「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡、黒い影に見守られながら暗躍する。】

「か、かくまって、ください!」
奉仕部の部室に息も絶え絶えの男子生徒が2人、飛び込んできた。
俺は見覚えのあるその2人を見ながら「何で?」と顔をひきつらせた。

修学旅行が終わり、千葉に戻った。
決して楽しくなかったとは、言わない。
むしろそこそこ楽しんだ気さえする。
だけどその結末はハッピーエンドではなかった。

それは戸部からの依頼だった。
海老名姫菜と付き合いたいと言っていたヤツに割り込む形で、俺が先に告白した。
もちろんフェイクだ。
海老名から「今は誰とも付き合わない」という言葉を引き出し、とりあえず場を収めた。

だけど雪ノ下と由比ヶ浜からは不興を買った。
このやり方が気に食わないんだそうだ。
まぁ綺麗なやり方ではなかったことは否定しない。
でも俺にはこの方法しか思いつけなかったし、これをやるのが俺なんだ。

そして学校に戻ってからも、俺たちはギクシャクしていた。
毎度おなじみ奉仕部の部室。
雪ノ下がパソコンを叩き、由比ヶ浜はスマホに指を滑らせ、俺は本を読んでいる。
表向きは静かで穏やかな放課後の時間。
だけど空気は重く、無駄に緊張感をはらんでいる。
誰かが口を開けば、一気に崩壊するような危うさが潜んでいるようだ。

だがその静寂を破るように、廊下からバタバタと足音が響いた。
俺は驚き、おもむろに本を閉じるとドアに向かう。
だってその足音の勢い、尋常じゃなかったんだ。
廊下を走るヤツなら、そんなに珍しくない。
だけどこの足音はちょっと急いでいるなんて次元じゃない。

「いったい、何だ?」
誰にともなく呟きながら、俺はドアを開ける。
ちょうどタイミング良く、足音の原因が俺の前を走り抜けようとしていた。
見覚えのある男子生徒2名だ。
そいつらは俺と目が合うと、なぜか部室の中に雪崩れ込んできた。

「か、かくまって、ください!」
「何で?お前らバスケ部だよな?」

鬼気迫る剣幕で俺に詰め寄って来たのは、バスケ部の1年生だった。
夏前にバスケ部の練習やデータ整理の手伝いをしたから、覚えてる。
名前は確か、宮ノ下と湖尻だったか。
そもそも匿うって何だ?
コイツら、誰かに追われてる?
首を傾げる俺の横から「すみません」と声がかかった。

「うわ!黒子!?」
俺は驚き、その場にへたり込んでいた。
易々と俺の懐に入り込んだのは、影の薄い男。
本当に気配がないんだよな、こいつ。
突然声をかけられて死ぬほど驚かされるのは、もう何度目だろう。

「2人とも、人がいる教室に入るのはルール違反って言いましたよね?」
「すみません!たまたまドアが開いたんでつい!」
「勢いで入っちゃいました!」

黒子の声は相変わらず感情がこもっていないのに、今日はなぜか迫力があった。
対する1年生はペコペコと頭を下げている。
だが黒子は「2人もアウトです。筋トレ3倍」と言い放った。

「いったい何事だよ?」
「ご迷惑をおかけしました。すぐに撤収しますので」
「できれば事情説明を願いたいんだけど」
「今、ケードロやってまして」
「ケードロだぁ?」
「あれ、もしかして千葉だとドロケーって言います?」
「言い方の問題じゃねーし!」

何でこいつと話すといつもこうなんだ?
どうも一発で通じないし、また千葉がディスられた気がする。
それでも何とか話を続け、何とか状況を理解した。

今日は体育館の点検だとかで、使えないらしい。
そこでバスケ部は学校内でケードロをしていたそうだ。
ちなみにケードロは警察と泥棒、2チームに別れて鬼ごっこするあの遊びだ。
地方によっちゃドロケーっていうらしい。
負けた方は筋トレ3倍、だから本気で走り回ってると。

「これ、地味に体力アップできるんですよ。」
心もちドヤ顔の黒子を見ながら、俺は深いため息をついた。
話を聞いていた雪ノ下も由比ヶ浜も呆然としている。
黒子、お前つくづく変わったヤツだよな。

「では失礼します。」
黒子は律儀に一礼して、奉仕部の部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺はこっそり微笑んだ。
ほんの短い間だけど、この部屋の空気が和んだ。
それだけは少しだけ、感謝しても良いかな。

*****

「お前さ、生徒会長に立候補しねぇ?」
俺はダメ元で持ちかけてみた。
普通いきなりそんなことを言われれば「なぜ?」ってなるだろ?
だけど影が薄い男は「しません」とまったく動じなかった。

修学旅行の件でギクシャクしたままの奉仕部に新たな依頼がきた。
依頼主は一年の一色いろは。
生徒会長選挙に立候補したものの、当選したくないと言う。
ちなみに現在の立候補者は、一色1人だけ。
このままなら信任投票になる。

ここで俺と雪ノ下の案はいつも通り(?)対立した。
俺は応援演説をヒドくして、信任投票で落ちればいいと考えた。
これなら悪いのは応援演説が悪いんであって、一色はノーダメージで終われる。
問題は応援演説は誰がするのかってところだな。

対する雪ノ下の案は、他の候補を立てること。
こっちの方が正しいっていうか、正攻法だ。
この場合の問題は、誰が立候補するのかってこと。
何気に俺の方より問題は深刻だと思う。
今の時点で立候補していない、つまりやる気のないヤツを生徒会長にするんだから。

さてどうしたものか。
俺は昼休み、いつもの場所で考え込んでいた。
特別棟の1階、保健室横のベンチ。
4月までは俺だけのランチタイムの特等席だった。
5月からは影が薄い転校生が加わっちまったけどな。

最初はすごく嫌だった。
1人きりの時間を楽しめる場所に現れた闖入者、黒子。
なんでだよ。俺が先なのにって思ったもんだ。
だけど人間、慣れるもんだな。
半年も過ぎた今となっては、もう何とも思わない。
まぁきっと黒子だからなんだろうけど。

今日も黒子はコンビニで買ってきたサンドイッチを食いながら、本を読んでいる。
俺の方はおにぎり片手に本だ。
この場所ではお互い気を使うこともなく、好きに過ごしている。
何も会話がないときだって少なくない。
だけど今日はダメ元で聞いてみたいことがあった。

「お前さ、生徒会長に立候補しねぇ?」
俺は本を読む黒子の横顔に、本音をぶつけて見た。
案外、適任だと思うんだ。
キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。
そんな異名を持つ黒子は、校内でしっかり有名人だ。
文化祭のイベントもあって、好感度も高い。
それにバスケ部でコーチができるくらいの統率力もある。
だけど黒子は本から目を離さないまま「しません」と即答だった。

「少しは驚け。動じろよ。っていうかせめてこっち見ろ。」
俺は恨みがなしく、そう言った。
黒子だって部活もあるし、無理ってわかってた。
本当にダメ元の提案だった。
だけどもう少しリアクションってもんがあるだろ?
驚くとか、理由を聞くとかさ。

「ボクは出るつもりはないし、そもそも必要ないですよ。」
俺の口調に何を思ったのか、黒子は本を閉じて俺を見た。
いつも通りの無表情。
だけど黒子の言葉はいつだって本音、決して嘘は言わない。

「まぁお前はバスケ部で忙しいもんな。」
「ええ。そもそもボクは一番ふさわしくないですよ。」
「何で?」
「ボク5月に転校してきたばかりなんで」
「それ、関係あるかぁ?」
「ありますよ。1年生よりこの学校で過ごした時間が短いんですから」
「言われてみれば、まぁそうか。」

確かに黒子って、うちの学校に来てまだ半年だもんな。
俺としては、生徒会長の資質にそういうのは関係ないと思う。
だけどそこを気にするヤツはいるかもしれない。
それでも一色相手だったら、楽勝って気がするけどな。

「そろそろボク、教室に戻ります。」
「ああ、こんな時間か。俺も戻るわ」

ささやかなランチと読書タイムを終えた俺たちは、並んで歩き出した。
迂闊にも俺は気付かなかった。
俺たちのこのどうでもいいやりとりを聞いていたヤツがいたことに。
この時点でまだ今回の依頼の解決方法は見えていない。
俺は重たい気分で、影の薄い男と共に教室に向かっていた。

*****

「お願いできないかな?」
由比ヶ浜が黒子に頭を下げている。
俺はその光景を横目で見ながら、黒子は了解しないだろうと思った。
だから黒子が「いいですよ」と答えた時には、思わず「何でだよ」と声を上げていた。

生徒会長選に雪ノ下が立候補するって言い出した。
そして由比ヶ浜もだ。
2人の決意は固いようで、推薦人を集めたり演説を考えたり忙しい。
雪ノ下が具体的に何をどうしているのかはわからない。
だが同じクラスの由比ヶ浜の様子は丸見えだった。
葉山グループの連中に相談しながら、頭を悩ませている。

俺はと言えば、まだ別の道を模索していた。
雪ノ下が、もしくは由比ヶ浜が半ば身代り的に生徒会長になる。
それは違う気がするからだ。
いや、それだけじゃない。
それは俺のやり方じゃないから、俺は俺のやり方で依頼を解決したいんだ。
もはや意地の張り合いみたいになっているけれど、それが俺なんだよな。

そんなある日の朝のこと。
バスケ部の朝練に出ていた黒子が、教室に戻って来た。
そして席に着くなり、由比ヶ浜が駆け寄っていく。
俺は自分の席で無関心な素振りを装いながら、2人に注目していた。

「おはよう。黒子君。お願いがあるんだけど。」
「おはようございます。何ですか?」
「あたし生徒会長選挙に出ようと思ってて」
「はぁ」
「だから応援演説、お願いできないかな?」

由比ヶ浜はそう言って、黒子に頭を下げた。
殴り込みみたいな口調と、高校生ではあまりやらない深々としたお辞儀。
そこに由比ヶ浜の覚悟が見えた。

それにしても、また黒子かよ。
俺は内心苦笑していた。
だけどとりあえず悪くない人選だ。
普通に考えたら、応援演説は葉山に頼むのが妥当だろう。
サッカー部のエースでクラスの一軍、人当たりが良くて人望も厚いイケメン。
だけど女子のファンが多すぎるんだ。
葉山を味方にしたことを強調すると、結構な反発もある気がする。
その点、黒子なら葉山に負けない知名度と好感度があり、反発はほぼないだろう。

だけど引き受けないだろうな。
俺は思わず苦笑していた。
黒子は生徒会選挙に興味なんかないだろ。
バスケ第一、練習時間を削るようなこともしないはず。
だけど黒子はあっさりと「いいですよ」と頷いた。

「ほ、本当にいいの?」
「はい。奉仕部にはお世話になってますから。」
「ありがとう!これでゆきのんとの差が少し縮まったかも!」

由比ヶ浜は嬉々として、葉山グループの輪に戻っていった。
三浦や海老名が「よかったね~」なんて声をかけている。
だが俺は心の中で「ハァァ!?」と絶叫していた。
ありえない。俺の誘いはあっさりことわったくせに!

「お前、どういうつもりだ。」
俺は黒子の席まで行くと、小声で詰め寄った。
幸いなことに由比ヶ浜は喜びで興奮状態。
今は俺らなど眼中になく、喜んでいる。
こちらの会話を聞かれる様子もなかった。

「聞いてたんでしょう?奉仕部にお世話になっているし、お礼に」
「お礼で応援演説なんて、お前のキャラじゃなくね?」
「大丈夫です。多分何もないでしょうから。」
「どういうことだよ?」
「一色さんと雪ノ下さんと由比ヶ浜さん。誰が一番生徒会長に相応しいと思います?」

黒子は一瞬だけ、頬を緩ませて笑った。
何とも意味あり気な微笑に、俺は思わず「マジか」と呟いていた。
そうか。そういうことかよ。
何をどうしたか知らないが、黒子はこの生徒会長選の結末を推測している。
そしてその中では由比ヶ浜の立候補はないと踏んでいるんだ。
だから軽い気持ちで、応援演説を引き受けたってことか。

一色と雪ノ下と由比ヶ浜で、誰が一番生徒会長に相応しいか。
俺の中でももうその答えは出ている。
つまりそういうことなのだ。

「後は比企谷君、よろしくお願いします。」
黒子はいつもの無表情でそう言った。
やっぱりそうなるよな。
俺は深いため息をつきながらも、笑ってしまう。
結局俺は黒子の推測通りの行動をすることになるんだろう。

【続く】
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