完全に油断していたところで、声がかかった。
俺は思わず「うぉ!」と叫び、弁当を落としそうになった。
何とかミラクルな反射神経を発揮して、弁当を押さえる。
これを落としたら、俺はきっと生涯かけて黒子を恨み続けるぞ。
とりあえず無事だったから、この昼休みの間だけ根に持つだけにしておくが。

「可愛いお弁当ですね。妹さんの手作りですか?」
「ああ。可愛いだろ?」
「それに美味しそうです。」
「わかるか!?」

小町の弁当を褒められた俺の機嫌は一瞬で直った。
何気で黒子ってそういうのが上手いんだよな。
バスケ部の部員たちをさんざんしごいた後、ボソッと褒めたりする。
それが絶妙なんだ。
だからこそ同じ高校生でコーチなんてできるんだろうけど。

「でも何で妹だってわかった?」
「彩りが綺麗で、女子っぽい感じだったので。」
「妹以外とは思わないわけ?」
「雪ノ下さんや由比ヶ浜さんは違う気がしました。」

はっきりと断言されて、俺は肩を落とした。
俺の周りに女子がいないわけじゃない。
だけど艶っぽい話は皆無なんだよな。残念ながら。

「お前って、どうやって一色と知り合ったの?」
俺は話題を変えたくて、気になっていたネタを振ってみた。
生徒会長選挙の最中、黒子は意味あり気なことを言っていた。
この間偶然街中で顔を合わせた時も、妙に親しげだったしな。
すると黒子は首を傾げた後「よくわかりません」と答えて、俺をズッコケさせた。

「わからないってお前」
「特に理由もなく話しかけられて、喋ったくらいで。」
「なんだ?そりゃ」
「だからわからないって言っているでしょう。」
「お前、一色の事をどう思ってんの?」
「作り天然の野心家女子ですかね。」

思いもよらない的確な指摘に、俺は思わず吹き出した。
あやうく小町の可愛い弁当を吐き出すところだ。
だけど慌てて飲み込んで「お前、やっぱりスゲェよ」と呻いた。

おそらく一色が黒子に近づいたんだろう。
何だかんだ言って、黒子は有名人だ。
生徒会長になるなら、お近づきになっておいて損はない。
それどころかむしろ箔がつくってもんだ。
そして黒子はその意図も一色の本質も正確に見抜いたってことか。

「人のことを言っている場合じゃないですよ。」
「は?何で?」
「奉仕部、ギクシャクしてるでしょう。修学旅行の後からずっと。」
「お前。それを」
「早く仲直りしてください。これはボクの依頼ですよ。」

思わぬ攻撃を食らった俺は、ぐうの音も出なかった。
一色だけじゃない。俺のこともしっかり見抜かれている。
だけど黒子なりに心配もしてくれているらしい。
俺は「わかった」と頷き、その後は黙々と食べることに専念した。

*****

「よかった。いてくれて。」
部室のドアが開き、心底ほっとしたと感じの声が響く。
入って来たのは、顔見知りの男子生徒たちだった。

もうすぐクリスマス。
俺たち奉仕部は、他校と合同のクリスマスイベントで大忙しだった。
生徒会長になった一色いろはの依頼であり、元々は俺が個人的に受けた。
だけど今は雪ノ下と由比ヶ浜にも入ってもらっている。

なんてサラッと言っちまったけど、そこまでの道のりはかなりダサかった。
手伝いを頼む過程で「本物が欲しい」なんて、恥ずかしいセリフを吐いたんだからな。
しかも涙ながらにだ。
もし時間を戻せるなら、絶対になかったことにしたい。

そう、俺は本物が欲しい。
それが具体的に何なのかさえよくわからないくせに。
そしてわからないまま、奉仕部は元に戻った。

だから他校との合同クリスマスイベントは正直、ありがたかった。
自分のことを棚上げにできる言い訳になるからな。
しかもタッグを組んだ海浜総合高校が、結構な食わせモノだった。
やたらと流行のビジネス用語を並べ立てるばかりで、中身がない。
結局まともな話し合いもできず、煮詰まっている状態だ。

そんな放課後、俺たちは奉仕部の部室に集まっていた。
これからまたクリスマスイベントの打ち合わせに行かなければならない。
またあの連中とグダグダな話し合いか。気が重い。
そんなことを思いながら部室を出ようとしたところで、ドアが開いたのだ。

「よかった。いてくれて。」
「だよな。もしかして活動休止かとおもった。」

入って来たのは顔見知りの男子生徒だった。
塔ノ沢と入生田、バスケ部の主将と副主将だ。
俺と雪ノ下と由比ヶ浜は顔を見合わせた。
このところ俺たちは打ち合わせで部室にはほとんどいなかったからな。
おそらくその間に何度かここに来たんだろう。

「俺ら、これから出なきゃなんないんだ。手短に済むか?」
「ああ。こっちもこれから練習だ。」

バスケ部の2人は立ったまま、距離を詰めてきた。
雪ノ下と由比ヶ浜を見ると、2人とも頷く。
とりあえず短くて済むなら聞いとけ。
アイコンタクトで意思疎通は完了だ。

「実は黒子のことで依頼したいんだ。」
「あ?黒子?」
「そう言えば黒子君、すごい美人とイケメンの人呼んでたよね!?」

黒子の名が出たところで、由比ヶ浜が話に割り込んできた。
凄い美人とイケメンには、俺も心当たりがある。
少し前に教室に黒子を訪ねてきた2人組。
金髪グラマーの美女と、モデルみたいな美形のイケメン。
黒子曰く、キセキの世代の紫原の先輩とその師匠だとか。
もちろんバスケ部の臨時コーチとして、呼んだんだろう。

「ああ。あの人たちはバスケ界で有名人で。」
「すごいプレイ見せてもらったよな。教え方も上手くてさ。」

思い出して感激するバスケ部の2人に、俺は「コホン」と咳払いをした。
あの金髪美女とイケメン、ついでに彼らが連れて来た黒子そっくりの犬には興味がある。
だけど時間がない今、脱線している場合じゃない。
それを察した由比ヶ浜が「ゴメン」と手を合わせた。

「で?黒子が何?」
「プレイヤーに戻るように説得してくれないか?」

塔ノ沢がそう言って、2人が頭を下げた。
俺は一瞬返す言葉に詰まる。
そっか。それは予想外の依頼だったぜ。

「それって、お前らからは」
「もちろん何度も頼んだ。だけどことわられてる。」
「そうか」

俺は頷きながら、簡単じゃないと思った。
黒子は文化祭の時、キセキの世代と対等にプレイしていた。
つまりコーチでいるのは、ケガのせいじゃないってことだ。
あのプレイを公式戦で見たいって思う気持ちは理解できる。
それに黒子も選手として加われば、バスケ部は強くなるんだろうしな。

「話はわかった。だけど少し時間をくれ。」
他の依頼を現在進行中だし、すぐには無理だからな。
とりあえずバスケ部の2人も納得してくれた。
そして俺らは予定から5分遅れで、学校を出た。

黒子は俺とは違って、すでに「本物」を持っているんだと思う。
その黒子が考えて決めたことを、俺がどうこうできるなんて思わない。
だけど何とかバスケ部が納得する答えを出すだけなら、俺も手伝えるかもしれない。
どっちにしろ今はクリスマスイベントで手一杯だけどな。

*****

「黒子君はプレイヤーに戻るつもりはないの?」
どこかで聞いたような女性の声が、黒子に問いかけている。
俺はじっと息を殺して、黒子の答えを待った。

クリスマスイベントは何とか軌道に乗った。
っていうか強引に乗せたって感じかな。
グダグダと中身のない議論、いや議論にもなってねぇな。
くだらない御託を繰り返す海浜総合高校の連中に、それを指摘してやったのだ。
まぁとどめを刺したのは、雪ノ下だけどな。
結局2校が別々の企画を2本立てで実行するってことになったんだ。

ちなみに俺たちがやるのは、子供による演劇。
これならチープな感じもむしろ味になるだろ?
キャスト、演目、台本なんかが決まれば、もう俺は用なし。
後は必要書類をまとめたり、細々とした雑用に徹するだけだ。

その忙しい最中、俺は備品倉庫に来ていた。
舞台で使う大道具、小道具がいくつか足りないからだ。
もちろん予算内で購入することもできる。
だがその前に俺はここを漁ることにした。
文化祭の実行委員の時に気付いたんだ。
余った道具とか、結構ここに放置してあるんだよ。
もし無料で使えそうなものがあったら、買わずに済むだろ?

そして俺の目論見はまんまと当たった。
舞台用の月とか星(もちろん紙製のやつ)とか、結構あるんだ。
クリスマスツリーに飾るような光るヒモみたいなやつととか、飾りもある。
うわ、ここに気付いた俺、すごくない?
って今のうちにせいぜい自画自賛しておく。
この件に関わっているヤツらの顔を思い浮かべても、俺を褒めそうなヤツはほぼいないからな。

俺はそのまま体育倉庫に向かった。
備品倉庫で見つけた大道具、小道具が予想外に多かったからだ。
とりあえず体育倉庫にあった台車を使うことにしよう。
体育倉庫はバスケ部の手伝いのときに何度か出入りしてた。
だからあっちも何があるのか覚えてるってわけ。

このまま奉仕部を続けたら、もしかしてこの学校の隅から隅まで詳しくなるのかね?
それはそれでちょっと嫌な気がするけど。
そんなことを考えながら、体育倉庫の前まで来た。
すると中から話し声が聞こえてきたのだ。

「この前、氷室君とアレックスさんも来てくれたんですよ。」
「へぇぇ。2人とも教え方が上手そう。」
「はい。ときどき夢中になると英語になっちゃうのは困りましたけど。」

話しているのは黒子ともう1人、女の声。
この声は聞き覚えがある。
確か黒子の元の学校で先輩だったって人だ。
名前は確か相田リコさん。
今もよくバスケ部に顔を出して、練習を見てくれているらしい。

まぁいいや。台車だけ取らせてもらおう。
俺は体育倉庫の扉に手をかける。
だけど次の言葉を聞いて、その手が止まった。

「黒子君はプレイヤーに戻るつもりはないの?」
相田さんが黒子にそう聞いている。
それはまさに俺が聞きことだった。
バスケ部の2人に依頼を受けたものの、話す機会がなくて気にしてたからな。

「ケガは治ってるんでしょ?」
「ええ。まぁ。」
「あれ?もしかして留年してると規定とかでダメなんだっけ?」
「いえ。そこら辺はなんとかなるみたいです。」
「じゃあやりなよ!もったいないよ?」
「バスケ部のみなさんにもさんざん言われているんですけどね。」

ドア越しにも黒子が苦笑しているのが伝わって来る。
俺はそれを聞きながら、こりゃ無理だと思った。
苦楽を共にしたかつての先輩に言われても、こんな返事だろ?
俺がどうにかできる問題じゃねーよ。

「もしかして火神君を待ってるとか?」
微妙な沈黙の後、相田さんがまた聞いた。
すると黒子が小さく何か答えている。
残念ながらそれはドア越しの俺には聞き取れなかった。
だけど相田さんには聞こえたんだろう。
寂しそうに「そっか」とため息をつく声が聞こえてきた。

俺はそのままそっと扉から離れた。
これは聞かなかったことにする。
これは黒子の物語、俺が立ちいっていい話じゃないからな。

俺はそのまま備品倉庫に戻った。
台車がなければ何往復かしなければならないだろう。
だけどそれはなりゆきとはいえ、立ち聞きしてしまった罰だと思うことにする。

【続く】
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