「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤ、少しだけハーレムに憧れる。】

「黒子先輩、ですよね?」
おそらく1年生と思われる女子生徒が、上目遣いに黒子を見る。
これにドキッとしたり、クラリとよろめく男子もいるだろう。
だけど黒子はまったく動じることなく「どなたですか?」と聞き返した。

ある日の放課後、黒子はバスケ部の練習に向かっていた。
その足取りも表情も、普段とまったく変わることはない。
だが内心は燃えていた。
ウィンターカップは予選で敗退、目標は来年夏のインターハイ。
時間はたっぷりあるようで、実はそんなにないのだ。
何しろ目標は全国制覇、その道のりは険しく長い。

黒子は今日の練習メニューを頭の中で確認しながら、部室に向かう。
とにかく今は個々のポテンシャルを上げること。
人数が少ないことは、不利なことが多い。
だけど今この時点では悪くない。
効果的な練習が組めるし、何よりコーチである黒子の目も届きやすい。
とにっく伸びしろ目いっぱいまで、全員を引っ張り上げてやるつもりだ。

そんなことを考えながら歩いていると、1人の女子生徒が目に留まった。
部室棟の前に佇むように立っていた彼女が、黒子を見る。
見知らぬ女子生徒の不躾な視線だが、気にすることはなかった。
文化祭のイベントのせいで、無駄に顔と名前が売れてしまった。
だから意味なく見られることにも慣れている。

黒子は無言のまま、女子生徒とすれ違おうとする。
するとその瞬間「あの」と声をかけられた。
黒子は小首を傾げて、彼女を見た。
文化祭の直後は、連絡先を渡して来る女子生徒が多くて辟易した。
その多くはキセキの世代の誰か目当てで、黒子本人宛のものは少なかったが。
でもこの女子生徒を見る限り、そういう目的ではなさそうだ。

「何か用ですか?」
「黒子先輩、ですよね?」
彼女は上目遣いに黒子を見る。
これにドキッとしたり、クラリとよろめく男子もいるだろう。
無自覚ではなく、計算し尽くされた媚びを含んだ視線だ。

「どなたですか?」
黒子はまったく動じることなく聞き返した。
すると彼女は拍子抜けしたような表情になる。
だがすぐに「一年の一色いろはです」と笑った。
これまた無邪気さと可愛さで武装した笑顔である。

「一色さんって。生徒会長に立候補している人ですか?」
「はい。それで奉仕部でお世話になってて」
「選挙活動のバックアップを依頼したんですか?」
「いえ。何とか生徒会長にならないようにして欲しいって。」
「じゃあどうして立候補したんですか?」
「何か周りに押されて、仕方なく?」
「だから比企谷君が動いてるんですね。」
「先輩だけでなく、雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩もですけど。」

なるほど、そういうことかと黒子は合点がいった。
奉仕部の女子2人、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣が生徒会長に立候補の準備をしていたからだ。
推薦人を集めたり、スピーチを考えたり、そんな様子が黒子の目にも入って来た。
そして比企谷がそれを微妙な視線で見守っているのもわかった。
いったい何が起こっているのかと思っていたのだ。

「それでその一色さんがボクに何の用ですか?」
「黒子先輩って、昼休みよく先輩と一緒にいますよね?」
「まぁそうですかね。」
「あの先輩と仲良くできるって、どういう人なのかなって気になって」
「はぁ」
「そもそも黒子先輩ってあのキセキの世代の人でしょ。だからお話したくなったんです。」

彼女は無邪気に、いや無邪気を装って笑う。
黒子は無表情のまま「なるほど」と頷いた。
一色いろはは天然を装った野心家だ。
生徒会長になりたくないというわけじゃない気がする。
そして一色は比企谷をただ「先輩」と呼び、他の者は名字をつけて「~先輩」と呼ぶ。
そこに何か特別な感情が見て取れるのが面白い。

「比企谷君に任せておけば、いろいろ上手くいくと思いますよ。」
「ええ。そうですね。それとは別に黒子先輩とも仲良くしたいです。」
「仲良く、ですか?」
「はい。こんな風にお話させてもらったりとか。」
「バスケの練習の支障にならない範囲なら、かまいませんよ。」

黒子は「それじゃ」と一礼すると、今度こそ部室に向かう。
そして今の短い会見の意味を考えた。
キセキの世代とのつながりを持つ黒子とつながりを持っていく。
野心家の一色はそれが得だと考えたのだろう。
いや、比企谷への興味の延長戦上か?
黒子としては、どちらでもかまわない。
奉仕部の面々は見ているだけで面白いし、そこに新メンバーが増えたという感覚だ。

それから程なくして、黒子は由比ヶ浜から生徒会長選の応援演説を頼まれた。
快諾した黒子を見て、比企谷はさっそく詰め寄って来た。

「お前、どういうつもりだ。」
「聞いてたんでしょう?奉仕部にお世話になっているし、お礼に」
「お礼で応援演説なんて、お前のキャラじゃなくね?」
「大丈夫です。多分何もないでしょうから。」
「どういうことだよ?」
「一色さんと雪ノ下さんと由比ヶ浜さん。誰が一番生徒会長に相応しいと思います?」

黒子は比企谷をわかりやすくけしかけた。
3人の中で生徒会長を選ぶなら、黒子の推しは一色一択だ。
彼女の野心とやる気と意外性、この3つは買いだろう。
もちろん雪ノ下でも由比ヶ浜でもやれるとは思うが、一色が一番面白い。

「後は比企谷君、よろしくお願いします。」
黒子はいつもの無表情でそう言った。
比企谷が乗ってくれれば、応援演説の話は消えてなくなる。
そして彼の深いため息を見て、黒子は勝利を確信したのだった。

*****

いろいろ散らかっている。
黒子は目の前のカオスな状況にため息をつく。
そして自分の周りには変わり者ばかり集まっていると改めて思った。

奉仕部の活躍(?)により、一色いろはが生徒会長になった。
もちろんそのことで黒子の学校生活が変わることはない。
それでも心の中で秘かに祝福していた。
あの作り天然な野心家は、きっと面白いことをやってくれるに違いない。

そして黒子は今日も部活にいそしんでいた。
そろそろウィンターカップの組み合わせが発表になる。
キセキの世代のラストイヤー、彼らの試合は見逃せない。
バスケ部にもしっかり観戦させなくては。
そんなことを考えている間に、授業も終わった。
教科書やノートをカバンにしまって、いざ教室を出ようとしたとき、それは起こった。

「黒子君、いる?」
教師と入れ替わるように教室に入って来たのは、かつての対戦相手。
紫原の先輩であり、かつての相棒の兄貴分の氷室辰也だ。
黒子は「はい」と答えて、手を振る。
そして「どうしてここに?」と聞き返した。

氷室たちが今日、この学校に来るのは予定通りのことだった。
高校を卒業した氷室はアメリカの大学に進んだ。
だけどクリスマスと正月は日本で過ごすと、早めに帰国していたのだ。
主目的はウィンターカップの観戦だろう。
それを知った黒子は、氷室たちにちょっとしたお願いをした。

「もし時間があるなら、練習を見てもらえませんか?」
黒子は氷室にそう頼んだ。
氷室は高校時代、全国屈指のシューターだったのだ。
そして一緒に来日した人物も、教えるのは上手い。
きっと部員たちにとっては、良い刺激になるはずだ。

彼らは2つ返事で快諾してくれた。
というより、どうやら暇を持て余しているらしい。
早めに日本に帰ってみたものの、案外やることがないというのが正解のようだ。
そして今日の放課後、校門の前で待ち合わせをしていたのだった。

「よくここがわかりましたね。」
「うん。黒子君のクラス2年F組って聞いていたからね。」
「校門で待っていてくれれば、迎えに行ったのに。」
「いや、何かジロジロ見られちゃって、居心地が悪かったんで。」

爽やかに笑う氷室に黒子は苦笑した。
確かに氷室は目立つ。
もし彼を一言で表せと言われたら、黒子は迷わず「クールビューティ」と答える。
整った顔立ちにバスケで鍛えられた引き締まった身体つき。
なんなら黄瀬などより、モデルに向いていると思う。
そんな美青年が校門に立っていたら、それは確かに人目を惹くだろう。

実際クラスメイトたちが騒めいている。
特に女子などは、わかりやすく目がハートマークになっていた。
葉山に恋している三浦でさえ、ときめきを隠せないようだ。
すでに大学生の氷室は、高校生の女子にとっては大人の魅力そのものだろう。

「ところで氷室さん、アレックスさんは」
黒子はここで氷室の同行者である女性のことを聞いた。
アレックスことアレクサンドラ・ガルシア。
元WNBAで活躍したプロのバスケ選手で、氷室の師匠のアメリカ人女性だ。
彼女もアメリカ在住だが来日しており、一緒に来ることになっていたはずだが。

「アレックスは迷子に」
「タツヤ、黒子!ここか!?」

氷室の説明と明るい女性の声がかぶった。
またしても教室に現れたのは、Gカップバストの金髪美女。
まさに今話をしていたアレックスだった。

「アレックスさんまで何をやってるんですか。」
「悪いのはタツヤだぞ。迷子になったんで捜してたんだ。」
「何を言ってるんだ。迷子になったのはアレックスだろう?」
「違う。先にいなくなったのはタツヤだ。」

黒子は再び教室を見回して、またしても苦笑だ。
今度は男子の目がハートマークになっている。
そして興奮したアレックスの腕から、苦しそうに顔をのぞかせたのは懐かしい顔。
かつて黒子が拾い、未だに誠凛高校で飼われている犬だ。
黒子によく似ているので「テツヤ2号」と呼ばれている。

「あ、2号も連れてきてくれたんですか?」
「ああ。昨日までは誠凛のコーチをしてたんでな。」
「いろいろお手数をおかけして、申し訳ありません。」
「気にするな。時間はあるし、こっちも楽しんでいる。」

流暢な日本語で明るく笑うアレックスに、黒子もいつしか笑顔になった。
クラス中の注目を集めてしまっているのは、仕方ない。
クールビューティな美青年にGカップ金髪美女、そして黒子そっくりの犬。
いろいろ散らかっているカオスな状況だ。
そして自分の周りには、本当に変わり者ばかり集まっているものだと思う。

「とりあえず体育館に移動しましょう。」
黒子はアレックスと氷室に声をかける。
そして教室を出ようとしたところで、物問いたげな比企谷と目が合った。
だけど今は説明している余裕もない。
黒子は「さ、行きますよ」と目立つ2人を追い立てるようにして、体育館に向かった。

*****

「黒子センパ~イ!」
甲高い女子の声に、黒子は振り返る。
視線の先には生徒会長になった一色いろはと比企谷が並んで立っていた。

黒子は学校の近所のドラックストアに来ていた。
今は部活中であり、バスケ部員たちは練習に勤しんでいる。
黒子は練習をそっと抜けると、買い出しに来ていた。
サポーターや痛み止めのスプレー、テーピング等々。
1年生たちは「自分らが行きます」と買い出しを申し出てくれた。
だけど黒子は「大丈夫です」とことわった。
今は部員たちには、とにかく練習に没頭してほしい。
黒子は一応コーチだが、この程度の雑用は厭わずにやる。

ドラックストアを出て歩き出したところで、名前を呼ばれた。
黒子は振り返り、意外な組み合わせだと思う。
比企谷と一色が並んでいたのだから。
見ようによってはカップルに見えなくもない。

「こんにちは。珍しい2人ですね。」
「えへへ。そう思いますぅ?」
「は?黒子と一色って知り合いなわけ?」

三人三様のリアクションは微妙に噛み合っていない気がする。
だけどそれは大した問題じゃない。
黒子としては、あの生徒会長選挙の後も2人がつるんでいるのが意外だった。

「もしかして2人は付き合って」
「ないです。それはないです。」
「確かにそうだけど、もっとマイルドな否定してほしいんだけど」

またしても三人三様か。
だけど質問の答えは帰って来たから、別に良い。
黒子は改めて、2人を観察してみる。
どうやら彼らも何かを買い出したようだ。
コンビニのレジ袋を比企谷が持っている。
おそらく重い荷物を男子である比企谷が引き受けたというところか。

「実はですね、他校と合同でクリスマスイベントをやることになりまして」
不意に一色が話し始めた。
黒子としては2人が一緒にいる理由など、実はさほど興味がない。
そのまま「じゃあ」と立ち去ろうとしていたところに、唐突な説明だ。
黒子は「生徒会も大変ですね」と相槌を打つ。
それで話を切り上げて、別れるつもりだったのだが。

「わかります~?大変なんです!だから先輩に手伝ってもらってるんです。」
「はぁ。奉仕部も大変ですね。」
「いや。奉仕部じゃなくて、俺個人が手伝っている。」
「・・・それはまた酔狂ですね。」

今度は何だかわからない状況説明をされた。
比企谷は渋い顔をしているけれど、これはかなり贅沢な状況だと思う。
何だかんだ言って、比企谷の周りは華やかだ。
雪ノ下雪乃に由比ヶ浜結衣、そして一色いろは。
傍から見れば完全にハーレム状態ではないか。
それに引き換え黒子の周りは騒がしいばかり。
友人には恵まれているとは思うが、本当にそばにいて欲しい相手は遠い海の向こうだ。

「そうだ。黒子先輩。クリスマスイベントにキセキの世代、呼べないですか?」
「はぁ!?お前、何を言ってるんだ!?」
「うちの文化祭に来てくれたなら、クリスマスもダメかなぁって。」
「イベントの性質が全然違うだろうが。」
「でもこのままじゃロクな案も出なくて、ショボい会になっちゃいますよぉ?」

カップルじゃなくて熟年夫婦みたいなノリ。
だけどまぁとりあえず楽しく青春しているようだ。
黒子は心の中でツッコミを入れつつ「すみません」と頭を下げた。

「クリスマスはウィンターカップの真っ最中なので、無理です。」
「ウィンターカップ?」
「バスケの大会です。正式名称は全国高等学校バスケットボール選手権大会」
「そっかぁ。ダメかぁ。」
「本当に申し訳ないです。また何かあれば」
「絶対ですよ!」

一色はやや食い気味に黒子のセリフをひったくった。
その剣幕に驚く黒子に、ニッコリと笑顔を見せる。
作り天然の野心家女子は、変わり身が早いようだ。

「キセキの世代はやっぱり人気なんです。生徒会のイベントにぜひ!」
「ええ。予定が合うようなら、声をかけて集めます。」

黒子は一色の提案に頷いた。
面白い企画なら、別にかまわない。
キセキの世代が集まれる口実は嬉しいし、企画を楽しめれば文句なしだ。

「それじゃ。ボクはここで」
ようやく話が途切れたところで、黒子は踵を返した。
すると背後から「お前、俺と黒子で態度違くねぇ?」と恨みの声がする。
だけど黒子は聞こえないふりをした。
そしてドラックストアの袋を抱えて、急ぎ足で学校に戻ったのだった。

【続く】
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